礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

魚に詫び念仏を唱えた和泉の漁師・五郎右衛門

2014-02-24 06:09:13 | 日記

◎魚に詫び念仏を唱えた和泉の漁師・五郎右衛門

 昨日の続きである。中村元〈ハジメ〉の『日本宗教の近代性』(春秋社、一九六四)から、本日も、『妙好人伝』の内容を紹介している部分を紹介する。

 真宗の信徒は財貨を独占しないで、他人に頒ち〈ワカチ〉与えようとする。紀伊国の長兵衛は仁愛がふかく、困窮している人々には金銀米銭を人の知らぬようにして施しめぐんだ。奥州の中村屋とく女は貧しい人々に味噌・米あるいは衣類などをやり、常に感懐を洩らしていた。『世の中は有るにまかせてほしくなる習いなるに、いささかなりとも人に遺す心になりたるもひとえに仏祖の御蔭なり。』同行〔信者〕の間で牛を買ってやることもあった。必要な場合には財貨を豊かに施し恵むということは、また封建君主の理想として武士の間でも讃えられていたことであった。しかしこれは単に封建君主の理想と真宗信徒の理想が偶然に一致しているのではなくて、むしろ人間性そのものの理想と解せらるべきであり、だからこそこのような一致が認められるのであろう。
 そうして営利を無限に追求するという精神はあまり現われていない。和泉の五郎右衛門という漁夫〈ギョフ〉は、常に釣をたれ綱をおろすのに、念仏の称名を絶やすことがたかった。かれは得た魚がほぽ「二百銅」ほどの価になると思ったときには『是にて一日の料あり』と思って帰ってしまった。魚を得たときには、『鳴呼〈アア〉不便〔不憫〕なり、こらえてたもれ、我は其性魯鈍にて商はせず、田畠はもたざれぱ、百姓の業もならず、やむを得ずしてなんぢの命をとり我腹を養うなり。』と言って、いくたびも魚にわびて念仏を唱えたという。
 しかし浄土真宗信徒には、利息をとってはならぬ、という思想はなかった。すでに原始仏教において借金は必ず返さねばならぬということが説かれていた。『実に負債があるのに督促されると、「わたくしはあなたに負債はありません」といって遁れる人、――かれば実は「賤人」であると知れよ。』ちょうどこれと同じように、一般に日本の封建社会においては、借金は必ず返済せねばならず、また適当な利息をとることは差し支えないという倫理が武士の間でも承認されていた。
 ただしこれは、「妙好人」として伝えられている信徒の場合であって、現実の浄土真宗信徒の場合にはまたそれとは異なった思惟方法が支配していることがある。例えば、戦後の農地改革に至る以前の北陸の大地主の多くはへ真宗信徒であるが、かれらは徹底した無限の利益追求をめざしていた。資本の蓄積をめざすという点では、かりに農業に由来する資本主義と呼んでよいものであった。【以下略】

コメント (2)
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