まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

『窓から逃げた100歳老人』強運と幸運が長寿をつくる!

2015-04-28 23:17:50 | その他の国の作家
HANDRAARINGEN SOM KLEV UT GENOM FONSTRET OCH FORSVANN 
2009年 ヨナス・ヨナソン

人間って、何も病気をしなければ120歳ぐらいまで生きられるらしいですね。

この物語は、そんな病気知らずの100歳の老人アラン・カールソンが主人公。
病気知らずでまだまだ元気ってだけでもすごい幸運なのに
このじいさん、ちょー幸運というか、度を超した幸運の持ち主です。

物語は、100歳の誕生日をむかえたカールソンが、老人ホームで開かれる
自分の誕生パーティの直前に窓から逃げ出すところから始まります。
題名どおりですね。

着の身着のままで出て来たカールソンは、何か着るものが入っているかも…と
バス停で会った若者がトイレに入っている間に彼のスーツケースを持って
出発直前のバスに乗り込みます。

しかし、そのスーツケースに入っていたのは着るものや靴ではなくて…
カールソンは悪の組織に追われることになります。

カールソンが追われながらいろいろな人に出会って逃げ回る約2ヶ月の日々と
これまで生きてきた100年の出来事が交互に描かれながら物語は進むのですが
どっちもラッキーすぎる!!

まず現在のカールソンですが、最初のスーツケースの置き引きなんてかわいいもんで
その後はもっと犯罪がエスカレートしていくわけよ。
しかもすべてうまい具合に偶然が重なり、警察やマスコミの目をすり抜けていきます。

そしてこれまでの100年!
フランコ将軍、トルーマン、宋美鈴、江青、チャーチル、スターリン、金日成
金正日、毛沢東、ド・ゴール、リンドン・ジョンソン などなど
そうそうたるメンバーと渡り合い、何度も危険に遭いながら生き延びてきた!!

運が強い! 強すぎる!!

しかもカールソンがいなかったら、ナガサキ・ヒロシマはなかったかもしれないし
スペイン革命は違う方へ動いていたかもしれないし
中国と台湾も今みたいな関係になっていなかったかもしれないとは…
おそるべき老人カールソン… そばでこんな過去を語られたら病院に入れちゃいそうだ。

私は常々 “ 抱腹絶倒 ” とか “ 涙が止まりませんでした、笑いで ” みたいなオビは
信用しちゃならんね! と思っていましたが、今回ほど痛切に感じたことはありません。

ナンセンス小説だからと目くじらをたてなければ面白いのかもしれませんね。
でも、私は「フィクションだ!」と開き直られちゃってるみたいに思えて
なんだかバカにされたみたいな悔しさを感じています。
100歳の老人が世に出て織りなす含蓄のあるストーリーを期待した私がバカでした。

ユーモアがわからない私が読んで悪かったよ。
最後に、失礼を承知で言えば、1,500円返してほしい…

ひとことクラフトコーナー
こないだホビーショーに行ってワークショップでがま口作りました
私はがま口あんまり得意じゃないんだけど20分でできた! 針も糸も使わないでできるなんて! 勉強になったわ~
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ポーランド王ヴワディスワフ2世妃 ゾフィア

2015-04-14 20:42:32 | ポーランド王妃
王の長年の夢を叶えた幼妻
ヴワディスワフ2世妃 ゾフィア・ホルシャンスカ


1405~1461/在位 1422~1434

エルジェピタと幸せな結婚生活を送っていたヴワディスワフ2世でしたが
彼女が亡くなると我に返ったのか、ものすごく若い妃を迎えます。

四人目の妃となるゾフィアとは1420年か1421年に会っています。
ゾフィアは15歳、ヴワディスワフ2世は58歳(68歳説あり)でした。
この結婚にはリトアニア大公ヴィタウタスが尽力したそうなんですが
ゾフィアとヴィタウタスの関係はこんな感じ

         

