エスカレートする海賊派兵
─海上自衛隊をソマリア沖から即時帰還させよ─
ソマリア沖海域は〈流血の海〉と化しつつある。同海域では各国軍の艦船がアデン湾を中心にパトロールを続けているが、4月に入って再び海賊行為が増加している。
○フランス軍は4月10日、海賊に乗っ取られた同国のヨットを救出する作戦に踏み切った。その際、人質5人のうち船主のフランス人男性が、銃撃戦の巻き添えになるか、海賊に撃たれるかして死亡。仏軍は銃撃戦で海賊2人を殺害、3人を拘束した。
○海賊に乗っ取られた米船籍貨物船マークス・アラバマは4月8日、船員が船を奪還したが、海賊は米国人船長を人質にとって救命ボートで逃げた。駆逐艦を急派して行方を追っていた米海軍は12日、海賊4人のうち、交渉役以外の3人を射殺し、船長を解放した。
※ 海賊3人を射殺したのはSEALs(米海軍特殊部隊)である(『ニューズウィーク 日本版』4月29日号)。
この事態に関連する記事を3つ紹介する。
〈海上自衛隊を含む各国艦艇が警備行動を強化しているにもかかわらず、ソマリア沖の海賊被害が止まらない。ここ数週間、現地の天候が安定して波や風が収まり、小型高速艇を使う海賊の動きが活発化。アデン湾での警備が強化された結果、海賊はインド洋北西部に頻繁に出没するなど行動範囲を拡大させ、アフリカ南端の喜望峰回りルートの一部も脅かし始めている。国際海事機関(IMO)によると、今年のソマリア沖の海賊被害は約70件に達しており、前年同期に比べて大幅に増加。今月に入ってからも米国船籍の貨物船やフランスのヨットが被害に遭ったが、いずれも襲撃されたのは「インド洋北西部付近」(専門家)だった。〉(4月13日付『時事通信』)
〈米軍や仏軍がソマリア沖で、人質救出作戦の際に相次いで海賊を射殺したことを受け、反発した海賊がより過激化するとの懸念が出ている。CNNテレビは4月13日、海賊が「報復」を宣言していると報じた。/CNNによると、ある海賊は現地の報道関係者に「今後、人質の中に米国やフランスの兵士が含まれていれば殺害する」と語ったとされる。AFP通信も「捕らえられた米国人は今後、われわれの慈悲を期待できない」とする海賊のコメントを伝えた。/中東の海域を管轄する米海軍第5艦隊のゴートニー司令官は12日の記者会見で、「今回の出来事が、この海域における暴力をエスカレートさせることに疑問の余地はない」と語っている。〉(4月14日付『時事通信』)
〈オバマ米大統領は4月13日、ソマリア沖で米国船籍の貨物船を襲撃した海賊を米特殊部隊が射殺、人質の米国人船長を救出した事件に関し、「海賊の台頭を抑え込む決意だ」と述べ、海賊の襲撃阻止に向け軍事行動を含め厳しく対応する考えを強調した。/米国ではカーター政権時のイランの米大使館人質救出失敗や、クリントン政権時のソマリアでの民兵高官拘束失敗など軍事作戦の失態が政権を痛撃するケースがあっただけに、オバマ大統領は米軍の功績をたたえた。〉(4月14日付『毎日新聞』)
海賊に対応する側、海賊側ともに戦闘を激化させている。海賊は米軍艦にも発砲しており、米国船籍貨物船マースク・アラバマの事件では、米海軍が現場に駆逐艦など3隻を急派するなか、海賊側は仲間を守るため、捕獲したドイツ船籍の貨物船でソマリア北部エイルを出港していたことも判明した。このままでは海戦の激化は必至である。
◆エスカレートする自衛隊の海賊派兵
海上自衛隊の警護活動の現状については、4月19日付『中日(東京)新聞』の記事が詳しい。
〈ソマリア沖の海賊対策に派遣されている海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」「さみだれ」が警護した日本関係船舶は1回平均3隻と少なく、直近で警護したのはわずか1隻であることが分かった。世界不況の影響で船舶の運航が激減する一方で、警護活動と民間船舶の運航スケジュールが合わないことが主な理由だ。/警護活動は3月30日から始まり、護衛艦2隻は日本関係船舶を率い、ほぼ4日に1回の割合でソマリア沖のアデン湾を往復している。/これまで、3回半の往復をしており、警護した船舶数は1回目の往路が5隻、
復路は2隻、2回目の往路が3隻、復路が4隻、3回目の往路が3隻、復路が3隻、4回目の往路が1隻だった。/政府は、アデン湾を航行する日本関係船舶は年間2千隻、1日平均して5隻が通過すると説明していた。説明通りなら、警護対象の船舶は4日間かかる1往復で20隻に上り、往路、復路で分けると船団にはそれぞれ10隻の船舶が加わる計算になる。/だが、実際にはその3分の1にも達していない。日本船主協会によると、昨
年、アデン湾を通過した船舶はコンテナ船と自動車専用船で約1500隻を占めた。しかし、世界不況の影響で自動車専用船の運航が半減するなど激減した。/船舶に余裕があるため、日数をかけて南アフリカの喜望峰に迂回(うかい)する船もある。また、荷主との契約から4日に1回の警護活動に合わせてアデン湾を通過するのが難しい船舶は、他国の船団の末尾に付いて航行する例もあるという。〉
日本関係船舶の警護活動が予定をはるかに下回るなかで、2隻の海自艦船がやっていることは、外国船の要請を受け海賊に対処することである。
○護衛艦「さざなみ」は4月4日、シンガポール船籍のタンカーから「海賊らしい小型船舶に追われている」との連絡を受けて、現場海域に急行、約20分後に追い払った。サーチライトを照射したり、「長距離音響発生装置」(後注参照)と呼ばれる大音量を出す機器で現地語(ママ)を使い「こちらは海上自衛隊」などと呼びかけ、追い払ったという。/タンカーに近づいた船は、はしけ船の後ろに3隻の小型船をつなげて航行していたが、武器は使っておらず、防衛省は「海賊船かどうかは不明」としている。(4月4日付『東京新聞』)
