まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

ポーランド王ヴワディスワフ2世妃 アンナ

2015-03-31 22:24:19 | ポーランド王妃
ポーランド貴族の最後の祈り
ヴワディスワフ2世妃 アンナ・ツィレシュカ


1382~1416/在位 1402~1416

ヴワディスワフ2世の妃ヤドヴィカは、26歳という若さで亡くなりました。
ヤドヴィカの死はヴワディスワフのポーランド王の座を危うくするものでした。
ヴワディスワフはポーランドの血統の中から相手を迎えようと考え
カジミェシュ3世の孫にあたるアンナと1402年に再婚しました。
       
この時点でヴワディスワフは40歳(50歳説あり)前後、アンナは16歳です。

アンナの母であるカジミェシュ3世王女アンナは、当時未亡人になっていたみたいなのですが
娘の嫁入りで再びポーランド王室の中で力を持ちたいと考えていました。
せめて王妃である娘か、(将来生まれるはずの)孫娘ぐらいのポジションはほしいと
要求したみたいです。
王妃の母より王の娘の方が上なのね…宮廷内での序列って大変そうですね。
その願いが叶えられたかどうかはわかりませんけど、アンナ(母)はずっと宮廷にいた様子。

しかしアンナ(娘)は王子ではなく、1408年に王女ヤドヴィカひとりを生んだきりで
30歳の時に亡くなります。

少~しでもピァスト王家の血が流れている王子を望んでいたポーランド貴族たちは
かなりがっくりしたことでしょう。
今後はアンナ(娘)が生んだヤドヴィカに期待をかけるしかありません。
でもでも…

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
『ドキドキインド』さぁ、泡ネット5個のキュヒョンと水3本のソンギュのエピソード読んだ時点で期待大ですね!
ピニメンバーがいないところでも「も~やだ」とか「なんだよぉ~」とかソンギュらしさを発揮してほしいわ~  

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ポーランド王/ポーランド王ヴワディスワフ2世妃 ヤドヴィカ

2015-03-31 00:46:40 | ポーランド王妃
ハンガリー育ちのポーランド王
ポーランド女王/ヴワディスワフ2世妃 ヤドヴィカ


1373~1399/在位 (ポーランド王)1384~1399
          (ヴワディスワフ2世妃)1386~1399

ヤドヴィカは王として戴冠していて、彼女のタイトルはポーランド王妃ではなく
ポーランド王ということになります。
ポーランドでは特に女性が君主になってはけないという決まりはなかったのですが
前例がなかったので、女王(QUEEN)ではなく王(KING)という称号が与えられています。

カジミェシュ3世の姉エルジェピタの権利を得て王になったルドヴィクと
二人目の妃エルジェーベトの末娘ヤドヴィカは、幼年時代をハンガリー宮廷で送りました。
5歳の時にハプスブルク家のオーストリア公子ヴィルヘルムと婚約していたことがあって
1年ほどウィーンの宮廷で過ごしていたことがあるようです。

1382年にルドヴィクが亡くなると、次女マリアが10歳でハンガリー女王になりました。
当時マリアはルクセンブルク家のジグモンドと婚約していていました。

       

ポーランド側は、マリアと将来夫になるジグモンドによる二国統治を嫌がり
マリアの妹ヤドヴィカを君主にしたいと考えます。
摂政であるマリアの母エルジェーベトに2年間交渉した末
10歳のヤドヴィカをクラクフに招くことに成功しました。

王になるやいなや、ヤドヴィカの前には求婚者が現れます。
たぶんその前からた~くさん縁談があったとは思うけどね。

中でも婚約していたオーストリア公ヴィルヘルムはクラクフまでやってきて
「もう結婚式をあげちゃおうよ!」という作戦にでますが失敗。
すごすご帰ったヴィルヘルムは、ヤドヴィカの従姉妹(?)でライバルの
ナポリ女王ジョヴァンナ2世と結婚します。