案の定ポーラン貴族はこの結婚に反対。
また、神聖ローマ皇帝ジギスムントも反対していました。

妹が姉より先に嫁ぐのはいかがなものか… などといちゃもんをつけたりしたのですが
姉ヴァシリーサが1421年に結婚したものですから、翌年の1422年に結婚しました。
ちなみにヴァシリーサの結婚相手は、ヴワディスワフ2世の異母兄です。
こちらもかなりの年の差婚みたいですね。

この結婚は大当たり!と言っていいのか、ゾフィアは1424年に王子を出産しました。
このことでゾフィアのポーランドにおける評価と政治的影響力は強まりました。
1426年には次男を出産しますが1年足らずで亡くなります。

翌年には三男を生むんですが、この時には浮気を疑われています。
なんと! 7人の男性の名があがったそうですよ。
日本の豊臣秀吉もそうだけど、それまで子供に恵まれなかった君主の若い妻に
ほいほい子供ができたら、どうしてもそういう話しになっちゃいますよね。

        

しかし、ポーランド貴族たちからは、ゾフィアが生んだ王子たちより
アンナ・ツィレシュカが生んだヤドヴィカを推す声があがりました。
また、他国からもヤドヴィカを支持する声が高まります。
主にヤドヴィカにプロポーズしてる人たちなんですけどね…
なにせ、すごくたくさんの人から縁談がきてました、ヤドヴィカ。

けれども継承者争いのまっただ中の1431年にヤドヴィカが亡くなります。
この時にはゾフィアを疑う声が高まったそうです。

ヴワディスワフは子供たちに王座を渡すために、貴族たちにかなり譲歩し
新たな特権も与えなければなりませんでした。

1434年にヴワディスワフ2世が亡くなると、10歳のヴワディスワフ3世が王座につきます。
摂政は議会に託され、ゾフィアは自分の影響力を示そうと躍起になります。
また、ヴワディスワフ3世と、ハンガリーとボヘミアを相続することになる
アンナ・フォン・エスターライヒと結婚させようと頑張りました。
上手くかなかったけどね…

1440年、ヴワディスワフはハンガリー王に選出され
ハンガリー王女エルジェーベトと婚約しました。
ゾフィアはヴワディスワフを国境まで見送ったのですが
これが最後の別れの挨拶になります。
1444年、ヴワディスワフはオスマントルコとの争い中に戦死します。
エルジェーベトは結婚前に亡くなりまして、ヴワディスワフ3世は未婚でした。
どちらかというと女性より男性が好きだったらしい… という説もあります。

その後は三男カジミェシュ… という流れになるのですが、リトアニアにいたカジミェシュは
ポーランドに行くのをいやがります。
ゾフィアは2年間貴族たちとカジミェシュの間に立って折衝に励みますが
カジミェシュからは良い返事が聞かれません。

待ちきれなくなったポーランド貴族は、ピャスト家の流れをくむ
ポドラシェ公ボレスワフ4世を王に選出します。

だけどゾフィアは「もう少し待ってちょーだい!」とリトアニアに使節を送って
息子の説得にかかります。
お母さまのガッツに負けたのか、カジミェシュはやっと王位継承を承諾して
1447年に王座につきました。
どうせつくならさっさとせんかい! と誰もが思ったことでしょう。

ゾフィアはカジミェシュから政治に参加することを許され、議会に影響力を及ぼしました。
やっぱ、ボレスワフにしときゃよかったよ! と皆が思ったことでしょう。

ゾフィアの影響力は、カジミェシュがエルジェピタ・ラクシャンカと結婚した
1454年から衰え始めます。
あんなに息子のために頑張ってきたのに、嫁に負けるとは… 悔しかったろう…

最後に政治的な力をふるったのは、十三年戦争の時に教皇ピウス2世に使いを送って
ご意見を伺った時でした。

その後は聖書のポーランド語の翻訳などの援助に励みました、1461年に亡くなりました。
ヴァヴェル大聖堂に葬られています。

はっきりパーソナリティが描かれているわけではありませんが、業績だけ見ていくと
政治的野心があって、権力欲があって、欲しいものは手に入れるって感じ?
負けず嫌いであきらめないタイプの女性だったみたいですね。

