スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

『現金お断り』の時代 スウェーデン 銀行窓口もキャッシュレス

2017-06-01 22:36:17 | スウェーデン・その他の経済
今週の『週刊エコノミスト』に、

「『現金お断り』の時代 スウェーデン 銀行窓口もキャッシュレス」

というタイトルの記事を書きました。




詳しくは記事を読んで頂けたら嬉しいですが、スウェーデン社会のキャッシュレス化は他国と比べても急激な速さで進んでいます。現金流通量の対GDP比を比較してみると、日本やアメリカ、ユーロ圏では増加傾向にあるのに対し、スウェーデンでは着実に減り続け、昨年はついに1.42%に達しました。スウェーデンとは対極にあるのが日本で、現金社会であるのがよく分かると思います。


市場に出回っている現金量の対GDP比
出典:IMFのデータをもとに筆者が作成


ちなみに、市場に流通する現金量の絶対額を見てみると、スウェーデンでも2007年までは若干増加傾向にありましたが、それ以降は急激に減っています。スウェーデン中央銀行は2015年から16年にかけて、現行の紙幣と硬貨を刷新したのですが、私自身、この1、2年の間、スウェーデンにおいて現金を全くと言ってよいほど使っていないので、新紙幣は数回ほどしか見ておらず、新硬貨に至っては全くお目にかかっていません。


市場に出回っている現金量(スウェーデン)
出典:IMFのデータをもとに筆者が作成


週刊エコノミスト

2017-04-14 09:58:09 | スウェーデン・その他の経済
久しぶりの投稿です。

2005年以降、だいたい週1回または週2回以上の頻度でこのブログを書いてきました。自分の本業以外の時間を使って、いわば趣味の範囲でスウェーデンに関する情報をまとめてきました。ただ、ブログの他にもスポーツなどたくさんの趣味があり、また、本格的に勉強したいと以前から考えていたことに昨年の秋から取り掛かっているので、週1回や2回のペースでブログの更新をするのが難しくなってきました。今後は、月1回、または2ヶ月に1回の頻度で更新できたらと思いますが、どうなるか分かりません。

毎日新聞出版社の『週刊エコノミスト』から寄稿の依頼を受け、今週初めに発売された2017年4月18日号に記事を書きました。
スウェーデンの労働市場の流動性や転職のための制度についての事例紹介です。



Spotify(スポティファイ)のCEOによる公開書簡について

2016-05-07 21:07:48 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンに関して誤解を招きそうなタイトルを掲げた日本語記事があったので、指摘しておきたい。

Spotifyが本社移転か スウェーデンの「高すぎる税金」から避難

という見出しの記事であるが、この手の見出しは、一般的に世間に持たれているステレオタイプを利用して人目を引き、読者を分かった気にさせてくれるものの、実際の事実はきちんと理解されないままで終わってしまう、という事態を招きやすいので注意が必要だ。このタイトルだけ見て、スウェーデン → 税金が高い国 → だから企業が国外に逃げていく という単純なストーリーを想定する人は少なからずいるだろう。

しかし、この日本語記事の元となっている英語の記事のタイトルは「Spotify May Soon Leave Sweden, According To Its CEO」であり、税金という言葉は使われていない。「高すぎる税金」と一言でまとめられるほど単純な話ではないからである。

「高すぎる税金」というけれど、何の税金を問題にしているだろうか?消費税だろうか? 給与所得に掛かる所得税のことだろうか? 資本所得にかかる所得税のことだろうか? それとも、法人税のことだろうか?法人税に関しては、前回の記事でも触れたようにスウェーデンは1990年代以降、他の先進国に先駆けて法定税率を下げてきた国であり、国際的に見ても高いわけでは全く無い。税率は2013年から22%という水準である。これに対し、日本は法人所得に対して法人税のほか住民税や事業税が課せられるため法定実効税率は35%ほどであり、アメリカは40%前後だ。

実は、この記事(日本語およびその元となっている英語の記事)がネタにしているのは、4月11日にSpotifyのCEOであるダニエル・エーク(Daniel Ek)マッティン・ローレンツォン(Martin Lorentzon)がスウェーデンの政治家に宛てた公開書簡である。二人はこの書簡の中で、スウェーデンにおいて今後もスタートアップ企業が盛んに成長し、世界中から才能のある人材が集まる場であり続けるうえでの懸念を3つ掲げ、自身の会社が本社を国外に移すかもしれないことを示唆しながら、政治家に改革に向けた行動を起こすよう促している。その懸念の一つがストックオプションに対する課税のあり方である。

ストックオプションとは、企業の従業員がその企業の株式をあらかじめ決められた価格で購入できる権利のことである。一定期間が過ぎないと行使できなかったり、いつまでに行使しなければならない、などの制限が付いている場合が多いようだ。行使時に、あらかじめ決められた行使価格を株価が上回っていた場合、その差額がオプション行使者のものとなる。企業の業績が上がるにつれ株価も上昇していくだろうから、従業員に努力するインセンティブを与えるボーナス制度の一つである。しかも、企業が報酬を払うわけではないので、企業が直接の財務的負担を負う必要がない

スウェーデンではこのような制度はこれまであまり一般的でなかったが、Spotifyのような新興のIT企業の中には従業員にストックオプションを提供しているところもある。しかし、スウェーデンの税制はその流れに追いついておらず、いまだにストックオプションという言葉が税法上できちんと定義されていない。また、課税のあり方が従業員や企業にとって非常に不利なものであることも、ストックオプションの普及を阻害する大きな要因となっている

では、不利な課税のあり方とはどういうことかというと、現行制度のもとでは、ストックオプションの行使によって得たキャピタルゲイン資本所得ではなく、給与所得として見なされ課税されているのである。より詳しく言えば、行使したその日における時価と購入価格との差額が給与所得として見なされるのである(購入した株式をすぐに売却するか、しばらく保持するかは関係ない)。そして、その後、実際にその株式を売却する際に行使時よりも株価が上昇して、さらにキャピタルゲインが発生した場合は、その部分が資本所得として見なされ課税される。

今回のSpotifyのCEOの公開書簡も、オプション行使時の時価と購入価格との差額が給与所得として見なされ課税されるあり方を批判しているのである。企業からの給与所得としてみなされるため、企業はその給与所得に応じた社会保険料を支払わなければならない。そもそもストックオプションは企業が財務的負担を負うことなく、努力した従業員に報酬を支払う制度であるのだが、これでは従業員がオプション行使で得たキャピタルゲインの31.42%に相当する社会保険料を支払わなければならなくなる。また、他の給与所得と合わせた形で所得税が決まるため、すでに高い給与を得ている従業員であれば限界税率が60%ほどになってしまう可能性がある。

(公開書簡の中では「限界税率は最大で70%にもなる」とSpotifyのCEOは書いているが、それは社会保険料を加えれば限界税率が最大でそのくらいの水準になるスウェーデン経営者連盟が以前から言っているのをそのまま使っているだけだと思われる。オプション行使に掛かる所得税の場合、行使者が社会保険料を負担することは無いであろうから、70%という数字はこの文脈では適当ではない)

SpotifyのCEOは、アメリカではストックオプションの行使によって得られた利益が資本所得としてみなされ15~20%の税率が課せられ、社会保険料の負担も発生しないという。ドイツでも資本所得としてみなされ、税率は25%だという。だから、彼らはスウェーデンでもストックオプションの行使による利益が資本所得として扱われ、課税されるのであれば文句は無いと言っているようである。スウェーデンでは資本所得税の税率は30%であるが、この水準で彼らが満足なのかどうかは公開書簡からは明らかではない。(日本について私が簡単に調べたところ、日本でも給与所得として見なされるようであり、ということは、それに応じて所得税や住民税が課せられるのであろう)

であるから、CEOの彼らが問題としているのは、税金の高い・低いということよりも、むしろストックオプションに対する課税のあり方が時代の流れに即したものではなく、ストックオプションという制度が本来狙いとしていた目的を損なう形になっていることなのである。Forbesの英語の元記事では「the taxes unfairly punish those at the company with stock options」と書かれているが、これは彼らの主張と合致しており正しい。しかし、日本語に訳した編集者は「過大な税金が課されている」と、余計な意訳を施しているため、ニュアンスが異なってしまっている。

ちなみに、ストックオプションに対する課税のあり方については、スウェーデン政府も改革の必要を感じているため、改革に向けた調査をすでに実施し、その調査委員会が政府に対して答申を提出している。しかし、この調査は「中小企業の起業を促進するためにはどのような税制改革が必要か」という問題意識に焦点を置いていたため、提出された答申では、税制の改革が必要なのは、従業員数が50人以下の企業、および、創業から7年以内の企業に限られる、とされている。そのため、今や大きく成長したSpotifyのような企業には適用されない。このこともSpotifyのCEOの怒りに拍車をかけているのである。

SpotifyのCEOの指摘が妥当なものであるかどうかの判断は、私はとりあえず保留としておきたい。一方、彼らが現在のスウェーデン経済における問題点だと指摘する他の2点に関しては、私はその通りだと思う。

まずは、賃貸住宅の不足。これについては私も2年前にこのブログでまとめたが、特に都市部において賃貸住宅が不足しているため、Spotifyのような成長企業がストックホルムの事務所に世界中から従業員を雇ったり、他の事務所からストックホルムの事務所に優秀な人材を送ろうとしても、彼らの住居が容易には確保できないのである。スウェーデン経済の景気は良好なのであるが、この住宅不足がその成長のボトルネックとなっている

もう一つの点は、プログラミング教育である。IT企業が成長していくためには優秀なプログラマーの確保が欠かせないため、SpotifyのCEOらは基礎教育からすでにプログラマー教育を実施すべきだと訴えている。この点も私は全くそのとおりだと思う。プログラミングに必要なシステマティックな論理的思考や数学的な能力は、大人になってから一夜にして身につくものではない。私が小さい時にそんな教育は小学校ではほとんどなかったけれど、興味があったので独学で学んだ経験がある。その時の経験が後々にたいへん役立った。しかし、独学だったので自分で理解できず、大人になってからやっと「そういうことだったのか」と気がついた部分もいくつかある。小さい時に基礎教育でそういう手ほどきが受けられていれば、理解ももっと早く深まったのにと思う。

【 過去の関連記事 】
2014-07-14: ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その1)
2014-07-18: ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その2)
2014-07-30: ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その3)
2014-08-06: ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その4)

Investeringssparkonto(投資貯蓄口座)について

2016-03-26 17:53:55 | スウェーデン・その他の経済
2007年か8年ころだったろうか、株式や投資信託の売買のために私が使っていたスウェーデンのネット銀行のサイトに、このネット銀行によるサービスの広告が出ていた。「税金の安いスウェーデンへようこそ」という文句とともに、ダックスフンドの写真が使われていた。ダックスフンドはスウェーデン語ではtaxと呼ぶ。一方、taxは御存知の通り、英語では「税金」。だから、背の「低い」ダックスフンド(tax)と、「低い税金」とを掛けた言葉遊びだと分かった。

そして、その広告をクリックしてみると、「あなたの資本所得税の税率が1.2%になる金融商品があります」と書かれていた。(1.2%の部分は明確には覚えていないが、それくらいの水準だったのは間違いない)

でも、スウェーデンの資本所得税は30%である。それなのに、そんな旨い話があるものかと思って、詳しく読んでみたところ、1.2%というのは投資や貯金の元本全体に掛かる税率であることが分かった。これに対し、通常の資本所得税の税率である30%というのは、利子やキャピタルゲインに掛かる税率である。つまり、税率だけ見ると非常にお得に感じられるが、実際には課税の対象が異なっているのである。だから、税率を比較しただけでは、果たしてこの新しい金融商品がお得なのかどうかは判断しにくい

一見すると、長所・短所が分かりにくい金融商品だが、実際に契約をしてみて運用を始めるとその好都合な点と不利な点が次第に分かってきた。この金融商品は、当時はKapitalförsäkring(直訳すると「資本保険」だが、それは名前だけで、本来の保険としての性格は持っていないことに注意)と呼ばれていたが、2012年からはそれによく似たInvesteringssparkonto(投資貯蓄口座)という金融商品の制度が新たに設立された。後者は、その口座を保持するための手数料が無いなどの点で前者よりも利便性が高く、その後、着実に人気を高めつつある。(注:株式の売買手数料や投資信託の手数料は通常通りかかる。)

KapitalförsäkringInvesteringssparkontoも課税に関してはほぼ同じ特徴を持っているので、以下では後者に焦点を当てて説明したい。また、以下ではInvesteringssparkonto(投資貯蓄口座)を略してISKと呼ぶことにする。


【 ISK(投資貯蓄口座)の概要 】

ISKは大手金融機関であればどこでも開設できる。まず、口座を開設し、自分の投資資金をそちらに移す。そして、その口座の中で、投資信託や株式、デリバティブなど様々な投資商品を購入する。そして、購入した投資信託や株式は、その口座の中で保持される。また、それを売却することも容易にでき、売却すれば同じ口座の中で流動性資産に置き換わり、それを使って別の投資商品を購入することができる。ISK(投資貯蓄口座)はいわば「外枠」なのである。

では、ISKという「外枠」を使わずに投資信託や株式を売買した場合と比べて、何が異なるのだろうか? それは課税の仕方である。通常の売買では、購入額と売却額の差額によるキャピタルゲインに対して、30%の資本所得税が課せられる。購入額よりも売却額のほうが小さくなった場合はキャピタルロスが生じるが、このような損失は他の売買で生じたキャピタルゲインと相殺されたうえで資本所得税が課せられる。

これに対し、ISKを使って売買した場合は、キャピタルゲインに対してではなく、その口座に入っているすべての資産の合計額に対して一定水準の資本所得税が課せられる。そして、その税率は(長期国債金利)×(30%)で求められる水準である。仮に長期国債金利が4%であれば、4%×0.3=1.2%となる。


【 元本 ×(長期国債金利)×(30%)の意味は? 】

では、税金の大きさを考えた場合、どちらが利用者にとって得なのだろうか(つまり納税額が少なくなるのだろうか)?そのためには、ISKを利用した場合に課せられる、資産合計額の(長期国債金利)×(30%)という額の意味を考える必要がある。

これはどういうことかというと、仮に私がその口座にある資金のすべてを無リスクの投資対象(その代表例として長期国債)に投資したと想定し、そこから得られる投資益に対して30%の資本所得税を課す、ということなのである。実際の投資では、株式のようにリスクの高い投資商品もあるため、大きな収益を得ることもあれば、損をすることもある。しかし、様々な投資収益の平均を取ってみれば、その収益率は無リスクの長期国債の金利にだいたい落ち着くであろう。それならば、すべての資金をその平均的な収益率で運用したと仮定して、課税します、という考え方なのである。

下の図説では、長期国債の金利を4%と仮定し、投資資金のすべてをこの国債で運用した場合のキャピタルゲインと、それに課せられる通常の資本所得税を示している。結局、税額はISKに課せられる(元本)×(長期国債金利:4%)×(30%)と等しくなることが分かる。


先ほど、様々な投資の平均的な収益率は無リスクの金利にだいたい落ち着く、と書いたが、実際にはリスクの大きさに応じてリスク・プレミアムが加わるため、高リスクの投資商品ほど長い目で見た平均的な収益率は高くなる。だから、長期的には、高リスクの投資家ほど有利になる課税制度であるため、リスクの高い商品への投資を促進することがこのISKの狙いの一つである。

また、通常の株式の売買であれば、一つ一つの取引の購入金額と売却金額、そしてそこから生じるキャピタルゲインやロスをすべて記録して、確定申告の際に国税庁に申告する必要がある。それに対し、このISKを使って株式を売買した場合は、そのような細かな手続きは不要となる。必要なのは、その口座にいくらの資産があるか、ということだけである。そのため、ISKを使えば、確定申告における資本所得の申告手続きが大幅に簡略化されることになる。(一方、株式ではなく、投資信託の売買から生じたキャピタルゲインやロスなどの情報については、ISKを使わない場合でも自動的に国税庁に報告されるため、個人の納税者が自分の一年間の取引を一つ一つ申告する必要はない)

では、私個人にとって、ISKは果たして得なのだろうか? それは投資の結果による。投資信託や株式の売買をうまくやり、長期国債の金利以上の収益率を実現できれば得である。自分の投資の腕のおかげでいくら大きな収益をあげても、国に支払う資本所得税は長期国債で資金を運用したと想定した場合に課せられたであろう額だけであるからだ。

