礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

外国人に教へる基本文型(松尾捨治郎)

2022-11-22 02:42:59 | コラムと名言

◎外国人に教へる基本文型(松尾捨治郎)

 松尾捨治郎『国語論叢』(井田書店、一九四三)の紹介に戻る。
 本日以降は、同書の「第三 外国人に教へる基本文型」を紹介する。ここで松尾は、「外国人に教へる基本文型」を、省略型、転置型、だ型、です型などに分けて説明している。文中の傍線、一字アキは原文のまま。

  第三 外国人に教へる基本文型

    一 序  言

 一口に外国人と言つても、支那人 西洋人 其の他種々あるので、其の全体に亘つて適切な者といふわけにはいかず、甲に通切な事、乙に適切な事と分れる者もあらう。例へば支那語には、活用がないので、支那人を教へて、「私行くない」式の珍語の発生を防ぐのには、活用といふ一大難関に力を注ぐ必要がある。印欧語には活用(活用)があるけれども、其は其によつて、意義の相違を来す。Write,schreiben,が,wrote,shrieben,となれば、過去を示し、又、written,geschrieben,となればhave,haben,と相待つて完了を示す。然るに国語の活用は、之と違つて、書か 書き 書く 書け 其の変化だけによつて、意義が変るのではなく、語形変化の直接目的は、語の断続の為である。即ち ない  に続ける為に 書か となり、マス に続けたり、又は中止法とする為に、書き となるのである。ない  ます 等によつて、意義を変へる為の、予備手段とは言はれようが、変化だけで意義が変るのではない。但し英独語などでもwill,werden,を附ける為には、原形を要し、have, haben,を附ける為には、過去分詞形を要するから、此等の語に習熟した者には、国語の活用は断続の為の者といふことも、比較的理解し易からう。
 以上は文型といふことには縁遠いが、学習者如何によつて、重点が違ふことを明らかにする為に言及したのである。

    二 省略型 転置型

「葡萄牙〈ポルトガル〉語の見る ver には、直接法の現在が六種あり、完全過去が六種あつて、人称形式が複雑になつて居るのに反して、我が国語には人称形式は無い」「いや純然たる人称形式は無いが、敬語法による人称関係の形式がある」といふやうな種々の説がある。筆者は敬語ばかりでなく めり らし なり(終止の下) らし 等にも人称関係があると信ずる者であるが、此の事は別著助動詞の研究に譲る。敬語法による人称関係は、外国人の初学者にも、是非とも教へ込む必要があるけれども、其は暫く次に廻して先づ省略と転置とについて述べよう。
 省略には次のやうな各種の型がある。
  1 主語省略型 お宅に參ります。之を読んで下さい。早くお出でな。
  2 客語省略型 私が差上げた。あの人が読んだ。
  3 述語省略型 おやお月様が。あの人か之を、まあ。
  4 主要分省略型(副詞だけ残存) お早う。おめでたう。今日は。どう致しまして。よく気を附けてね。
 4の場合、副詞は対者の方で想定できないから、之を省略することのないのが普通である。さて比等を省略といふのが悪いなら、含蓄又は不完備といつてよい。
 又国語の語序の自由なことは、拙著国語法論攷や国語と日本精神等に説いた様に、驚くべき事象を呈してゐる。即ち、転置し得べき成分が 此の暁 珍しくも 時鳥〈ホトトギス〉 二声三声 悲しげに 平安城を 東南より 西北に すぢかひに 鳴き過ぎぬ の如く十個あると、三百六十二万八千八百種にも転置できて、何れも語法上の誤ではない。そんな事を教へる必要の有無は別として、
  見たよ、花を。  さいたさいた、桜が。  知りません、よくは。  落ちよ、雁一目散に我前に。
位の転置に関しては、習熟させる必要がある。同時に
  此が癖です、此の人の。
の如く、連体的従属部分を転置するのは、誤ではないが避けさせた方がよい。〈二九~三一ページ〉【以下、次回】

「外国人に教へる基本文型」の最初に、「省略型」を挙げている。この発想は、凡庸な国語学者にはできまい、と感じた。
「一」の最初の方に、文中、「活用(活用)」とあるのは原文のまま。あるいは「活用(変化)」の誤記か。
「二」に「拙著国語法論攷や国語と日本精神」とあるが、『国語法論攷』(文学社、一九三六)、『国語と日本精神』(白水社、一九三九)を指す。いずれも、国立国会図書館に架蔵、「個人送信」の登録によって、自宅での閲覧が可能。

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