※ 注 艦橋部に設置された指向性大音響発生装置「ARAD」(『朝雲新聞』)
○護衛艦「さみだれ」が4月11日、マルタ船籍の商船から「海賊から追われている」という通報を受けて現場に向かい、小型の不審船に大音響を発する装置を使って現地の言葉(ママ)で海自艦艇であることを伝えたが、不審船から応答はなかった。この船は、その後、商船を追いかけず現場海域にとどまっていた。「さみだれ」は1時間ほど警戒を続けたが、動きがなかったため、現場を離れたという。(4月12日付『朝日新聞』)
○防衛省は4月18日、東アフリカ・ソマリア沖の海上自衛隊の派遣部隊が、不審船に追われた護衛対象外の外国船から救援を求められたため艦載ヘリコプターで状況確認したところ、不審船は追跡を中止したと発表した。派遣部隊が不審船に遭遇するのは3月30日の活動開始以来3度目。/防衛省によると、18日午後8時4分(現地時間午後2時4分)ごろ、アデン湾西部の日本関係船舶の集合海域で待機中、北東約37キロを航行中の外国船籍のクルーザーが、無線で周囲の船舶に「小舟2隻に追いかけられている」と助けを求めてきた。/護衛艦「さざなみ」の艦載ヘリ1機が発艦し近づいたところ不審船は停船。ヘリは不審船が追跡をあきらめたと判断し、約30分で現場を離れたという。/不審船は計3隻確認されたが、上空から武器は目視できなかった。イエメン国旗とみられる旗を掲揚していたが、海賊船であることを隠している可能性もある。
(4月19日付『毎日新聞』)
※『読売新聞』は護衛艦に連絡してきた外国船を「カナダ船籍とみられるクルーザー」とし、「さざなみの搭載ヘリが約40分後、約35キロ離れた海域で、クルーザーを追尾している3隻の小型船を発見。上空を旋回すると、3隻はクルーザーから離れたという。武器は使用しなかった。3隻が海賊かどうかは不明。」と伝えている。
上記3回の対処は、いずれも「海上警備行動」での警護対象になっていない外国船舶のためになされた。しかも3件とも対処したのが本当に海賊(船)であったのかどうか、はっきりしないのだ。これは明らかに法的根拠を欠いた脱法行為である。防衛省は「船員法14条(後注参照)の遭難船舶等の救助を適用した。武器などの強制力を使っておらず問題はない」と釈明している。4月14日の定例会見で赤星海幕長は4月4日、11日の「2度ともシーマンシップと人道的な観点から対応した。(救助要請がありながら)やらない場合、現場は忸怩たる気持ちでいることになる。(外国海軍から)なぜ行かなかったのかと質問を受けたり、疑問をもたれたりすることもある」とのべたが、外国船舶の救助は日本の国内法でできないと答えればいいだけのことではないか。こうした脱法行為が繰り返されれば、もともと拡大解釈によるとしかいいようがない「海上警備行動の発令」も無意味になる。出先の海域で自衛隊はやりたい放題である。
※ 注 船員法14条(遭難船舶等の救助) 船長は、他の船舶又は航空機の遭難を知つたときは、人命の救助に必要な手段を尽さなければならない。
◆「3軍統合運用」に転化する海賊派兵
まず4月18日付『東京新聞』の記事「ソマリア周辺3自衛隊1000人 米の『対テロ』援護射撃」を要約して紹介する。
〈浜田靖一防衛相は4月17日、ソマリア沖・アデン湾の海賊対策で、海上自衛隊の哨戒機P3Cに派遣準備命令を発令した。機体の警護のため陸上自衛隊員、物品や人員の空輸のため航空自衛隊も派遣するため、陸海空すべての自衛隊が動員される。インド洋の補給支援活動と合わせれば、展開する自衛隊は1000人規模に。米国の「テロとの戦い」を下支えし、自衛隊が海外で治安活動を担う先例となりそうだ。/P3Cは5月中に海賊対策の拠点であるジブチに2機が派遣され、6月には哨戒任務を始める予定だ。/もともとP3Cの派遣は、海賊対策に参加している各国が自衛隊に期待していたことだ。現在、海賊対策の拠点であるジブチに派遣されている哨戒機は米国の3機のほか、ドイツ、フランス、スペインの各1機のみ。全長1000キロの海域を見張るには日本が派遣する2機は強力な助太刀となる。/最も助かるのは米国だ。海賊対策と並び、アフガニスタンでの対テロ戦争に重点を置く米国は哨戒機を陸上の偵察にも用いる。日本が海上の哨戒を担えば、米国は余力をテロ対策に回せる。
自衛隊にとっても、海外での任務拡大に新たな足掛かりを得たといえる。機体の警護を理由に2,30人の陸自要員を派遣するからだ。/根拠は自衛隊法の「武器等防護」の規
定。小銃、機関銃のほか、イラクで使った軽装甲機動車の使用も検討する。P3Cの駐機場はジブチ国際空港の民間部分。自衛隊の海外活動でも、他国の主権がおよぶ一般地域で治安を目的に自衛隊が派遣されるのは初めてだ。イラク派遣で空自がクウェートを拠点に空輸支援を行った際も、警護要員は派遣されなかった。防衛省は「今回は民間空港なので独自の警護が必要」と強調するが、同省幹部は「将来、この経験が役立つかもしれない」
と、海外での活動拡大に期待感を隠さない。/今回の派遣人員は警護要員も含め約150人。すでに始まっている日本関連船舶への警護活動のほか、インド洋で補給支援活動をしている補給艦がアデン湾でも活動し、海賊対策の護衛艦に補給していることを考えれば、派遣人員は計約1000人に上る。/自衛隊の存在感は、アラビア半島を包む海域に2隻の護衛艦と1隻の補給艦、そしてP3C2機が動き回るまでに拡大しつつある。〉
