スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ザリガニを食す人々

2005-08-29 21:00:57 | コラム
引越し無事終了。
その晩は、次の日の追試の準備。
その次の晩は、大家と島の人とともにザリガニ・パーティー。
その次の晩は、静岡大学のA教授宅で、夕食をご馳走になり、
この週末はふたたびヨンショーピンに舞い戻り、アパートの大掃除。

・・・というわけで、荷物をほとんど紐解いていません・・・。


ヨーテボリ産、海で取れたザリガニ。湖のものに比べ、色が薄い。大きめのエビみたい。

夢中になってザリガニを食す人々。酔いがほどよく回ってくると歌が始まる。


引越しの準備 大詰め

2005-08-23 17:21:42 | コラム
ただいま、引越しの準備に追われております・・・。

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スウェーデンの長距離バスを運行するSwebus Expressが、8/14から施行された秋・冬ダイヤで、大規模な値下げをした。それまでも電車に比べてバスのほうが安かったけれど、乗り心地と車内での作業のしやすさ(ノートパソコン等)などから電車のほうを主に使っていた。

でも、この値下げでヨーテボリ-ヨンショーピン間が1/3値下げされて、学生料金で67kr(1000円)になった。しかも、24時間前に予約するとさらに10%割引になる。ここにきて、バスの割安感が顕著になってきた。もしかしたら、電車の定期を買って通勤するよりも安いかもしれない。

Swebus Expressの競争相手は主に、国鉄のSJかと思っていたけれど、最近よく見てみると、ヨーテボリ駅のバスターミナルには、他のバス会社の主要都市間を結ぶ長距離バスが結構見かけられた。バス同士の競争も激しいようだ。

こんな話を大学の同僚にしたら「そんなに安くなったんだったら、別にヨーテボリに引越しせずに、今までどおり通い続ければいいじゃん」だってさ。

離れ島に住む-友人の反応

2005-08-19 07:49:08 | コラム
数日前に書いたように、ヨーテボリ沖合いの離れ島に引っ越す。

いくら大きな町でも、町から少し離れれば、静かな田園地帯が広がるスウェーデン。そんな国だから、大学のすぐ近く、町のド真ん中に住むよりも、ちょっとした郊外か、もしくはアルキペラゴの中の島に住んでみたい! という願望は以前から持っていた。

そんな願いを以前、同僚に話していたところ、スウェーデン人の女の子が「小さな、のどかな島に住みたいなんて、何千年も小さな島々に閉じこもって住んできた日本人らしい発言ね」だって!

確かに面白い指摘なので、みんなで大笑いした。冗談だってことはもちろん承知の上。日本列島もそんなに小さくはないよ。なんだか、大雑把な一般化だなぁ。

石油価格高騰とスウェーデンの石油依存度

2005-08-18 06:04:41 | コラム
あ~、またやってしまったおっちょこちょいな性格と、めんどくさいことは後回しという癖が災いして、大学の大事な日程を見逃していた。おまけに自分のミスを、思いっきり大学側のせいにしてしまった。今回の危機度はあまり高くないけれど、落胆度は最大の5。自分に腹が立つ! これがいい薬になって、これからはこういうことが無くなるようにしたいものだ。(今後の抱負)

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低成長、高失業という見出しが毎週のように新聞に並ぶスウェーデンであるけれど、他のヨーロッパ諸国と比べると、経済成長率も高く、失業率もかなり低い。スウェーデン経済が他のヨーロッパ経済とどういう点で違うのか・・・? それが私の関心の一つでもある。

一つのヒントになりそうな記事を今日読んだ。現在続く石油の高値が、経済にどのような影響を与えるのかを扱った記事だ。長期停滞するヨーロッパ経済、特にEMU(ユーロ)圏の経済が最近やっと活力を取り戻してきたのに、石油の高値が冷や水をかけてしまうと、悲観的だ。では、スウェーデンはどうかというと、石油に対する経済の依存度がこれまで断続的に低下してきたため、石油高値によるマイナス効果は限定的なのらしい。

具体的な数値を出せば、1980年の貿易収支では、輸出による貿易収入の24%が石油の輸入のために国外に支払われたが、2004年には、たった3.5%にまで低下している、という。(つまり、石油集約的な産業の比重が低下しているということだろう)