この年、リトアニア大公ヤゲウォがポーランドの貴族とクレヴォ同盟を結びます。
これによってポーランドはリトアニアから土地を返還してもらうことができて
捕虜たちの釈放もしてもらえることになりました。
条件はヤドヴィカとの結婚とポーランドの王冠でした。
ヤゲウォ26歳(36歳説あり)、ヤドヴィカ12歳の1386年に結婚しました。

王になり夫を迎えたとしても、12歳のヤドヴィカには政治的な力は無かったと考えられます。
けれどもヤドヴィカは積極的に政治に参加しようとします。
外交面・文化面に力を入れていたようで、失ったポーランドの領土奪還にも力を注いだり
病院の設立や教会の慈善活動の援助もしてました。
クラクフ・アカデミーは、1817年に王夫婦の名をとってヤゲウォ大学に改名しました。

             
             こちらには王の貫禄がありますね

1399年、ヤドヴィカは王女エルジェピタを出産しましたが
一ヶ月のうちに母娘が相次いで亡くなり、一緒にヴァヴェル大聖堂に葬られました。

26歳かぁ、若いですね…
国民から親近感も尊敬も集めていた王というのは、当時では稀な気がします。
もっと長生きしていたらポーランドの王位継承は違っていたかもしれません。

ヤドヴィカは亡くなった直後からポーランド国内で聖人として尊ばれていたそうで
奇跡の話しもたくさん残っているそうです。
その中でも有名なのは、成り立ちは諸説ありますが “ ヤドヴィカ・クロス ” と
“ ヤドヴィカの足跡 ” のお話しだそうです。

1980年にはポーランド国内の教会で列福され、1997年に列聖されました。
時の教皇はポーランド生まれのヨハネ・パウロ2世です。
教皇にとってヤドヴィカの列聖はぜひとも成し遂げたい仕事だったでしょうね。

奇跡と言えば、ヤドヴィカの墓所は、わかっているだけで17世紀・1887年・1949年と
少なくとも3回発掘されていて、その骨の具合も奇跡的に語られているわけなんだが…
奇跡はいいから、いいかげんそっとしておいてあげましょうよ~

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
東京ドームでオニュが歌ってから頭を離れないRainy Blueなんですが、だんなが熱唱するんだよぉ やめてほしい!!
そんなわけでこのごろ、だんな歌う→YouTube→また歌う→またYouTube… の繰り返しよ… 疲れるわぁ 
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ポーランド王カジミェシュ3世妃 ヤドヴィカ

2015-03-29 15:29:05 | ポーランド王妃
             ヤドヴィカは肖像画を見つけられなかったので
                   孫娘のヴワディスワフ2世妃アンナ


ポーランドの行く末を担わされた王妃
カジミェシュ3世妃 ヤドヴィカ・ジャガンシュカ


1350~1390/在位 1365~1370

ヤドヴィカは1365年頃にカジミェシュ3世と結婚しました。
カジミェシュ3世は神聖ローマ皇帝カール4世との繋がりを強くしたいと思って
ヤドヴィカとの結婚を望んでいました。
問題は二人目の妃アデレージャと三人目の妃クリスティーナが存命中ってこと。
       
けれどもどうしても王子が欲しかったカジミェシュは結婚を強行。
家系図は省略しますが、カジミェシュとヤドヴィカは四等親にあたります。
カジミェシュは教皇の特免をもらわずに結婚に踏み切ります。

アデレージャの味方だった教皇インノケンティウス6世は異議を申し立てました。
だけど次のウルバヌス5世は、1368年に二人の結婚生活を認めています。
ウルバヌス5世もなにかと大変だった時期だけに
「四等親でしょ? もーどーでもいいよ」の境地に陥っていたのかもしれません。

何度も言うけど、この後王家間ではいとこ同士だのおじと姪だのの結婚が目白押しよ!
四親等で騒ぎ立ててるのが可笑しく思えるよ。

カジミェシュが焦っていたわけとは、もしヤドヴィカが子供を産まないと
ハンガリー王ラヨシュ1世が母親のエルジェピタ(カジミェシュの姉)の権利で
ポーランド王になってしまいます。
王家がピアスト家から離れてアンジュー家へいってしまうのね。
そうなると再び王座が戻ってくることもなさそうです。

