まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

『孤独な娘』読書、迷走中…

2016-02-26 21:44:02 | アメリカの作家
MISS LONELY HEARTS 
1933年 ナサニエル・ウェスト

ナサニエル・ウェストは、4作品だけを残して、37歳でこの世を去った
不遇の作家だそうです。
それで、この一冊を読んだ感想ですが、さしあたって残りの3冊を読む予定はないです。

題名と表紙のレビューに惹かれフラフラと買ってしまった一冊。
レビューから、私が惹かれた部分を抜粋してみます。

“ 新聞の身の上相談欄を担当する孤独な娘は、投書者の手紙に対応しているうちに
彼らの悲惨さにのめりこんでいく ”

私としては、孤独な娘と名乗る、男性の被相談者が、どのように相談者たち同様の苦悩を
抱えていくのか… という、過程におおいに期待していたんですよね。

ところが、1ページ目を開いたら、もうすでに苦悩にまみれちゃってる “ 孤独な娘 ” がいて
あとはどんどん苦悩の深みにはまっていくばかり…
そして、深みにはまるにつれ怠け者になっていく印象が濃くなっていきます。

一度は立ち直れそうな展開を見せたのに、なぜか逆戻り…

そしてこのラスト… いろいろ盛り上がりそうだったのにブチっと終わっちゃいました。

相談者の手紙もいくつか紹介されているのですが、フィクションだとしてもひどい話しで
こんなものを読み続けていたら、そりゃあ平常心ではいられないかもね。
“ 孤独な娘 ” は真面目すぎたのかもしれません。

新聞の売上を伸ばしたいだけで身の上相談のコーナーを作り
しかも送られてきた手紙を笑いものにするシュライクという上司がいて
“ 孤独な娘 ” の苦悩と対比させて、イヤ~な感じを存分に醸し出しています。

この物語が書かれたのは、大恐慌後の1933年です。
もしかしたら、相談者の手紙の内容はかなり現実に近かったかもしれません。

新聞の身の上相談コーナーの記者が持ち回りであったことを祈ります。

作中何度も神と内なる精神に向き合うという、私が最も理解できないジャンルの小説でして
何も書けることがありませんです。
先日ミラン・クンデラで大失敗したばかりだというに…
そんなわけで、今日はここまで… すみません。

ひとこと愕然としたコーナー
家系図は今ノルウェーなのですが、ノルウェー王家も長いからしばらくこれで… と思っていたら!
共治時代&カルマル同盟で、もうほとんどスウェーデン王妃とデンマーク王妃で書いてた~ 次どうしよう~!!
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ノルウェー王ハーラル3世妃 エルジフ

2016-02-22 20:55:35 | ノルウェー王妃
キリスト教なのに一夫多妻?
ハーラル3世妃 エルジフ・アフ・キエフ


1025~1067/1045~1066

オーラフ2世が殺害された後、ノルウェーは、空位とデンマークとの共治時代を繰り返します。
国内で争ってるから、よそから狙われちゃうでしょー!

まずは賢王オーラフを倒してノルウェー王に即位したデンマーク王クヌート1世大王。
妃はエルギフエンマです。

その後空位をはさんで、デンマークとの共治をしたスヴェン・クヌートソンと
マグヌス1世善王は未婚でした。

やっとノルウェー単独王登場ですよ。 ハーラル3世です。
オスロを建設した王だそうです。

ハーラル3世妃は、有名なキエフ四姉妹の(たぶん)長女、エルジフ(エリザヴェータ)です。

キエフ大公ヤロスラフ1世と、オーラフ2世と結婚するはずだった
スウェーデン王オーロフ・シュートコヌングの王女インゲゲルドの娘です。
詳しくは前回のアストリッドを参照してください。

姉妹は皆他国の王家へ嫁いでまして、妹アナスタシアはハンガリー王アンドラーシュ1世王妃
次妹はフランス王アンリ1世妃アンナ、末っ子アガタだけちょいと不運なことに
イングランド王になれなかったエドワード・アジリングと結婚したとされています。
当時のキエフの国力の大きさが垣間見えますね。
         
ハーラルは、クヌート大王の治世中キエフでお世話になってまして、もしかして恋愛結婚?