日本はすでにジブチと地位協定を結んだ。したがって駐機場の確保は、海上自衛隊が「ジブチに基地を得る」ということだ。
海自のジブチ基地の警護のために陸上自衛隊が派遣される。「イラク派遣で空自がクウェートを拠点に空輸支援を行った際も、警護要員は派遣されなかった。」
ジブチ基地に派遣されるのは陸自だけではない。「陸上自衛隊員、物品や人員の空輸のため航空自衛隊も派遣する」。記事は「3軍統合運用」という言葉を使っていないが、実態は「3軍統合運用」である。
海自のインド洋・アラビア海における米艦船への洋上給油は続き、それは米国の対テロ戦争(後注参照)支援である。そしてその活動に携わっている補給艦は海賊対処の護衛艦にも補給している。海自の哨戒機派遣は米軍の海賊対処の負担を軽減する……。ここで見えてくるのは、海賊派兵が対テロ戦争の一環であるという構図だ。対テロ戦争としての海賊派兵については、改めてのべる予定だが、日本の自衛隊は「3軍統合運用」という本格的な戦争態勢でいよいよこの対テロ戦争にのめりこみつつあることに読者の注意を喚起したい。
※ 注 オバマ政権は「対テロ戦争(war on terror)」という言葉を避け、「テロとの戦い(fight against the terrorists)」という。
「ブッシュの戦争」とは違うというわけだ。しかし現にやっていることはブッシュ政権時代と変わらないので、筆者も必要に応じて「対テロ戦争」という言葉を用いる。
◆海賊対処は一義的に海上保安庁の任務ということの意味
筆者は海賊派兵問題に初めて論及した本シリーズ「反戦の視点・その68」の「海賊への対処は海上保安庁の任務である」でこう記した。
《海上警備行動は、海上保安庁では対応が困難な場合に職務を代行することになっている。しかし海賊への対処が「海上保安庁では対応が困難な場合」に該当するかどうかなどこれまで検討されなかったし、それゆえ当然のことだが、海上自衛隊は海賊対処の訓練をしていない。海賊への対処は一義的に海上保安庁の仕事である。海上保安庁法は第2条で同庁が「海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕」を任務とすると定めている。
「マラッカ海峡の海賊対策では、海上保安庁がアジアの沿岸各国と情報を共有する体制を築き、人材育成を支援してきた実績がある。」(08年12月26日付『北海道新聞』)。 「日本は、東南アジアの海賊対策で「アジア海賊対策地域協力協定」策定を主導し、マラッカ海峡周辺国に海上保安庁の巡視船を提供するなどして海賊封じ込めに成功した実績がある。」(08年12月27日付『毎日新聞』)
実際、同海峡での海賊事件は激減した。「2003~07年のデータを見ると、海賊事案は東南アジアでは5年間で半数以下になっている」(外務省のホームページ)。だからソマリア沖での海賊事件についても、海上保安庁はイエメンやオマーンなど沿岸諸国に働きかけてマラッカ海峡での経験を活かそうとしている。
そもそも日本政府の「海賊対策」は沿岸国イエメンの要請に応じ巡視船や巡視艇を供与する方向で調整を始めるところから始まったのだ。
「巡視船艇供与は2006年6月に閣議決定したインドネシア向けに続き2例目。イエメンの海上警備能力の向上が狙いで、政府開発援助(ODA)の無償資金協力の枠組みで実施される見通し。既に海上保安庁が今月(12月)、現地に職員を派遣し、巡視船艇導入の効果などを詳細に調査している。」(08年12月24日付『共同通信』)
ところが麻生首相が突出して海上警備行動発令を持ち出し、まず護衛艦隊を派遣し、その後「海賊行為対処に関する法律案」(仮称)を成立させることになった。浜田防衛相は一般法(海賊対処法)を整備した上での艦隊派遣を望んでいるが、麻生首相は押し切るかまえだ。》
「海賊対処は一義的に海上保安庁の任務」という筆者の主張は、いうまでもなく、ソマリア沖に海保の巡視船艇を派遣せよという意味ではない。海保のノウハウをマラッカ海峡沿岸諸国に伝え、それが大きな成果を上げたのだから、イエメン、オマーン、ジブチ、エリトリアなどアデン湾周辺諸国に同じノウハウを提供することで、それら諸国が〈自力で〉海賊に対処するよう支援すべきということである。
海保が重武装の遠洋航海に耐え得る巡視船を多数建造し、海賊行為が行なわれる世界のあらゆる海域に派遣すべきなどと主張しているのではないのだ。海上保安庁法にいう「海上」に厳密な地理的規定はない。しかし海保の任務には「沿岸水域における巡視警戒」が含まれる。海上保安庁は英語では「JapanCoast Guard(ジャパンコーストガー
ド)」であり、それは日本の沿岸警備隊という意味だ。当然のことだが、海保の巡視船艇の船腹にはそう描かれている。しかも余り知られていないが、海上保安庁法第25条はこう規定している。
《この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。》
「海の警察」である海保にこういうシバリがかかっているのは、日本の敗戦直後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の民政局が水上保安制度の発足を日本の再軍備の第一歩になりかねないと懸念したからであるといわれている。
