自選
震災詠五首
026:震
亡霊のごとくおぼろに富士は浮き気怠く震う市役所の旗
044:護
原子力発電護歌の渦巻ける近き未来を夢想したりき
060:直
がんばれって言ってたじゃない
五か月も直されといて
いまさらこんな
062:墓
生まれないごきぶりたちと
墓の無い肉牛達が
背を預け合う
091:債
まだ色の見えない骨へ
債を積むように置かれる
白菊の茎
震災の歌は歌うまいと決めていました。いや、俺には歌えないだろうと諦めていました。
でも、100首を改めて読み返すとちょうど五首、あの一連の出来事を題材に詠んだ歌がありました。
無意識に触れた歌を挙げると、もっと多いのかもしれない。
これのどこが、と思われるかもしれません。
ふざけてる、と思われるかもしれません。
しかし間違いなくこの五首は、中村成志が意識的に歌っていた東日本大震災詠です。好むと好まざるとにかかわらず。
「初」と対した主体。「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」。
初太刀一閃。菅笠が飛ぶ。
しなやかに舞いし宇受賣の足ゆびの皹いよよ細くあからむ
芒野原。笠の下にかくされた顔は意外にも女人であった。虚をつかれた一瞬に抜き打ちの利は失われて受けにまわる。切り結ぶうちにいささか妙な心地になる。ダンスインザダーク。
(舞刀術!)
昼つかた蟻には蟻の蔭おちて暑中お見舞い申し上げます
『「完」の字を求める旅路』の峠茶屋。つかの間の憩。やぶるのはいつも、
今日もまた迫るショッカー
変身を重ねていつか
戻れなくなる
怪人にチョップ。怪人にキック。斥けて、また斥ける。つづくつづくよ仮面武闘は。
セッケンは風のライバル
ストローは水のライバル
ばってんスカート
風、水、ときて火を放ちたいところばってんスカート。シャボン玉うまれるホリデー。
[中村成志さんの歌]珠弾セレクションファイブです。「左手(ゆんで)に刀」がいいですねぇ。そして「ばってんスカート」!!
僕も震災にはショックを受けました。
僕の場合は早々と「こんな圧倒的現実は詠めるか!」だったですけど、確かに詠みに無縁ではなかったですね。
さて、単純に好きなお歌ですが選ばせていただきました。
005:姿
椅子の背に投げし上着の嵩よりもきみの姿のゆたかなるかな
029:公式
絶望をもっとも白き恋として非公式めく凪のひととき
033:奇跡
己が身に都合の良きが奇跡なりたとえば汝の頬の染まりを
052:芯
硬球を真芯にとらえ
西風を真艫に孕み
夏、やっと夏
083:溝
蓋をされ滲みだす音
溝という溝に潜んだ
ものを見に行く
005:姿
深さと申しますか、縦軸が見事なお歌。
029:公式
「ほーう」とため息が出たほど美しい情景描写。
033:奇跡
上の句の自嘲と下の句のやさしさが引き付けますね。
052:芯
『夏、やっと夏』この叫びとも言える感情表現の豊かさよ。
083:溝
一連の原発事故を思わせます。明るい場所と暗い場所の明暗使いが、見事ですね。
お歌にコメントするのは、久しぶりなので拙い評かと思いますが、ご容赦くださいませ。
久哲でした。
近ごろ批評の場から遠ざかっているので、至らないところがありましたらご容赦ください。
036:暑
昼つかた蟻には蟻の蔭おちて暑中お見舞い申し上げます
052:芯
硬球を真芯にとらえ
西風を真艫に孕み
夏、やっと夏
057:ライバル
セッケンは風のライバル
ストローは水のライバル
ばってんスカート
068:コットン
シャツ型の汗へと化けた
コットンを砂に放れば
ころがりとまる
087:閉
埠頭の排水口に
甲虫は吸われて吐かれ
もう閉まる夏
映像の浮かぶ歌、音の聞こえてくるような歌が好きなので、そういう歌を選んだところ、結果として、夏の歌(もしくは夏めいた歌)ばかりになってしまいました。
「036:暑」は映像が浮かぶ歌。しかも、実際に蟻を見ても、見落としてしまいそうな部分(蟻の蔭)を見せてくれた歌でした。密度の高い言葉で映像を描き出したあと、下の句で慣用的なあいさつ「暑中お見舞い申し上げます」に続く構成は、メリハリがあり、一首全体の印象を強めていると感じました。
「052:芯」は視覚、聴覚の両方が刺激される歌。後半50首は3行で書かれているわけですが、この歌は特に3行書きが効果を上げていると思いました。1行目が視覚、2行目が聴覚、3行目が作者の主観。3行目にやっと作者の感情が出てきたわけで、まさに「やっと」が生きています。