二人は1043年に結婚し、1045年にそろってノルウェーに帰国しました。
ところがですね~、帰国から2年後、ハーラルは単独王になると、トーラという女生と
結婚しちゃうんですよね。
そしてエルジフもトーラも在位が1066年までとなっているのよね。
すでにキリスト教化されていたと思うんだが… 一夫多妻?

実は、エルジフがノルウェー王妃として記されているのは宮廷詩人が書いた一編の詩だけで
それ以外には資料が実存していないらしい…
ノルウェーがキエフとの繋がりなんかを強調するために盛りましたかね?

とはいえ、ハーラルがイングランドの王位継承に巻き込まれて遠征中に亡くなった時
エルジフも娘たちと同行していたそうで、長女マリアもイングランドで亡くしています。
そしてデンマーク王オーロフ1世妃インゲゲルドはエルジフの娘となってますので
ハーラル3世妃だったことに間違いはないようですね、と思いきや! つづく


ごちゃごちゃになってます
ハーラル3世妃 トーラ・トルバーグズダター


1025~没年不詳/在位 1048~1066

ハーラル3世が単独王になった時に結婚したとされるトーラは
ノルウェーで勢力があった一族のトルバーグ・アネッソンの娘でした。
従姉妹にスコットランド王マルカム3世妃イーンガボーグがいます。
          
後に王になる、マグヌス2世とオーラフ3世の母ですが、あまりエピソードがなく
没年もわかっていません。
デンマーク王スヴェン2世か、スウェーデン王ホーコンと再婚したとも言われますが
どちらも確認ができていないそうです。

ただ、ハーラル3世のスコットランド遠征に付き添ったのは、エルジフではなく
トーラだという説が浮上。
そういえば、エルジフも没年がハーラル3世の死から1年後になっていますが
どこで亡くなったかはわかっていないんですよね。

この二人の妃の存在、なんだかミステリアスですね。
一人二役的な “ 入れ代りもの ” ドラマができそうな気がします。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー


AERAの表紙&インタビュー! こんなに立派になってくれて目頭が熱いわ…
誰なんだよぉ? この(美しい)ボーイズは? と、お思いの定期購読者の方もいらっしゃいましょうが
これを機にSHINeeを覚えていただければと…
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ノルウェー王オーラフ2世妃 アストリッド

2016-02-19 21:40:33 | ノルウェー王妃
偉大な王の善き妃
オーラフ2世妃 アストリッド・オーロフズダター


生年不詳~1035/在位 1019~1030

アストリッドは、スウェーデン王オーロフ・シュートコヌングの王女ですが
母親は愛妾のエドラという女性でした。
実の兄はエームンド老王、義理の兄弟にアーヌンド・ヤーコブがいます。
       
アストリッドとエームンドは、義理の母エストリッドとうまくいかず
別々に里子に出されました。
アストリッドは、ヴェステルイェートランド地方に送られました。

1016年、ノルウェーとスウェーデンは平和的な関係を築くべきだという合意に至り
お決まりの婚姻関係を結ぼうということになりました。

最初に話し合われたのは、本妻エストリッドとの王女インゲゲルドでしたが
父王オーロフが反対してアストリッドに代わりました。

インゲゲルドは、キエフ大公ヤロスラフ1世の妃になります。
どっちかっていうとそっちの方が重要で、本妻の娘が選ばれちゃったのかもね。

オーラフとエストリッドは、1019年に結婚しました。

代わりにやってきた妃でしたが、アストリッドは美しく明瞭で寛大な女性でした。
義理の息子のマグヌス(後の善王)のことも可愛がり、良い関係を築きました。
自分が受けた辛い思いを、義理の息子にはさせたくなかったのでしょうね。

1030年、アストリッドは、オーラフ2世が反乱軍に殺されて未亡人になると
ノルウェーを去りスウェーデンに帰国します。
スウェーデンは義理の兄弟アーヌンド・ヤーコブの治世中でしたが
アストリッドは宮廷で高位を与えられました。
義理の兄弟とも良い関係を築いていたんですね。

義理の息子マグヌスがストックホルムを訪れて、ノルウェーの王位継承の申し立てをした時は
公式に援助を与えました。
マグヌスの即位は、アストリッドの後押しも大きな助けになっていたかもしれません。

