まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる〜い気持ちでお読み下さい。

『檸檬』昭和初期ブログ型小説

2011-10-14 23:01:53 | 日本の作家

梶井基次郎

教科書で『檸檬』の書き出しに感動して買ったような気がする梶井基次郎の短篇集、
小説の形はとっているものの、梶井基次郎の心情を綴った日記のような気がします。

ほとんどの小説の主人公が、著者同様病に罹っていて健康を案じる身で
文学を学ぶ学生、あるいは文筆を生業にしている男性です。

どちらかといえば活動的ではない主人公たちが、窓から外を眺めているか
あてもなく町を散歩する… という内容が多かった印象があります。

だから、あらすじ…というのとはちょっと違う気がするのですが
何篇かさらっと内容をご紹介します。

『檸檬/1924年』
気分が優れない日が続き、見窄らしくも美しいものに惹かれています。
気に入っていた果物屋の店先で檸檬を見つけひとつだけ買いました。
檸檬を握っているとその冷たさに少し気が晴れ誇らしい気さえします。
足が遠のいていた丸善に入り画集を眺めることにしました。

『城のある町にて/1924年』
峻が妹を亡くし、近所にお城跡がある姉夫婦の家で過ごした一夏の記憶。
ちょうど義兄の妹信子も帰省していました。
花火や手品を姉夫婦一家と見に出かけたりと、他愛無い日々が過ぎて行きます。
峻より一足先に、信子が学校の寄宿舎に戻る日がやってきます。

『冬の蠅/1928年』
渓の温泉宿で、日光浴の時に冬の部屋の日だまりで暖をとろうとする蠅を見るのが
日課のようになっていました。
しかし、ある日郵便局に出かけた帰りに宿へ戻りたくなくなり、数日帰らずにいたら
蠅たちは人気の無い部屋の寒さで死んでしまっていました。

起承転結がある話はほとんどなくて、気に入った風景、ふと目についた花、
散歩の途中で見かけた少女、空の色…などなどからおこった感情を書き留めています。
でも、そこは作家ですから、とても綺麗に詩的に書かれていますけどね。

数篇猫のことを書いてある短い話があり、そこにはちょっとしたユーモアが感じられます。

私は完全に間違ったブログの使い方をしていますが
本来ブログとは日記みたいに日々のことを書くものですよね?

もしもこの短篇集の作品に写真やスケッチなどが添えられていたら
ずばり “ 文学的ブログ ” と言えますでしょう。

ただ、著者が抱く感情というのが、能天気な私には合わなかったみたいです。

窓の外の花の香りで季節を感じたり、気持のいい道を見つけてご満悦になったりして
感動しているうちは良いのだが、そこからあれよあれよという間に暗くなっていくのよね

そして行きつく先は “ 死 ” です。
なんでも、いろいろなかたちで、とにかく死に結びついちゃう…
けれども、登場人物=著者が、果たして死を恐れているのか、死に憧れているのか、
読みの浅い私にはよくわかりませんでした。

梶井基次郎という方は、頽廃と暴力が同居していたような方らしく
けっこう乱暴と放蕩をされていたようです。
寡黙そうで人生に疲れたような作風はポーズなのか? 心の叫びなのか? も
いま一つわかりません。

何度か読み直してみなければ理解できないと思います。
しかし、そこまでするほどの思い入れは無い… というのが正直な感想です。
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『ろまん燈籠』謎が深まる太宰治像

2011-05-16 00:45:51 | 日本の作家

太宰 治

むかーし凝ったんだけどすっかり忘れてしまった太宰治を読み返し始めて
『ヴィヨンの妻』『グッド・バイ』『女生徒』に続く4冊目です。

私は作家像を深追いしない読者だからあまり気にはならないんですけど
太宰治ってよく分かんない人だわ…と改めて思いました。

呑気な厭世家なのかと思ったら、そこそこ愛国心溢れる人みたいにも思えるし
人嫌いかと思えばなんだか面倒見が良くて慕う人は多いみたいだし
人生の些事に頓着してないかと思いきや、心配性だし… 多くの顔を持つ人ですね。

でも、太宰治論は方々で出尽くしているのであえて私が考えるまでもないし
考えてたら単純にお話しを楽しめないので気にしない!

これは短篇集というより随筆集なんですかね?
16篇収められているのですが、第一人称で書いてあるものが多く
ほぼご自分のことを語っていらっしゃるみたいです。
『服装について』とか『小さいアルバム』などはかなりの自虐ネタです。

好きだったお話しをあげてみます。

『ろまん燈籠(1940年)』
洋画家入江新之助一家の三男二女はロマンス好きの読書家です。
五人は退屈すると連作で物語など書いたりします。
ある正月、末っ子の三男から物語を書き始めて連作を開始しました。
題材は『塔の上のラプンツェル』からの拝借です。

アニメ映画『塔の上のラプンツェル』は現在公開中みたいですが
五人が書いた物語は、だんだん五里霧中状態に陥っていって愉快です。
性格が全く違う人が連作を書くのって大変ですね。

『禁酒の心(1943年)』
配給酒の瓶に目盛りをつけて飲んだりウィスキィを薄めたり、他人に飲ませないために
居留守を使ったり…酒飲みは度し難いので禁酒をしようと思います。
戦時下になってから酒の店に行くと主人におべっかを使って無視されたり
酒を一杯多く飲むために、いらないつまみまで頼む始末。

