おはようございます
実は
金曜朝4時前・・
和歌山に住む
祖母が92歳で、逝ってしまいました
金曜
朝RUNして
帰宅してお風呂入って
夫送り出して
7時過ぎに・・
母より電話入りました・・
数年前から
ほとんど
寝たきり
週3日の透析
入退院を繰り返し・・
今年
1月、入院して・・
もう
家で過ごすことはできないので
(叔父も母も、24時間体制で看ることはできないから)
具合がよくなっても
家には帰れず、施設に・・という方向になってました
が
退院することなく、施設にいくことなく
逝ってしまいました
母は
覚悟していたので
電話では
落ち着いてる様子でした・・
冷静なので、かえって聞いてて辛かったです
母・弟・わたし
祖母と同じ敷地で住んでました
私は
18歳で上京して・・
32歳で結婚して
祖母は
私が、夫と結婚したことを
すごく喜んでくれて・・
よかった、よかった・・
良い人に嫁いで良かった・・・
ずっと言ってたそうです
実は
去年、帰省したのは6年ぶりでした・・
いろいろ・・あって・・
でも・・
なんだか・・
わからないけど・・
和歌山に、帰ろう・・
そう思って
地元のハーフマラソンと組み合わせて
帰省しました・・
今思えば・・
あれが、最後でした
畑やって
買い物大好きで
一日中動き回って・・
沢山食べて(ごはん3膳は食べてました)
健康そのものだった
ばあちゃんは・・
会うたび
ちっちゃくちっちゃく・・
なってて・・
別れ際
元気でね
と
何度も、握手したのに・・
ぬくもりを
思い出したくても思い出せません・・
私が帰省したときは
すっごく、喜んでくれて
にこにこ顔しか浮かびません
金曜4時前に亡くなって
土曜の午後1時半に出棺
2時火葬の予定になってしまい
もう火葬前に
会えないかなぁ・・と
諦めかけてましたが
夫が
東京在住の弟と
わたしを乗せて
出棺2時間前に実家に間に合わせてくれました
弟も左腕を骨折していたので
運転の交代もできなかったのに
夫一人で
神奈川・東京→→和歌山県新宮まで
飛ばしてくれました・・
夫、ほとんど寝てないのに・・
わたしも、弟も
夫の気遣いに
感謝の気持ちでいっぱいです
すでに棺に入ってましたが
死んでるように見えなくて
「●●ちゃん、来たんかえ??」
といつも通り、にこにこっと微笑んで
くれそうな、おだやかな顔でした
土曜火葬・お通夜
日曜は
告別式・初七日・納骨まで
一気に
あまりにも・・あっけなく・・
終わってしまったので・・
もう、いないんだ・・
という
実感は、あるようなないような
ふわふわした感覚です・・
この3日間
激動過ぎて
もちろん、走ってませんが
階段を上るのも
息が切れるほどに
疲れました・・
当たり前のように存在していた人を
突然失って
泣いて泣いて泣いて
も
まだ、やっぱりさびしい
でも
早く、遠い国で
楽に過ごせるように・・
いつまでも
引きずらずに切り替えないと・・
と思ってます
なんだか・・
よく分からない文章・・つらつら書いてるけど
ばあちゃんが
自分に望むのは
夫婦仲良く、幸せに
そして
いつも身体を心配してくれてたから
健康でいること
だと
思うから
うじうじ・めそめそ
するのは
今日で終わりにします
明日からは
いつもの
自分らしく
「YOMEちゃま日記」は
可能な限り(無理な日は無理だけど)
毎日、綴りづけよう・・
いつも通り・・
爆食して爆走しよう・・
笑おう
主婦、がんばろー
そう思う・・
火葬・お通夜は、冷たい雨でしたが
告別式の朝は
気持ちよく、晴れました
きれいな虹の写真まで
撮れました
死は切ない・・です
命は、有限・・・です
だから、いつも全力で生きたい・・です
ありがとうの気持ちも忘れずに・・
ぽちっと
お願いします
にほんブログ村
