まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

イングランド王ヘンリー8世愛妾 エリザベス

2010-07-31 22:29:00 | 王の寵姫・愛妾
          こちら(ボケボケですが)トマス・ワイアット詩集の表紙の女性

詩人のミューズになった女性
エリザベス・ダレル


生没年不詳/愛妾 

父はキャサリン・オブ・アラゴンの侍従エドワード・ダレルで
エリザベスも王妃の女官になりました。
        
         

エリザベスとヘンリー8世の関係は噂の域を出ないんですけど
アン・ブーリンと同じ頃に始まったと言われています。

だからかどうか、キャサリンが退けられ、アンが新しい王妃になった時
エリザベスは服従の誓いを断固拒みました。

ヘンリーと関係がなかったにしても、プライド高き宮廷婦人ですもの
同じ立場だった女性が王妃になることへの悔しさがあったかもしれませんね。
王妃キャサリンへの忠誠もあったかもしれません。

キャサリンは1536年に亡くなった時、エリザベスに結婚資金として
200ポンドを遺しました。

エリザベスは、ヘンリー8世愛妾というより
トマス・ワイアットのミューズとして有名です。

トマスはエリザベス・ブルックと別居中でした。
エリザベス(ダレル)は長い間彼の愛人として過ごし、3人の子どもが生まれています。
三男のエドワードはワイアットの乱に加わり処刑されています。

ところで、歴史家の中には、1542年の(父)トマスの死後
エリザベスは(息子)トマスの愛人になって、エドワードは息子の方の子じゃないか、
という説があるんですけど…どうなの?

エリザベスは1554年にロバート・ストルードという人と結婚してますが
そこから逆算して行くとありえない話しではない、むしろ息子の方がお似合いかも…
ちなみに息子トマスは1554年に亡くなってます。
でも親も子もかぁ…むむぅ

(参考文献 Wikipedia英語版)
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『土曜の夜と日曜の朝』人は贅沢になっていく・・・

2010-07-27 23:33:28 | イギリス・アイルランドの作家
SATURDAY NIGHT AND SUNDAY MORNING 
1958年 アラン・シリトー

この物語の舞台は戦後のロンドンで、登場人物は全てブルーカラー。
世間や国に対する恨みつらみで溢れかえっているかと思いきや
読後にかなり落ち着いた気持ちになる一冊でした。

20歳を越えたばかりのアーサーは腕のよい工員です。
彼自身は自分を反権威主義者でアナーキストだと思っています。
しかし、特に反社会的な運動をしているわけではありません。

現状にはそこそこ満足しているからです。
稼ぎの良いアーサーは、遊びに出かける洋服に金をかけることができます。
家にはテレビがあるし、父親はタバコが好きなだけ吸えるようになったし
母親は苦労せずに食料を手に入れることができます。

工場では歩合が減らされないようにノルマぴったりの数量を仕上げることに専念し
土曜日の夜はお洒落をして町へくり出します。
同僚ジャックの妻ブレンダとの恋愛を楽しんでいます。

アーサーは「誰が首相になっても同じだ」的な言葉を口にしてますが
誰が首相でも生活が向上していく高度成長期っていいものですね。
早く戻ってきてほしい…

そんなアーサーにちょっとした不安材料ができました。
ブレンダが妊娠し、ジャックが気づいたようです。
それから、手を出してしまったブレンダの妹ウィニーの夫ビルに狙われるようになります。
ドリーンという恋人ができたのですが、彼女はおカタくてなかなか先に進めません。

アーサーはどうやらハンサムな青年みたいですね。

モテモテぶりや喧嘩以外は、極めてなんてことない毎日を綴った内容なのですが
登場人物が多く、(当時の)ブルーカラー居住区らしいエピソード満載で
どんどん引き込まれていきました。

ラブストーリーじゃないので書いちゃうけど
結局アーサーはドリーンとの結婚を決意するのね。
結婚を決めたあとのアーサーはやけに平穏で常識的になったように思え
「お若いのに落ち着いちまって 」という残念さは否めませんが
人ってそういうものかもね…

しかし、ほんの60年前にはこんなにもありがたがられていた普通のテレビ…
今や、デジタルだ! 簡単に録画もできてよ! 4原色になったぜ、3DもOK、と
なんと贅沢になったことでしょう。
今後テレビがどうなっていくのか…いや、人はこれ以上テレビに何を求めていくのか
少しおそろしい気がしております。
テレビだけじゃないけどね…
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イングランド王ヘンリー8世愛妾 キャサリン

