<遊去の話>

「遊去の部屋」「遊来遊去の雑記帳」に掲載した記事と過去の出来事についての話です。「遊去のブログ」は現在進行形で記します。

忍びの者<最初の訪問者>

2018-01-31 16:08:35 | 「遊去の部屋」
<2002年4月頃に書いた話です。>
 これは実話です。
 かれこれ20年ほど前になりますが、私がこの家に越してきてまだ間のない頃のことでした。あるとき、ふと、夜中に目が覚めました。耳元でカリッカリッという音がするのです。ふとんの中でじっとしたまま何の音だろうかと考えていました。すぐ横の入り口の戸のところから聞こえるようなので頭をそちらへ向けました。するとピタッと音が止んだのです。しまったと思いましたが遅すぎました。頭を動かしたときに枕の音がしたのです。
 静かになったのでもう一度寝ましたが、しばらくしてまた目を覚ましました。さっきと同じ音がしたのです。今度は用心深くそっと頭を動かしました。が、やはりだめでした。音は再びピタッと止みました。枕の音は意外に大きいものだということをこのとき知りました。
 音が止んだのでそのまま寝ましたが今度もすぐに目が覚めました。あの音です。息を止めてそっと頭を持ち上げましたが、今回もだめでした。そこで一計を案じて、初めから頭を横に向けたまま寝ることにしました。そうしたら頭を動かす必要はないわけです。これでいいと思ってうとうとしているとすぐにまたあの音です。そっと目を開けましたが、まただめでした。真っ暗だったのです。じっとしたまま音を聞いて頭の中でどの辺りから聞こえてくるか確かめました。だいたいの見当をつけてからそっと起き上がると音はピタッと止みましたが、私はそのまま立ち上がって小さい電燈をつけました。それからもう一度ふとんに入って横になりました。
 すぐに例の音は始まりました。すこし大胆になっているようにも聞こえます。豆電燈の薄明かりの中で私は目を凝らして音のする方を見ました。すると、そこは床すれすれまでカーテンが垂れていて、どうもその向こうで音がするようなのです。そっと体を起こしたのですが音はピタリと止みました。それで今度はふとんの上の、カーテンに手の届く位置に座ったままじっと音がするのを待ちました。
 音はすぐに始まりました。私はじっと音を聞いて位置を確かめてから、ゆっくりとカーテンの方に手を伸ばしました。そのとき膝のところでカサッと音を立ててしまったので例の音はまた消えてしまいました。
『しかし、待てよ。音はずっと同じところでしている。ということはまだそこにいるかも知れない。』
 私はそのまま手を伸ばすとカーテンの端をつまみました。そして、そおっとそおっと横に引くようにのけました。するとそこには5cmくらいの小さな野ねずみがいたのです。二本足で立ち上がり、両手を左右に広げ、顔を横に向けながら体をピタッと戸に張り付けているではありませんか。私が見ていることに気付いていないはずはないと思うのですが、それでも戸に張り付いたままピクリとも動きません。さしずめ木遁(もくとん)の術とでもいうところでしょうか。ここで戸に穴を開けて抜け道を作ろうとでもしていたのでしょう。しばらく眺めていましたが微動だにしませんでした。それがあまりにも見事なので私は感心してそのままそっとカーテンを戻してやりました。それから電燈を消すとまたふとんに入りました。するとすぐまたカリッカリッという音が始まりました。『またやっとるな』と思いながらその音を聞いていましたが、いつか眠りに落ちてしまいました。

★コメント
 今から35年ほど前の話です。先日、この話をここに載せたいと思ったのですがどこに書いたのか思い出せませんでした。捜してみたのですが見つかりません。もしかしたら書いてないかもしれない、誰かに話した記憶はあるのでそれを覚えているだけかもしれないという気がしていました。「遊去のブログ」の方に書いたのかもしれませんが、こちらは印刷していないので画面でチェックするしかありません。一覧表を見ると投稿数は140を超えていました。こうなると捜す気にもなれません。
 今朝、「遊去の部屋」の印刷資料をぱらぱらと見ていたら思いがけずこの話が出て来ました。「あった、あった!」思わず小躍りです。「忍びの者」の項目は最初にチェックしたのですが気付きませんでした。
 この頃、私はまだ20代の終わり頃で、世の中に「パソコン」の出始めた時代です。趣味の人は「マイコン」をいじくり、商業的には経営者が「オフコン」導入を図るというコンピューターの黎明期でした。ワープロはまだなくタイプライターを使っている時代です。これから数年後にパソコンが現れ、そしてワープロ、パソコン通信というように次々に新しい機器が登場してきました。そしてインターネットの時代となったわけですが、そこに投稿することになって私の書いた話の一つがこれでした。その時点で20年も前の出来事をよく覚えていたものだと思います。
 それにしても「野ねずみ」は可愛いです。2年ほど前に仕事で根付を彫っている人に会いました。自分の作品だといって、腰から外して見せてくれたのが「野ねずみ」でした。黒ゴマのような眼の愛くるしさといったらありません。ここにもいたかと思いました。
2018.1.31

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