下の図説では長期国債金利をこれまで通り4%と仮定したうえで、株式などの投資により元本の20%のキャピタルゲインを得た場合に課せられる税額を、通常の場合とISKを利用した場合とで比較している。ISKを利用した場合は、キャピタルゲインがどれだけ大きくなろうが、課せられる税額は元本の1.2%だけである。


一方、投資に失敗し、長期国債の金利以下の収益しか達成できなかったり、損失が出たりした場合は不利となる。長期国債で資金を運用した場合に想定される資本所得税を支払わなければならないからだ。

ISKは財務省・国税庁の側から見れば、上記の税務手続きの簡略化という点だけでなく、景気状況にあまり左右されずに安定的な資本所得税収を得られる、という利点も持っているだろう。キャピタルゲインに課せられる通常の資本所得税は、株価が上昇し、多額のキャピタルゲインが発生する好況時には税収が大きくなるものの、不況時には株価が低迷してロスが発生したり、損失を確定するのを避けるために株を維持する人も増えるだろうから、税収が減ってしまう。これに対し、ISKに対する課税はキャピタルゲインではなく、その口座にある資産総額に依存する。もちろん、株価など資産価格が低迷すれば資産総額も減少するため、税収も若干減るわけだが、通常の資本所得税ほどの落ち込みにはならない。

※ ※ ※ ※ ※


ISKを使おうと思った場合に、最低限知っておくべきことは以上である。これから先に書くことはテクニカルなことなので、ISKの税率が課税年2015年には0.27%課税年2016年には0.42%となるという点だけを押さえておけば、あとは読み飛ばしてもらっても構わない。


【 長期国債金利 】

投資貯蓄口座(ISK)に対する課税額の計算で使われる長期国債金利についてであるが、スウェーデン国税庁は課税年前年の 11月30日における、満期まで少なくとも5年以上あるスウェーデン国債の平均値を用いている。近年は低金利が続いているため、過去にない低水準となっている。

課税年2014年では、その前年である2013年10月30日時点の長期国債金利(平均)である2.09%が用いられた。そのため、投資貯蓄口座(ISK)の総資産額に課せられる税率は2.09%×0.3=0.627%となった。

その次の課税年2015年では、2014年10月30日時点の長期国債金利(平均)である0.90%が用いられた結果、税率は0.90%×0.3=0.27%にまで低下した。

さて、課税年2016年はどうなるだろうか? 2015年の半ばに政策金利がマイナスになり、しかも、その状態がしばらく続くだろうと考えられたため、長期金利もさらに低下を続けた。国税庁は2015年半ばに、「もし長期国債金利がマイナスになった場合、投資貯蓄口座(ISK)に課せられる税率はどうなるのか?」という質問を受けていたが、「0%になるだろう」と答えていた。

実際には長期国債金利がマイナスの領域に到達することはなかった。2015年4月24日に0.19%まで低下したものの、その後、上昇し、1%以下の水準で上下を繰り返しながら、2015年10月30日時点での長期国債金利は0.65%となった。この金利に基づけば、投資貯蓄口座(ISK)に掛かる税率は0.3を掛けた0.195%となる。

いずれにしろ、ISKに対する課税水準が非常に低くなってしまうことに変わりはない。そもそもISKの特殊な課税制度は、様々な投資商品の収益率の平均と、長期国債金利とがだいたい等しくなるであろうことを想定して設立されたものである。通常の景気変動であれば、不景気になって株価が低迷した時に政策金利が引き下げられるため、低金利=投資収益率の低迷、という等式が成り立つ。

しかし、現在のスウェーデン経済はそれとは異なり、好景気で株価も高水準を維持していると同時に、超低金利、という状態だ。スウェーデンの株価は昨年半ばから減少傾向が続くが、大手企業の株式配当は高い水準であるため、株式などの運用から得られる収益の水準は高い。だから、ISKに対する税率が低くなりすぎると、資本課税が不公平になる可能性がある。さらに、今のようなマイナスの金利政策が続けば、長期国債金利もマイナスになる可能性もあり、そうなると非課税となってしまう。この制度が導入された2012年の時点で、まさかそのような経済状況に直面するとは、政策立案者も予想していなかっただろう。

そんな懸念から、国税庁は税率の計算の仕方を改め課税年2016年から
(長期国債金利+0.75%)×0.3

に改めた。つまり、長期国債金利に0.75%の下駄を履かせたうえで、通常の資本所得税率である0.3を掛ける、ということである。また、(長期国債金利+0.75%)の部分が1.25%を下回った場合は1.25%に置き換える、というルールも加えた。つまり、
MIN[(長期国債金利+0.75%), 1.25%]×0.3

ということである。これにより、ISKに課せられる税率は、1.25%×0.3=0.375%を下回る可能性がなくなった

前述のとおり、2015年10月30日時点での長期国債金利は0.65%であったが、これらの制度変更のため、投資貯蓄口座(ISK)に課せられる税率は2016年は(0.65%+0.75%)×0.3=0.42%となる計算である。これでも、かなり低い税率であることには変わりはない。


【 課税対象額の計算 】

以上は、ISKの税率についての説明であったが、ではその税率が課せられる課税対象額はどう計算されるのであろうか? この記事の前半の説明では、分かりやすくするためにISKに入れられた資産総額を指して「元本」と一言で書いたが、資産総額は1年を通して一定であることはなく常に変動するだろうし、1年の途中で口座に新たに資金を追加したり、逆に引き出したりすることもあるだろう。

そのため、スウェーデンの国税庁はISKに入っている総資産額の年間平均を、以下の式を使って導き出している。
[(各四半期の初めの時点でISKに存在する総資産額)+(その年にISKに振り込んだ資産額)]÷ 4

一見、意味が分かりにくい式であるが、具体例を考えて見ればよく分かる。一つの例として、年の初め(第1四半期の初め)の時点でISKの口座に10000クローナが入っており、そして、各四半期ごとにキャピタルゲインが1000クローナずつ発生し、かつ、各四半期ごと新たに2000クローナの資金をISKに別の口座から振り込んだとする。

この例における各四半期の初めの資産額、キャピタルゲイン、振り込み、終わりの資産額は以下のようになる。


そして、国税庁の式に基づくと、各四半期の初めの資産額の合計58000と他の口座からの振込額の合計8000を足した66000を4で割った16500が、年間を通じた総資産額の平均ということになる。結局、この計算は何をしているのかというと、それぞれの期のキャピタルゲインを除いた各四半期の終わりの資産額(表の右端に提示)の平均 (12000+15000+18000+21000)/4を取っているのと同じだということが分かるだろう。このようにして、総資産額の年間平均を求めているのである。

ただし、口座からの引き出し額が計算に含まれていないことに注意してほしい。上の例では各四半期ごとに2000クローナを振り込んだが、もし、各四半期ごとに6000クローナを振り込み、かつ4000クローナを引き出すという場合はどうなるだろうか? 各四半期の振り込み額の実質は2000クローナであるという点では、一つ前の例と同じであるが、課税対象額の計算では大きな違いが生まれることになる。

下の表では、新たに「他の口座への引出」という項目を設け、各四半期に6000の振り込み4000クローナの引き出しをするという設定にした。この場合、各四半期の初めと終わりの資産額は一つ前の例と全く変わらない。しかし、総資産額の年間平均の計算は、各四半期の初めの資産額の合計58000と他の口座からの振込額の合計24000を足した82000を4で割った20500となり、一つ前の例よりも課税対象額が4000クローナも大きくなってしまった。そして、その分、払わなければならない税額も大きくなるのである。


だから、ISKを使う上で注意しなければならない点は、
・資金の出し入れを頻繁に繰り返すと課税対象額が大きくなってしまうため、近い将来に使う必要がある資金を一時的に投資するようなタイプの貯蓄には向かない。
それでも資金を引き出す必要がある場合は、次の四半期が始まる前に引き出すべき。(そうすれば次の四半期の初めの資産額が小さくなり、課税対象額が減る)

であろう。

とはいえ、この記事の中で示したように税率自体が低いため、課税対象額が多少変化しても、税額にはあまり大きな影響が出るとはいえず、非常に細かな議論ではある。

スウェーデンのゲーム産業

2015-07-17 13:55:32 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンの文化産業の輸出といえばこれまでは音楽産業が大きな注目を受けてきたが、近年はそれに加えてゲーム産業が熱い。企業数、従業員数、売上高、利益のいずれにおいてもここ数年の間に急激に伸びている。そして、売上高の9割以上は外国での売り上げによるものである。

スウェーデンの国内市場は小さい。だから、国内のゲーム制作会社は最初から英語で製品を作り、世界市場に売りだし、世界を相手に勝負している企業が多い。つまり、”Born global” なのである。また、ゲームの質に対しても世界的に高い評価を受けている。小粒の製品を数多く作ってお金を稼ぐという商売スタイルではなく、トリプルAクラスと呼ばれる、質が高い反面、開発に多額の投資を必要とする作品の開発に焦点を絞り、ヒット作品を生み出してきた。

ヨーロッパのゲーム業界が集まるGames Developers Conference(2014年)でも、業界関係者の投票によってスウェーデン(とイギリス)が、ヨーロッパにおけるゲーム先進国に選ばれている。
《詳細》

2005年から2013年までのスウェーデンのゲーム産業の成長をグラフにしてみた。



2008年のリーマン・ショックにともなう金融危機の直後には、確かにスウェーデンのゲーム産業も苦境に立たされた。当時、200人以上の従業員を抱えていたGrinという大手メーカーが倒産に追い込まれた。また、開発に必要な投資の確保も難しくなった。しかし、2年も経たないうちに再び成長路線に復帰しただけでなく、その後、飛躍的なスピードで売上や利益が拡大しているのである。

一つの要因は、危機にともなうリストラによって、それまで肥大化傾向にあった組織がスリム化され、効率化が図られたことである。(これは無論、他の業界にも言えることであろう)

また、リーマン・ショックと時をほぼ同じくして、業界を取り巻く環境にも変化が起こった。従来のようにDVD-ROMという形で物理的にゲームを販売する、という形に代わって、SteamやGamergGateといったプラットフォームや自社HPを通じたオンラインでの販売が普及し始めたのである。そして、スウェーデンの企業はかなり早い段階にそのトレンドに飛び乗った。

その結果、これまで多額の固定費用が掛かっていた販売・流通経費が抑えられるようになり、製品価格が下がることで需要が喚起されるようになったし、収益の増大にも繋がった。また、企画・開発・販売といったサイクルが短縮され、利益が出るまでの期間が短くなったためにリスクが小さくなり、投資を集めやすくなった。低予算のゲーム製作者でも、大手のゲーム販売会社・ゲーム出版会社に頼ることなく、低コストで作品を販売することが可能になったことによって、MinecraftMagickaのように思いがけない成功を記録したインディーズ作品もある。

リーマン・ショック後に起こったもう一つの変化は、スマートフォンの普及である。そして、そのスマフォで気軽に遊べるゲームの市場が新たに誕生した。また、FacebookをはじめとするSNS内で遊ぶブラウザゲームの市場も急激に成長を始めた。これらのゲームは「トリプルAクラス」のゲームとは対照的に「カジュアルゲーム」と呼ばれ、低コストで開発することができる一方、宣伝次第では大きなヒットも可能だ。しかし、その反面App StoreやGoogle Playは誰でも容易に作品を公開できるから、多数のゲームが無管理のまま、ひしめき合っており、埋没する可能性も高い。だから、宣伝が大きなカギを握っている。

近年のスウェーデン企業はその両方のセグメントにおいて成功しており、それが上のグラフが示している急激な成長につながっているのである。北欧では、フィンランドでもゲーム産業が比較的盛んだが、フィンランドは「Angry birds」に代表されるようなカジュアルゲームが主であり、スウェーデンとはその点で異なる。

代表的な作品といえば、「トリプルAクラス」では
Battlefieldシリーズ


Just Causeシリーズ


Mirror’s Edge


Magicka


Europa Universalisシリーズ


Crusader Kingsシリーズ


「カジュアルゲーム」においては
Minecraft


Candy Crash Saga


Quizduell

(日本語版は クイズクラッシュ。詳細はこちら


2013年にApp Storeで最も収益を得たゲームの上位2つは、ともにスウェーデン製のCandy Crush SagaMinecraft(正確にはそのスマフォ版)だった。

スウェーデンのゲーム企業の成功をもたらしている一つの要因は、公式フォーラムを通じたユーザー、プレーヤーとのやり取りを非常に重視していることではないだろうか。公式フォーラムは英語だから世界中から参加できる。そして、フォーラムの場でゲームの感想やバグ報告、ゲームをより楽しくするための提案などがプレーヤーからなされる。企業の側は、そのような声を汲み取り、定期的にバグ修正パッチや改良パッチを提供したり、拡張キットを販売する。また、プレーヤーがゲームを改造・改良し(Modding)、そのModを公式フォーラムで頒布することを認めていることも大きな特徴だ。プレーヤーが作ったModの中に素晴らしい物があれば、企業側がそれを採用して、改良パッチや拡張キットを通じて公式版に取り込んでしまうことも珍しくない。さらに、公式版の発売に先駆けて、フォーラム内で限定的にベータ版をユーザーにテストプレーしてもらうこともよくある。ユーザーの生の声を製品に取り入れ、改善した上で発売出来るだけでなく、そうやってテストプレーしたユーザーが、その作品の面白さをSNSを通じて広める「宣伝大使」にもなってくれるという利点を持っている。

もちろん、この点はスウェーデンの企業に限ったことではなく、他のヨーロッパやアメリカの企業でも言えることであろう。一方、日本の企業はこの点が弱く、いまだにModが不可であったり、ユーザーとの双方向のやり取りが重視されていない、という声を聞く。

世界中のユーザー、プレーヤーとこのようなやり取りが可能なのは、英語でのコミュニケーションを難なくこなせるというスウェーデンの強みによるところが大きいだろう。冒頭に書いたように、スウェーデンの企業は当初から世界市場を想定して製品を企画・開発・販売している。また、人材も優秀なら世界中から採用しており、企業によっては30カ国の人材が同じ場で働く、人材多様性の高い企業もあるそうだ。

以下に、スウェーデンの代表的なゲーム企業を挙げてみる。(私はこの業界の専門ではないので間違いもあるかもしれない)

Mojang(アメリカMicrosoftの傘下)

◯ Minecraft
・世界で最も多く売れたPCゲーム(2014年時点)
・国連機関UN Habitatは、途上国の若者に都市計画への参画を促すプロジェクトを2016年に始める予定で、そのプロジェクトはMinecraft内で自分の構想する都市を作るというもの。
◯ Scrolls

King Digital Entertainment

もともと本社はスウェーデン。現在はアイルランドに本社。スウェーデンのスタジオも存続し、重要な開発拠点となっている。
◯ Candy Crush Saga
・Facebook上やスマフォアプリで遊べるゲームの中で、最も利用者の多いゲームの一つ。2014年の情報によると、世界中で1億人以上の人が毎日プレーしている。
・ゲーム制作会社Kingは、このゲームとBubble Witch Sagaのおかげで競争相手のZynga(アメリカ)を制して、Facebook用ゲームの制作会社としては世界一に踊り出た。

Paradox Development Studio

◯ Europa Universalisシリーズ
◯ Crusader Kingsシリーズ
◯ Hearts of Ironシリーズ
◯ Victoriaシリーズ
・ともに歴史シミュレーションゲーム。根強いファンが世界中にいる。Paradox Interactiveは販売・出版会社。

EA Digital Illusions Creative Entertainment (DICE)(アメリカElectronic Arts (EA)の傘下)

◯ Battlefieldシリーズ
◯ Mirror’s Edge
◯ Star Wars Battlefornt
◯ グラフィック・エンジンFrostbiteの開発

Massive Entertainment(フランスUbisoftの傘下)

◯ Ground Controlシリーズ
◯ World in Conflict
◯ Tom Clancy's The Division
◯ Assassin's Creed: Revelations
◯ Far Cry 3
◯ グラフィック・エンジンSnow Dropの開発