2010-07-26 01:41:56 | 王の寵姫・愛妾
王妃たちとの不思議な関係
サフォーク公夫人、ウィロビー男爵 キャサリン・ウィロビー


1519~1580/愛妾

この人は愛妾じゃないかもしれない…しかし噂があった人です。

ウィロビー男爵ウィリアムと、キャサリン・オブ・アラゴンの親友で
女官だったメアリーの娘として、宮廷で生まれ宮廷で育ちました。

7歳の時父親が亡くなり、ひとり娘のキャサリンは叔父と遺産を争うことになりました。

        
この時、ヘンリー8世はキャサリンの後見人として、妹メアリーの夫サフォーク公を指名し
キャサリンはサフォーク公子と婚約しました。

しかし、15歳の時にサフォーク公子が亡くなったため
メアリーを亡くしていた父親の方のサフォーク公と結婚することになりました。

ヘンリー8世にはまだ王子がいませんでしたが、生まれてくる王子の次に
サフォーク公を自分の継承者として考えていました。
キャサリンの野望だってふくらみます。

サフォーク公夫妻は、表向きは次々やってくるヘンリーの王妃を歓迎していました。
アン・オブ・クレーヴスのことを熱烈歓迎したし
キャサリン・ハワードと結婚したいと言うヘンリーの望みも叶えました。
けれども、キャサリン(ハワード)処刑の原因となった
トマス・カルペパーとの密会も助けてあげましたとさ

キャサリン・パーとは大親友となり、宗教的に影響を与えました。
これは一度キャサリン(パー)を危ない目に遭わせたんだけどね。

この頃ヘンリー8世がキャサリン(ウィロビー)を熱愛しているという噂がたちます。
なんでも軍艦に彼女の名前をつけたかららしいんですけど
ヘンリーはキャサリン(パー)に介護されてる状態に近いはずで、真実ではないようです。

1545年にサフォーク公を亡くした後、家臣リチャード・バルティエと再婚しました。
依然サフォーク公夫人として宮廷に侍っていましたが
1547年にヘンリー8世が亡くなり、メアリ-1世の治世になると
熱烈なプロテスタントのキャサリンは夫婦共々追放されました。

キャサリンは以前、カトリックの主教の名を犬につけて蹴ったりしていまして
犬に名をつけられたウィンチェスター主教が仕返ししたものでした。

エリザベス1世の治世になってからは宮廷に戻れたみたいです。

1580年に亡くなりました。

(参考文献 森護氏『英国王妃物語』 Wikipedia英語版)

有名な英国王妃をピックアップして詳しく紹介
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね

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『草の竪琴』美しい想い出の哀しさ

2010-07-25 00:07:44 | アメリカの作家
THE GRASS HARP 
1951年 トルーマン・カポーティ

この小説をどう表現したらよいかしら? と悩みましたが
結局私の貧しいボキャブラリーでは “ 美しい ” という言葉になってしまいます。

母親に続いて父親も亡くしたコリン少年が、11歳から16歳まで一緒に暮らした
かなり年上の従姉ドリーとの日々を回想する物語です。

ドリーは60歳の未婚女性ですが、純粋で無垢な少女のような女性です。
優しくておとなしくて、とても恥ずかしがりやでした。
薬草で水腫によく効く薬を作って、細々とお得意様に売っています。

ドリーの妹ヴェリーナはいくつもの商店を持っているやり手です。
町でも顔が利くし、家の中でも姉ドリーをさしおいて家長の座にすわっています。

ドリーのたったひとりの友人は、小さな頃ドリーの家に引き取られたキャサリン。
気の弱いドリーをかばい、ヴェリーナのことをボロクソに言う
ちょっと変わった年配の女性です。

コリン少年は、ほとんどの時間をドリーとキャサリンと過ごしました。
キッチンでのお茶、休日の野草摘み、屋根裏でのおしゃべり…
十代の少年にとって良い環境なのかどうかはさておき、コリン少年には心楽しい日々でした。

しかし、コリン少年がドリーと過ごした最後の夏、平穏な日々に終わりが訪れました。
ヴェリーナがドリーの薬に目をつけ、事業を興そうとしたからです。

ものすごくかいつまんで書くと、ドリーは珍しく妹に反抗するのね。
そしてキャサリンとコリンを連れて家出をしてしまいます。
3人はピクニックで見つけた木の上の小屋で暮らすことにします。

このことがヴェリーナのみならず、町の常識派たちを怒らせますが
それまでつき合ったことがないような、新たな友人もできました。

牧師や保安官が説得にきたり、なんとか家に連れ戻そうというおせっかいが押しかける中
3人の生活はどうなっていくのでしょう?

