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プチ懺悔

2015-07-13 15:27:44 | スピリチュアル
昨日神社に行きました。
神社は、季節の変化を本当に教えてくれます。

昨日のあじさいのことを通して、わたしが感じたことは、
天地万物のものに、わたしは愛されていたんだということです。
こちらから、愛してねなんてお願いせずとも、あじさいは無言でわたしに気付きをくれてます。
金魚の死後にあった色んな変化にしても、気をつけて観察すると、本当に恵まれている毎日の中で、
ハタと気づいたことがもう一つありました。

それは、

わたしは今まで、人に与えてなんぼって思って生きてきました。
鑑定を申し込んで下さる方や親に対して、家族に対して、一生懸命チカラを提供することで、
確かに相手は喜んでくれています。
それはわたしのチカラになり、本当に感謝することですが、
それは、もとを正せば、喜んで受け取ってくれる人がいるからこそなのですね。
で、
自分はどうか・・というと、
ものすごく傲慢でした。

受け取るということに対し、一方的な罪悪感。
世界から愛されているのに、さも愛されていないようなフリをしてね。
そして、自分が愛されたいと思いながら必死になってた。
なんと恩知らずだったのでしょうね。

与えるも、受け取るも、価値は同じなんですね。

だから、与えたがって受け取らないというのはおかしいんですね。

与えたら、同じくらい、喜んで受け取らにゃね。

いっぱい与えたいのであれば、いっぱい受け取れる器を作って、
その用意した自分という器に、もう与えられている、そしてこれから
与えられるものをしっかり見て、本当に有難うって、心から
感謝したいと思ったのです。

だから、これからは、しっかり見ていきます。
どれほどのものが、自分に対して恩恵をくれているのか。
与えたがりであれば、なおさらのこと。
頑張り屋であれば、なおさらのこと。

それをね、無言で教えてくれたのが、人ではなかったということ。
わたしに首を切られ、花瓶に入れられて、わたしが詩を書くのを知り、わたしが詩を書くのを、命を伸ばしながらも待っててくれた、あじさいでした。
物言わず、メッセージをくれたり、パワーを与えてくれた、
天地万物のものたち。
そして、当たり前のように存在してくれている、周りのすべての人たち。
この記事よんでくれている、あなたですハート

それに感謝なくして、なんだろう。。

傲慢だった自分に、喝を入れたくなりました。

これからは、バンバン受け取りますよ。

以上、プチ懺悔でした(笑)
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