Avalanche Studio

◯ Renegade Ops
◯ Mad Max
◯ Just Causeシリーズ

Starbreeze

◯ Syndicate
◯ Brothers: A Tale of Two Sons
◯ Storm

G5 Entertaiment

・モバイルゲームを多数


以上が、スウェーデン国内での従業員数や売上高、利益で見た場合の大手メーカーだ。ここから分かるように、企業によっては外国企業の傘下に入っているものもある。しかし、これは決してネガティブなことではなく、むしろ、スウェーデン企業の技術やブランドが積極的に評価された結果であるとスウェーデンの業界は見ている。また、外国の親会社はトリプルAクラスのゲーム開発に必要な投資を提供してくれる資金源にもなっている。

技術やブランドが評価された例としてはMojangがその代表例だ。この企業は上記の企業Kingで働いていたプログラマーMarkus Perssonが、趣味で始めたMinecraftを商品化するために独立し、設立した個人企業だった。その後、Minecraftが大ヒットし、そこにマイクロソフトが目を付け、2014年に25億ドルで買収。Markus Perssonは雑誌フォーブスの「世界の億万長者 "World's Billionaires"」の一人に数え上げられるまでに至った。彼は今や、Skypeを作ったNiklas Zennströmや、Spotifyを作ったDaniel Ekに次ぐパイオニアの一人と賞賛されている。

また、ゲーム産業と一口に言っても、ゲーム製作だけに携わっているとは限らない。上記のリストのEA DICEUbisoft Massiveのところでグラフィック・エンジンと書いたが、これは高度な3D技術を使ったゲーム製作を円滑にするためのツールのことで、ハードウェアやソフトウェアに対して「ミドルウェア」と呼ばれる部類に属すものだ。このようなツールを、自社のゲーム製作に使うだけでなく、他の企業にライセンス販売することによって収益を得ている企業もある。

「ミドルウェア」と言えば、注目を集めているスウェーデン企業が他にもある。ウプサラにあるImagination Studiosは、モーションキャプチャー技術に特化した企業だ。モーションキャプチャーとは、人間の体の要所にセンサーを取り付け、体の動きを正確にアニメーションに取り込む技術であり、この会社は国内外の大手のゲームメーカーにその技術を提供している。

ヨーテボリにあるIlluminate Labsという企業は、ゲームのグラフィック内で使われる光・照明の技術に特化した企業で、EAなどの大手ゲームメーカーにその技術を販売してきた。この企業も技術が評価され2010年にアメリカ企業Autodeskに買収されたが、今でも研究開発をヨーテボリで行っている。

カルマルにあるLocalize Directは、ゲームやアプリの翻訳(ローカリゼーション)を円滑に進めるソフトウェアを開発している企業で、大手のゲームメーカーがこの技術を活用している。

もう一つ別の例を挙げたい。ウプサラにあるHansoftは、ゲームやソフトウェアの開発の際のプロジェクト・マネージメントを円滑にするツールを開発している企業である。顧客の多くはゲーム制作会社だが、このツールは業界の外でも良い評価を受け、航空機のボーイング社にも採用されている。

さらには、国内外のゲーム製作会社から、コンテンツ(DLC)やデザインなどの作成、特殊なコンポーネントの開発、他のプラットフォームへの移植、企画コンサルタントを請け負っている企業もいくつかある。

スウェーデンの他の中小のゲーム関連企業を下に挙げておきたい。列挙するつもりはなかったのだけど、リストアップし始めたら次から次へと出てくるので、私が知るかぎりの企業を挙げておきます。

Arrowhead
・Magicka
・Helldivers
Free Lunch Design
・Icy Tower
・Hello Adventure
FEO Media
・Quizduell, Quizkampen
Ghost(DICEの子会社)
・Need for Speed: Rivals
Easy Studio(DICEの子会社)
・Battlefield Heroes
Expansive Worlds(Avalanche Studioの子会社)
・The Hunter
MAG Interactive
・Ruzzle
Star Stable Entertainments
・Star Stable
Image & Form
・SteamWorld Dig
Scattered Entertainment(日本のDeNAの子会社)
・The Drowning
Coffee Stain Studio
・Sanctum 2
・Goat Simulator (ゲーム・ジャムで企画・開発された)
MachineGames(ZeniMax Mediaの子会社)
・Wolfenstein: The New Order
Fatshark
・War of the Roses
・Hamilton’s Great Adventure
Bitsquid
・グラフィック・エンジン Stone Giant
DDM Agents
・ゲーム企画・開発をコーディネートするコンサル
Zeal Game Studio
・A Game of Dwarves
Stardoll
・ブラウザで着せ替え人形
Dennaton Games
・Hotline Miami
Nifflas
・Knytt Undergound
・NightSky
Simogo
・Year Walk
Midasplayer
・モバイルゲームを多数
Mindark
・モバイルゲームを多数
SimBin
・レーシングカー・シミュレーター
Southend Interactive
・R-Type: Dimensions
・Lode Runner
・Sacred Citadel
・Ilomilo
Talawa Games
・Unmechanical
Stunlock Studios
・Bloodline Champions
Level Eight
・Megastunt Mayhem
・Robbery Bob
Zordix
Toca Boca
Pieces Interactive

鉄道版LCCによるスウェーデンの特急路線の価格・サービス競争

2015-05-19 23:36:06 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンの鉄道では1990年代以降、徐々に自由化が進められてきたが、その鉄道自由化も今年の3月から新たな段階に突入した。

スウェーデン国鉄SJがこれまで独占を維持してきたストックホルム-ヨーテボリ間の特急列車部門に、香港の鉄道会社であるMTRが参入し、3月21日から特急列車の運行を開始したのである。

ヨーテボリは西海岸にあるスウェーデン第二の街。そのため、ストックホルム-ヨーテボリ間の幹線鉄道は高収益路線であり、国鉄SJの重要な収入源である。そこにクリームスキミング(美味しいところだけを取っていく競争行為)をする手強い競争相手が登場し、旅客の獲得競争が始まったのである。MTRは香港地下鉄の運行会社としてスタートしたものの、近年は国外にも積極的に進出し、2009年からはストックホルム地下鉄の運行事業に参入しているし、ロンドンやメルボルンの近郊列車の運行なども担当している。


MTRの購入した新型車両(出典:MTR)

MTR Expressという名称で参入してきたMTRのウリは、購入したばかりの新型車両と、エルゴノミクスを考慮した乗り心地の良い座席。そして、サービスと価格だ。国鉄SJの特急列車SJ 2000(X 2000)に比べ、切符の価格は最大で6割も安いと宣伝している。しかも、24時間以内なら払い戻しも可能。また、新型車両は車体がアルミ製で軽く、エンジンも高性能であるため、省エネによる低コストが期待できるという。(さらに、一等車と二等車を分けて車内の内装や座席の配置を変えるような事はせず、席はみな同じスタンダードである。すべての乗客に最高の快適さを提供し、「階級のない」列車の旅を満喫していただきたい、とMTRは説明している。)

一方、所要時間で国鉄SJと競争するつもりはないらしい。国鉄のSJ 2000が3時間前後でストックホルムとヨーテボリを結ぶのに対し、MTR Expressは一番早くても3時間19分かかる。その主な理由は、MTRの購入する列車にはSJ 2000のような振り子機能が備わっていないため、カーブであまりスピードが出せないからである。

その新型車両についてだが、MTRはスイスのStadler社からStadler Flirt Nordicというモデル(5両編成)を6編成、約100億円をかけて購入した。これは、従来のStadler Flirtというモデルを北欧の気候に合わせて改良したものだ。興味深いことに、発注から最初の車両の納入までの期間がわずか1年と非常に短い。通常は3年以上かかる納期をここまで短縮できた秘密は、ノルウェー国鉄の発注への便乗である。ノルウェー国鉄は、所有する既存の列車を全面的に刷新するために数年前からStadler社と交渉を行い、ノルウェーの気候にあった車両を81編成、購入することを決めていた。そして、技術の改良やノルウェーでの走行試験も済んでいた。それを知ったMTRは、それなら一緒に便乗して同じモデルを6編成作ってもらおう、ということにしたのである。すでにノルウェー向けの生産は始まっていたから、さらに6編成を生産することは難しいことではない。その結果、納期を1年に短縮できたのであった。

MTRは購入した列車を使ってスウェーデン国内での試験走行を繰り返し、3月21日に晴れて営業開始に踏み切ったわけであるが、当面は平日4往復、週末は1日2往復、合わせて週24往復という頻度で運行する。そして、夏休みを終えた8月以降は、平日8往復、週末に1日4往復と便を倍増する予定らしい。


たまたま自宅前で1月15日に撮影。5両×2編成連結で試験走行を行っていた。

MTRが3月に営業運行を開始してから私はストックホルムとヨーテボリを何度か往復したけれど、まだMTRの新型車両には乗っていない。MTRは確かに値段が安い。片道185クローナから切符が売られている。これに対し、国鉄SJは一番安い時でも350クローナはかかる。しかし、国鉄SJのほうが今のところ私にとって使い勝手が良い点は、1時間に1本という運行本数の多さである。また、MTRとの競争に応えるべく、国鉄SJもサービスを少し向上させている。例えば、黒のメンバーズカード(ゴールデンカードのようなもの)を持っている乗車頻度の高い客には、通常は変更の効かない切符でも同じ日の列車であれば無料で予約変更をさせてくれる。これは非常に嬉しいサービスだ。


ここ数ヶ月、よく見かける国鉄SJの新聞広告。「ストックホルム-ヨーテボリ間の発着回数が全宇宙で一番多い」のはSJだ、と宣伝している。

また、MTRが新型車両を引っ提げて参入してきたのに対抗して、国鉄SJも1990年から使ってきた現行のSJ 2000(X 2000)を全面的にリノベーションして、順次投入していくことも発表している。つまり、車体や台車は同じものを使いながら、動力・制御システムや内装などを刷新するということである。当初は、SJも新型車両を購入するのではないかと見られていたが、現行車両のリノベーションだと新らしい車両の購入よりも半分ほどのコストですむために、その選択肢が選ばれた。すでに何編成かはリノベーションが行われるスイスのABBの工場に送られている(X 2000はABBの前身であるASEAというスウェーデンの重工業メーカーの鉄道製造部門で作られた)。

したがって、順次進められていく国鉄SJのこの車両改良によって乗り心地がどこまで良くなるのか、そして、MTRが8月以降に運行本数を大幅に増やすことによって利便性がどこまで高くなるのか、さらに、サービスや価格の面での競争がどこまで進むのか、など、国鉄SJと新規参入者MTRとの今後の展開に注目が集まっている。

※ ※ ※ ※ ※


スウェーデンの鉄道はもともと国の事業体が管理や運営を行ってきたが、1988年鉄道運行部門(上)と線路などのインフラ管理部門(下)とに上下分離され、鉄道自由化がスタートした。分割された「上部」の鉄道運行は、その後はSJが国営企業として事業を行ってきたが、2001年からは利益追求を目的とする株式会社に改組された(ただし、国が100%の株式を所有。その意味ではSJはいまでも国鉄。ちなみに何度も言うようだが、SJのSはスウェーデンのSではない!)。一方、SJ以外の事業者にも鉄道運行が許されるようになり、1990年からは地方のローカル路線の運行に関して民間会社や自治体公社を交えた入札が行われるようになり、2000年代に入ってからは長距離夜行列車の運行を巡っても、SJと新規参入企業が入札によって争うようになった。

ただ、ここまでの鉄道自由化においては、ある特定の区間の列車運行をどの企業が担当するかを入札にかけて決める、という形での「競争」であった。しかし、次のステップとして、一つの区間において複数の企業に列車を走らせて価格やサービスの質の面で競争させる、という形での競争が認められるようになった。その結果、数年前からはストックホルム-ヨーテボリ間やストックホルム-マルメ間の幹線において、国鉄SJだけでなく、民間企業もが同じ区間で列車を運航するようになったのである。ただし、これまではIntercityと呼ばれる都市間各駅停車の列車のみだった(各駅とは言っても、駅間の距離はかなり長い)。

そして、ついに今年の3月21日からはストックホルム-ヨーテボリ間の特急列車部門においてもSJとそれ以外の企業との競争が始まったのである。

このように、鉄道自由化によって国鉄SJとそれ以外の企業との競争が進んでいったわけであるが、これはあくまで「上部」つまり、鉄道運行の部分での競争にすぎない。「下部」つまり、鉄道や信号、切り替えなどのインフラ部門の事業においては競争は望めないから、いまだに独占である。その独占を担ってきたのは、1988年に鉄道の上下分離が行われた際に、鉄道インフラだけの管理を目的として設立された鉄道庁という行政庁である(数年前に道路インフラなどの管理を行う道路庁と統合され、交通庁に改組)。しかし、この「下部」の部分がきちんと機能しない限り、「上部」でいくら競争させても、人々がその競争の恩恵を享受するのは難しい

現に、スウェーデンで今問題なのは、鉄道インフラを担当する交通庁そのメンテナンスをずさんに行っており、鉄道や架線、信号システム、そして切替ポイントなどがずたずたであることだ。ストックホルムに住んでいると、特に中央駅から南にかけての区間で頻繁に信号不良や切替不良、架線切断などのトラブルが発生し、国鉄SJだけでなく同じ線路を共用している地域交通SLの近郊列車などが一斉に立ち往生することが毎週(ときには毎日)のように発生している。統計を見てみても、鉄道の遅れの半分以上はインフラのトラブルによることが分かる。

では、交通庁による鉄道インフラ管理がなぜ杜撰なのか、については、一時は国(産業省)から配分される予算が不足しているから、という見方もあったが、最近は交通庁がメンテナンスの実施を外部委託する際の公共調達のあり方や、その競争のあり方などが原因とする見方も強くなっている(先述の通り、「下部」である鉄道インフラ部門は交通庁による独占であるものの、実際のメンテナンス業務については交通庁は入札を通じた公共調達によって競争をさせている)。

スウェーデンの鉄道はここ数年、特にトラブルが増加しているが、果たしてその原因が交通庁のマネージメント能力の問題にあるのか、上下分離を基本とした自由化そのものにあるのか、それとも、自由化そのものは良いとしても新たな制度のもとでの各エージェント間の価格設定(線路の通行料や遅延時の罰金など)やインセンティブ構造に問題があるのか、大変興味深いテーマである。

スウェーデンの新紙幣のデザインが発表される

2015-02-17 14:19:16 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデン中央銀行は、今年から来年にかけて導入される新紙幣・新硬貨のデザインを発表した。

現行の紙幣は30年ほど前に導入されたらしいが、今回の新紙幣のデザインは「文化人」がテーマで、作家や映画監督、俳優、歌手、国連職員など、世界的に知られる人物がモチーフに選ばれた(人選は既に数年前に発表されていた)。また、それぞれの人物に関連のある地方の風景がバックグラウンドに用いられ、スウェーデンの多様な風土を反映する配慮もなされている。(とは言っても、ストックホルム以北は「ノルランド」だけだが・・・)

出典:スウェーデン中央銀行のHP

【 20クローナ紙幣 】
童話作家 アストリード・リンドグレーン(Astrid Lindgren)。現行紙幣と同じ紫色。
スモーランド地方特有の岩のゴツゴツした田園風景や森林

【 50クローナ紙幣 】
スウェーデン西海岸・ヨーテボリを代表する歌手・作家 エーヴェット・トーベ(Evert Taube)。現行の黄色より少しオレンジ掛かっている。
ボーフース地方の群島や灯台、線刻画群

【 100クローナ紙幣 】
女優 グレータ・ガルボ(Greta Garbo)。
ストックホルムの市庁舎、王宮、ガムラスタン

【 200クローナ紙幣 】
映画監督 イングマール・ベリマン(ベルイマン)(Ingmar Bergman)
ゴットランド島・フォーロー島の海岸や自然石柱

【 500クローナ紙幣 】
オペラ歌手 ビルギット・ニルソン(Birgit Nilsson)
スコーネ地方のオーレスンド海峡大橋

【 1000クローナ紙幣 】
第二代国連事務総長 ダーグ・ハマーショルド(Dag Hammarskjöld)
ノルランド地方の山岳地帯


現行紙幣は、20クローナ、50クローナ、100クローナ、500クローナ、1000クローナなので、200クローナ紙幣が新たに登場することになる。また、硬貨も現行の1クローナ、5クローナ、10クローナに加えて、2クローナ硬貨が登場する(正確には再登場)。

日本では2000円紙幣を流通させようとして大失敗に終わったが、スウェーデンでは既に20クローナ紙幣が日常的に使われているので、200クローナ紙幣や2クローナ硬貨の浸透は、おそらく問題ないだろう。

