まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

『マンスフィールド短編集』大好き!だからおすすめ

2010-10-31 23:25:52 | イギリス・アイルランドの作家
THE GARDEN PARTY 
キャサリン・マンスフィールド

以前岩波文庫版マンスフィールド短篇集をご紹介しましたが
マンスフィールドのお気に入り作品はまだまだあるので
今回は最初に手にした新潮社版からご紹介します。

マンスフィールドの作品には、小さな少女、恋に憧れる若い娘、スノッブな新妻など
多種多様な女性主人公が登場します。(たまに男性主人公もいますけど)

哀愁漂うものから皮肉の利いたものまで、どの女性の気持ちもよくわかる、
そんなところがマンスフィールドを読む楽しみのひとつになっています。

今回は老いた女性を主人公にした3篇をあげてみますね。

『パーカーおばあさんの人生(Life of Ma Parker)』
著述家の家に木曜日ごとに掃除にやって来るパーカーおばあさんは
ある日、「昨晩小さな孫の葬儀を終えました」と言うと仕事にとりかかりました。
彼女の人生は「つらい暮らし」の連続でした。
著述家は時々彼女の話しに耳を傾けてあげます。

パーカーおばあさんが過去を思い出しながら「私が何をしたというのだろう」と
繰り返しつぶやくシーンがあります。
たぶん神様を信じて実直に生きてきたのだろうに悲しすぎる人生です。
私が「何をしたっていうんだ」と聞けばたくさんお小言をもらいそうですが…

『小間使(The Lady's Maid)』
老メイドが仕えてきた大奥さまと奥さまのことを語ります。
奥さまの長いお祈りのこと、大奥さまを棺に納めた時のこと…
彼女は若い頃、一度だけお勤めをやめようとしたことがありました。
花屋のハリーから結婚を申し込まれたからです…でも結局辞めませんでした。

自分の人生を投げ打って主人に仕えるという昔気質の使用人というのは
読んでいる分にはいいものですね、自分はそうなろうと思わないけど…
私たちのお父さん世代は会社に対してそういう忠誠心があったんでしょうね。
会社も今より人情があったと思うしね。

『大佐の娘たち(The Daughters of the Late Colonel)』
父親が亡くなってから一週間、ジョーゼフとコンスタンシアの姉妹は
気が休まる時がありませんでした。
滞在中の看護婦も、女中のケートも気に障りますが何も言えません。
やっと葬式を終えたものの、父が怒る顔が浮かんで部屋の整理もままなりません。

この物語はジョイスの『ダブリン市民』の『姉妹(The Sisters)』という物語を
思い出させました。
自分たちの中心だった人物を失った時、老いた女性は何を考えるのでしょう?
新しい門出へのチャンスだと思えれば幸せですよね。

勝手に思っているだけですが、マンスフィールドはジョイスやギャスケルハーディなどを
いいとこどりで読んでいるような気になります。

ものすごく読書が好きだった人じゃないかしら?
そういう人が書く短編は “ 誰かに似ている ” という印象を与えやすいものですが
全てが“ マンスフィールド流 ” に仕上がっているところがさすがです 。

O・ヘンリー賞やモーム賞、オコナー賞など短編の名手に与えられる賞がありますが
マンスフィールド賞があってもいいと思うわ! (あるんですか?)
ぜひ、女性ならではの心の乱れをさりげなく表現できる作家に与えてほしいものです。
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デンマーク王クリスチャン5世愛妾 ソフィー

2010-10-30 21:03:50 | 王の寵姫・愛妾
幸せな愛妾とはこういう人のことかもね
サムセー伯爵 ソフィー・アマリエ・モス


1654~1719/愛妾 1671~1699

ソフィーは宮廷医師ポウル・モスの娘で、母親ドロテアの頑張りによって
18歳の時クリスチャン5世の愛妾になりました。
クリスチャン5世は前年にシャルロッテ・アマリエと結婚したばかりでした。

         

ふたりの関係は特に秘密にされたわけでなく、宮廷内にはバレバレでした。
1677年にはソフィーがサムセー伯に叙位されて公妾になります。
ソフィーは宮廷でお披露目されて、子供たちも認知されました。

1682年にはゴットルプに領地が与えられて,子供たちも宮廷デビューしました。

1697年に海軍提督ニルス・ジュエルが亡くなると
クリスチャンは彼の住居Thott宮殿(現在のフランス大使館)をソフィーの邸宅にします。

王からこんなに愛情たっぷりの扱いを受けたらつけあがろうってもんですが
ソフィーは万事控えめで政治的なことにはほとんど関わりませんでした。
どちらかというと彼女の兄弟たちがその特権を利用したようです。

Thott宮殿に移って2年後にクリスチャン5世は事故で亡くなりました。

静かに暮らしていたソフィーは新王から追い立てを食うこともなく
その後もひっそりと暮らして1719年に亡くなりました。

一説には他にも愛妾がいたそうですが、誰よりも王の愛を一身に受けて過ごした28年、
スウェーデンとの戦いに明け暮れ疲弊したデンマーク王クリスチャン5世が
唯一くつろげたのがソフィーの側だったのかもしれません。
母親ソフィー・アマリエも奥さんも、わりとパワフルだし…

あら、お母様と同じ名前だったんですね
同じ名前でもずいぶん違うもんだ…

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

デンマーク、スウェーデン、ノルウェーの歴史をわかりやすく
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『一人の男と二人の女』愛のかたちにこだわりますか?