〈そうこうしているうちにも(密航、密輸、密漁、船内での賭博開帳など)海上の治安悪化は深刻化し、ついに昭和22(1947)年9月23日には民政局も折れて、条件付きで許可を与えた。その条件とは、職員総数1万人以内、船艇125隻以下で総トン数5万トン以内、各船艇は排水量1500トン以内で速力15ノット以下、武器は小火器に限定、日本沿岸の公海上でのみ活動、というものであった。そして、「軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営まない」ことを法令に明記するよう強く求めている。こうして昭和23(1948)年4月26日(正確には27日、引用者)、海上保安庁法が国会で成立、翌日公布され、同年5月1日施行となり、運輸省の外局として海上保安庁が発足した。〉(永野節雄『自衛隊はどのようにして生まれたか』、学研)
ここでは海上自衛隊発足のいきさつには触れないが、上記のように、海保は海自と無関係の組織であり、軍隊化しないという大前提で「海の警察」が誕生したという事実を記憶してほしい(海保は現在、国土交通省の外局)。なお海上保安庁法はこれまで度々改正されているが、25条はずっとそのままである。
※ 筆者は海保が徐々に軍隊化していることに強い懸念を持っている。たとえば、フランスからのプルトニウム運搬船警護専用に建造された世界最大の巡視船「しきしま」(1992年就役、総トン数:7175トン、基準排水量:6500トン)は35ミリ軽装機関砲2基と20ミリ機関砲2基を備えている(出典『ウィキペディア』)。プルトニウム輸送はやめるべきだし、そうであれば「しきしま」は不要である。
海保の武器使用については、警察官職務執行法7条の規定を準用するとされている(海保法20条)。正当防衛と緊急避難の場合のみ許されるということだ。ただし違法行為が疑われる「船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜず、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。」として「危害射撃」を認めている(20条2項)。
2001年12月22日に起きた九州南西海域不審船事件では、海保と「不審船」(事件後、海保は朝鮮民主主義人民共和国籍の工作船と断定)との間で交戦があったが、東シナ(中国)海沖の中国の排他的経済水域(EEZ)で「不審船」が沈没した後、海上を漂っていた乗員を海保は救助しなかった(死者は少なくとも10人とされる)。それが正当だったのか、筆者は深く疑問に思う。
◆なぜ「ソマリア」か
4月5日付『信濃毎日新聞』の「潮流」欄に栗田禎子・千葉大学教授(中東・北アフリカ近現代史)が寄稿している(「海賊対策」という罠)。共感するところが多いので、それを紹介して本稿を終える。
〈つい見落としてしまいがちなのは、「海賊」云々という話題は元来は政府が昨年、インド洋への海上自衛隊派遣の延長を図ろうとするなかで持ち出してきたものだということである。「テロ対策」の名のもとの自衛隊派遣を疑問視する国民の声が高まる状況下で、こうした批判をかわすため、「補給支援活動には海賊対策という副次的効果もある」という主張が始まった。他方民主党も、(テロ特措法延長には反対したが)基本的には自衛隊の海外展開拡大を支持する立場であるため、「海賊」対策問題をめぐっては、むしろ積極的な旗振り役を務めた。二つの流れが合流した結果、今回の自衛隊派遣がある。
なぜ「ソマリア」か、という点に関しては、インド洋を臨み、ペルシア湾岸の油田地帯にも近い、いわゆる「アフリカの角」に位置する同国が、戦略上の要衝であり、冷戦時代には米ソの角逐の場だったことを思い起こす必要があるだろう。また現在では、アフリカの石油・鉱物資源が注目を集めるなかで、ソマリアはアメリカをはじめとする先進諸国にとって新たな重要性を帯びつつある。
このように見てくると、今回の派遣は、アメリカの世界戦略に応えて自衛隊の海外展開を拡大していこうという、近年、日本の政財界がさまざまな形で追求してきた試みの一つにほかならず、きわめてきな臭いものであることが分かる。クリントン米国務長官は、ソマリア沖への派遣実現を高く評価した。派遣後の自衛艦は、バーレーンの米第5艦隊と連絡をとりつつ活動していく方針であることも公表されている。冷戦期に日米の支配層がめざした「シーレーン防衛」構想が、形を変えて実現しつつある、と言うこともできよう。 「海賊対策」という主張は一見もっともらしいが、歴史的に見て列強の海軍力の増強は、まさに「海賊」問題を口実に行われてきた経緯がある。「匪賊」「馬賊」退治という言い方は、かつて日本が中国等での軍事行動を正当化しようとする際にも用いられた。「海上輸送路の確保は石油を輸入に依存する日本の責務」等の議論がされるが、経済的利害を軍事力で守る、という発想自体が、植民地主義的であり、危険であることを自覚する必要がある。
「ソマリア海賊」問題は、自衛隊の海外派兵の流れを一気に加速化・拡大し、平和憲法を掘り崩すための「罠」だと言える。一連のプロパガンダを通じて「退治」され、葬り去られようとしているのは海賊ではなく、憲法九条なのである。〉
【付記】本稿執筆中、4月23日、海賊対処法案は、衆院本会議において自民、公明両党の賛成多数で可決した。自衛隊は米軍の下級支援軍として外へ外へと展開していく。日本の派兵大国化を筆者は深く憂慮する。(09・4・23記)