また、エネルギー消費の石油依存度を見てみると、スウェーデンでは消費されるエネルギーの3分の1が石油で、その他は風力・水力・原子力・石油以外の火力によるようだ。これに対し、EU全体の石油依存度は、消費エネルギーの約半分だという。

それだけスウェーデン経済は石油依存から脱却しているようだ。そのため、原油価格の変動が経済に与える影響も比較的小さいようだ。

ただ、もちろん石油を原材料とするプラスチック産業などは、もろに痛手を食らうだろう。あまり知られてないことだが、スウェーデンはゴミ袋や買い物袋、牧草を包むビニールの生産においては世界有数で、しかも工場の多くがヨンショーピン県南部に位置する (Gnösjö, Gislaved, Anderstorp)らしい。ここは結構ヤバイ。

それから、石油の価格はガソリン価格の高騰として、日常生活には大きな影響を与える。先週あたりから、リットル12krの壁を突破してしまった(12kr = 180円。ハイオク98の場合)。

日本はどうだろうか。石油危機以降の省エネ対策のおかげで、日本でも依存度は低いのではないだろうか? ガソリンの価格はどのくらいですか?

離れ島に住む

2005-08-17 07:12:58 | コラム
これまでヨンショーピン市からヨーテボリ市まで電車で通っていたが、やはり大学のあるヨーテボリに住むのが都合がいいので、アパート探しをしてきた。しかし、これがなかなかうまく行かない。ヨーテボリなどの大きな町はどこも住宅不足。大学が紹介してくれたアパートは、条件が悪い。今までヨンショーピンで住んできたアパートが日当たりも見晴らしもよく、とても住みよいところだったので、どうしてもそれと比べてしまう。そんな所に一ヶ月住むだけで気が滅入ってしまうな、と思った。

そうこうしているうちに、2002年来の友人がヨーテボリ沖合いにある離れ島に住む老大学教授を紹介してくれた。この教授自身、島に住みながら、庭にある離れを夏の間、サマーハウスとして貸している。ヨーテボリの沖合いには小さな島々が連なる群島(archipelago、スウェーデン語skärgård)があり、風光明媚なために夏の間は余暇を楽しむリゾート客がやってくる。そんなお客さんのためだ。しかし、せっかくのサマーハウスも夏のシーズン以外は使われないので、そこに住んでみてはどうかというのだ。

島の名前はBrännö。ヨーテボリに住む人であれば、みんな知っている有名なリゾート島。サマーハウスを持つ人だけではなく、日帰り客も海水浴や日光浴のためにこの島を訪れる。サマーハウスも別荘のような豪華なものから、小屋と呼ぶにふさわしいようなワンルームのものまでいろいろある。

私が貸してもらうことになるのは、そんなワンルームの小屋だと聞いていたけれど、実際、見てみると、10畳以上はあり広々としている。一般住宅と同じようなキッチンがあり、シャワーも洗濯機・乾燥機もあり、テレビも電話も日常生活に必要なものはすべてそろっている。この小屋の外にさらに小さな小屋があり、そこが小さな寝室になっている。サマーハウスなのだから、冬の寒さをしのぐことを考えていないのでは、と心配したが、ちゃんと暖房も備え付けてあるし、壁中に断熱材がしっかり入っているとのこと。もちろん3重窓。私の前にも、ある女の子が二冬ここで暮らしていたそうだ。

というわけで、一週間後に引っ越します。島とヨーテボリの郊外の港とは連絡船が頻繁に結んでおり、その港から大学までは路面電車、もしくは特急バスが接続している。毎朝、群島を眺めながら船で通うのも、趣がありそうだ。夜の便も遅くまであって、平日でもヨーテボリからの最終の連絡船が0:40、週末は1:15なので、飲んで遅くなっても何とか大丈夫だ。それ以上遅くなったら、市内に住むクラスメートの所にお世話になろう。

夏の人口はリゾート客のために5000人に膨れ上がる。一方、オフシーズンに常時住んでいるのは800人程度だという。島自体の大きさは1.5km×3kmくらい。商店は一つだけ。郵便配達はなく、その商店に設置してある私書箱に自分で取りに行く。でも、なぜか新聞の配達はあるらしい。電気はもちろんあるが、風が強いときなどは停電になることもしばしばあるという。電話もあるのだが、残念ながらADSLのブロード・バンドによるインターネットは使用不可。モデムに頼らなければならない。

