まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

『地図にない町』SFって幅広いのね

2012-04-24 21:55:38 | アメリカの作家
THE COMMUTER AND OTHER STORIES 
1953年 フィリップ・K・ディック

SFをあまり読まない私なんですが、P・K・ディックは何冊か持ってます。
しかし完全に内容を覚えていないのだが…
村上春樹さんに凝った時に「読んでる」って書いてあったからだと思うのね…

P・K・ディックは宇宙でドンパチ…という印象が強いんですが
この一冊からはもう少し親しみ易さを感じました。
内容はともかく、とりあえず地球が舞台の話が多かったのでね…

好きだったお話しをご紹介します。

『おもちゃの戦争(The Little Movement)』
ボビィ少年は町でおもちゃの兵隊をひとつ買ってもらいました。
しかし、家に持ち帰ると兵隊は豹変し、ボビィ少年に命令するようになります。
兵隊は仲間の兵隊たちと人間社会を乗っ取る気です。

ASIMOとかムラタセイサクくんがある今、「ありえない」 とは言えないですよね!
明晰な頭脳を持つ小さな兵隊に攻められるって、怖いような可愛いような…
兵隊をやっつける正義の味方もかなり可愛いです。

『名曲永久保存法(The Preserving Machine)』
ラビリンス博士は名曲を後世まで遺したいと思い名曲保存器を製造します。
モーツァルト、ベートーベン、バッハなどの楽譜を奇妙な生物に変えて森に放ったところ
生物たちは野生化して、森はとんでもないことになります。

ものすごい良音で場所もとらずに音楽が保存できる今、そんな回りくどいこと…と
思いがちですが、昔の人々にとっては夢みたいなことだったんでしょうね?
でも1950年代って蓄音機は無かったのかしら?
現代には100年前の人から見れば魔法みたいな商品が山のようにありそうですね。

『ありえざる星(The Impossible Planet)』
アンドリュウ船長の船に350歳になるゴードン夫人がやってきて
死ぬ前に伝説の星、地球へ行きたいと言います。
大金に目が眩んだ船長は、地球によく似ているエムファー3星を選び向かいました。
しかしその星の没落ぶりにゴードン夫人は…

地球の寿命ってあと何年でしたっけ? その後にはこんなことがおこるのかしら?
星の最後は粉々に砕け宇宙に飛び散るんだと思っていましたが
廃墟になったうら寂しい星のたたずまいを想像すると
一種のロマンを感じないでもないですね。

未来の戦争や宇宙の駐屯地をテーマにした話もあれば、不思議な機械の話あり
ギリシャ神話をモチーフにしたもの、怪奇小説のような話、超能力など
一般人が不思議に感じるものを幅広く描いております。

本当にあったら東スポが黙っていなそうな内容が盛りだくさん!!で
面白かったですよ。
あと2冊短篇集があるのでいつか読んでみます。
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『1984年』正解は見えない・・・

2012-04-18 22:22:56 | イギリス・アイルランドの作家
NINETEEN EIGHTY-FOUR 
1949年 ジョージ・オーウェル

恐ろしい小説ですが、ただの独裁国家批判小説とは思えない… というか
批判してるんですかね?
最初に言っとくとハッピーエンドではありません。

舞台はオセアニア国の首都ロンドン。
主人公ウィンストン・スミスが暮らしているのが勝利マンションズで勤務先は真理省。
話す言葉は “ 新語法 (ニュースピーク)” 、一息つきたくなったら “ 勝利ジン ”
国では “ 憎悪週間 ” を迎えようとしていました。

オセアニア国は常にいずれかの隣国と戦争中で国威発揚が叫ばれています。
党の最高指導者B.Bのポスターとスローガンが至る所に貼られています。

ウィンストンたちの暮らしは屋内に取り付けられたテレスクリーンで完全に監視され
朝の体操から煙草の銘柄、出かける場所などありとあらゆる面で管理されています。

なんていうか… 「こうすれば独裁体制は安泰!!」っていう教科書みたいよ。

ウィンストンは39歳の男性で、記録局というところで働いています。
政府の刊行物を政府に都合良く修正(改ざん)するのが仕事です。
両親と妹は第一次大粛正の時に姿を消したようですがはっきり覚えていません。

物語はウィンストンが決死の覚悟で日記を書くところから始まります。
これはものすごく危険なことで “ 思想警察 ” に知られたら大変なことになります。
同僚も友人もいつ密告者に変わるかわからず、誰も信用できません。

ウィンストンは地下組織として国家転覆を図る “ 兄弟同盟 ” に入ろうとします。
兄弟同盟に実態はありませんが、噂は広くはびこり公然の敵とされています。

けれども信じた相手が悪かった…
ウィンストンは逮捕され、洗脳され、釈放されて… 過去の政治犯と同じ末路をたどります。

主な登場人物を書きますね。
誰がウィンストンを陥れたのでしょうか?

