スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ツルツルの氷上で立ち往生するヘラジカ

2012-02-27 23:38:15 | コラム
冬のスウェーデンでたまにある光景。ツルツルに凍った湖・入り江でヘラジカ(ムース)が立ち往生。にっちもさっちもいかず、もがくだけ。見ている側ももどかしいが、一番もどかしいのはもがいている本人だろう。これは、自力で陸地に到達したラッキーな例。(昨年11月)




それから、こちらは先週末にストックホルム近郊にて。路線バスで付近を通過した住民が発見し、警察・消防に通報。消防隊がホースやワイヤーを使って救出しようとしています。人間に慣れていない野生動物なので、ヘラジカのほうはひどく恐れているし、消防士もヘラジカが暴れては困るのでなかなか近づけない。そして、何とか岸辺に無理やり引っ張ってくることに成功。

動画(最初に15秒CMが入ります)
ただし、残念ながら足を骨折しており、野生で自力で生きていくことは難しかった模様。

しかし、そもそもどういう状況で氷のド真ん中にたどり着いたのだろうか?

『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』のあとがき

2012-02-17 09:55:11 | コラム
1月30日の新刊『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』では、あとがきの部分で、チェルノブイリ原発事故が発生から2日経ってからスウェーデンを通じて世界に明らかになった話や、現在のスウェーデンにおける原発議論について少し触れましたが、もっと詳しく聞かせて欲しい、という声をいくつか頂きました。

詳しくは以下を参考にしてください。


チェルノブイリ原発事故が発生から2日経ってから、スウェーデンを通じて世界に明らかになった話について
過去のブログ記事 - 2011-04-02: 発生から2日後に発覚したチェルノブイリ原発事故


現在のスウェーデンにおける原発議論や脱原発の可能性について
『えんとろぴぃ』という雑誌に頼まれて、2009年7月に寄稿したレポート
「原発の増設ではなく、原発依存の抑制に取り組むスウェーデンの意欲」

再生可能エネルギーによる発電については、このレポートで説明した予測どおりに2009年以降も設置出力や発電量が大きく伸びています(主に風力発電)ので、それについては後ほど詳しく触れたいと思っています。




ストックホルム地下鉄の延伸は「かまぼこ工法」?

2012-02-14 00:08:32 | コラム
ストックホルムの公共交通の拡充は常に大きな課題となっており、近年は路面電車の路線を新たに敷設して、既存の地下鉄路線を横に跨いだり、地下鉄が行き届いていない地域を結んだりする計画が進められている。

一方、路面電車の路線の新たな敷設と平行して、既存の地下鉄路線を延伸させる案も議論されている。下に示した地図の左上のKungsträdgården(クングス・トレッゴーデン:王立公園)から右下のNacka(ナッカ)という住宅地へ接続する路線がその一つだ。現在、既存の地下鉄青路線の終着駅Kungsträdgårdenであり、それを延伸させるのだが、経路として下図の赤線と黒線で示された2つの候補が挙がっている。


いずれにしろバルト海へつながる入り江の下にトンネルを造ることになるのだが、問題はこの入り江の水深が深く、トンネルをかなり深いところに掘らなければならないことだ。いや、正確に言えば、海底は水面から約30m下のところにあるのだが、泥や砂であるためトンネルを掘るには適していない。安定した岩盤は水面から80~90mのところにあるため、トンネルを掘るとしたら、さらに深いところに造る必要がある。そうすると、問題になるのは地下鉄駅の深さだ。路線が水面下100mを超えるところを潜ったあと、陸地の下に来たからといって急激に浅いところまで上がってくることはできないから、駅も深いところに造らざるを得ない。そうすると、利便性が著しく低下することになる。

そこで黒線で示された路線を選んだ場合の工法として提案されているのは、かまぼこ状のものを海底の砂地の上に沈めて、その中に路線を造るというものだ。この場合、水面下40mほどのところに路線を通すことができる。中に地下鉄路線を通すための空洞を備えた「かまぼこ状の建造物」は、造船所のようなところでパーツ化して建設し、それを海底に沈めて繋ぎ合わせ、上部をセメントなどで固めることになる。ただし、既に触れたように岩盤があるのは水面下80~90mなので、長い杭を打ち込んで「かまぼこ」が沈まないように固定してやる必要がある。


