障害者雇用、食い物 容易に補助金、参入急増
一般就労が難しい障害者が働く「就労継続支援A型事業所」で突然の大量解雇が相次いでいる。企業の参入が相次ぎ、事業所は6年間で5倍に急増したが、公的な補助金を目当てに開業し、障害者に適切な仕事を与えない悪質な事業所も増えているとみられる。専門家は国の制度設計の不備や自治体のチェック体制の甘さが背景にあると指摘している。【上東麻子、小林一彦、塩田彩】
愛知県で8月、A型事業所の経営に行き詰まった名古屋市の株式会社が2カ所を閉鎖し、障害者69人が仕事を失った。精神障害がある50代の男性は「誰とも話さず、容器のふたにシールを貼る作業をずっとしていた」と振り返る。週5日、4~5時間ずつ働き、月給は平均6万5000円。再就職先は見つかっておらず、6~8月分の給料は未払いだ。「障害者をばかにしている」と憤る。別の精神障害の男性(47)は一般就労で職を転々とした後、4年前からA型事業所で働いてきた。「ここなら安心して働けると思ったのに」と残念がる。
岡山県倉敷市と高松市では7月、A型事業所7カ所が一斉に閉鎖され、障害者283人と職員66人が解雇された。いずれも同一グループが経営していた。パンづくりやダイレクトメール封入をしていた障害者らは6月末、全員解雇を通知された。1カ月後に居場所と生活の糧を同時に失うことになるのに、再就職のあっせんは不十分。岡山県は2回にわたって業者に改善勧告を出した。倉敷市はハローワークと連携して運営業者に再就職あっせんを求め、希望者195人のうち140人が10月20日までに別のA型事業所や民間企業などに再就職した。
A型事業所は障害者と雇用契約を結び、就労と技能訓練の機会を提供する福祉サービス。事業者は3年間にわたって国の特定求職者雇用開発助成金を1人あたり最大240万円、国・自治体の給付金を1人あたり1日5840円(定員20人以下の場合)もらえる。給付金は事業所の経費にしか充てられず、賃金には使えないのが原則だ。しかし、一部の業者は最初から補助金目当てで、実質的に事業をせずに補助金の一部を賃金支払いに回しているとみられる。人数や設備の要件を満たせば事業収入がなくても補助金で収益を得られるためだ。「PC作業」が実際はテレビゲーム、「養殖」は金魚のえさやりというような悪徳業者の存在は、障害者雇用を広げようとした行政が事業者の質を精査しなかったためとも言える。
一方、社会福祉法人やNPO法人が運営する事業所の大半は経営が厳しい。元埼玉県職員の飯塚哲朗さん(70)は10年前、障害者雇用の場を作るために、退職金をつぎ込んでA型事業所としてパン店を開業。経営が悪化し、最低賃金制度が適用されないB型に移行したが、不振が続き今年3月に廃業した。飯塚さんは「福祉の理念だけでは生きていけなかった」と総括する。
厚生労働省は4月に省令を改正し、給付金の運用を厳格化。障害者の賃金を給付金から支払うことを禁止し、事業収益からの捻出を徹底するよう求めた。これによって撤退が相次いだとの見方もある。厚労省障害福祉課は「省令改正で事業廃止に至ったとは認識していない」と説明しているが、大量解雇を予想せず対策を取ってこなかったことに対し、福祉現場から反発の声が出ている。
行政の監視甘く
A型事業所は、2006年施行の障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)で株式会社の参入が認められた。しかし、そもそも利益を追求する企業は、福祉サービスの理念と相いれないとの意見が根強くある。障害者雇用に詳しい中島隆信・慶応大教授(応用経済学)は「制度設計が性善説に基づいている。株式会社に福祉事業をさせるなら、利益が正当な手法で出されているかを吟味することが必要」と提言する。障害者に支払う給与が行政からの給付金を下回る事業所には改善勧告を出すと法律に明記すべきだという。
許認可や行政指導の権限を持つ都道府県や市のチェック体制はバラバラだ。ある事業者は10年以上運営していて実地指導は一度きりだったと証言する。「見に来れば実態は分かるはずなのに、やっていない。行政はきちんと監視して悪徳業者を排除すべきだ」と訴える。事業所の急増に対し、名古屋市は「態勢が追いついていない」、倉敷市は「給付金の使途は障害者総合支援法に明記されておらず、法律違反にあたらないので踏み込んだ指導ができなかった」という。社会福祉法人には会計監査以外に、福祉的な観点で運営されているかどうかをみる業務監査がある。株式会社は経営状態しか問われない。障害者の共同作業所でつくる「きょうされん」の赤松英知常務理事は「障害者の労働保障や権利の観点からのチェックが必要だ」と強調する。
一方、福祉の理念を守りつつ業績を上げている企業もある。食品トレー最大手「エフピコ」(広島県福山市)は12のA型事業所を持ち、障害者雇用率14%で上場企業トップクラス。重度の知的障害者らがトレーの仕分けや生産を担う。「反復作業が得意な特性を生かし、能力を発揮している」という。
また、製品の販路がなかったり売り上げが不安定だったりするのがA型事業所に共通する悩みだ。社会福祉法人進和学園(神奈川県平塚市)の事業所は、ホンダの大口取引先。自動車部品の生産にオリジナル工具を使い、正確さを追求してきた。品質を向上させ、安定した受注で高い工賃を実現。リーマン・ショック後に注文が減ったため、農産物加工や製菓にも事業を広げ、経営を多角化している。
A型事業所で働く人は訓練次第で一般就労が可能になるケースも多い。エフピコの西村公子取締役は「『福祉だから買ってもらえる』と考えるのでなく、商品づくりや販路開拓の経営努力が求められる」と話す。
A型事業所で最近起きた大量解雇
4月 厚生労働省がA型事業所の基準を厳格化
7月 岡山県の5事業所で224人解雇
高松市の2事業所で59人解雇
8月 愛知県の2事業所閉鎖、69人が職を失う
埼玉県の2事業所閉鎖、53人が職を失う
11月 広島県の2事業所で112人解雇
毎日新聞 2017年11月12日