魅力的な女性でありながら “ 青年反セックス連名 ” の活動をしているジューリア。
けれども彼女はいきなりウィンストンに愛を告白します。
ジューリアは国の体制になんら疑問はないようですが、実は快楽が好きな女性でした。

“ 党内局 ” で重要なポストを占めているオブライエンは、どこかユーモラスで魅力的です。
ウィンストンはオブライエンが自分と同じような考えを持っているのでは…と
思うことがあります。

仕事熱心な同僚のチロットソンは口をきいたこともありませんが
彼はウィンストンに敵意のある視線を送ります。

夢見がちで頼りない同僚アンプルフォースは詩の改ざん版を制作しています。
彼は過去のイギリスの詩について語る時幸せな表情を見せます。

サイムはウィンストンの友人で調査局に勤めています。
政府には忠実で新語法にのめりこんでいます。
しかし、ウィンストンはサイムがすぐに密告者に変わるタイプだと気づいています。

マンションの隣人パーソンズは政府のために骨身を惜しまず活動しています。
気の弱そうな妻と、政府のプロパガンダを完全に信じている子供たちがいます。

ウィンストンとジューリアが人目を忍んで会うために借りた部屋がある
“ プロレ街 ” の古道具屋の主人チャリントンは過去の遺物のような人です。
粛正以前のことを覚えていて、懐かしそうに話します。

以上、主だったところを書いてみましたが、この中の何人かはまさに思想警察の中枢で
ウィンストンのような政治犯に容赦はしません。
手順に従って徹底的に潰します。

逆に何人かはウィンストンが収容所で会うことになります。
皆不安げで、“ 101号室行き ” を心底恐れています。
ウィンストンも最後には101号室に行かされるんですけどね…

でもそれが終わりじゃないの… 怖いわぁ。
『メトロポリス』的なラストを予想していましたが、全く違ったですよ。
確かに『メトロポリス』は政治というより経済格差が焦点だったけど…

しかし… 私は最初にハッピーエンドじゃないと書きましたが、もしかして…
こういう社会を当然視していて、謳歌していて、何も不自由を感じていない人には
反逆者が哀れな末路をたどって社会秩序が保たれるって、良いことかもね?

民主主義が正解で、共産主義・独裁が誤り、というのはこっちサイドの見方であって
国家にとって何が良いのかは、学者さんによって見解が異なるんでしょうね?

私はやっぱり、自由にものが言える世の中が好きですね。 好きですが…
こうもトップが入れ替わり、どいつもこいつも長続きしない(させない)政府を見てると
「もう! 独裁者でもいいから長続きする指導者が欲しいよ!」なんて思っちゃうけど
国民が自由な独裁体制ってあるんだろうか?
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フランス王アンリ2世王女 クロード

2012-04-16 21:50:52 | フランス王妃・王女
母は… でました! カトリーヌ・ド・メディシス
アンリ2世王女 クロード・ド・フランス
ロレーヌ公シャルル3世妃


1547~1575

アンリ2世と王妃カトリーヌ・ド・メディシスの間には愛妾ディアーヌ・ド・ポワティエ
どっしり居座っていたとはいえ、お子様は10人が生まれています。
王子は5人で、3人が王に即位しましたが皆カトリーヌに操られていたような感じですね?