オーラフ2世は、第二の建国者と言われるほど、国力を高めた王だったそうです。
賢王と良妻のベストカップル… なぜ反乱がおきるか不思議ですよね… 中世時代。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
テミンの美しさに息をのんでいる今週ですが、来週はいよいよ…
オニュにオペ服を着せるなんて! なんて罪つくりな韓国ドラマ界! やっぱりスカパーに加入するべきなのだろうか…
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ノルウェー王オーラフ1世妃 ゲイラ

2016-02-12 18:06:14 | ノルウェー王妃
ハンサムな王様だったらしいよ!
オーラフ1世妃 ゲイラ


965~985/在位せず

エイリーク1世を継いだホーコン、その次のハーラル2世は未婚でした。
その後はデンマークとの共治になりまして、ハーラル青歯王妃はギリテ、トーヴェなどの
妃がおりました。

オーラフはハーラルの一族の出ですが、王様になる前はヴァイキングでした。
海外を渡り歩き、キリスト教に改宗後、帰国して王になりました。
キリスト教化を推し進め、ノルウェーに初めて教会を建てた王だと言われています。
でも、ちょっと強引すぎたみたいです。

さて、最初の妃ゲイラですけど、彼女はオーラフがノルウェー王になる前に結婚しました。
ヴィンドランドという国の王女らしいです。 ヴィンドランドってどこでしょう?
          
13歳ぐらいでどこかの王子と結婚しましたが、3年後に死別しました。
ノヴゴロドから帰還中のオーラフが嵐に遭ってヴィンドランドに寄港した時に
国を治めていたゲイラに会いました。

ゲイラは「冬の海は恐ろしいほど荒れるゆえ(この部分は想像)、冬の間いらしたら?」と
持ちかけ、オーラフがこれを受け入れました。
ゲイラの作戦勝ち? 二人は982年に結婚しました。

ゲイラは納税を拒んでいた貴族たちから、税金を取り立てることに成功したりしたそうで
けっこう押しが強い女性だったんじゃないかしら?
それより、こんなに昔から税金があったっていうのに驚いた!
まだ国として機能してないような状態だと思うんだが… 税金というよりは上納金かな?

結婚から3年後にゲイラが亡くなります。
オーラフはすごく悲しんだそうで、上の絵がその時の様子です。
でもゲイラがいなくなるとヴィンドランドにいられなくなり、国を後にしました。
ゲイラが長生きしていたら、ノルウェー王にはなってなかったかもね。


ありがちなエピソードを持つ妃
オーラフ1世妃 ガイダ


生没年不詳/在位せず

ダブリン王の妹らしい… 小さい王国がたくさんあったんですね。
そして、北欧と英国方面は当時から盛んに行き来してたのですね。

ガイダはどこかの伯爵と結婚して未亡人になると、次の夫探しに乗り出しました。
求婚者はたくさんいたようですが、ガイダはなかなか「うん」と言いませんでした。
そんな中、オーラフは、ガイダから招待を受けて訪ねて行ったのですが…

さぁ、皆さん、ここからはどこかで聞いた話しの展開になりますよ。

オーラフは自分がボロい服を着て、従者にキレイな服を着せていたのですが
ガイダはオーラフをちゃんと見抜いたっていう…

オーラフはガイダと結婚し、イングランドとアイルランドで幸せに暮らしましたとさ。



              
夫運悪い?
オーラフ1世妃 ティーラ・ハーラルズダター


生年不詳~1000/在位 995~1000

いいですねぇ~、北欧三つ巴な家系図。 王家の家系図はこうでなくっちゃ!
         