ものすごく自嘲的な中にも哀しさが滲み出た一篇です。
「わかっちゃいるのに…」ってとこですよね。
太宰治がこのように公言しておいて禁酒したかどうかは不明です。

『佳日(1944年)』
友人に代わって北京で暮らす大隅君の結婚を世話することになってしまいました。
五年ぶりに帰って来た大隅君は、偉そうに日本で暮らす我々を呑気だと叱責します。
彼の話しから相手宅で大変な粗相をしてしまったことに気づき怒りが込み上げました。
大隅君を一人で相手宅に行かせ、恩師瀬川先生のお宅へ愚痴を言いにに行きます。

なんだかこの一篇を読んでいるだけで、太宰治へのイメージが大幅に変わるのよ。
すごいお人好しだし奥ゆかしい…恩師への尊敬も忘れず仁義にもかたい…ナイスガイです。
『人間失格』の内容と作者がリンクするエピソードが、大々的に世に出たことが
かなりマイナス(プラスなのか?)に作用している気がします。

若くして太宰治を読んでおきながら、な〜んにも憂うことがなかった私…
もっと「人生とはなんぞや?」なんて考えてたら違う人生があったかもしれないのに。
ま、いいけど…

まだ何冊か太宰治を持ってるんですよ。
さらに読み続けて勝手に作家像を想像しようと思ってます。
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『猫』文豪とお猫さま

2011-03-22 23:27:56 | 日本の作家

クラフト・エヴィング商會

日本文学会・芸術界における錚々たるメンバーが、自分ちの猫を自慢している一冊です。

ものすごい偏見ですが、猫を飼ってその様子を愛おしそうに眺めるその姿を思い浮かべると
破滅型も多かったような気がする過去の作家たちの中にあって
ここに登場する方々は “ 善き家庭人 ” だったのかしら、などと思えてきます。
本当のところはわかりませんけどね。

登場する作家・芸術家および猫たちは

『崩壊』の有馬頼義の家の、勘平とお軽、主役は腹切りをしたお軽です。
洋画家・猪熊弦一郎の家の、疎開先に連れて行ったみっちゃんとタヌ子。
『黒い雨』の井伏鱒二の家の、蛇と戦うたくましい母猫と子猫。
『鞍馬天狗』の大佛次郎の家の、“ 隅の隠居 ” と呼ばれたミミ。
翻訳家・尾高京子の家の、アメリカからやって来たキティとパティ。
評論家・坂西志保の家の、下水に落ちていたポツダム。
小説家・俳人の瀧井孝作の家にいつもやってくるチータと玉。
『細雪』の谷崎潤一郎の猫論3篇。
『二十四の瞳』の壺井榮の家の、虎模様のユキと多産系のトミ。
猫嫌いの随筆家・寺田寅彦が飼い始めた三毛とたま。
詩人・柳田國男の野良猫論と猫だらけの島に関する論文。

最後に可愛い黒猫が登場する詩がついています。

名前については、たまとかシロとか三毛とか、安易なようですが
実はよ〜く考えてつけられているんですよ

皆さん餌と出産については言いたいことがあるようで、よく登場したエピソードでした。
村上春樹さんが自分の猫の出産(膝に寄っかかり腹を上に向けて産む)は
変わっているとエッセイで書いていましたが、どうやら家猫は多いパターンみたいですね。
産み方はどうであれ、新しい生命がこの世に出てくる瞬間を目にしたら
とても印象深いものでしょうね。

餌については “ なんでも食う ” から “ いいものしか食べない ” までありましたが
やはり有名な方々なので “ いいもの ” の割合が多かったような気がします。

好きだったのは猫嫌いの寺田寅彦さんの話し。
妻と娘たちにせがまれて飼い始めてみたら、愛らしくなってきて
(本人曰く)人間に対して懐く事のできない純粋で温かい愛情を感ずるようになったこと。

猫を飼う事を反対されている皆さん、無理くり飼ってみるしかありませんね。

人も貧しい時に疎開先に猫を連れて行く気持や、せがまれて夜の散歩に付き合う気持は
痛いほどわかります。

中には自慢たらたらな部分も垣間見え、ちょっと鼻白むところもありました。
銀座の三愛や魚河岸でお魚を買って帰らないと怒ったり、舶来品が好きとか…
谷崎潤一郎さんに至っては、日本の猫が嫌いだから飼っている6匹が外国の猫、ってあたり。
当時としてはたいそう贅沢なことだったのでは?

ともあれ、誰が書いても猫のことだと心がほのぼのしますね。
“ 猫好きに悪人なし ” という格言を作ってしまおうかと思う一冊でした。
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『志賀直哉』大御所の貫禄

2010-05-24 23:42:20 | 日本の作家

1908〜 志賀 直哉

学生時代に国語の授業で習った作家のものはだいたい持っています。
志賀直哉はたしか『小僧の神様』だったかしら?
新潮社版を持っているのですが、ちくま日本文学の本が1冊欲しくなって買いました。

ほぼ年代順にならんでいるようで、後半にいくにつれて大御所感が漂います。
谷崎(潤一郎)君、芥川(龍之介)君、とかね…

短篇で27篇、長い年月のせいかテーマも幅広いですよ。
思い出、歴史もの、ハムレットを下敷きにしたものや中国を舞台にしたもの
ミステリーにお伽噺などなど、飽きることなく読めました。

“ 評論家は枯渇したように書いてるけど、年寄って見えない裏側が書けるようになり
作品に潤いがでてきた…云々 ” と、ご本人が作品の中でと書いてますが
私も後半の作品の方が好きですね。
すっかり落ちついちまってドキドキ感はないけれど、深みが感じられます。

