<遊去の話>

「遊去の部屋」「遊来遊去の雑記帳」に掲載した記事と過去の出来事についての話です。「遊去のブログ」は現在進行形で記します。

忍びの者<麦か米か>

2018-05-01 17:22:21 | 「遊去の部屋」
<これは2007年4月に投稿したものです。>

(1) 網抜けの術
 捕っても捕っても、しばらくするとまたやって来ます。年に2,3度のこととはいえ、もううんざりしています。野ネズミは小さいので体が十分成長するまではネズミ捕りを仕掛けても金網をすり抜けてしまうことができるのです。体の小さい遺伝子を持つものは大人になっても無理をすればすり抜けられるので全く困ってしまいます。本当に世話の焼ける連中です。
 3週間くらい前にまた現れました。周りの畑からやってくるので、ここにいる限りこの関係が終ることはないでしょう。仕方がないのでまたネズミ捕りを取り出しました。一応、きれいに拭いてから、底に白い紙を敷き、フックにパンを引っ掛けます。入り口は開けた状態にセットするのですが、野ネズミの場合はパンをかじっても扉が閉まることはありません。普通のネズミなら体が大きく力もあるのでパンを引っ張って外に持ち出そうとするのですが、うちにやってくる野ネズミの場合は、ネズミ捕りに入ると、とことこと歩いてパンの前まで行き、そこで行儀よくきちんと座って、その場でかりかりかじるのです。だからフックが引っ張られることはないので扉が閉まることもありません。
 これまでに実にいろいろ試しました。ネズミ捕りの中に糸を張って、野ネズミがパンのところに行こうとして糸に触れると扉が閉まるようにしたこともありました。捕れたこともありましたが、逃げられたこともありました。うまく扉が閉まっても体が小さいと金網をすり抜けてしまうので意味がないのです。これが分かるまでは、網抜けの術でも使うのかと思いたくなるほど不思議でした。いや、これは術といってもいいでしょう。見た目にはとても通れそうにない野ネズミが、金網に頭を突っ込み、もがいて、もがいてすり抜ける芸当はやはり術として認めてやりたいと思います。これまでに一度だけ、体半分を金網に突っ込んだまま、前にも後ろに動けなくなってしまったものがいました。私は金網の隙間を広げて外してやりましたが、この野ネズミはぐたっとして草の上に放してやっても動くことはできませんでした。内臓を圧迫しすぎたためでしょう。やはり、術の習得には危険が伴うものと思われます。

(2) 麦か米か
 私の技術も向上して、今では捕えるまでに3つの過程を用意するまでになりました。
(ア) パンがあることを教える段。
(イ) パンを食べて太らせる段。
(ウ) 十分太ったところで捕える段。
これを称して「三段地獄」、とはいっても殺すわけではありません。腹一杯食べて、太って、金網が抜けられず捕まったら草地に追放…ということですから、これは野ネズミにとっても悪い話ではないはずです。ここしばらくはこれで解決していたのですが、今回新たな問題点が見つかりました。
 いつものようにネズミ捕りの扉を開けて中にパンを入れておいたのですが、今回はどうも食べに来ないのです。ネズミ捕りのあたりはちょろちょろ歩き回っているのを見かけるので気付かないということはないはずです。試しにパンを替えてみたところ、今度はすぐに食べにやってきました。
 実は、最初のパンは店で売っているもので、取り替えたのは自分で焼いたパンでした。私はパンも自分で焼いています。食パンはホームベーカリーで焼きますが、丸いパンは天然酵母を培養して使っています。しかし、たまに普通の味を思い出すために店でパンを買うことがあるのです。今回の最初のパンはそうしたパンでした。
自分で焼いたパンはすぐにカビが生えますが買ってきたものは冷蔵庫に入れておけばかなり経ってもカビは生えません。保存料のためでしょう。今回のことでこれがちょっと気になりました。
 これで第二段に進むわけですが、野ネズミはパタッと来なくなりました。こんなことは初めてです。どこかに行ったのならいいのですが、そんなに甘くはないはずです。『これにはきっと何かある…』、そう思いながら様子を見ていました。
 別の部屋に玄米と白米と麦が置いてあります。白米と麦はコロのエサ用です。その部屋の手前に私の仕事部屋があるのですが、そこで、隅を走る黒い影を見かけるようになりました。前より一回りも二回りも太っています。私はすぐに玄米の袋を調べました。何ともありません。白米の袋も見ました。これも問題ありません。すぐ横の麦の袋を見ると袋の後ろには、袋から掻き出されたようにこぼれ出した麦と黒い糞を見つけました。野ネズミです。これを食べていたのか、ということで謎が解けました。

