その3「お仲間」はこちら。
さて、出身大学で採用試験において「不正」とは言わないまでも「不公平」を感じている人は多いと思う。特に国立大学教育学部は、その地方の教育を支配したがる傾向があり、おかげで採用される率が高いと言われている。全寮制で、先輩の命令には絶対服従を旨とした旧師範学校の校風を残しているため、とするのは大げさだろうが。
山形を例に考えてみよう。昭和の末期にわたしが就職した頃は、山大教育学部出身者がゴロゴロしていた。山大教育学部同窓会関係の会議が出張扱いだったことでもその強さがおわかりいただけるだろう。
「じゃあ専修大学文学部同窓会もやっぱり出張?」
「なわけないだろ」
うーん山形はサンプルとしてあんまり適当じゃなかった。なぜなら、出身者の比率はどんどん下がり、それどころか教育学部がそのままでは存続できず、地域教育文化学部というわけのわからない名前になったぐらいだから。
これは、山形県の場合、山大教育学部出身者にあまり恩恵を与えていなかった影響もあるだろう。具体的には言えないが、近くの某県や某県は、その○○大学教育学部出身者を優先して採用することが常識になっているのだとか。他の大学出身者からすれば、不公平きわまりない話。
学閥がまたむずかしい。医科系に顕著だけれど、自分が関係する大学出身者のために、国家試験の問題をばらしてしまう教授の話はよく聞くじゃないですか。そこまでして“身内”を増やして影響力を保持したいか。
大分の事件が教えてくれるのは、試験~採点~合否決定にいたるまですべて県教委内部で行う閉鎖体質や、これまで述べたようなお仲間意識こそが、問題をここまで醜悪にしたということだ。居心地がいいぬるま湯は、しかしいつか澱んだ汚水に変わる。だから常に、新しくて身体になじまない冷水を入れ続けなければならないのに。
得点を受験者に情報公開するのはすでに世の流れ。ところが大分は年度末には文書管理規程まで無視して解答用紙を廃棄していた(ま、保存してちゃまずいよなここは)。試験を人事委員会に移管するのは最低条件。ほかにどんな新機軸を打ち出すのかと思ったら議員にいわれたからと「採用前研修」ですと。精神論じゃ何にも解決しないだろやっ!先は暗いなぁ。