そんな3篇を…

『老人/1911年』
54歳で長年連れ添った妻を亡くし、娘より年下の妻をもらいました。
その妻にも69歳の時に先立たれて、72歳の時、3年の約束で若い遊女を囲うことにします。
しかし3年たっても別れられず過ごす中で、女は他の男の子を生みます。

これ、28歳で書いてるんだけど、願望ですか?
元気なじい様の不埒な話のように思えるでしょ? ところが実はいい話し!(だと思う…)
いろいろとわきまえている人々が多い時代だったのだな…と思いましたとさ。

『自転車/1951年』
少年の頃自転車に熱中し、高価なデイトンで遠出や曲乗りをしていました。
さんざん乗り回したのでクリーヴランドという自転車を買うことにします。
結局ランブラーにしましたが、ちょっとした誤解から自転車屋に「ペテン」と言われます。

純粋な少年の悩みが垣間見える “ ちょっとイイ話 ” なんですが、それよりなにより
志賀少年が結構お金持ちで、祖母が粋な人だというのがわかります。
この祖母は『或る朝』というお話でいい味出してます。

『盲亀浮木/1963年』
“ つまらない海水浴場で拾った沢山の軽石の中に、もとは一つだったものがあった ”
“ 興味があったモラエスの夢を見た朝、モラエスの研究家がふいに訪ねて来た ”
“ 犬のクマが東京へ越して来てからいなくなり、1週間後にバスの窓から見つかった ”

上の三つのエピソードから “ 盲亀浮木 ” という寓話を導きだしています。
わたくしはかなりポジティブな寓話だと思うんだがどうでしょう?
何ごとにも教訓が潜む…のほほんと毎日を生きていてはいけないわね。

長篇を読んでいないのでなんとも言えないのですけど
この一冊に限っていえば、モラリストっぽいお話が中心です。
読んでいてギョッとさせられる、ハッとするという刺激はありません。
でも一語一語噛み締めながら読むと、ゆるゆると浸っていくことができますよ。

考えている内にさっさと前に進んでしまう映画やドラマと違って
自分のペースで進められて、立ち止まることができるのが読書の良さですから
こんな一冊もたまにはいいかしらね…と思っております。

小僧の神様・城の崎にて 新潮社


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『ノラや』これぞ猫っかわいがり

2010-05-09 21:44:50 | 日本の作家

1957年〜 内田 百

百蠕萓犬一緒に暮らしたノラとクルツという猫のことを延々と書いた本でして
猫と一緒に暮らして、最後まで看取ったことがない人は「なんのこっちゃ?」と
思われるかもしれません。

まずは、庭にやって来るようになって、家に居着いたノラの話し。
文中しつこく書かれていますが、ノラはイプセンの『人形の家』のノラでなく
ノラ猫のノラ、シッポが曲がった男の子です。

1年半ほどして家を出て行ったきり帰って来なくなったノラを
広告を出したり、折り込みをしたりして何年も待ちわびます。

次に、ノラを探す間に庭にやって来るようになったノラそっくりの猫。
そちらも家に居着いてしまい、クルツという名を与えられます。
なぜかというとシッポが短いからだそうです。

ノラを待ちながら次第にクルツが可愛らしくなっていく百蠕萓検
5年半の月日が流れた頃、クルツが重い病にかかりました。
毎日獣医さんに往診してもらいますが、クルツは弱っていく一方で
とうとう神に召されてしまいます。

あとがきで、文中にも度々登場する平山三郎氏が
“ あの気むずかしい先生が猫がいないくらいでおろおろして、涙を流しながら
猫の名を呼び続けるなんて…云々 ” と回想してらっしゃいますが
文中の先生を読むにつけ、そうなってしまうのもむべなるかな…と思えます。

刺身も牛乳もチーズも、自分よりいいものを食べさせて
眠っている猫を起こさないように気をつけてソロリソロリと歩いて
でも可愛いから額をくっつけて名前を呼びながらさすったりして…
何かあるにつけ「ノラは(クルは)賢い」と自慢げに綴って、もう親バカです

平山氏はじめ、まわりの方々は寂しくなった先生の晩酌相手を務めたり
折り込みを配ったり、猫探しに出かけたりと大変な毎日を送られた様子…ご苦労様でした。

うちにもボンちゃんという猫がいて、両親が王子様のように可愛がっていました。
5年ぐらい前に亡くなったんですけどその時の父と母の嘆きようは
見ているこちらがハラハラしました。

途中、ノラを待ちわびる日々を日記形式で書いた項は、ちょっと業務日誌みたいで
中だるみがありますが、猫たちの可愛らしさや「そうそう!」というしぐさは
読んでいて楽しくなります。

クルが亡くなった時、そのクルを先生が思い出す時、どちらも涙が止まりません。
私がこの本を読んだのは3回目ですけど、今回も電車の中で号泣でした。

先生はその後猫を飼うまいと決心したのですが、風の強い雨の晩など
勝手口に音がすると、子猫が震えているんじゃあるまいかとドキドキしたようです。
それで「ああ、風の音でよかった…」と胸をなでおろすんだって。
子猫だったら、きっとまた家に上げておおいに可愛がっちゃったんでしょうね。

ノラや―内田百けん集成 筑摩書房


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『ヴィヨンの妻』奥さまに興味津々

2010-04-11 01:43:12 | 日本の作家

1946〜1948年 太宰 治

太宰治は作家ですから、本名の津島修治が登場して
酒と女で破滅寸前と書いてあったとしても、100%信じるものではありませんが
50%に割り引いたとしても非道い夫で父親であることに変わりはないですねぇ…

この一冊に収められている物語は、ものすごく自分を卑下していて
反省し、懺悔しているようで、実はすごく自分を弁護している気がします。

酒飲みの言い訳は、実は私もよく知ってんのよね〜
言い訳のパターンって、昔も今もだいたい同じですのよ。
だのに太宰治が書くとどうして面白く、しかも正論に思えてしまうのでしょう?
文学的だから?