一方で私が理解できないのは、硬貨のレパートリーをもっと増やさなかったこと。20クローナ(約300円に相当)や50クローナ(約750円に相当)は硬貨でも良いと思うのだけど・・・。

ただ、いずれにしろ現金の使用はますます減っているから紙幣や硬貨の必要性は少なくなっている。市中に流通する紙幣の総額は、2009年から2014年の間に1000億クローナから750億クローナへと25%減少したという。一方、紙幣の枚数で見てみると、減少は3億5400万枚から3億2500万枚で、減少率は8%に留まる。つまり、紙幣の利用は主に500クローナや1000クローナなどの高額紙幣で大きく減っていることがこのことから分かる。実際のところ、1000クローナ紙幣の流通量は、2014年のわずか一年で3分の1も減ったという。

私も自分の銀行口座の利用明細を見てみたところ、2014年にATMで引き出した現金の合計はたったの700クローナ(約1万円)だった。1年の間にである。クレジットカードやデビットカードでほとんどの買い物が済ませられる。500クローナ紙幣や1000クローナ紙幣を使う必要は全くない。だから、せっかくハマーショルド元国連事務総長が紙幣に登場してくれたけれど、出会う機会は残念ながら無いだろう。イングマール・ベリマンも使わないだろうな・・・。

ちなみに、今でも1000クローナの高額紙幣が使われる機会というのは、主にマネーロンダリング(資金洗浄。犯罪者が不正に得た収益を市中で使うために、その出処をばれなくする行為)や、銀行や国税庁に捕捉されたくない怪しい商取引だという。だから、せっかくならハマーショルドに警察官か何かの制服を着せた上で、「マネーロンダリングは違法です!!」みたいな警告文字を紙幣に加えて欲しかった(笑)。煙草のパッケージの警告のように。

これらの新紙幣は、今年秋から流通が順次、開始される。
まず、今年2015年10月20、50、200、1000クローナの紙幣が、そして、来年2016年10月100、500クローナの紙幣と新硬貨(1、2、5クローナ)が導入される(10クローナ硬貨は現行のまま)。予定では、2017年6月末までに旧紙幣の回収が終了することになっている。

新たに導入される偽造対策などについては、スウェーデン中央銀行のHPを参照のこと。

スウェーデン中央銀行、政策金利をマイナス0.10%に。

2015-02-13 03:07:23 | スウェーデン・その他の経済
2013年以降、インフレ率が0%前後で低迷を続けていることを懸念したスウェーデン中央銀行は、2014年10月27日に自国の政策金利であるレポ金利(オーバーナイト金利)を0%に引き下げた。

【その時のブログ記事】2014-11-09:スウェーデンのインフレ率はなぜ上昇しなくなったか?

ただ、インフレ率はその後も低空飛行を続け、さらなる金融緩和策が議論されてきた。そして昨日(2月12日)、新たな決定が発表された。その要点は、次の3つだ。
・政策金利(オーバーナイト金利)をさらに引き下げマイナス0.10%とする。
・100億クローナ規模の国債買いオペによる量的緩和を実施する。
・今後の政策金利の予測を下方修正する。


スウェーデン中央銀行の政策金利(レポ金利)の推移

これらの金融緩和策は、昨年から議論されてきたことである。ただ、昨日の中央銀行理事会の決定が下される直前の市場関係者の間では、マイナス金利も国債買いオペもまだ少し先ではないかという見方が一般的だった

また、国債買いオペについては、スウェーデンの市場長期金利はすでに低水準なので実施したところで効果は僅かなものだろうし、そもそもスウェーデンの財政は財政均衡ルールのおかげもあり、近年はほぼ均衡しているので、市場に出回っている長期国債も品薄であり、実施する余地があまりないのではないかという声も耳にした。

だから、今回の理事会の決定ではせいぜい政策金利予測の下方修正が行われるくらいだろう、という見方が強かったのである。

しかし、スウェーデン中銀の理事会はその予測を見事に裏切りマイナス金利国債買い取りも一気に決定してしまった。ちなみに、もう一つ別の緩和策としては、為替市場への介入によるクローナ安への誘導も巷では話題に上がっていたが、これは今回は見送られた。スウェーデンは近年、大きな貿易黒字を記録しており、ここでさらにクローナ安への誘導を中銀が実施したりすれば、他国からの反発が懸念されていた。

金融政策を実施する際の一つの基本として、その政策が金融市場に実質的な効果を持つためには「市場を驚かせる」ことが必要である。つまり、市場の期待を上回ることをしないと効果がない、ということである。今回の中銀の決定はそのマニュアル通りの決定だといえるだろう。(たしかリーマンショック直後も、市場では0.5%か1.0%ポイント程度の利下げが行われると見られていたのに、その期待を見事に裏切り、1.75%ポイントの利下げが実施されたことがあった。)


【 あまり例のないマイナス金利 】

経済学では「金利はマイナスにはならない」と習った。不況時の金融政策として、中央銀行は政策金利を引き下げることで景気に刺激を与えようとする。しかし、政策金利を0%近くまで下げても景気が回復しなかったり、デフレが続く場合は、打つ手がなくなってしまう。むしろ「流動性の罠」の問題が発生が懸念される。だから、日本やEUなど、景気とインフレ率の低迷に悩まされる国々では、次なる手として量的緩和が実施されてきた

一方、政策金利をマイナスに設定するのはあまり例がない。デンマークスイスなどが実施したことがあるが、その目的は今回のスウェーデンのようにインフレ率を高めるためではなく、為替レートの抑制だった。デンマークはユーロ加盟国でないものの、自国通貨をユーロにペッグし、一種の固定相場制を取っている。スイスも完全な変動相場制ではなく、ユーロとの為替変動に制約をかけていた時期があった。南欧諸国の財政危機・債務危機が大きな問題となった時に、信頼性が比較的高いこの両国の債券に投資資金が流れ、為替レートに上昇圧力が加わったことがあった。その際、その圧力を緩和するためには自国の金利を引き下げる必要があったが、すでに政策金利が0%に達していた両国が取った手段は、政策金利をマイナスに設定することであった。

果たしてこの手段が、インフレ率の押し上げにも効果があるのかどうか。


【 そもそも現在の低インフレがどれだけ問題なのか? 】

という問題提起は、以前のブログ記事でもした。原材料価格は変わらないのに製品価格が上昇しないため、賃金を切り下げざるを得ず、消費が落ち込む結果、製品価格がさらに押し下げられるというデフレ・スパイラルが続くという状態であれば大きな問題だ。しかし、現在のスウェーデン経済は、そのような状況とは大きく異なる。むしろ、現在の低インフレの一つの要因は原油価格の下落であり、これはサプライサイドからスウェーデン経済にプラスに働くと考えられる。(つまり、1970年代のオイルショックとは逆のショックである)

これは以前のブログ記事でも指摘したが、「低インフレだ!」とか「消費者物価指数が上がらない!」とニュースで大きく取り沙汰される時に用いられるのは、CPI消費者物価指数・スウェーデン語ではKPI)の1年間の変化率だ。しかし、このCPI(KPI)には家計が持つ「住宅ローンの利払い」が含まれており(比重は9.246%)、この部分の変動が消費者物価指数を上下に大きく動かす要因となっている。しかも、さらに問題なのは「住宅ローンの利払い」が、金融政策の意図とは逆の方向に消費者物価指数を動かしてしまうことである。つまり、インフレ率を底上げしようという理由で中央銀行が政策金利を引き下げると、「住宅ローンの利払い」は減少するため、消費者物価指数はさらに下がってしまうのである。

0%前後を低迷している現在の低インフレの大部分が、この「住宅ローンの利払い」要因によって説明される。そのため、金融政策の効果を分析するためには、CPI(KPI)に基づくインフレ率ではなく、住宅ローンの影響を除去したCPIF(スウェーデン語ではKPIF)という指標を見なければならない。

CPI(KPI)とCPIF(KPIF)の違いは、下の赤線と青線を比べればよく分かる。


ただし、CPIF(KPIF)にも問題がある。スウェーデン中央銀行にはどうしようもできない外的要因が含まれているからである。その最たるものが、原油価格に大きな影響を受けるエネルギー・燃料費である。スウェーデンの原油輸入価格は過去半年間で半分になり、それがガソリン価格を大きく押し下げている。もちろん、これはインフレ率のも抑制にも繋がっている。だから、燃料費・エネルギー価格を除去したインフレ率を見る必要がある。

以前のブログ記事を書いた時には気がつかなかったが、スウェーデン中央銀行はCPIF(KPIF)からエネルギー価格を除去したインフレ率も計算している。それを示したのがグラフ中の黄線だ。エネルギー価格を含む通常のCPIF(KPIF)よりも若干高いことが分かる。グラフの最後は2014年12月であるが、ここで青線と黄線が大きく開いているのは、ガソリン価格が12月に10%も減少したからである。(ちなみに、自動車の燃料費の比重は3.805%、住居光熱費の比重は4.860%)

2000年以降を通して見てみると、エネルギー価格を除いたCPIF(KPIF)は0.5%から2.5%の間を推移していることが分かる。グラフの一番下に加えたのは、スウェーデン・クローナの為替レート(世界各国の通貨を重要度に応じて加重したもの)であるが、黄線の変動はクローナの為替レートの変動とよく一致している。つまり、クローナ安の時は輸入価格が上昇するので物価は上昇方向に動くし、クローナ高の時は輸入価格が下降するので物価も下がる方向に動く。(2001年のクローナ安はITバブルが弾けたことによる影響、2008年後半のクローナ高はリーマンショックによる影響)

こうして見てみると、現在の低インフレは、主に住宅ローンの利払いの減少とエネルギー価格の減少が大きな要因であり、それらを除いたインフレ率は通常よりも若干低いものの、ニュースなどで騒がれるほど極端に低いものではないことが分かる。また、現在、上昇傾向にあることも分かる(これは中銀も指摘している)。10月に行われた政策金利の引き下げ(0%へ)が為替レートをクローナ安に誘導している結果かもしれない。


【 住宅バブルへの懸念 】

インフレ率ではなく、経済成長率を見てみると、スウェーデンは2012年に一時的にマイナス成長であったものの、13年は再びプラスに転じ、14年は年率で2%程度となる見込みである。これまでの断続的な利下げが景気刺激策としてうまく機能してようである。

むしろ現在の懸念は、これまでの利下げ、そして今回のマイナス金利が、市場金利を低下させ、住宅市場をさらに加熱させることである。住宅価格はここ数年で飛躍的に上昇し、家計の負債残高もGDPの200%前後に達している。現在のところは「住宅バブルではない」という見方が優勢だが、危険な状況に達する日も遠くないように感じられる。

だから、現在の低インフレをあまり大袈裟に懸念して、マイナス金利まで導入する必要があったのかどうか、私は疑問である。消費者物価指数を本当に引き上げたいのであれば、もっと簡単な方法がある。例えば、原油価格の減少分に相当する輸入関税の引き上げ、もしくは、環境税・ガソリン税の引き上げである。国内市場の需要喚起が必要であれば、マイナス金利を設定するよりも、政府がインフラ整備などの公共投資を拡大したほうが遥かに効果があるだろう。無駄な公共事業はいらないが、鉄道の整備や住宅の増設など、スウェーデンには必要とされているインフラ整備がたくさんある。金利が歴史的に低い今こそ、そのようなプロジェクトを前倒しでしてほしい。スウェーデンは財政均衡に努力してきたおかげで、中央政府の債務残高はGDP比で40%を切っている。だから、財政赤字が少々発生しても、懸念する必要はない。

無論、上に挙げた政策は、中央銀行の領域ではなく、スウェーデン政府が財政政策として実施すべきことである。しかし、スウェーデンがいま置かれた状況が強く示しているのは、インフレ・ターゲット(2%)の達成は金融政策だけでは難しく、財政政策も併せて行う必要があるということだと思う。

スウェーデンのインフレ率はなぜ上昇しなくなったか?

2014-11-09 21:53:28 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンのインフレ率が2013年から低レベルで推移し、今年に入ってからは0%前後で変動している。「スウェーデンがデフレ経済に突入したか?」という問題提起は、今年4月にクルーグマンによってNew York Times紙上でなされ、世界的に注目されることになったし、スウェーデン国内でも、日本経済がかつて経験したようなデフレスパイラルがスウェーデンでも起こりうるのかについて、議論が行われてきた。


クルーグマンは、スウェーデンのインフレ率が低迷した主な理由として、2010年後半から2011年終わりまで続いたスウェーデン中央銀行による利上げを挙げている。景気が十分に回復していない局面において利下げが本来は必要とされていたのに、スウェーデン中銀の理事会メンバーには「sadomonetarism」が支配的であり、経済の状況が変わってもそれまでの判断を変えようとせず、利上げのための新たな理由を探すことに躍起になっていると指摘した。

ただ、私は「スウェーデン中銀は何が何でも利上げを優先している」という見方には否定的だ。スウェーデン中銀は近年、大きなジレンマに悩まされてきた。というのも、経済が十分に回復していないにもかかわらず、住宅市場が過熱気味で家計の負債(住宅ローン)が増え続けているのである。このまま行けば、将来、何かをきっかけに市場金利が上昇したり、住宅価格が下落した時に、利払いに苦しんだり、負債超過に陥る家庭が発生する可能性があるため、中銀としては何らかの手を打っておく必要がある。だから、利上げにはそれなりの理由があった。

(ちなみに、スウェーデンの住宅市場が「バブル」かどうか、についても、国内ではこれまで熱い議論が繰り返されてきた。しかし、将来のさらなる値上がりを期待した投機目的で住宅需要が増えているわけでもないし、その投機需要に便乗して、新たな新規物件が次々と建設されているわけではない。住宅価格が上がり続けている背景には、都市部において住宅不足が深刻化しているにもかかわらず新規建設が増えないことが挙げられるし、また、中道保守政権のもとで続けられた所得税減税によって可処分所得が増えた世帯が、より多くのお金を住宅市場につぎ込んでいるからである。)

また、「日本の経験したデフレ経済の再来か?」という見方に対しても、私は否定的だ。日本のデフレ経済の背景には、金融機関による貸し渋りや、労働力人口の減少にともなう可処分所得の減少、それに、労働条件を悪化させてでも労働コストを抑えるという過度な競争があったと思うが、これらの要因は今のスウェーデン経済には全く当てはまらないからだ。

※ ※ ※ ※ ※


いずれにしろ、今年に入ってからはインフレ率が0%前後を推移していることに対して、スウェーデン中央銀行は危機感を強め、政策金利の利下げを相次いで行ってきたが、10月27日の決定ではついに0%への切り下げに踏み切り、大きなニュースになった。

しかし、では、具体的に何の価格が上昇しないのか、あるいは、下がっているのか、という点について詳しく報じるニュースがないし、そのような専門家も現れないので、自分で調べてみることにした。

いつもながら、非常に長い文章となってしまった。要点は、この記事の最後にまとめてあります。


中央銀行が気にしているインフレ率とは、消費者物価指数(CPI、スウェーデン語はKPI)の変化率(年率)であるが、商品によっては景気状況にほとんど関係なく、常にデフレを続けているものもある。例えば、パソコン携帯電話は技術革新が早く、仮に価格が前年と同じでも、性能は前年のモデルよりも遥かに進んでいる。そして、この「質の向上」は物価指数の減少という形で反映されるから、その商品グループに限ればインフレ率はマイナス(つまり、デフレ)となる。だから、そのような商品がデフレを続けているのは別に不思議なことではない。

だから、「なぜ今、インフレ率が上がらないのか?」を考える上で重要なのは、インフレ率が2%~3%だった頃と比べて、価格変化が違う商品は何なのか?を特定することだと思う。


【 支出グループ別の価格上昇率(年率)】

まず、それぞれの支出グループの物価指数の年平均を求め、それが前の年と比べてどれだけ変化したかをグラフで示してみた(2014年の物価指数は1月から9月までの平均を使用している)。ほとんどの商品が、毎年だいたい0~4%のスパンで価格を上昇させていることが分かる。しかし、商品によっては毎年のように価格が減少しているものもある。例えば、「通信サービス・機器」(グラフでは茶色)であるが、ここには電話や郵便の使用料や契約料金だけでなく、 携帯電話が含まれており、その性能が常に向上しているため、価格指数は減少を続けているのである。もちろん、契約料金も通信速度や容量が向上していれば、価格指数を減少させる。