長女エリザベートはスペイン王フェリペ2世妃になりました。

次女クロードは姉のエリザベートと
兄フランソワ(2世)の婚約者スコットランド女王メアリーと一緒に育てられました。

エリザベートはメアリーに従順で大人しい性格に育ったということでしたが
クロードは輪をかけて内気で控えめな性格だったようです。
恐るべし、メアリー・ステュワート…

         

クロードは病弱で、カトリーヌの猫背と内反足を受け継いでいました。
ちなみにこの特徴は、三女のマルグリート以外の兄弟姉妹が皆受け継いでいたらしいです。

クロードは11歳の時に4歳年上のロレーヌ公シャルル3世と結婚しました。
カトリーヌの大のお気に入りだったクロードは結婚後も頻繁に里帰りしましたし
逆にカトリーヌもしばしばロレーヌを訪ねていました。

しかしそんなお気に入りの娘もたまには母親に反抗…
クロードはカトリーヌに黙って妹マルグリートに
サン・バルテルミーの虐殺のことを教えてあげようとしたとか…
三女マルグリート、通称マルゴはブルボン家のアンリ(4世)と結婚したばかりでした。
ちなみにアンリはプロテスタントでございます。

 ひとくち情報
“ サン・バルテルミーの虐殺 ” とは、ザックリいうと
1572年8月24日に、アンリ(4世)とマルゴの結婚式のために集まったプロテスタント貴族たちが
カトリーヌ・ド・メディシスとギーズ公アンリの指示で多数殺害された事件です
殺害は貴族だけにとどまらず、街中でプロテスタントの市民が殺されました ひとくち情報おわり


大人しかっただけにあんまりエピソードがないですね。
9人のお子様がいまして、28歳の時に末娘クロードの出産で亡くなりました。

長女のクリスティーヌがトスカーナ大公フェルディナンド1世妃になりました。

なにせ、カトリーヌ・ド・メディシス、マルゴ、メアリー・ステュワートと
大物が目白押しのフランス宮廷ですのでね…
他の淑女たちは霞んじゃいますよね

アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの四女ジャンヌと五女ヴィクトアールは双子でしたが
ジャンヌは生まれた翌日、ヴィクトアールは生後2ヶ月で亡くなりました。

この後カトリーヌは「子供生み過ぎ!」ってことでお医者様からストップがかかりました。
アンリ2世は「やった!」って感じでカトリーヌの寝室に近づかなくなり
ディアーヌ・ド・ポワティエの部屋に通うことが多くなったようです。

(参考文献 柴田三千雄氏『フランス史10講』 Wikipedia英語版)
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フランス王フランソワ1世王女 マルグリート

2012-04-13 22:19:55 | フランス王妃・王女
瀕死の兄王の指示で挙式
フランソワ1世王女 マルグリート・ド・フランス
サヴォイア公エマヌエーレ・フィリベルト妃


1523~1574

フランソワ1世はルイ12世の王女クロードと結婚し
アンリ2世を含む7人のお子様を授かりました。
王女は4人ですが、長女ルイーズは2歳で、次女シャルロットは7歳で亡くなりました。

三女マドレーヌはスコットランド王ジェイムズ5世の妃になります。

      

さて、四女マルグリート。
義理の姉にあたるカトリーヌ・ド・メディシスとはとても仲が良かったそうです。
カトリーヌも中傷や夫とディアーヌ・ド・ポワティエの問題でつらい結婚生活が続く中
宮廷内にお友達ができてとても心強いことだったでしょうね。

15歳の時、フランソワ1世と神聖ローマ皇帝カール5世の間で
マルグリートとカール5世皇子フィリップ(後のスペイン王フェリペ2世)の
結婚が決められましたが、すぐに破談になりました。

実はフランソワ1世は、カール5世に神聖ローマ皇帝の座をもってかれた経験があります。
フランスと神聖ローマ帝国はイタリアの覇権も争っている最中でした。
スペインの王座奪い合いもこれから激しくなっていくし…
まったく、他所の国で何やってんでしょうね?

ちなみに、フランソワ1世は王妃クロードを亡くしてから6年後
カール5世の姉アリエノールと再婚しました。

その後マルグリートに相応しいランクの相手を探すために時間が費やされ
結婚が決まったのは36歳の時… 費やしすぎではないのか?
相手は5歳年下のサヴォイア公エマヌエーレ・フィリベルトでした。

この結婚の祝賀式典の一環で行われた騎馬試合で兄アンリ2世は傷を負い
瀕死の状態に陥ります。
けれども一瞬意識を取り戻すと、マルグリートの結婚式を直ちに執り行うよう指示しました。
これはサヴォイア公側がアンリ2世の死で同盟を拒むのを恐れたためです。