(3) 麦飯、あの頃
 私は野ネズミの好みを、「玄米→白米→麦」だろうと考えていました。今回、野ネズミが玄米や白米には手を出さず麦のみを食べ続けていることに一抹の不安を覚えました。もしかすると、米より麦の方が食品としてのバランスがいいのかもしれないと思ったからです。麦といってもこの場合は大麦です。確かに、麦飯は消化がいい(つまり、すぐに腹がすく)し、腐りやすいことも事実です。麦飯といっても白米に大麦を混ぜたものです。100%の麦飯はとてもうまいとはいえないし、それにつるつるでスプーンがいるくらいです。
 私が子供のときは麦飯が普通でした。何割くらい麦を入れていたのかは知りませんが、私は麦飯をまずいと思ったことはありませんでした。しかし、世間一般では、麦飯は貧しさの象徴のようなところがあって、麦飯を食べていることを隠したいというところがあったようです。いわゆる「白いご飯」というのは麦の入っていないご飯のことです。麦が入るとご飯は薄茶色になります。それが傷むと赤みが増し水っぽくなってきます。そういうときは一度水にさらして洗い、それから火を通して食べました。つい、この前までそんなことは普通のことでした。食に対する姿勢は、直感的にも、世界の現状からみても、今の日本は狂っています。
 コロは麦飯を食べています。一回に大きな鍋で3日分くらいを炊きますが、今は冷蔵庫があるので夏場でも大丈夫です。炊いたときには、時々、炊き加減を確かめるため少し食べてみます。すると、一瞬のうちに子供の頃食べたご飯の感触が甦るのです。これには本当に驚きます。いったい脳にはどれだけの情報が詰っているのか、無尽蔵といってもいいくらいでしょう。そして、その一つ一つが、まさに自分そのものなのですね。

(4) 麦飯はまずい?
 いつか何処の家でも麦飯を食べなくなりました。米のご飯を食べるようになると、今度は奇妙な米を見かけるようになりました。「麦の栄養分を添加した白米」です。そのとき思ったことは、それなら麦飯を食べていればいいじゃないか、ということでした。私は麦飯が嫌いじゃなかったのでそう思ったのでしょう。
 学生のとき麦飯をいろいろ試していました。麦の割合を少しずつ増やしていくと味はどうなるかということですが、麦の割合が増えるにしたがって独特の匂いと癖のある味が強くなってきます。さすがに100%になると食べる気がしません。その流れから、麦が少なくなるとそれだけ味が良くなる、という経験則を得たのではないかと思います。おそらく、私が子供の頃より以前の「麦飯」というものは、かなり麦の割合が多かったのではないかと思います。そのあたりから、その味の原因を麦に求めて「麦の入ってない白いご飯が食べたいものだ」という気分を伝えてきたのではないかと思います。
 1割か2割の大麦を混ぜて炊いたご飯は、私は決してまずいとは思いません。今は、玄米と白米を交互に炊いて食べていますが、これからはそこに麦飯を加えようかなと思っています。そうすればバリエーションが増えてさらに食事が楽しめるのではないかと思います。これも野ネズミのお陰でしょうか。
とはいうものの野ネズミは何とかしなければなりません。ケガをさせずに捕える方法はないものでしょうか。新しい装置を考えるしかないようですが、そんなことに時間をかけているとこんなことをしていていいのかという気がしてきます。ゲームだとも思い切れないし、まだしばらくこの状況の打開策は見つかりそうもありません。
2007.4.28

☆ ああ、やはり麦飯
 急に麦飯が食べたくなり炊きました。28日に水につけて翌朝炊きました。麦は1割にしました。もちろんあとの9割は米です。このくらいなら麦飯の感じはしないかもしれないと思いましたが。まずはここから始めてみよう思ったのです。
 食べてみてがっかりしました。白米はうまいです。麦は1割にすぎないのに全体の味や感触を決定する力があるようです。確かに、この味でした。昔はまずいと思ったことはなかったのに、白米に慣れた舌には麦飯はうまいとは感じにくいようです。でもこの味は大切にしたいと思います。これから食べ方を工夫することにしましょう。できれば木の飯櫃(ヒツ)に移しかえて食べてみたいが、今はもうないでしょうね。
2007.4.30


★コメント
 こちらに引っ越してから野鼠は一度も見ていません。落ちた栗や落花生などもかじられているので畑にはいると思いますがその姿を見たことはありません。
これまでに書いた「忍びの者」はこれで全部です。このほかに書こうと思っていたことがいくつかあります。書こうと考えていただけなのか、書きかけたのか、それとも書き上げたのか、記憶がありません。書いてみようかなとも思いますが、時間が経ち過ぎているので思い出せるかどうか。
 今回は「どこまで読んだかわからなくなる」との意見を頂いたので項目を作って分割してみました。この形式でいくつか書いたように思いますが、いつの間にか元に戻ってしまいました。
2018年5月1日
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