今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

進藤英太郎 (俳優) の忌日

2007-12-18 | 人物
今日(12月18日)は、主に悪役を専門とした進藤英太郎 (俳優) の1977(昭和52)年の忌日。 進藤 英太郎、本名真藤辰五郎は、1899(明治32)年11月10日、福岡市大名町(天神に隣接する地域)にカムチャッカ漁業の経営者の1人息子として生まれ、生家の家業であるカムチャッカ漁業を継いだり、雑貨商や海産物商なども経験し成功していたという。しかし、生活が安定するに従い、幼少から好きであった芝居に再び興味を持つようになり、1925(大正14)年に劇芸術研究会に入り、そこで河内繁俊に発声法を教わり、翌・1926(大正15)年、劇団同志座に入り進藤英太郎の芸名で初舞台を踏んだという。その後、劇団の移籍を繰り返した後、豪快にして堅実な演技は次第に注目され、1930(昭和 5)年に人気スターの林長二郎(後の長谷川 一夫)と舞台で共演するまでになり、1936(昭和11)年からは本格的に映画の世界に入り、第一映画社(以下参考に記載の「第一映画撮影所」参照)で溝口健二監督の『浪華悲歌』(以下参考に記載の「※浪華悲歌」参照)、『祇園の姉妹』に起用される。この映画を私は見ていないが、進藤 この『浪華悲歌』でのえげつない大阪商人役(株の外交員)によりバイプレイヤーとしての声価を決定付けたといわれている。第一映画社解散後は、1937(昭和12)年に東宝の専属となり、時代劇や戦争映画に多数出演(以下参考に記載の「※進藤英太郎ー映画」参照)。1949(昭和24)年、フリーとなり、1951(昭和26)年の『お遊さま』以降、溝口健二作品の常連として、『武蔵野夫人』、『西鶴一代女』、『祇園囃子』、『山椒大夫』、『近松物語』、そして溝口の遺作となった『赤線地帯』に出演する。1950(昭和25)年に日本の映画賞ブルーリボン賞が創設されるが、『祇園囃子』(goo-映画参照)と新藤兼人監督の『女の一生』goo-映画参照)で1953(昭和28)年度の(助演男優賞)を受賞している。
しかし、私には、『山椒大夫』が一番印象に残っている。森鴎外の同名の小説『山椒大夫 』を映画化したもので、ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した作 品である。確か、この映画は学校から団体で見に行ったと思う。森鴎外の小説『山椒太夫』は説教節『さんせう太夫』を下敷きにして書かれたものである。
暗い内容の映画なのでまだ当時小学生の私には、正直言って余り面白いといったものではなかったが、とにかく、山椒太夫を演じた悪役・進藤英太郎 の小憎らしさ、こんなに憎たらしい奴はいないと、そのことだけがものすごく印象に残っている。それだけの名優であったというべきだろう。成人し、歴史的なことが判った上で映画を見ると、非常に奥の深い味のある映画であるが・・・。この小説『山椒太夫』と説教節『さんせう太夫』ことは、以前のブログで詳しく書いたので、興味のある人は見てください。以下です。
1月16日「籔入り」
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/3213935b5299058797be52907f034c09
1956(昭和31)年から東映の専属となり、『旗本退屈男』シリーズ(以下参考に記載の「図書カード:No.565作品名: 旗本退屈男 著者名: 佐々木 味津三」参照)を初め、数多くの映画に悪役として出演していた。この頃は、東映時代劇の黄金期であり、チャンバラ物大好きな私は、映画館に通いつめていた。時代劇というものは、悪役がいなければ映画にならない。その悪役が、憎々しければ憎憎しいほど、主役が引き立つというものだ。当時は、そんな悪役が東映には大勢いた。この当時の悪役3羽ガラスといえば、月形龍之介、山形勲、そしてこの進藤英太郎であろうか。他に、薄田研二、三島雅夫。柳永二郎、吉田義夫、原健策、神田隆、阿部九州男、加賀邦男、上田吉二郎、伊藤雄之助、遠藤太津朗、南原浩次など等、きら星のごとき個性派敵役がそろっていた。それも、それぞれに個性がある。中でも私は、進藤 英太郎が好きだった。憎たらしいヤクザの親分などやらせたらこの人にかなう人はいないね~。
1953(昭和28)年、片岡千恵蔵主演の多羅尾伴内シリーズは、昭和21年(1946年)~昭和23年(1948年)に時代劇がつくれない時に、大映が時代劇を現代劇に置き換えて作られた架空の探偵の名「七つの顔の男」シリーズと呼ばれていたものを東映が、千恵蔵主演により進藤英太郎ら東映時代劇初期の常連俳優たちが出演し再開したものであるが、千恵蔵が七変化の活躍をするという痛快無比な面白さが大評判となった。こんな現代劇でも進藤が敵役の犯罪団のボス役で光っていた。しかしこの進藤、悪役だけでなく「家光と彦左と一心太助」の大久保彦左衛門役などコミカルな善人役をやっても巧い。こんな主に悪役を専門とし、出演した総映画本数は620本に及ぶという。
1967(昭和42)年に、テレビへと活躍の場を移し、テレビドラマに多数出演するが、中でも阪東妻三郎の主演映画『破れ太鼓』のリメイク作であるTBSのドラマ『おやじ太鼓』は映画の悪役とはうって変わって、好々爺を演じ大ヒットした。
♪誰がつけたか大太鼓
雷親父の忘れ物
ドンドンドドンドドンドドド、ドンドンドドンドドンドドド・・・♪
