馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

馬の子宮捻転のその後

2016-04-19 | 学問

開腹して子宮捻転を整復した繁殖雌馬は、その後も不調が続いたが、徐々に回復し、

予定日よりかなり遅れて正常分娩したそうだ。

子宮捻転を診断して、母馬も仔馬も助かることはこの地域ではマレだ。

私の所へ送られてくるときにはたいてい子宮捻転の末期症状で、胎仔は死んでいることが多く、ときには子宮も壊死している。

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今年のEquine Veterinary Journal にオランダでの馬の子宮捻転の回顧的調査成績が載っている。

Mare and foal survival and subsequent fertility of mares treated for uterine torsion

子宮捻転で治療を受けた母馬と仔馬の生存とその後の繁殖成績

Equine Vet J. 48 (2016) 172-175

要約

研究実施の理由: 

子宮捻転の整復後の母馬と仔馬の生存は、今までの調査では、それぞれ60-84%、30-54%と報告されている。

さらに立位での膁部切開による整復により仔馬の生存性は良好だが、母馬についてはそうではないとされてきた。

目的

立位膁部切開の成功率を他の方法(全身麻酔下での正中切開、あるいは膁部切開、径膣整復)と比較すること。

研究のデザイン

臨床記録の回顧的調査。

方法

手技、妊娠日齢、捻転の程度、生存とその後の繁殖成績を、1987-2007年にオランダの3つの馬病院で子宮捻転で治療を受けた189頭について分析した。

結果

診断された平均妊娠日齢は283日(範囲153-369日)で、子宮捻転の大半(77.5%)は妊娠320日以前に起きていた。

子宮捻転の整復後、90.5%の母馬と、82.3%の仔馬が生存して退院し、分娩した。入院期間は3-39日間であった。

多変量解析では、整復方法と妊娠日齢が子宮捻転後の仔馬と母馬の生存に影響していることが示唆された。

立位膁部切開後の仔馬の生存は88.7%で、他の方法では35.0%であった(P=0.001)。

妊娠320日未満で子宮捻転が起こると、生存した子馬は90.6%であり、320日以上では56.1%であった(P=0.007)。

母馬の生存では、妊娠日齢と整復方法の間に相互関係があり(P=0.02)、妊娠320日未満では、立位膁部切開後はより高く(97.1%)、他の方法では低かった(50.0%)(P<0.01)。

妊娠320日以降に起こったときには、母馬の生存は手技による差はなかった(76.0 vs 68.8%; P=0.6)。

再交配された123頭のうち、93.5%は妊娠した; 繁殖成績は立位膁部切開で治療された母馬(93.9%)と、他の手技(87.5%; P=0.9)で差が無かった。

結論

妊娠320日を越えている場合を除いて、併発症(例えば、消化管病変の存在)がない馬の子宮捻転の整復では、立位膁部切開が選択すべき外科手技である。

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ずいぶん、立位膁部切開にこだわった調査になっている。

それというのも、169頭は立位膁部切開で整復され、分娩中だった10頭は経膣で整復され、全身麻酔下での正中切開での整復は5頭、全身麻酔下での膁部切開での整復が2頭、

1頭は保存的に治療され(子宮捻転は自然に整復された)、残る2頭は整復されずに安楽殺された。

これだけ立位膁部切開ばかりやっていたのでは、手技による結果を比較するには無理があると私は思う。

だいたいサラブレッドでは立位膁部切開による子宮捻転整復なんてできそうにないし;笑

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この報告にある馬の種類は、

Dutch warmblood (111, 59.7%), Friesian (27, 14.5%), Arabian (12), Welsh pony (7), draught horse (6), Hflinger (3), Fjord horse (3), 残り17頭はその他13種の馬だった、となっている。

サラブレッドは1頭もいないか、あるいは含まれていても2頭以下だったようだ。

こんなに様々な種類の馬が繁殖されている点でオランダの馬産を羨ましくも思う。

3つの馬病院での症例の寄せ集めとは言え、20年間に189頭も子宮捻転を診療していることは感心する。

どうも、ここに示された種類の馬は子宮捻転を起こすことが多いのではないだろうか。

日高で毎年4500頭以上が生産されてきて、この調査成績ほど多くの率で子宮捻転を起こしているとは思えない。

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この調査成績では、妊娠320日未満での発生が77.5%、320日以降が22.9%ということになっている。