2010-10-29 23:03:21 | イギリス・アイルランドの作家
NOT A VERY NICE STORY 
ドリス・レッシング

『グランド・マザーズ』を読んでいる時に見つけた文庫本、続けて読んじゃいました。

少し過去の作品になりますが、やはり面白かった!
『グランド・マザーズ』よりは身近に感じられる内容の一冊です。
収載されているのは4篇です。

『陰の女/1953年』
母が急死したことでなぜかジョージとの婚約を破棄したローズは空襲で父も失い
ひとりぼっちになった時に出会ったジミーと愛し合うようになります。
一緒に暮らし始めたふたりですが、ジミーには妻子がいました。
ローズは空襲で母親を亡くしたジョージの忘れ形見ジルを引き取りたいと考えます。

最後にはジミーの妻が登場します。
修羅場か!と思いきや3人の人生は不思議な方向へ…
でもローズと妻がそうしたい気持ちはわかるような気がします。

『わが友ジューディス/1958年』
友人のジューディスは自分の価値観に忠実に生きるインテリ詩人です。
しかし仕事で訪れたイタリアでのジューディスの変貌ぶりにベティは驚愕しました。
しかも凡庸に感じ入られる土地の男と結婚しそうな勢いです。
けれどもその結婚話は突然終わりを迎えました。

何もかも受け入れてくれそうだった女性に、どうしても許せないことをしてしまったら
もう修正は不可能に近いですよね。
やらかした方が些細なことだと考えていたら、もう途方に暮れるしかありません。

『一人の男と二人の女/1958年』
デザイナーのステラは、夫の長期出張中友人のブラッドフォード夫妻を訪ねます。
芸術家同士でなにもかもわかり合っている仲睦まじいブラッドフォード夫妻、
しかし妻のドロシーは子供を生んでから、どこか苛立っているようです。
そしてステラに「夫のジャックとつき合えば」などと言い出しました。

十分理解しあっていると思われた夫婦でさえこうなんですから…
マリッジ・ブルーに育児ノイローゼ、そして更年期障害と
女性には男性にわからない苦しみがいっぱいありますよね…わかってほしい。

『あまり愉快でない話(Not a Very Nice Story)』
親友のフレデリックとヘンリーはお互いの妻を合わせることにしました。
そしてその夜から、フレデリックとヘンリーの妻ミュアリエルの関係が始まります。
結婚から20年、ヘンリーが急に死んでミュアリエルは未亡人になりました。

仲の良い友人同士で繰り広げられる恋愛…昼メロ的な物語に思えますがちょっと違います。
男と女の愛情の盛り上がりのギャップに注目!!
最後は男性が読んだら愕然とするかもしれません、が
そういう状況に憧れている女性も少なくないと思いますよぉ …

以上4篇、大げさに言えば結婚という制度の外に愛を持ってしまった人の苦悩と葛藤を、
簡単に言うと「あー、逃げ出したい! こんな生活」な思いを描いた物語といえましょう。

幸せそうな結婚、お似合いの夫婦、平穏な毎日にも暗い影はいきなり訪れます。
相手の浮気かもしれないし自分の不実かもしれない、不信感が募り怒りが宿る…
怖いですね…

うちはね、自ら仮面夫婦と名乗っているんだけど、決して誇張じゃないの
だからいつ何があっても驚かないわ。

結婚制度ってなんのためにあるんでしょうね? と時々不条理を感じたりします。
子供のため? 親のため? 国の管理を容易にするため?
それとも、やはり愛の完成形のひとつなのかしら?

ほぼ女目線で描かれたこの一冊、疲れた女性には共感しやすい内容となっております。
男性は…たぶん何か言い分があるでしょうね。
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デンマーク王クリスチャン4世愛妾 ヴィーベケ

2010-10-28 22:43:12 | 王の寵姫・愛妾
王妃の母が橋渡し
ヴィーベケ・クルセ


1609~1648/愛妾 1629~1648

ヴィーベケはクリスチャン4世が認知した3人の子供のひとり
ウルリク・クリスチャンの母親です。

素性ははっきりしていませんが、両親はドイツ人だと考えられています。
もともとはキルステン・ムンクの小間使いでしたが、19歳の時お払い箱になりました。
さては、王好みの娘だと王妃に気づかれちゃいましたかね?

        
ところが、お払い箱になったヴィーベケを王妃の母エリンが雇います。
翌年、エリンはクリスチャン4世を自分の館に招きますが
クリスチャンはそこでヴィーベケに出会い、案の定愛妾にしちゃいました。

「ほーら、ごらんなさい」と言いたいところですが
どうやらエリンはふたりの仲を後押ししていたと思われます。

なぜかって?
王妃キルステンは、とても年上のクリスチャンにうんざりしてまして
けっこう浮気をしたいたらしいのね。
そしてとうとう夫にバレることになり、夫婦は修復不可能になっていました。
仲裁が上手くいかなかったエリンは、自分の影響力は維持しなければ!と考えて
ヴィーベケを差し出したのではないかと思います。
(この作戦はとりあえず功を奏した模様です)

32歳年下のヴィーベケが王に与える影響力たるや絶大だったらしく
フランス大使はわざわざ記録を残しています。

王妃キルステンと別れるようにうるさく言っていたらしいし、
王太子フレデリクが金の無心をした時にクリスチャンは
「ヴィーベケに聞いてごらん」と答えています。
すっかり尻に敷かれちまって…

でも、愛妾の力が大きければ大きいほど反動は大きいものなのよね…
1648年にクリスチャン4世が亡くなると、ヴィーベケはすぐに窮地に立ちました。

クリスチャン4世王女レオノーラを妻に持つコルフィッツ・ウルフェルドは
ヴィーベケからホルシュタインの領土を剥奪し、娘ともども宮廷から追放しようと
告訴の準備を始めました。

