スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

国税所得税の課税最低限の引き上げをめぐる駆け引き

2013-09-26 00:55:05 | スウェーデン・その他の経済
中道右派政権が2014年の予算を議会に提出したことを2つ前のブログ記事で書いた。そして、その大きな柱が、勤労所得税減税の拡大(120億クローナ)、国税所得税の課税最低限の引き上げ(30億クローナ)、年金受給者の減税(25億クローナ)による減税政策であることにも触れた。

しかし、スウェーデン議会がここ1,2週間の間、ずっと揉めているのは、この減税案のうち「国税所得税の課税最低限の引き上げ」を野党が議会で否決しようとしているためだ。


スウェーデンの所得税にはコミューン(市)とランスティング(県)が課税する地方所得税とともに、一定の勤労所得水準を超えた高所得層のみが支払う国税所得税がある。

所得税の限界税率をグラフで表すと以下のようになる。
31.6%までは地方所得税(地方自治体によって税率にばらつきがあるので31.6%というのはその平均)であり、ある水準を超えると20%の国税が上乗せされ、さらに所得が高くなると25%が上乗せされる。


私がここで書いている「国税所得税の課税最低限」とは国税が課税され始める所得水準のことで、いま揉めているのは国税第1階層(20%)の課税最低限を現政権が引き上げようとしているためである。(第2階層(25%)の課税最低限の引き上げは今回は盛り込まれていない。)

当然ながら、課税最低限が引き上げられれば、国税の納税対象となる人が減る。つまり、中・高所得層に有利な政策であり、その分、国の税収も減る。社会民主党や左党は減税にそもそも反対であるし、さらに中・高所得層に有利な減税であるので、この課税最低限の引き上げにも反対だが、環境党を加えても議会では過半数に達しない。しかし、移民排斥を掲げるポピュリスト政党であるスウェーデン民主党も反対を表明(支持層に低所得者が多いため)しており、彼らを加えれば過半数に達するため、この減税案を否決することができる、というわけだ。

ちなみに、「国税所得税の課税最低限」は実は毎年、引き上げられている。これは経済成長にともなう所得水準の上昇に対応するためであり、もし引き上げがなければ、年を経るにつれて大部分の納税者が国税所得税を払うことになってしまうからだ。引き上げのルールというのは基本的に決まっていて、物価上昇率+2%だ。(つまり、実質所得上昇率が平均で年2%と想定されている)

では、今回なぜ左派政党およびスウェーデン民主党が反対しているかというと、引き上げ幅がこの「物価上昇率+2%」というルールを大きく上回るものであるからだ。下の表で示したのは、1999年から現在までの課税最低限の変遷だ(ただし、ここでは基礎控除を除いた後の年収を示している)。


四角で囲った年は、「物価上昇率+2%」というルールではなく政治的に課税最低限が変化した年である。括弧で示したのは「物価上昇率+2%」に基づく数値。つまり、赤くした数値は政治的にそれよりも引き上げられた年であり、青くした数値は政治的に引き下げられた年だ。

表の右側に示したのは、20歳以上の納税者のうち、(基礎控除後の)年収がそれぞれの課税最低限を上回る人の割合。ここから分かるように、課税最低限が政治的に引き上げると、国税の課税対象となる人の割合が減少するし、逆に引き下げられると割合が減っていることが分かる。ただし、2004年から2006年にかけて国税所得税を収める人の割合が16%から18%に増えているが、この時の課税最低限の引き下げはごく僅かなので、そのせいではなく、好景気による所得の伸びが大きかったためだろう。その証拠に、2007年は引き下げがなかったにもかかわらず割合が20%に増えている。(国税25%を収める人の割合があまり変化しないのは、もともとこの割合が小さいためだろう)

(社会民主党政権のもとでは課税最低限の引き下げだけでなく、引き上げも2000年から2002年にかけて行われていることに驚く人もいるかもしれないが、引き上げ幅の半分は、公的年金保険料の控除制度が高所得者層に不利になる形で変更されたことに対する配慮であることに注意する必要がある)

現在の中道保守政権が2006年秋に政権をとってから行ったのが、課税年2009年における課税最低限(第1階層)の大幅な引き上げだ。(政治的な)引き上げ幅は18100クローナと大きく、これによって国税所得税の納税者割合が19%から14%へと一気に減った。

そして、今回の引き上げ案。(政治的な)引き上げ幅は15000クローナとかなり大きい。近年の国税納税者の割合が分からないので予想が難しいが、現在おそらく15%くらいなのが12-13%前後に下がるのではないだろうか?