宿敵カール5世の息子フェリペ2世にミラノとナポリを奪われた以上
少しでもイタリアにリンクしておかねば!! というガッツが感じられますね。

アンリ2世はマルグリートの結婚式の最中に亡くなりました。

マルグリートとエマヌエーレ・フィリベルトのお子様で成長したのは
カルロ・エマヌエーレ(1世)だけでした。
後にフェリペ2世の王女カタリーナ・ミカエラと結婚します。

父親と破談になった姑がいる家なんて… 嫁いだらいじめられそうで怖いですね
でもマルグリートは亡くなってたらしい。
ま、当時はそんな個人的な感情なんて関係なかったんでしょうけど…

フランス王家とハプスブルク家の覇権争いが激化しているのはうっすらわかるが
マルグリートのパーソナリティについてはまったくわかりませんでした。

(参考文献 柴田三千雄氏『フランス史10講』 Wikipedia英語版)
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フランス王ルイ12世王女 レネー

2012-04-06 17:20:49 | フランス王妃・王女
義理の母がチョー有名!
ルイ12世王女 レネー・ド・フランス
フェラーラ公エルコレ2世妃


1510~1574

イタリア支配を夢見ていたシャルル8世は若くして亡くなりました。
王妃アンヌ・ド・ブルターニュは7回妊娠しましたが、皆死産や流産
あるいは幼くして亡くなりました。
王女は3人ですが、お名前がついたのは末子のアンヌだけです。

アンヌ・ド・ブルターニュが再婚したのがルイ12世です。

ルイ12世は、ルイ11世王女ジャンヌと結婚していましたが、無理くり離婚して再婚しました。
ジャンヌとの間にお子様はいません。

アンヌ・ド・ブルターニュはまたまた9回妊娠しましたが、成長したのは王女二人でした。
長女クロードはフランソワ1世妃になります。

アンヌ・ド・ブルターニュは自分の領地であるブルターニュの自治を守るため
日々戦っていまして、ブルターニュをレネーに譲ろうと考えていましたが
ルイ12世が承諾しませんでした。
結局ブルターニュはクロードに譲られ、その後フランス王家に持ってかれます。
       
当時フランス宮廷の侍女の中にはアン・ブリーンがいまして
レネーは彼女がお気に入りだったようです。

18歳の時エステ家のフェラーラ公エルコレ2世と結婚しました。
エルコレ2世の母は “ あの ” ルクレツィア・ボルジアでございます。
レネーが嫁いだ時には既に亡くなってますので直接は会ってませんけど。

フェラーラの宮殿はルクレツィアによって芸術が盛んになたていました。
レネーはさらに芸術を奨励し、科学に力を注いだりしました。
最初はそんな宮廷生活を楽しみ、5人のお子様に恵まれたりと幸せだったみたいですが
後年はそんなにハッピーではなかった様子…

なぜかっていうと…
ルクレツィア・ボルジアの父はローマ教皇アレクサンデル6世で
いわばエルコレ2世はカトリックの長の孫にあたるわけなんですが
レネーは後にカルヴァン派(プロテスタント)の支持者になって後押ししたからです。

ローマ教皇庁が新教の貴族たちをフランスから追い出しにかかった時に
ジャン・カルヴァンがレネーの宮廷を訪れて数週間過ごしました。

レネーは多数のプロテスタント信者たちと連絡を取り合ったり
プロテスタントの正餐を受けたりとプロテスタントに傾倒していきました。

しかしローマでは反宗教改革が始まり、フェラーラで審問が始まりました。
エルコレ2世はレネーの甥アンリ2世に告訴し、レネーの財産を全て剥奪して捕らえました。
レネーはこの仕打ちに屈し、懺悔を行ってカトリックの聖体拝領を受けました。
しかし今までのように好き勝手なことは当然できませんね。

息子たち、特に末子で司教のルイージとは当然意見が合いません。
レネーはフランスに帰ることを熱望しましたが実現せず
1559年にエルコレ2世が亡くなってからやっと帰ることができました。

フランスでは長女のギーズ公妃アンヌのもとに身を寄せましたが
ギーズ公はカトリック派の筆頭貴族です。
ここでも小さくなっていなければね…

ギーズ公の甥にあたるフランソワ2世が亡くなってギーズ公のパワーが少し衰えると
やっと領地の中でプロテスタントの礼拝を受けることができるようになりました。
良かったね
そればかりかカルヴァン派の牧師まで呼ぶことができるようになり
レネーの城はプロテスタント貴族の避難所みたいになっていきました。