しかし、グットタイミングというかなんというか…
ヴィーベケが39歳の若さで亡くなります。
怪しいね… でも自然死だったみたいです。

栄華を手にしたヴィーベケは、敵だらけの宮廷人たちによって
葬式も出されず市街地の共同墓地に埋葬されました。
4年後にフュン島の教会に移されました。

でしゃばると後が恐いから、おとなしく静かにしていれば王の死後も安泰か…
というとそうでもないのが愛妾のつらいとこ
自分より長生きしそうなお相手を選ぶか、代わりを見つけておかないとね。
あ、揺らいでる国家や反対派が多い王家も考えものですね。

(参考文献 Wikipedia英語版)
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『パラダイス』憎悪は創り出される

2010-10-26 22:53:15 | アメリカの作家
PARADISE 
1998年 トニ・モリスン

静かな迫力を持った文章と内容にどんどん引き込まれていきました。
残りのページが少なくなるにつれて悲しくなりましたよ。
もっと読み続けたかった…

いきなり殺戮のシーンから始まります。
これはプロローグでありエピローグ。
適度な緊張感を保ったまま、物語はすすんでいきます。

時代は公民権法制定から10年ほどたった1976年、
舞台はオクラホマのルビーという黒人のコミューンです。
ルビーは、自由になったと言いながらどこの町でも受け入れてもらえなかった黒人たちが
流れ着き、造り上げた町でした。

襲われたのは “ 修道院 ” と呼ばれる5人の女性が暮らす館です。

あらすじを書くのはかなり難しいのでやめますね

不穏な雰囲気を醸し出すシーンから始まる物語は
“ ルビー ” “ メイヴィス ” “ グレイス ” など女性の名前を冠した9章で構成されてます。

その名前がついた女性のエピソードが書かれていると思うでしょ?
それはそうなんだが…

修道院で暮らすようになった女性、修道院を襲った男性、その妻や娘や母たち、
町の変化を阻む者、変化を歓迎する者、様々な人々の断章がちりばめられ
複雑に絡み合って各章を成しています。

登場人物も多く、田舎町にありがちなややこしい親戚関係もあります。
場面もころころ変わり、宗教的な言及も多い…普通なら読みづらいはず。
でもまったく別々のパーツが組み合わされてひとつになっていく様が
これほどわかりやすい小説はあまりないんじゃないかしら?

組み合わされてでき上がったもの、それは憎悪の対象です。
9人の男性たちが抱える、各々のやりきれなさから変化した怒りが
謎の多い、ふしだらに見える女性たちに向かっていきます。

修道院が襲われる激しい息づかいが聞こえてきそうなシーンが再び展開された後
物語はある意味ファンタジックなラストを迎えます。

結局、個人が集団となって何かに怒りをぶつける時って
象徴的なキーワードが必要になるものなのね。
バラバラの方向を向いて違う温度で見ている人たちをひとつにする媒介が…

その象徴を決定するのが、この物語では、ルビーを造った男たちの子孫の中で
町の秩序を守り抜こうとする者たちと、変化を嫌う牧師…になるのかな?

デモとかテロとかって…
中には信念を持ってやっている人もいらっしゃるでしょうが
そのはけ口はなんでもいいという人もけっこういるんじゃないでしょうか?

それはさておき…
『パラダイス』はいろいろな恐ろしさをはらんではいるものの
どことなく高貴さが漂う、美しささえ感じられる物語でした。

余談です
今日は韓流ドラマ『ゲームの女王』(TVK放送分)が最終回なのよ!
それなのにテレビ神奈川がいきなり映らな~い !! なぜ? さっきの雨のせい?
神奈川全域がそうなっているのだったら明日放送してほしい…
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デンマーク王クリスチャン4世愛妾 カレン

2010-10-25 01:06:13 | 王の寵姫・愛妾
               こちらはカレンの息子さんの肖像画

別れても好きな人?
カレン・アンダーズダター


?~1673/愛妾 1613~1615

人気者クリスチャン4世は愛妾が多かったみたいですが、認知した庶子は3人。
そのうちのひとりがコペンハーゲン市長の娘(といわれる)で
王妃アンナ・カタリーネの寝室係だったキルステン・マッズダターです。
1611年に息子クリスチャン・ウルリクを生みましたが1613年に亡くなりました。

その後を継いだのがブレマーホルム秘書官アンダース・ハンセンの娘カレンです。

        

カレンはもともと牧師と婚約していたのですが、どなたかの結婚披露宴で
クリスチャン4世に見初められ、そのまま宮殿にお持ち帰りされてしまいました。
牧師の婚約者としてはどうなんだ?

3年あまりの関係でしたが
カレンはクリスチャン4世の息子ハンス・ウルリクを生んでいます。

1615年、クリスチャン4世はキルステン・ムンクと再婚しました。
たぶんそのせいでカレンは宮廷を去ることになりました。

しかしカレンにはヴェン島が与えられ、生涯にわたる年金も約束されました。
領主としてコペンハーゲンの上流社会にも加わりました。
前途洋々です。

ところがです。
1640年、カレンが若い学生ニルス・ネーラウセンと結婚しようと考えていました。
するとそれを知ったクリスチャン4世はすごく怒っちゃって
カレンの全ての権利を剥奪して財産も没収してしまいました

別れて25年でしょお… しかも付き合いは3年でしょお…
自分は他の女と結婚しといてなんなんでしょうね?

結局カレンはニルスとの結婚をあきらめます。
クリスチャン4世は「よしよし 」といった感じで全てを返してくれました。
というより、手当は没収前より増やされました。

クリスチャン4世ったら、別れた女に焼きもちかしら?
それとも、これはカレンの手当倍増作戦だったのかしら?
クリスチャン4世の性格を知り抜いた上での行動なら、かなりのやり手ですな!