あらすじはともかく、ドリーとコリン少年の毎日は
カポーティの少年時代が下敷きになっているようです。
ドリーは彼が一緒に過ごした従姉のミス・スックがモデルです。

カポーティはその時代があまりにも楽しかったのか
『ティファニーで朝食を』に収められている『クリスマスの思い出』や
『夜の樹』の『感謝祭のお客』のような短篇でも書いていますよね。
読んでいると、本当に幸せだったんだろうな…と思える物語です。

文壇の寵児になり、セレブになった後にすさんでいったカポーティの晩年…
美しい想い出は彼にとってどんなものだったのでしょうか?

いつまでも心の中で光っている宝石だったのか、二度と帰れない過去の墓標だったのか…
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イングランド王ヘンリー8世愛妾 アン

2010-07-24 02:05:49 | 王の寵姫・愛妾
           こちらはチューダー朝のドレス、おめかし中でしょうか?

何度もお妃候補にあがった女性
アン・バセット


1521~没年不詳/愛妾 1538~1539

アンはジョン・バセット卿の娘ですが、父親を幼い時に亡くしています。
母親のオノールは、ヘンリー8世の叔父にあたるアーサー・ライル卿と再婚しました。

      

母オノールはなんとか娘ふたりを王妃アン・ブーリンのそばに侍らせるため
宮廷に送り込もうとしましたが、王妃から「空きがない」と断られました。

自らが王妃の侍女上がりだったアンは、王好みの娘が入り込んでくることに
敏感になっていたかもしれないですよね。

しかしオノールはあきらめません!
新たにジェイン・シーモアが王妃になると、ふたたび娘を売り込みました。
「ひとりなら大丈夫」ということで、アンが寝室係として出仕することになりました。

母親が期待した通りだったかどうかは別として、ジェインの死後
1538年にヘンリ-8世のお相手をつとめることになり、4人目のお妃の噂がたちます。

けれどもヘンリーは珍しく政治的なことを考えて、アン・オブ・クレーヴスと結婚しました。
結婚前に、一応アン(バセット)とは別れていました。

アンはエドワード・ハンガーフォード卿と結婚しましたが
夫は1540年に同性愛とクロムウェルに加担していたことで処刑されました。

夫の死後もアンはへこたれなかったようですね。
アン(クレーヴス)は離婚されたし、キャサリン・ハワードも長持ちしそうにないし…
ってことで、またヘンリーに接近したもようです。

どうやらガッツは届いたようで、キャサリンの処刑後にも6人目の王妃と噂されました。
でも、これも叶わず… がっくり

なにがいけなかったのかしら? アン…
ヘンリー8世は、キャサリン(ハワード)は別として
「結婚してくれないとイヤ…」と拒んだ女性をお妃に選んでるみたいですね。
やりたい放題に見えておかたい女性が好きだったのかしら?

アンも結婚を持ち出してみりゃよかったのに…持ち出したのかな?

(参考文献 Wikipedia英語版)
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イングランド王ヘンリー8世愛妾 メアリー

2010-07-19 22:53:17 | 王の寵姫・愛妾
謎多き女流詩人
メアリー&マーガレット・シェルトン


生年不詳~1560/愛妾 1535

謎多きメアリーとマーガレットの姉妹はジョージ・シェルトン卿の娘です。
母親はアンメアリーのブーリン姉妹の父トマスの妹アンです。

どうしてふたりをセットで書いているかご説明しますね。

         

実は、メアリーとマーガレットのうち、どちらかがヘンリー8世の愛妾と言われたのですが
どちらか定かではありません。

最初はマーガレットとされていましたが、その後の歴史家の研究でメアリーでは?と
言われるようになりました。
メアリーはアンの女官を務めていましたのでね。
それどころか、マーガレットは実在していないんじゃないの?という説もあるそうです。

これは16世紀に使われた紛らわしい文字に原因があって
サインのMaryがMargに見えたんじゃ? ということらしいです。

かりにメアリーが愛妾になったとしますね。
ふたりの関係は、1535年に始まり半年間で終わりました。

メアリーは女官のかたわら詩人でもありまして、詩人の会に属していました。
その会にはトマス・クレア、サリー、トマス・ワイアットも参加していて
メアリーはいろいろな方とロマンスがあったみたいです
恋多き女性…ですね。

メアリーは4人目のお妃候補に名前があがったことがあります。
というと、1537年から1540年の間なので、ヘンリー8世の愛再燃ということでしょうか?

