礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

豊田實、齋藤『英和中辞典』を増補

2022-11-28 00:12:27 | コラムと名言

◎豊田實、齋藤『英和中辞典』を増補

 当ブログでは、今月一八日以降、何回か、豊田實の『日本英学史の研究』(岩波書店、一九三九)を援用した。そのあとになって、齋藤秀三郎(さいとう・ひでさぶろう)著『熟語本位 英和中辞典』の増補を、豊田實が担当していたことを思い出し、久しぶりに同辞典を開いた。
 同辞典の「増補新版」は、一九三六年(昭和一一)三月に発行され、戦後の一九五二年(昭和二七)四月に、「新増補版」が発行された。どちらも「増補者」は豊田實である。
 いま机上にあるのは、一九六一年(昭和三六)二月一〇日発行の「第18刷」だが、巻頭には、豊田實による「新増補版について」(昭和二七年四月)、および「増補新版序」(昭和十一年二月十日)が置かれている。まず、「増補新版序」のほうから紹介してみよう。

    増 補 新 版 序

 故齋藤秀三郎氏による英文法の科学的研究は,単に日本に於ける英語研究史上特筆す可きのみならず,氏をして実に世界的の英語学者たらしむる所以であらう.恰も〈アタカモ〉動植物学者が無数の植物や昆虫の標本を蒐集分類する熱心と興味とを以て,氏が英語の研究に没頭されたことは,そのAdvanced English Lessons叢書の英文の序からも窺はれるのであり,斯かる学的研究態度の所持者実践家であつた同氏が,予て〈カネテ〉心に描かれてゐた理想的の英語辞書をでき得る限り簡明な形で体現されたものが「熟語本位 英和中辞典」であつたわけである.書名に冠せられた“Idiomological”の語こそ先づ本辞書の特色を示して居り,著者の英文の序が語る如く,終始一貫せる科学的精神と老ゆることを知らぬ青年学徒の熱心とを以て,先人の足跡稀なる研究の領域を開拓した著者が,津々として尽きぬ興味に駆られつゝ完成されたものが本辞書であつたのである.即ち本書は微に入り細を穿つた氏の英文法研究の総勘定とも見做し得るものであり,氏の研究の成果が如何に要領よく本書に織込まれてをり,且それが如何に実用的であるかは,例へばFor,Get,Take,Withなどの項を開き読んだだけでも全豹が察せらるゝであらう.Withの用法の説明の如きは実に十頁余に亘つてゐる.蓋し本書は出版以来広く世に行はれ,既に定評があるのであるから,今更その価値を喋々するの要はないであらう.
 但し著者自身此の辞書を以て,改訂の要なき完全無欠のものと思惟〈シイ〉されたのではない.強固な自信の裏に鋭敏な学的良心を蔵されて居た著者は,その序の終りに於いて,不備の点,殊に或は見出されるであらう“not a few of omission”に対しては,以後の版において償ふつもりであることを述べられてゐる.然し天は氏に本書増補の齢〈ヨワイ〉を仮さなかつた.しかも本書初めて世に現はれて既に二十年,生ける言語は短期の間にも変化し,社会は新語,新熟語を生産して止まぬのである.従つて此の名辞書をして永く生命あらしめんがためには,増補が絶対に必要である.今度の増補も,実にかゝる見地から企てられたものであり,その要項を列挙すれば大略次の如くである.
 l.本書の特色たる「熟語本位」の主義を飽くまで尊重し,新旧熟語の増補を心掛けたこと.
 2.本書は元来「要を尽して,不要を省く」方針の下に編纂されたもので,網羅的であることを主眼としてゐるものではないが,必要に応じ語彙を増加し,且語義を追補したこと.
 3.特に必要新語の収容に注意し,本増補進行中に出版された牛津〔Oxford〕大辞典の補遺其の他を参照したこと.
 4.本辞書の旧版に用ゐられた仮名書きの表音には頗る便利な点もあるが,表音上一層正確を期し得る万国音声学協会規定の音標文字が我が国の英語界に可なり普及してゐる現状に鑑み,之を採用したこと.
 5.増補の量は旧版の一割を超過したけれども,組方を整理したため頁数の増加は比較的僅少で済んだこと.【以下、次回】

 文中、「天は氏に本書増補の齢を仮さなかつた」とある。この「仮さなかつた」は、「かさなかった」と読むのだろうが(「貸さなかった」の意)、「ゆるさなかった」という読みもありうる。

*このブログの人気記事 2022・11・28(9位のミソラ事件は久しぶり)

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