とはいえ、スウェーデンに敗北し広大な領土を失ったデンマークの財力は衰え始め
お手当はかなり不規則なものでした。
カレンはやりくりが大変だったみたいです。

1642年に息子ハンスに領土を譲って隠遁生活に入りましたが
ハンスは1645年に亡くなりました。
ヴェン島はどうなっちゃったのかしら?
ちなみにヴェン島は1660年にスウェーデン領になりました。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

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デンマーク王フレデリク2世愛妾 アンナ

2010-10-23 23:58:42 | 王の寵姫・愛妾
語り継がれる愛の物語
アンナ・アフ・ハルデンベルグ


?~1588/愛妾 1558~1571

便宜上 “ 愛妾 ” のコーナーに入れてますけど、愛妾というには美しすぎる恋物語です。

アンナは高位の貴族エーリク・コルフィッツ・ハルデンベルグの娘で
宮廷で度々フレデリクと顔を会わせていました。

1559年から王大后ドロテアの侍女を務めることになりますが
その前の年にはフレデリクと愛し合うようになっていたみたいです。
フレデリクはアンナとの結婚を強く望んでいましたが
いくら高位の貴族とはいえ王太子妃には相応しくないということで反対されました。

アンナはその頃すでに司法官オルフ・クロノスと縁談がありました。

      

1559年、フレデリクは王に即位すると再度アンナとの結婚を実現させようと
頑張りますが、これが裏目に出ます。

貴族たちは、フレデリクの行為が恥知らずだと言って反発しました。
相談役は、他の高位の貴族たちを刺激すると言って思いとどまるよう促しました。

アンナはもちろんフレデリクを愛していたのでしょうが、彼より思慮深かったようで
彼女自身、結婚はしないほうがいいとフレデリクを説得しました。
韓流だったら泣けるシーンよね… よくあるの

フレデリク2世はデンマークの国力を一気に高めた名君ですが
女性に対しても誠意がある人だったのですね。
この後10年ぐらいアンナと結婚しようとごねてました。

しかし年もとってくるし、お世継ぎも必要だ…ということで
1571年、とうとう従妹のソフィー・アフ・メクレンブルクと婚約します。

どうやらフレデリク2世は婚約に先立ち、叔母でソフィーの母エリザベスに
アンナを紹介したみたいです。
なんのため? 婚約前に波風立てなくってもさぁ…
14歳の娘を嫁に出す母親にそんな不安を与えるのはどうかと思うよ。

しかしこれは「浮気相手を認めてくれ」ということではなく
「撲の初恋の人を知っておいてほしい」という別れの儀式みたいなものだったようです。

フレデリク2世とソフィーの結婚式の後、アンナは婚約者のオルフと結婚します。
オルフ、何年待っていたんでしょうか?
やっと結婚できたというのに、オルフは6ヶ月後に亡くなります。
オルフの人生って…

アンナはフレデリク2世のもとへ帰ることはなく、ハスレヴ近郊の領地で過ごし
亡き夫の家庭を支えました。

しかし王家はアンナを見捨てたわけではありません。
フレデリク2世の妹ザクセン選帝侯妃アンナをはじめ
皆がフレデリク2世の初恋の相手に援助の手を差しのべました。

たぶんフレデリクの兄弟姉妹たちもアンナを慕っていたのですね。
夫の家族に愛される嫁がいるって幸せなことよ。
結婚させてあげればいいのにさぁ… と思うのは私が庶民だから?

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

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『邪悪の家』利用されたポアロ

2010-10-21 01:20:08 | アガサ・クリスティ
PERIL AT END HOUSE 
1931年 アガサ・クリスティ

NHKのミス・マープルもの放送のおかげでクリスティが盛り上がってますね!
このシリーズ、私は好きじゃないけどさ…
だって原作にはミス・マープルが登場しないものもあるっていうのに…ブツブツ

さて本題…ミス・マープルではなくポアロです。

ポアロは自分が有名人であることが大好き!
名前を名のって「?」なんて顔をされるとちょっと凹みます。

誰もが夢見る有名人の座。
出会う人みんなに感激されてちやほやされて…
でも、有名であればこそ利用されたりしちゃうこともあったりします。

南部に保養に訪れたポアロの前で、ニックという女性が射たれます。
幸い弾は外れましたが、ニックはこれまでにも寝室の額縁が落ちたり
車のブレーキがきかなかったりと危ない目にあっていました。

彼女はエンド・ハウスに住む若き女主人です。
しかし財産はありません。
ポアロはニックの救出に立ち上がります。

ところが、ポアロが呼ぶように薦めたいとこのマギーがニックと間違えられて射殺され
さらにはニックも送られてきたチョコレートを食べて重症の中毒に…
ポアロの面子は丸つぶれです。

ニックのまわりには常に遊び仲間の男女がいました。

アンニュイな美女で夫から逃げている人妻フレデリカ
美術商の息子でフレデリカに恋しているらしいジム・ラザラス
ニックに想いを寄せている無骨な中佐ジョージ・チャレンジャー
それから、世界一周の途中で行方不明になっているシートン卿の甥マイケル

実はニックはマイケルと婚約していたことが分かります。
それに、彼が死んだ場合莫大な遺産が彼女に遺されることも…

他に怪しいのは、以前ニックにふられたいとこの弁護士チャールズ・ヴァイス
どこか胡散臭いオーストラリア帰りの番人クロフト夫妻などなど…

ポアロは犯人が、ポアロが保養地を訪ねて来ていることを知って
わざと犯罪計画をたてたのではないか、ということに思い当たります。
さて、それはなぜでしょう?
誰がポアロを利用したのでしょう?
それさえわかれば事件解決です。

もうひとつ、ものすごいヒントがあるのですが、それはハッキリ言えません。
ぼやかして言うと、外国のニックネームってパターンがきまっていますよね?