ヘンリー8世ってさ、そばにいる人なら誰でもいいって人だったみたいですね。
一度別れたなんて関係ない! 今好きなんだよ~!! という感じか…

しかしメアリーはいとこのアンソニー・ヘヴェニンガム卿と結婚し
死別後1557年に領主のフィリップ・アップルヤードと再婚しました。

ヘンリー8世の4人目の妃アン・オブ・クレーヴス
5人目の妃キャサリン・ハワードは痛い目にあっていますのでね、
選ばれなくて正解だったかも…

(参考文献 Wikipedia英語版)
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イングランド王ヘンリー8世愛妾 エリザベス

2010-07-17 20:14:38 | 王の寵姫・愛妾
6人目の妃候補だったという噂・・・
レディ・ワイアット エリザベス・ブルック


生没年不詳/愛妾 1533~1542

エリザベスはコブハム男爵の娘で、詩人トマス・ワイアット卿の夫人でした。
教科書でも習った “ トマス・ワイアットの乱 ” をおこしたのは息子のトマスです。

       

しかし、エリザベスとトマスは公然と別居し、お互いに浮気に走っていました。
トマスの浮気相手にはヘンリー8世の妃アン・ブーリンもいたし
ヘンリー8世の愛妾の噂があったエリザベス・ダレル、メアリー・シェルトンもいました。

つまり、ヘンリー8世とトマス・ワイアットは、同じ時期に、同じ4人の女性と
すったもんだを繰り返していたことになりますね。

グチャグチャですがな…ドラマにもなりましょう、というものです。

ヘンリー8世は、キャサリン・ハワードと結婚する1540年に
ワイアット夫妻を和解させようとしました。 厄介払いでしょうか?

でも、トマスが反逆罪で処刑されそうになった時
彼をかばったのはキャサリン・ハワードだけだったそうです。
妻エリザベス(ブルック)と愛人エリザベス(ダレル)は何をしていたのか?

1542年、キャサリン・ハワードは密通の罪で処刑されました。
その夜、ヘンリ-8世は豪勢な晩餐会を催しました。
お祝い? ひどいね

そばにはエリザベス(ブルック)とアン・バセットが侍っていて
人々はどちらかが6人目の王妃になるだろう…と噂したんですってさ。
でもトマス・ワイアットは生きていたし、離婚もしていませんでしたけどね。

キャサリン・ハワードの死から7ヶ月後にトマスは亡くなりましたが
エリザベスは選に漏れたらしく、ヘンリー8世はキャサリン・パーと結婚しちゃいました。

たぶん、ずーっと愛妾だったわけではなくて
くっついたり離れたりを繰り返していたんじゃないかしら?
遊んでいたら楽しいけど妻にしたいタイプじゃなかったと推察しますが、いかがでしょう?

(参考文献 Wikipedia英語版)
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考察…なんで韓流の男性は素敵に見えるのか?

2010-07-17 20:13:52 | もろもろ
こんにちわ、すっかり韓流にハマってブログが滞っている今日この頃…
昨日はmodanちゃんと韓流ドラマについてミーティング(飲み会ね)をしまして
おおいに盛り上がってまいりました。

私は特に誰のファンというわけではないんですよねぇ…ないんだが、
見ているドラマの男性が皆かっこよく思えちゃって
次から次へと、『(ドラマ名)』の誰々に夢中 という状況に陥るわけです。

そんなわけで、今まで特にハマっちゃった人を思い出し
なんでそんなことになってしまうのか考察してみました(ヒマですか? 私

TOPは『ラストスキャンダル』のチョン・ジュノ〈チャン・ドンチョル役〉
20年前の初恋の相手チェ・ジンシル〈ホン・ソニ役〉に意地悪したり甘えたりして
自分の気持ちを気づかせようとする姿に完全にやられました。
『アイリス』の彼〈チン・サウ役〉は少し真面目すぎて、う~ん…

                
最近ハマっちゃったのは『タルジャの春』のイ・ミンギ〈カン・ テボン役〉
ポーカーフェイスでハニカミ屋のように見えてアグレッシブに
年上女性チェリム〈オ・タルジャ役〉にアタック&リード。
もう、可愛いとしか言いようがありません。

                
なんでコイツが…と思いつつ惹かれていった
『パリの恋人』のパク・シニャン〈ハン・ギジュ役〉
キム・ジョンウン〈カン・テヨン役〉への恋心に気づいて、恋人らしく振る舞おうと
マニュアル通りに頑張る真面目さに心うたれます。

                
やっぱりね! 『私の名前はキム・サムスン』のヒョンビン〈ヒョン・ジノン役〉
途中まではなんとも思わなかったんだけど、キム・ソナ〈サムスン役〉に恋したあたりから
「およ?」と思い、サムスンを追って山登りをした後ホテルで前髪を下ろしてからは虜です。

                
ヨンさまブームの時放送された『ホテリアー』のキム・スンウ〈ハン・テジュン役〉
ホテルも恋しい人も守ろうと寡黙に立ち向かう姿にほだされて…
『アイリス』の北朝鮮工作員〈パク・チョリョン役〉もしぶいかも…