井上 澄夫(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)
◆〈流血の海〉と化すソマリア沖海域ソマリア沖海域は〈流血の海〉と化しつつある。同海域では各国軍の艦船がアデン湾を中心にパトロールを続けているが、4月に入って再び海賊行為が増加している。
○フランス軍は4月10日、海賊に乗っ取られた同国のヨットを救出する作戦に踏み切った。その際、人質5人のうち船主のフランス人男性が、銃撃戦の巻き添えになるか、海賊に撃たれるかして死亡。仏軍は銃撃戦で海賊2人を殺害、3人を拘束した。
○海賊に乗っ取られた米船籍貨物船マークス・アラバマは4月8日、船員が船を奪還したが、海賊は米国人船長を人質にとって救命ボートで逃げた。駆逐艦を急派して行方を追っていた米海軍は12日、海賊4人のうち、交渉役以外の3人を射殺し、船長を解放した。
※ 海賊3人を射殺したのはSEALs(米海軍特殊部隊)である(『ニューズウィーク 日本版』4月29日号)。
この事態に関連する記事を3つ紹介する。
〈海上自衛隊を含む各国艦艇が警備行動を強化しているにもかかわらず、ソマリア沖の海賊被害が止まらない。ここ数週間、現地の天候が安定して波や風が収まり、小型高速艇を使う海賊の動きが活発化。アデン湾での警備が強化された結果、海賊はインド洋北西部に頻繁に出没するなど行動範囲を拡大させ、アフリカ南端の喜望峰回りルートの一部も脅かし始めている。国際海事機関(IMO)によると、今年のソマリア沖の海賊被害は約70件に達しており、前年同期に比べて大幅に増加。今月に入ってからも米国船籍の貨物船やフランスのヨットが被害に遭ったが、いずれも襲撃されたのは「インド洋北西部付近」(専門家)だった。〉(4月13日付『時事通信』)
〈米軍や仏軍がソマリア沖で、人質救出作戦の際に相次いで海賊を射殺したことを受け、反発した海賊がより過激化するとの懸念が出ている。CNNテレビは4月13日、海賊が「報復」を宣言していると報じた。/CNNによると、ある海賊は現地の報道関係者に「今後、人質の中に米国やフランスの兵士が含まれていれば殺害する」と語ったとされる。AFP通信も「捕らえられた米国人は今後、われわれの慈悲を期待できない」とする海賊のコメントを伝えた。/中東の海域を管轄する米海軍第5艦隊のゴートニー司令官は12日の記者会見で、「今回の出来事が、この海域における暴力をエスカレートさせることに疑問の余地はない」と語っている。〉(4月14日付『時事通信』)
〈オバマ米大統領は4月13日、ソマリア沖で米国船籍の貨物船を襲撃した海賊を米特殊部隊が射殺、人質の米国人船長を救出した事件に関し、「海賊の台頭を抑え込む決意だ」と述べ、海賊の襲撃阻止に向け軍事行動を含め厳しく対応する考えを強調した。/米国ではカーター政権時のイランの米大使館人質救出失敗や、クリントン政権時のソマリアでの民兵高官拘束失敗など軍事作戦の失態が政権を痛撃するケースがあっただけに、オバマ大統領は米軍の功績をたたえた。〉(4月14日付『毎日新聞』)
海賊に対応する側、海賊側ともに戦闘を激化させている。海賊は米軍艦にも発砲しており、米国船籍貨物船マースク・アラバマの事件では、米海軍が現場に駆逐艦など3隻を急派するなか、海賊側は仲間を守るため、捕獲したドイツ船籍の貨物船でソマリア北部エイルを出港していたことも判明した。このままでは海戦の激化は必至である。
◆エスカレートする自衛隊の海賊派兵
海上自衛隊の警護活動の現状については、4月19日付『中日(東京)新聞』の記事が詳しい。
〈ソマリア沖の海賊対策に派遣されている海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」「さみだれ」が警護した日本関係船舶は1回平均3隻と少なく、直近で警護したのはわずか1隻であることが分かった。世界不況の影響で船舶の運航が激減する一方で、警護活動と民間船舶の運航スケジュールが合わないことが主な理由だ。/警護活動は3月30日から始まり、護衛艦2隻は日本関係船舶を率い、ほぼ4日に1回の割合でソマリア沖のアデン湾を往復している。/これまで、3回半の往復をしており、警護した船舶数は1回目の往路が5隻、
復路は2隻、2回目の往路が3隻、復路が4隻、3回目の往路が3隻、復路が3隻、4回目の往路が1隻だった。/政府は、アデン湾を航行する日本関係船舶は年間2千隻、1日平均して5隻が通過すると説明していた。説明通りなら、警護対象の船舶は4日間かかる1往復で20隻に上り、往路、復路で分けると船団にはそれぞれ10隻の船舶が加わる計算になる。/だが、実際にはその3分の1にも達していない。日本船主協会によると、昨
年、アデン湾を通過した船舶はコンテナ船と自動車専用船で約1500隻を占めた。しかし、世界不況の影響で自動車専用船の運航が半減するなど激減した。/船舶に余裕があるため、日数をかけて南アフリカの喜望峰に迂回(うかい)する船もある。また、荷主との契約から4日に1回の警護活動に合わせてアデン湾を通過するのが難しい船舶は、他国の船団の末尾に付いて航行する例もあるという。〉
日本関係船舶の警護活動が予定をはるかに下回るなかで、2隻の海自艦船がやっていることは、外国船の要請を受け海賊に対処することである。