物語では、最後にニックネームのことが分かりまして
ちょっとアンフェアな感じがしないでもないエンディングですが
(私は)なかなか犯人の目星がつかなくて終盤まで楽しめました。

映像もいいけど、活字はより心理劇が楽しめます
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デンマーク王クリスチャン2世愛妾 ディーヴェケ

2010-10-20 00:56:05 | 王の寵姫・愛妾
でしゃばりな母、娘を死に追いやる?
ディーヴェケ・シグルズダター


1490~1517/愛妾 1507~1517

ディーヴェケとは “ 小さくて可愛い人 ” という意味があるそうです。
クリスチャン2世は無節操で放蕩三昧、乱暴者と言われています。
昔のドラマにありがちな、番長が可憐な女子を好きになるパターンかしら?

クリスチャン2世との恋愛模様は多くの詩や物語になっているらしいのですが
本当のところはあまりよく知られていないそうです。

ディーヴェケはオランダ商人の娘で、ノルウェーのベルゲンで暮らしていました。
1507年か1509年にクリスチャンと出会って愛妾になっています。

        

クリスチャンが摂政を務めていた時代にはオスロで、
1513年に王になってからはコペンハーゲンで、という具合に
常に行動をともにしていました。

ディーヴェケの政治的影響力はよくわかっていませんが
母シグリドはクリスチャン2世の顧問として表舞台にしゃしゃりでてきました。
クリスチャン2世がオランダ村を造ったのも彼女のアドバイスによるものです。
兄弟たちも宮廷で大きな顔をしていました。

当然ディーヴェケの家族は貴族たちに嫌われますね。
王と彼女を別れさせようという試みが何度もあったようです。

1515年、クリスチャン2世はハプスブルク家のエリザベスを妃に迎えました。

王妃エリザベスの兄、神聖ローマ帝国皇太子カール(5世)は
ディーヴェケを退けるようにデンマーク宮廷に強く要求したのですが
クリスチャン2世は聞き入れませんでした。
おかげでハプスブルク家と間に一触即発という緊張状態をもたらします。

ハラハラドキドキのデンマーク宮廷に朗報が…
1517年夏、ディーヴェケが27歳という若さで急死します。
絶対に怪しいでしょお?  シェリーに毒が入れられたと言われています。
この件では貴族トルベン・オクセが裁判にかけられましたが証拠不十分で
エリザベスの祖父マクシミリアン1世からの提案(脅し?)で過失となりました。

しぶと~い母シグリドは王妃エリザベスに取り入り
クリスチャン2世の財務相談役となって宮廷で生き延びましたが
1523年以降の記録がありません。
一説では魔女裁判で有罪となって1523年に処刑されたとされていますが
真相はクリスチャン2世失脚の時反対派貴族によって…ていうことじゃないかしら。

幾多の障害をものともせずディーヴェケを側においていたクリスチャン2世、
そして若き愛妾の急死…物語にはもってこいなエピソードですよね。
どんな物語になっているんでしょうね?
韓流ばりの純愛物か、悪女に魅入られた王の物語か…興味津々です。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

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『グランド・マザーズ』虚構と真実をさまよう幸せ

2010-10-19 01:55:52 | イギリス・アイルランドの作家
THE GRANDMOTHERS 
2003年 ドリス・レッシング

レッシングの小説は、短篇集などでちょこちょこ読んでいますが
一冊まるごと読むのは初めてのような気がします。
(と思ったら本棚にもう一冊短篇集を発見! 内容覚えていませんが… )

良かったですよ!!
有り余る想像力を見せつけてくれるような短・中篇集、
とてもとても面白く読めました。

どちらかといえば非情緒的で簡潔、そして短い文章の羅列… そっけないです。
なのに、どんどん登場人物に感情移入してしまいました。
どういう書き方なんだろう? これ…

収載されているのは4篇なので、全てさらっとご紹介します。

『グランドマザーズ』
双子のように育ってきた親友のロズとリルは、ともに美しく成長し、結婚し
ともにハンサムな息子を生みました。
ロズは離婚、リルは死別して、美しい母二人と息子二人は家族のように暮らします。
息子のトムとイアンが青春を迎えた時、ロズとリルもまだ若々しい女性でした。

『ヴィクトリアの運命』
ヴィクトリアは9歳の時に1日だけ面倒をみてくれた白人の少年エドワードの面影を
慕いながら大きくなり、14歳の時にひとりで末期がんの叔母を看取りました。
美しく成長したヴィクトリアはエドワードの弟トーマスと愛し合うようになって
妊娠しますが、彼にはだまって生む決心をします。

『最後の賢者』
ロッドが開いたラダイト朝は、エンロッド、ウィップと続き、女王デストラの時代に
円熟期を迎えましたが、その子デロッドの時代になって文化的に衰退します。
デロッドと共に育った十二賢者も年老い、とうとう最後のひとりになりました。
なぜデロッドはデストラが育んだ豊かな文化を破壊したのか、賢者には理解できません。

『愛の結晶』
平和主義集会に足繁く通っていたジェームズにも召集令状がきました。
訓練を終えてインドへ向かう船の中で、兵士たちは地獄のような日々を送ります。
中継地のケープタウンで滞在したライト家で夫人のダフネを見た時
ジェームズはそこに女神がいるとしか思えませんでした。

時代も設定もまちまちでまとまりのない一冊に思えますけど
読み終えた時には、そんなことどうでもよくなりました。

どれもあり得そうもないのにリアリティが感じられる、
ありそうだけどドラマティックすぎる…というジレンマが心憎い物語になっています。
“ 物語 ” を書くとはこういうことなのね、と思える作品集でした。

さすがノーベル文学賞! というにはあまりにも簡略化されて日常的な文章…
さてはあえてそういう書き方をしたんじゃないかしら?
それでも面白いのがすごいよね!!