妊娠中の馬の疝痛の診断では、子宮捻転を頭において、必ず直腸検査して子宮広間膜の捻れや緊張をチェックすべきだ。

子宮捻転による疝痛はひどく痛いわけではない。

子宮が変色したり、ひどく水腫を起こしたり、胎盤が機能しなくなったり、胎仔が死んでしまったりする前に運んでくれれば、母仔ともに助けられる可能性が大いにある。

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モクレンの苗木を植えた。

 

 

 


死屍累々

2016-04-16 | 新生児学・小児科

夜、難産で起こされる。

初産の馬が産気付いたが、(仔馬の)頭しか触らない、と言う。

正確には、「頭しか触らないと牧場が言っているので、まっすぐそっちへ行かせたい」との連絡。

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来院して、枠場に入れて、鎮静剤を投与して、両腕節を屈曲しているので、片方を伸ばしたが、初産馬で枠場の中で蹴ろうとする。

怒責するし、産道は狭いし、仔馬はまだ生きているので急ぎたいので、全身麻酔することにする。

全身麻酔下で後躯を吊り上げて、もう片方の前肢を伸ばす。

頭も耳から来ているので、おでこを押し込んで、顎と鼻っ面をひっぱって整復する。

あとは、引張って出すだけ。

が、引っ張り出した仔馬の腕節は120°くらいまでしか伸びない。

球節も固い。

これでは、立てるようにならないので、安楽殺した。

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朝、7日齢の仔馬が食道梗塞のようだ、と電話。

来院してみると、もう立てないが、気道閉塞はない。

ただ、口粘膜はチアノーゼがあり、心拍は100を超えている。

抑えていないと寝たまま四肢をバタバタさせる。

何だ??

超音波で腹部を観ると、小腸がひどく分厚く見える。

しかし、暴れ方は疝痛というより意識障害がある。

ごく少量の麻酔薬を投与して、入院厩舎へ運んだところで死んでしまった。

剖検すると、空腸が2箇所で10cm以上重積していた。

おそらく敗血症で全身状態が悪くなった中で腸蠕動がおかしくなり重積を起こしたのだ。

臍が腹壁の内外で腫れていて、切ってみると、一部に膿があった。

臍から感染したのだろう。

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午前中、新生仔溶血性黄疸で治療していたという仔馬が死んで運ばれてきた。

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25日齢の仔馬が、以前から呼吸が苦しいとのことで診察と検査を受けに来た。

X線撮影すると、気管が胸腔へ入った部分で5cmほどにわたって潰れている。

胸前は腫れていて、超音波検査すると膿瘍だと思われた。

しかし、気管がひどく潰れているのは胸腔内なので、胸前だけの問題ではない。

左右の胸腔を超音波でスキャンすると、フィブリンを含んだ胸水が溜まっているのが見えた。

予後について飼い主さんと相談して、あきらめる。

剖検では、

浅頚リンパからと思われる径10cmの膿瘍、

胸腺からと思われる径10cmほどの化膿巣、肺リンパ節の化膿、臍静脈内の膿の貯留、右内腸骨リンパの化膿、が確認された。

やはり、予後不良で、もう治療の対象にならない状態だった。

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解剖場で拘縮した腕節へつながる腱を切ってみる。

それでも腕節は伸びない。

これでは立てるようにならないし、立てない子馬は哺乳できないし、何日も立てない子馬をミルクで生きながらえさせても立てるようにできる方法はない。

この春、実習に来た学生の一人が、難産で引っ張り出したこのような仔馬を安楽殺するのを観て、

「馬のためでなく、牧場のために診療していることがわかった」と書いて帰った。

わかってないな。

仔馬のためにも助ける方法がないんだよ。

you don't know that you don't know anything.

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まだ、風が冷たいのだが、

相棒には充分あたたかいか、ときには陽射しが暑すぎるらしい。

恐るべし、犬皮の保温力。

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九州の地震の被害にあっておられる方に心よりお見舞い申し上げます。

まだ被害の全貌も明らかになっておらず、余震もまだ続いてるようす。

人の力が及ばぬ災厄が早く治まりますように。

人の力でなんとかできることは人の力が及びますように。

 

 


POIの夜

2016-04-12 | 急性腹症

小結腸腸間膜ヘルニアの馬は、翌日疝痛を示し、リドカイン投与に反応せず、

翌々日に再開腹手術することになった。

再手術時の回腸のようす。

変色し、通過障害を起こしていた。

壊死部を切除して、空腸を盲腸へ端側吻合した。

切除した断端はさほど悪い状態ではない。

しかし、そこから少し近位の20cmほどが動けなくなっていた。

空腸盲腸吻合し、通過することを確かめ閉腹した。

フィブリンが出ていたので、腹腔を洗浄した。

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今度は順調にいくことを期待したが、術後も不穏感、不快感が続いた。

