001:初
初の字ゆ霜にけぶれる荒草のしなやかなりき 左手に刀
(初=うい)(左手=ゆんで)
002:幸
揺るぎなき雲ひとひらに幸綱の眼差し太く薄笑み太く
003:細
しなやかに舞いし宇受賣の足ゆびの皹いよよ細くあからむ
(宇受賣=うずめ)(皹=あかぎれ)
004:まさか
眇にて爪弾きいしタンブラーのまさか凍り始むと知らず
(眇=すがめ)
005:姿
椅子の背に投げし上着の嵩よりもきみの姿のゆたかなるかな
(嵩=かさ)
006:困
さやさやと灰の深雪に染み入るはげに困惑の甘美なるゆえ
(深雪=みゆき)
007:耕
春二月「さいしょはグー!」とおさならの言葉鋭く気を耕せる
008:下手
舞下手の左手首に纏えるは光吸い込みしオニキスの輪ぞ
(光=かげ)
009:寒
手洗いの個室は寒し指を垂れ眸つむりき鐘の鳴るまで
010:駆
もう役にたたぬ花弁を散らす風疾駆と言うはあああまりにも
011:ゲーム
繰り返し乳に伸びる手よゲームとう世にはじめてのたわむれとして
(乳=ち)
012:堅
身を割れず果てし種子もあるらむか堅きチョコ菓子喰ひつつ思ふ
013:故
せっけんの香の疎ましく覚ゆるは如月の陽のあたたかき故
014:残
残雪ゆ西風はるかわたりきてシーツ二枚を嬲りゆくかも
015:とりあえず
生きよかし誰いわずとも我の言うとりあえずあと二十三年
(誰=たれ)
016:絹
雉子鳩の一羽矜恃を聲に秘め朝絹の靄裂きて飛翔す
017:失
失いし物捨てしもの重々と十指に影と擦り込まれおり
018:準備
名前とは死へのはじめの準備なり手触り淡き苔に水湧く
019:層
最下層ジュデッカに咲きし氷花もて四十四の恋しずめたまえよ
020:幻
月光は空き屋にも降り幻と見紛うごとくすずらんの房
021:洗
伊邪那美の生れし日のごと全自動洗濯機槽の震えは止まず
(生れし=あれし)
022:でたらめ
腐れ黒ずむ紅でたらめに滴らせ竹林に沿う椿の大樹
023:蜂
垣薔薇の花弁に生れし朝露を吸いて廻れり熊蜂のごと
024:謝
カルデラは死より生まれし湖なれば謝すら拒める黄藍の淵
(湖=うみ)
025:ミステリー
ミステリー歌集最後の一連の第五の句より引きし睦言
026:震
亡霊のごとくおぼろに富士は浮き気怠く震う市役所の旗
027:水
灯の消えて沼水ゆらす光ありこの天空に環を為すもの
(沼水=しょうすい)
028:説
杉桶は説法辻に捨て置かれ星の光と夕顔に満つ
029:公式
絶望をもっとも白き恋として非公式めく凪のひととき
030:遅
岳樺葉擦れの音のあさぎりの遠く遅くに聞こえけるかも
(岳樺=ダケカンバ)
031:電
指四つをあるかなきかの隙に入れ電気仕掛けの扉開かん
032:町
向町西町分けし路地端にヒメツルソバのうすきひろごり
033:奇跡
己が身に都合の良きが奇跡なりたとえば汝の頬の染まりを
(汝=なれ)
034:掃
傘閉じて草原のなか雨をきく水の草原掃きゆくを聴く
035:罪
その恋の罪ならば罪功ならば功と知るまで生あらんこと
036:暑
昼つかた蟻には蟻の蔭おちて暑中お見舞い申し上げます
037:ポーズ
卓上の老眼鏡は靴底のガムを見据えしポーズにも似て
038:抱
0時半ネクタイの無き壮年は西洋便器抱き眠れり
039:庭
ヒュプノスの滑りおぼろに鎮もりて雨受け止めし宵闇の庭
040:伝
悪魔などすべて天使の成れの果て驟雨の水の幹伝うあさ
041:さっぱり
ふぁんたずむ 黴の生えたる土の上をさっぱりと薙ぐ一撃の雨
042:至
何もせぬことの難きよ息を継ぐことの易きよ夜に至る虹
043:寿
寿ぎを自ら粛むおろかさの五月の後を舞う蜆蝶
044:護
原子力発電護歌の渦巻ける近き未来を夢想したりき
045:幼稚
日車の蕾鮮らし 幼稚なる雹さんざんと背に注ぎおり
(日車=ひぐるま)
046:奏
夕凪の砂に埋まりし硝子もて奏せられたる三線の音は
047:態
風絶えし十六日の月明の入道雲はなんの擬態ぞ
048:束
蜂腰の新母の笑まい満面の緑の花の束を抱きて
049:方法
体側に腕を這わせて方法を探るがごとき涅槃仏かな
050:酒
瓶底に残る哀しき酒たちの粘りのあるを味わいており
051:漕
朝焼けにお会いしましょう
死に絶えた珊瑚が見える
漕ぎ入れて闇
052:芯
硬球を真芯にとらえ
西風を真艫に孕み
夏、やっと夏
053:なう
日本は死者に優しい
