【第126回】足立信也さん(前厚生労働政務官)
昨年夏の衆院選で政権交代が実現し、厚生労働行政は大きく転換した。民主党がマニフェスト(政権公約)や「政策集インデックス2009」などに掲げた、社会保障費2200億円の削減方針の撤回や中央社会保険医療協議会(中医協)改革などに着手した結果だ。先の内閣改造まで、約1年にわたって厚生労働政務官を務めた足立信也さんは、「マニフェストに掲げたすべての政策の種はまいた。既に芽は出ている」と語る。
ほかの政務三役と違い、わたしの場合は一人区での参院選を今年7月に控えていました。政務三役として活動しながら、選挙活動も全力でやらなければいけないことが就任当初から分かっていたので、きつかったです。過不足なくやろうとしましたが、どちらも不完全といえば不完全だったと思います。
選挙の際には、大分県内だけでなく、全国から応援に駆け付けてくださる方がいました。選挙を乗り越えれば、厚生労働行政に継続して取り組んでくれると期待して応援してくださる方が多かったと思います。選挙後間もなく政務官を交代することになり、申し訳なく思っています。
政務官としては、昨年9月に就任した直後に3つの問題に直面しました。新型インフルエンザの流行と、中医協委員の見直しも含めた診療報酬改定、10月から完全実施予定だった出産育児一時金の直接支払制度です。
―新型インフルエンザは、昨年9月には既に流行期に入っていました。
前政権では、鳥インフルエンザのような病原性の高いインフルエンザを想定した対策を取っていたので、このままでは医療機関が持たないと感じ、対策を緩和しました。また、ワクチンの数に限りがあったので、優先接種対象者を決めました。
―今年4月の診療報酬改定では、初めて入院と外来を区別して改定率が示されました。
多剤耐性菌の院内感染や勤務医の過重労働などの問題は、入院医療の診療報酬が不十分だったから起きたことです。限られた財源の中で入院に手厚くするには、入院と外来をしっかり分けて傾斜配分する必要がありました。診療科では、産科や小児科、外科、救急が疲弊していることは明らかです。これらの科に重点配分しました。
―診療報酬の改定に当たっては、中医協委員の見直しがありました。どのような観点から委員を選んだのでしょうか。
中医協は優れた会議で、診療側、支払側、公益側、専門委員と、いろいろな立場の委員が、それぞれの立場を代表して協議する場となっています。ただ、従来の中医協委員による議論は、自分の立場の利益だけを考えた発言になっていると感じていました。そうではなく、自分の立場を代表しながらも、日本の医療全体を考えて発言してほしいと思い、委員を選びました。選ばれた委員の皆さんには、非常に大局的な議論をしていただけたと思っています。
―出産育児一時金の直接支払制度は、当初は昨年10月から完全実施の予定でしたが、二度猶予され、来年4月まで先延ばしとなっています。
昨年10月から今年4月まで半年間猶予した際には、直接支払制度の導入によって2か月間収入が途絶えることで、診療所や助産所が経営できなくなることを懸念しました。こうした分娩専門施設が、日本の分娩の半数近くを担っているので、つぶれれば妊産婦の方が安心して出産できる環境が損なわれてしまいます。
ただ、最初の2か月を乗り切れば、収入が元通りになり、経営が安定するはずです。その2か月を乗り切りやすくするため、半年間の猶予の間に、福祉医療機構による経営安定化資金の貸付金利を引き下げるなど、医療機関への支援策を講じました。この10月で、直接支払制度の導入から1年がたちますが、まだ実施していない医療機関は数十か所だけになっています。現在、来年度以降の出産育児一時金制度について、社会保障審議会の医療保険部会で議論しています。来年度以降も直接支払制度を継続するため、残る問題点について議論されることを期待します。
■死因究明制度は民主党案を基に検討
―任意接種となっているワクチンの定期接種化を検討する場として、昨年12月に厚生科学審議会感染症分科会の下に予防接種部会を設置しました。
Hib(インフルエンザ菌b型)や肺炎球菌のワクチンを定期接種化し、子宮頸がんのワクチン(HPVワクチン)には公費助成をすると、昨年の衆院選前に公表した民主党「政策集インデックス2009」の「医療政策の詳細版」に明記していました。予防接種部会では現在、これら3種類も含めた8種類のワクチンについて、予防接種法上の位置付けを検討しています。
―予防接種部会では10月6日に、Hib、肺炎球菌に加え、HPVワクチンも定期接種化するよう提言する意見書をまとめました。
本来、ワクチン接種はすべて予防接種法に基づいて、定期接種でやらなければいけないものです。ただ、HPVワクチンを定期接種化することについて、現時点で国民のコンセンサスを得ることは難しいと考えていました。