では、この最低課税限度の引き上げが良いのかどうかという判断だが、私は引き上げ過ぎだと思うし、財政に余裕が無い今、やるべきことではないと思うので現政権の案には反対だ。しかし、社会民主党をはじめとする左派ブロックがこれを否決するためにはスウェーデン民主党と足並みを揃える必要があり、そこまでして否決するくらいなら、今回は見逃して、来年の国政選挙で政権を奪還してから、もとに戻せば良いことだと思う。減税額は30億クローナ。社会民主党がいま、自らの威信を賭けてまで否決すべきことではない。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書 in Stockholm

2013-09-21 21:39:30 | スウェーデン・その他の環境政策
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)は今週23日から26日までストックホルムにおいて国際会合を開催する。目的は、第5次評価報告書の第1作業部会報告書(Working Group I: テーマ The Physical Science Basis)の内容について最終調整することであり、確定の後、27日(金)に報告書を発表する。

この評価報告書は気候変動についての現時点での科学的知見を集めたものであり、数年ごとに発表されているが、前回、つまり第4次評価報告書が発表されたのは2007年であり、その後の研究によって複雑な気候変動メカニズムがどれだけ明らかにされ、また、気候変動の現状がどうなのかに注目が集まっている。


会合が開催される建物: Münchenbryggeriet (真ん中のレンガ造りの建物)
昨日撮影。天気が良かった


ちなみに、このIPCCは1990年にもスウェーデンのSundsvall(スンスヴァル)で第4回会合を開いている。この時はIPCCが設立されて間もない頃だった。

IPCCのこれまでの会合

さて、第5次評価報告書の中身であるが、すでにその一部は関係者によってリークされている。それによると、2007年に発表された第4次評価報告書の内容は、その後の研究でも概ね正しいことが明らかになっており、第5次評価報告書においては、人間の活動による温室効果ガスの排出が過去半世紀の気候変動をもたらしている可能性が「非常に濃厚だ」、と結論づけられているという。

(「非常に濃厚だ」の部分は、スウェーデンの科学メディアが使っている訳は"ytterst sannolikt" であり、それは少なくとも95%の可能性があることを意味するらしい。英語の原典ではどのような表現が使われているのだろう?)

これについては、科学誌Natureも最新号の社説(editorial)で触れている。
それについて日本語で書かれたブログ
(「新着論文」と書かれているが、実際にはNatureのeditorialに書かれている文章を参照している)
※ ※ ※ ※ ※


第5次評価報告書は、世界中の数百人の研究者が執筆しているが、スウェーデンからも9人の研究者が加わっており、スウェーデンの科学メディアでも、彼らへのインタビューを特集している。それらの(断片的な)情報をまとめると以下のようになる。

・第4次評価報告書の内容はおおむね正しかったが間違いもあった。まず、北極の氷の減少スピードは、2005年までの状況を基に行った第4次評価報告書での予測よりも早く、エスカレートしていることが明らかになった。

・一方で、地球上の気温の上昇スピードは第4次報告書の予想よりも遅かった。これは、海洋の熱吸収の機能が過小評価されていたためかもしれない。

・第4次評価報告書以降の研究活動によって、気候変動に関するデータがさらに蓄積されてきた。例えば、雲や森林が気候変動に与える影響など。また、大気-土壌-海洋における炭素の循環や、凍土からのメタンガスの放出についても詳細なデータが集まり始めた。