また、「文化、レクリエーション」(グラフでは灰色)も価格がほぼ毎年、低下しているが、これは、技術革新の早い家庭用パソコンオーディオ機器テレビなどが含まれているためである。「家庭用品・機器」(グラフでは青色)も年によってはマイナスになっているが、それも、このグループに電気・電子機器が含まれていることが主な理由であろう。

このように、価格変化は支出グループによってまちまちだ。しかし、ここで注意しなければならないのは、支出グループによって消費者物価指数の変動にあたえる影響度が異なるということだ。例えば、バナナの価格が1年で2倍になっても、消費者の出費に占めるバナナの割合がほんの僅かであれば、消費者物価指数にはほんの僅かな影響しか与えない。


【 支出グループ別の寄与 】

だから、それぞれの支出グループの重要度(つまり、家計の支出に占める割合)を加味する必要がある。


このグラフが示しているのは、それぞれの支出グループの価格変化率に、その支出グループの比重を掛けたものである。

グラフの読み方が分からない人のために、簡単な例を一つ。消費者が買う商品がABの2つしかないとして、商品Aの価格は前年に比べて10%上昇商品Bの価格は前年に比べて10%減少したとする。もし、消費者が支出の4分の3商品Aにあて、4分の1商品Bにあてているとすると、比重商品Aが75%商品Bが25%になる。つまり、インフレ率全体への寄与は、商品Aが10%×0.75=7.5%ポイント商品Bが-10%×0.25=-2.5%ポイントとなり、インフレ率全体は7.5%+(-2.5%)=5.0%となる。これをグラフに表すと次のようになる。


すべての寄与をプラス分もマイナス分も含めて足し合わせたのが、黒線で示した「合計」であり、これが全体としてのインフレ率となる。


一つ前のグラフから分かるように、インフレ率の変動の大部分を説明しているのは、「住居費」である。つまり、このグループの価格上昇が大きい年はインフレ率も高く、逆に、「住居費」価格が減少した2009年は他の支出グループの価格変化がいくらプラスでも、全体としてのはデフレになっているのである。2013年、2014年に全体のインフレ率がほぼ0%であったことも、「住居費」の価格が減少したことが一つの大きな原因であることが分かる。

では、「住居費」の価格変動が年によって大きく異なるのはなぜか? 下のグラフは、「住居費」の価格変動を、サブグループごとに分けてみた結果を示している。


これから分かるように、「住居費」の価格変動のほとんどの部分を説明しているのは、「持ち家の諸費用」である。では、次の疑問として、この「持ち家の諸費用」が大きく変動するのはなぜか? 実は、この項目の半分以上を占めているのは利子コスト(住宅ローン)であり、残りを減価償却、メンテナンス、住宅税などが占めている。ここで重要なのは、住宅ローンの利子コストは、中央銀行の操作する政策金利の影響をもろに受けるということである。つまり、金利が高くなれば利子コストは上昇するし、金利が低くなれば利子コストは下降する。上のグラフには、中央銀行の設定する政策金利の変化を加えてみた(ピンク色)が、これと「持ち家の諸費用」密接に相関していることが分かる。

つまり、インフレ率が低いからといって政策金利を下げると、利子コストも下がり、その結果、「持ち家の諸費用」も下がり、その結果、消費者の出費の大きな部分を占める「住居費」も下がり、その結果、インフレ率全体がさらに下るという結果になるのである。逆に、インフレ率が高いからといって政策金利を上げると、同じような理由でインフレ率が上がってしまうのである。言い換えれば、消費者物価指数は中銀の金融政策の意図するところとは逆方向に動いてしまうのである。

ただ、このことは中央銀行が知らないはずがない。実際のところ、中央銀行は政策金利を決定する際の参考指標として、消費者物価指数(KPI)に基づいたインフレ率だけでなく、住宅ローンの利子コストを除去した消費者物価指数(KPIF)に基づくインフレ率、さらには、利子コストおよび税金と補助金の影響を除去した消費者物価指数(KPIX)に基づくインフレ率も用いている。これらの2つのインフレ率は「基調インフレ率」と呼ばれる。


KPI、KPIF、KPIXのそれぞれに基づくインフレ率と政策金利の変化幅(前年同月比)を上のグラフに示してみた。純粋な消費者物価指数(KPI)に基づくインフレ率は、政策金利の変化と連動していることが分かる。それに比べ、他の2つのインフレ指標は変動が少ない。


【 「住居費」を除いたインフレ率はどう動いているか? 】

では、現在の低インフレは、利子コストを含む住居費が上昇しないことだけによって説明がつくだろうか? 下のグラフでは、住居費を除いた支出グループ別の寄与度と、その合計(黒線)を示してみた。これを見れば分かるように、住居費を除いてもインフレ率は例年よりも低水準に達している。(このことは、すぐ上に示したKIPFやKPIXに基づくインフレ率の動向からも明らかである)


では、2013・14年の価格動向がインフレ率の高かった年とは異なる商品は何なのか? グラフからは、「食料品」「自動車・燃料・運輸サービス」の価格の伸び悩みが顕著であることがわかる。

そこで、この2つの支出グループの内訳を見てみることにした。


まず、「自動車・燃料・運輸サービス」から。この支出グループは3つのサブグループからなる。2013年と2014年に顕著なのは、例年には価格変動にポジティブに大きく寄与している「乗り物の利用費」が、ネガティブになっていることである。では、この「乗り物の利用費」を構成しているのは何かというと、燃料費、メンテナンス・修理、車検などだが、このうち燃料費が全体の比重の半分以上を占めている。しかも、燃料費以外の部分の価格変動はごくわずかである。だから、「乗り物の利用費」の変動のほとんどは、燃料費によって説明されると言って良い。

次に、「運輸サービス」は、鉄道、タクシー、バス、航空などから構成されるが、ここでも燃料費が安くなったことによって、価格上昇がネガティブになっているのではないかと想像がつく。

上のグラフに、石油・ガスの輸入価格指数の変化率(右軸)を加えたグラフを下に掲示してみた。これから分かるように、乗り物の利用費(先ほど触れたようにこの半分以上は燃料費)とほぼ一致している。



よく考えてみると、燃料費というのは、様々な商品の生産過程で用いられるものだから、運輸サービスや乗用車の利用に対してだけでなく、他の商品の生産コストにも影響を与え、価格の変動をも左右する。だから、様々な商品の価格上昇が2013年と2014年に抑えられているのは、燃料費の価格の下落、より具体的に言えば、原油価格の下落が原因なのではないだろうか?


では、食料品はどうか? この内訳を下のグラフに示した。


例年は価格上昇への寄与度が一定程度にプラスなのに、2014年だけ寄与度が小さい商品を探してみると、「果物」「食肉」「パン・穀類」が見つかる。果物の大部分は輸入物だ。食肉やパン・穀類は、国産と輸入物の両方があるだろう。これらの商品の価格が上昇しない理由として考えられるのは、2011年以降、スウェーデン・クローナがドルやユーロに対して強くなっていることだ。通貨が強くなったために、輸入される商品や原材料の値段が下がり、それが物価指数にも影響を与えている可能性がある。

(ただ、為替レート以外にも要因があるため、結論付けるのは難しい。そもそも、輸入価格などの供給要因による価格の変化と、需要要因による価格の変化を区別するためには、より細かい分析が必要となる)


【 まとめ 】

話が長くなったので要点だけをまとめると

◯ 一般に、インフレ率という言葉が意味する消費者物価指数の変動率には、住宅ローンなどの住居費が含まれているうえに、その比重も大きく(26.4%)、インフレ率の動きのかなりの部分は、住居費の変動によって説明される。しかし、住居費は金融政策の意図とは逆の方向に動くため、金融政策を決定する中央銀行は、消費者物価指数だけはなく、住宅ローンの変動を除去した「基調インフレ率」も参考にしている。

◯ 住宅ローンの変動を除去した「基調インフレ率」を見ても、2013年と2014年は例年よりも価格上昇が鈍い。しかし、消費者物価指数を構成するそれぞれの支出グループの寄与を分析することによって分かるのは、例年は上昇を続けていた自動車の燃料(ガソリン)の価格がこの2年間はむしろ下落しており、このことが「基調インフレ率」全体を低く抑制していることである。原因としては、原油価格の世界的な下落や、クローナ高が考えられる。燃料費・原油価格の下落は、他の商品生産過程でも生産コストの下落をもたらし、価格上昇を抑制している可能性がある。

◯ 「基調インフレ率」の低迷をもたらしていると思われるもう一つの支出グループは、食料品である。特に、パン・穀類、食肉、果物の価格変化が例年よりも小さい。これは、近年のクローナ高による、輸入価格の減少によって部分的に説明されるかもしれない。

携帯電話、パソコン、電子機器などはこれまで常にデフレを続けている。これは、技術革新にともなう質の向上が、これらの商品の物価指数のマイナスの変動として反映されるためであり、何も不思議なことではない。これらの商品の価格動向に、近年変わった動きは見られない。

クルーグマンの指摘した、スウェーデン中央銀行による利上げの悪影響については、それを否定するつもりはないが、燃料費の下落やクローナ高(そして、住宅ローンの変動)などと比べて、果たしてどこまで大きな意味を持つのだろうか? 少し疑問。

◯ 以上の私の見方が正しければ、スウェーデンの「基調インフレ率」は、原油価格が再び上昇したり、クローナ安が進んでいくことによって再び上昇していくであろうから、それほど深刻なものではない。果たして、政策金利の0%への切り下げがどこまで効果を持つのか? (もちろん、短期的にはクローナ安に誘導してくれるだろうが)

◯ 一方、通常、ニュースなどで耳にする純粋なインフレ率(KPIに基づいたもの)が再び上昇するためには、政策金利が再び引き上げられ、住宅ローンの利子コストが上昇するのを待たなければならない。


何か、見落としている点などがあればご指摘ください。

「スウェーデンの電力会社の本社は原発の敷地内にある」は本当か?

2014-10-18 20:24:02 | スウェーデン・その他の経済
この記事のタイトルにある噂話を震災以降、何度か耳にしてきた。私は一部の人たちの間で広まっているに過ぎないと思い、これまでは放ってきた。しかし先日、ある新聞記者の方が「今でも日本で耳にする」とおっしゃっておられたので、その事実関係についてはっきり書いておこうと思う。


Twitterで検索してみても出てくる


「スウェーデンの電力会社の本社は原発の敷地内にある」と聞くと、なるほど、東京電力の本社福島第一、第二原発柏崎刈羽原発と同じ場所に位置していたり、中国電力の本社島根原発の敷地内に位置しているような状況を想像する人も多いだろう。しかし、そういうわけではない。

結論から言えば、この話は間違いである。ただ、そのような誤解が生まれた理由が理解できなくもない。この噂話の張本人は、スウェーデンでは電力会社原発管理会社が異なることを無視し、日本のように一つの電力会社がそれぞれの原発を直接的に管理・運転していると思い込んでいるのであろう。

「スウェーデンの原発管理会社の本社は原発の敷地内にある」と言えば正しい。しかし、それがそのまま「電力会社の本社も原発内にある」ということを意味しないことに注意しなければならない。


【 複数の電力会社で一つの原発を所有 】

スウェーデンの場合(そして、おそらく他のヨーロッパの一部でも)、複数の電力会社が出資して、原子力発電所を建設してきた。大規模で長期的な投資を必要とする原発がはらむ経済的リスクを分散させるためである。そして、その後の運転や維持管理も複数の電力会社が共同で設立した「原発管理会社」が請け負っている。

原発管理会社は、その原発の運転と維持管理に特化した会社であるから、その本社がその原発内にあることは何の不思議でもない。遠く離れた首都ストックホルムにあっても、全く意味が無い。

一方、原発に共同出資しているそれぞれの電力会社の本社は、ストックホルムなどの大きな街に立地している。電力会社は、原発だけでなく水力発電所やコジェネ、地域熱供給、一部の送電線の管理などの多様な業務も持っているからである。

スウェーデンには国内4ヶ所に合わせて12基の原子炉があるが、その運転と所有関係について図解してみた。(一番下に示したバーシェベック原発の2基は政治決定により既に運転が停止し、現在は解体に向けた準備が進められている)



クリックすると拡大できます

この図から分かるように、それぞれの原発には原発管理会社が存在し、運転や管理・維持を行っている。そして、その会社は複数の電力会社によって所有されている。図中に示したは、株式の所有割合である。ABというのはスウェーデン語では「アーべー」とよみ、Aktiebolag(株式会社)の短縮形である。間違っても、どこかの国も総理大臣のことではないw。


【 原発の所有に関わっている電力会社は4社 】

この図の右端に示したとおり、スウェーデンの原発の所有・運転に関わる電力会社は4つだが、このうち、Vattenfall(ヴァッテンファル)Fortum(フォートゥム)E.On(エーオン)の3つがスウェーデンの電力(発電)市場における主要大手である。

Vattenfallはスウェーデンの産業化にともなう電力需要の増大に応えるために、水力電源の開発を目的として1909年に設立された国策事業体であり、第二次世界大戦後の高度成長期に電力需要がさらに増大してくると、新たな電源として原子力に着目し、多数の原発を建設してきた。1992年に株式会社化されたものの、今でも株式の100%をスウェーデン政府が所有している。

Fortumフィンランドの電力会社であり、株式の過半数はフィンランド政府が所有している。スウェーデンの電力・エネルギー市場が1990年代前半に自由化されたあと、主にストックホルム地域の自治体が所有していた電力・エネルギー公社や企業の自家発電施設などを次々と買収する形でスウェーデンに進出した。

E.Onドイツの大手電力・エネルギー会社。スウェーデンにはもともとSydkraft(シードクラフト)という電力・熱供給会社があった。この会社は1906年にスウェーデン南部のスコーネ地方の自治体が共同出資して設立したものであり、高度成長期には、先述の国策事業体であるVattenfall(ヴァッテンファル)が原発の建設を議論しているのと同じ時期に、Vattenfallとは別に建設計画を立てて原発を発注。この時に発注された原発(オスカシュハムン原発1号機)はVattenfallが建設を進めていた原発よりも完成が早かったため(1972年)、スウェーデン初の商業用原子炉となった。その後、1990年代はじめに電力・エネルギー市場が自由化された後、SydkraftE.onに買収された。

4つ目のSkellefteå Kraft ABは、スウェーデン北部にあるSkellefteå(フェレフテオ/シェレフテオ)市が全株を所有する電力・エネルギー公社。小さな地方の町の公社であるものの、水力発電所をいくつか所有しているため資金力があり、1970年代の原発建設においても出資を行っている。

この電力会社4社の本社は、原発とは全く関係ない場所にある。スウェーデン企業であるVattenfallはストックホルムのソルナという地区にある。外国資本であるFortumE.Onはそれぞれの国に本社があるが、スウェーデンでの事業については子会社を設立して管理し、その本社はストックホルムやマルメに置かれている。


【 複雑な所有関係 】

スウェーデンの原発の所有関係は、この図で示したとおり非常に複雑だ。フォッシュマルク原発は3つの企業によって所有されているが、2つ目のMellansvensk Kraftgrupp ABはさらに3つの企業に所有されており、結局、図に示した電力会社4社は直接的もしくは間接的にこの原発の部分所有者になっていることがわかる。E.Onに至っては、直接的にも間接的にも出資している。

オスカシュハムン原発リングハルス原発は、電力会社2社によってそれぞれ所有されている。

既に運転が終了したバーシェベック原発は、リングハルス原発を運転しているRinghals ABによって100%所有されているが、既に書いたとおり、この会社は電力会社2社によって共同所有されている。


【 まとめ 】

ここまで読めば分かるように、原発の敷地内にあるのは原発管理会社の本社であり、電力会社の本社ではない。日本の原発だって、東京電力や東北電力、中国電力などそれぞれの電力会社には、原発の管理を担当する部署(子会社?)があり、その本部はそれぞれの原発敷地内にあるだろうから、結局同じことではないだろうか?(← 間違っていれば指摘していただきたい)

だから、私はこの噂話を聞くたびに、「最初に言い出した奴、出てこい!」と言いたくなる衝動に駆られる(笑)。

ストックホルム商工会議所 仲裁機関

2014-05-12 18:41:16 | スウェーデン・その他の経済
ロシアウクライナ及びEUの争いにおいて、ガス供給はロシアにとって常に外交上の重要な武器だ。先日も、ロシアの国営ガスプロムがウクライナ政府に対して6月分のガス代金の前払いをするよう要求し、5月16日までに支払いがなければガスをストップすると迫っている。その背景として、ロシア側はウクライナが2月、3月、4月分のガス代金を支払っていないことを挙げているが、一方、ウクライナ側は、それはガスの適正な価格を巡ってロシアと揉めているため、それが解決するまで支払いを凍結しているのだ、と主張している。

ウクライナ側は、5月28日までにガス問題が解決しなければ、ストックホルム商工会議所仲裁機関に持ち込み、仲裁を求めるとしている。

なぜここで、ストックホルム商工会議所の仲裁機関が登場するのか、非常に興味深いところだが、ニュースでこの名前を耳にするのは珍しいことではない。ウクライナの内政に圧力をかけたいロシアとウクライナの間では、以前からガスを巡る紛争が繰り返されてきたが、2009年の紛争ではロシア側が「解決できなければ、ストックホルム商工会議所仲裁機関を持ち込む」と脅しをかけていた。

では、このストックホルム商工会議所仲裁機関(The Arbitration Institute of the Stockholm Chamber of Commerce (SCC))とは何なのか?