                
本当に残念なこと…『ザ・スリングショット』のパク・ヨンハ〈キム・シン役〉
実はドラマは最後の方数回しか見られなかったのですが
『冬のソナタ』〈キム・サンヒョク役〉では優しそうで気弱そうだった彼が
やけにワイルドでドキドキしました。

           
過去最大にハマった『天国の階段』のクォン・サンウ〈チャ・ソンジュ役〉と
シン・ヒョンジュン〈ハン・テファ役〉のペア
まさに会社をつぶす勢いでチェ・ジウ〈ハン・ヂョンソ役〉への愛に突っ走るサンウと
命を投げ打っちゃうヒョンジュン、甲乙つけがたい格好よさでしたね。

なんか、『花より男子』とか『イケメンですね』みたいな若い子がいませんね。
あの子たちは綺麗すぎて…

ここまで書いてて思ったが、結局女性への気持ちを隠さず
何があってもくじけずに(かなり強引に)アタックする男性が素敵ってことかしら?

韓国の俳優さん、切ない眼差しと熱く見つめる瞳が上手いんだもん。
しかもけっこう泣くのよね…大粒の涙をポロポロと流して。
熱くて切なくて自分一筋、こんな男性が現れたらどうしますよ?

女性のハートをがっちり掴む男性像、
目に見えるハーレクイン・ロマンスのヒーローって感じなのかしら…

ともあれ、まんまと韓国のテレビ局・ドラマ班の戦略にのってしまっている私です
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『時の娘』SFに挑戦してみた!

2010-07-12 23:50:53 | アメリカの作家
DOUBLE TAKE AND OTHER STORIES 

めちゃくちゃ現実的な私は “ SF ” と名のつくものとはほぼ無縁に生きてきたわけですが
“ ロマンティック時間SF傑作選 ” という副題と、ジャック・フィニィの名につられ
読んでみることにいたしました。

結論からいうと面白かった!
ただ、この本に収められている物語がどれぐらい本格的なSFなのかは分りません。

そんなSFオンチな私でも特に楽しめた物語をいくつか…

『チャリティのことづて(A Massage from Charity)/1967年 ウィリアム・M・リー』
1700年に生きる11歳の少女チャリティと、1965年に生きる16歳のピーターは
お互いが病気になった時から交信ができるようになりました。
ピーターはチャリティに265年後のアメリカの姿を見せてあげようとしますが
そのせいで彼女は魔女裁判にかけられることになってしまいます。

未来を知ってしまう…幸せなのか不幸なのか分りませんね。
しかしコカ・コーラやアイスクリームを知ってしまった子どもに
もとの質素な生活に戻れというのは酷な気がします。

『台詞指導(Double Take)/1965年 ジャック・フィニィ』
美しい女優ジェシカと台詞指導のジェイクは、ロケのためにニューヨークを訪れます。
ふたりとスタッフたちは、1920年代のバスで真夜中の街をテスト走行することにしました。
しかし街の人々は驚きもせず、バスに乗っては降りて行きます。

思えば『ゲイルズバーグの春を愛す』でも乗り物や衣装の描写が
ノスタルジックな雰囲気を演出していましたね。
“ 夢か現実か ” なんてどうでもよくなる 美しく切ないお話しです。

『かえりみれば(Backward,Turn Backward)/1970年 ウィルマー・H・シラス』
30歳の時「若い頃に戻ったら有意義に人生を送る」と言ったことで
ある科学者から15歳に戻されてしまったミセス・トッキン。
しかし授業内容は覚えていないし、未来の夫ポールに出会えるか不安だし…
その上、ついスピーチで言ったことが校内で科学的な物議を招きます。

いろいろ大変だろうとは知りつつも、15年ぐらい前に戻りたいわ。
そうしたら水泳を始めてスタイルを保ち、エステに通ってお肌をケアし…
やっぱり女性はそういう方向で考えちゃうわよね!

SFと聞くと、どうも得体の知れない生物とドンパチやってるイメージしかなかったのですが
“ ロマンティック ” と謳っているだけあって、どの物語も恋愛がベースになっています。
それが私でも楽しめた要因なのかもしれません。

しかし現代ならともかく、50年ぐらい前にこんな物語を思いつくなんてすごいわ…と
ちょっとSFのジャンルを見直しました。

ところで『むかしをいまに』というお話は『ベンジャミン・バトン』とそっくり!!
ちょっとアプローチの仕方が違いますが、人生を遡っていくあたりがね…
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イングランド王ヘンリー8世愛妾 エリザベス

2010-07-11 01:31:35 | 王の寵姫・愛妾
              こちら、またいとこにあたるアン・ブーリン

ふたりの王妃をまた従姉妹に持つ
カリュー夫人 エリザベス・ブライアン


1500頃~没年不詳/愛妾 1514~?