・煤(すす)など、大気中の黒色エアロゾル(空中微粒子)による気温上昇効果がこれまで過小評価されてきたことも分かった。二酸化炭素の抑制に加え、煤の削減(特に中国など途上国で)が温暖化対策として大きな意味を持つ。

・一方、硫黄酸化物のエアロゾルは色が薄いため、日光を反射するので、温暖化抑制の効果を持つことが分かった。

・以上のような様々な要素を取り込んだ大気モデルの改良・精緻化が、世界各地で進められてきた。


ところで第4次評価報告書では、科学的とは言えない見解(例えば、ヒマラヤ山脈の氷河の解ける速度)が一部に盛り込まれており、物議を醸したのは記憶に新しい。そのため、IPCCは今回の第5次評価報告書において、間違いが指摘された場合の対処・訂正について新たなプロセスを導入し、IPCCという組織に対する信頼性が損なわれないようにする構えだという。

また、IPCCは評価報告書の内容に対して寄せられた査読コメントを十分に考慮してこなかった、という批判もあるため、査読コメントには報告書の執筆者がきちんと対応し、それらのやりとりは報告書の最終的な内容に影響を与えなかったものも含めて、すべて公開し、後から外部の者が評価報告書の作成過程をきちんとチェックできるようにするのだそうだ。

2014年予算の発表

2013-09-18 09:25:48 | スウェーデン・その他の政治
2014年の中央政府予算は今日(9月18日)にスウェーデン議会に提出されるが、その中身については、すでに大部分が先週から今週にかけて明らかにされてきた。

ラインフェルト首相が8月半ばの演説において述べたように、勤労所得税減税の拡大、国税所得税の課税最低限の引き上げ、年金受給者の減税が来年の予算に盛り込まれることになった。

一般に、スウェーデンでは予算編成に先駆けて、経済状況の分析が行われる。そして、もし現在の税制や社会保障制度、行政経費、公共支出の構造を維持し続けたとすれば、来年の経済および労働市場の状況のもとではどれだけの財政的余裕が生まれるかが判断される。その上で、その財政的余裕をどのように使うかが議論される。使い方としては、減税に充てるという方法もあるし、社会保障や公共投資、行政経費の増額という方法もある。一方、もし財政的余裕がマイナスと判断されれば、その分の増税、もしくは支出削減が必要とされる。そのようにして、財政の収支バランスを維持する形での予算編成が行われてきたおかげで、スウェーデンの財政は非常に安定したものとなってきた。

ただし、問題はこの財政的余裕の大きさが、予測する機関によって異なることである。政府は自分たちの管轄下にある財務省の内局に計算を任せている。しかし、財務省の予測には政府の様々な思惑が混ぜ込められており、楽観的な予測をすることもある一方で、必要以上に悲観的な予測を出すこともある。

これに対し、同じく財務省の管轄下にある国立経済研究所(Konjunkturinstitutet)も常に経済予測を発表し、予算編成に先駆けた財政的余裕の推計を行っている。ただ、この機関は財務省の外局であり、独立した自治権を持っているため、経済分析の中身に政府が口を出すことはできないため、経済予測の精度も信頼性もはるかに高い。

さて、今回の予算編成に先駆けて政府が発表した財政的余裕は250億クローナ(3750億円)。この枠をどのように使うかが、予算折衝の焦点となるのだが、すでに書いたように穏健党を中心とする連立政権は、勤労所得税減税の拡大、国税所得税の課税最低限の引き上げ、年金受給者の減税を正式に2014年予算に盛り込むことを決めている。これらの減税を合計すると175億クローナとなる。つまり、250億クローナの財政的余裕の半分以上が減税に費やされるということである。しかも、175億クローナの減税のうち、実に120億クローナ分は勤労所得税額控除の拡大が占めている。だから、現政権が2014年予算に込めた意気込みの中心的な政策は、この勤労所得税額控除(Jobbskatteavdraget)だと言っても良い。