○護衛艦「さざなみ」は4月4日、シンガポール船籍のタンカーから「海賊らしい小型船舶に追われている」との連絡を受けて、現場海域に急行、約20分後に追い払った。サーチライトを照射したり、「長距離音響発生装置」(後注参照)と呼ばれる大音量を出す機器で現地語(ママ)を使い「こちらは海上自衛隊」などと呼びかけ、追い払ったという。/タンカーに近づいた船は、はしけ船の後ろに3隻の小型船をつなげて航行していたが、武器は使っておらず、防衛省は「海賊船かどうかは不明」としている。(4月4日付『東京新聞』)
※ 注 艦橋部に設置された指向性大音響発生装置「ARAD」(『朝雲新聞』)
○護衛艦「さみだれ」が4月11日、マルタ船籍の商船から「海賊から追われている」という通報を受けて現場に向かい、小型の不審船に大音響を発する装置を使って現地の言葉(ママ)で海自艦艇であることを伝えたが、不審船から応答はなかった。この船は、その後、商船を追いかけず現場海域にとどまっていた。「さみだれ」は1時間ほど警戒を続けたが、動きがなかったため、現場を離れたという。(4月12日付『朝日新聞』)
○防衛省は4月18日、東アフリカ・ソマリア沖の海上自衛隊の派遣部隊が、不審船に追われた護衛対象外の外国船から救援を求められたため艦載ヘリコプターで状況確認したところ、不審船は追跡を中止したと発表した。派遣部隊が不審船に遭遇するのは3月30日の活動開始以来3度目。/防衛省によると、18日午後8時4分(現地時間午後2時4分)ごろ、アデン湾西部の日本関係船舶の集合海域で待機中、北東約37キロを航行中の外国船籍のクルーザーが、無線で周囲の船舶に「小舟2隻に追いかけられている」と助けを求めてきた。/護衛艦「さざなみ」の艦載ヘリ1機が発艦し近づいたところ不審船は停船。ヘリは不審船が追跡をあきらめたと判断し、約30分で現場を離れたという。/不審船は計3隻確認されたが、上空から武器は目視できなかった。イエメン国旗とみられる旗を掲揚していたが、海賊船であることを隠している可能性もある。
(4月19日付『毎日新聞』)
※『読売新聞』は護衛艦に連絡してきた外国船を「カナダ船籍とみられるクルーザー」とし、「さざなみの搭載ヘリが約40分後、約35キロ離れた海域で、クルーザーを追尾している3隻の小型船を発見。上空を旋回すると、3隻はクルーザーから離れたという。武器は使用しなかった。3隻が海賊かどうかは不明。」と伝えている。
上記3回の対処は、いずれも「海上警備行動」での警護対象になっていない外国船舶のためになされた。しかも3件とも対処したのが本当に海賊(船)であったのかどうか、はっきりしないのだ。これは明らかに法的根拠を欠いた脱法行為である。防衛省は「船員法14条(後注参照)の遭難船舶等の救助を適用した。武器などの強制力を使っておらず問題はない」と釈明している。4月14日の定例会見で赤星海幕長は4月4日、11日の「2度ともシーマンシップと人道的な観点から対応した。(救助要請がありながら)やらない場合、現場は忸怩たる気持ちでいることになる。(外国海軍から)なぜ行かなかったのかと質問を受けたり、疑問をもたれたりすることもある」とのべたが、外国船舶の救助は日本の国内法でできないと答えればいいだけのことではないか。こうした脱法行為が繰り返されれば、もともと拡大解釈によるとしかいいようがない「海上警備行動の発令」も無意味になる。出先の海域で自衛隊はやりたい放題である。
※ 注 船員法14条(遭難船舶等の救助) 船長は、他の船舶又は航空機の遭難を知つたときは、人命の救助に必要な手段を尽さなければならない。
◆「3軍統合運用」に転化する海賊派兵
まず4月18日付『東京新聞』の記事「ソマリア周辺3自衛隊1000人 米の『対テロ』援護射撃」を要約して紹介する。
〈浜田靖一防衛相は4月17日、ソマリア沖・アデン湾の海賊対策で、海上自衛隊の哨戒機P3Cに派遣準備命令を発令した。機体の警護のため陸上自衛隊員、物品や人員の空輸のため航空自衛隊も派遣するため、陸海空すべての自衛隊が動員される。インド洋の補給支援活動と合わせれば、展開する自衛隊は1000人規模に。米国の「テロとの戦い」を下支えし、自衛隊が海外で治安活動を担う先例となりそうだ。/P3Cは5月中に海賊対策の拠点であるジブチに2機が派遣され、6月には哨戒任務を始める予定だ。/もともとP3Cの派遣は、海賊対策に参加している各国が自衛隊に期待していたことだ。現在、海賊対策の拠点であるジブチに派遣されている哨戒機は米国の3機のほか、ドイツ、フランス、スペインの各1機のみ。全長1000キロの海域を見張るには日本が派遣する2機は強力な助太刀となる。/最も助かるのは米国だ。海賊対策と並び、アフガニスタンでの対テロ戦争に重点を置く米国は哨戒機を陸上の偵察にも用いる。日本が海上の哨戒を担えば、米国は余力をテロ対策に回せる。
自衛隊にとっても、海外での任務拡大に新たな足掛かりを得たといえる。機体の警護を理由に2,30人の陸自要員を派遣するからだ。/根拠は自衛隊法の「武器等防護」の規
定。小銃、機関銃のほか、イラクで使った軽装甲機動車の使用も検討する。P3Cの駐機場はジブチ国際空港の民間部分。自衛隊の海外活動でも、他国の主権がおよぶ一般地域で治安を目的に自衛隊が派遣されるのは初めてだ。イラク派遣で空自がクウェートを拠点に空輸支援を行った際も、警護要員は派遣されなかった。防衛省は「今回は民間空港なので独自の警護が必要」と強調するが、同省幹部は「将来、この経験が役立つかもしれない」
と、海外での活動拡大に期待感を隠さない。/今回の派遣人員は警護要員も含め約150人。すでに始まっている日本関連船舶への警護活動のほか、インド洋で補給支援活動をしている補給艦がアデン湾でも活動し、海賊対策の護衛艦に補給していることを考えれば、派遣人員は計約1000人に上る。/自衛隊の存在感は、アラビア半島を包む海域に2隻の護衛艦と1隻の補給艦、そしてP3C2機が動き回るまでに拡大しつつある。〉