もう少し個人像が垣間見えれば、悪女とか賢母とか妖婦とか
なんらかのカテゴリーに入れられて後世に名を残していたかもしれないですね。

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとこと癒されコーナー
今日はお友達の家の猫ちゃんたち、ころちゃんとこたさんに会いに行って来ました
いつもラインで見ててすごく可愛かったんだけど、実物はもう~! すごくキュートで癒されましたよぉ
   おんてむみたい…
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『バージェス家の出来事』ハッピーエンドと思いたくて…

2015-04-08 00:15:46 | アメリカの作家
THE BURGESS BOYS 
2013年 エリザベス・ストラウト

このあいだ『オリーヴ・キタリッジの生活』で初めて知ったエリザベス・ストラウトの本を
見つけたので、何日間か迷ったあげく買ってみました。 長篇なのでね…

いきなり本題に入っていい?

ジム・バージェスとボブ・バージェス、スーザン・オルソンという三兄弟妹がいます。

ジムは何年か前に絶対に有罪になりそうな有名人を無罪にして有名になり
ニューヨークで大手の事務所を共同経営する弁護士。
従順で洗練された妻ヘレンがいて、3人の子供は大学に通うため家を離れています。
良いものを身につけて自信満々で怖いものなし… 成功者ですね。

ボブはニューヨークで訴訟支援の団体に勤務しているジムの弟です。
口数が少なく心優しい男性ですが、一度離婚しています。
前妻のパムとは今でも仲良く、新しい夫の子供たちとも親交があります。
4歳の時に車をいじっていて父親をひき殺してしまったという過去があります。

スーザンはボブと双子のひとり娘で、今でも3人の故郷メイン州で息子と暮らしています。
元夫のスティーヴは家を出て、今ではスウェーデンで暮らしています。
スーザンは眼鏡屋で、息子ザカリーはウォルマートで働いています。
父親の事故があってからボブとはしっくりいっていません。

淡々と人物紹介的に進んでいた話しが大きく展開するのは
ボブが兄夫婦宅を訪ねている時に、ジムにかかってきた一本の電話からです。
電話はスーザンからで、ザカリーがある事件をおこしたので来てほしいというものでした。

その事件というのは、故郷シャーリー・フォールズに最近増えてきたソマリ人移民が
モスクで祈っているところへ、ザカリーが凍った豚の頭を投げ入れたというものでした。
しかもラマダン中… ということで、ただのイタズラだったつもりが
人権侵害で司法局や連邦政府から訴えられるかもしれないということでした。

ここまで読んで「やっちまった…」と思っちゃいました、私。
政治的なこととか人権とかが語られる小難しい物語だったらどうしましょう?
しかも宗教… 私に理解できるんでしょうか?と、ちょっとめんどくさくなったりして…

でもそんな心配はいりませんでした。
もちろんちょっとは絡むんだけど、この事件の展開とともに
バージェス兄弟妹と彼らをとりまく人たちの心や状況の変化が描かれています。

いろいろなエピソードが絡み合っていく面白さがあるので
これ以上あらすじは書きませんけどね… 長~~くなるし収拾つかないからね。

本当はかなり目まぐるしい変化なんだけど、そんな忙しさは感じられません。
以前も思いましたが、文章が飾りたてられずストレートに書かれています。
プロローグから始まり4章に別れているのですが、短く区切られていて読み易く
怒鳴りあうシーンでさえもうるささを感じさせない筆運びが読んでいて心地よかったです。

バージェス兄弟妹の他に、かなりの数の登場人物がいるのですが
皆が感じているのは、去って行った人への喪失感… でしょうか?
出て行った人や死んだ人、戻ってきてほしいとかもうどうでもいいとか
程度や長さに差はあっても、抱えながら生きていっている感じです。

