スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ギリシャの財政危機 - ユーロが潜在的に抱える構造的問題

2011-09-26 02:48:49 | スウェーデン・その他の経済
ギリシャの財政危機のニュースを聞くたびに、頭が痛くなる。それと同時に、統一通貨ユーロという大きなプロジェクトが潜在的に抱えてきた構造的問題が、幕開けから10年経って顕在化しただけのようにも思う。


ギリシャの問題の根本にあるのは、競争力を失い、長期にわたって停滞してきた経済と、その間に膨らんだ財政赤字だ。財政赤字の累積は既にGDP比で150%と高い水準にあるから、新たな借金をしたり、既にある借金を借り替えたりするために国債を発行しても、相当低い価格を付けないと引き受け手がない。これは利子率が高くなることを意味するから、利子返済ですら苦しくなってしまい、借金が雪ダルマのように膨張していく(今でも国債の利払いだけでGDPの7%に相当しており、総税収がGDPのせいぜい22%ほどしかないこの国の財政にとって、その3分の1を利払いに充てることを意味している)。そして、破産(債務不履行)の可能性が高まれば高まるほど、国債の買い手はそのリスクを加味してさらに高い利率を要求するから、債務残高の膨張速度が余計に早まる。

この悪循環を断ち切るための鍵は、債務不履行に陥るリスクを減らして信用を高めることであるから、ECB(欧州中央銀行)やIMFは特別融資をギリシャに供与して、半ば保証人の役割を担ったり、資金を直接流し込んでいるわけだが、その条件としてギリシャに課されているのが財政の安定化だ。しかし、リーマンショック以前のずっと以前から毎年のように財政赤字を続けてきたこの国にとって、簡単なことではない。

公務員の大量解雇、賃金の大幅カット(一部の公務員は解雇予備軍として4割カットをまず行い、1年後に何もすることがなければ解雇)、年金削減(高所得者は2割カット、55歳以下の受給者は4割カット)、社会保障の削減、増税(燃料税、固定資産税etc)、基礎控除額の引き下げなどが既に発表されている。これら一連の改革を実行しているのは、保守系の政党から2年前に政権を奪った社会党だが、いざ政権に就任してみたら国庫がスッカラカンだったというから哀れだ。タイミングが悪かったとしか言いようがない。

しかし、低迷が長年続いてきた国内経済に、利子率の高騰が重くのしかかり、それをさらに増税と大量解雇が襲っている。もともと税の補足率の低い国だから、増税をしても脱税に拍車がかかるだけで、税収はそれほど増えないという見方も強い。社会保障の削減に関しては、例えばこれまでの年金制度があまりに寛大で、50代からの年金受給が認められるケースなどもあったというから、スリム化の促進と勤労と受給額とのリンクの強化をすることは良いと思うが、一方で医療関連の予算が削減された結果、国外の大手製薬メーカーなどが薬剤費の未払いを懸念してガン治療薬などの高価な薬の納入を中止するケースも出始め、ガンの治療が続けられなくなるという事態も発生しているようだ。

それでも政権のスポークスマンは「2014年には財政を健全化させる。トロイカ(IMF、ECB、EU)からの融資を受け、ユーロ圏に留まるためにはこの手しかない」と述べて、野党や国民に理解を求めているが、野党は反発しているし、ご存知の通り、労働組合による連日のストライキは激化するばかり(ここでいう野党には、これまで赤字を野放しにしてきた保守政党も含まれるから滑稽だ)。

はっきり言って、ギリシャはもう持たないだろう。歳出削減・増税の両面で頑張ったところで、2014年までに財政健全化などという目標は達成できるとは到底思えない。税収を支える経済力の回復も見込めないどころか悪化の一途をたどっている。また、今続けられているIMFやECB、EUによる特別融資も時間稼ぎにすぎない。EU諸国が資金を出し渋る中、ユーロ圏諸国が共同で債券を発行するという構想も生まれたが、ドイツやフランスなどの反対で無理に近い。スウェーデンの隣国フィンランドは、北欧の中でユーロに参加している唯一の国だが、このフィンランドでも国民はギリシャをはじめとする問題国への資金拠出に対しては非常に否定的だ。「ギリシャの破産が怖いのなら、地中海リゾートをフィンランドが担保として取ればいいのに」というジョークをスウェーデンのテレビで聞いたが、地中海の温暖なリゾート地を寒い北欧の国がいわば植民地のように確保するのも、まんざら悪い話ではないと思う(笑)(エーゲ海に浮かぶ島々に「ムーミン・ランド」とか作るとか・・・?)。