あのひとはにっぽんじんだ
なうと鳴く猫
054:丼
丼のふたをずらして
すべすべのさいころ入れた
さあ開けてみて
055:虚
道に這う南瓜の蔓も
虚しさの縁語としては
成り立つだろう
056:摘
ほっぺたの小鬼を摘んで
まっ白なミルクをあげて
でもこうなった
057:ライバル
セッケンは風のライバル
ストローは水のライバル
ばってんスカート
058:帆
帆柱が綱を鳴らして
マリーナの奥へ奥へと
波を押し込む
059:騒
紫陽花が騒がしいのは
太陽が寡默だからで
それっきり夏
060:直
がんばれって言ってたじゃない
五か月も直されといて
いまさらこんな
061:有無
聞き逃す句点の有無を
全身に飛沫を浴びた
この突端で
062:墓
生まれないごきぶりたちと
墓の無い肉牛達が
背を預け合う
063:丈
スキップの動きを忘れ
白髪の三千丈は
ゆるくたなびく
064:おやつ
あさってのおやつのような
降り積もるミバエのような
つゆあけの月
065:羽
こびりつくからすの羽根を
気怠げに爪で刮いで
音にふるえる
(刮いで=こそいで)
066:豚
雌豚はトリュフに惹かれ
雄犬は尻穴を嗅ぐ
熟れた落葉
(落葉=らくよう)
067:励
夏じゃない見たこともない
日輪を憎む季節だ
励ますな、雨
068:コットン
シャツ型の汗へと化けた
コットンを砂に放れば
ころがりとまる
069:箸
箸二本土に突き刺し
花の下埋まった人へ
やあい、と言った
070:介
介けられ麦の穂は伸び
護られて瓜は膨らむ
煮られるために
071:謡
塩辛蜻蛉の羽音を聞いて
謡われた昔をおもう
夏、朝六時
(塩辛蜻蛉=しおから)
072:汚
月光が汚穢のように
隅々に行きわたるまで
実を結ぶまで
(汚穢=おわい)
073:自然
ちはやぶる天然自然
菜園にあした取られる
トマトの赤さ
074:刃
うすいうすい刃がもぐりこむ
月光に分割された
竹林のなか
075:朱
蹌踉と男がひとり
農道に曼珠沙華の朱
滴らせ行く
(朱=しゅ)
076:ツリー
死にたくなるスコールの中
レインボー・シャワー・ツリーの
花に塗られて
077:狂
狂える血、と刻んだのだ
Cruelty.この語の寒さ
憶えるために
078:卵
卵白の下段のような
昼に飲むビールのような
あなたの薄着
079:雑
夢でしょう、夢ですよ夢
職員が雑談を止め
カウンター拭く
080:結婚
郭公の落とすたまごの
結婚の昔むかしの
生まれたはずの
081:配
昼休みの辻堂駅で
パジャマを配っていたよ
赤毛の人が
082:万
噛みつかれ悶えるならば
一万の狗尾草か
それとも歌か
(狗尾草=えのころぐさ)
083:溝
蓋をされ滲みだす音
溝という溝に潜んだ
ものを見に行く
084:総
夕暮れの総ての蝉よ
降り積もれ私の中に
きちきちと鳴れ
085:フルーツ
暖色のフルーツパンチ
サイダーに滲む濁りの
くらりとゆれる
086:貴
実るまま貴く腐る
一粒をそのひとつぶを
滴るままに
087:閉
埠頭の排水口に
甲虫は吸われて吐かれ
もう閉まる夏
088:湧
湧く殺意純なるままに
メーディアのコロスの声と
交わる前に
089:成
波を生む、影を揺らして
岸と成る、砂を濡らして
湖面の月は
090:そもそも
靴底で砕いた蝉は
生物のそもそもの水
滲みもせずに
091:債
まだ色の見えない骨へ
債を積むように置かれる
白菊の茎
092:念
オニキスを束ね貫く
縒り糸も黒く染まって
念珠は首に
093:迫
今日もまた迫るショッカー
変身を重ねていつか
戻れなくなる
094:裂
教室にさきざきぎりり
裂織のために何度も
死ぬ絹の糸
095:遠慮
太陽光、雲くろぐろと
夏の辺に遠慮も何も
あったもんじゃねえ
096:取
Good cop , Bad cop
立ち替わり事情聴取の
ような晩蝉
097:毎
鼓動毎流れ去るもの
確かにわたくしだった
記憶、影、水
(毎=ごと)
098:味
西国の風の味する
西国の旅客機内に
陽は長ながと
(西国=さいごく 風=かぜ)
099:惑
落陽に選ばれ光る
惑い星アプロディーテー
滴るような
100:完
「完」の字を求める旅路
決めている最後の言葉
悪くはない、と
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