島に住んでいる人がどんな人かまだ分からないが、小学校があるところを見ると、若い夫婦もいるのだろう。しかし、多くは中高年の人のようだ。静かな田舎が好きな人、自然に囲まれて暮らしたい人などだろうか。田舎といっても、船に20分乗れば、対岸のヨーテボリにいけるので、田舎生活も都会生活も満喫できる、絶好の場所だ。聞くところによれば、芸術家(志向)の人もたくさんいるようだ。よい意味でも悪い意味でも、経済学を一種の“芸術”だと考えれば、私もその末席に加えてもらえるのだろうか・・・?(冗談)

同じ敷地内に住む大家は、心理学と労務管理に関する大学教授だ。その一方で、趣味が豊富で、庭の手入れ、キノコ狩り、魚釣り、カヌー乗り、日曜大工、ギター演奏など、数え上げたらきりが無さそうだ。話が合いそうで、とても面白そうな人なので、ぜひともキノコの見分け方、魚釣り、カヌー乗りなどなど、いろいろ教わりたいものだ。




スウェーデンでの生活の新たな一章が始まる・・・?
さて、どうなることやら。

Brännöの地図。沖合いの黒線が目印。

パスタが体にいい?

2005-08-16 06:22:31 | コラム
スウェーデン語の単語nyttigt は「ためになる、何かの役に立つ、プラスの効果がある」といった意味があり、日常会話でよく使われる。食べ物をさして使うときは「ヘルシーな、健康にいい」という意味になる。

しかし、スウェーデン人のnyttigtという単語の使い方を見ていると「ヘルシーで、健康にいい」という概念が、日本人にとっての概念とちょっと違うことに気がつく。

友人と一緒に夕食を作っているときに、パスタをゆでようとしていた女の子が「アルデンテよりも固めにゆでよう。そうしたほうが体にいいから(nyttigt)だから」という。あるいは、スウェーデン語の授業の途中でコーヒーを飲みながら、クネッケ・ブロードという固焼きのクラッカーにも似たパンで作ったサンドイッチを私が取り出して、食べていると、スウェーデン語の先生が「クネッケ・ブロードは体にいいよ(nyttigt)」という。

そういわれると、パスタにしろ、クネッケ・ブロードにしろ、ただ単に炭水化物のかたまりで、栄養なんて何にもないでしょ、と不思議がって、つい聞き返してしまう。でも、スウェーデン人は分かってくれない。


クネッケ・ブロード(Knäckebröd)


日本人にとっての「ヘルシーで、健康にいい」の意味といえは、例えばビタミンが豊富だとか、ミネラルをたくさん含んでいる、っていう積極的な意味合いのことだと思う。でも、どうやらスウェーデン人にとっては、脂肪分が少ない、あっさりしている、とか、あえて言えば、繊維が多い、とか、どちらかというと消極的な意味合いのほうが強いようだ。こういった言葉の意味合いの違いも、スウェーデンと日本の食文化の違いを大きく反映していると思う。やはり、スウェーデンの食べ物はバリエーションに劣り、ずいぶん遅れているように思う。それに、日本でよく流行るような行き過ぎにも近いような健康食ブームなんていうのも、スウェーデンには存在しない。日本人から見れば、スウェーデン人は栄養にはあまり関心がないようだ。

ちなみに、スウェーデン語にもnäringsrik(栄養の豊富な)という単語もあるけれど、これはとりわけ食べ物の栄養成分を説明するときなどを除いては、日常生活ではあまり使われない。体にいい、といえば、やはりnyttigtだ。

ブルーベリーの季節

2005-08-14 16:01:26 | コラム
物が有り余るほどあることを、「~が腐るほどある」なんて大げさな表現をしてみたことが子供の頃にあったけれど、今スウェーデンで「腐るほどある」ものといえばブルーベリーだ。

市内から郊外のほうへ5、6kmいったところにある針葉樹の森に入ってみると、あたり一面見渡す限りブルーベリーが実っている。そこにバケツを持って、ブルーベリー摘みをするのだ。

先週末に初めて行ったときに、一面に実っているブルーベリーを見て、今がハイ・シーズンなんだ、と思って、平日にも朝早起きして、せっせと摘んでみた。同じように森に入っているスウェーデン人をたまに見かけた。あたり一面が森で自分しかいないと思って、黙々とブルーベリーを摘んでいるところに、音もなく、どこからともなく、ふと人が現れるのにはゾッとする。