とにかく、あと数週間、もしくは数か月以内にギリシャは破産するだろう。国内で大きな犠牲を強いて現状のままでは達成が難しい財政健全化を目指すよりも、むしろその方がこの国のためにもなるだろう。ただ、破産と言っても、企業倒産のようにギリシャという国がなくなってしまうわけではない。まず、一般企業の会社更生と同じように債権者が集められて、ギリシャの債務の一部もしくは大部分が帳消しにされることになる。そして、身軽にした状態で再スタートを切ることになる。この場合の敗者は、ギリシャの国債を大量に保有しているヨーロッパの民間銀行やこれまで多額の特別融資をしてきたEU諸国となる。おそらく、フランスなどの民間銀行の一部は経営破たんに陥って、金融危機にもなり、その国の政府による公的資金の注入や国有化・整理統合になるだろう。ヨーロッパ経済はさらに冷え込むことになる。

ただ、それで終わりとは思えない。破産申請し、債務を処理して身軽になったギリシャが再スタートを順調に行っていくだろうか? ユーロ圏のままで? ここは大きく意見が分かれるところだが、私が思うに、ギリシャの経済力や技術力を見る限り、この国がユーロを使い続けている限りは、経済は一向に浮上せず、今のような事態が再び繰り返されるだろう。そして、結局はユーロ圏から離脱し、自国通貨のドラクマを再導入することになるだろう。

これは、何もギリシャに限ったことではなく、ポルトガルスペイン、それにもしかしたらイタリアもユーロからの離脱を選ぶことになる可能性も高い。そして、5年後くらいまでには、ユーロは独仏以北の大陸ヨーロッパとフィンランド、それから、順調な成長を続けるポーランドやバルト三国、チェコ、スロヴァキア、スロヴェニアなどの東欧だけをカバーする通貨となっているのかもしれない。

2012年予算の議会提出 - ビジョンの欠如

2011-09-21 14:05:05 | スウェーデン・その他の政治
2012年の予算がスウェーデン議会に提出された。


先日このブログでも触れた、レストランでの飲食にかかる消費税は現行の25%から12%へと引き下げられることになったし、歳出面では鉄道・道路インフラへの投資をはじめ、失業者への雇用支援学校教員のスキルアップのための予算低所得者を対象にした住宅手当の増額が盛り込まれることになった。

一方で、昨年の国政選挙のときに政権側が公約として掲げていた年金生活者の減税勤労所得税額控除制度の拡大は見送られた。欧米の深刻な財政危機を受けた世界的な不況のために、この秋から来年にかけて経済成長や税収が落ち込むとみられ、そのような減税の余裕が今はないと判断されたためだ。

今日提出された予算案に対する主要新聞や銀行エコノミストなどの評価はかなり否定的なものが多いようだ。年金生活者だけを対象にした減税や勤労所得税額控除が見送られたことが原因ではない。むしろ、これらの減税の先送りは当然だという見方が多い。それよりも問題であるのは、歳出面での中身の無さだ。

既に触れたように2012年はスウェーデン経済が大きく冷え込むと予測される。それならば、歳出面をもっと充実させ、より拡張的な財政政策を行うべきだという声が強い。毎回の予算編成にあたっては、もし前年と同じ政策を行ったと仮定した場合にどれだけの財政的余裕が生まれるかが算出される。国政選挙の前の選挙キャンペーンにおいても様々な主体がこの数字を推計し発表する。この数字がもしマイナスであれば増税か歳出削減が必要であることを意味し、それとは逆にプラスであればその余裕を使って減税を行なったり、歳出の積極的な拡大を行えるというわけだ。