だけどさ、カジミェシュは55歳で急がなきゃいけないかもしれないけど
ヤドヴィカは15歳ですよ!!
無理に子供なんか産んだら自分の命まで危なくなっちゃう。
子供優先ならどうして適齢期の女性を選ばないかしらね。

結局、結婚の翌年からたてつづけに3人の子供が生まれたのですが
カジミェシュの期待虚しく王女ばかりでした。

死を前にして王子をあきらめたカジミェシュは、後継者をラヨシュにしていました。

1370年にカジミェシュが亡くなると、ラヨシュがルドヴィクとして即位し
エルジェピタが摂政になります。

未亡人になったヤドヴィカはというと、すぐに次女を亡くし
故郷のジャガンに戻って兄ハインリヒ6世の宮廷で過ごすことになりました。

エルジェピタのパワーに圧されたか?
もしヤドヴィカが気の強い女性で、娘に婿を迎えて対抗してたら
この後のポーランドの王位継承も変わっていたかもしれないですね。
たぶんおとなしい女性だったのでしょう。

22歳の時にレグニツァ公ルプレヒトと再婚しました。
まだまだお若いものね。
二人の娘が生まれ、18年の結婚生活を送ったのち40歳で亡くなりました。

カジミェシュとの結婚で生まれた長女アンナの娘アンナが
後のポーランド王ヴワディスワフ2世・ヤゲウォの妃になります。
なんとか王座には関わっていってますが、ピァスト家による王位継承は
カジミェシュ3世で途絶えることになります。

ルドヴィク妃マルガリェタとエルジェピタ二人については
ハンガリー王妃編で書いたので割愛しますね。

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことお花見コーナー
お天気はいまいちだったのですが、今日を逃すと行けないかもと思って、毎年恒例近所の公園への花見に行って来ました
お弁当も毎年恒例のおにぎり&からあげ&タマゴ焼き。 満開ではなかったですが綺麗でした
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『ワールズ・エンド』 I'm a stranger here

2015-03-26 23:54:05 | アメリカの作家
WORLD'S END AND OTHER STORIES 
1980年 ポール・セロー

前に読んだ記憶はあるけれど内容が思い出せないという本がけっこうあります。
それで読み直してみると「確かに読んだことがあるわ」と思えたりします。
特に短篇集だと、他の話しは全然覚えてないけれど、鮮明に思い出せる話しが
1~2篇あったりして、自分が好きな物語の傾向とかを再認識できたりします。

『ワールズ・エンド』も読んだ覚えはあるんだけど内容が思い出せなくて再読したら
3篇が読み出しで甦ってきました。

9篇がおさめられていますが、主人公は全て外国人。
ロンドンで暮らすアメリカ人ビジネスマン、コルシカ島にやってきたアメリカ人教授
毎年ロンドンへ出かけるアメリカ人教授、商用(?)でパリにやって来たアメリカ人男性
ドイツの友人夫妻を訪ねたアメリカ人外交官などなど…

旅慣れていて、海外にいても自国にいるようにリラックスしているような印象を受けがちな
人たちばかりですが、ふとよぎる異国での違和感… みたいなものが描かれているようです。

鮮明に甦った3篇をあげてみます。

『サーカスと戦争(After The War)』
15歳のイギリス人の少女ディーリアは、一夏親元を離れてフランスのラモー氏一家の
ヴァンスのコテージで過ごしている。
コテージには電気が無く、ラモー氏はそれが自慢のようだった。
ある日、皆でサーカスを観に行くというラモー氏の提案をディーリアが拒否すると
ラモー氏は戦争の話しを始めた。