私の意見はすでに前回書いたように、勤労所得税額控除(Jobbskatteavdraget)は現在の連立政権が2006年に政権をとってから、もう飽きるくらい聞いた政策でウンザリしているし、それをさらに拡大する意義はほとんどなくなっているから、減税ではなく社会保障などの公共支出に充てるべきだというもの。

ただ、そのこと以上に私が批判的なのは、今の政府が1年後に控えた選挙を前にして、手のひらをひっくり返したような大盤振る舞いをやっている点である。

実は、政府・財務省は2014年の財政的余裕を250億クローナと見ているのに対し、政府とは独立した経済分析を行っている国立経済研究所(Konjunkturinstitutet)は、2014年は余裕がゼロか、あってもせいぜい60億クローナくらいだと判断しているのだ。

この大きな差はどう説明ができるかというと、一つには経済成長率・失業率などの経済パラメーターの予測の違いによるものであろうが、おそらく大部分は連立政権が選挙で再選できるように、あまりに楽観的な数字を持ちだして、大々的な減税(および支出拡大)をやろうとしているためではないかと思う。現に、連立政権は来年は財政赤字が発生し、借金に頼らざるをえない可能性が高く、その翌年、もしくは2016年になって財政が均衡化するだろうと見ているようである。

私は、景気の減退期に減税したり、財政支出を増やして景気を下支えする政策に反対はしないけれど、来年の選挙に勝つための票取りの政策であることが見え見えの、あまりにあからさまなやり方なので閉口してしまう。

このことは、2、3年前の予算編成のときの議論を見れば、より明らかになる。2012年予算の編成時(2011月9月)には、国立経済研究所は300億クローナの財政的余裕を予測していたが、政府は150億クローナの余裕しかないと見て、緊縮的な予算を発表した。この時は、世界景気が今以上に低迷しており、より積極的な財政出動が期待されていただけに、どうしてそこまで財布の紐をきつく締めるのか、という批判が諸方面から上がっていた。特に、中央政府の債務残高はGDP比で40%を切っており、国際的に見ても財政はかなり良好なので、財政バランスの維持に必要以上に神経質になる必要はなかった。そのような批判に対し、ボリ財務大臣は「世界経済が金融危機に苛まれている中、私達は財政を赤字にして国の債務を増やすようなことはしてはならない」と答えていた。

【過去の記事】
2011年9月21日:2012年予算の議会提出 - ビジョンの欠如

その時に比べれば、現在の経済状況は少しは良い状態である。その証拠に株価も高いし、国債の利率(10年国債)も昨年の1.15%から2.50%へと上昇している。だから、2011年の段階で緊縮的予算を組み、なぜ今になって、財政の収支バランスを無視した大盤振る舞いをするのか・・・。まるで、上り坂でブレーキを踏み、下り坂でアクセルを踏んでいるようなチグハグな感じである。

現政権の狙いは、勤労所得税額控除を柱とする減税を行うことで、現在、社会民主党など左派陣営に吹いている追い風を、1年後の選挙までに自分たちの方へ吹かせることだろう。それに、いま減税を打ち出すことで、政策主張における社会民主党との違いが明確になる。そうすれば、「自分たちは減税の党。社会民主党は増税の党」という分かりやすい対比をこれから本格的に始まる選挙キャンペーンで強調することができる。

有権者がどう反応するかが注目されるが、もし選挙の争点が「減税」とか「家計の財布の厚さ」になってしまうと、社会民主党は怖気づいてしまい、(例えば、社会保障の充実のための)増税ということを口にできなくなり、左派・右派の掲げる政策主張にあまり違いがなくなり、つまらない選挙戦となってしまうことである。2010年の国政選挙は、そういう特徴が強く出ていたと思うから、今回はそうはなってほしくない。

国政選挙を1年後に控えて

2013-09-11 09:24:18 | スウェーデン・その他の政治
来年9月に国政・地方同時選挙がやって来る。政策議論は各政党が普段から展開しているので、選挙前に公約・マニフェストが深い議論もなくにわかに発表される日本の選挙とは異なる。政策議論が次第に激しさを増していき、本格的な選挙キャンペーンが早くもスタートするのが、選挙までの1年間である。