その中でも信頼性が高いのは国の機関の一つである国立経済研究所の発表するものであるが、彼らは2012年には300億クローナ(3600億円)の財政的余裕が生まれると推計している。これに対し、アンデシュ・ボリ財務大臣が今日発表した予算案の各項目(歳出の増減や増税・減税)を足し合わせてもその半分の150億クローナにしか達しない。スウェーデンは他の先進国とは異なり債務残高が非常に低い水準にある(中央政府債務残高は対GDP比で35%ほど)から、何らかの景気対策が求められる今、どうして財布の紐をそんなに堅く締める必要があるのかという不満が上がるのは当然だ。

本来必要とされる歳出項目はたくさんある。例えば、インフラ整備にしても特に鉄道の長期的な維持や投資のためには、今回盛り込まれたよりももっと多額の予算を計上する必要があるという声は強いし、教員の給与の引き上げや、教育以外の社会保障分野の予算の増額の必要性は多くの人が認めている。仮に経済研究所の推計が誤りで、実際の財政的余裕はもっと少なかったとしても、景気後退期だから財政赤字となっても仕方がない。

ボリ財務大臣は、自ら緊縮的な財政政策を展開するのに対し、金融政策を担当する中央銀行に対しては景気状況を考慮し、より拡張的な金融政策を行うべきだと意見を述べている。中央銀行は利上げ重視のタカ派が主導権を握っているため、景気状況に合致しない形で利上げが行われることを懸念した発言だが、少し滑稽に聞こえる(もちろん中央銀行は財務省から独立しているので、あくまで財務大臣の意見に過ぎないが)。それ以上に滑稽なのは、ボリ財務大臣が大きな歳出拡大は景気が上向きになる2013年から14年に可能になる、と考えていることだ。これでは、財政政策がプロサイクリカルになってしまう。政府の財政諮問委員会の委員長を務めていた経済学者もこの点に非常に批判的である。

現在の連立与党の問題は、ビジョンの欠如だ。2006年秋に政権を取って以来、約束してきた制度改革に着手してきたわけだが、そろそろネタ切れの感が否めない。2010年秋の再選以降、ラインフェルト首相にとって勤労所得税額控除制度(Jobbskatteavdrag)がいわば唯一の切り札となってしまい、スウェーデン社会が抱える問題を解決するすべての鍵は、この制度のさらなる拡張だと言わんばかりの発言もあった。前述の通り、この制度の拡張は2012年は見送られることになったため、自分達の政策の焦点をレストランの消費税半減に移して、これによって若者・非熟練労働者の雇用が増えるだろう!と訴えているが、これも雇用に対する効果はあまり期待できないという見方が強い。

2003年に党内を刷新して2006年の国政選挙で見事に政権を勝ち取った穏健党(保守党)であるが、新たな長期的なビジョンをきちんと示せなければ、次の選挙では勝てないだろう。

NHKニュース9 「中曽根の喋りに貫禄がある」

2011-09-16 03:05:01 | スウェーデン・その他の政治
聞いた話によると、昨晩ののNHKニュース9では、中曽根元首相がインタビューを受け「原発なくして日本の経済が立ちいかない」との私見を述べたそうだが、それに対してNHK側は、現状で原発を増やせるのか?という点や、中曽根氏とは異なる意見を持つ人が少なからずいるが、そのような意見に対してはどう思うか?などといった基本的な質問や追及をしないどころか、スタジオの大越キャスターが「中曽根の喋りに貫禄がある」とか「威風堂々としている」とコメントして持ち上げたという。

自分で見たわけではないため二次情報だが、本当だとすると、日本のメディアの情けなさを改めて感じる。「その人がどういう根拠で発言したか?」という動機や論拠よりも、「誰が発言したか?」ばかりを重要視する日本のメディア。そして、重鎮・大物・有力者・大学教授などという肩書きを持つ人々のそんな発言に日本社会全体が右往左往しながら前に進んでいく。あるとき、ふと思って立ち止まり「俺たちはどうしてこの道を選んだんだ?」と自問しても、返って来る答えは「あの偉い、貫禄のある人がそう言っていたから」となる。では「その人はどうしてその道が良いと言ったのか」という根拠は誰も知らない。ただただ「前にならえ」でひたすら突き進んできたら、気が付いたときにはとんでもないことになっていた、なんて過ちをこれ以上繰り返す余裕は日本にはないはずだ。


NHKニュース9を見るといつも感じるが、一つ一つのニュースの後にキャスターが口にする「コメント」は不要だ。中身のない、どーでもいいコメントに時間を割くくらいであれば、「お偉いさん」に鋭い突っ込みを入れて、中途半端な発言が一人歩きしないようにして欲しいものだ。(ただ、民放はもっと酷いかもしれないが・・・。民放のニュースはあまり見ないので分からない)

昨日のNHKニュース9の動画があれば、リンク先などを教えてください。

インターネットを通じた電子投票は本当に必要?