企業同士や企業と国との間で結ばれる国際的な商取引において、万が一、問題が発生した場合を想定して、その場合の解決方法を契約の中にあらかじめ盛り込んでおくケースが多い。その一つの解決方法が「ストックホルム商工会議所仲裁機関に判断を仰ぎ、調停してもらう」というものだ。

似たような仲裁機関は、パリの国際商業会議所(International Chamber of Commerce (ICC))ロンドン国際仲裁裁判所(The London Court of International Arbitration (LCIA))のほか、主要各国にあるが、仲裁件数で見るとストックホルム商工会議所仲裁機関はそれらの中でもトップ3に入るようだ。

ここには、スウェーデンが冷戦中に東西両陣営の間に位置した中立国であったことが関係しているようだ。西側陣営の国と東側陣営の国の企業同士や国同士が商業契約を結ぶ場合、それぞれの側は当然ながら「問題が生じた場合は、自分たちの国において紛争解決を図りたい」と言って譲らない。その結果、一つの妥協案として選ばれやすいのが、地理的にも政治的にも両者の中間に位置し、信頼が置け、法制度もしっかりしており、英語を流暢に使える弁護士の多いスウェーデンのストックホルムだった。アメリカとソビエト連邦も1977年以降、両国間の通商紛争を解決する場として、ストックホルム商工会議所仲裁機関を指定していた。

紛争調停の場としてのストックホルムの人気は、冷戦終結後も続いている。ガスプロムなどロシアがらみの商取引のほか、90年代以降、経済的な表舞台に躍り出てきた中国の企業も、欧米との商業契約において、ストックホルム商工会議所仲裁機関を選ぶケースが多いようだ。このことは、ストックホルム商工会議所仲裁機関のホームページが、スウェーデン語と英語のほか、ロシア語と中国語で表示されることからも分かる。また、最近の傾向として、中東の国や企業の間でもストックホルムの人気が高まっているようだ。

この機関で仲裁される紛争の数はますます増えているが、企業間や国家間の紛争調停に加え、最近増えているのは企業と国との紛争調停だという。世界中で増え続けている自由貿易協定のためである。

契約締結後に、実際にパートナーとの間で問題が生じた場合、実は仲裁機関に頼らず、どちらかの国の通常の裁判所に持ち込んで判断を仰ぐという解決策もある。しかし、もし契約に仲裁機関に関する規定が盛り込まれている場合は、その仲裁機関での調停が好まれるようだ。その理由は、まず、判断が出るまでの時間が裁判所よりも短いことである。また、もう一つ大きな利点は、仲裁プロセスが当事者以外には秘密であるため、商業機密やデリケートな情報が公表される恐れがないことである。

(ただ、企業が国を訴えるケースにおいては、その秘密主義が批判されているようだ。例えば、これはストックホルム商工会議所仲裁機関が扱った案件ではないが、ある国が立法によって、タバコ広告の規制とパッケージへの健康被害の写真掲載を決めたが、それに対して、大手タバコ企業がその国を相手取り、損害賠償を求めて仲裁機関に訴えたケースがある。この場合、どういう結果になるにしろ、そのプロセスが公開されないのは訴えられた国の市民としては納得がいかないし、そもそも、ある国が自分たちの立法(特に健康や環境保全に関する法律)の結果として、一企業に損害賠償を払わされるのはおかしいという声もある。そのため、最近は自由貿易協定において、仲裁機関の規定を含めない国もあるようだ。)

※ ※ ※ ※ ※

ロシアとウクライナ間のガスを巡る紛争の他に、私が最近このストックホルム商工会議所仲裁機関の名前を耳にしたのは、ヨーテボリ市路面電車メーカーとの間の紛争のニュースだ。

ヨーテボリ市交通局は、市内で走らせる路面電車の新車両を、イタリアのメーカーAnsaldobredaに発注したが、納期が大幅にずれ込んだ上に、納入された車両の大部分で、ドアの不具合、エアコンの不具合、運転席の質の悪さ、軋み、雑音、車体の亀裂、車輪とレールの摩耗などのありとあらゆる問題が見つかった。さらに最近は、当初の予想よりも大幅に早くサビの侵食が見つかってもいる。そのため、ヨーテボリ市交通局は不良車両を随時、自前で修理しながら、騙し騙し使っているような状況だ。日によっては、購入した65編成のうち30編成が使用できないこともあるという。そのため、この新型車両の購入をもって退役するはずだった1960年代購入の旧型車両がいまだに市内を走っているし、最近はそれでも車両が足りず、2両で1編成の旧型車両を、1両ずつに分けて、別々に走らせたりもしている。とんだマガイ物を掴まされた、というのがヨーテボリ市民の率直な感想だろう。

これまで、そして今後の修理費用を誰が負担するのかを巡って、ヨーテボリ市伊メーカーAnsaldobredaで協議が続いてきたが、話し合いは難航。ついに、ヨーテボリ市交通局は業を煮やして、契約で規定されていたストックホルム商工会議所仲裁機関に訴えることを今年初めに発表した。

「どうして、通常の裁判所ではなく、仲裁機関での調停を選んだのか」という地元紙ジャーナリストの質問に対して、市の担当者は「メーカーとの協議にこれまで長い時間を費やしてしまい、今はとにかく解決を急ぎたい。仲裁機関での調停は少し費用がかさむが、素早い解決を期待できるからだ」と答えている。


bajs

ワークライフバランス、生産性、そして「リーン」

2014-03-18 15:41:39 | スウェーデン・その他の経済
私の友人であり、また、ストックホルム商科大学・欧州日本研究所の同僚でもある、小菅竜介さんが、『赤門マネジメント・レビュー』 の最新号にて、「リーン大国になりつつあるスウェーデン ― 5年の滞在から見えた実像」という記事を執筆しています。

下のリンクから御覧ください。
『赤門マネジメント・レビュー』ものづくり紀行

※ ※ ※ ※ ※

この記事にあるように、スウェーデンでは半ば国を挙げて「リーン」という名の「流れづくり」のアプローチを実行しようとしています。ここで興味深いのは、日本の製造業を起源とするリーンが、なぜスウェーデンのサービス業でここまで注目されるようになったのかということです。詳しくは先日紹介した記事を読んでいただきたいですが、以下5点にまとめることができます。

(1) サーブやスカニアなど、製造業でリーン生産の経験が蓄積されていた。
(2) NPOを中心として、業種をまたぐ知識移転のコミュニティが形成されている。
(3) 元々、ワークライフバランスを前提に仕事の効率を重視する国民性がある。
(4) ITの幅広い活用に見られるように、前例にとらわれずに合理性を追求する風土がある。
(5) スウェーデン流の働き方(個人主義、民主的な合意形成など)に適応するかたちでリーンが実行されている。

さらに、私が2010年に出版した「スウェーデン・パラドックス」(共著)でも書いたように、スウェーデンは高福祉と高い経済成長を両立するために、構造的に生産性向上を推進する圧力があるという背景があります。その生産性向上策の一つとして、日本の製造業を起源とするリーンが有力視されるようになってきていると捉えることができます。近年サービス業の生産性向上に力を入れる日本にとって、この事実は「灯台下暗し」かもしれません。

また、スウェーデンではワークライフバランスの確保、あるいは残業は基本的に許容しないという前提が生産性向上の取り組みを駆動しているという点にも注意が必要です。日本では、ワークライフバランス施策は少子化対策の一環として位置づけられがちで、生産性向上策とは切り離されているので、この点も政策のヒントになるかもしれません。このようなワークライフバランスと生産性の関係について、関心のある方々と、これから日本とスウェーデンの比較研究をしてみたい、という話を記事の著者である小菅さんと最近しています。

なお、下の写真にあるように、スウェーデンのサービス業ではレゴを用いたリーン研修がよく行われています。グループに分かれて、次々と入る「顧客」からの「注文」に応じて、いかに早く正確にレゴを組み立てるかを競うゲームです(右下に見えるのが完成品)。チームワークを通じてブロックと情報のスムーズな流れをつくることがポイントで、参加者が楽しみながら、肌感覚でリーンのエッセンスを学ぶ内容になっているのが面白いです。


若年者失業の統計の問題 - 失業率は結局、何を測っているのか?

2014-02-15 12:28:35 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンの若年者(15~24歳)失業率が比較的高いことは以前から注目を集め、スウェーデンでも議論されてきた。スウェーデンの若年者失業率(2012年)は23.6%と高く、危機的な状況と受け止められることも多い。しかし、そもそもこの数字が何を測っているのか、また、何を意味しているのかを吟味しないままにその問題点や対策をあれこれ議論しても意味がない。そのような空回りの議論が巷にあふれているような気がする。

そのため、この若年者失業率については、このブログでもいま一度取り上げたいと思う。そして、正しい理解に基づいた上で、若者の雇用情勢について議論してほしい。

<過去のブログ記事>
2012-05-01:計測が難しい若年者(15-24歳)の失業率 (その1)
2012-05-05:計測が難しい若年者(15-24歳)の失業率 (その2)


【 ヨーロッパ諸国の若年者失業率の比較 】


グラフ1: ヨーロッパ諸国の若年者失業率(2012年) <出典:Eurostat>

この統計は2012年のヨーロッパ諸国の若年者失業率を比較したものだ。青色が15-24歳の失業率を示したものであり、高い順に国を横軸に並べている。薄い青色・水色は15-19歳と20-24歳で分けて算出した場合の失業率を示している。また、参考のために労働力全体(15-74歳)の失業率をオレンジ色で掲載した。

これを見れば分かるように15-24歳の失業率(青色)は、50%を超えるギリシャ・スペインを筆頭として、南欧や東欧の国々が30%前後という非常に高い数値を示している。スウェーデンやフランスもEUの平均(EU-15、EU-28)を上回っている。一方で、オランダ、オーストリア、ノルウェー、スイス、ドイツは10%を下回っており、優等生であると感じられる。

(EU-15やEU-25なら聞き覚えがあっても、EU-28は聞いたことがないといる人もいるかもしれないが、2007年1月からブルガリアとルーマニアが、また2013年7月からクロアチアがEUに加盟したため、加盟国は現在28カ国である)

若年者のうち15-19歳までの失業率を見てみると、薄い青色の棒が示しているように60%を超えている国もいくつか見受けられる。スウェーデンも36.3%と高い。


【 失業率の定義とは? 】

さて、これらの「失業率」が意味しているものは何だろうか? 例えば、スウェーデンの場合、若年者の失業率は23.6%(2012年)だが、これは「若者の約4人に1人が仕事を見つけられず失業している」という意味なのだろうか? また、15-19歳に限って見れば36.3%であるわけだが、それは「この年齢層の若者の3人に1人以上が失業している」ということだろうか・・・? さらに、スペインの15-19歳の失業率は70%を超えているが、スペインの10代後半の若者の7割以上が高校にも通わずに失業中ということなのだろうか・・・? ここまで考えれば、無理がありすぎることに気づくであろう。

まず、重要なことは、失業率労働力人口に対する失業者の割合であること。労働力人口とは、就業者数失業者数の和であるため、次のように表現できる。


ここで注意しなければならないのは、若年者人口のすべてが労働力人口であるわけではないこと。就業者でも失業者でもない人たちは、非労働力に分類される。ここには、学生や、働けるが働く意志のない人、そして、病気のために働けない人などが含まれる。つまり、失業率の計算において、この非労働力の大きさは全く考慮されていないのである。

下のグラフ2の左図に示したのは、2012年のスウェーデンの若年者人口(15-19歳と20-24歳)の内訳であるが、15-19歳の7割弱、20-24歳の3割弱が非労働力であり、この部分の若者は失業率の計算では全く考慮されない。では、失業率が測っているのは何かというと、失業者(青)と就業者(赤)を足した部分における、失業者(青)の割合である。


グラフ2: 左3つ:スウェーデンの若年者人口の内訳(2012年) <出典:Eurostat>
右1つ:スウェーデンの若年者人口の内訳(2011年) <出典:Finanspolitiska rådet>

そのため、ある年齢層の人口全体に占める失業者の割合が仮に同じでも、就業者の割合が異なれば失業率は全く異なる値になる。このグラフで見れば分かるように、スウェーデンの15-19歳と20-24歳の人口に占める失業者の割合はそれぞれ11~13%とほぼ似たようなものだが、就業者の割合が大きく異なる。その結果、15-19歳の失業率は 11.3/(19.8+11.3) = 36.3%、20-24歳の失業率は 13.4/(58.1+13.4) = 18.7%となり、両者の間には2倍近い差が生まれるのである。

このように15-19歳の就業者がそもそも少なく、分母が小さいことが、この年齢層の失業率が高くなる原因の一つである。また、分母が小さいために、失業者数のわずかな変動でも、失業率の計算ではそれが増幅されて大きな増減に繋がりやすい。


【 失業者の定義とは? 】

失業率の定義が分かったとして、では、その計算で用いられる「失業者」の定義は何だろうか? 国際労働機関(ILO)および欧州連合(EU)の規定に則って、スウェーデンで採用されている失業者の定義は以下の通りである。

(1) 調査を行った週に仕事がなく、過去4週間(その週を含め)に職探しを行ったことがあり、かつ、インタビュー調査を行った週、もしくはその週の終わりから14日以内に働くことが可能な人。

もしくは、

(2) 既に仕事を見つけ、その仕事が調査の週から3ヶ月以内に始まる人で、かつ、インタビュー調査を行った週、もしくはその週の終わりから14日以内に働くことが可能な人。

スウェーデンの統計中央庁(SCB)は、毎月3万人近くの国内居住者をランダムに選び、その人が就業者なのか失業者なのか、あるいは非労働力化した人なのかを尋ねている。このサンプル調査の結果が元になり、スウェーデンの月ごとの公式失業率が発表され、OECDやEUの統計担当局にも送られる。四半期ごと・年ごとの公式失業率はその平均を取ったものである。

ただ、この定義が抱える問題点は、ある若者の本業がたとえ高校や大学での勉学であっても、週末や空いた時間のアルバイトや夏休みのサマージョブのために仕事探しをすれば、たとえ本業が勉学であっても失業者とみなされ、失業率の計算に加えられてしまうことである。

実際のところ、スウェーデンでは国から高校生に支給される学生補助金や、大学生に支給される学生補助金&ローンが夏休みの間は支給されないため、本業が勉学であっても夏の間に働く学生が多い(サマージョブという)。学生の多くは年が明けた1月からその夏のサマージョブ探しを始める。そのため、上記の失業者の定義(1)に従えば、若年者の失業者が年明けから急増することになる。人によっては早いうちにサマージョブが決まり安心する人もいるし、夏休みのギリギリまで決まらない人もいる。なかなか決まらない人はずっと失業者にカウントされるし、早く決まり、仕事探しをストップした人でも上記の定義(2)により、サマージョブの始まる3ヶ月前から再び失業者にカウントされることになる。

下のグラフ3において、新定義(青線)で示したを失業率を見てもらえば、その傾向が16-19歳の年齢層ではっきりと分かる。そして、夏になると急減しているのも観察できる。これは、多くの若者がサマージョブを始めたため、失業者にカウントされなくなったためである。20-24歳では、パターンがあまり明確ではない。大学生だけではなく高卒で社会に出た人が混じっているためだろうが、それでも、1月頃に上昇し、7月頃に下降するというパターンが見受けられる。