しかし、生い茂るブルーベリーをよくよく見てみると、粒の多くがまだまだ小ぶりだし、犬の散歩がてらの近所の人の話だと、9月の終わり頃まで収穫ができるというので、どうやらもうしばらく待ってみてもいいのかもしれない。

とはいえ、もう既に3リットルも摘んでしまった。これを砂糖で煮てジャム作りに挑戦。こんなことは初めてだけれど、意外と簡単に綺麗でおいしそうなジャムが出来上がった。ジャムは普段、イチゴやブルーベリーのジャムを買って食べているので、これからせっせと収穫して、一年分を備蓄しておこうかなと思っている。これで目がよくなるかな?


採れたブルーベリー。砂糖とともに火にかける。

煮汁が少しずつ出てきて、ブルーベリーが溶けていく。あまり長く煮詰めずに火を止め完成。


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この季節のスウェーデンは、ベリーのシーズンだ。ブルーベリーのほかにもリンゴン(lingon)と呼ばれるものや、svartvinbär, björnbär, hallon, hjortronなど多彩なベリーがあちこちに実っていて、個人の敷地内を除いては基本的に自由に摘んでもよいとされている。

ベリーの黄色く実るhjortronなどは、なかなか見つけられず、希少価値が高いとされている。摘んだベリーを買い取ってくれる業者がスウェーデン北部にはいくつかあるので、ベリーをせっせと摘んで、小遣い稼ぎをすることもできるのだけれど、買い取り価格がハードな労働の割りに合わず、商売でベリー摘みをするスウェーデン人はあまりいない。その代り、この季節にはバルト3国の辺りの人やポーランド人、そしてタイ人などがスウェーデンにベリー摘みにやってくる。それぞれが個人であちこちの森に入り、採ったベリーを買い取り業者に買い取ってもらって、所得を得るのだ。自転車旅行中にキャンピング上で寝泊りしながら、ベリー摘みをするポーランド人の若者に会ったことがある。タイからの人は、集団でベリー摘みの仕事を斡旋するタイ人の業者もあるようだ。

こういった外国人のいわゆる“季節労働者”の中でもタイ人がベリー摘みに一番適しているのだそうだ。腰を曲げながらベリーを摘む作業は、米を栽培する作業に似ているし、タイ人は蚊や湿地にも慣れているので、文句を言わず、せっせとベリーを摘むのだそうだ。あるタブロイド誌に、国別の季節労働者の評価が書いてあったけれど、一時間当たりの収穫量はタイ人がトップ。ポーランド人やバルト人、そしてスウェーデン人にしても、それにははるかに及ばない。インタビューされたタイ人は、お金を貯めて、タイで家を新築したい、と語っていた。

スウェーデン産のベリーには、日本を始めとする国外での需要が近年高まっている。健康食品ブームに加え、ベリーを医薬品の原料にするのだそうだ。そのため、外国からの季節労働者はスウェーデンにはなくてはならない存在だ。そのためもあってか、税制では“ベリー摘みによる季節労働所得は非課税”とされ、所得控除ができるほどだ(法律にちゃんとそう書いてある!)。

ともあれ、スウェーデンは広い。国土のほとんどが森林だ。その分、ベリーもたくさんある。ある推計によると、人間に収穫されるのは実るベリーの5%ほどで、残りの95%はそのまま腐ってしまうのらしい。私の個人的な印象だと、5%というのも過大評価で、実際、人間が収穫するのは1%にも満たないのではないかと思う。

テロの背景・疎外感と自己喪失感

2005-08-10 02:52:11 | コラム
ロンドンの地下鉄テロが、小国でありながら外国生まれの人々が比較的多いスウェーデンでどのような議論のされ方をしているのか? これまでずっと関心を持ってきたので、簡単にまとめてみたい。

ロンドン地下鉄でのテロの容疑者はイスラム教の背景を持つ移民のようだとされている。とかく貧しい家庭の育ちであったわけではないらしいが。民族的・宗教的背景のために社会の本流から疎外された人々が集まりがちな地域で生まれ育ったらしい。このような地域は西側先進国の主要都市には多く存在する。事件の背景で肝心な点は、社会に馴染めずに疎外感を常に感じている若者が、過激主義に走り、犯行に及んだのではないかということだ。

