落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

消えた女

2013年05月05日 | movie
『バルカン超特急』
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イギリスでの婚礼を間近に控えたアメリカ人・アイリス(マーガレット・ロックウッド)は友人たちとバルカン半島のバンドリカ(架空国)で独身最後の休暇を過ごす。帰国前夜に雪崩で列車が運休し、たまたま宿泊したホテルでミス・フロイ(メイ・ウィッティ)というイギリス人の老音楽教師と親しくなり帰路をともにするが、彼女は走る列車内で忽然と姿を消す。
他の乗客も給仕も彼女を見ていない、知らないと証言する中、アイリスはやはりホテルで知りあったイギリス出身の音楽研究家ギルバート(マイケル・レッドグレイヴ)とミス・フロイを探し始める。
1938年に公開されたヒッチコックのイギリス時代最終期のヒット作。

こういうクラシック映画を観るといつも、一生懸命レタリングをやっていた子ども時代を思い出す。
昔はみんな手でフォントをコピーして、それをフィルムに焼き付けてグラフィックデザインに使ったんだよね。この当時の映画のクレジットもみんな手描きだった。手描きのレタリングなんて今は誰も勉強してないのかな。
閑話休題。
ドイツがポーランドに侵攻し第二次世界大戦が勃発したのが1939年。でもナチスのヨーロッパ侵略はそれよりも前に始まっていて、1937年には日中戦争が始まっている。世界中がファシズムの暴力に巻き込まれていった、暗い時代だった。
映画はこの時代背景をうまく利用して、シンプルだが二転三転とストーリーが何度も転換する娯楽サスペンスに仕上げている。走行中の列車内という限られた舞台で登場人物もごく少人数だけど、イギリス人・イタリア人・アメリカ人の民族性も辛辣に風刺してあったり、互いの人種的な偏見や社会信条など価値観の違いも実に巧みに演出に織り込んである。ナチスの描写がメチャクチャ勧善懲悪という感じなのはまあしょうがない。要は社会派ドラマじゃなくて娯楽映画というジャンルに徹底している。

この映画のメイン・プロットである「主人公が探す人物を主人公以外の誰も知らない」というギミック。アイリスはたまたま乗り合わせた精神科医のハーツ(ポール・ルーカス)に精神病だとまで決めつけられ、どんどん孤立していく。
このメイン・プロットに入るまでのプロローグがものすごく丁寧で、上映時間97分中、主人公たちが乗車する列車が発車するまで26分、ミス・フロイが画面から消えるまで32分もかかっている。ひらたくいえば、本筋とはまったく関係のない前段のパートが、映画の前半3分の1近くを占めているわけである。ここがこの映画のミソだ。
メインの舞台が列車の車内では、作中の背景がほとんどずっと同じということになってしまうし、モノクロ映画で全編同じシチュエーションでは登場人物の人物造形の差異を表現するのはけっこう難しい。このためにヒッチコックはわざわざ雪崩を起して北国の山村のホテルに登場人物たちを一泊させ、日常的な悪天候下での観光客同士のディスコミュニケーションという些細なトラブルを組み合わせることで、観客に彼らそれぞれのキャラクターを印象づけ、互いの関係を構成している。しかもそれがいちいち笑える。クラシック映画の職人芸です。

あとこの映画の背景になるのがもうひとつ、女性の社会的地位の低さである。
おそらく、行方不明になったのが男性で彼を探しているのも男性であるなら、この物語はまったく別のものになったはずだと思う。感情的になった女性を真面目に相手にする意味はない、という当時の女性蔑視があって初めて成り立つ物語でもある。とくに主人公たちと同じ列車に乗り合わせた不倫旅行中の弁護士カップル(セシル・パーカー/リンデン・トラヴァース)のやりとりと彼らの結末に、この不条理が如実に表現されている。
現実に第二次世界大戦下で諜報活動をした女性は存在するが、映画や小説の題材にはなりこそすれ、実際には戦果にめだった貢献をしたと評価される人物は歴史上にはほとんどいない。だからこそ、この物語でもなぜミス・フロイが狙われたのかという点は極力重要視されないように注意深く描写されている。アイリスたちが彼女を助けようと奔走する動機を、愛国心も戦争も関わりない純粋な正義感とすることで、どんな観客も共感しやすくなっている。

この映画を撮ってまもなくヒッチコックはハリウッドに活動の場を移したけど、実をいえばぐりがこれまでに観たヒッチコック作品はハリウッド時代のものばかり。日本ではイギリス時代の作品はほとんど観れないし。今後もっと観れるようになるといいんだけど。もうパブリックドメインになってるしね。テレビでもどんどん放送してほしいなあ。
しかし作中のイタリア語がやたら強烈に訛っててそれが超気になり。イタリア人俳優が不足してたのかしらん。

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