手術後6時間ほどで前搔きが止まなくなった。

もう術後に2回フルニキシンを投与していたので、リドカインをボラス投与し、ベトルファノールも投与した。

1時間半ほど落ち着いていたが、また痛くなって、夜8時に呼ばれた。

胃カテーテルを入れるが、逆流はなし。

リドカインをボラス投与し、フルニキシンも投与した。

メトクロプラミドが入った点滴の速度を速めた。

今晩はまた起こされるだろう、と覚悟する。

・・・・・・・朝まで起こされずに済んだ。

朝、馬は不快感なし。

心拍も落ち着いている。

血液検査でも、PCVは正常値。

POI 術後イレウスは解消されたのだ。

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水をやったら数リットル飲んだ。

hand feeding 手渡し給餌を始めた。

やれやれ。

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今朝は起きたら雪がうっすら積もっていた。

やれやれ、危ないところだった。

 


小結腸腸間膜ヘルニア

2016-04-10 | 急性腹症

朝、繁殖雌馬の疝痛の来院。

転がりまわるほど痛いわけではないが、疝痛が続いている。

小腸が膨満しているのが、超音波と直腸検査で判明した。

朝5時に疝痛を発見したが、その前から痛がっていたようすだった、とのこと。

すでに3時間以上続いている・・・・血液所見は悪くはないが・・・・

「開けましょう。小腸捻転じゃなくて、腸間膜の孔とか、網嚢孔とかへ入り込んだんじゃないかと思いますよ。」

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分娩1ヶ月後なのだが、仰向けにするとけっこう腹囲膨満している。

小腸も扱うのがたいへんなほど完全膨満している。

開腹して良かった。

小腸を切開して内容を捨てた。

回腸が、小結腸腸間膜の5cmほどの裂孔をくぐっていた。

大結腸を切開して内容を捨てる。腹腔をできるだけ空にして、小結腸腸間膜基部に近い部分の裂孔を縫って閉じたい。

私も手洗いしてワンポイントリリーフするが、1糸かけて縫うのが精一杯で、完全には縫えない。腹腔の底で見えない。

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絞扼されていた回腸の様子はかなり回復した。

色調は回復してほぼ健康なピンク。

点状出血は融合して斑状に広がっているが、暗色の部位はない。

腸管に括れた部分もない。

指ではじくと収縮もする。

Freeman先生のグレーディングで言えば、Grade2。

温存しても大丈夫だろう、と判断した。

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午後、血液検査。

分娩後2時間で貧血が始まり死んでしまった12歳の繁殖雌馬の剖検。

子宮動脈破裂だった。

2歳育成馬の跛行診断とx線撮影。

腕節に小さな骨嚢胞を見つけたが、跛行の原因かどうかはわからない。

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三寒四温。

少しずつ緑になってきたネ~

                    

                     

 

 

                        

 

 

 


Rhodococcus equiの抗生物質感受性試験

2016-04-08 | labo work

今週、私は検査当番。

細菌検査で、気管洗浄液からほぼ純粋に培養されているのはご存知Rhodococcus equi。

忙しい中でも、きちんと気管洗浄して菌分離を心がける獣医師には頭が下がる。

推測と憶測で抗生物質治療していたのでは、中途半端で治療を止めることになる。

そして、しばしば再発する。

膿瘍を作る細菌なので、しっかり確定診断して治療にかかることが必要なのだ。

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こちらは抗生物質感受性試験。

PペニシリンもAMアンピシリンも効いているようだが、阻止円の中にも曇りがあり、発育している菌が居る。

こちらのGMゲンタマイシンの阻止円はクリア。

Eエリスロマイシン、CAMクラリスロマイシンもクリア。

FOMホスホマイシンは阻止円なし。

この仔馬の気管洗浄液から採れたR.equiは今のところペニシリンにも感受性があるものがほとんどだが、いずれペニシリンに耐性の株が増えるだろう。

ゲンタマイシンに耐性の株は含まれて居ないが、どの症例のR.equiもそうとは限らない。

エリスロマイシンは海外ではよく使われているが、日本の馬はどういうわけか腸炎を起こしやすいので、危なくて使えない。

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ひさしぶりに海岸へ行ったら

おおはしゃぎ

その無邪気さには

頭が下がるヨ