嗚呼うれしや…好きな作家がひとり増えました
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ハンガリー(対立)王サポヤイ・ヤーノシュ妃 イジャベラ

2010-10-16 23:07:26 | ハンガリー王妃
反ハプスブルク最後の砦
サポヤイ・ヤーノシュ妃 イジャベラ・ヤゲロー


1519~1559/在位 (1539~1540)

ラヨシュ2世が20歳の若さで戦死した時、王妃マリアとの間には嫡子がいませんでした。
そんなわけで、マクシミリアン1世の狙い通りハンガリーとボヘミアの王座には
ウラースロー2世王女アンナの夫フェルディナント1世が即位しました。

この後はマリア・テレジア時代を除き、ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝が
ハンガリー・ボヘミア王を兼ねることになります。

しかし、よそ者の王を嫌う風潮はどこにでもあるものです。
ボヘミアでは比較的スムーズだったものの、ハンガリーでは抵抗がありました。

その急先鋒がサポヤイ家のヤーノシュでした。
ヤーノシュはポーランド王ジグムント1世妃バルバラの兄です。

ヤーノシュは国内の貴族からは選出されたものの、王位がオスマン帝国頼みだったため
他のヨーロッパ諸国から王として認められませんでした。

サポヤイの妻になったイジャベラは、ジグムント1世と
2番目の妃ボナ・スフォルツァの王女で、ヤーノシュとは義理の伯父と姪?

        
イジャベラは母ボナからイタリア語やルネサンスを教え込まれ
教養豊かな娘に育ちました。

1539年、イジャベラはハンガリー対立王ヤーノシュと結婚します。
翌年には息子のヤーノシュ・ジグモンドが生まれましたが
夫ヤーノシュはその2週間後に亡くなってしまいました。

イジャベラは(一時期女王と名乗ったりもしたようですけど)
とにかく幼い息子の王位を守らなければならなくなりました。

しかし、1541年にはブダがオスマン帝国に奪われトランシルヴァニアへ向かいます。
10年ほど統治者としてトランシルヴァニアですごしていましたが
真の統治者はイジャベラが大嫌いな枢機卿ジェルジ・マルティヌッツィでした。

1551年、トランシルヴァニアがフェルディナント1世の手に落ちると
ニールヴァートル条約によってその地も離れることになります。
トランシルヴァニアはヤーノシュが貴族になって与えられた領地だったし
息子を返り咲かせるための最後の砦だったのに…さぞや悔しかったことでしょう

言い伝えでは国を後にしてメシェスの門で休息をとった時
そこにあった古い樫の木に “ SVC ” と刻んだことになっています。
英語にすると “ Will of fate ” …「これが運命か」とでも訳しましょうか?

彼女の無念さが届いたか、1556年にはハンガリーからの要請で息子を連れて帰国し
トランシルヴァニアを息子とともに治めました。

イジャベラは、ナントの勅令に先んずること40年、
1558年に宗教の自由を認める勅令を出した初めての君主です。

世が世なら、そして正式に王妃になっていたら
後世まで語り継がれる賢王妃になっていたかもしれません。
なんで対立王と結婚しちゃったかしら?
なよなよ育ってきた後継ぎ王より、自分で勝ち取ろうとするヤーノシュに
男の魅力を感じちゃいましたかね?

(参考文献 Wikipedia英語版)
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ハンガリー王ラヨシュ2世妃 マリア

2010-10-12 01:29:00 | ハンガリー王妃
そして王座はハプスブルク家へ・・・
ラヨシュ2世妃 マリア・ハブスブルグ


1505~1558/在位 1522~1526

W婚でスペインを手中におさめつつあったハプスブルク家は
ハンガリーとボヘミアも…と(たぶん)考え、幼い姉弟に注目します。

ハンガリー王妃アンヌは王子ラヨシュの出産の時に亡くなりました。
王ウラースロー2世も50歳です。
幼い姉弟が遺されればこっちのもんだ!と考えたに違いない…

そんなわけでマリアは1歳にもならないうちに王太子ラヨシュと婚約。
同時にマリアの兄フェルディナントと、ラヨシュの姉アンナも婚約しました。

        
1516年にウラースロー2世が亡くなると、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世は
ふたりを保護するという理由でウィーンに呼び寄せて手元で育てます。
もうミエミエの作戦… ハンガリーは異議を唱えなかったんでしょうか?

マリアが17歳の時、ラヨシュ2世とブダで結婚式が挙げられました。
ふたりの結婚生活はとても幸福なものだったようです。
十代の青春まっただ中を一緒に育ってきたんだものね
たとえ政略結婚でも、全然知らない人との結婚よりずっと幸せですね。

しかし、ハンガリーはオスマン帝国の激しい侵攻をうけていました。
結婚から4年7ヶ月後、ラヨシュはハンガリー=ポーランド連合軍で帝国に対峙した
モチーハの戦いで敗戦し亡くなります。

短い結婚生活ではありましたが、深くラヨシュを愛していたマリアは
死ぬまで喪に服し、全ての再婚話を退けました。
ハプスブルク家は縁談に命を賭けてるようなところがあって
本人の気持ちなんか一切無視!な一家ですが、マリアの望みは聞いてあげたのね…

              
                 お若いころでしょうか?
                    雰囲気が素敵なので載せときます


未亡人になって4年後、父方の叔母マルグリートが亡くなり
ネーデルラント総督の座が空位になりました。
マリアの兄神聖ローマ皇帝カール5世は、マリアを後任に指名しました。

ネーデルラントでは脱ハプスブルクの気運が生まれ始めていました。
カール5世はマリアにマルグリートのような強い影響力を期待していました。
マルグリートは女性らしく、機転がきいて順応性とユーモアがありました。

しかしマリアは違いました。
叔母マルグリートが笑顔とジョークで仕事をこなすのとは逆に
マリアはシニカルで棘を含んだコメントが多かったみたいです。
宗教をめぐってはフェルディナンド1世との間にも確執がありました。

気難しかったのかしら? それともラヨシュの死が彼女を変えたのかしら?