しかし、それ以上に大きな課題は、この真上が航路となっているために船が行き来することだ。そのため、万が一、船がこの「かまぼこ」の上に沈没することも想定しなければならない。だから、フィンランド行きの大きな客船が上に乗っても壊れないような頑丈な「かまぼこ」を作る必要があるという。

では、(1)水面下100mの岩盤にトンネルを掘る場合と、(2)海底の砂地の上に「かまぼこ」を沈めてその中に路線を走らせる場合とを比べた場合、どちらが安上がりなのか? 答えは(1)だという。(1)の場合の建設費用は1kmあたり180億円、(2)の場合は、技術的な課題から1kmあたり240億円になるという。なるほど、(1)の場合はいくら深いところを掘ろうとも、技術的に既に確立した工法なので、安く済むということなのだ。(ちなみに、黒線の選択肢を選んだ場合は、自動車用のバイパスも一緒に作ってしまう計画なので、上の「かまぼこ」の図の真ん中にある空間には道路が走ることになる)

ただし、この新路線はまだ大まかなビジョンの段階であり、実際の建設に向けた本格的な調査を開始するかどうかは、今月か来月あたりにストックホルム県の交通委員会が決定を下すことになる。

無料で読めます - 『僕と日本が震えた日』

2012-02-06 02:06:34 | コラム
鈴木みそ作 『僕と日本が震えた日』
「ドキュメンタリーコミックの第一人者である鈴木みそが、まずは自分の周りから取材を広げていきながら、今回の震災が浮き彫りにした現代日本の「日常」を描き出していく。」


無料で読めます。現在、第5話まで。
それぞれ興味深かったけれど、第5話『食べ物の安全』では放射能による食品汚染に関して、参考になる情報が分かりやすく説明されています。

「食品から次々、暫定基準値を超えるセシウムが検出されています。気にしすぎなのか、きにすべきなのか。暫定基準値を超えなければ安全なのか。そもそも暫定とはなんなのか。」

三重大学の勝川俊雄氏が、暫定基準値の設定する際の配慮や、内部被ばくについて解説しています。

重要な点は以下の3点です。

・内部被ばくについては、明瞭な影響が分からず「影響が無い」とはいえないため、予防的に避けておくべき。
・どのレベルまでだったら食べても大丈夫か、という明確な区分はない。個人の価値観の問題として、最終的には一人ひとりが自分で考えて決めるしかない。
・安全か危険かという結論を示すよりも判断の土台となるデータを出すことが大事。

私が非常に良い、と思ったのは、「白か黒か」という二項論で断定的な説明をするのではなく、客観的な情報を提供したうえで各個人の判断に任せる、という姿勢です。

新刊案内:『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』

2012-02-02 00:31:12 | コラム
福島第一原発の事故が始まって以降、このブログではチェルノブイリ原発事故のあとにスウェーデンが被った被害やその影響、農業・畜産分野で取られた対策や、放射能汚染を抑えるための実験などについて紹介したが、この大部分はスウェーデンの防衛研究所が農業庁やスウェーデン農業大学、食品庁、放射線安全庁が共同でまとめ、2002年に発行した『放射性物質が降下した際の食品生産について』という報告書からの抜粋であった。

2011-04-19:チェルノブイリ事故後にスウェーデンが取った汚染対策(その1)
2011-04-27:チェルノブイリ事故後にスウェーデンが取った汚染対策(その2)
2011-04-06:チェルノブイリ原発事故のあとのスウェーデン(← ただし、ここでは別の報告書も参考にしている)

ブログでは、その報告書の一部を紹介したわけだが、報告書そのものを訳して出版しないか、という企画を持ちかけられ、昨年の秋以降、その翻訳作業を行ってきた。そして、ついに完成することになった。


