<遊去の話>

「遊去の部屋」「遊来遊去の雑記帳」に掲載した記事と過去の出来事についての話です。「遊去のブログ」は現在進行形で記します。

コロちゃん<ベッドメーキング>

2017-07-07 09:10:46 | 「遊去の部屋」
 コロは、冬の間、昼間は軒先に敷いた毛布の上で丸くなって過ごしています。その毛布は中央がへこみ、その周囲がうまく盛り上がって、ちょうど九州の阿蘇山のようなカルデラ形をしています。そして、その真中に、コロが丸くなってうまく収まっているのを見ていると、こちらまでがぽかぽかしてきて、何かほのぼのとした気分になるのですが、その収まり方があまりにもぴったりしているのでずっと感心していました。ところが、それは全部、コロが自分で作っていたのです。
 コロに古い毛布を与えたのは去年からのことでした。それまでは秋になると枯草を取ってきて、それを小屋に敷いてやっていたのです。動物には自然なものの方がいいだろうと思ったからでした。秋が深まって朝夕少し冷えるようになってくると小屋に枯草を入れてやるのです。そうするとコロは「もう入ってもいいかな」というような顔で一度ちらっと私の方を見て、それから小屋に入り、すぐに中でくるくる回り始めます。一定方向に回り続けるのですが、そうすると枯草はだんだん渦を巻いたようになり、中央がへこんで、最後は鳥の巣のようになるのです。これはコロだけではありません。前にいた犬もみんなそうでした。教えられなくてもちゃんと知っているのです。
 小屋の外に敷いた枯草の場合にはこううまくは行きませんが、それでも使っているうちに何となく寝床という形になっていくようです。
 去年は古い毛布の使い道をいろいろ考えていて、そのとき冬の間だけでも軒先のセメントの床に敷いてやれば、その上で暖かく過ごせるのではないかと思いました。『どうして、そんな当たり前のことを…』と思われるかも知れませんが、コロは寒さにはすごく強いのです。さすがは元野良犬といいたくなるくらい寒さには平気です。だから毛布はかえって邪魔になるかも知れないと思っていました。それで、いらないようなら捨てようと思って、試しに畳んで長方形の状態でセメントの床の上に置いてみたのでした。
 コロも初めは遠慮がちに頭だけを毛布の上に乗せて寝ていました。ところが、2,3日すると、きちんと畳んだ毛布がだんだん寝崩れたようになり、そのうちに全部広がって一枚になってしまいました。私は、やはり、暖かすぎて嫌がったのかなあと思ったのですが、そのうちに広がった毛布が今度はだんだん集まってきて、何層にも襞(ヒダ)を重ねたようになってきたのです。そしてとうとう最後は真中がへこんで周囲の盛り上がったカルデラ形になりました。
 私は、まさかコロが意図して作っているとは思わないので、偶然にしてはうまくできたものだなぁと感心していました。偶然の重なりのもたらす結果を予測することは不可能だろうと思います。事故などというものも、思いがけないことが重なり合って引き起こされるものですから、『思いがけないこと』は起こるものだということを前提にして取り組みを考えなければならないのですが、それを逐一組み入れていたら、あっという間にシステムが肥大して、その『思いがけないこと』が起こる前に自身の重さで自滅してしまうことになるでしょう。しかし、この毛布をながめながら、こういうことが起こるのなら突然変異説の妥当性も認めなければならないかなという気になりました。
 突然変異説というのは、現在、世界には様々な種類の生物が存在するわけですが、そのような多様性が生じたのは突然変異を繰り返したためで、その中で生存競争に打ち勝って環境に適したものだけが生き残ってきたという考え方です。そして、この説の拠り所になっているのは「途方もない長い時間の経過」ということで、そのような時間の流れの中ではこのようなことも起こりうるのだということだと思います。