エリザベスはトマス・ブライアン卿の娘です。
両親が王室の一員として住居を与えられていたことから宮廷で成長しました。
兄フランシスはヘンリー8世の部屋付きで、大の親友でした。

母マーガレットの家系から、ヘンリー8世のふたり目の妃アン・ブーリン
三人目の妃ジェイン・シーモアとは親戚関係になり
後年宮廷内の地位がぐっと高まりました。

       

エリザベスの夫になるニコラス・カリュー卿は、ヘンリ-8世の遊び仲間で
連れ立って仮面舞踏会やダンスなどに出かける仲でした。

エリザベスがヘンリー8世との関係を噂されたのは1514年です。
しかし、実は本当のお相手はヘンリー8世の妹メアリーの夫
サフォーク公チャールズ・ブランドンだったようです。

いずれにしてもヘンリー8世はエリザベスにものすごい数のプレゼントを贈っていたもよう…
中には王家の宝石も入っていました。

それにエリザベスに対して “ 美しいダイヤモンド、真珠、比類なき宝石のようだ ” と
賞賛を浴びせかけていました。

狙っていたのは間違いないですね

ヘンリー8世はニコラスとエリザベスに結婚するように勧め
結婚が決まると自ら式を仕切って、お祝いに評判の良い領土まで贈っています。

こ、これは、もしかして隠れ蓑?
ヘンリーの想いが通じたということでしょうか?

しかし1540年、ヘンリー8世の遊び仲間であったはずの夫は処刑されてしまいました。
エリザベスと子どもたちは宮廷を追われてかなり困窮したようです。
その後娘たちはそれなりの人に嫁いでいるようですので、一家も持ち直したみたいですね。

貧乏でも貴族は貴族…肩書きをありがたがる人たちは少なくなかったはずです。

(参考文献 Wikipedia英語版)
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イングランド王ヘンリー8世愛妾 エリザベス

2010-07-08 22:28:32 | 王の寵姫・愛妾
王妃たちより長続きした愛妾
リンカーン伯夫人 エリザベス・ブロウント 


1502以前~1540/愛妾 1514~1522

ベッシーという愛称で知られていたそうです。

父親はフランス王ルイ12世と戦うヘンリー8世に同行したというジョン・ブロウント卿で
エリザベスも少女時代から王妃キャサリン・オブ・アラゴンの侍女として出仕しました。

       

エリザベスはたいそう美しかったそうで、すぐヘンリーの目にとまっちゃいます。
十代半ばから約8年間のお付き合いでした。

8年といえばキャサリン・オブ・アラゴンを除く全ての王妃より長続きじゃない?

しかもエリザベスは、ヘンリー8世が心から欲しがっていた男の子を生んでいます。
ヘンリー・フィッツロイと名付けられた男の子は、後にサマーセット公に叙位されます。

けれどもこの関係は、メアリー・ブーリンの登場で終わりを迎えました。

ふたり目の妃アン・ブーリンもキャサリン・オブ・アラゴンの侍女だったわけだけど
愛妾のまま終わるか、王妃にまで登るか…ここが実力の見せどころ!
でも、アン・ブーリンの最後を見て胸をなでおろしたかもしれませんね。

ヘンリーと別れた後、エリザベスはタルボイス男爵ギルバートと結婚しました。
その後の記録は少し途絶えますが、1529年に礼拝堂で彼女を見かけた人が
「アン・ブーリンより美しく見えた」と記しているそうです。

1530年にタルボイス男爵が亡くなり、1536年にヘンリー・フィッツロイが亡くなります。
その間に、領地が近かったリンカーン伯エドワード・クリントンと再婚しました。

1540年、ヘンリー8世の四人目の妃アン・オブ・クレーヴスの侍女になりましたが
健康上の理由ですぐに退きました。
わたくし、ヘンリー8世がせまったからじゃないかと睨んでるんですけど…

夫のもとへ戻ってしばらくしてから亡くなりました。
なんかわりと怪しい最後に思えるのよね…

(参考文献 森護氏『英国王妃物語』 Wikipedia英語版)

有名な英国王妃をピックアップし詳しく紹介
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね

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『あなたに似た人』舌先にピリリ…ちょっとだけ苦い

2010-07-08 00:01:42 | イギリス・アイルランドの作家
SOMEONE LIKE YOU 
ロアルド・ダール

なぜか本棚にあった『王女マメーリア』を読んだら面白かったので
こちらも読んでみました。

2冊のうちのどちらが先に書かれたか詳細は分りませんが
『マメーリア』に比べてピリリと毒気が効いた物語が多い気がします。
でも猛毒じゃない、お仕置きでなめさせられる苦いクスリみたいな感じかな?