『親友交歓/1946年』
津軽に避難中、むかしの喧嘩友達と名乗る男が訪ねて来ます。
薮から棒に「酒を飲ませろ」と言うと、難儀して手に入れたウイスキィをガブガブ飲み
妻に酌をさせろだとか配給の毛布をくれだとか、言いたい放題です。

覚えていない友人に偉そうな顔をされるって、考えただけで忌々しいですね。
このお話の中の、東京から津軽に避難した作家(太宰?)は常識人にさえ見えます。
ただ「井伏(鱒二)さんと飲みたいから…」と1ダース買って破産する…ってどうよ?

『家庭の幸福/1947年』
ラジオを聞いていたら、民衆と役人の街頭討論が始まりました。
役人のへらへらした受け答えが気に入りません。
そこで、模範的で評判のいい役人を主役にまったく架空の話を書くことにします。

この短篇では、ある(想像上の)役人を、こきおろしている太宰治ですけど
お父さんは議員なのよね? そして孫とかも議員なのよね?
しかし “ 家庭の幸福は諸悪の本(もと)” とはシニカルな…
確かにこういう役人はいますけどね。

『ヴィヨンの妻/1947年』
ある夜、夫が行きつけの店からお金を盗んだことがわかります。
盗んだお金は他の女が返してくれましたが、貯まりに貯まったツケを払うため
その店で働くことにしました。
すると、夫は飲みに来るし、たまには一緒に帰れるし…なんだか幸せです。

これ以外にも『父』『おさん』『桜桃』にでてくる妻、
太宰治の本当の奥さまがモデルですか?

見ざる・聞かざる・言わざるのライフスタイルは立派ですけど
少しぐらい怒ればいいのに…と思ってしまいます。

何も愚痴を言わず、従順で、大人しく耐える妻、と聞いたら
男性は「うらやましい!」って言うけど、かなりのプレッシャーだと思いますよ。
「・・・」という感じで隣に座られ、靴下の穴を縫いつつ伏し目がちな目元がキラリ、
なんて、耐えられますか?

何も言わず貧しさに耐える妻に「すまない」と書いていながら
そういうのも息詰まる…ということが言いたかったような気がして
仕方がないんですけどねぇ。

奥さまへの懺悔とも、心情の吐露ともいえるこの一冊。
わたくしは作家本人より断然奥さまに興味がわいております。

ヴィヨンの妻・桜桃・他八篇  岩波書店


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『グッド・バイ』太宰治、最後の作品

2010-03-06 02:30:54 | 日本の作家

1945〜1948年 太宰 治

太宰ブームの今日この頃、作品や映画の紹介で、飲酒癖や借金、女グセなど
なにかとダメ男ぶりがクローズアップされていますよね。

しかしこの一冊では、ところどころで男らしい一面も見せています。

まず、戦時中家族をともなって疎開する物語『薄明』や『たずねびと』では
やはり太宰も一家の大黒柱、という(少しは)頼りがいがあるところをのぞかせています。
もちろん、ものすごく良い夫で良い父親とは言わないけど…

それから、『苦悩の年鑑』や『十五年間』では
かなり鼻息荒く、主義を振りかざす虚無感や文壇(サロン)への決別を語っています。

女性にさりげなく男気を見せる『メリイクリスマス』もいいお話です。
もし自分がモデルなら、もてたでしょうね? やっぱり…

そんな中から、特にユーモアのきいた三篇をあげてみます。

『男女同権』
老詩人が講演で、男女同権が定められたことへの喜びを語ります。
小さな頃は実の母、奉公時代は店のおかみさんと女中
成人してからは三人の妻にめちゃくちゃにされた過去を振り返り
「もう女が弱いなんて言わせない」という決意を表明します。

男女同権をおもしろくないと考えていた男性も多かったと思いますけど
この老詩人みたいに考えれば、少しは気が楽になったかもしれませんね。
一種のポジティブシンキングと言えましょう。

『朝』
ある晩酔っぱらって、昼間仕事部屋に借りている若い娘さんの部屋に泊めてもらいます。
しかし、停電で部屋は真っ暗…このままでは何かしでかしてしまうと思い
蝋燭をつけてもらいましたが、短くて消えそうになってしまいました。

“ 蝋燭がつきないうちに眠るか酔いがさめないと、キクちゃんがあぶない ” って
自分で思うのが笑える…笑えるけど
誘惑に弱い人が誘惑に負けまいとする努力は、相当大変なものでしょうね。

『グッド・バイ』
そろそろ妻と娘を東京に呼び寄せて幸せな家庭をつくろうと思い立ち
つきあっている10人の女性と手を切ることにしました。
上手く別れられるように、ものすごい美人を連れて女性たちに会いに行くことにします。
でもその美人、普段はとてもだらしなく、大食いで、金に意地汚い女性でした。

10人て…マメな人もあったもんですね。
大胆不敵で金も自信もそこそこある、今までに無い男性主人公象が新鮮でした。
この物語は長篇になる予定だったそうです。
書きかけの作品を残して自ら命を絶つというのは、無念じゃなかったのかしら?