 世界は不思議な生きもので溢れています。どの生きものをとってみても実にうまくできていて、それを取り巻く生物間の相互のつながりの見事さは「できすぎ」といった方がいいくらいです。とても論理的に組み上げて辿り着けるようなものではないと思います。そして、それらがみな偶然の重なりよって出現し、生存競争によって選択された結果なのだというのが突然変異説なのです。
 私はこの説には否定的な感じを抱いています。しかし、今回のこの毛布の一件では、突然変異説もありうるかなと思いました。何しろ、きちんと畳んだ毛布が2,3日のうちに、偶然の重なりによって見事な寝床にまで変化し、そこからは先はピタッと変化を止めてしまったのですから。
 雨が降り出すと、私はあわてて毛布を軒下にしまいます。毛布は一度雨に濡れると水をたっぷり含んでしまうのでしばらく使えなくなってしまうからです。そのときには毛布をかるく畳んで雨のかからない所に置くので、次に軒先に出すときにはまた畳んだ状態で敷くことになりました。ところが、それもしばらくするとまた鳥の巣のようなカルデラ形になっていくのです。雨が降るたびにそれを繰り返していたので、4,5回繰り返すうちにさすがに私もおかしいと思うようになりました。それでその秘密を探ろうとコロの行動にずっと注意を払っていたのですが、とうとう春になるまで毛布変性の現場を押さえることはできませんでした。
 私はよく家の前の道で剣道の稽古をしています。稽古といっても一人で足や体の捌き方をいろいろ練っているだけですが、私が稽古を始めると、コロにも何か感じるところがあるらしく、必ず私の見えるところに出てきて、そこで、そこらに落ちている木の枝や棒切れをくわえて振り回し始めるのです。ううっと唸り声まで上げて本格的にやってます。時々、口からすべった棒切れが飛んで行って戸にぶつかり凄い音を立てることもあります。私はガラスを割られないかといつもひやひやしているのですが、コロはすぐに飽きるので今のところガラスは大丈夫です。
 あるとき私が前の道で稽古をしていると、ひとしきり暴れまわったコロが、もう飽きたというような顔で毛布のところに行き、上に寝そべりました。しばらくはそうしていたのですが、どうも寝具合が悪かったのか、立ち上がると毛布の回りをうろうろし始めたのです。それから立ち止まると毛布の端をくわえ、毛布を広げるように外の方へ引っ張りはじめました。それから今度は反対に鼻で毛布を真中の方にぐいぐい押し込みだしました。犬は穴を掘るときには前足で掘りますが、埋めるときには鼻の先で土を押して埋める習性があるので、その要領でしょう。その結果、波板のように細長い小さな襞(ヒダ)がたくさんできました。プリーツの誕生です。毛布の回りをぐるぐる回りながら同じ動作を繰り返し、最後に真中の部分を前足で外側に向かって掻き出すようにかりかりと引っ掻き、それが済むとその真中にどさりと寝転んで丸くなりました。
 私はこれまでコロを少々見くびっていたようです。こういうことができるには、まず頭の中に完成予想図があることと、そのための作業工程を順序立てて行うことが必要です。カルデラ形の寝床は、まさにコロのデザインだったのです。毛布は偶然の重なりによってカルデラ形になったのではありませんでした。やはり私は突然変異説に同調するわけにはいきません。
2004年7月29日に「遊去の部屋」に投稿

★コメント
 13年も前に書いたものですが、この中に「突然変異説」の話が出て来ます。この時期に自分がこういう事を持ち出していたことに驚いています。偶然にも、この数年、生物や人類の進化についての本を読み続けていたからです。コロのベッドメーキングについて書いたことは覚えていましたが、そこに「突然変異説」を持ち込んだ記憶はありませんでした。
 コロの所作についても詳細は忘れていましたが、再読してリアルに思い出しました。書いておくということの重さを実感します。長くならないようにするために詳しい説明を省いたところもあり、書き足したい気持ちになるのですが、それはまた別の形に仕上げたいと思います。
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