15篇が収められていますが、どれも途中で結末が分ります。
ただどういうふうにまとめあげて下さるかしら? という興味で読み進みました。

『味(Taste)』
晩餐に美食家で有名なプラットを招いたスコウフィールドは
自分の娘とプラットの邸宅を賭けてワインの銘柄当てをします。
自身満々のスコウフィールドでしたが、プラットはどうやら分ってしまったようです。

内容もさることながらひどい父親よ~!
作者が相当ワインに詳しかったことを臭わせますが、実はそれもフィクション?
忠実な使用人というのは家の宝ですね! というお話し。

『おとなしい兇器(Lamb to the Slaughter)』
夫が帰宅した後、ふたりで一杯飲んでいる時間が至福の時だったメアリだったのに
ある日夫が別れを切り出しました。
呆然と食事の支度を始めたメアリは、大きな冷凍の羊肉を手にします。

これは推理小説として読んだらまったく面白くありません。
でも、咄嗟にとった女性の行動がなんだかよく分かる…というお話です。
男性の方はお気をつけあそばせ…家の中には兇器が一杯よ…

『偉大なる自動文章製造機(The Great Automatic Grammatizator)』
高性能の計算機を作り上げたナイプは、休暇をもらうと自動文章製造機に着手します。
技術者協会のポーレンと組んで自動文章製造機を完成させたナイプは
大衆小説から純文学まで、驚くべき早さで多数の作品を世に送り出しました。

これは…いつかこんな日がきちゃうのかしら? と思って恐ろしくなりました。
パソコンがこんなに発達した今、絶対にありえないとは言えないですよね?
実はすでに自動文章製造機で書いている作家がいたりして…

この本の訳者(田村隆一氏)は、アガサ・クリスティも訳されていますが
文章は断然アガサ・クリスティの方が上手いと思うなぁ…

そしてやっぱりサキと比べてしまうわけなんだが(私は)サキの方が好きだなぁ…

面白いのに惜しい! としか言えません。
何が惜しいかはわかりません…
でも読んで後悔することはないと思います。
さらりと楽しめるコーヒータイムにもってこいの一冊! ですよ。
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イングランド王ヘンリー8世愛妾 アン

2010-07-07 01:20:33 | 王の寵姫・愛妾
ヘンリー8世、年上もいけます
ハンティンドン伯夫人 アン・スタッフォード


1483~1544/愛妾 1510~1513

ヘンリー8世を忘れちゃあいませんか? わたし…というわけで、今回の愛妾シリーズは
イングランド、チャールズ2世に匹敵する女性讃美者ヘンリー8世でまいります。
王妃を6人取り替えたってことで有名なヘンリー8世は、愛妾も盛りだくさんです。

ヘンリー8世の傾向ですが、チャールズ2世のように愛妾のオーディションをしたり
エドワード7世のように社交界で名高い女性に積極的にアタックしたりするわけでなく
ものすごい手近なところでですませている…という感じがします。

思えば王妃たちだってキャサリン・オブ・アラゴンアン・オブ・クレーブス以外は
皆王妃の侍女とか友人だった人ですものね。(キャサリンは兄の未亡人だし…)

まずは、イギリスで放送していた『TUDORS』でも重要な役割を演じていた(という)
アン・スタッフォードからまいります。

父はバッキンガム公ヘンリー・スタッフォードで、アンが生まれた年に
反逆罪で処刑されました。

母はエドワード4世妃エリザベス・ウッドヴィルの妹キャサリンで
ヘンリー7世妃エリザベス・オブ・ヨークのいとこにあたります。

        

兄は父親を次いでバッキンガム公になっていましたし、家柄は悪くないですね。

20歳でウォルター・ハーバード卿と結婚しましたが24歳で未亡人になり
26歳で後にハンティンドン伯になるジョージ・ヘイスティングスと再婚しました。

ヘンリー8世との関係は再婚から1年後の1510年から始まっています。
王自身もキャサリン・オブ・アラゴンとの結婚の翌年でした。
アンは27歳、ヘンリーは18か19歳でした。 年上の魅力…ですかね。

ふたりの関係が宮廷に知れると一大スキャンダルになり
アンの兄バッキンガム公エドワードはたいそう怒ったそうです。
妹が王の愛妾になれば喜ぶもんだと思っていたが違うのね?
せっかく父親の反逆罪の記憶が薄れかけてきたのにてめーはよー ということか?