2011-09-15 02:45:29 | スウェーデン・その他の政治
昨日の記事で、インターネットによる電子投票ノルウェーで試験的に行われたことを説明したが、あの記事を書いたときの私の関心は、安全性や匿名性・秘密性などを技術的にどうやって保証するのか、というものだった。

しかし、あの後にふと考えた疑問は「インターネットによる電子投票なんて、本当に必要なのだろうか? それに、社会にとって望ましいことなのだろうか?」ということだ。

確かに、投票所に足を運ぶのが面倒だと思う人もいる。雨が降れば、投票率がガクッと落ちることは日本ではよく知られている。だから、投票率を高くするためには、通常の期日前投票の利便性を高めるだけでなく、インターネットでも「気軽に」投票できるようになるのが望ましいかもしれない。

一方で、このまさに「気軽さ」が本当に良いことなのかが疑問だ。言ってみれば、インターネットで簡単に本を注文したり、フェイスブックで「いいね!」ボタンを押したり、いろんなサイトで見かける「世論調査もどきのアンケート」で選択肢を選んだりするのと同じ感覚で、国政や地方政治の行方を決めてしまっても良いのか?ということだ。

見方によっては、選挙をある種の儀式、もしくは「ハレの日」と捉えることもできる。投票所に足を運んで、投票のための手続きをし、封筒など必要なものを担当者から受け取り、ついたての向こうで記入し、封をして、投票箱に入れる。そこは緊張感の漂う公の場であり、生半可な軽い気持ちで票を投じるのは少し気が引ける。例えば、スウェーデンの選挙を考えてみれば、毎年のように何らかの選挙がある日本とは違って、スウェーデンでは国政・地方ともに4年ごとにしか選挙がないから、それまでの4年間を振り返り、これから始まる4年間をどの党に任せるのかを意思表示する節目の時であるわけだ。

私の友人、レーナ・リンダルさんは、スウェーデンの選挙を説明するために日本語で書いたある記事の中で、スウェーデンの投票日のことを「民主主義の祭典」の日だと呼んでいたが、私もその見方に賛成だ。スウェーデン人の別の知り合いも、一昔前は厳粛なお祭りという意味合いがもっと強くて、投票所には少し着飾って行くくらいの心構えで足を運んだ、などと語ってくれたことがある。また、その人だけでなく、もっと若い友人の中にも、いくら期日前投票が便利になったからとはいえ、せっかく投票日が設定されているのだから、その日に、あらかじめ決められた投票所で投票したい、という人も少なからずいる。

それに比べ、自宅のパソコンの前というのは、まさにプライベートな空間だ。それに、インターネットの世界は匿名であるため、何でも思いついたことを書けるし、時には極端な意見を述べたり、自分の名前を出しながらは絶対にできないような発言もできてしまう。インターネット上で極端な意見が多いのはよく知られたことだが、皆がそうではないにしろ、プライベートな空間の延長のまま、公の場というフィルターを通すことなく「気軽に」投票ができるのも問題ではないかと思う。何が違うかというと、自分の投票権に対して感じる責任の重さではないだろうか。

だから、昨日あれだけノルウェーの電子投票制度について興味津々に説明したが、やはり昔ながらの「投票所」と「紙」と「ついたて」と「封筒」による投票が今後もずっと続いてほしいと思う。

インターネットによる電子投票の試験的実施(ノルウェー地方選挙)

2011-09-14 18:55:52 | コラム
一昨日は、ノルウェー全土で一斉に行われた同時地方選挙について触れたが、この選挙では「インターネットによる電子投票制度」が初めて適用された。ただ、電子投票には、個人の認証や秘密性の確保など、様々な技術的問題もともなうため、全国一斉に導入するのではなく、10の自治体を選んで試験的に実施することとなった。