ほとんど思い出さない人、ふと思い出す人、心に居着いてしまう人…
人は誰でも失ってしまった人を持っているはずですよね。

この物語は、それらを乗り越えろとか打ち勝てと言っているのではないと思います。
そうですねぇ… 登場人物たちの、失った人への向き合い方を読んで感じたことは
「人それぞれ」でしょうか?
人それぞれって、言うのは簡単なんだけどなかなかその境地には達せないんだよね。

めくるめく… とまではいきませんが、章が変わるごとに登場人物たちに変化がおこり
興味が削がれないまま読むことができました。
とても面白い一冊でした。

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ひとことK-POPコーナー
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ポーランド王ヴワディスワフ2世妃 エルジェピタ

2015-04-03 21:59:36 | ポーランド王妃
王様ご乱心? な王妃選び
ヴワディスワフ2世妃 エルジェピタ・グラノヴシュカ


1372~1420/在位 1417~1420

家系図寂しぃぃぃ
         
アンナ・ツィレシュカを亡くしたヴワディスワフ2世は、サンドミエシュ連合の
ピリツァ領主オットンのひとり娘エルジェピタと再婚しました。
母親のヤドヴィカはヴワディスワフの名付け親です。

エルジェピタは12歳か13歳の時に父オットンを亡くし、広大な領地を相続していました。
噂では結婚を3回ぐらいしていて、二男三女のお母さんだったと言われています。
そのうちの2回は誘拐されたあげく結婚したということです。

いずれにしても、ヴワディスワフと結婚した時には
ナクロ城主ヴィンセンティ・グラノヴスキという人を7年前に亡くした未亡人でした。

ヴワディスワフはアンナを亡くした翌年の1417年、妹のモスヴィア公アレグザンドラを
訪ねたのですが、そこにエルジェピタがいたみたい、ひと目惚れ?
アレグザンドラの協力もあってか、その年のうちに結婚してます。

この結婚はポーランドの貴族社会でものすごい非難を浴びました。

65歳(55歳説あり)のヴワディスワフには、アンナが生んだヤドヴィカしか子供がいません。
ピァスト家につながる人でなくとも、もっと若い人と再婚して子供産んでもらわなきゃなのに
45歳の相手を選ぶってどうなのよ~! 後継ぎどうすんのっ!! ということでね。
もし王子が何人かいたら、老後はお二人で仲良く… なんて祝福されたいたかもね。

結婚から2年ぐらいしてエルジェピタは健康を崩し、1420年に亡くなります。
結核だったみたいですが、なんだかあまりにも急なので
「もしかして領地がほしかっただけ…?」なんて中世の陰謀的なことを考えてしまった…

でも世間の批判や憶測をよそに、実は二人の結婚生活は幸せなものだったようです。
エルジェピタはヴワディスワフの旅行や視察にも度々同行しました。
ヴワディスワフにとってエルジェピタは、政治のことなんか関係なく
本気で結婚したいと思った相手だったのかもしれません。
エルジェピタも王妃としてヴァヴェル大聖堂に葬られています。

近年の歴史家は、エルジェピタの最初の二度の(誘拐&)結婚はフィクションで
実際にはグラノヴスキが初婚だったと考えています。
また、生年も10年ぐらい盛られてて、本当は1382年生まれじゃないかと議論されています。
そうすると結婚した時には35歳だから、頑張れば一人や二人産めるかも…

当時の著述家たちが、下流から嫁いできた王妃を嫌って書いたものだと推測されます。
歴史上の人物の評価は、当時の政治的背景や著者の主観に左右されているものも多いので
うのみにしちゃいかん!! って、改めて思いますね。

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとこと深夜番組コーナー
うちは二人とも帰りが遅い方なので、テレビつけたらニュース23かゼロからの深夜番組っていう流れになるのですが
『しくじり先生』がゴールデンにいっちゃうなんて~!ゴールデンにいくとだいたいつまんなくなっちゃうんだよね
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