まち・ひと・くらし-けんちくの風景-

建築設計を通してまち・ひと・くらしを考えます。また目に映るまち・人・くらしの風景から建築のあるべき姿を考えています。

建築の価値とは(1)ー2つの前川建築と2つの映画館の運命からー

2022-03-24 22:06:47 | 建築・都市・あれこれ  Essay

先日のブログに書いたように、同じ時期に建てられた2つの前川建築の運命が大きく異なるものとなっている。1954年にできた神奈川音楽堂と県立図書館は、みんなに愛されて今も使い続けられている。正確に言うと、県立図書館は新図書館ができるため間もなく図書館としての役割は終えるがそのあとは「前川圀男」の名がついた県立の施設として使い続けられるという。なんと幸せな建築(下の写真は神奈川音楽堂の外と中。だいぶ昔に見学したときの写真)。

 

一方、その数年後に誕生した世田谷区役所と区民会館は新区役所建設のため壊されてしまう。こちらも正確に言うと区民会館はかろうじて外形を保つことになるが、その周りを巨大建築が取り囲んでしまい、神奈川音楽堂と同じような「広場」はなくなってしまうことで最早原型をとどめるとは言えない。不幸な建築である。私も保存や取り壊しの議論をする最後の委員会に学識経験者の立場で加わったが、どんな議論があろうとも現存する建築を取り壊して新しく巨大な区役所を建設するという区の意志は固く、それを覆すことはできなかった(下の写真は世田谷区民会館と区役所でつくられる市民広場)。

下の写真は、親子連れがが良く遊んでいた噴水広場と欅の木立(噴水がすでにない!撤去されアスファルトで舗装されている)。

 

一人の建築家により、同じような思想とデザインによりできた二つの建築が、一方は価値があり大切なものとして受け継がれ、一方は価値がないものとして巨大な廃棄物となろうとしている。価値を決める主体により、全く正反対の結末が生まれている。人々が建築に求める価値とは何なのか?あるいは耐震補強などにお金がかかっても、建築を壊さず使い続けていこうとする場合、人々は何をその建築の価値だと考えているのだろうか(下の写真は弘前の前川建築。こちらも幸せに過ごしている。上は公会堂。下は市役所。世田谷と同じ構成)。

 

実は「建築の価値」について考えさせられる出来事が数日前にもあった。少し長くなるが経緯も含めて紹介したい。

 

数年前まで山形県鶴岡市にある東北公益文科大学大学院の教員をしていた関係で、公益大と研究交流をしている松本大学の連続講座で話をする機会をいただいた。お世話になった公益大T先生のご紹介である。松本大学では市民の皆さんとともに、大正期に開館した松本電気館というもと映画館であった建物を活用しようという取り組みをされているという。たまたま私が鶴岡で鶴岡まちなかキネマを設計していたので、その誕生から閉鎖に至るまでを話してほしいとのこと。本当は私の話より、今再開に向けて頑張っておられるMさんの話の方がいいのだが、Mさんはまだ話せるところまで行っていないと固辞された。まずは私が露払いと思い、お話しさせていただいた。映画館の話なので、まちキネを紹介する前に、私としては最新作となる日和山小幡楼についても少しだけ話をした。小幡楼はアカデミー賞映画「おくりびと」のロケ地として有名だから、松本の皆さんに共通の話題を提供したいと思った次第。

70分ほどの私の話が終わったところで、地元で電気館の再開に尽力しておられる方が、現在の計画案について教えてくださった。ZOOM形式で、カメラの向こうに図面のようなものを掲げて説明してくださるが残念ながらほとんど見えない。ただ、私は説明の中でのつぎの一言が強く印象に残った。「電気館は古くてみんなの思い出に残っているが、建築的には価値がないと判定されたのでファサード(その方は建物の立面を意味する建築用語をお使いになった)だけ残してあとは改築して有効に使っていこうと考えています」。

 

私は、詳細が分からないのでその計画の良しあしについてはコメントできないが、印象に残ったのはその言説が、先に紹介した日和山小幡楼でも用いられていたからである。ZOOM会議の途中、私は強い既視感に襲われていた。以下に説明する。

 

日和山小幡楼は市の所有となっていたが、腐朽が著しく、その維持費が市の負担となっていた。市の方にお聞きすると、「建築的には価値がないので、映画に登場したファサードだけ残してあとは解体したい」とおっしゃる。松本電気館と全く同じである。なぜ価値がないのですかと聞くと「専門家に見てもらったが、料亭特有の贅を凝らした材料や意匠がない。床柱も床框も大したものではない。おそらくそんなに古い建物でもないと判断した」とのこと。私は、その判断に違和感を感じたが、詳細も知らないので、反論できる材料もなかった。ただ、贅を凝らした和風建築、いわゆる近代和風建築が世の主流となるのは、西洋一辺倒の文明開化を経て再び「日本、和」の文化に目が向いたころ、すなわち日清戦争や条約改正を経た後だという認識があったので、もしかするとそれ以前の古い建築ではないかという思いがあった。ちなみに酒田では、日清戦争の明治27年に酒田大地震があり、今酒田に残っている料亭建築はその直後につくられ、いわゆる贅を凝らした意匠を誇っている(下の写真はリノベーション前の小幡楼)。