16篇の物語が収められた短篇集です。
随所に「おれはだめなやつ」「酒飲みでしようがない」「生きていたくない」という
ネガティブな一文が登場しますけど、自虐ネタだと思えなくもありませんでした。
“ ナイーブな俺 ” のポーズなんじゃないかと…

文章からは、一緒にいたら愉快な時が過ごせそうな印象を受けるのですけれど…

グッド・バイ  新潮社


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『女生徒』太宰的女性万華鏡

2009-12-22 01:41:14 | 日本の作家

太宰 治

若い頃ハマりましたよ、太宰治。
なぜかっていうと母の初恋の人(中学校の先生)の写真がすごく似ていて
気になってしまったからなのね。

記憶も薄れかけていましたので
ブームに乗って本棚から黄ばんだ文庫本を取り出してみました。

豆電球がよく似合う暗さと侘しさがあるのに、ユーモアが感じられる作風、
読んでいたら思い出してきました。

年ごろも境遇もバラバラな女性が主人公の、14篇が収められています。
主人公たちは、一見弱い立場や悩み多き状態の女性のようですが
なぜかポジティブ、というか、おおらかな印象を受けました。

女性は何も言わずに耐えるが良し!と思ってそうな気がしないでもないけどね。
でも、男ってしょうがないのです、という雰囲気も漂う…
だから許してね、ってことか?

3〜4篇を選ぶのがすごく難しかったのですけれども、特に気に入ったものを…

『恥/1942年』
作品に書いてある通りの、貧しく自堕落で病気がちな作家だと思って叱咤激励の手紙を送り
ついには毛布をあげようと家まで訪ねて行ったのに…

“ 作家 ” という響きが醸し出すイメージ…今なら外国で猫と遊んでいそうですが
当時は酒浸りで女たらしタイプが主流だったのかしら?

『十二月八日/1942年』
いつものような朝支度の合間に、ラジオから「米英と開戦」と聞こえてきます。
変わらない日常のようで、新聞もラジオも会話も、戦争のことばかりになります。

第二次世界大戦開戦の日、主婦が送った一日を記したものです。
まだまだ庶民生活は長閑で、皆が「日本が勝つ!」と思っているんですよね…

『雪の夜の話し/1944年』
せっかくスルメを手に入れて、妊娠中の兄嫁に持って帰ろうとしたのに
雪にはしゃいで落としてしまいました。
そこで美しい景色を瞳の中に残して、兄嫁へのおみやげにしようと思います。

これは『少女の友』という雑誌に掲載されたそうで、とても可愛いお話です。
でも怠け者で金づまりの作家(兄)が登場したりして… 自分のことかな?

『貨幣/1946年』
七七八五一号の百円札のひとりごとです。
新しかった時はありがたがられたのに、次第に闇の世間で使われるようになりました。
でも時には、とても心温まることに使われることもあるんです。

女性に見立てられた百円札が身の上を語るんですけどね… いい話し。
お金を使う時に、この物語を思い出せば無駄遣いが減るかしら?

他にも、孤高と清貧の画家だと思っていた夫がぁぁぁ という『きりぎりす』
十二歳で将来を嘱望されてしまった少女の戸惑いを描いた『千代女』
人の良さにつけ込まれて客をもてなし続ける『饗応夫人』なんかが好きでした。

『おさん』というのは、主人公の夫が心中する話しなんですけれども
これが太宰自身の心中を、前もって茶化しているような気がして…ちょっと複雑です。

ほんと、再読して良かったわ!!
他の本も全部読み直してみようと思っています。

太宰治 筑摩書房


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ちくま文庫は表紙が素敵です
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『山の音』無力な親の嘆き

2009-10-25 17:58:44 | 日本の作家

1954年 川端 康成

まず感想から言わせて下さい。
ひと言で言うなら、老いた親は無力… かしら?
分かりきったことのようでも、全編に漂う無力感には心が沈みますよ。

父権がまだ強かった時代においても、所帯を持った子供の問題は
自分たちに解決させるしかありません。
言う事なんか聞きやしない!

鎌倉に住む東京の(たぶん)会社社長尾形信吾は、妻の保子、
息子修一と嫁の菊子の四人暮らしです。

はたからは成功した老人の安閑とした家庭に見えますが
同じ会社で働く修一は他所に女をつくり、帰って来なかったり休日に出かけたり…
信吾も保子も、菊子を不憫に思うけれども修一を止めることはできません。

そんな家に、嫁に行っている娘の房子がふたりの娘を連れて帰って来ます。
家財も着物も売り払い無一文、夫相原はウンともスンと言って来ないから
房子は居着いちゃうわけね…
その上信吾のお気に入りの菊子には意地悪です。

信吾が、修一も房子も親の自分がなんとかしなければ!と思う反面
どうしようかと戸惑っているうちに、事は良くない方へ向かいます。

これがだいたいのあらすじ…

そしてその他に、不思議で後味の悪い夢の話し、同年代の友人たちの死、
少年時代から憧れていた保子の姉の面影、物忘れが激しくなった焦り、などが盛り込まれて
老人のノスタルジーと無力感により拍車をかけています。

なんだか、本筋へのエピソードの挿入の仕方が絶妙なの。
分量といいタイミングといい、まったく関係なさそうで、でも自然な流れ。
さすがですな…

起伏はあまりないですが、ドラマはいくつかあります。
菊子が流産したり、信吾が息子の愛人宅へ乗りこんで行ったりね。
でもなにも解決しちゃいない。
未解決でも進むしかない、人の一生なんてそんなものかもしれませんね。

ところで、いくら房子が菊子ほど器量良しじゃないからって
信吾の態度はどうかと思うよ。
ふたことめには「不器量だから性格悪くなっちゃって…」って親が言っちゃあね。

何はともあれ、妙に落ち着ける一冊です。
喧噪を忘れて読み耽るに良いのでは?