スウェーデンは6月半ばから次第に夏休みに入り、7月中は国中がバカンスとなる。政界も7月初めのゴットランド島での政治ウィーク「Almedalen」を除けば全く静かであり、8月に入ってから再び通常営業に戻る。

そんな8月に恒例となっているのは、各党の党首による「夏の演説」。それぞれの党が8月中旬から下旬にかけての1日を選び、メディアを集めて演説を行う。スウェーデンの気候から言えば8月は晩夏か初秋なので「夏」というイメージは必ずしも当てはまらないが、いずれにせよ、9月に入ってから開会されるスウェーデン議会での政策議論に向けた、各党の所信表明演説という役割を持っている。特に今回は国政選挙を1年後に控えていることもあり、各党は公約に盛り込みたい政策・改革案をここで発表して、世論の注目を集め、メディアを通じた議論を起こそうとしたりもする。

注目が集まったのは、当然ながら与党第一党である穏健党(保守党)の党首であり、首相でもあるラインフェルトの演説。


彼を中心とした連立政権も任期2期目の後半に入り、政権交代時に感じられた改革の意気込みも、目新しさもほとんど感じられなくなってしまった。だから、選挙を前に、この社会のこれからについてのビジョンと、新たな改革への意気込みを示してくれることが期待された。

しかし、全くつまらない演説だった。それはなにも、その日は天気が悪く、重い雲が空にどっしりと垂れ込めていたことだけが理由ではなかった。

演説の焦点は「160億クローナの減税」だった。しかも、その減税の大部分は政権交代直後から導入してきた勤労所得税額控除(jobbskatteavdrag)の拡大に過ぎず、多くの有権者にとってもう飽きるぐらい聞いたであろう減税政策だった。

・第5次 勤労所得税額控除(jobbskatteavdrag)(120億クローナ)
・高齢者を対象とした減税(11.5億クローナ)
・所得税のうち国税分の課税対象となる最低所得額の引き上げ(30億クローナ)

確かに、勤労所得税額控除は一番最初の導入時には意味があったと私は思う。もともと凸凹だった所得税の限界税率が綺麗に階段状にならされ、低所得階層の限界税率がそれなりに低くなった。しかし、それをその後、ただ拡大するだけの政策には大きな意義は感じられない。減税の直接的な狙いは、家計の手取りが増え、消費が拡大することによる景気上昇であるし、もちろん家計にとっては嬉しいことではあろうが、一方で税収が削られてしまう。その税収を意味のある政策に充てるという選択肢もありうる。学校教育や高齢者福祉の分野では、もっと多くの予算が必要だと私は思うから、ラインフェルト首相が演説で掲げた ”Mer kvar av lönen”(よりたくさん手元に残るように)というスローガンには賛同できない。

この第5次 勤労所得税額控除は2010年の国政選挙の時の選挙公約だった。だから、それを任期最後の1年に実現させようということは分かるが、2014年の国政選挙を勝ち抜きたいのであれば、今後の社会の進む道を指し示す、新たなビジョンの提示が必要だったと思う。ラインフェルト首相も就任からすでに8年目に入り、政権疲れに苛まれているように感じる。

世論調査ではここ1年半近く、左派ブロック(社会民主党・環境党・左党)が右派ブロック(穏健党・自由党・中央党・キリスト教民主党)を上回っており、一番最近の世論調査(8月)でも左派ブロックが51.0%に対し、右派ブロックが39.0%となっている。このまま行けば、1年後の国政選挙では政権交代も考えられるが、その1年の間に世論が大きく変化することも大いにありうる。