日本はすでにジブチと地位協定を結んだ。したがって駐機場の確保は、海上自衛隊が「ジブチに基地を得る」ということだ。
海自のジブチ基地の警護のために陸上自衛隊が派遣される。「イラク派遣で空自がクウェートを拠点に空輸支援を行った際も、警護要員は派遣されなかった。」
ジブチ基地に派遣されるのは陸自だけではない。「陸上自衛隊員、物品や人員の空輸のため航空自衛隊も派遣する」。記事は「3軍統合運用」という言葉を使っていないが、実態は「3軍統合運用」である。
海自のインド洋・アラビア海における米艦船への洋上給油は続き、それは米国の対テロ戦争(後注参照)支援である。そしてその活動に携わっている補給艦は海賊対処の護衛艦にも補給している。海自の哨戒機派遣は米軍の海賊対処の負担を軽減する……。ここで見えてくるのは、海賊派兵が対テロ戦争の一環であるという構図だ。対テロ戦争としての海賊派兵については、改めてのべる予定だが、日本の自衛隊は「3軍統合運用」という本格的な戦争態勢でいよいよこの対テロ戦争にのめりこみつつあることに読者の注意を喚起したい。
※ 注 オバマ政権は「対テロ戦争(war on terror)」という言葉を避け、「テロとの戦い(fight against the terrorists)」という。
「ブッシュの戦争」とは違うというわけだ。しかし現にやっていることはブッシュ政権時代と変わらないので、筆者も必要に応じて「対テロ戦争」という言葉を用いる。
◆海賊対処は一義的に海上保安庁の任務ということの意味
筆者は海賊派兵問題に初めて論及した本シリーズ「反戦の視点・その68」の「海賊への対処は海上保安庁の任務である」でこう記した。
《海上警備行動は、海上保安庁では対応が困難な場合に職務を代行することになっている。しかし海賊への対処が「海上保安庁では対応が困難な場合」に該当するかどうかなどこれまで検討されなかったし、それゆえ当然のことだが、海上自衛隊は海賊対処の訓練をしていない。海賊への対処は一義的に海上保安庁の仕事である。海上保安庁法は第2条で同庁が「海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕」を任務とすると定めている。
「マラッカ海峡の海賊対策では、海上保安庁がアジアの沿岸各国と情報を共有する体制を築き、人材育成を支援してきた実績がある。」(08年12月26日付『北海道新聞』)。 「日本は、東南アジアの海賊対策で「アジア海賊対策地域協力協定」策定を主導し、マラッカ海峡周辺国に海上保安庁の巡視船を提供するなどして海賊封じ込めに成功した実績がある。」(08年12月27日付『毎日新聞』)
実際、同海峡での海賊事件は激減した。「2003~07年のデータを見ると、海賊事案は東南アジアでは5年間で半数以下になっている」(外務省のホームページ)。だからソマリア沖での海賊事件についても、海上保安庁はイエメンやオマーンなど沿岸諸国に働きかけてマラッカ海峡での経験を活かそうとしている。
そもそも日本政府の「海賊対策」は沿岸国イエメンの要請に応じ巡視船や巡視艇を供与する方向で調整を始めるところから始まったのだ。
「巡視船艇供与は2006年6月に閣議決定したインドネシア向けに続き2例目。イエメンの海上警備能力の向上が狙いで、政府開発援助(ODA)の無償資金協力の枠組みで実施される見通し。既に海上保安庁が今月(12月)、現地に職員を派遣し、巡視船艇導入の効果などを詳細に調査している。」(08年12月24日付『共同通信』)
ところが麻生首相が突出して海上警備行動発令を持ち出し、まず護衛艦隊を派遣し、その後「海賊行為対処に関する法律案」(仮称)を成立させることになった。浜田防衛相は一般法(海賊対処法)を整備した上での艦隊派遣を望んでいるが、麻生首相は押し切るかまえだ。》
「海賊対処は一義的に海上保安庁の任務」という筆者の主張は、いうまでもなく、ソマリア沖に海保の巡視船艇を派遣せよという意味ではない。海保のノウハウをマラッカ海峡沿岸諸国に伝え、それが大きな成果を上げたのだから、イエメン、オマーン、ジブチ、エリトリアなどアデン湾周辺諸国に同じノウハウを提供することで、それら諸国が〈自力で〉海賊に対処するよう支援すべきということである。
海保が重武装の遠洋航海に耐え得る巡視船を多数建造し、海賊行為が行なわれる世界のあらゆる海域に派遣すべきなどと主張しているのではないのだ。海上保安庁法にいう「海上」に厳密な地理的規定はない。しかし海保の任務には「沿岸水域における巡視警戒」が含まれる。海上保安庁は英語では「JapanCoast Guard(ジャパンコーストガー
ド)」であり、それは日本の沿岸警備隊という意味だ。当然のことだが、海保の巡視船艇の船腹にはそう描かれている。しかも余り知られていないが、海上保安庁法第25条はこう規定している。
《この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。》
「海の警察」である海保にこういうシバリがかかっているのは、日本の敗戦直後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の民政局が水上保安制度の発足を日本の再軍備の第一歩になりかねないと懸念したからであるといわれている。