結果は大成功だったようだ。この「電子投票制度」期日前投票を行う際にも使えるため、試験的運用のために選ばれた10の自治体では、期日前投票をした人の数が前回の地方選挙よりも大幅に増えたという(期日前投票の4分の3が電子投票制度によるものだった)。また、電子投票ではない通常の期日前投票も、利便性が向上したためか利用者が大きく伸び、ノルウェー全体で見ると前回の地方選挙の時よりも期日前投票が40%増えたという。

さて、気になるのは「電子投票制度」の技術的な側面だ。どうやって有権者本人であることを保証し、他人を偽って投票するような不正行為を防ぐのか? 匿名性はどのように保証されるのか? 投票後に考えを変えて別の党に票を投じたいというときに、既に投じた票をどのようにして特定し無効とするのか?

1. 本人確認

まず、有権者本人であることの保証は、既存の3つの個人認証制度のどれかを利用して行うことになる。


http://www.difi.no/elektronisk-id
それぞれ、事前に登録手続きをして、ログインのためのパスワードを設定したり、制度によっては専用の機器を入手しなければならないようだ。それぞれの制度はノルウェー政府から住民一人ひとりに与えられている住民背番号とリンクされ、安全性や利便性が高められている。

(スウェーデンではまだ「電子投票制度」は実施されていないが、スウェーデンでも実施するとすれば、ネットバンキングでの本人確認のために主要銀行が利用者に提供しているBank-ID制度が主に利用されることになるだろう。このブログでも以前触れたように、民間主要銀行のBank-ID制度は利便性や安全性が高く評価されているため、納税や社会保険などの行政手続きでも既に国が積極的に活用している。)

2. 「電子票」の暗号化

本人確認が無事終了し、投票専用サイトにログインすると、どの党に投票するかという選択肢が表示される(有権者でなければ、空のページか、あなたは有権者ではありません、というメッセージが表示されるのだろう)。そこで、自分の投票したい選択肢(政党)を選ぶと、その選択がその人のパソコン上で暗号化された上で選挙管理委員会のサーバーに送信される。ここでは、public-key cryptography(公開鍵暗号)という暗号化制度が用いられており、このとき暗号化された「電子票」は、開票の担当者が秘密の「鍵」を用いて復号するまでは解読できないことになっている。


ちなみに、暗号化されたこの「電子票」「電子封筒」に入れられた上で選挙管理委員会のサーバーに送信される。この「電子封筒」には投票した人を特定できる情報が記されているため、開票が始まる前の段階で、ある特定の個人の「電子票」を抽出することができる。これは例えば、一度「電子投票」をしたけれど、気が変わって別の政党に票を投じようと新たに投票をした場合に、最初に送信した「電子票」を見つけ出して無効とするとき役に立つのである。


(これに相当することは、スウェーデンでも紙を使った通常の期日前投票において行われている。つまり、有権者はまず自分の投票したい政党名が書かれた投票用紙を小さな封筒に入れて封をする。この封筒には有権者個人を特定できるような情報は示されていないわけだが、それを少し大きめな別の封筒に入れたうえで投票箱に投じる。この封筒には個人を特定できる情報が記載されているため、例えば、期日前投票を既に行ったけれど、投票日当日に投票所で改めて投票した場合に、期日前投票した票を見つけ出して無効とすることができる。)

3. 開票

さて、投票がすべて終了し開票作業が始まると、サーバーに集められていた「電子票」は、物理的媒体(CD-ROM等)にコピーされ、外部との情報通信が完全に遮断されたコンピューターで読み取り、解読作業が始められる。まず、個人を特定できる「電子封筒」を切り離し、「電子票」を無名化する。


その後、解読するわけだが、暗号化された「電子票」の復号に必要な「鍵」はもともといくつかのパーツに分けられ、異なる行政機関の職員や政党の代表者などの元で保管されているため、彼らを開票場所に呼び出して、「鍵」を完成させ、初めて「電子票」の解読が可能となる。