理由の一つは、接種率の低さです。現在、定期接種で行われている予防接種の接種率は、小学生くらいまでの子どもが対象で9割超、中学生が対象で6割超です。一方、HPVワクチンは、集団接種がなく個人接種となっている自治体では、市町村の助成によって接種費用が無料でも、3割程度にとどまっています。
またHPVワクチンは、予防効果や効果の持続性を示す正確なデータが確立していません。まずは来年度予算の概算要求に盛り込んだ市町村のワクチン接種事業への補助事業で、接種者数を増やしてデータを集めたいと考えていました。
―医療事故による死亡事故の死因究明制度についてはどのようにお考えでしょうか。
基本的には、当初の民主党案から検討の方向性は変わっていません。その一環として、今年度から「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の内容を見直し、Ai(死亡時画像診断)を活用することにしました。
Aiの活用をめぐっては、「死因究明に資する死亡時画像診断の活用に関する検討会」を今年6月に立ち上げました。そこでは、Aiが良いか悪いか、Aiと解剖のどちらが正確かは議論していません。Aiをどのように活用するかを議論しています。
ただ、自公政権下の08年6月に公表した「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」から方向転換することを、厚労省と十分に共有できていなかったようです。政権交代後に、医政局総務課の医療安全推進室長が何度か代わりました。ただ、今の渡辺真俊室長になり、方向性がはっきりしつつあります。
今後は、国家公安委員会の「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」との連携を図ります。この研究会に、厚労省は今までオブザーバーとして参加していましたが、今後は正規の委員として入るよう依頼が来ています。
現在検討している民主党案には、「異状死」の警察への届け出を義務付ける医師法21条の削除を盛り込んでいます。これは閣法でやるべき問題ですので、内閣、特に厚労省の政務三役がどのように判断するかが非常に重要になるでしょう。
■「芽が幹になるまで見届けたかった」
民主党が昨年の衆院選前に発表したマニフェストは、党のマニフェスト策定委員会がまとめたので、直接は関与していません。ただ、その基になる「政策集インデックス2009」や、「医療政策の詳細版」の作成にはかかわりました。そこに掲げた政策は、すべてこの1年間で種をまきました。既に芽は出始めています。今後、それを実現するためには、官僚の方々の理解が一番重要です。十分に議論を尽くしましたので、事務次官、局長、課長くらいまでは、これからやるべきことを十分に理解していると思います。
―退任会見では、会議の在り方やメディアの役割についても言及されました。
従来の会議は「結論ありき」で、意見を言うだけ言わせて、結論としては何も変わらなかったり、議論の過程が見えなかったりしました。そうではなくて、議論の中で課題を共通認識し、その解決策を探っていくべきです。さらに、その過程を国民の皆さんにすべて公開し、できれば議論に参加していただこうと考えました。
ただ、これには大きな問題が2つありました。
一つは、政務三役が国会対応に追われると、会議に出席できないことです。会議に出席できない時には、終了後に担当者から会議の内容を聞いて、次回の会議の方向性を夜中まで話し合っていました。これでは、国会中は会議が進まないか、進んだとしても非常に時間がかかります。
もう一つは、会議を傍聴した記者がそれぞれ別の感想を持ち、時にはまだ議論が途中のことが、決定事項のように報道されることです。それを見た人は決定事項だと思ってしまい、その修正が極めて難しくなります。国会で、こうした新聞記事を基に質問され、否定するのに追われたこともありました。わたしは、「ある専門家はこういう意見だ。一方、別の専門家はこういう意見だ」という記事を書かれるのは一向に構わないと思っています。しかし、「どうもこういう結論になりそうだ」という“感想”を書かれると、問題が出てきます。
途中からは、オープンな会議の際にはその日の論点をまとめた紙を記者に配るようにしました。しかし、まだすべての会議で徹底しているわけではありません。しかも、会議の途中で帰る記者もいます。記者の皆さんには勉強してほしいし、注意してほしいと思います。
―この1年間でやり残したことはありますか。
種をまき、芽が出た政策が、幹になるまで見届けられないことです。1年だけでは、法改正まで携わることができません。長妻昭前厚生労働相も、少なくとも3年はやるつもりでいました。新しい政務三役には、これまでの方向性を後退させることなく、さらに推し進めてくれることを期待しています。
2010年10月09日 10:00 キャリアブレイン