今後は、来年9月の選挙に向けた政策議論について、なるべく頻繁に書いていきたいと思う。

オバマ大統領のスウェーデン公式訪問 (9月4日・5日) 続き

2013-09-05 02:23:59 | スウェーデン・その他の政治
オバマ大統領を載せたAir Force Oneは、4日午前10時に予定通りアーランダ国際空港に着陸。オバマ大統領はあらかじめ準備されたキャデラックに乗り込み、すぐさま首相官邸に向かった。ストックホルム市内は今日の日中はバスがほとんど運休した上に、混乱があらかじめ分かっていたので一般車両も市内への乗り入れを避けたためか、非常に静かで休日のような雰囲気だった。


午後3時前から始まったオバマ大統領とラインフェルト首相による合同記者会見では、シリア問題とNSAによる盗聴スキャンダルに焦点が集まった。ラインフェルト首相は、スウェーデンの立場として、アメリカが国連の決議なしに軍事行動を起こすことには反対であると主張。先日、現地入りした国連の調査団がサンプルを持ち帰っており、その分析が現在続けられているため、その結果を待った上で、国連を通じた解決策を探るべきだ、と続けた。

ラインフェルト首相のこの声明は、スウェーデンの立場を明確にしたという点では良かったと思う。しかし、その立場をアメリカに対して積極的に強調するというよりは、「スウェーデンは小国であるから国連を通じた解決の道しか選べない」という消極的なニュアンスを交えてしまったのは、非常にまずかったと思う。大国であるアメリカにはもっと別の道もあり、それを選ぶことは仕方ない、と認めているとも解釈できるからだ。

実際、ラインフェルト首相は「大国であるアメリカが、今シリアに対して行動を起こさなければならないと焦っているのは理解できる」(大意)と発言している。これでは、国連決議を待たず単独行動を取ろうとしているアメリカを擁護していると理解されても無理はない。


その後、オバマ大統領は市内にあるシナゴーグを訪れ、第二次世界大戦中にハンガリーで多数のユダヤ人を救ったスウェーデン人外交官ラオル・ヴァッレンベリを追悼。実際彼のおかげでスウェーデンの庇護旅券を手に入れ、一命を取り留めたユダヤ人の生存者と面会した。

その次の訪問先は、スウェーデンの環境技術の視察をすることになっている王立工科大学(KTH)。その途上の大統領一行をStrandvaganにて撮影した。



重厚なリムジンが2台。うち1台目のリムジンにオバマが乗っていた。30台もの車輌。頑強で重そうな車が多かった。おまけに最後は救急車。これが現代版の「大名行列」だ。



米大統領の訪問というとAir Force Oneが話題になるが、それ以外にも多数の輸送機がリムジンや護衛の専用車両、随行員、コック、医者、燃料、物資を運ぶ。上のイラストにあるように、Air Force Oneと同型のボーイング747が他のスタッフを運ぶほか、C-17が人員輸送のためのブラックホーク(ヘリコプター)を輸送し、C-141がリムジンなどの車両や物資を輸送する。ちなみに、ブラックホークは大統領が搭乗している時はホワイトホークに名を変えるとか。

オバマ大統領のスウェーデン公式訪問 (9月4日・5日)

2013-09-04 01:07:54 | スウェーデン・その他の政治
今日、9月4日(水)の午前中、オバマ大統領がストックホルムのアーランダ国際空港に到着する。現職のアメリカ大統領がストックホルムを訪れるのは初めてであるし、スウェーデン首相との会談のためにこの国を訪れるのも初めてだ。2001年に当時のブッシュ大統領がヨーテボリを訪れ、スウェーデンの歴史に残る大混乱になったことがあったが、あの時はヨーテボリで開催されていたEU首脳会談に出席するためで、スウェーデン政府との会談のためではなかった。

今週後半にロシアのサンクト・ペテルスブルグで開催されるG20首脳会談に出席する途上で立ち寄るわけだが、訪問が決まったのがわずか3-4週間ほど前のことであり、スウェーデンでは大きなニュースとなった。そして、オバマ大統領を迎えるための準備が突如、政府を挙げて初められた。シリア情勢のために直前のキャンセルもありえたが、幸い訪問は現実のものとなった。(一方、先週後半にストックホルムを訪れる予定だったイギリス外相は、武力行使の是非を巡る議会の混乱のため、訪問をドタキャンしている)

