<遊去の話>

「遊去の部屋」「遊来遊去の雑記帳」に掲載した記事と過去の出来事についての話です。「遊去のブログ」は現在進行形で記します。

鹿二匹

2019-06-23 10:13:02 | 「遊来遊去の雑記帳」
鹿2匹      <2002.6.9>
 今日は山で鹿を2匹見ました。1日に2度も見るのは珍しいことです。しかもその鹿の尻の毛は黒でした。たいていは白い毛をしているものなのです。鹿の体は保護色になっているから、山で出会っても鹿が動かなければ、まず見つけることは出来ないでしょう。すぐ近くにいてもなかなか分からないものなのです。実際、山で鹿を見つけるときはたいてい音が先に来ます。がさっと聞こえてそちらを見ると鹿がゆっさゆっさ走っていくという具合です。問題はこの音がどの方向から来るかということですが、背中の方でしたときには本当に肝を冷やすます。振り返ってそれが鹿だと分かってやっと安心するのです。
 ずっと前に一度、山の奥の奥の、そのまた奥の、人の歩く山道もないところで鹿を見たことがあります。5月の初めのことでした。稜線近くの、木がまばらになったゆるい斜面を何か白いものがふわふわしながら上がっていくのです。距離は約30m。私は愕然としました。こんなところにまでスーパーでくれるあの白い買い物袋がある…。自然の中であのような白い袋や捨てられたプラスチックのコンビニ弁当箱を見つけることほど嫌なものはありません。山道が尽きてからすでに半日も歩いているというのに、そこで出会ったものがレジ袋とはと思いながら、それが風に吹かれて斜面を上がって行く様子を見ていましたが、どうも動きがおかしいのに気付きました。一定のリズムで上がったり下がったりしているのです。風に吹き飛ばされては落ちてきてまた吹き飛ばされては落ちてくるといった感じなのですが、あんなにうまくいくものかなあと思ったとき突然全体が見えたのです。鹿が斜面をゆっさゆっさと駆け登っていたのです。白いものは鹿の尻の毛でした。保護色とはみごとなものだと感心しました。この日、私は鹿を見ることが出来てうれしかったのですが、それ以上にあの白いものがレジ袋でなくて本当に良かったと思いました。

★コメント
 実は昨日も鹿に会いました。コーヒーの水を汲んだ後、斜面を登り尾根の肩に出ます。そこは標高120mくらいですが、南側がよく見えます。春にはコブシの花が咲き、その後はワラビが生えるので山菜取りに来るのですが、鹿も来ることがわかります。人がワラビを取るときはポキンと折るようにします。鹿の場合はかじり取るのでその切り口からわかるのです。鹿はアク抜きをしなくても大丈夫なんだなあと思いながら取りますが、私は一晩アク抜きをして翌日は酒となります。
 それでここではよく鹿を見ます。ピ-ッという笛のような音が聞こえてそちらを見ると数頭が逃げていくというのがいつものパターンです。たまに私が先に見つけることもあります。あるとき「丹波の里」と私が名付けたところに7、8頭の鹿を見つけました。子鹿もいます。そのとき私は、沢で汲んだ水を入れたペットボトルを数本ずつ入れた袋を両手に下げていたので、まずそれをそっと地面に置きました。それからゆっくりと鹿の群れの方へ近づいて行きました。スカイブルーのアノラックを着ていたので山の中では相当目立つ色だったはずですが鹿たちは気付きません。その頃私は膨大な量のシートン動物記を読み終えた後で、その中の記述が頭に浮かびました。「鹿(?)はこちらが動かなかったら気付かない」というような内容でした。そこでこれを試してみようと思いました。
 私は立ったまま一歩ずつ群れの方に近づいていきました。数歩めで一頭の鹿が頭を上げてこちらを見ました。そのとき私は右足を地面に降ろしたところで体重の大部分は後ろの左足にかかっていました。「動いてはいけない」と思ったのでそこでピタリと止まりました。鹿は頭を上げてこちらを見ています。私は丸見えです。にも拘わらずその鹿はこちらを見たままピクリとも動きません。他の鹿は頭を下げて何かを食べているようでした。10秒、20秒と時間が過ぎて行きますが、その鹿は固まったままです。30秒、40秒、…。1分あたりで体重の乗った左足が苦しくなってきました。だけど『シートン、シートン』と念じて耐えました。さらに30秒ほど過ぎたとき私は耐えきれなくなって体をほんの数cm右足の方へ移動させました。
 このくらいなら大丈夫だろうと思ったのですが、その瞬間「ピーーーッ」と笛が鳴りました。と同時に群れが弾かれるように散りました。四方に散った鹿は再び集まり山の奥の方へ逃げ出したのですが、子鹿が一頭だけ山道を私の方に走ってきました。ぐんぐん近づいて来ます。すると逃げ出した群れの中から一頭が離れ、子鹿の後を追いました。母鹿でしょう。その鹿は私の15mほど手前で私に気付いて急停止しました。子鹿はまだ走っています。『子供というのは人も動物も同じだな』と思いました。そして私の手前7mくらいのところでようやく私に気付きました。一瞬躊躇した後、横を向くと山側の急な斜面を駆け登り出しました。そして跳ねるようにして数歩で10mほど登り切ると藪の中に姿を消しました。母鹿はそれを見届けると安心したようにUターンして引き返していきました。子鹿も本当はUターンするのが一番良かったのだろうと思いますが、そこまで判断が及ばなかったのでしょう。それにしてもすごい脚力です。『シートンは本当だったな』と思いながら母鹿を見送りました。
2019年6月23日

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