はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

たかはら(斎藤茂吉料理歌集)

2008年12月18日 06時21分17秒 | 斎藤茂吉料理歌集
「たかはら」


 昭和四年

酒によわくなりたる吾を寂しとぞ思はむ折もなかりけるかな

朝々にわれの食(たう)ぶる飯(いひ)へりておのづからなる老(おい)に入るらし

はかなごとわれは思へり今までに食ひたきものは大方(おほかた)くひぬ

あたたかき飯(いひ)くふことをたのしみて今しばらくは生きざらめやも

章魚(たこ)の足を煮てひさぎをる店ありて玉(たま)の井町(ゐまち)にこころは和(な)ぎぬ

まむかうの山間(さんかん)に冷肉(ひやにく)のごとき色の山のなだれはしばらく見えつ

ビステキの肉くひながら飛行士は飛行惨死のことを話(はなし)す

晝のまの勤(つと)め果てつつ一息(ひといき)をつかむころには何を食はむか

あげつらふ餓鬼(がき)は居りともひたぶるに竹の里人(さとびと)を我は尊(たふと)ぶ


 昭和五年

新しき年のはじめに貧しきも富めるも食ひたきものを食ふらむ

春さむき紙帳のなかに飯(いひ)も食(く)はず風のなごりの身はこもりけり

きさらぎはいまだ寒きに石かげの韮(にら)は群がり萌えいでむとす

味噌汁をつつしみ居りし冬過ぎていまこそは食はめやまの蕨を

芍藥はすでにふふむにかたはらの柘榴の赤芽(あかめ)いまだまず

身にひそむ病しあればこの春はき韮さへ剪(き)ることもなし

山かげの水田(みづた)にものの生きをるは春ふけにしてひそむがごとし

妙高の山路(やまぢ)を來れば土くろしみぎりひだりに蕨もえつつ

吾の如く細谷(ほそたに)がくりおりくればこのきみづ人は飲むらむ

山のべにくれなゐ深き白頭翁(おきなぐさ)ほほけしものは毛になりにけり

常蔭(とこかげ)の山といはなくにおきなぐさはつはつふふむ寒きにやあらむ

雪きゆる谷川のべに養(やしな)ひしアスパラガスをわれに食はしむ

はざま路に入りつつくれば若葉して柿の諸木(もろき)は皆かたむけり

朝々(あさあさ)に味噌汁にして食ふ蕨は奥山より採りこし蕨にあらず

けふの朝買ひし蕨は淺山より採りきて賣りたるものならむ

雨のひまに谷に入り來て胡桃(あをぐるみ)いくつも潰(つぶ)すその香なつかし

弟と弟の子と相寄りて夕餉(ゆふがれひ)鯉こくのたぎれるを食ふ

淡々(あはあは)しきものとおもへど山中にこもらふ如く夏蕎麥(なつそば)の畑(はた)

午飯(ひるいひ)を此處に濟ますと唐辛子の咽(のど)ひびくまで辛(から)きを食ひぬ

午(ひる)過ぎにはやも宿かり親しみて油揚げ餅食ひつつ居たり

はしばみの實をまだ若(わか)み道すがら取りて食へどもその味(あぢ)無しも

ほほの木の實はじめて見たる少年に暫しは足をとどめて見しむ

○(ぶな)の實のおちゐる道を踏みながらやうやく明けし峽(かひ)にかかりぬ
(○=漢字 木偏に無)

般若坊(はんにやばう)水(しみづ)にたどりつき汗あえし顔も眼(まなこ)も浸(ひた)してあらふ

水芭蕉山煙草などいふものをわが子の茂太(しげた)もわれも見てをり

烏川(からすがは)谿をながれぬ下(お)りたちてきよき川原に飯(いひ)くひにけり

わが家より持ちて來たりし胡瓜漬を互(かたみ)に食ひぬ谿の川原に

小屋見れば兎の足が六十餘りあり冬に來たりて狩せるらしも

月山の山の腹より湧きいづる水は豊けし胡瓜(きうり)を浸(ひた)す

わが子にも鹽をもて齒を磨かしむ山谷(やまだに)の底に夜(よる)は明けつつ

湯殿谿に飲食物(のみくひもの)をはこぶ馬がこの山道を通ふさびしさ

田麥俣(たむぎまた)を眼下(まなした)に見る峠にて餅(もちひ)をくひぬわが子と共に

山道に少し許りの平(たひら)あり水いでつつ店に油揚げを賣る

山中のかすかなる店に油揚げにて午飯(ひるいひ)食ひぬその握り飯(いひ)

たふとくも見ゆる白鷺このやまの杉のうへにして卵を生みつ

南谷(みなみだに)ふりにし跡(あと)にわが來ればかすかにのこる河骨(こうほね)の花

雨はれし羽黒の山にのぼり來て餅(もちひ)を食ひぬ食へども飽かず

あまつ日の照りきはまれる道のへに西瓜(すゐくわ)を置きぬあたたまるらむ

淋しさに堪へたりといひしいにしへの人の食ひけむ物おもひつつ

風のおと川わたり來るみやしろに栴檀(せんだん)の實のおつるひととき

山ふかき村のはづれにいささかの鹽(しほ)賣る家の前を過ぎつつ

石龜(いしがめ)の生める卵をくちなはが待ちわびながら呑むとこそ聞け

み寺なる朝のいづみに槇(まき)の木實(このみ)きがあまた落ちしづみけり

 (原本 齋藤茂吉全集第二巻(昭和四八年))

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