けれども安泰な時期は10年ほどでした。
1572年、サン・バルテルミーの虐殺がおこります。
レネーはかろうじて何人かのプロテスタント信者を救うことができましたが
大多数の信者を守れませんでした。

さすがにカトリーヌ・ド・メディシスも王女であるレネーには手を出さなかったようですが
その後もカトリックへの改宗をしつこく迫りました。
レネーは無視してたみたいですけどね。

サン・バルテルミから2年後、娘アンヌの領地モンタルジで亡くなりました。

エルコレ2世は教皇パウルス3世に忠誠を宣誓しています。
パウルス3世はカトリックとプロテスタントの対話を計った教皇だったようです。
そんな人に忠誠を誓った人がなぜ自分の妻にそんなことを?
ちなみにパウルス3世の後任ユリウス3世もプロテスタント理解者だったらしい…

二つの宗教(派?)のどちらかが主張を和らげていたら
たくさんの人の人生が変わっていた時代のような気がしますよ。

世界の転機みたいな方面から見ればレネーはもっと知られていても良い気がするが
“ 女の歴史 ” の中では、美貌の持ち主でスキャンダルいっぱいのルクレツィアの方が
どうしても目立っちゃいますよね。

(参考文献 澁澤龍彦氏『世界悪女物語』 Wikipedia英語版)
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『少年少女』ただただ微笑ましい

2012-04-02 23:28:36 | フランスの作家
NOS ENFANTS 
1886年 アナトール・フランス

お子供たちのことを書いた小説は大きく二分されると思います。

ひとつは子供の目から見た素朴で純粋な微笑ましいお話し、
もうひとつは子供の中に潜む「まさか」な悪意を書いた肌寒いお話し。
ふたつがブレンドされていることもありますが
大まかにいうとそんなテーマが多いんじゃないかしら?

この『少年少女』は徹頭徹尾 “ 愛くるしい ” 子供たちのお話しでした。
裕福な家の坊ちゃまやお嬢ちゃま、豊かな自然に囲まれた農家の兄弟姉妹、
厳しい環境の中で育つ海の子、などなど、様々な子供たちが登場しますが
皆可愛らしくて抱きしめたくなるような姿が垣間見えるお話しでした。

特に好きだったお話しをいくつかご紹介します。

『カトリーヌのお客日』
5時になったのでカトリーヌはお人形を集めました。
カトリーヌは綺麗なお人形ばかりに話しかけます。
おやおや、お客様をもてなす女主人として、それではいけませんね。

教訓的なお話しが無い中では唯一お嬢様教育的な一文がありましたが
「これこれ」と優しくお爺さまが諭すような感じでした。
この本を読んで自然にマナーを身につけて欲しいという心遣いでしょうか?

『回復期』
病気にかかって寝込んでいたジェルメーヌの側には一緒に病気になったお人形がいて
アルフレッドがお医者様よろしく脈をとってくれます。
病気の間、リュシィはずっとジェルメーヌの部屋で勉強や縫い物をしてくれました。

心細い病の最中は、人々の優しさが身にしみますよね。
普段は喧嘩ばかりの兄弟姉妹の温かさにホロリときます。

『落ち葉』
秋になりました。
ピエールとバベとジャノは山羊や牛のために落ち葉を拾いに行きます。
大人たちに混じって、幼い子供たちも真面目に働きます。
誰一人口をきく者はいません。

子供たちが大人と同じように働くことに誇らしさを感じている様子が
ありありと浮かびます。
親の仕事にプライドを持ち、成長して、逞しく継いでいくのでしょうね。

『シュザンヌ』
シュザンヌは父に連れられてルーブルを訪れました。
古代の彫刻を前にしたシュザンヌは「大人たちも人形を壊すのね」と思います。

子供にこんなもの見せてもさぁ…なんて思うことがありますが、いかんいかん…
作品の意味はわからなくても感じさせることを大切にしなさい、という教訓か?

私が2~3行でさらっと書くと、なんてことないすっとこどっこいな内容になっちゃいますが
さすがのアナトール・フランスが書くと濃密な可愛さ溢れる物語になってますのでね…
安心して読んでほしい…

全ての子供たちに頬ずりしたくなりますよ。
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