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神想観を続けていると 自分の本体である「仏向上人」(神の子)が働き始める。

2021-01-04 13:14:50 | 日記
以下の御文章の意味は
神想観を続けていると
自分の本体である「仏向上人」(神の子)が働き始める、
ということなのである。
これは気が付く人は気がつくのであり、
内なる“神の子”が
いよいよ動き出した、
ということである。
自分の現象の到るところに
神が現われ始めるのだ。

(正法眼蔵を読む 仏向上事の巻  谷口清超)
<不得不知>
 さて道悟はこう聞いた。「向上更に転処有りや無しや」と。くらっと一転するところが現成すれば、仏向上が現成する。この「転処」というのは、方便のことである。何かのショックでパッと開けてくる。それは方便と言ってもよいのである。しかし、それが又諸仏の働きであり、仏祖の役目である。更に云うならば、方便がそのまま諸仏であり、又諸祖であり。これを更に言うならば、「更に転処有り」だ。そこに諸仏が現われるからである。しかしそれは又「ある」ような姿ではないのである。それ故「更に転処なし」という言い方もあることを心得ておかなければならない。

日ごと日ごとは新生のはじまりである、朝ごとに世界は新しくつくられる、悲しみと罪とに疲れ切った人達よ、此処にお前にとっての美しい希望がある・・・。

2021-01-04 11:26:13 | 日記
自分の中に「永遠の理想体」である‟神の心”なる不滅実相人間がいて、
日ごと日ごとに新生してましますのである。
新生したものの
「内容」というか神のメッセージを
読み取るべきなのだ。
(心と運命 谷口雅春)
【吾等の肉体や境遇もまた、それと同じく永遠に変化しつつあり、そして宇宙の本体は新しい様相にて顕現しつつあるのである。一カ年たたぬうちに肉体の全器官と骨格とは生れ更わる。身体の多くの部分は丁度手の表皮のように、毎日新しく生れつつあるのである。或る詩人が次のように歌ったのは真理である。

日ごと日ごとは新生のはじまりである、
朝ごとに世界は新しくつくられる、
悲しみと罪とに疲れ切った人達よ、
此処にお前にとっての美しい希望がある・・・
それは私にとっても希望であり、
君等にとっても希望である。
日ごと日ごとに新しく世界はつくられる。

「見よ、吾れすべての物を新たならしめん 吾れは永遠に顕現しつつあるなり。」
とは「至上者」(いとたかきもの)の宣告である。】


吾々は造られて了った宇宙に生活しているのではない。吾々は造られつつある世界の中に生きているのである。吾々は顕現の途上にある世界にあるのである。

2021-01-04 11:01:54 | 日記
この現象の世界は
「造られつつある世界」なのである。
永遠の「動」の世界なのだ。
“神の国”であるからだ。
(心と運命 谷口雅春)
【真理を自覚するために神想観を実修するに当っては、吾々はいま間断なく、より新しき、より高き生命の形に顕現しつつあるところの意識の宇宙的流れの内にある事を認め、然るのち自己のためにそれを顕現せしめさえすれば好いのである。創造が今尚行われつつあると云うことに留意することを忘れてはならない。吾々は造られて了った宇宙に生活しているのではない。吾々は造られつつある世界の中に生きているのである。吾々は顕現の途上にある世界にあるのである。自然界に静止せるものはないのである。あらゆる事物は動き変化し転生しつつあるのである。吾等が棲んでいる所の此の地球は、永遠に緑の装いを着たり、脱いだり或いはその隠れたる力を森林に咲く菫の花や、セクオイヤ科の巨樹の様相と化して放出したり、その芳しさを百合の匂いや、オレンジの甘き香りに放散しながら永遠に変化しつつあるのである。】