スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

曲がり角にきたアルコール規制政策 (下)

2005-03-22 07:22:04 | コラム


隣の国と陸続きであったり、橋で簡単に行けてしまうヨーロッパの各国では、人々の移動や物の流れは、国内の政策をも左右してしまう。ヨーロッパ全体が一つの市場になるほど統合はされてないにしても、同じ品物が他の国で安ければ、最近では簡単に輸入できるようになった。

去年の暮れにSonyのデジカメを買った。日本の“価格.com"と同じように、こちらでもウェブ上で様々なお店の値段を比較することができるのだが(例えば、www.pricerunner.sewww.msn.se/shopping)、スウェーデンのお店だけではなく、他の国のお店でも、スウェーデンに配送サービスを行っているものであれば、そこでの価格とも比較できるのだ。もちろん通貨が違うが、配送料も含めて、自動的にユーロからクローナへ換算される。比較の結果、フランスのとある販売店に注文。クレジット決済。なんと約束通り、48時時間以内に配送してくれた。電源アダプタはちゃんとスウェーデン型。

お酒はさすがに、個人で輸入することは許されていない。しかし、車で持ち込むことは許されている。人と物の国境を越えた流れがこれだけ激しくなった今、税関の検査もできないという理由で、数量制限も撤廃された。

物価がヨーロッパで一番高いといわれるノルウェーでは、お酒も高い。だから、ノルウェー人はスウェーデンにお酒の買い出しにやってくる。ノルウェーとの国境に近いStrömstadは小さな町なのに、それに似合わないほど大規模なSystembolaget(国営のお酒販売店)がある。スウェーデン人はスウェーデン人で、お酒が安いフィンランドかデンマークに買い出しに行く。じゃあ、デンマーク人はというと、彼らはさらに安いドイツに行く。と、ドイツ人はどうかというと、ポーランドやチェコ、ハンガリーなどの東欧へ行く・・・。

国内と隣国との値段の格差と、時間的距離が関数となって、人々の流れが決まる。

そんな中で、昨年デンマークが酒税の切り下げを決定した。スウェーデン人にとって、デンマークへのお酒の買い出しがさらに魅力的になったのだ。エォーレスンド橋を越えて、南スウェーデンの人々がデンマークの首都コペンハーゲンに押し寄せる。コペンハーゲン周辺では、スウェーデン人相手の酒屋がスウェーデン語表示で軒を連ねる。

さらに業者による密輸も増加。デンマークからスウェーデンを陸路で通過し、ノルウェーへ搬送するという名目で税関の通過許可をもらったアルコール類が、実はスウェーデン国内で闇で販売されていることが発覚した。他には、ヨーロッパ中を駆けめぐるトラックの運転手が、ヨーロッパのどこかで安く買ったお酒をストックホルム近郊のトラック駐車場で、闇で売り渡して小遣い稼ぎをしていることも明らかになっている。(注:個人での持ち込みはよいが、それを販売して収入を得るのは違法)

そんなこんなで、スウェーデンのSystembolagetは売り上げがさらに激減。酒税からの税収が大きく減ると共に、国内の酒造業が大きな痛手を受けることになった。価格の違いが大きくなれば、Systembolagetがいかに“手取り式”や“土曜日営業”で客を呼び寄せようと思っても、もうお手上げだ。

先週17日木曜日に、政府の調査会から仮の提案がなされた。ウオッカ・ウィスキーなどの強酒にかかる酒税を40%減、ワイン・ビールの酒税を30%減らすというものだ。こうすることで、隣国との価格の差を少しでも縮めるのがねらいだ。

これが現実化すれば、国民の健康や暴力・交通事故を考慮したこれまでのアルコール規制政策が大きく転換されることになる。提案に反対する者は「発火した火事を灯油をかけて消そうとするようなモノ」と声を荒立てる。アルコールの消費に歯止めがかからなくなるのは必死だが、現実問題として、既に他国から大量に流れ込み、消費量も増え続けている。放っておけば、スウェーデンでの税収減を含めて、さらにマイナスの結果になることも懸念される。政府調査会の座長は「(昔のようにというのが理想だが、そうはもはやいかない) 守りきれるものだけでも守り抜こうというのが提案の狙いだ」と、スウェーデンのアルコール政策が抱えるジレンマを端的に表した。

このように、国境のもっていた意義が薄くなり、人と物がより自由に移動できるようになると、国内政策も他国の政策との調和という妥協を余儀なくされる。これは、アルコール政策だけにとどまらないようだ・・・。