山の音 新潮社


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『すみだ川・二人妻』巴里的東京男女風景

2009-07-23 00:43:49 | 日本の作家

永井 荷風

日本で “ お妾さん ” の文化が根付いていたのかどうかよく知らないんですけれども
永井荷風を読んでいるとなんだか当たり前のことみたいに思えてきます。
仕事する → そこそこ成功する → 小金ができる → 妾つくる、って
そんなにポピュラーなことだったのでしょうか?

妻でもなく、外で働かず、日がな一日旦那のお越しを待つだけでお手当をもらって
生計をたてている女性って、今でも存在しているんでしょうか?
確かに現代の愛人とは違って、お妾さんには別宅の妻という風情がありますが
それでも金銭づくの関係であることに変わりはないんですよねぇ…
どちらかというと現代よりもシビアな関係のような気がするぐらいです。

表題2篇の他に6篇収められていますが、どれもお妾さんや芸者などが登場していて
荷風がこのタイプの女性に魅入られていたのではないかと想像できます。

『すみだ川/1909年』
母ひとり子ひとりで期待をかけられ学校へ通わされる長吉は
幼馴染みの恋しいお糸が芸妓になってどんどん垢抜けていく姿を見て不安になります。
少しでもお糸に近づきたいと退学して役者になろうと思いますが、話が分かる伯父の
俳諧師羅月に説教されて思いとどまり、ついには重病にかかってしまいました。

『二人妻/1922年』
夫俊蔵の行状が信用ならない千代子でしたが、女学校時代の友人玉子の夫川橋には
妾どころか隠し子もいると聞いて親近感がわき、気心を許した友達になります。
ところがある日、嬉しそうな玉子から川橋が妾と手を切ったと聞かされると
喜ぶどころか妬ましくなりました。
ところで手を切った妾亀子はというと俊蔵といい仲になっていました。

『かし間の女/1927年』
永島の妾だった菊子は学生との浮気を責められて新しい旦那探しを始めます。
上京してきた田舎の富豪の相手をすることになり、その仲介者だった犬塚の妾に。
しかし昔関係があった歯科医との一夜がバレてしまいます。
その後仲介屋が紹介してくれた割のいい仕事はかなり怪しいものでした。

妾という日陰の存在を題材にしていながらけっこうアッケラカンとした感じです。
時には年齢や将来のことが気になるが…ま、いっか、という
悲壮感のないその日暮らしを送っている女主人公たちはたくましい!
読み手としては、結局男性の道具にされているのに…と悲哀を重ねたくなりますが
余計なお世話に思えてきます。

解説で秋庭太郎氏が “ 荷風のゾラやモーパッサンへの傾倒が尋常じゃない ” らしきことを
書いていらっしゃいましたが、確かにそうかもね、と納得できます。
愛欲賛美、快楽のすすめ、道徳の軽視などなど、随所に退廃の美学が感じられまして
さてはフランス人になりたかったんじゃないかね? この人は。

ところで巻頭に『深川の唄』という、荷風があてもなく東京を散策している様子が
書かれている作品があるのですが、路面電車や煉瓦造りの店先や手描きの看板などが
浮かんできて、東京はこんなに近代化される必要があったのだろうか?と
考えさせられます。 丸の内郵便局…
確かに不便だったら文句言ってると思うんだけどね… 勝手なもんで。
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『台所太平記』三人寄ればてんやわんや

2009-07-17 01:17:11 | 日本の作家

1962年 谷崎 潤一郎

谷崎潤一郎自身がモデルなのでしょうか?
風流な作家、千倉磊吉(らいきち)と二度目の妻讃子(さんこ)が
正式に所帯を構えてからその後20年あまりの間にやって来ては去って行った
数多の女中たちのエピソードが綴られています。

なんといっても若い娘さんたちばかりですからねぇ…男性にはたまりませんよね?
でも女性ばかりの職場で働いたことがある方はご存知でしょうが
けっこうめんどくさいんですよぉ 妬みとか陰口とか…

千倉家はものすごく働きやすい環境だったとお見受けします。
旦那様がいやらし〜く手を出すこともなく、奥様は良き相談相手になってくれます。
食事も良いものを与えているし、早番・遅番もあってこき使われることはありません。
昭和ですから奉公のスタイルも江戸時代みたいに封建的なことはなかったでしょうが
それにしてもいいお家…住み込みで働くならこんな家が良いですね。

女中さんたちも若いながら働き者で、旦那様や奥様に多大な迷惑をかけるような
不届きものはおりません…が、そこは物語になるぐらいですから一風変わった
個性派が揃っています。
美人、不美人、田舎者、都会育ち、お人好し、気分屋、病持ちなどなど色とりどり
監督なさる奥様もさぞ骨折りだったでしょう。

エピソードはここで紹介するより直接読んだ方が面白いと思うので書きませんけど
道ならぬ恋愛のお話や、放蕩者を好きになった女中の激しい恋なんてものもあります。

谷崎作品だから旦那様と女中の怪しい一夜なんてものがあるかと思ったら
お気に入りの女中を贔屓したりすることはあっても艶っぽいお話はありません。
でも女中とふたりきりで部屋に籠ったり別荘に下見に行ったりして
なんとなく淫らな想像をかき立てられてしまうところが心憎うございます。