昨年夏の衆院選で政権交代が実現し、厚生労働行政は大きく転換した。民主党がマニフェスト(政権公約)や「政策集インデックス2009」などに掲げた、社会保障費2200億円の削減方針の撤回や中央社会保険医療協議会(中医協)改革などに着手した結果だ。先の内閣改造まで、約1年にわたって厚生労働政務官を務めた足立信也さんは、「マニフェストに掲げたすべての政策の種はまいた。既に芽は出ている」と語る。
ほかの政務三役と違い、わたしの場合は一人区での参院選を今年7月に控えていました。政務三役として活動しながら、選挙活動も全力でやらなければいけないことが就任当初から分かっていたので、きつかったです。過不足なくやろうとしましたが、どちらも不完全といえば不完全だったと思います。
選挙の際には、大分県内だけでなく、全国から応援に駆け付けてくださる方がいました。選挙を乗り越えれば、厚生労働行政に継続して取り組んでくれると期待して応援してくださる方が多かったと思います。選挙後間もなく政務官を交代することになり、申し訳なく思っています。
政務官としては、昨年9月に就任した直後に3つの問題に直面しました。新型インフルエンザの流行と、中医協委員の見直しも含めた診療報酬改定、10月から完全実施予定だった出産育児一時金の直接支払制度です。
―新型インフルエンザは、昨年9月には既に流行期に入っていました。
前政権では、鳥インフルエンザのような病原性の高いインフルエンザを想定した対策を取っていたので、このままでは医療機関が持たないと感じ、対策を緩和しました。また、ワクチンの数に限りがあったので、優先接種対象者を決めました。
―今年4月の診療報酬改定では、初めて入院と外来を区別して改定率が示されました。
多剤耐性菌の院内感染や勤務医の過重労働などの問題は、入院医療の診療報酬が不十分だったから起きたことです。限られた財源の中で入院に手厚くするには、入院と外来をしっかり分けて傾斜配分する必要がありました。診療科では、産科や小児科、外科、救急が疲弊していることは明らかです。これらの科に重点配分しました。
―診療報酬の改定に当たっては、中医協委員の見直しがありました。どのような観点から委員を選んだのでしょうか。
中医協は優れた会議で、診療側、支払側、公益側、専門委員と、いろいろな立場の委員が、それぞれの立場を代表して協議する場となっています。ただ、従来の中医協委員による議論は、自分の立場の利益だけを考えた発言になっていると感じていました。そうではなく、自分の立場を代表しながらも、日本の医療全体を考えて発言してほしいと思い、委員を選びました。選ばれた委員の皆さんには、非常に大局的な議論をしていただけたと思っています。
―出産育児一時金の直接支払制度は、当初は昨年10月から完全実施の予定でしたが、二度猶予され、来年4月まで先延ばしとなっています。
昨年10月から今年4月まで半年間猶予した際には、直接支払制度の導入によって2か月間収入が途絶えることで、診療所や助産所が経営できなくなることを懸念しました。こうした分娩専門施設が、日本の分娩の半数近くを担っているので、つぶれれば妊産婦の方が安心して出産できる環境が損なわれてしまいます。
ただ、最初の2か月を乗り切れば、収入が元通りになり、経営が安定するはずです。その2か月を乗り切りやすくするため、半年間の猶予の間に、福祉医療機構による経営安定化資金の貸付金利を引き下げるなど、医療機関への支援策を講じました。この10月で、直接支払制度の導入から1年がたちますが、まだ実施していない医療機関は数十か所だけになっています。現在、来年度以降の出産育児一時金制度について、社会保障審議会の医療保険部会で議論しています。来年度以降も直接支払制度を継続するため、残る問題点について議論されることを期待します。
■死因究明制度は民主党案を基に検討
―任意接種となっているワクチンの定期接種化を検討する場として、昨年12月に厚生科学審議会感染症分科会の下に予防接種部会を設置しました。
Hib(インフルエンザ菌b型)や肺炎球菌のワクチンを定期接種化し、子宮頸がんのワクチン(HPVワクチン)には公費助成をすると、昨年の衆院選前に公表した民主党「政策集インデックス2009」の「医療政策の詳細版」に明記していました。予防接種部会では現在、これら3種類も含めた8種類のワクチンについて、予防接種法上の位置付けを検討しています。
―予防接種部会では10月6日に、Hib、肺炎球菌に加え、HPVワクチンも定期接種化するよう提言する意見書をまとめました。
本来、ワクチン接種はすべて予防接種法に基づいて、定期接種でやらなければいけないものです。ただ、HPVワクチンを定期接種化することについて、現時点で国民のコンセンサスを得ることは難しいと考えていました。