「057:ライバル」の歌は、題の詠み込み方が面白いなと思いました。大胆な詠み込み方で、題が目立つのに、題に振り回されていない。二度の「ライバル」が効果的に使われていると思いました。ところで、「ばってんスカート」というのは、吊りスカートの紐が背中でばってんになっている(交差している)ということでいいのでしょうか? 意味を迷いながらも、1~2行目のイメージとも相まって、清潔感のあるアクティブな少女の姿(アニメのキャラ風)が浮かびました。
「068:コットン」の歌は映像的。「シャツ型の汗へと化けコットン」というシャツのとらえ方が面白いです。
「087:閉」の歌は映像的であり、動きが見える歌。「吸われて吐かれ」の動詞の重ね方が効果的だと思います。淡々と情景を歌われているところに惹かれます。こうして5首を並べてみると、どれも夏の歌でありながら、時期の違いというか、歌から伝わってくる暑さの度合いが少しずつ違っていますね。初夏から晩夏に向かう順番に並べると、「057」→「052」→「036」→「068」→「087」という流れかなと思いました。
012:堅
身を割れず果てし種子もあるらむかチョコ菓子ひとつ喰ひつつ思ふ
・・・これ、お題の「堅」が行方不明なのですけれど・・・
(とりあえずここにコメントしましたが、お邪魔でしたら後に削除して下さい!)
冥亭さん、ご指摘本当にどうもありがとうございます。
確かに、思いっきりミスです。
今、
身を割れず果てし種子もあるらむか堅きチョコ菓子喰ひつつ思ふ
に修正しました。
百首一覧も直してあります。
今年、他の方に指摘されるのは2回目です。
さがせばもっとあるかもしれない。
とうとうボケたか。
とにかく、修正版で改めて選歌をお願いします。
どうぞよろしく。
012:堅
身を割れず果てし種子もあるらむか堅きチョコ菓子喰ひつつ思ふ
018:準備
名前とは死へのはじめの準備なり手触り淡き苔に水湧く
021:洗
伊邪那美の生れし日のごと全自動洗濯機槽の震えは止まず
033:奇跡
己が身に都合の良きが奇跡なりたとえば汝の頬の染まりを
040:伝
悪魔などすべて天使の成れの果て驟雨の水の幹伝うあさ
☆早速に訂正有難うございます。どーしても取りたかったもので・・・^^;
とりあえず、皆さんには「冥亭的コンセプト」付5首を選させて頂いて、もし期間中に余裕があれば選評させて頂きます。☆
それもギリギリで参加させていただいております。
どうぞよろしくお願いいたします。
好きなお歌、選ばせていただきました。
010:駆
もう役にたたぬ花弁を散らす風疾駆と言うはあああまりにも
056:摘
ほっぺたの小鬼を摘んで
まっ白なミルクをあげて
でもこうなった
057:ライバル
セッケンは風のライバル
ストローは水のライバル
ばってんスカート
084:総
夕暮れの総ての蝉よ
降り積もれ私の中に
きちきちと鳴れ
085:フルーツ
暖色のフルーツパンチ
サイダーに滲む濁りの
くらりとゆれる
私の中にはまったくなかった言葉づかい、
言葉選び、言葉並べ。
とてもとても衝撃を受けました。
とてもよい衝撃を、です。
歌を読んだとき、
その歌が絵になって目の前に浮かぶ歌が好きです。
一番好きなのは、きちきちの蝉です。
評にも何にもなっておりません…
参加させていただいたものの、
今、モーレツに反省しております。
ごめんなさい…
ありがとうございました!
名前とは死へのはじめの準備なり手触り淡き苔に水湧く
040:伝
悪魔などすべて天使の成れの果て驟雨の水の幹伝うあさ
051:漕
朝焼けにお会いしましょう
死に絶えた珊瑚が見える
漕ぎ入れて闇
053:なう
日本は死者に優しい
あのひとはにっぽんじんだ
なうと鳴く猫
067:励
夏じゃない見たこともない
日輪を憎む季節だ
励ますな、雨
今年の中村さんの100首。
読んでいるうちに言葉に圧倒されていきました。
言葉というのは本来
考えや気持ちを相手に伝える術であると思うのですが
時々それを飛び越えて
言葉そのものがなにかを訴えかけてくるようなときがあります。
中村さんの100首からはそんな
「言葉の言葉」みたいな存在をを感じました。
特に「なう」のお歌が大好きです。
僕たちが言葉をつくったのだろうか。
言葉が僕たちをつくったのだろうか。
それはきっと永遠にわからないけれど
僕はいま、救われている。
ちょっと間に合わず…忘年会に行ってきます~
遅れますが落ち着いてしっかり観賞させていただきますので
お許しを!!!