いわゆる短期ホームステイみたいなもんなのでしょうが、ホストファミリーが
「…」という人たちだったら、せっかくの海外暮らしがけっこうきつい日々になりますね。
友人が何人かロンドンでホームステイしてたんですけどいくつかトラブルもあったし…
もちろん素敵なホストファミリーの方々もたくさんいらっしゃると思いますけど。
隣同士の国なのに、こんなに意識に隔たりがあろうとは… ヨーロッパでもそうなのか…

『真っ白な嘘(White Lies)』
アフリカで寄生虫の研究をしていた撲は、ある学校の敷地内でジェリーと同居していた。
ジェリーは毎週末にアシーナというアフリカ人女性と過ごしていた。
ある日校長の娘が休暇を過ごすためにやって来た。
ジェリーはその娘と結婚すると宣言し、週末に校長一家を招待することにする。

けっこうゾッとする話しなのですが、女性をなんだと思ってるんだよぉというキャラクターの
ジェリーに対してはちょっと「いい気味!」という気もします。
でもこの話しを読んでからしばらくは外に洗濯物を干すのが怖くなったのよね~。
うちのまわり、けっこう緑が多くて虫もウジャウジャいるもんだから…

『緑したたる島(The Greenest Island)』
大学生のデュヴァル19歳とポーラ21歳は、ありったけの320ドルを持ち、片道のチケットで
プエルト・リコのサン・ファンへ向かった。
二人の気持ちはすでに離れていたが、ポーラは妊娠していた。
ギリギリの暮らしの末、デュヴァルはホテルのレストランで働くことにする。

南国へ愛の逃避行… なんてロマンティックなことでしょう! と思ったら…
現実って厳しいよね… でも若い頃は夢みるよね… でもやっぱり無茶しすぎよね…
「こんなはずじゃない!」がお互いの頭の中をかけめぐる毎日って地獄よ、きっと。
色あせていく風景の美しさと二人の心をリンクさせているところが絶妙です。

『あるレディーの肖像』というのがあって、ヘンリー・ジェイムズの『ある貴婦人の肖像』を思い出しました。
内容はぜんぜん違うんですけどね。

解説すっとばしましたのでよくわかりませんが
ポール・セローもヘンリー・ジェイムズ的にヨーロッパに心を寄せてるタイプなのかしら?
でも讃美しているってわけでもなさそうだし…
国内にいるより海外でこそ際立つ国民性を描くつもりだったのでしょうか?

それとも、コスモポリタンならではの気楽さと所詮は異国人だという悲哀を
対比させて物語を… ま、どうでもいいや。
面白かったです、とにかく。

それはさておき、けっこう暗めな話しばかり覚えてましたね。
皮肉が利いた笑い話みたいなものもあったのですけど…
さては私は暗い物語が好きだね! そんな気はしてました。

世界各国を見て来た訳者(村上春樹氏)だからこそ訳せた一冊なのでしょうか?
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね



ひとことフィギュアスケートコーナー
あぁぁ…小塚崇彦ファンとか言いながら、24日のすぽると見忘れた!! Nさんが特集するよってお知らせくれたのに
27日は全力で応援します! もちろん他のお二人も… あ!女子もフリー頑張って!! 
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『木星の月』愛の難しさを知る一冊

2015-03-18 23:21:54 | カナダの作家
THE MOONS OF JUPITER 
アリス・マンロー

解説によると、この本がアリス・マンローの単行本としては日本初だそうで
去年のノーベル賞受賞を受けて再販されたようです。

実は『善き女の愛』を読む前にこちらを読んでいたのですが
その時はあまりピンときませんでした。

新潮クレストの『イラクサ』『林檎の木の下で』『小説のように』
けっして簡単な小説ではありませんでしたが、この『木星の月』はかなり難しかった。
最初にこれを読んでいたら、アリス・マンローにはハマらなかったかもしれないなぁ…なんて
思っていました。