〈そうこうしているうちにも(密航、密輸、密漁、船内での賭博開帳など)海上の治安悪化は深刻化し、ついに昭和22(1947)年9月23日には民政局も折れて、条件付きで許可を与えた。その条件とは、職員総数1万人以内、船艇125隻以下で総トン数5万トン以内、各船艇は排水量1500トン以内で速力15ノット以下、武器は小火器に限定、日本沿岸の公海上でのみ活動、というものであった。そして、「軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営まない」ことを法令に明記するよう強く求めている。こうして昭和23(1948)年4月26日(正確には27日、引用者)、海上保安庁法が国会で成立、翌日公布され、同年5月1日施行となり、運輸省の外局として海上保安庁が発足した。〉(永野節雄『自衛隊はどのようにして生まれたか』、学研)
ここでは海上自衛隊発足のいきさつには触れないが、上記のように、海保は海自と無関係の組織であり、軍隊化しないという大前提で「海の警察」が誕生したという事実を記憶してほしい(海保は現在、国土交通省の外局)。なお海上保安庁法はこれまで度々改正されているが、25条はずっとそのままである。
※ 筆者は海保が徐々に軍隊化していることに強い懸念を持っている。たとえば、フランスからのプルトニウム運搬船警護専用に建造された世界最大の巡視船「しきしま」(1992年就役、総トン数:7175トン、基準排水量:6500トン)は35ミリ軽装機関砲2基と20ミリ機関砲2基を備えている(出典『ウィキペディア』)。プルトニウム輸送はやめるべきだし、そうであれば「しきしま」は不要である。
海保の武器使用については、警察官職務執行法7条の規定を準用するとされている(海保法20条)。正当防衛と緊急避難の場合のみ許されるということだ。ただし違法行為が疑われる「船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜず、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。」として「危害射撃」を認めている(20条2項)。
2001年12月22日に起きた九州南西海域不審船事件では、海保と「不審船」(事件後、海保は朝鮮民主主義人民共和国籍の工作船と断定)との間で交戦があったが、東シナ(中国)海沖の中国の排他的経済水域(EEZ)で「不審船」が沈没した後、海上を漂っていた乗員を海保は救助しなかった(死者は少なくとも10人とされる)。それが正当だったのか、筆者は深く疑問に思う。
◆なぜ「ソマリア」か
4月5日付『信濃毎日新聞』の「潮流」欄に栗田禎子・千葉大学教授(中東・北アフリカ近現代史)が寄稿している(「海賊対策」という罠)。共感するところが多いので、それを紹介して本稿を終える。
〈つい見落としてしまいがちなのは、「海賊」云々という話題は元来は政府が昨年、インド洋への海上自衛隊派遣の延長を図ろうとするなかで持ち出してきたものだということである。「テロ対策」の名のもとの自衛隊派遣を疑問視する国民の声が高まる状況下で、こうした批判をかわすため、「補給支援活動には海賊対策という副次的効果もある」という主張が始まった。他方民主党も、(テロ特措法延長には反対したが)基本的には自衛隊の海外展開拡大を支持する立場であるため、「海賊」対策問題をめぐっては、むしろ積極的な旗振り役を務めた。二つの流れが合流した結果、今回の自衛隊派遣がある。
なぜ「ソマリア」か、という点に関しては、インド洋を臨み、ペルシア湾岸の油田地帯にも近い、いわゆる「アフリカの角」に位置する同国が、戦略上の要衝であり、冷戦時代には米ソの角逐の場だったことを思い起こす必要があるだろう。また現在では、アフリカの石油・鉱物資源が注目を集めるなかで、ソマリアはアメリカをはじめとする先進諸国にとって新たな重要性を帯びつつある。
このように見てくると、今回の派遣は、アメリカの世界戦略に応えて自衛隊の海外展開を拡大していこうという、近年、日本の政財界がさまざまな形で追求してきた試みの一つにほかならず、きわめてきな臭いものであることが分かる。クリントン米国務長官は、ソマリア沖への派遣実現を高く評価した。派遣後の自衛艦は、バーレーンの米第5艦隊と連絡をとりつつ活動していく方針であることも公表されている。冷戦期に日米の支配層がめざした「シーレーン防衛」構想が、形を変えて実現しつつある、と言うこともできよう。 「海賊対策」という主張は一見もっともらしいが、歴史的に見て列強の海軍力の増強は、まさに「海賊」問題を口実に行われてきた経緯がある。「匪賊」「馬賊」退治という言い方は、かつて日本が中国等での軍事行動を正当化しようとする際にも用いられた。「海上輸送路の確保は石油を輸入に依存する日本の責務」等の議論がされるが、経済的利害を軍事力で守る、という発想自体が、植民地主義的であり、危険であることを自覚する必要がある。
「ソマリア海賊」問題は、自衛隊の海外派兵の流れを一気に加速化・拡大し、平和憲法を掘り崩すための「罠」だと言える。一連のプロパガンダを通じて「退治」され、葬り去られようとしているのは海賊ではなく、憲法九条なのである。〉
【付記】本稿執筆中、4月23日、海賊対処法案は、衆院本会議において自民、公明両党の賛成多数で可決した。自衛隊は米軍の下級支援軍として外へ外へと展開していく。日本の派兵大国化を筆者は深く憂慮する。(09・4・23記)