彼女は総督の仕事に喜びが見いだせなかったようです。
それでも1555年まで総督の座に就き、カール5世がネーデルラント支配を
息子のフェリペ2世に譲るのを機に退きました。
この時、カール5世もフェリペ2世も、総督の座にとどまるよう言いましたが
マリアは固辞しました。

マリアは、姉のフランス王フラアンソワ1世妃アリエノール
(引退した)カール(5世)とカスティーリャで暮らしたいと望んでいました。
それまでマリアは母であるカスティーリャ女王ファナを恐れて
故国へ戻ろうとはしませんでしたが、アリエノールに会いたい一心で1556年に帰郷します。

でもこの決心はすごく良かったと思うの。
なぜならアリエノールは1558年2月にマリアの腕に中で亡くなったから。
2年間だけでも、離ればなれになっていた姉とすごせて幸せだったでしょう。

同じ年の10月、マリアも亡くなりました。
彼女の最後の望みは、溶かして貧しい人に分け与えてしまったハートの金のメダルを
再び夫に着けてもらいたい、というものでした。

たった4年の結婚生活を送った夫をそこまで愛するあたりといい、思いつめる性格といい
母君ファナ・ラ・ローカに一番似ていたのは彼女じゃないかしら? なんて思えたりします。

(参考文献 加藤雅彦氏『ドナウ河紀行』 Wikipedia英語版)
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久々に韓流・・・女優さんも

2010-10-11 23:37:32 | もろもろ
前回、前々回と素敵な男性俳優さんたちを並べてみましたが
今回は女優さんで…

男性俳優も女優も、ドラマを見ているうちに素敵に見えてくるのは同じなんだが
どちらかというと女優のキャスティングでドラマを選ぶ傾向があるみたいです。

そんなわけで、この女優のドラマを観てみたい!という人を選んでみました。
けっこういました…

まずは『私の名前はキム・サムスン』のキム・ソナ〈キム・サムスン役〉
作り物みたいに美しいスレンダーな人ばかりの韓国主演女優陣が居並ぶ中
(決して太くはないけど)ぽっちゃりしている彼女の役どころは痛快!
お洋服屋で駄々をこねるシーン めちゃくちゃ可愛かったですね。

                
『恋愛時代』のソン・イェジン〈ユ・ウノ役〉
この人が出てくると画面がぼや~んとなるのよね、他のドラマでも。
元気一杯の場面でもなぜか沈む…でも顔と独特の雰囲気(主に暗さ)が好きです。

                     
『ザ・スリングショット』のハン・ヨウン〈チェ・ウンス役〉
なんかすごく可愛い…『キム・サムスン』でもどことなくボーッとした役どころでしたが
『スリングショット』ではめちゃめちゃ存在感があるボーッとした役でした。

                      
『なんでウチに来たの?』のイ・ソヨン〈ハン・ミス役〉
写真は『春のワルツ』〈ソン・イナ役〉ですけど…目の大きさがたまりません。
前半の世間知らずでわがままな時の方が後半の苦労人になった時より可愛かったかな?
『春のワルツ』ではヒロインのライバルでしたが、嫌な感じじゃなかったなぁ。

             
『タルジャの春』のチェリム〈オ・タルジャ役〉とイ・ヘヨン〈ウィ・ソンジュ役〉
すぐ熱くなるチェリムとクールなイ・ヘヨンの好対照が面白かったですよね。
チェリムはすごいハマり役だった気がする。
イ・ヘヨンはブチャイクな役もこなしますが、ポートレートはすごく綺麗!
特にシュウ・ウエムラの広告の写真!! うっとりします。

                
『ママはシンデレラ』のワン・ビンナ〈イ・ジニ役〉
正直言ってあまりぱっとしないドラマ(失礼 )を見続けているのは
この人が出ているから…そしたらドラマにもハマってきちゃったよ
どんな役にもトライする方だそうです。

             
『スターの恋人』〈イ・マリ役〉と『エア・シティ』〈ハン・ドギョン役〉のチェ・ジウ
やっぱり外せない…韓流はここから始まった!と言える『冬のソナタ』と
大ブレイクした『天国の階段』のヒットは実は相当なプレッシャーじゃないかと思うのよ。
イメージを一新しようと頑張った(と思う)2作品、視聴率はどうあれ私は好きです。
悪女や張禧嬪の役をやりたいそうですよ ぜひトライしていただきたい。

他にも、どんな役でも可愛いソン・ヘギョとかハン・ヒョジュとか
ラブコメの金字塔『パリ恋』のキム・ジョンウンとか
眼ヂカラ一本で『天国の階段』を乗り切ったキム・テヒとか
活躍が気になる女優さんは目白押しです。

私は今のところ時代劇には手を出しちゃいかん! と思って観ていませんが
皆さん時代劇姿も美しそう…見てみたい。
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ハンガリー王ウラースロー2世妃 アンヌ