でも『善き女の愛』読後に再度読んでみたら、著者が貫いてきた
人生や愛や死についての向き合い方が少し理解できた気がして面白く読めました。

12篇の物語がおさめられていますが、いずれからも愛の難しさを感じました。
ただそれは男女が恋に落ちた、別れた、っていう話しだけではなく…

家族の愛、祖先を思う愛、報われない愛、成就した愛、幼い愛、老いたる愛、
壊れそうな愛、忘れたい愛、忘れられない愛、他人の愛、遊びの愛…などなど
いくつかの愛をとりまぜて一編が書かれているのですが
どれも愛という言葉の虚しさがひゅーひゅー吹きまくって風邪ひきそうな話しばかりでした。

12篇すべてが、人として女性として、なにか教訓を与えてくれているのではないかと思えて
印象深かったのですが、それはおいといて、物語として楽しめたいくつかを書いてみますね。

『チャドリーとフレミング 一、繋がり』
私が少女だったある夏、母方の三人の未婚のおばがそろってわが家に泊まりにやって来た。
三人は世界で見てきたことを話し、自然を満喫し、パーティーを開き
チャドリー家の話しをする。
何年も後、そのうちのひとりアリスおばが、私たち夫婦を訪ねて来ることになった。

この話しはけっこう長くて、とてもあらすじが書けたものじゃないのですが
とにかく、幼い頃には都会的で素敵に思えたおばが、自分が成長して見直してみると
夫に会わせるのが恥ずかしい存在に変わっているという思いをとても正直に表現しています。
だけど、やはり血の繋がり、思い出は簡単に覆るものではないのですよね。

『アクシデント』
ハイスクールに音楽を教えに来ているフランシスは、理科の教師テッドと情事を重ねている。
ある日、二人が理科室にいると事務員がドアをたたいてテッドの息子が事故に遭ったと言う。
息子の葬式のために、テッドの妻グレタの一族がやって来る。

情事の最中に息子の事故の報せを受け、その後息子を失うという状況に
浮気をしていた男と浮気相手の心はどんな影響をうけるのでしょうね?
そしてやって来た妻の一族が、二人にどんな状況をっもたらしていくのか…
けっこう興味深い展開でした。

『ミセズ・クロスとミセズ・キッド』
幼稚園の時からの80年来の知り合い、ミセズ・クロスとミセズ・キッドは、お互い家庭を持ち
人生を送ってきた後、今は二人ともヒルトップ・ホームというケア施設で暮らしている。
二人は再び親交をあたためていたが、卒中で口がきけず半身不随になって入居して来た
ジャックという男性にミセズ・クロスが目をとめ、保護者として世話を焼くようになる。

二人だったところへ、一人加わり二人加わり…となるうちに、各々の関係性が変化します。
家族もそうだし友人もそう、どんな関係にも起こることですよね。
そういう人間関係の脆さを、少し残酷に描いている作品だと思います。
老いた二人に平安が訪れますように… と願うしかないラストでした。

本作にはあまり関係ないのですけれど、アリス・マンローを読んでいると
よくワイドショーとかで “ 妻が離婚を決めた瞬間!” みたいなのやってるじゃない?
ああいうふうに、ブチぎれる瞬間があった離婚というのは幸せな離婚に思えるよ。

キレる前にガラガラと崩れていくというか、ずぶずぶと沈んでいく結婚生活を
ただ眺めているしかないというような主人公が多い気がします。

例によって著者の生い立ちや半生などは読んでないのですが、よっぽど酷い目に遭った?と
聞いてみたくなっちゃいますね。
でも写真を見るとそんなこともなさそうなので、 やはり作家だけあって
想像力がものすごく豊かな人だという結論に至る…ってことにしたいと思います。

マンロー・アディクトの方におすすめしたい一冊
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ひとことK-POPコーナー


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あぁぁぁ… とてもとても素敵な、夢のような二日間が終わってしまいました
脱力中でつべる以外はなーんにもする気が起きません
のべ10万人の燃えつき症候群中の皆さま、韓国カムバックも近いようですから
なんとか乗り越えましょうね! ファイティン!! 




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