もともと、オバマ大統領はG20に合わせてロシアのプーチン大統領と米ロ首脳会談を計画していたが、エドワード・スノーデンの件で両国間の関係が悪化したため、キャンセルとなった。一説には、そのために時間ができたおかげでストックホルム訪問が実現したようだ。

オバマ大統領は翌日5日(木)の午前中には再びアーランダ空港から旅立つため、滞在は24時間ほどだが、スウェーデン政府は2000人の警察官のほか、水上を警備する沿岸警備隊、領空を監視する国防軍のレーダー部隊・対空ミサイル部隊・戦闘機部隊などを大動員して、ストックホルムの安全確保を行う。

アーランダ空港から市内に続く高速道路E4は大統領の車列が通過する前後、1時間近くにわたって完全に閉鎖されるし、ストックホルム-ウプサラ間の鉄道もこのE4と交差する箇所がいくつかあるため、ストップ。また、上空も飛行禁止となる。

市内も、訪問先となっている首相官邸、王宮、アメリカ大使館、そして滞在する予定のグランド・ホテルのほか、環境技術視察のために訪れる王立工科大学(KTH)、そしてそれらを結ぶ道路は閉鎖される。そのため、ストックホルムの中心部は5日正午あたりまで麻痺することになる。私の知人もオフィスの窓がオバマが通過する予定の道路に面しているために、4日は職場が立入禁止になると言っていた。


すでに今日3日の段階でも、市内の要所には1つあたり2.7トンのブロック片が2kmにわたって置かれて、バリケードも用意されていた。路上に突如として現れた道路標識には「4日0時から5日24時まで駐車車両撤去」と書かれている。中心街のゴミ箱なども完全に撤去された。

オバマ大統領の訪問に合わせて、アメリカの外交・軍事政策などに反対するデモも企画されている。警察によると、許可したデモの数は、火曜日夕方の時点で10団体だという。


ストックホルムの中心部。オレンジの点は、オバマ大統領が訪ねる主な場所であり、一般の通行が封鎖される箇所。一方、紫色の点は、オバマ大統領に対するデモが予定され、警察が許可を出している場所。国会議事堂・王宮の前や、アメリカ大使館に比較的近い所のデモも認められており、驚きだ。


【スウェーデン訪問の目的】

今回の公式訪問では、シリア情勢や気候変動問題についての意見交換や、スウェーデンの環境技術の視察(王立工科大学)、第二次世界大戦中にハンガリーで数多くのユダヤ人の命を救ったスウェーデン人外交官ラウル・ヴァッレンベリへの追悼(ストックホルム市内のシナゴーグ)、他の北欧諸国の首脳との共同会談などが盛り込まれているが、訪問の一番の目的は、自由貿易協定のようだ。

日本ではTPPが盛んに議論されてきたが、EUとアメリカの間でも自由貿易協定を結ぶために、今年7月から協議が続けられている。GDPでみれば世界最大の経済を持つアメリカと、人口で見れば世界最大の市場を持つEUとの間の自由貿易協定は「先進工業諸国のリベンジ」だと表現される。つまり、新興国に追いつかれ、経済が近年低迷してきた「かつての」先進工業国がこの貿易協定を起爆剤に、再び世界経済をリードしていくことを狙っているということだ。

貿易障壁がなくなり、大西洋をまたいだ自由な貿易が可能になれば、資源配分が効率的になり価格が低下するし、規模の経済がより大きく働くようになるし、競争が加速され経済成長が促進される。これは賃金の上昇や消費者価格の低下という形で家計も潤す、etcと言われるが、実際には反対も根強い。特に、低成長産業を抱え、生産性が低い南欧諸国にとっては、アメリカとの自由貿易は脅威であり、保護貿易を志向しているため、EU内でも足並みが乱れている。別の例としては、自国の映画産業に対する保護政策をとっているフランスだ。