ドラマになったら面白そうじゃないの〜? なんて思っていたら
映画にもドラマにもなっていたみたいですね。 映画は磊吉が森繁久彌だったみたい。
ふたたびリメイクして下さらないかしら? ドタバタ劇にはしないで欲しいものです。

磊吉は貫禄もあってアカデミックな感じがいいんだけど…讃子は黒木瞳とかになっちゃう?
そしてぜひ蒼井優を出してほしい! 誰の役かは今思い浮かばないけど
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『猫と庄造と二人のおんな』猫さまの底力を見よ

2009-06-03 01:50:24 | 日本の作家

1937年 谷崎 潤一郎

主要な登場人物は4人ですが、自らは労せずしてそんな人間どもを翻弄する
猫のリリーの存在感が際立つ物語です。
コレットの『牝猫』 は猫に愛情を注ぐ夫に妻が嫉妬するというストーリーでしたが
リリーの場合は嫉妬した女をも虜にしてしまうというしたたかぶりです。

ある日庄造の妻福子宛てに、追い出された前妻品子から手紙がきます。
寂しいので庄造が可愛がっている猫のリリーを譲ってほしいと書いてありました。
他にも、庄造は妻よりも猫の方が可愛いに違いないといったようなことが…

バカバカしいと思いながらリリーとばかり戯れる庄造を見ていた福子は
ムカついて、リリーを品子にあげてしまうように庄造にせまりました。
庄造をおびき寄せるためにリリーを欲しがったのだ、と福子が気付いたのは
リリーをあげてしまった後でした。

品子は以前リリーをいじめていたのでなついてくれるかどうか不安でしたが
庄造がいつかやってくるかも…という期待を抱いて一生懸命世話をします。

リリーが庄造に甘えまくる様子や、生きるために品子に媚びる有様などは
猫さまを飼っている方ならご存知でしょうが
「うわべだけでもいいの! 甘えてちょうだい! かつぶしあげるから〜っ
って言いたくなる愛らしさです。

リリーが子猫を生むシーンでは「なんだか急にからだの具合が変なのです」
「どうぞそこにいてください」なんて瞳で訴えかけちゃったりして
村上春樹氏のミューズもビックリの男性を悩ますおねだりぶりです。

庄造は案の定リリーに会いに行ってしまって、それが福子にバレちゃいます。
物語はこれから佳境というところで唐突に終わってしまうのですが
いったい男と女と猫はどうなるのか妄想が膨らみます。

私はどんなかたちであれ品子の道が開ければいいなぁ…なんて思っています。
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『子をつれて 他八篇』The 作家 in Old-fashioned

2009-03-28 00:18:36 | 日本の作家

葛西 善蔵

この方は “ 私小説 ” を書く作家として有名だそうで、最初の2篇は創作っぽいけど
後半7篇は完全に自分のことをモデルにしていて、連作のようになっています。
なにしろ、貧乏作家の典型ともいえる生活ぶりに、哀愁よりも情けなさを覚えるわ。

葛西善蔵という作家が日本文壇においてどのくらいのポジションにある方かは存じませんが
周囲の人を不憫な目に遭わせておきながら、作家として文筆活動を続けることに
意義があったのか? と私は甚だ疑問に感じています。
もちろん文筆は自由にやってくだされ、なのですが、仕事量と生活環境のギャップが
どうなのよ? と思わずにはいられないのですよね。

以下、何篇かの中から引用してご紹介します。

『子をつれて/1919年』
家賃を滞納して立ち退くことになった期限の日ですが、金策に郷里へ帰った妻からは
連絡も為替電報も届きません。
最後まで金を貸してくれていた友人も逃げるように避暑に出かけました。
家財を売り払いふたりの子をつれて家を出ましたが、行くあてがありません。

『蠢く者/1926年』
大震災を機に鎌倉の寺を追い出され、身ひとつで引っ越した下宿へ
おせい(鎌倉の時の女中)がやってきて居ついてしまいました。
酔って殴っても帰らず、ある晩子供を死産してこっそり埋めたと打ち明けました。
田舎の妻からは、受験を控えた子供たちに玉子を買ってあげたいという手紙がきます。

『湖畔手記/1926年』
おせいのもとを逃げ出して日光湯本の旅館に落ち着きました。
しかしそこでも筆は進まず、女中のあい子相手に夜中まで晩酌を繰り返す毎日です。
血を吐いて臥せっていた K が死んだという報せが届きます。

『血を吐く/1926年』
旅館で最後の客になってしまいましたが、原稿料が入らないので引き払えません。
酒浸りで過ごしていると、とうとう身重のおせいがやって来ました。
やはり飲み続けていたら大量の血を吐きました。

彼の妻と3人の子供は妻の実家で養ってもらっています。
彼の父が孫たちにと残してくれた杉林や林檎畑は売ってしまいました。
息子の入学準備のための金も、娘のランドセルも送れませんでした。
おせいの両親の家には何ヶ月分もの食費を借りたままです。
それで鎌倉に(下宿だけど)住んだり、旅館に長期滞在したりしてる場合かな?