すべての開票作業が終了し、各党の得票数が正式に決定すると、「電子票」や「鍵」など、電子投票に使われたすべての情報は廃棄処分され、将来、何者かがそれぞれの有権者の投じた票の中身を暴いたりすることがないようにする。


ちなみに、電子投票制度は既にエストニアやフィンランド、スイス、フランス、オランダ、イギリスなどでも試験的に行われたり、在外投票の際に用いられたりしたことがあるようだが、全国で正式に導入したようなケースはオランダやエストニアくらいのようだ。ただ、電子投票といっても、自宅でインターネットを使って行うものだけでなく、投票所において紙を使う代わりにパソコンなどの画面上で「電子的に票を投じる」だけの場合も指している。後者の形での電子投票は、ノルウェーでも2003年の地方選挙において4つの自治体で試験的に行われている。

今回ノルウェーで行われたようなインターネットによる電子投票は、たとえばスイスの一部の州で2005年以降、実験が行われた結果、技術の完成度が相当高くなったため、スイス全土での導入が計画されているとのことだ。

一方で、フィンランドの2008年の地方選挙では電子投票(投票所での電子投票)が3つの自治体のみで試験的に行われたが、この時はシステムのトラブルのために、投票所を訪れて票を投じた人の数と、機械に登録された票の数が一致せず、3つの自治体すべてで日を改めて再投票となったという。また、オランダでは投票所における電子投票が一般的に利用されてきたが、2008年に政府がストップをかけたという。技術の確立には時間が掛かるようだ。

(使用したイラストは、ノルウェーの地方自治体・地域発展省のサイトより)

ノルウェーの地方選挙

2011-09-13 00:49:25 | スウェーデン・その他の政治
今日、月曜日はノルウェー全土で地方選挙が一斉に行われた。

極右青年による7月22日の虐殺事件の後であるため、昨日まで続けられてきた選挙キャンペーンでは各党は派手なパフォーマンスなどは控え、ずいぶん静かなキャンペーンとなったというが、一方で例年は60%台にしか達しない地方選挙の投票率が大きく伸びることが世論調査などから予想されてきた。

悲惨なあの事件の後、ノルウェー労働党の党首であり首相でもあるイェンス・ストルテンベリは、ノルウェー社会を成す様々な人々の願いを代弁する形で「このような事件が将来再び起きないようにするための鍵は民主主義の徹底だ」と訴えた(9.11後のブッシュ大統領の、武力でもって首謀者に思い知らせてやる、という演説とは対照的である)。彼のこの言葉は高く評価された。そして、自分の持つ一票を有効に活用し、自分の意思を社会に示すべきことの重要性に改めて気づいた有権者が増えたのではないかと考えられる。

確かに、今回の事件に憤りを感じ、そのような行為は絶対に許せないという意思を社会に対して示したいならば、Facebookのグループに参加するよりも、自分が良いと思う政党にきちんと票を投じたほうがより確実な意思表明となる。それに、投票をしない、という選択も、自分の意図しない政党を勝たせるという影響力を持ちうる。だから、例えば、前回の国政選挙で大躍進したポピュリスト(人気取り)政党である進歩党を抑えたいならば、きちんと票を投じてほしい(進歩党は移民排斥なども掲げ、犯人も以前この党に所属していた)。

そう考えたのは私だけではない。ノルウェーの世論調査によると進歩党の支持率が大きく落ち込んでいる。一方、国政与党の第一党である労働党は支持率が大きく伸びている。これは、危機に際して迅速に対応し、ノルウェーの人々の声をうまく代弁することができたストルテンベリ首相のリーダーシップに一因があるだろう。また、事件後の興味深い動きとしては、主要政党の青年部会に加入する若者が増えたことである。事件の犠牲者の大部分は労働党の青年部会のメンバーであり、島の合宿に参加していたところを狙われたわけだが、若いうちから政治にかかわろうとしてきた彼らに対する共感が高まったことが原因ではないだろうか。


この記事を書いている月曜日深夜の時点では開票作業がかなり進んでいるが、労働党の得票率が33%と、前回よりも4%ポイントほど伸びたとのこと。一方で、保守党も大きく躍進し27%(+8%)となる見込みだという。案の定、今回の地方選挙における一番の敗者は、進歩党となるようだ。