珠弾 様
いや、かっこいいですねえ。
こうしてドラマ仕立てに並べられると、なんか自分の歌ってかっこいいんじゃないかと錯覚してしまいます。
「子連れ狼」と「カムイ」と「大菩薩峠」と「仮面ライダー」と「ちびまる子ちゃん」が合わさったような……どんな歌や。
他の方たちのドラマも、とても楽しかったです。
連作の楽しみ方って、こういうところにあるんでしょうね。
久哲 様
震災は、神奈川県住まいで被害の全くなかった自分にとっても、本当に「圧倒的現実」でした。いえ、「です」。
だから、どんなに歌うまいと思っても、自然に詠みに滲んでしまう、あるいは他の方の歌の読みにも滲んでしまう。「題詠100首」とこの会で、思い知ったことの一つです。
それはともかく。
久哲さんのシャープな読みを久々に(と言っても2年ぶりですが)拝見できて、とても嬉しく思っています。
全然鈍っていないですね。ある意味、怖くもありますが。
今後とも、どうぞよろしく。
五十嵐きよみ 様
こうして挙げられると、確かに夏めいた歌が多いようですね。きっと、「題詠100首」の開催時期にも関係しているのでしょう。
もうすぐ暖かくなる、という希望の季節から、圧倒的な太陽を経て(あの酷暑!)やっと一息つけるかなという頃まで(僕の場合、だいたいそこでゴールします)。
もしも「題詠」が11月から9月までの開催だったとしたら、そこに並ぶ歌もけっこう違ったものになるのでしょうか。
すでに一年のサイクルに自然に組み込まれている「題詠100首」。僕にとって(たぶん他の多くの方にとっても)かけがえのない場です。
ちなみに、「ばってんスカート」はお読みのとおり「吊りスカートの紐が背中でばってんになっている」の意です。
表現として迷ったんですけどね。九州弁としても読めるよなあって。それはそれでおもしろそうですが。いや、おもしろがっちゃいけないんですが。
冥亭 様
「題抜け」の件、本当にすみません。しかも、その歌を選んでいただいて恐縮です。
歌意があまり変わらなくて良かった……。「そもそも」とか「とりあえず」とかだったら、どうなっていたことやら。
ところで、選んでいただいた歌が前半に集中しているのが(後半の三行書きが取られていないのが)個人的に気になっております。
いや、不満とかではなく、好奇心から来る純粋な疑問として。
自分でもけっこう冒険的な実験だったものですから。
藤田美香 様
「とてもよい衝撃」を受けた、と言っていただいて本当に嬉しいです。
自分の中に無いものを他の人の歌から見出す。それこそが歌を読むことの楽しさだし、そういった楽しさを多く味わいたいから、毎年この会をやっているのだと思っています。
ちなみに僕は、「絵になって目の前に浮かぶ歌」も大好きですが、絵としてはなんだか分かんないけど音楽のように耳を通り抜ける歌もそれに劣らず好きです。
とっても偉そうなことを言いますが、藤田さんほどの歌を詠める方が、そんなに謙遜なさっちゃいけませんよ。
藤田さん自身が言われたように、「衝撃を受ける」ためにこの会はあるんですから。
反省なんて、後でバクにでも食わせておけばいいんです。
楽しんで読みましょう。はいほー!
みち。 様
「言葉の言葉」「言葉そのものがなにかを訴えかけてくる」という表現こそ、みち。さんにお返ししたいのですが、それはともかく。
自分でも少し自覚があるのですが、なんでこんなに「死」(あるいは負)の歌が多いんだか。
負の感情を表しつつも静かな希望が見える歌(歌に限らず芸術全般ですが)が大好きなのですが、そこに届くまでどれくらいかかるやら。そもそも、届くのやら。
「僕はいま、救われている。」
この言葉に、すごく救われます。
いつの日か、胸を張ってこの言葉を受け止められますように。