理由の一つは、接種率の低さです。現在、定期接種で行われている予防接種の接種率は、小学生くらいまでの子どもが対象で9割超、中学生が対象で6割超です。一方、HPVワクチンは、集団接種がなく個人接種となっている自治体では、市町村の助成によって接種費用が無料でも、3割程度にとどまっています。
またHPVワクチンは、予防効果や効果の持続性を示す正確なデータが確立していません。まずは来年度予算の概算要求に盛り込んだ市町村のワクチン接種事業への補助事業で、接種者数を増やしてデータを集めたいと考えていました。
―医療事故による死亡事故の死因究明制度についてはどのようにお考えでしょうか。
基本的には、当初の民主党案から検討の方向性は変わっていません。その一環として、今年度から「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の内容を見直し、Ai(死亡時画像診断)を活用することにしました。
Aiの活用をめぐっては、「死因究明に資する死亡時画像診断の活用に関する検討会」を今年6月に立ち上げました。そこでは、Aiが良いか悪いか、Aiと解剖のどちらが正確かは議論していません。Aiをどのように活用するかを議論しています。
ただ、自公政権下の08年6月に公表した「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」から方向転換することを、厚労省と十分に共有できていなかったようです。政権交代後に、医政局総務課の医療安全推進室長が何度か代わりました。ただ、今の渡辺真俊室長になり、方向性がはっきりしつつあります。
今後は、国家公安委員会の「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」との連携を図ります。この研究会に、厚労省は今までオブザーバーとして参加していましたが、今後は正規の委員として入るよう依頼が来ています。
現在検討している民主党案には、「異状死」の警察への届け出を義務付ける医師法21条の削除を盛り込んでいます。これは閣法でやるべき問題ですので、内閣、特に厚労省の政務三役がどのように判断するかが非常に重要になるでしょう。
■「芽が幹になるまで見届けたかった」
民主党が昨年の衆院選前に発表したマニフェストは、党のマニフェスト策定委員会がまとめたので、直接は関与していません。ただ、その基になる「政策集インデックス2009」や、「医療政策の詳細版」の作成にはかかわりました。そこに掲げた政策は、すべてこの1年間で種をまきました。既に芽は出始めています。今後、それを実現するためには、官僚の方々の理解が一番重要です。十分に議論を尽くしましたので、事務次官、局長、課長くらいまでは、これからやるべきことを十分に理解していると思います。
―退任会見では、会議の在り方やメディアの役割についても言及されました。
従来の会議は「結論ありき」で、意見を言うだけ言わせて、結論としては何も変わらなかったり、議論の過程が見えなかったりしました。そうではなくて、議論の中で課題を共通認識し、その解決策を探っていくべきです。さらに、その過程を国民の皆さんにすべて公開し、できれば議論に参加していただこうと考えました。
ただ、これには大きな問題が2つありました。
一つは、政務三役が国会対応に追われると、会議に出席できないことです。会議に出席できない時には、終了後に担当者から会議の内容を聞いて、次回の会議の方向性を夜中まで話し合っていました。これでは、国会中は会議が進まないか、進んだとしても非常に時間がかかります。
もう一つは、会議を傍聴した記者がそれぞれ別の感想を持ち、時にはまだ議論が途中のことが、決定事項のように報道されることです。それを見た人は決定事項だと思ってしまい、その修正が極めて難しくなります。国会で、こうした新聞記事を基に質問され、否定するのに追われたこともありました。わたしは、「ある専門家はこういう意見だ。一方、別の専門家はこういう意見だ」という記事を書かれるのは一向に構わないと思っています。しかし、「どうもこういう結論になりそうだ」という“感想”を書かれると、問題が出てきます。
途中からは、オープンな会議の際にはその日の論点をまとめた紙を記者に配るようにしました。しかし、まだすべての会議で徹底しているわけではありません。しかも、会議の途中で帰る記者もいます。記者の皆さんには勉強してほしいし、注意してほしいと思います。
―この1年間でやり残したことはありますか。
種をまき、芽が出た政策が、幹になるまで見届けられないことです。1年だけでは、法改正まで携わることができません。長妻昭前厚生労働相も、少なくとも3年はやるつもりでいました。新しい政務三役には、これまでの方向性を後退させることなく、さらに推し進めてくれることを期待しています。
2010年10月09日 10:00 キャリアブレイン