リンゴの木に挟まったヘラジカの真相 - 酔っ払い・・・

2011-09-10 15:47:45 | コラム
ヨーテボリから南に30kmほどの長閑な海岸部。森や林も多い地域だ。ここに一軒家を持つある中年男性は、火曜日の夜10時ごろ、隣の家の庭から響く低音の奇妙な呻き声に気づいた。外は暗く、大雨が降っていたために最初は良く見えなかったが、恐る恐る外に出て近づいてみると、大きなヘラジカが庭のリンゴの木の枝に挟まって、半ば宙ぶらりん状態となり、動けなくなっていたのだった。


この家に住む家族は休暇で留守だった。ヘラジカを発見した彼は、近所に住む狩猟愛好家を呼んで善後策を考えた。猟師は撃たずに助けてやりたいという。

しかし、このヘラジカ、よく見ると目が真っ赤で様子がどうもおかしい。ぐったりしているが、それはただ単に枝に挟まった状態で、もがいたことだけが原因ではないようだ。どうやら酔っ払っている・・・。この家の住人と猟師はそう判断した。この時期は、リンゴが枝にたわわに実っており、地上には熟したものからどんどん落ちてくる。それがそのまま腐って発酵していくわけだが、このヘラジカはそのように地上で発酵したリンゴをたらふく食ったと思われる。そして、それだけで飽き足りずに、まだ木に実るリンゴにも手を(いや足を)出そうとして、自慢の長い前足を木に掛け、上のほうの枝になるリンゴに背伸びしようとしたところで、酔いがほどほどに回ってしまい、バランスを失ったのか、それとも前足を滑らせたのだろう。そして宙ぶらりんという情けない格好となってしまったようだ。

夜の繁華街でグデグデに酔いつぶれている酔っぱらいおじさんの「ヘラジカ版」と言ったところだろうか。いや、ちなみにこのヘラジカは雌だった。

この家の住人はリンゴの枝を木って助けようと考えたが、酔った勢いでヘラジカが暴れても大変なので、警察に電話をしてみたが、警察の管轄ではないと断られた。そして、代わりにレスキュー隊(消防・救急)が出動することになった。現場に到着した彼らは、クレーン車を使ってリンゴの枝を押し曲げて折り、ヘラジカを無事救出した。

疲れ果てていたヘラジカは、地上に降ろされ、そのまま庭で一夜を過ごした。地元の新聞社が取材に訪れた翌日午前中には、まだ庭でぐったりしながら、庭の中をそのそと歩き回っていたという。人間で言うならば、二日酔いの状態だろうか。そして、ある程度回復したのか、その日の午後にのそのそと森のほうに歩いていったという。

地元紙のインタビューを受けたヘラジカ博物館の専門家によると、ヘラジカは甘い果物が大好きで、とりわけ果物が地上で腐って、周囲に甘い香りが立ち込めているようなときは、その香りを遠くからでも嗅ぎつけて、ご馳走を食べにやってくるのだとか。

ヨーテボリの地元紙(写真がいくつか)

このニュースは英米の英語ニュースを通じて、世界に発信された。
米ABC
英ガーディアン紙

消費税の難しい線引き問題

2011-09-06 22:47:23 | スウェーデン・その他の経済
2012年の本予算(通称「秋予算」)に向けた交渉が、連立政権の4党内で進められているが、重要な争点については本予算全体の発表を待つことなく、連立内で合意に至り次第、発表されている。重要な争点とは、前回の選挙で掲げられた公約にかかわる項目や、これまで連立与党内で意見が食い違っており行方が注目されてきた項目などである。

例えば、既に8月の段階で発表された合意は「勤労所得税額控除の額を2012年は据え置く」というものだった。連立政権側は2010年の総選挙において、現行の税額控除を財政状況が許せばという条件付で2012年に拡大することを公約に掲げていた。しかし、アメリカやヨーロッパ諸国の財政危機による景気の減退から、そのような余裕は2012年はないと判断して見送ることとした。