移民・難民が多く住む地域というのはスウェーデンにもある。面白いことにレストラン経営などの自営業で成功するのは外国出身の人が多いらしいが、他方で一般の労働市場での職探しでは苦労をする移民は多い。彼らの失業率はスウェーデン人平均よりもやはり高い。結果として、所得水準が低かったり、社会保険庁からの生活保護に頼る者もいる。

ストックホルムの郊外Testaもやはり外国の背景を持つ人々が集中して住んでいる地域の一つだが、過激なイスラム主義に魅力を感じる若者(特に高校生)が近年特に増えているという。Testa高校で社会科を教えるベテラン女性教師の話だと、倫理の授業でイスラム教を含めた宗教について議論しようものなら、すぐさま席を立つ生徒がいたり、授業中に肩に手を触れただけで、女性は触るな、と怒り出す生徒が目立つようなったという。スウェーデンにも過激イスラム主義を信奉する団体が存在し、若者の勧誘を盛んに行っている。どういう若者が惹きつけられるかというと、自らの住環境に馴染めず、アイデンティティーを喪失してしまった移民・難民の子供が多いらしい。それに、アフガニスタン・イラク戦争を機に、アメリカが描き出した西側キリスト教世界vsイスラム世界という構図を目の当たりにして、困惑したイスラム教徒の若者が狙われやすい。それに加えて、世界中におけるイスラム過激派のテロのおかげで、イスラム系の移民に対する風当たりがスウェーデンでも少なからず強くなってきたことが、彼らの疎外感に拍車をかけているようだ。

新聞のあるルポタージュによると、過激主義の道に迷い込んでしまった若者の親は自らがイスラム教であろうとも、そのような過激主義は断じて許せず、子供の目を覚ましたいと学校に願うけれども、学校もどうしていいのか、手をこまねいているのが現状らしい。

新聞に引用されている専門家の見方のよると、問題はイスラム教そのものにあるのではなく、むしろ彼らが社会から感じる疎外感とアイデンティティー喪失にあるようだ。だからこそ、ロンドンのテロのように自分が長い間住んできたその社会の人々に牙を向けることも可能になるのであろう。疎外感とアイデンティティー喪失という点に注目すれば、心から信奉できて、自分の生に意味を与えてくれる大きなものを求めて、オウム真理教や過激な共産主義、過激な右翼主義に走ってしまう若者と、問題の根源は共通しているのかもしれない。

幸い、このような過激主義に走る者はスウェーデンでは今のところ少数に限られているらしい。加えて言えば、スウェーデンはアメリカ主導の“テロとの闘い”に積極的には加わっていないことが、スウェーデンでの過激派グループの急進化を抑えている要因の一つだと専門家は付け加える。しかし、スウェーデン国内のイスラム教過激派が国際的なテロ・ネットワークに結びついているケースもいくつかある。例えば、当時スウェーデンに住んでいた25歳と29歳のクルド系イラク人が2003年夏にテロ活動に従事していたとして懲役判決を受けている。判決によれば、彼らはイラクのテロ組織を援助するためにスウェーデンで資金集めをし、送金したという。そして、その結果としてのテロで100人を超す人がイラクで犠牲になったという。

何度も書くようにイスラム教のすべてが悪なのではない。過激主義に走る若者の家族は自らイスラム教徒であろうとも、自分の子供がテロリストになって欲しいと思っているわけではない。スウェーデンに住むイスラム教徒の若者からなる”Sveriges unga muslimer”(スウェーデン青年イスラム教徒団体)という団体もあって、若者が過激主義に走るのを阻止し、彼らが温和なイスラム教徒になるようにと奮闘している。

スウェーデンの日刊紙DNの社説(7/14)のタイトルは「人は始めからテロリストとして生まれるのではなく、生まれた後になってしまうのだ」とし、「生まれ育つ社会環境の中に彼らをテロに導く何かがあるのだ。だとすれば、社会の努力によってその導きを食い止めることもできるはずだ。」と続ける。

日本の総選挙のニュース

2005-08-08 07:05:11 | コラム
毎朝、目覚まし時計にセットしたラジオ(P3・チャンネル3)のニュースで目覚めるのだが、今日は日本の衆議院解散のニュースで起こされた。日本のニュースは、インターネット上の新聞で追っているものの、短い記事を簡単に読む程度で、それぞれの出来事の重大さの程度をあまり把握し切れていない。だから、たまにスウェーデンの放送局が日本のニュースを流したりすると、そんなに大きな出来事だったのかと、ビックリすることがある。