グラフ3: 若年者失業率の月ごとの変動、および、新・旧定義に基づく失業率の比較
<出典:スウェーデン統計中央庁(SCB)>


ちなみに、このブログの過去の記事でも書いたように、スウェーデンがこの定義を採用したのは2007年10月のことである。それ以前は、本業が勉学である学生の求職者は失業者にカウントされていなかった。そのため、スウェーデンの公式統計における失業率は、2007年10月に4.2%から5.7%へと1.5%ポイントも急上昇したのである。

(旧定義と新定義のもう一つの大きな違いは、労働力年齢をそれまでの16-64歳から15-74歳へ拡大したことである。おそらく下限の引き下げは失業率を若干高めただろうが、上限の引き上げは失業率にほとんど影響を与えていない。)

幸いにもスウェーデン統計中央庁は、新定義に基づく失業率を2005年までさかのぼって計算しているので、「新定義」「旧定義」とでどれだけ失業率が異なるかを比較できる。先ほどのグラフ3では、旧定義に基づく失業率を赤線で示しているが、まず15-19歳を見ると、新定義では20~40%を推移していた失業率が、旧定義の下だと10~30%へと大きく低下する。既に触れたように、旧定義では学生の求職者が含まれていないため、1月から始まるサマージョブ探しが全く影響を与えていない。6月に急上昇しているのは、高校を卒業した若者がもはや学生ではなくなり、失業者にカウントされたためであろう。一方、20-24歳を見ると、明確なパターンは観察できないが、それでも新定義より5%ポイントほど失業率が低いことが分かる。

では、他の年齢層では、旧定義と新定義とで大きな違いが見られるかというと、過去のブログ記事を見てもらえば分かるように、ほとんど差がない。そのため、スウェーデンの公式失業統計における2007年10月の急上昇(4.2% → 5.7%)は、求職中の学生(および仕事が既に決まっており3ヶ月以内に働き始める学生)を失業者にカウントしたことによってほぼ説明がつく。


【 学生を失業者としてカウントすべきか? 】

学生を失業者としてカウントすべきか? 結局、これは「失業率」という指標で何を測りたいかによるだろう。ILOとEUが採用している失業率の定義は、失業率をマクロ経済における労働需給のマッチングや、労働という経済資源の効率的な活用の指標として用いることを念頭に置いて設定されたものであろう。

一方、若者が置かれた経済的・社会的状況を判断するための一つの指標として「失業率」を使おうとすると問題が生じる。既に書いたように、例えば若年者失業率が25%だったとして、それを「若年者の4人に1人が仕事に就けず、経済的苦境に立たされている」と解釈してしまう人は、そもそも失業率の計算式を全く理解していない。また、失業者と一口に言っても、勉学が本業で、週末・夏休みや余暇のお小遣い稼ぎのために求職している人と、本業がなく仕事探しをしている人とでは経済的逼迫度は全く異なるだろう。

だから、若年者失業率を「若者が置かれた経済的・社会的状況を判断するための一つの指標」として用いるための一つの解決策として考えられるのが、スウェーデンがかつて採用していた旧定義のように、求職中の学生(および仕事が既に決まっており3ヶ月以内にスタートする学生)を失業者にカウントしないことである。

グラフ2の右図を見ていただきたい。ここでは、財務省の財政政策諮問委員会(Finanspolitiska rådet)の推計による、就業者・失業者に占める学生の割合を示している。2011年の若年者(15-24歳)の失業者のうち、44.6%がフルタイムの学生だという。この割合が1年で大きく変化することはまず考えられないので、これが2012年も同じだと仮定すれば、スウェーデンの2012年の若年者失業率23.6%は、14.5%にほぼ半減する。(他の機関が出した推計を見ても、若年失業者のだいたい40~45%が勉学を本業としているフルタイムの学生であることが分かる。)

しかし、この方法にも問題があるかもしれない。失業者から学生を抜くのであれば、就業者からも学生を抜くべきではないかという声も聞かれよう。では、就業者と失業者の両方からフルタイムの学生を引いた場合の失業率を計算してみると、17.8%になる。

ただ、こうなってくると分母がますます小さくなっていき、失業者数の小さな変動に失業率が大きくブレることになるし、結局、何を測っているのかがよく分からなくなってくる。そもそも、計算をいじれば、どんな都合の良い数字でも出せそうな気さえしてくる。

だから、もっと確固たる土俵の上に成り立った指標を「若者が置かれた経済的・社会的状況を判断するための一つの指標」とするべきではないだろうか? たとえば、分母をその年齢層の人口全体とした上で、そこに占める失業者(学生を除く)と非労働力(学生を除く)の割合を示した数値がその一つだ。言い換えれば、人口に占めるNEET (Not in employment, education or training) の割合である。これについては、国際比較を後ほど示すことにする。


【 若年者失業の国際比較 】

以上、若年者の失業率を語るときの問題点や、特に新定義のもとで計算される失業率は注意しなければならないことなどを書いてきたが、こういう主張も聞かれよう。つまり、失業率・失業者の現在の定義は、失業率の国際比較を可能にするために導入されたものだから、一国(例えばスウェーデン)だけの数値を吟味した時には色々と問題はあったとしても、他国との比較は可能ではないか、と。すなわち、国際比較をした時により失業率が高い国は、やはりより大きな問題を抱えていると考えても良いのではないか、という声だ。

ただ、各国特有のさまざまな要因が若年者の失業率に影響を与えているので、単純な比較が難しいことを後に示す。

下のグラフでは、若年者人口を就業者、失業者、非労働力に分け、さらにそれぞれを学生とそれ以外に分けて比較してみたい。


グラフ4: 若年者人口の内訳(15-24歳) <出典:Eurostat>

ここでは、労働力率(つまり、就業者と失業者の和)が大きい順に並べてみた。労働力率はこのグラフでは青+水色+赤+ピンクの部分である。アイスランドの76%を筆頭に、オランダ、スイス、デンマーク、オーストリアと続き、右端のほうの国々は労働力率が30%を切っている。左端のほうの、労働力率が高い国々はどこかで見覚えのある国々が、実はグラフ1において若年者失業率を比較した時に、失業率が低い優等生の国々だ。

そこで、グラフ4では若年者失業率を示す折れ線グラフを重ねてみた(数値はグラフ1のものと同じ。目盛りは右軸であることに注意)。ただし、グラフ4の焦点はあくまで若年者人口の内訳を見ることなので、目立たないように薄い色にした。労働力率と若年者失業率のあいだには負の相関があることが分かる。ただ、これはそれほど驚くことではなく、失業率を計算するときの分母は労働力であるため、その部分が大きいほど、失業率は小さくなるからだ。既に触れたように失業率は、失業者数(青+水色)を労働力人口(青+水色+赤+ピンク)で割ったものである。ドイツの労働力率は少し低めだが、失業者が少ないため失業率も低くなっている。一方、スウェーデンは失業者が比較的多めなので失業率は高くなっている(ただ、そのうちの多くは既に議論したように学生の求職者である)。

これに対し、グラフの右のほうに行くにつれ、失業者(青+水色)の絶対的な割合が増えるとともに労働力率が低いために若年者失業率が高くなっている。

つまり、このグラフ4から見えてきたのは、若年者失業率が低い国の特徴は、労働力率が高いことである一方、若年者失業率が高い国の特徴は、若年者人口に占める失業者の割合が大きいと同時に労働力率が低いことである。この事実は、若年者失業率だけ(つまり、グラフ1だけ)を見ていたのでは決して分からなかったことだ。あのようなグラフを見て延々と議論するよりも、このグラフをベースに議論したほうが遥かに有益だと思う。

(ちなみに、グラフ4はEurostatのデータに基づいているが、ここでの「学生」は勉学を本業とするフルタイムの学生に限らず、すべての学生をカウントしている。一方、グラフ3はフルタイムの学生に限っている。グラフ4のスウェーデンでは、失業者に占める学生の割合が50%を超えるが、グラフ3の右図では50%以下であるのはそのためである)

下の2つのグラフは、15-19歳と20-24歳の2つの年齢層に分けたもの。ただし、2012年のデータがEurostatで手に入らない国もあり、その場合は省くことにした。国の順番は、この上のグラフと同じである。


グラフ5: 若年者人口の内訳(15-19歳) <出典:Eurostat>


グラフ6: 若年者人口の内訳(20-24歳) <出典:Eurostat>


【 徒弟制(見習い制度)を導入している国は若年者の労働力率が高く、失業率が低い 】

さて、グラフ4~6を見て驚くのは、若年者の労働力率(青+水色+赤+ピンク)が国によって大きく異なることである。オランダ、スイス、デンマークに至っては、15-19歳の年齢層でも50%を超えている。

これらの国々で労働力率が高い理由の一つは、高校の職業科教育において徒弟制(見習い制度)が導入されていることである。徒弟制では生徒が実際の職場に行って仕事の実践を学ぶ。そして、その職場から給料をもらう。そのため、その期間中は「就業中」とみなされるのである。この制度はデンマーク、ドイツ、オーストリア、オランダなどで一般的であるほか、ノルウェーやイギリス、アイスランドでも導入されている。その結果、これらの国の15-19歳の年齢層の若年者就業率は高く、さらに就業者の大部分が学生なのである(スイスは分からないがおそらく似たような感じではないだろうか)。失業率の計算式を思い出してもらえば分かると思うが、就業者数が大きいと分母も大きくなり、失業率が低くなる。

これに対し、スウェーデンやフィンランドはそのような制度があまり普及していないか、あったとしても職場から給料が貰えないケースが多いため「就業中」ではなく「非労働力」にカウントされる。その結果、先ほど挙げた国々よりも15-19歳の年齢層における就業中の学生の割合が少なくなるようだ。


表1: 高校生全体、および学生全体に占める、徒弟制で研修をする高校生の割合。
<出典:スウェーデン統計中央庁 (SCB)>

(注:高校生全体に占める割合は、アイスランドのデータがないが、他の国を見てみると高校生全体に占める割合は、学生全体に占める割合の約2倍であるため、15~16%ほどではないかと推測できる。)


【 学生向け補助金が夏休みに支払われない国は若年者失業率が高くなりがち 】

ところで、グラフ4~6からは、スウェーデンやフィンランドでは「失業中」とカウントされる学生が比較的多いことが分かる。既に説明したように、スウェーデンやフィンランドでは、高校生や大学生に対する生活補助金があるのだが、夏の間の数ヶ月は支払われない。そのため、夏休みはサマージョブを見つけて働くことが一般的となっている。サマージョブ探しは年が明けてから本格化するが、仕事を探している期間や、その仕事が始まる3ヶ月前からは「失業者」としてカウントされる。そのため、失業中の学生(グラフで水色の部分)が多くなりがちなのである。

これに対し、イギリス、デンマーク、ドイツ、オーストリアでは高校生や大学生に対する生活補助金が一年中、支払われるため、仕事探しをする学生の割合はスウェーデンよりは小さいだろうし、少なくともスウェーデンのように一年のある時期に急に失業中の学生が増えることはない。ちなみに、オランダやノルウェー、アイスランドでも、スウェーデン・フィンランドと同様に夏の間は生活補助金が支払われない。しかし、これらの国々に共通するのは徒弟制(見習い制度)があることであり、その制度で研修をしている学生が夏休みのサマージョブ探しをしても、統計上はすでに「就業中」あるため、「失業者」には見なされない。その結果、徒弟制のある国々では失業中の学生が少なくなる傾向にある。

(では、若年者の就業率が低い国々の事情はどうかというと、詳しいことは分からないが、高校生が働くのが稀であったり、大学に入っても若者が経済的に親に依存していることなどの要因が働いているのだろうか。)


【 若者の社会的・経済的状況を知るには、どの指標が良いか? 】

長々と書いたが、私が説明したかったのは、失業率だけを見ていては若者の雇用状況の全体像は掴めないこと。だから、それよりも若年者人口に占める就業者や失業者の割合を見たほうがより有益なのだが、その場合に注意しなければならないのは、各国の制度の違いによって学生が就業者にカウントされたり、失業者にカウントされたりすることがあるので、単純な比較が難しい。少なくとも、就業者・失業者を、学生か、そうでないかに分けたうえで分析すべきであろう、ということである。

そもそも、若年者の失業率をあれこれと議論するのは、一つには、社会的・経済的に困窮している若者がどれだけいるかを知りたいからであろう。では、その目的のために、失業率よりも適した指標は何かがあるだろうか。

一つの候補としては、若年者人口に占めるNEET (Not in employment, education or training)の割合だろう。つまり、仕事に就いているわけでもなく学校に通っているわけでもない若者の割合(グラフ4~6では青+深緑の部分)である。これが高い国々は、若者が大きな社会的・経済的な問題を抱えていると考えて良いのではないだろうか。

グラフ7では、若年者人口に占めるNEET率を表してみた。濃い紫が15-24歳の年齢層のNEET率であり、高い順に国を並べた。EUの平均が13%、国によっては20-25%に達するケースもあり、若者の状況が深刻であることが伺える(ただ、インフォーマル・セクターで雇用されている場合もある)。一方、徒弟制(見習い制度)を議論した時に挙げた国々は5%前後と低い。スウェーデンは、やや高めで7.8%だ。


グラフ7: 若年者人口に占めるNEET率 <出典:eurostat>

(NEETとは先述の通り、Not in employment, education or trainingであるが、Eurostatのこの統計では education/trainingを、ありとあらゆる教育・訓練プログラムと定義しているため、そのようなプログラムにフルタイムで参加していない人も除外されている。よって、例えば週に1日だけ学校に通って、あとは何もしていない人などを加えれば、NEET率はもうちょっと高くなるだろう)

私がここで言いたいのは、スウェーデンのNEET率は比較的低いのだから、何も心配する必要はない、ということではない。15-19歳、および20-24歳のNEET率がそれぞれ4.1%と11.1%というのは、やはり何らかの政策で減らしていくべきものだと思うので、例えば、高校の職業化における徒弟制などを見習っていく必要はあると思う(ただ、一方で人生の早い段階で、職業選択の幅を狭めてしまうことにも問題はあるだろう)。


【 おわりに 】

ちなみに、「失業率」という経済指標が抱える問題、つまり、非労働力が全く考慮されていないという問題は、若年者に限ったことではなく、他の年齢層の失業率でも同じである。一般的な話として、例えば不況期には仕事が見つかりにくいため、仕事探しを断念して非労働力化する人が増える(主婦・主夫、学生、早期退職者etc)。そうすれば、失業者とカウントされる人が減り、失業率が減少する結果となる。つまり、仕事があれば働く意思があった人が含まれなくなってしまう。だから、人口に対するNEET率で比較したり、人口に対する就業率で比較するのが良いと思う。

スウェーデンの大学で学士論文を書いた時に、「失業率」指標の問題についてはあれこれ考えたので、つい反応してしまうテーマである。

スウェーデンにおける鉄道競争(2): 高収益路線のキャパシティーの限界が課題

2014-01-25 17:40:31 | スウェーデン・その他の経済
前回は、これまで国鉄SJがほぼ独占してきた西部幹線(ストックホルム-ヨーテボリ)に今年から民間事業者である香港資本のMTRスウェーデン資本のCitytågが参入してきて、競争が激化することを書いた。

競争の結果、スウェーデンの二大都市を結ぶこの路線の切符が安くなるだろうと予測される。MTRは新型車両を引っさげて参入してくるし、Citytågは中古車両を使って低コストで特急列車を運行するため、SJも切符の値段を下げざるをえないだろう。関係者によると平均10~15%の値下げが見込まれるという。

平均的な価格が下がれば、これまで車やバス、航空機を使ってきた人が鉄道を利用するようになるだろうから、鉄道への需要はますます高まる。過去20年ほどを振り返ってみると、2012年の鉄道旅客輸送量は118億[人*km]で、1992年の約2倍に増えている。これから先も、旅客輸送量はさらに増加していくだろう。

(先日、ヨーテボリ大学で講義を12時に終えたあと、ストックホルムで3時から始まるセミナーに参加するために航空機を使った。電車では間に合わなかったためだが、空港までの移動30分+手荷物検査+待ち時間20分+搭乗時間1時間+空港からの移動30分と、鉄道を使った時よりもたしかに1時間あまり早いけれど、その間落ち着いて仕事をすることができないので、やっぱり鉄道のほうが快適だなとつくづく感じた。)