ティーラは、デンマーク王ハーラル1世と、スウェーデン王女ギリテの王女です。

最初はおじにあたる王太子スティンビョルンと結婚しましたが
スティビョルンは、985年に、エリク勝利王との継承争いに敗れて亡くなります。

次にポーランドの王子と結婚したらしいけど、やはり死別しました。

それでその後に、いつの間にかノルウェーに帰って王様になっていた
オーラフと結婚したわけですが、強引にキリスト教化を進めていたオーラフは
スウェーデンとデンマークの支援を受けた反乱軍に敗れて亡くなりました。
でも、スウェーデンもデンマークも、キリスト教化は進めてたはずだけどね…
他の国の王が倒れるなら、理由はなんでもよかったのかもしれませんね。

言い伝えでは、ティーラはオーラフ死亡の報せを聞くと、断食して自殺したそうです。
本当かなぁ…

ちなみに、オーラフ1世はハンサムだったそうですよ。
3人の妃のエピソードを見ていると、ですよね~、って感じです。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
BIGBANG見たさに初めて見たMomm!!なのですが、「口パク」とか「歌ってない」って
あんなにハッキリ言ってケンチャナ? 中居くーん
口パクにうるさくなってきた韓国なだけに、BIGBANGのみんなの興味しんしんの表情が印象的でした

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ノルウェー王エイリーク1世妃 グンヒルド

2016-02-05 20:11:23 | ノルウェー王妃
在位は短いけどエピソード満載の王妃
エイリーク1世妃 グンヒルド・ゴームズダター


910~980/在位 931~934

他の王妃たちのエピソードがほとんどないこの時代にあって
肖像画(というか挿し絵)と(主に良くない)エピソードがもりもりあるグンヒルドは
両親についてもいろいろな議論があるそうです。
一応、デンマーク王ゴームとチューラの王女ということになっていますが
Halogalandの族長Ozur Toriの娘という説もあったり
二人の魔法使いと暮らし、魔術を学んでいたという噂もありました。

エイリークとグンヒルドが出会ったのは、ゴーム王の祝宴でした。
二人の結婚は、デンマークとノルウェーの同盟と統合まで視野に入れたものでした。
ということは、やっぱりゴーム王の王女なのかしらね?
         
エイリークとグンヒルドとの結婚後、ハーラル1世の死に先立って、エイリークの異母兄妹で
人気者だったハルフダンが急死しました。
不審な亡くなり方だったようで、人々はグンヒルドが毒を盛ったと噂しました。

ハーラル1世が亡くなると、とりあえずエイリークが即位します。
しかしエイリークは専制的な君主だったようで、他の兄弟たちとの争いは激化します。
グンヒルドはエイリークを煽って、たて続けに4人の兄弟を殺害させました。
エイリークにとってグンヒルドはベスト・パートナーかも…と思えますね。

しかし、そんなエイリークの統治に貴族たちが反発し、即位からわずか3年後
異母弟のホーコンを王だと宣言して、エイリークを追放しました。

エイリークご一行は、父王ハーラル1世が支配したオークニー諸島に落ち着くと
オークニー王になり、さらには、ノルウェーが支配していたイングランド北部を訪れて
ヨーヴィック王を名乗ったりしてました。
どんなに小さい国でもいいから “ 王 ” と呼ばれたかったのかしらね?

グンヒルドは、エギルという詩人との軋轢が有名で詩にも書かれているらしいのですが割愛。
簡単に書くと、仲違いしたエギル兄妹を殺そうとしたら、逆に兄たちが殺されちゃって
つかまえた後、エイリークが釈放しようとすると「処刑して~!」と騒いだらしい。

954年、エイリークが亡くなると、グンヒルドは子供たちを連れてデンマークへ避難します。
デンマークの王はハーラル青歯王で、もし、グンヒルドがゴーム老王の王女だとしたら
お兄さんか弟にあたりますね。

グンヒルドの王子たちは、ハーラル青歯王に、まるで自分の子供たちのように
可愛がられたそうです。
ハーラル王青歯王は、グンヒルドの王子をノルウェー王に据えようと考えます。

ホーコン対ハーラル(グンヒルドの王子)の争いは、本当はノルウェーの勝利でした。
でも、ホーコンがFitjarの戦いで戦死したことで、ホーコンを倒したハーラルの勢力が
ノルウェー内で拡大し、ハーラルが王に就くことになりました。

ノルウェーに凱旋した時のグンヒルドのドヤ顔! すごかったでしょうね。

ハーラルをはじめ、グンヒルドの王子たちは、これまで国内を治めてきていた族長や領主を
殺害したり退けたりして自分たちの権力を増大しようとします。
でもハーラルを操っていたのは実はグンヒルドでした。