 

 

酒田日和山小幡楼の場合「価値がない」と思った人は、「歴史がないこと=価値がない」という判断をしたことになる。人々の思い出は、確かに映画に出てきたファサードに集中しているので、ファサードだけ残してあとは解体するというのは、(仮に古くないという判断が間違っていなかった場合には)ある種合理的な判断である。市役所の人は税金の使い道として妥当な解を求めたともいえる。松本電気館でも同様の事情であろう。

しかし、小幡楼の場合は、その後市長の判断で一度きちんとした調査を行ったうえで、利用するとしたらどういう可能性があるのか議論してみようということになった。その結果、酒田大地震以前の貴重な建物であることが判明した。歴史的な価値が見いだされたうえで残してうまく活用することになったのである(下の2枚はリノベーション後の小幡楼)。

 

 

松本電気館で「建築的価値がない」という話を聞いた時に私は、以上のように酒田の小幡楼のことを思いだしたのである。しかし、同じ言説であるが実は、判断の基準は違うことにも気づかされた。

 

酒田の場合は「古くないだろう」ということが「価値がない」という判断に結びついていた。これはわかりやすい。一方、松本電気館は大正期の創設(おそらくその後改修はあったのだろう)なので、映画館としては十分古い。映画草創期に浅草にあった電気館と同じ名がついていることからも、希少な古さであることが推測される。そのことは地元の皆さんが認識しているので、ここで「建築的に価値がない」というのは歴史的な価値はあるにしてもそれ以外の部分での「建築的な価値」がないということを言っているのだ。もともと一番大事な社会にとって役に立つという価値はいったん措いての話なので、役に立つかどうかでも、また古いかどうかということでもない別の「建築的価値」について語っておられるということである。

それは何なのか、私も「建築的価値」について少し混乱した頭の中を整理してみたくなった。今も現役で使われている建物については建築的価値があるかが問題になることは少ないであろう。使われなくなっているとか、現代的な要求に合わせにくいなどの課題を抱えた建物について「建築的な価値」が重要になってくる。

続いて考察を進めたい。

 

高谷時彦

建築・都市デザイン

Tokihiko Takatani

architecture/urban design

 

 

 


映画のまち 調布と鶴岡

2022-03-24 14:39:07 | 建築・都市・あれこれ  Essay

私の住む町、調布。駅の南口を歩いているとこんな看板が。

ここが映画の1丁目1番地なんですね。

今ちょうど映画イラストレーターの宮崎祐治さんの個展が「たづくり会館」(図書館によく行きます)で開かれています。先日訪れた際には、宮崎さんがおられて、似顔絵を描いてくれました。このメガネの人物が、私です。

調布には、日活や大映の撮影所があり、今も撮影所内外で多くの映画が撮影されています。鶴岡まちなかキネマを設計しているときに、2期工事で予定していた小スタジオの勉強のため、日活スタジオをつぶさに見学したことを思いだします。スタジオ見学の後には、吉永小百合さんや石原裕次郎さんが座ったという食堂の椅子に座って、撮影所の方から、お話を伺いました。懐かしい。

鶴岡まちなかキネマを設計していた2006年当時、地元出身の藤沢周平さんの小説がどんどん映画化(武士の一分、蝉しぐれ、たそがれ清兵衛・・・)されていたということもあり、鶴岡の町の通りや駅にも「映画のまち鶴岡」という幟が出ていました。いつの間に、その看板を下ろしてしまったのでしょうか。鶴岡まちなかキネマを設計しているときに、映画関係の方々がおっしゃっていたのは、映画(興行)というのは立ち上がりに長い時間がかかる事業ですよということでした。この数年間は10万にに近い人が訪れるようになり、やっと「映画の町」が定着しようとしていたのに、閉館は返す返す残念です。

このエントランスホールもなくなると思うと、寂しいですね。

2つの「映画の町」に関わったものとしては、自分の無力さが何とも残念です。もちろん、映画の灯を絶やさないための鶴岡の地元商店街の皆さんを中心とした活動は、微力ですが全身全霊で応援していくつもりです。

高谷時彦

建築・都市デザイン

Tokihiko Takatani

architecture/urban design