情緒はあるし、良い文章だとは思いますが、内容は怠け者日記ですよ。
「金がない」「からだだるい」「書けない」の繰り返しなんですもの。
最高傑作が『湖畔手記』だということですが、だったらあまりにも多くのものを
犠牲にしている割には…と思われてなりません。
私は主婦なのでね、生活もちゃんとしてちょうだいよ!と言いたくなっちゃうわ。

太宰治もエッセイで貧乏を嘆いていた気がしますが、もう少し明るかったと思うし
先頃読んだ『移動祝祭日』でヘミングウェイは貧乏時代を楽しかったかのように
描いていたのですが、この本は暗すぎる

物語だったら良かったんだけどな…実話だと思うと、田舎におきざりの奥様や
学用品や玉子が買ってもらえない子供たちのうなだれた姿が浮かんできてしまって
素直に「良い作品だ」とは言えないですね。
本の読み方としては間違っているのでしょうけれど…
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『天のテラス』美しき短篇集

2008-10-04 23:49:07 | 日本の作家

1990-1995年 小椋 冬美

マンガですけど・・・ と言われても
私はこれを“ 短篇集 ”だと思っています。

最近はちょっとご無沙汰してますが、昔はよくマンガを読んだものでした。
特に小椋冬美さん、岩館真理子さんが大好きで
あとは『コボちゃん』とか『カリアゲ君』とかしりあがり寿さんのとか・・・

この『天のテラス』を読んでいると、小椋冬美さんも
たぶんマンスフィールドが好きなんじゃないかなぁ? と勝手に思う次第です。
それからサキとかね。

じいさま、ばあさまとかおデブさんの話しとかがでてきて
美しい若者ばかりが主人公じゃない世界観が好きでしたねぇ

3巻で終わってしまったのが悲しくて仕方ありません。
続きは出されないんでしょうか?

『Sandwich Bar』
小さな飲食店を営むおやじさんの一日と
彼の仕事に対する誇りが描かれています。

カフェブームですけど、おしゃれなだけがいいお店じゃないのです。
「食べ物は安くてうまい。おれの店だ」
「毎日作る。おれが毎日作る。いい仕事だ」ってところに
おやじさんのプライドがにじみ出ていて素敵です。

『レストランにて〜食べる男』
食べる事が大好きなおデブさん、ダックの思い出と好物とは?

おいしいものがお腹一杯食べられる大食いチャンピオンに憧れてます。
でも口ほどにもないんですよね。 微妙に人より食べるってくらいで・・・

『噂の女』
街でも噂のいい女が経営する下町の食堂に集まる人たち。
彼女の人気の秘訣ってなんでしょう?

こんな定食屋のおかみさんになれたらいいなあ。
毎日常連さんがやってきて、ワイワイしてくれたら寂しくないよね。

なんだか食べ物屋の話しばかりをご紹介してしまった

今でも急に思い出して、読み返してしまう唯一のコミックスです

天のテラス (1) 講談社


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『痴人の愛』読んでいてバカバカしいけど・・・

2008-10-01 01:16:12 | 日本の作家

1924-1925年 谷崎 潤一郎

男性の方々は13歳年下の少女の言うことなら
なんでも聞けるものなんでしょうかっ?

読んでてイライラしちゃうくらい女に翻弄される主人公の河合。
これは特殊な例なのか、それともありがちなことなのか?

平凡な毎日を真面目に送っていたサラリーマンの河合は
カフェで女給をしているナオミに目を留め、引き取って教育することにします。
河合が甘やかしたためにすっかり贅沢と怠惰を覚えたナオミですが
二人が成る可くして深い関係になってからは、加速度的にわがままになり
男友達を引き入れたり、家事もせずにダンスホールに通ったりと奔放さが増していきます。

結局、何人もの男性と関係を持っていたことを知った河合がナオミを追い出すんですけど
その後が女々しいのよ〜っ
探しまわったり、彼女の家を訪ねたり、果ては彼女と関係があった
男にまで電話をかけて、しつこくしつこく帰って来るよう伝えてくれと頼んだり。

ナオミが外人の男の家に行ったことを知った河合は、とうとう別れる決心を
しますが、なにかにかこつけてやって来るナオミの魅力には抗えず・・・

河合さん、もう、マンマとやられちゃってます。アチャー です。
ナオミの目的も手段もミエミエなのに、どうしても彼女には逆らえないんです。
これが“ 究極の愛 ”なのだろうか?
私は“ 過剰で満たされない恋心 ”と見ます。愛じゃないと思う。

だいたい15才の女の子を連れて来てさあ、
「ナオミちゃん、なんにもしなくていいんだよ」
「ナオミちゃん、好きなものは買ったら良いんだよ」
「ナオミちゃん、お風呂に入れてあげよう」
なんてやってて、思い描いていたような淑女に育つわけないじゃないか!!

男にチヤホヤされる女のことを、女が嫌うのは当たり前ですけど
男から見てもかなり下品な女に見えると思うんだけどなあ、ナオミ。
どんだけ魅力的な女だったんでしょうかね?

それならもっと大物をねらってみたらどうか?
若旦那とか社長とか議員とか・・・
その世界じゃあトップクラスの女性になれたかもしれません。

『マイ・フェア・レディ』や『光源氏』、ドストエフスキーの『白痴』などをはじめ
いい歳した男が “ 少女を教育する ”って物語は枚挙に暇がありませんけど
男のロマンなんでしょうか? それとも下心なんでしょうか?
謎ですわ

余談です
私は『痴人の愛』の西洋版が『ロリータ』だと勝手に思い込んでいたのですが
どうやら違うらしいんですよね。
『ロリータ』は買ってはいるんですけど、短編で読んだナボコフが
ものすごっく苦手で、結局読めずにいます いつかトライします。
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