夫のジョージはアンを修道院に入れてしまいましたが、ふたりの関係は3年ほど続きました。

アンはその後、ヘンリー8世との逢い引きを仲介したウィリアム・コンプトンとも
関係を持ったりしたようですが、1514年以降、夫との間に8人のお子さんが生まれてます。
夫との関係は修復できたみたいですね…良かったこと。

病気のため45歳で亡くなっています。

『TUDORS』って見てみたいものですね!!

(参考文献 Wikipedia英語版)
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トスカーナ大公レオポルド2世妃 マリーア・アントニア

2010-07-06 23:05:58 | イタリア王・公妃
最後のトスカーナ大公妃
レオポルド2世妃 マリーア・アントニア
              ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ


1814~1898/在位 1833~1859

マリーア・アントニアは両シチリア王フランチェスコ1世の王女です。
18歳の時、17歳年上の従兄レオポルドと結婚することになりました。

        

レオポルド2世と前妃マリーア・アンナには女の子しかいなかったのですが
マリーアは待望の男の子を生みました。

しかし喜びも束の間です。
イタリアは当時独立及び統一運動まっただ中でした。
オーストリアに対してピエモンテが反旗を翻した時、レオポルドは中立を宣言して
すっかり市民から軽蔑され、軍隊も命令を聞かなくなりました。

1859年4月、怒り狂った暴徒と反乱軍が宮殿前に押し寄せてきました。
大公家はボローニャに避難し、レオポルドは大公の座を息子に渡すことになりました。

その後はよく分りませんけど、レオポルドは1870年にローマで亡くなり
マリーアは1898年にオーストリアのグムンデンで亡くなっています。

結局大公位を譲られたフェルディナンド4世は1年で廃位されてしまいました。

1856年にザクセン王ヨハンの王女アンナ・ディ・サッソニアと結婚しましたが
アンナはフェルディナンドが大公になる前に亡くなりました。

廃位後の1868年にパルマ候カルロ3世の公女アリーチェと再婚しました。
結局妻はふたりとも大公妃にはなっていません。

      
       アンナ・ディ・サッソニア       アリーチェ・ディ・ボルボーネ=パルマ

(参考文献 Wikipedia英語版)
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トスカーナ大公フェルディナンド3世妃 マリーア・フェルディナンダ

2010-07-06 23:04:56 | イタリア王・公妃
付き添って行ったら…良くあるパターンか?
フェルディナンド3世妃 マリーア・フェルディナンダ・ディ・サッソニア


1796~1865/在位 1821~1824

前妃マリーア・ルイーザの死から20年もたって
フェルディナンド3世が再婚しようとした相手は
なんと、 息子の嫁の姉ちゃんだっていうじゃない!

マリーア・フェルディナンダはザクセン公子マクシミリアンの公女でした。
妹のマリーア・アンナとはたいそう仲が良かったそうです。

        

1817年、トスカーナ大公子レオポルドと結婚することになったマリーア・アンナは
「お姉様もついて来て~ 」とせがみました。
で、ついてったお姉様に目をとめたのが花婿さんの父フェルディナンド3世です。

しかしっす、マリーアは21歳、フェルディナンド48歳ですよ。
「好きだ!」と言われても困りますよね。
断って妹の舅を怒らせたくもないし…弱りますね。

フェルディナンドの言い訳としては、息子レオポルドが病弱なので
他にも後継ぎを生んでおかねば…ということらしい。

求婚は難航したのか、4年後にマリーアはフェルディナンドと結婚しました。
どうですよ? 妹が義理の娘ですよ…ややこしいですね。
でも結局子どもは生まれず、3年後にフェルディナンドが亡くなりました。

未亡人になった時には28歳だからまだまだチャンスはあったと思うが
41年間再婚せずにウィーンやドレスデンに兄弟姉妹を訪ねたりして過ごしました。
1865年に亡くなりました。

もともと結婚願望があまり無かった人なのかしらね?
再び旦那に苦労させられるよりは気楽な独り身を選ぶ気持ち…分らなくもない



             
根っからの箱入り娘
レオポルド2世妃 マリーア・アンナ・カロリーナ・ディ・サッソニア


1799~1832/在位 1824~1832

そんなわけで妹のマリーア・アンナです。

ものすごく神経質な少女で、見たこともない夫に会うのが恐ろしいと
「マリーア・フェルディナンダが一緒じゃなきゃ私も行かない!」とゴネまして
お姉様について来てもらうことになりました。

結婚後は趣味の人となって、古典絵画や詩を好み自らも書いています。
内向的なのかと思いきや、ものすごく高価な馬を購入したらしい…
もちろん乗るためでしょうね?

政治的なことは何もしなかったかというとそうでもなく、レオポルドとともに
フィレンツェ初の女子寄宿学校を設立しました。

1832年、療養先のピサで結核のため亡くなりました。

(参考文献 Wikipedia英語版)
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