ニュースでは郵政民営化の論争を簡単に説明し「首相ユニチロ・コイズミ(←ローマ字をスウェーデン語読みするとこうなってしまう )が政権をかけて取り組んできたこの改革案が否決されたことで、不信任のレッテルが内閣に貼られたこととなった」と続く。

さらに日本の社会における郵便局の特殊な存在にも触れ「日本の郵便局は国営であることによって預金保証がなされた特殊な金融機関で、小口の預金者が銀行代わりにしている。」と説明する。(郵便局が銀行の機能を果たすPost Bankの制度自体は、スウェーデンでもあり、珍しいことではない)さらに簡易保険のことを指しながら「郵便局は保険会社ともしても機能し、手ごろの保険商品が人気を呼んだ結果、世界で一番大きな金融機関に膨れ上がるまでに至った。」と続く。「管轄する金額はなんと、20兆クローネ、20兆クローネ、つまり、20ミリオンのそのまたミリオン!」とニュースを読んでいたアナウンサーが仰天していたので、他国から見ると、そんなにすごいことなのかと、改めて実感した。(ちなみに、20兆クローネは約300兆円。

悪夢の日、Eleventh Septemberが投票日だとのこと。海外にいる日本人は在外投票をすることができる。この場合、私は日本のどこかの選挙区に住んでいるわけではないので、小選挙区には投票できず、比例代表での投票のみとなる。さて、たったこれだけの投票のために、わざわざ特急に乗ってストックホルムの日本大使館に出向くi意義があるのか、大いに大いに疑問だ・・・。

ヒロシマ・原爆の日

2005-08-06 07:10:54 | コラム
自転車旅行から戻ってきてから、初めて自転車に乗った。Grännaの少し先までの往復で90kmを走った。持久力が落ちているのではと心配したが、とても楽で坂道もスイスイと走ることができた。今なら何の問題も無くVätternrundanを走れそうな気がした。旅行中はテントや衣類、キャンピングの道具など、重い荷物を携えてバランスを取りながら走るのに慣れていたから、自転車一つ単身で走ってみると、今度は逆にバランスを取るのが難しかった。今日は土砂降りと晴天が交互に続いた。なぜか今日は、国道わきに馬糞や牛糞がゴロゴロしていて、雨がしみてグチャグチャになっていた。たまにうまく避けきれず踏んだりすると、自転車に泥除けがないものだから、タイヤで跳ね上がって背中にかかることもあったようだけれど、晴れるとすぐ乾いてしまって、なんのその。

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60年を迎える原爆の日。公共テレビであるSVTは時たま土曜日の夜に様々なテーマを決めて、それに関連したドキュメンタリーをいくつか放送し、関連した映画を最後に流す、という特集をすることがある。今日のテーマは「原子爆弾」。特にヒロシマに焦点が置かれ、イギリスBBCが作成した「ヒロシマ前後」を放送した。前半部分の、広島への投下にいたるまでの主にアメリカ側での準備の部分は見逃してしまったが、後半部分の、投下直後の広島の惨状を扱った部分は、再現シーンが生々しくて、また、被爆者の体験談が折々に登場し、悲惨さを強く印象付ける内容だった。(残念ながら、惨状は投下の数日後までを扱っただけで、中途半端だった)

それに続いたドキュメンタリーは、冷戦中にスウェーデン政府が作成した「原爆から身を守る方法」からの白黒映像など。“閃光を見たらすぐに顔を伏せて地面にうつ伏せになるか、何か頑丈な建物で自分を守りましょう”見本演技として、市民に扮した人が合図とともに這いつくばいになったり、乗っていた車から突然降りて避難したりする映像や、兵士に扮した人が、一斉に近くに用意してあった塹壕に身を隠すシーンが映されたが、BBCのドキュメンタリーの再現映像や被爆体験者の話で明らかなように、閃光に気づいてそれが原爆だと判断する頃には、爆風が襲ってきて手遅れだ。実際の惨状を知らない人たちが作った、のんきな広報映像だなと思った。それから、ある町に原爆が落とされたとの仮定で、被爆地域に数人のスウェーデン兵士が駆けつけ、消化をし、負傷者を助ける映像とともに“スウェーデン軍の素早い行動のおかげで、被害は最小限に食い止められ、被害を受けた市民にも最大限の手が差し伸べられるであろう”というナレーターが入ったときには、おいおいおい、のんきなプロパガンダだだな、と思ってしまった。ここまでテレビを見てきたスウェーデン人はどう感じたのだろうか。