ストックホルムとヨーテボリを結ぶ西部幹線

問題は、鉄道インフラがこの鉄道サービスの需要と供給の増加に耐えうるのか、という点だ。現時点で、ストックホルム-ヨーテボリ間では特急とIntercityを合わせて21往復が運行しているが、MTRとCitytågが参入した後もSJは便数をほとんど減らさないため、すべての会社の便を合計すると1日30往復に増えるという。50%の増加だ。これに加え、貨物列車が1日6往復ほどしている。しかも、ここに挙げたのはあくまで二都市間を結ぶ便のみで、この他にもストックホルム近郊やヨーテボリ近郊では通勤列車が同じ路線を使って走っている。

実際のところ、鉄道インフラのキャパシティーは限界に達しているようだ。二都市間を結ぶ便数が1日21往復から30往復に増えることによるシワ寄せは、通勤列車や貨物列車が食らう。ストックホルムから1時間ほどのところにある町からの通勤列車の所要時間は、朝夕のラッシュ時には今よりも20分以上も遅れることになるという。貨物列車もかなりの遅れを見込んでいる。こんな状況に対して、鉄道貨物に大きく依存している林業・鉄鋼・機械などの産業界は大きく反発している。


左:ストックホルム-ヨーテボリ間の1日の便数(往復)。貨物も含む。
右:ストックホルム-ヨーテボリ間の参入以前と以後の旅客列車の総走行距離。黒は国鉄SJ、赤は新規参入企業

それ以上に心配なのは、そもそも鉄道インフラが持つのか、という点だ。鉄道インフラの管理と鉄道の運行指令を担当しているのは、国の行政庁の一つである交通庁(2010年まで鉄道庁)だが、この交通庁による鉄道の維持・管理は大きな問題を抱えているようだ。ここ数ヶ月の間にも、メンテナンス不足が原因とされる深刻な脱線事故が複数発生している。メンテナンスの問題が指摘されるのは、今に始まった話ではない。冬の寒波の度にスウェーデン各地で大幅なダイヤの乱れが発生するが、その主な原因は鉄道を運行するSJではなく、鉄道の管理を怠っている交通庁にあるようだ(よくあるのは、切り替えが故障して動かなくなるというもの)。国の会計検査院の報告によると、列車の遅れの責任の57%は交通庁にあるとしている。

では、交通庁にもっと予算を与えて、維持・管理を適切に行わせれば良いと思われるかもしれないが、実際、政府は予算を増額している。しかし、それにもかかわらず、鉄道メンテナンスは低下していると会計検査院は指摘している。では、何が問題なのか。これについては、メディア上でいろいろな議論が行われているが、「お金がどこに消えているのか」は、今のところ良く分かっていない。

一つの理由として挙げられるのは、交通庁は実際のメンテナンス作業を競争入札にかけた上で別の組織や業者に委託しているのだが、その際の業者の選定が、メンテナンス作業の質よりも低コストを基準に行われていることだというものだ。鉄道業界の労働組合も鉄道インフラの現状を憂慮しており、組合代表が「交通庁ではエコノミストが公共調達において力を持ちすぎている」と批判している。ちなみに、公的機関の公共調達における同様の問題(つまり、コスト重視による選定)は、高齢者福祉などでも問題となってきたが、EUの規定も影響しているのではないかと思う。ただ、EUが最近出したEU指令によって、価格だけでなく質も重視して事業者を選べるようになるようだ。


【 高速鉄道計画 】

再び、鉄道の輸送キャパシティーの限界の話に戻るが、このような話を聞くたびにつくづく思うのは、もっと早くスウェーデン版新幹線を作っておけばよかったということ。ストックホルムとヨーテボリ、そして、ヘルシンボリ・マルメを結ぶ高速鉄道新線のアイデアは既に90年代に持ち上がり、私も10年ほど前に利用者数の推計に関わったことがある。しかし、新幹線計画などというと、どうしてもコストと電車のスピードの話ばかりに焦点が集まりがちで、その時によく聞かれた反論は「スウェーデンは人口が少ないから採算が取りにくいし、建設コストは高速化による時間短縮のメリットに見合うものではない」というものだった。

しかし、より重要な論点というのは「新線を建設することで既存路線の混み具合を解消できる」ということだと私は思っていた。旅客輸送の一部が新線に移れば、在来線は貨物や通勤列車がより自由に使うことができる。その必要性は、近年ますます高まっているように思う。スウェーデン版新幹線は部分的な着工に向けて今年から入札が行われるが、あまりに遅すぎたと思う。


ストックホルムとヨーテボリを結ぶ高速鉄道の予定ルート(大雑把です)


【 鉄道自由化・上下分離の是非 】

最後に、鉄道自由化・上下分離の是非についてだが、これについては私は勉強中なので判断は保留。上下一体、つまり、同じ組織が運行もインフラ管理も行うのであれば、例えば、鉄道インフラに問題がある場合に、切符販売の収益を使ってメンテナンスを強化するなど、全体を見渡した鉄道事業の運営がしやすいと思う。また、一つの企業がすべての列車の運行を管理しているので情報の共有がしやすい。一方、上下分離方式のもとでは、鉄道運営・インフラ管理に関するそれぞれの意思決定が分権化されるし、ノウハウやメンテナンスの意欲が異なる運営主体が同じ線路を使って電車を走らせることになり、トラブルも生じやすい。しかし他方で、このような問題は、鉄道インフラの使用料を適切に設定したり、列車がトラブルを起こした場合の罰金を適切に設定したりすることで、ある程度は回避可能ではないかと思う。もちろん、これはあくまで情報がきちんと共有され、すべての経済インセンティブが「適切に」設定された場合の話だが。これはまさに、産業組織論の経済学の役目であり、私も議論を見守っている。

上下分離といえば、電力事業も同じだが、瞬時に電力を行き交いさせることができるのと比べ、鉄道事業の場合は列車を物理的に走らせなければならない。だから、システム全体がきちんと動くためには、管理すべき項目が電力よりも遥かに多いため、大変なことだと思う。電力事業では、少なくとも電線を流れる電気が、立ち往生をして線を塞いでしまうことはない。(だからと言って、電力インフラを管理する苦労を軽視するつもりはない。電力における自由化は私はうまく行っていると考える。)

自由参入が認められ、複数の事業者が高収益路線で競争することは「クリームスキミング」だが、その結果として懸念されるのは非採算路線が切り捨てられること。現に国鉄SJも高収益路線で生まれた利益で非採算路線の赤字を補っている状態なので、今後は、そのような路線の運行をやめるのか、国や自治体が支援を行って維持するのか選択を迫られることになるだろう。(ただ、旅客需要は少なくても貨物需要はかなり大きい路線などもあるので、旅客列車の運行停止が必ずしも廃線につながるわけではないが。)イギリスなどでは、自由化の結果、社会全体としてのコストが高まったという報告もあるようだ。

一方で、ヨーロッパの他の国々がイギリスやスウェーデンの例に倣って、鉄道自由化を今後進めていくならば、スウェーデンでの鉄道自由化で経験を積んだ国鉄SJがもしかしたら他国の鉄道市場に進出して、国際的なアクターに成長していく可能性もあるだろう。国鉄SJというとこれまではずっと守勢だったように感じるが、国外の鉄道市場に積極的な攻勢を仕掛けていく日が近いうちに来るかもしれない。電力市場におけるVattenfallのように。

スウェーデンにおける鉄道競争(1): 国鉄SJの新規投資とは・・・?

2014-01-17 19:03:26 | スウェーデン・その他の経済
今年からスウェーデンの鉄道の上下分離がさらに深化する。1990年代の鉄道自由化に伴い、もともと国の鉄道庁が管轄していた鉄道インフラ鉄道運行事業が分割された。鉄道インフラの整備・管理は鉄道庁(現・交通庁)が担う一方、鉄道運行事業を行う目的で設立されたのが「SJ AB」だ(ABは株式会社の意。SJの全株は今でもスウェーデン政府が所有しているため民営ではなく、あくまで国鉄。 乗っていた列車が遅れたりして腹をたてた乗客は、SJ ABを逆さに読んだりする・笑)。

その後、鉄道運行事業にはSJ以外の民間事業者の参入も徐々に緩和された。例えば、ルレオやキルナへ行く夜行列車の運行をSJと他の事業者との間で入札にかけ、一時期は TågkompanietConnex といった事業者が列車を走らせたこともあった。

また、ストックホルム-ヨーテボリ間ストックホルム-マルメ間の幹線では、Intercity(長距離各駅停車)列車の一部が Blå TågetConnex などの民間事業者によって運行されるようにもなった。ただ、現時点ではまだ1日にせいぜい1往復という頻度であるし、特急列車としての参入ではないため、SJの地位を脅かす存在ではない。私もストックホルム-ヨーテボリ間は鉄道で頻繁に行き来するが、そもそもSJのIntercityすら滅多に乗らないので、わざわざ民間のIntercityを選ぼうとは思わない。

ただ、そんなSJの独占状態も今年の秋から変化する。ストックホルム-ヨーテボリ間において、民間事業者が特急列車部門にも参入するためだ。実は、首都と第二の都市を結ぶこの西部幹線は国内でもっとも収益性の高い路線であり、SJの収益の6割を生み出している(うち大部分は特急列車による)。そんな高収益路線の特急列車に、民間事業者が参入してくるわけで、激しい競争が予想される。現在、参入を決めているのは CitytågMTR の2社だ。

MTRは言わずと知れた香港資本であり、既にストックホルム地下鉄の運行事業を担っている。ストックホルム-ヨーテボリ間では新型特急車両を投入し、1日最大7往復ほど運行する予定とのことだ。使用する車両は、スイスの鉄道メーカーStadlerの製造するFlirt Nordicというモデルで、6編成の購入を決めている(同モデルは既にノルウェー国鉄が使用している)。


ノルウェー国鉄の所有するFlirt Nordic

一方、Citytågはスウェーデン資本であり、費用を抑えて低価格をウリにし、乗客の獲得を目指すという。使用する車両は1970年代に製造され、ドイツで使用されてきた中古で、1日3往復ほど走らせる予定だ。

おそらくCitytågのほうは特急列車とはいえ停車駅の少ないIntercityという感じだが、MTRのほうは車両も新しくスピードも出るので魅力的で、私も興味がある。


【 この2社を迎え撃つ老舗の国鉄SJ 】

では、これら新規参入企業に対して、老舗のSJはどのように対抗するつもりなのだろうか? 既存の特急車両X2000(現在の名称はSJ2000)は1989年から製造が始まり、1990年代前半から使用が開始されたモデルであるため古い。新型車両の購入が急がれる。メディアの注目を集めたSJの対抗案は、先日1月16日に大々的に発表された。記者会見は「国鉄SJの150年の歴史の中で最も規模の大きな投資プロジェクトだ」という威勢のよい言葉で始まった。うわぁ、きた! どんな新型車両を購入するのだろう、と大きな期待をした。

しかし・・・、その中身はというと

「35億クローナを投じて、既存のX2000(SJ2000)全車両のアップグレードする」

な、な、なんと、新型特急車両の購入ではなく、既に使用が開始してから20年あまりが経っている旧モデルの刷新なのだ。記者会見をラジオで聞きながら肩からどっと力が抜ける気がした。

具体的には、
・アップグレードの対象となるのは、SJが現在保有する36編成すべて
・車体はそのまま
・ただ、電気系統、駆動・制御システムやITシステムなどはすべて最新鋭の技術を導入する。
・また、外装および内装を新しくする
・アップグレードの結果、10%の省エネが期待され、スピードが少しアップする(現在は最高200km/h)。また、乗り心地が今より良くなる。
・アップグレード作業は徐々に進めていく。刷新された最初のSJ2000が路線に投入されるのは2016年であり、2018年までにすべての刷新を終える。
・5社の競争入札の結果、技術部分のアップグレードはABBが14億クローナを掛けて行うことが決まった。(X2000は1980年代にSJとASEA(ABBの前身)が共同開発。ABBの鉄道部門はBombardierに買収されたため、ABBは今は鉄道を作ってはいないが、鉄道関連の技術開発は今も続けている)

当然ながら「なぜ新型車両を新たに購入しないのか?」という疑問の声も聞かれよう。国鉄SJは、「新型車両の購入も考慮して候補をいくつか見てみたが、スウェーデンの鉄道条件に既存のSJ2000以上に合うものが見つからなかった」と答えている。スウェーデンの鉄道条件、というのは、おそらくまず、カーブが多いことを指しているだろう。SJ2000は振り子列車であるため、スピードを落とさずにカーブを通過できる(乗車中、振り子機能が作動しなることが稀にあるが、それを経験すると振り子の有り難さがよく分かる。安全性の問題はなく、あくまで乗り心地の問題)。また、寒冷な気候も指しているだろう。冬場は線路の切り替えが故障したりして列車ダイヤに大幅な遅れが発生しがちだが、先頭車両にびっしりと氷が張り、停車駅でドアがガチガチに凍りついて開かなくなるくらいの寒さの中でも、線路さえしっかりしていればSJ2000はちゃんと走ってくれる。この頑強さ(robustness)はこれまでの運用から実証済みだ。

以上が、国鉄SJによる説明だが、理由は他にもあると思う。ストックホルム-ヨーテボリ間は既に述べたように、競争が激化する。線路は今の時点で既にかなりの過密状態なのに、運行本数がさらに増えるので、おそらくスピードは今以上にあげることが難しくなるだろう。だから、新型車両の導入による高速化にお金を掛けるべきではないと判断したと考えられる。また、ちょうど今、SJは大きなコストカットの必要性に直面してもいる(年間60億クローナの経常費用を50億クローナへカット)ので、新規購入は見送ったのではないだろうか。

ちなみに、SJは数年前にBombardier製の新型車両SJ3000の導入を決め、すでに路線にも投入されているが、これは主にストックホルム以北(Sundsvall線, Borlänge線)で使用されており、ストックホルム-ヨーテボリ間での運行は考えられていないようだ(私は少なくともこのSJ3000を追加注文して、ヨーテボリ線に投入してくれることを期待していた)。


【 SJ2000(X2000)のこれまで 】

振り返ってみると、SJ2000のアップグレードは今回が初めてではない。1990年代前半の運行開始から10年ほど経った頃、第1回のアップグレードが行われた。乗客である私にとっての大きな変化は、各座席にコンセントが取り付けられ、また、車内無線LANが装備されたことだった。ただ、この時のアップグレードも3年ほど掛けて徐々に進められたため、ノートパソコンのバッテリーが空のときに乗ろうとした列車が、アップグレード前の物だった時は、大いに困ったものだった。


一番初めの外装


2000年代にアップグレードされた後の外装


既に書いたように、SJ2000(少し前までX2000と呼ばれていた)を開発したのは、スウェーデン国鉄SJと、重工業メーカーABBの前身であるASEAであり、1989年から98年にかけて全部で44編成製造された(モデル名はX2であり、それぞれの編成には作られた順にX2 2001、X2 2002、・・・と番号が振られた)。

その後の話はWikipediaが詳しいが、SJやASEA(ABB)は、自国開発のこの高速鉄道技術の輸出も考えていたようで、アメリカのAmtrakなどにも一時期貸し出されたほか、中国の高速鉄道にも参入を目論んだようだ。しかし、実際に輸出されたのは中国への1編成だけだった。この編成は全44編成の中で一番最後に製造されたものであり、型番がX2 2044だったが、4という数字は不吉なので末広がりの8が良いと中国が言うので、X2 2088という型番に変えた上で輸出されたとか。おまけに、中国が1編成だけ購入した目的は、実際に運行することではなく、むしろ技術を学ぶためだったらしい(笑)。

スウェーデンでは、残りの43編成が国内の各路線で使用されたが、時おり事故が起きて、車両が大破したりすると、1編成、また1編成と数が減っていき、しまいには車両不足が生じる事態にもなった。特に2000年代後半からは気候変動・温暖化の議論などもあり、鉄道を利用する乗客の数が大幅に増えたために、SJは2編成を連結して14両にして走らせることもあり、車両不足に拍車をかけた(3編成連結も行われたという噂も聞いた)。そのため、中国に輸出され、技術をがっぽりと持って行かれた後はそのまま放置されていたX2 2088を、SJは2012年に買い戻しているから面白い。スウェーデン国内に存在するSJ2000は、現在全部で36編成。この調子だと、2030年になってもまだ使われていそうだ(笑)。