一方、スウェーデンは近代から現代に至るまで、基本的に自由貿易の立場を貫いてきた。ヨーロッパ及び世界に門戸を開き、技術を進んで取り入れ、それを更に発展させ、国外の市場に商品を販売することで自国の経済を発展させてきた。今でも、輸出はGDPの半分を占めている。スウェーデン経済そのものは小さいにもかかわらず、輸出の規模だけを見ると大国ブラジルに匹敵する。また、製品を作るためには輸入財も欠かせないわけだが、輸入障壁が取り除かれ、輸入材がより安価に手に入るようになれば、最終製品の価格も抑えられ国際競争力が増すことにつながる。だから、輸入に関税をかけることも消極的だった。経済学の論壇でも歴史的に自由貿易派が主流であり、経済政策に大きな影響を与えてきた。

だから、アメリカは、そんなスウェーデンと協調路線を取ることで、EU内の論調がより自由貿易志向になるようにオピニオンリーダーとなり、保護貿易的な国々を説得する役割をスウェーデンに期待していると言われている。


【非関税障壁が大きな課題】

自由貿易を阻むものとしては、まず関税が挙げられる。ただし、EU-アメリカ間の平均関税率は4%ほどでしかなく、南欧諸国の繊維産業の保護のために高い関税が課せられている衣類・アパレルなどを除けば、関税は主要な貿易障壁とは言えないようだ。

一方、大きな障壁となっているのは、安全基準や環境基準をめぐる認可制度の違いだ。現状では市場・国ごとに異なる安全基準や環境基準が地元行政によって要求されており、メーカーは市場ごとに検査を行い、個別に認可を得なければならない。同じ一つの商品でも、メーカーによっては、異なる基準を満たすために、市場ごとに異なるモデルを開発して供給することも珍しくない。そのための余計な費用が価格に上乗せされるだけでなく、外国メーカーの進出が認可プロセスのために遅延すれば、公正な競争にならず、それによっても消費者も不利益を被ることになる。

そのため、異なる行政同士の認可基準の統一を図ることで、片方の市場で認可を受けた製品はもう一方の市場でも自動的に販売できるようにすることが望ましい。そのための協議がEUとアメリカの間で続けられているわけだが、実際には安全性をめぐって国同士で考え方の大きな隔たりがある。

たとえば、畜産分野。アメリカでは鶏肉のサルモネラ菌対策として、後に肉を塩素水に漬けて殺菌することが認めているが、スウェーデンをはじめとするヨーロッパでは飼育の段階からの衛生管理でサルモネラ菌を駆逐する方法を採っている。(後者の鶏肉のほうがより多くの手間と費用がかかるため、値段が高くなり、アメリカの鶏肉と競争すれば負けてしまう)

似たような問題は、牛肉についても言える。アメリカでは、牛の飼育で成長ホルモンを投与することが認められており、その結果、投与しなかった場合と比べて肉の量が平均14kg多く、その分、高い収益が得られる。一方、EUでは認められていない。

その他方で、アメリカのほうがEUよりも厳しい基準を設けているのがチーズだ。アメリカでチーズを販売するためには厳しい安全検査をクリアせねばならず、費用がかかるため、資金に余力のない国外の中小生産メーカーのアメリカ進出が阻まれているという。

この他、金融機関の規制・監督の仕方、公共調達の際の入札制度(アメリカが障壁を設けている)、そして、個人情報の保護などでEUとアメリカとの隔たりは大きく、大きな課題が残っている。特に、個人情報保護については、昨今のスノーデン事件を契機に、EU諸国は非常に警戒している。


以上のような細かい点について、オバマ大統領とスウェーデンのラインフェルト首相が意見交換をすることはないだろうが、太平洋をまたぐ大きな自由貿易協定と、それを巡るEUとアメリカ、そしてEU加盟国内の思惑の違いが、今回のオバマの公式訪問の背景にあるようだ。