グンヒルドは、息子ハーラルの治世中ノルウェーを訪れていた
アイスランドの族長Hrut herjolfssonの愛人になります。
彼女はHrutに夢中で、あまりにもおおっぴらだったので、二人はてっきり結婚したものだと
思われていたそうですが、Hrutは国に妻がおりました。
結局Hrutはアイスランドに帰ってしまったようですが、グンヒルドが渡した土産は
すごかったらしく、妻にバレちゃいまして、Hrutの結婚生活は破綻しました。

971年、息子ハーラル2世が亡くなりました。
グンヒルドの王子たちと、族長ホーコン・シグルッソンの間に継承戦争がおこりました。
ホーコンが勝利し、グンヒルドは再びオークニーへ向かい、その後デンマークに戻りました。

しかし、前回はあたたかく迎えてくれたハーラル青歯王は、今回は様子が違ったみたい…
グンヒルドはハーラル青歯王の命令で沼で溺死させられてしまいました。
ハーラル青歯王は、兄妹愛ではなくて息子を利用するために優しくしてくれていたのかしら?
(実話かどうかは不明なんだけどね…)
              
                 年老いた流浪のグンヒルド
                   上の絵が迫力満点なだけに、哀れですね


叙情詩となって語りつがれる悪女とは… スケールでかいですね。
中世にはよくあることですが、王家が変わった時に悪者にされちゃったのかもしれません。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
わーいわーい! MステにBIGBANG登場!! 嬉しいですね
楽屋での畳上の5人がオモカワでした。 畳の楽屋って日本だけなのかなぁ?
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ノルウェー王ハーラル1世妃 ガイダ

2016-02-01 08:22:46 | ノルウェー王妃
                肖像画がないのでヴァイキングの貴婦人
                スウェーデンかデンマークで使ってるかもしれませんが…


ハーラルを王にした・・・という伝説を持つ王妃
ハーラル1世妃 ガイダ・エイリークズダター・アヴ・ホーダルランド


生没年不詳/在位 872~930

今回は、スウェーデンやデンマークとともに北欧を形成する王国ノルウェー王妃編です。
ノルウェーは、スウェーデンやデンマークと共治になっている時期も多いので
すでに出た王妃も多くいますが、それ以外の王妃たちをご紹介。

スウェーデン、デンマーク同様、名前・地名の読み方がよくわかってませんので
間違っていたら教えてください。

ガイダは歴史書に登場する最初のノルウェー王妃です。
         
ハーラル1世はノルウェーを統一し、初代王になった人物ですが、その影にガイダあり!と
言い伝えられている王妃です。

ガイダは、ヴェストフィヨルド王だったハーラルから求婚された時
「ノルウェー全土の王になるまでは…」とお断りしています。
ハーラルは、王になるまで髪を切らないし、クシも入れない(ブラッシングしない)と
誓いを立てたそうです。
そのせいで、ハーラルの頭はとんでもないボンバー状態になってたはず… おそろしや

それから10年、872年にノルウェーを統一王となったハーラルはガイダに使者を送り
結婚しましたとさ… めでたし、めでたし
その前に、ボサボサ頭は返上してキレイに整えていたそうですよ。
“ 髪を刈った ” と表現している書籍もあります。 10年分だもんね…
その後ハーラルは美髪王と呼ばれていました。

ハーラル1世は、順番はわかりませんが5回結婚しているんですよね。
王になるやいなやガイダと結婚したということは、初婚?
もし先に結婚してたとしたら、苦楽を供にした妃はどうなった?

それから、ガイダはハーラルが亡くなるまで王妃の座にいたことになってるのよね…
一夫多妻制ですかね? キリスト教布教前でしたのでね…

王家創成期にはありがちな伝説ですが、古典学者の多くは、この言い伝えを
Heimskringlaが書いた恋愛小説がもとになっていると考えているそうです。

他の王妃の詳細はわかりません。
次王エイリーク1世の母親はガイダではなく、ユトランドのエイリークという人の娘
ラグンヒルドという女性です。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー


やっちまった!! 初の遠征 to マリンメッセ福岡 SHINee WORLD 2016 D×D×D ツアー初日
嬉しいセトリとアレンジ、悲鳴ものVありの、素敵で楽しいステージでした。 これでまた3月まで頑張れる…
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