第一次・二次世界大戦に巻き込まれずに済んだスウェーデン人にとって、戦争の記憶というのは無いに等しいようだ。あるとすれば、フィンランドでの対ソ連戦やノルウェーでの対ドイツ戦に義勇軍として参加した人や、国連軍の兵士として紛争地に滞在経験のある人くらいだろうか。だから、今日のドキュメンタリーの中の、広島の再現映像などは、強い印象を与えたのではないだろうか。(余談だが、50年代にはスウェーデンでも核兵器保有論を大声で唱える人がいたようだ。例えば、当時の保守党の党首や大手日刊紙DNの編集長。特に、軍隊同士の戦闘に用いる小型核兵器に関心があったようだ。)

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この間、誕生日の日に友人が夕食に招待してくれたが、ビールとワインで酔いが回り始めた頃にこんな話をした。スウェーデン人にとって第二次世界大戦といえば、ナチス・ヒトラーのヨーロッパ侵略やユダヤ人の悲惨な運命に関する間接的な記憶だ。一方で、太平洋戦争に関してはアメリカを始めとする欧米の目を通した見方(特にハリウッド作の戦争ヒーロー映画)ばかりしか、スウェーデン人は知らないのでないか、という話になった。日本人はあの戦争をどのように体験したのか?

そういえば、日本映画の中でスウェーデンでも知られているものといえば、黒澤明の映画や、最近ではアニメやホラーばかりだが、日本国内には太平洋戦争を扱った映画、それも、被害者として、加害者として、そして戦地に赴く一兵士として、という様々な視点から、当時の日本を描いた映画がある。むしろそのような映画もスウェーデン人は関心を持つのではないかと思った。そんな話をしたら、私のスウェーデン人の友人も興味津々に、自分はむしろそういう日本映画を見てみたい、という話になった。彼に限らず、他にもそういうテーマを扱った日本映画に関心を持つスウェーデン人はいるかもしれない。何かよい映画を選んで、スウェーデンにも近い将来紹介してみたいので、何かお勧めがある人は、何なりとコメントに書いてくださいね。

環境にやさしいエタノール燃料のジレンマ

2005-08-04 05:53:54 | コラム
有害な排気ガスが出ず、しかも再生可能な資源と言うことで、ガソリンに代わってエタノールがスウェーデンでも注目を集めてきた。エタノールで走る市バスや福祉巡回車がいくつかの市では見られたりする。エタノールを給油(給エタ?)できるガソリンスタンドも最近増えている。EU全体でみると、スウェーデンはエタノール先進国であり、スウェーデン国内で普通に販売されている無鉛ガソリンの中には実は5%もエタノールが添加されているのらしい。

エタノールの含有量をもっと増やそうとすると一般のガソリン車では耐えられず、エタノール専用車でなければダメだ、とされてきた。でも、実のところ、一般のガソリン車でもちょっと改造すれば、エタノールとガソリンを半々積んで走るのが可能なのだそうだ。しかも、エタノールのほうがガソリンよりも値段が安いのだ。ガソリンの高値が続く中、勝手に自家用車を改造して、ガソリンとエタノールを半々入れて、エコノミー&エコロジーを既に実践している賢い強者もいる。現在の時点で、このような改造は(おそらく安全性の面から)違法とされているのに、である。

しかし、国の道路交通局(Vägverket)は法改正によって、今年の秋からでも合法化する構えだ。許可された整備工場に頼めば1~1.5万クローネ(15~22万円)で改造が可能らしい。これで、クリーンでグリーンな環境に向けて、さらに一歩前進・・・、とは簡単にはいかないようだ。

なぜエタノールが安いのか、というと、実のところは政府の環境政策による補助金のおかげらしい。これまで政府は、エタノール専用車のことしか念頭になく、急激な需要増加を想定してはいないようだ。ガソリン車改造の合法化によって、エタノールの需要が大幅に増えれば、補助金も次第にカットされ、その結果、ガソリンとの価格差がほとんどなくなるか、むしろエタノールのほうが高くなる恐れもあるという。そうなると皮肉なことに、それまでエタノールで走っていたエタノール専用車がガソリンを積んで走る、なんて本末転倒にもなりかねないらしい(それも可能らしい)。

