<遊去の話>

「遊去の部屋」「遊来遊去の雑記帳」に掲載した記事と過去の出来事についての話です。「遊去のブログ」は現在進行形で記します。

みごとな保護色

2022-09-22 18:14:55 | 「遊来遊去の雑記帳」
みごとな保護色    <2004.5.12>

 この季節、犬を連れて散歩をしていると、よく、ケリの攻撃に出会います。ケリというのは鳩より少し大きいくらいのチドリ科の鳥で黄色く長い足をしていて、田んぼのあちこちに散らばって棲んでいます。それぞれがテリトリーを持っているのでしょう。そこへ近づくとさっと飛び立って、キーッ、キーッと鳴きながら上空から急降下し、コロの1,2m手前で身を翻して急上昇するのです。たいていは二羽ですが、もっと多いときもあります。まさに戦闘機が地上の目標を攻撃する様子を彷彿とさせられるシーンです。
 ところが、コロは、というと全くの知らん顔。ケリの攻撃は何度も何度も繰り返されるので、それがあまりしつこいとせいぜいチラッと振り返って見るくらいです。
 ケリは羽を広げると頭から背中の途中までは畑の土の色をしているのですが、羽の途中から尾羽にかけてと腹は真っ白、そして、羽の先半分と尾羽の先端は黒という非常に目立つパターンをしています。ちょうど白いショールを肩から腰の少し上までずり下ろして両端が肘のあたりにかかっている状態で腕を左右に広げた感じです。これが頭の上を旋回しながら攻撃をするのですが、こんなことをするのは今だけです。近くに巣があって雛がいるのかもしれません。
 冬の間もケリはいるのですが、そのときは田んぼの中でじっとしています。羽を畳んだこの状態でこれを見つけるのは殆んど不可能に近いと思います。ではどうして分かるのかというと、それはケリがときどき歩いたりするからです。一度止まってしゃがんだら最後、これほどの保護色はないだろうというくらいみごとです。
 つまり、じっとしているときは保護色が効いていて、敵を追い払うために攻撃をするときは思い切り目立つ姿に変身するのです。この自然のデザインの見事さには舌を巻くよりありません。それにしてもどういう原理でこのようなデザインが現れたのか、そしてどうしてそれが遺伝していくのかということは不思議です。突然変異説、自然選択説などいろいろありますが、とても現実を説明できるようなものではないと思っています。自然を見る限り、私には、生物の意志で自分の遺伝子までをも変化させてしまうことが可能であるように思えてなりません。

★コメント
 生物の形は不思議です。その模様も不思議で、それらが遺伝するということはさらに不思議です。その仕組みはいつ生じたのかということになると「最初から」ということになるのでしょうか。それは生物としての条件の中に「子孫を残すことができる」ことが含まれているからですが、また同時に変異を生じるということは矛盾するようにも感じます。そして変異によって生じた無数の「種」の中で残っていくのはどういうものかという話になると、弱肉強食、適者生存、自然選択など、その時代を背景に受け入れやすい説が登場します。今は遺伝子そのものを調べることができる時代になったのでその結果、「生存に有利でも不利でもない遺伝子がたくさんある」ことがわかり中立説が出てきました。そうなると偶然性に左右されることになり結局何も分からないのと同じになります。
 植物でも動物でも似たものがたくさんいます。それらを似た順に並べたら殆ど連続的になるのではないかと思うこともあります。だけど木の葉そっくりの虫や川底の石にそっくりな模様の蛙の場合は、木の葉と虫や石と蛙は異質なもの同士だから一緒に並べるわけには行きません。これらも偶然に生じたのだろうか。視覚情報が関係しているように感じてしまうのですが、その場合、遺伝子とは無関係ですから遺伝はしないでしょう。
 生物の生命を維持する仕組みを見ても「どうしてこういうことがあり得るのか」ということばかりです。これも「億年」という時間単位の成せる業でしょうか。かつては恐竜がいたということも驚きですが、1mmにも満たない小さな虫が空を飛び、それを虫眼鏡でみるとちゃんと羽があることにも驚きます。空を飛ぶということは何でもないことなのだろうかと思ってしまいます。
 保護色の話に戻りますが、前に林道に車を止めて犬を降ろしたことがあります。そのときは二匹飼っていたのですが、後ろのドアを開けると二匹は飛び降りると同時に辺りの臭いを嗅ぎ始めました。そして地面に鼻を寄せながら道の脇の方に進んで行きました。すると突然草むらが動いて大きな鹿が飛び出したのです。私から3mくらいのところでした。犬がそちらへ行ったので私はそちらを見ていたのですが鹿が動くまで目に入っていたはずなのに全く分かりませんでした。犬も同じでしょう。それで臭いを辿ったのだと思います。このときはその保護色の働きに感動しました。また視覚がだめなら嗅覚でという犬の能力もすごいと思いました。
 自然は不思議に満ちていますが、それを単純な原理で説明したいというのは論理的な思考方法から来る欲求でしょうか。如何にも人間らしい欲求だと思います。しかし理解しやすいということと事実とは別の事柄のように感じるのでよく見なければと思います。
2022年9月22日

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