にほんブログ村
実は
金曜朝4時前・・
和歌山に住む
祖母が92歳で、逝ってしまいました
金曜
朝RUNして
帰宅してお風呂入って
夫送り出して
7時過ぎに・・
母より電話入りました・・
数年前から
ほとんど
寝たきり
週3日の透析
入退院を繰り返し・・
今年
1月、入院して・・
もう
家で過ごすことはできないので
(叔父も母も、24時間体制で看ることはできないから)
具合がよくなっても
家には帰れず、施設に・・という方向になってました
が
退院することなく、施設にいくことなく
逝ってしまいました
母は
覚悟していたので
電話では
落ち着いてる様子でした・・
冷静なので、かえって聞いてて辛かったです
母・弟・わたし
祖母と同じ敷地で住んでました
私は
18歳で上京して・・
32歳で結婚して
祖母は
私が、夫と結婚したことを
すごく喜んでくれて・・
よかった、よかった・・
良い人に嫁いで良かった・・・
ずっと言ってたそうです
実は
去年、帰省したのは6年ぶりでした・・
いろいろ・・あって・・
でも・・
なんだか・・
わからないけど・・
和歌山に、帰ろう・・
そう思って
地元のハーフマラソンと組み合わせて
帰省しました・・
今思えば・・
あれが、最後でした
畑やって
買い物大好きで
一日中動き回って・・
沢山食べて(ごはん3膳は食べてました)
健康そのものだった
ばあちゃんは・・
会うたび
ちっちゃくちっちゃく・・
なってて・・
別れ際
元気でね
と
何度も、握手したのに・・
ぬくもりを
思い出したくても思い出せません・・
私が帰省したときは
すっごく、喜んでくれて
にこにこ顔しか浮かびません
金曜4時前に亡くなって
土曜の午後1時半に出棺
2時火葬の予定になってしまい
もう火葬前に
会えないかなぁ・・と
諦めかけてましたが
夫が
東京在住の弟と
わたしを乗せて
出棺2時間前に実家に間に合わせてくれました
弟も左腕を骨折していたので
運転の交代もできなかったのに
夫一人で
神奈川・東京→→和歌山県新宮まで
飛ばしてくれました・・
夫、ほとんど寝てないのに・・
わたしも、弟も
夫の気遣いに
感謝の気持ちでいっぱいです
すでに棺に入ってましたが
死んでるように見えなくて
「●●ちゃん、来たんかえ??」
といつも通り、にこにこっと微笑んで
くれそうな、おだやかな顔でした
土曜火葬・お通夜
日曜は
告別式・初七日・納骨まで
一気に
あまりにも・・あっけなく・・
終わってしまったので・・
もう、いないんだ・・
という
実感は、あるようなないような
ふわふわした感覚です・・
この3日間
激動過ぎて
もちろん、走ってませんが
階段を上るのも
息が切れるほどに
疲れました・・
当たり前のように存在していた人を
突然失って
泣いて泣いて泣いて
も
まだ、やっぱりさびしい
でも
早く、遠い国で
楽に過ごせるように・・
いつまでも
引きずらずに切り替えないと・・
と思ってます
なんだか・・
よく分からない文章・・つらつら書いてるけど
ばあちゃんが
自分に望むのは
夫婦仲良く、幸せに
そして
いつも身体を心配してくれてたから
健康でいること
だと
思うから
うじうじ・めそめそ
するのは
今日で終わりにします
明日からは
いつもの
自分らしく
「YOMEちゃま日記」は
可能な限り(無理な日は無理だけど)
毎日、綴りづけよう・・
いつも通り・・
爆食して爆走しよう・・
笑おう
主婦、がんばろー
そう思う・・
火葬・お通夜は、冷たい雨でしたが
告別式の朝は
気持ちよく、晴れました
きれいな虹の写真まで
撮れました
死は切ない・・です
命は、有限・・・です
だから、いつも全力で生きたい・・です
ありがとうの気持ちも忘れずに・・
ぽちっと
お願いします
にほんブログ村
にほんブログ村