ガミガミガミガミとうるさいカミナリ親父であるにもかかわらずどこか憎めない・・・これで、お茶の間の人気者となってしまった。余り、東映の時代劇など見ない人にとっては悪役のイメージなど沸かないのではないだろうか・・・。
このドラマの主題歌を歌っているのは・・・。元ジャニーズあおい輝彦だろう。このドラマがジャニーズ解散後、主に俳優として活躍しだした時の彼の俳優デビュー作だよ。
以下参考に記載の「YouTube - おやじ太鼓」で懐かしい画面と歌が聴けるよ。
進藤は、1976(昭和51)年のNETの『五街道まっしぐら』に出演中、心臓病のため入院したが、翌・1977(昭和52)年の今日・12月18日に心筋梗塞により死去した。享年78歳であった。それにしても、いつも思うことだが、今は、本当に、個性のあるいい役者がいなくなったよね~。
それと、昭和40年代には、日本には、まだこんな頑固親父が暖かく受け入れらる環境があったんだよね~。
(画像は、映画 『がんご親父と江戸っ子社員』〔1962年〕ポスター。向かって左端:進藤英太郎 、その隣:中村賀津雄 、その隣:佐久間良子)
参考:
進藤英太郎 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E8%97%A4%E8%8B%B1%E5%A4%AA%E9%83%8E
進藤英太郎 (シンドウエイタロウ) - goo 映画
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/makino/aruke/aruke13.html
第一映画撮影所
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/makino/aruke/aruke13.html
※浪華悲歌
http://www.fsinet.or.jp/~fight/mizoguchi/sakuhin/naniwa.htm
歴史探訪 日本史編 第6回
http://www.kirihara.co.jp/scope/SEP98/tanbo1.html
「マヤの暦【人生の自由研究】」の昭和40年代テレビドラマ館へ
http://syowa40stvdrama.okoshi-yasu.com/
『木下恵介アワー』の世界 /テレビドラマ「親父だいこ」の世界
http://syowa40stvdrama.okoshi-yasu.com/page036.html
※進藤英太郎ー映画
http://www.jmdb.ne.jp/person/p0204460.htm
図書カード:No.565作品名: 旗本退屈男 著者名: 佐々木 味津三 
http://www.aozora.gr.jp/cards/000111/card565.html
Category:悪役俳優- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E6%82%AA%E5%BD%B9%E4%BF%B3%E5%84%AA
多羅尾伴内 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E7%BE%85%E5%B0%BE%E4%BC%B4%E5%86%85
破れ太鼓 - goo 映画
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD27208/
あおい輝彦 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%8A%E3%81%84%E8%BC%9D%E5%BD%A6
YouTube - おやじ太鼓
http://www.youtube.com/watch?v=cGSZFXqX82Q




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2 コメント

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脇役 (Linda)
2007-12-22 09:34:08
よーさん、お早うさんです。
進藤英太郎さんは憎たらしい人でしたね。勿論、役の上でですが。確かアラカンのむっつり右門のライバルのあばたの敬四郎は上田吉二郎さん、大友柳太郎右門のあばけいは進藤英太郎さんだったと思います。当時は吉田義夫さん、伊藤雄之助さん、安倍九州男さんなど個性の強い脇役が沢山いらっしゃいましたね。映画が娯楽の王様だったからでしょうか。今より楽しかった様な気がします。
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脇役 (よーさん)
2007-12-23 10:28:06
Lindaさん時代劇全盛時代、日本の庶民の最大の娯楽は先ず映画だったですからね。だから、有能な個性的な役者が本当に大切と思います。 特に脇を固めている俳優に本当にいい役者がいました。
それが今はいません。極端に言って、主役は顔がよくって格好さえよければそれでも良い。その脇を固める俳優が揃っておれば、・・・特に時代劇では悪役がにくたらしければそれだけ主役が映えます。今は、そんな昔の脇を固めていた俳優がいなくなり、映画やドラマが本当につまらなくなりましたね。
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