チラシはこちら

この報告書にまとめられているのは、まず、ブログに紹介したように実際の事故が起きた後の対策(農業・畜産業・トナカイ遊牧・酪農加工・食品加工)、そして、放射能に関する基礎知識、さらに、それ以上に強調されているのは、将来の事故に備えてどのような災害対策を整備しておき、実際に事故が起きたときには行政当局としてどのような側面を考慮に入れながら対策を講じていく必要があるか、という点である。

実際のところ、チェルノブイリ原発事故が起きたとき、スウェーデンでは十分な備えができておらず、事故がその発生から2日も経ってから明らかになった時には、既に国土の一部が比較的高い濃度の放射能で汚染されていた(被害が一番激しかったところで1平米あたり12万ベクレルとも、20万ベクレルとも言われる)。

2011-04-02:発生から2日後に発覚したチェルノブイリ原発事故

情報は混乱し、政府の行き当たりばったりの対応に、世論からは批判も相次いだりした。しかし、その失敗をきちんと事後評価し、その教訓を将来の原子力事故が起きた場合に生かそうとしている点は、大人の社会である。そして、一般の人向けにまとめられた報告書が本書である。

教訓は次の2点にまとめられる。
・万が一の場合にきちんと機能する事前警告・警報システムの確立
・必要とされる汚染対策を迅速に、効果的に実施できる防災組織の構築


特に、この後者に挙げられた「防災組織の構築」においては、スウェーデン社会を構成する様々な人々(市民・行政・農業従事者・その他の汚染対策に関わる人々)が平時から訓練を重ねるだけでなく、事故が起きた際に様々な判断を下す際の根拠となる情報や前提知識を事前に共有しておくことで、有事における協力関係を築きやすくなるし、対策の選択に対する理解も得られやすくなる、と報告書で指摘されている。(このあたりは、冷戦時における核戦争を想定した防災体制構築の経験が活用されているように感じる)

また、事故の際に原子炉の圧力容器内の圧力を下げるために、ベントを行うことを想定して、きちんとフィルター装置(水浴法)を取り付けることにも触れている(日本の原子炉には情けないことにこれが備え付けられていなかった)。

さらに、国内外の原子力事故によってスウェーデン国内に放射性物質が降下した際には、直ちに汚染度の測定を開始して随時集計し、降下からまず1日以内に放射線の線量率(単位:シーベルト/h)を示す大まかな線量率マップを作成・公表し、その後、ガンマ線分光計を援用しながら、数日後までには地表汚染度(単位:ベクレル)を示す汚染マップを作成・公表し、さらに、降下から4、5日後からは航空機を使った空からの測定を開始し、降下から1ヶ月以内より詳細な汚染マップを作成・公表する、といった汚染把握のための工程表が示されている。

本書は、スウェーデンに住む人々を対象にし、汚染対策の内容もスウェーデンの農業や畜産業を想定したものではあるが、私の願いとしては、日本の条件に適した同じような「実践マニュアル」が近い将来に日本でも作成されることである。本書を、そのための参考に是非していただきたいと思う。

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現在、日本ではストレステストの評価が始まっており、その内容の良し悪しに注目が集まっている。このストレステストの評価次第で、現在停止中の原子炉の再稼動が妥当かどうかが決まるようだが、忘れないでほしいのは、仮にストレステスト自体は完璧なものであったとしても、それは原子炉の安全性の評価にすぎない。いくら安全だといっても事故のリスクはゼロにはできないのだから、原子炉の安全性の評価に加えて、事故が万が一にも起きてしまった場合に、どのような災害対策が準備され、周囲数十キロに居住する住民の避難や食料の確保のための詳細な計画が整備され、示される必要があるのではないだろうか。果たしてそのようなものが、各原発ごとに存在するのか? 再稼動、再稼動と言うのであれば、それをきちんと示す必要があると私は思う。

残念ながら、日本はいつまで経っても「少年の国」であって、原子力という高度に複雑で、大きなリスクをともなう技術を使いこなすのに必要なリスク管理の能力に欠ける、あるいは、その重要性を行政や電力会社側がしっかりと認識していないことは、福島原発の事故から明らかである。よって、それを使う資格がないように思う。