また、先日はこれまた総選挙での争点となっていた年金所得者減税も見送る、と発表した。

私が見るに、2006年秋に中道保守連立が政権についてから、財政的余裕が出るたびに、その余裕を使って社会保障や教育・福祉などの社会投資に充てるよりも、むしろ減税を行うことを優先する傾向が強くなっていたので、理由はともあれ以上のような減税が断念されたのは良かったと思う。

減税に関していえば、まだ未解決の争点がある。飲食業の消費税を引き下げるかどうかというものであり、2010年の総選挙のときにも各政党・陣営がその是非を盛んに議論していた。中道保守陣営は賛成であったし、左派陣営の中でも環境党は賛意を示していた。

2012年にこの減税を実行するかついてはまだ結論が出ていない。しかし、これにまつわる面白い話がある。

――――――――――

スウェーデンの消費税というと、25%という高い税率が注目されがちだが、実際には12%6%という低減税率もある。例えば、食料品や宿泊施設は12%であるし、公共交通や書籍・新聞、文化活動などは6%である。ただし、購入する財・サービスの種類に応じて税率に差をつけると、線引き問題が発生するし、監視のためのコストもかかるようになる。また、消費構造に歪みが生じ、経済的非効率を社会にもたらすという批判も経済学専門家の間から上がっている。

例えば、線引き問題の一例を挙げるために、食料品の消費税が12%であることに注目して欲しい。つまり、商店で食料品を買い、自宅に持ち帰れば消費税は12%である。これに対し、同じ食料でもレストランで食べた場合は25%の消費税が課税される。では、ここで生じる線引き問題は何か?

スウェーデンでは、レストランがテイクアウトサービスをやっていることが多い。ビザ屋や寿司屋、インド料理屋などがその代表例だ。そういった店では、その場で食事することもできるし、包装してもらって自宅に持ち帰って食べることもできる。そして、その区別によって適用される消費税率も変わってくる。つまり、テイクアウトした場合は「食料品」と見なされ消費税は12%となるが、その場で食べた場合は25%の消費税が掛かるのである。

実際のところ、テイクアウトができるレストランなどでは、テイクアウトするよりも座って食べるほうが値段(税込み表示)が少し高いことがあるが、それは、単に「レストランという空間を使って食事すること」に対する費用だけでなく、消費税率の違いも背景にあるのである。

しかし、その場で座って食べるか、自宅に持ち帰るかは、明確に区別できるのだから、どうして線引き問題が生じるのか? それは、客の側には分からない。しかし、レストラン側の税申告で問題となる。つまり、どういうことかというと、レストラン側はレジを打つときに、その場で座って食べた客に対する売り上げも「テイクアウト」として登録するというインチキをする誘因が働くのである。そうすれば、消費税25%を含む代金を受け取っておきながら、国税庁には12%だけ収めればよい。

このようなインチキに対しては、国税庁も職員が客を装って抜き打ち調査をしている。例えば、あるレストランチェーン店では、検査によると客の93~94%がその場で食事をしていたにもかかわらず、国税庁に提出されたレジの記録には、テイクアウトと登録された売り上げが全体の70%を占めていたという。このようなインチキが発覚すると、国税庁は会計違反として訴えを起こし、重い罰金を課す。

だから、もし飲食業の消費税も食料品と同じ12%に引き下げれば、このようなインチキは当然ながらなくなるわけである。飲食業の業界団体も「消費税率が12%に引き下げられれば、あくどい経営者が得をすることはなくなり、真面目な経営者が報われることになる」と、税率の引き下げに賛成している。もちろん彼らにとっては、税率が下がることで、飲食の価格が下がれば、それだけ需要が増え、売り上げが大きくなる、というより大きな狙いもあるだろうが。

ちなみに、2010年の総選挙で争点となったときは、そのようなインチキをなくすということは全く議論されず、むしろ、モノの大量消費社会から娯楽・リクリエーションといったサービス社会への移行を支援するとともに、労働集約的なサービス産業を育てることが、賛成派の主要な論拠であった。(環境党が賛成したのも、モノの大量消費からの脱却が根拠にあった)

しかし、減税を行えば、その分だけ税収減につながり、社会保障などへ充てる財源がその分へってしまう。それに、ある特定の産業を政策的に保護するのも好ましくないからと、社会民主党や左党は反対していたのであった。