もう一つの問題は、エタノールの製造だ。スウェーデンでの生産はごくわずかで、消費されるエタノールの多くが、南ヨーロッパのワイン工場で生産されるか、ブラジル産のサトウキビから作られるのだそうだ(エタノールはアルコールと同じらしい)。スウェーデン国内で消費量が増えたとしても、スウェーデン産と南ヨーロッパ産のエタノールは急激には生産量が増やせないらしく、それが価格上昇に拍車をかけるか、もしくはそれを防ぐためにはブラジル産の輸入を急激に増やす必要があるという。

注:そういえば高校の化学で“アルコール=エタノール=エチル・アルコール”、その一方で、名前がよく似た“メタノール=メチル・アルコール”は体に有害だと教わった気がする。当たっていますか?

概算によると、サトウキビの追加生産のために必要な土地はサッカー場×11000で、そのためには熱帯雨林が犠牲になる可能性も高くなる。残る道はスウェーデンやヨーロッパでの生産量を増やすことらしいが、一朝一夕にはいかない・・・。

ちなみに、クリーンな燃料として、バイオガス(多分メタン?)もある。ウプサラ市の緑の市バスにはバイオガスで走る車両もある。ウプサラ市をはじめ、多くのコミューン(市)が家庭から生ゴミを集めて、バイオガスの生産をしている。ヨーロッパの中ではドイツとイタリアがバイオガスの先進国らしい。しかし、バイオガスも製造過程で漏れて空気中に出てしまうと、温暖化効果があるので、こちらのほうも課題が多いようだ。

IKEAのカタログ配布

2005-08-02 04:47:01 | コラム
ノルウェー旅行にまつわる話は今回はお休み。



今日家に帰ると、玄関の郵便受けにIKEAのカタログが入っていた。一週間ほど前にスウェーデンの季節感について書いたが、このIKEAのカタログもいよいよ秋の訪れを思わせる象徴だ。

IKEAと言うのはスウェーデンの家具販売店。スウェーデン南部のスモーランド地方とスコーネ地方の境にあるÄlmhult(エルムフルト)という町が発祥の家具屋さんだ。戦後間もない頃に始まったお店で、当時の家具屋さんの悩みは、家具をお客さんの家に届けるために荷車に載せて運ぶ最中に、よく傷が付いたり、壊れたりすることだったらしい。そこでIKEAはお客さんの家についてから自分で組み立てられるように、組み立てキットにして家具を販売し始めた。このやり方がヒットし、大量生産と相まって、デザインも質もそこそこいい家具を低価格で販売できるなったという。

チェーン店の全国展開のおかげで、各家庭にはかならずIKEAのカタログがある、とも言われているほどだ。スウェーデンの福祉国家モデルは”Folkhem(国民の家)”とよばれる。国民全体を一つの家族として捉え、連帯の理念に則って、社会全体が(つまり公的機関が)国民の福祉を充実させていこう、という考え方だが、これにまつわるジョークもある。この“国民の家”の構成要素のうち、福祉については社会民主党が担当し、家具についてはIKEAが担当してきた、というものだ。それだけ、IKEAというのは国民にとってなくてはならない存在になっている。

ついでに言えば、世界展開のおかげで、西洋諸国のほとんどの国にIKEAがある。現在、日本にも進出するところだ。ちょうど今、浦和のザウス(屋内スキー場)の跡地に巨大店舗を建設中だ。(IKEAのこれまでの投資の中で、最大規模だといわれている。多分、地価が高いため)

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さて、IKEAのカタログの話。IKEAは毎年この時期にカタログを各家庭に配布する。夏休みがそろそろ終わり、人々が気分新たに生活に戻っていく時期だからだ。夏休み明けから、新しい職場で、新しい町で新生活を始める人も多い。スウェーデンでは秋学期が年度始まりなので、大学の新入生の多くが8月後半からの秋学期に大学に入学する。だから、引越しの件数は8月がやはり一番多いようだ。そして、多くの人が安い家具を求めてIKEAに押しかけるのだ。

私の隣にすむGöran(ヨーラン)は普段は郵便受けに「広告お断り」の紙を張っているが、数日前から「でも、IKEAのカタログはほしいなぁ~」の張り紙もでかでかと張っていたので、思わず笑ってしまった。(一瞬、借金の取立てかと思ってしまった