2010-10-09 23:59:16 | ハンガリー王妃
ハンガリー王家、最後の救世主
ウラースロー2世妃 アンヌ・カンダレ


1484~1506/在位 1502~1506

ボルバーラとベアトリクスの二人の王妃と離婚していて
その上嫡子のないウラースロー2世は焦ります。

ベアトリクスとの離婚の時に、離婚が成立していないと主張していた
最初の妃ボルバーラはすでに38歳、てなわけで復縁しませんでした。
離婚してないって言ってたくせに…

ウラースロー2世が求婚したのは、フォワ家のカンダル伯ガストンの娘アンヌでした。

アンヌはブロワの宮廷で大きくなり、フランス王の甥にあたるロングヴィル公とは
愛し合う仲だったそうです。
ロングヴィル公はアンヌと結婚するつもりだったのに
ウラースローのせいでふたりは別れることになりました。

ちなみにアンヌ16歳、ウラースロー44歳… 一般的に見ればすっっごく可哀想。

         
ふたりは1502年にフランス宮廷で結婚式を挙げてハンガリーへ向かいました。

途中ヴェネツィアでものすごい祝典が催されたそうなのですが
この代金の支払いをめぐってフランスとハンガリーが諍いとなる…という
情けないエピソードも

年の差にもかかわらず、ウラースローとアンヌは友人のようで
夫婦の仲は良かったらしい…
フランスから相談役や宮廷人を連れて行っていたアンヌは良き相談相手でもありました。

しかも王女アンナに続いて、1506年、待望の王子ラヨシュが生まれて
アンヌはハンガリーで人気者になります。
彼女もそんな生活をとても楽しんでいたのですが、どうしたことか
急に健康が衰え始め、1ヶ月もしないうちに亡くなってしまいました。

昔はベッドや医者の服、医療器具など、衛生面がずさんだったことから
出産による死亡が多かったと言うことですが、王家なんだから…少し気を遣おうか?

ハンガリーの将来を担う王子の成長を見届けたかったでしょうし
彼女が長生きして摂政でもしていれば、ハンガリーの行く末は違ったかもしれません。

(参考文献 Wikipedia英語版)
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ハンガリー王ウラースロー2世妃 ボルバーラ

2010-10-08 23:01:59 | ハンガリー王妃
           こちら、返り咲いた王妃ベアトリクス・アラゴーニア
 
王妃になったと思ったら・・・
ウラースロー2世妃 ボルバーラ・ブランデンブルギ


1464~1515/在位 (ボヘミア王妃)1471~1500 (ハンガリー王妃)1490~1500

マーチャーシュが嫡子無く、庶子も後継ぎにできないで亡くなったため
アルベルトを祖父に持つボヘミア王ブラジスラフがウラースロー2世として即位します。

ウラースロー2世の妃ボルバーラは、ブランデンブルク選帝侯アルブレヒト3世の候女です。

         
8歳の時に29歳年上のグウォグフ公ハインリヒ11世と結婚しましたが
4年も経たないうちに夫が亡くなり11歳で未亡人になってしまいました。

しかし、ブランデンブルク選帝侯の素早いアクション!
その年のうちに20歳のウラースローと再婚します。
(ハインリヒ11世は急死で毒殺の噂があるんですよ~

ウラースローはその年(1971年)イジー王未亡人からの要請でボヘミア王に即位、
1490年にはハンガリー王に即位しました。
この時、そういうお約束があったのかどうだか…(下に正解があります
マーチャーシュの未亡人ベアトリクス・アラゴーニアと再婚することになり
ボルバーラは離婚されてしまいました。

後にウラースローはベアトリクスと別れたのですけれども
ボルバーラのもとへは戻ってきませんでした…

他の国だといきなり離婚された王妃が抵抗するエピソードが残っていたりするんですが…
例えばルイ12世妃ジャンヌとか…
ボルバーラがどうしたのかはちょっとわかりません、残念ですね。



ハンガリーのために頑張ったのに・・・第2部
ウラースロ-2世妃 ベアトリクス・アラゴーニア


1457~1502/在位 (マーチャーシュ妃)1476~1490
          (ウラースロー2世妃)1491~1502

第1部のつづき…

で、ボルバーラと別れたウラースロー2世が再婚したのは
マーチャーシュ未亡人ベアトリクスでした。

        
マーチャーシュとともに中世ハンガリーに繁栄をもたらしたベアトリクスは
さすがに女王になろうとは思わなかったみたいですが
次に王になる男性と再婚して王妃の座を守りたいと望んでいました。

未亡人になってからも貴族たちに影響力を持っていたベアトリクスは
彼らの圧倒的な後押しで次王の王妃としてとどまることになりました。
しかも彼女、王の選挙の議長にもなってんのよね
ということは、最初からウラースロー狙いかしら?

つまりウラースローは、ハンガリー王になりたかったら
ベアトリクスと再婚しなきゃいけなかったわけです。
ということで、前妻ボルバーラと離婚したウラースローとベアトリクスは
1491年に再婚しました。

しかし再婚から数年後、ウラースロー2世は、
「自分はこの結婚を公式に承諾しておらず、無理矢理結婚させられた」と言い出します。
しかも、前妃ボルバーラとの離婚も教皇から許可されていないということで
結婚は無効だと訴えました。

ベアトリクスはこの裁判に大金を投じましたが、1500年に無効が言い渡されました。
四半世紀近くハンガリーの発展に尽くしてきたベアトリクスだったのに
ひとり寂しくナポリへ帰ることになります。

御輿に乗せた貴族はどうしたよ? すっかり寝返った?
結局よそ者の嫁なんてこんなものよね…
いいように使われて、いらなくなったら実家に帰されちゃって… 貴族も同じか…

(参考文献 Wikipedia英語版)
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