スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

欧州議会選挙 - 投票立会人として働く (その2)

2014-06-24 13:57:38 | スウェーデン・その他の政治
ずいぶん時間が開いてしまいました。スポーツイベントが幾つもあったためです。その結果は、次回以降に書くとして、とりあえず前回の続きを終わらせます。

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朝11時になった。私の午前中のシフトが終了。1時半まで昼休憩だ。昼ごはんを食べながらラジオのニュースを聞いていると、「前日までに投じられた期日前投票の数が、前回5年前の欧州議会選挙と比べて大幅に増加した」と伝えている。前回の選挙では93万人弱だったが、今回は120万人を少し上回るという。このため、全体の投票率も前回を上回ると期待される。

昼ごはんを終えて投票所の小学校に戻る。まもなくして、ある有権者が夫婦でやって来た。妻は選挙管理委員会から送付された投票カードを持参していたが、夫のほうは「自宅に送られてこなかった」と言う。夫婦で同居しているので、妻と同じ投票区だろうと思い、選挙人名簿を確認してみるけれど名簿には名前がない。何かのミスで、隣の投票区に分類されたのかもしれないと、隣の教室の投票立会人に頼んで、その投票区の名簿をチェックさせてもらったが無い。市の選挙管理委員会に電話して問い合わせたが、この市の選挙人名簿にはこの男性の名前は見つからないという。私をはじめ、その場にいた投票立会人も首を傾げていた。

ハッと気づいて、その男性に「スウェーデン、もしくはEU加盟国の国籍を持っていますか?」と尋ねてみたところ、持っておらずケニア国籍であることがわかった。「だけど、スウェーデンにはもうずいぶん長く住んでいる」と男性は答える。確かに、スウェーデン語はほぼ流暢だ。

なるほど。残念ながら、欧州議会選挙はEU加盟国の国籍保持者でなければ投票権がない。スウェーデンにいくら長く居住しようが関係ないのである。実は、私もこの選挙では投票権がない(にもかかわらず、こうして投票立会人として働いているわけではあるが・・・笑)。ただ、この男性が誤解した理由もよく分かる。スウェーデンの地方議会(県・市)の投票権や国民投票(レファレンダム)の投票権は、スウェーデンでの居住が3年以上の外国籍保持者にも与えられるため、私も2003年のスウェーデンのEMU(欧州通貨同盟)への加盟の是非を問う国民投票では投票できた(国民投票より、国レベルの住民投票と書いたほうが良いかもしれない)。だから、この男性が今回の選挙で自分にも投票権があると誤解したのも無理はない。

さて、午後になってからの有権者の足並みも午前中とあまり変わらない。ポツリポツリと人が訪れるけれど、教室が混みあい、入場制限を設ける必要は全くない。4人の有権者が同時に教室内に居合わせ、いっぱいになったことが一度だけあった。

時間を持て余していたので一緒にいた投票立会人とこんな計算をしてみた。今回の選挙の有権者数は約700万人。ラジオの報道によるとこのうち120万人が既に期日前投票を済ませている。割合にして有権者全体の17%。投票率は5年前の選挙が45.5%。今回はそれよりも増えるだろうから、仮に50%とすると、この差の33%(50-17=33)が今日、投票所に足を運ぶことになる。私たちの働く投票区の有権者数は約1200人だから、この33%は396人。投票時間は午前8時から午後9時までの13時間なので、投票所にやってくる有権者の数の一時間あたりの平均は30人。つまり、2分で1人がやってくるという計算になる。今日の私たちの実感とよく合致しているな、と頷きあった。

スウェーデンの国政選挙の投票率は85%。それに比べると、欧州議会選挙の投票率はその半分ほどしかない。その理由は、国内政治に比べ、EUを舞台にした政治が身近には感じられないし、何を議論しているのかよく分からないという印象を持っているスウェーデン人が多いためだろう。しかし、それでも過去10年で見ると上昇してきてはいる。2004年が37.9%だったのに対し、2009年は45.5%となった(そして、今回は51.1%となったが、この時点ではまだ知る由もない)。

EUの立法府二院制に例えると分かりやすいと思うが、これまで大きな権力を持ってきた閣僚理事会(上院に相当)に対し、欧州議会(下院に相当)は徐々に権限を増してきた。そのため、欧州議会を通じてEUの政治に影響力を行使できるという期待が、投票率の上昇につながった一つの要因であろうし、今回の選挙キャンペーンにおいてはこれまでと比べてEUの具体的な政策が議論され、メディアも大きく取り上げたことがもう一つの原因だと思う。実際のところ、前回2009年の選挙以降、例えば漁業政策環境政策などで欧州議会がEUの政策を動かしたケースがいくつかあり、特に漁業政策の改革についてはスウェーデン選出の議員が大きく関わっていたため、スウェーデンでも大きく報道された。

これに関連して言えば、一国の国境を越えた問題、例えば、環境問題や経済問題、難民受け入れの問題などは、スウェーデンだけではなく、ヨーロッパレベルで取り組まなければ解決が図れない、と感じるスウェーデン人はどんどん増えているように感じる。今回の選挙では、他のヨーロッパの国々では、EUからの離脱を主張したり、EUの意義を否定する政党が躍進したケースもたくさんあるが、スウェーデンにおいてはそのような勢力への支持が限定的だったのは、そのような背景があるのだと思う。EUレベルの決定権各加盟国の主権とのバランスの問題は、スウェーデンでの選挙キャンペーンでも盛んに議論はされてきたが、「EUが何でもかんでも決めすぎ。加盟国それぞれが決定権を持てる領域をもっと増やすべき」という主張はあっても、「EUは必要ない」とか「EUから離脱すべき」という主張は極右政党に限られた。

夕方になると、一人の老女が杖をつきながらやって来た。外国訛りのあるスウェーデン語で、投票の仕方を尋ねられたので、一つひとつゆっくりと教えてあげると、指示に従って投票された。その後、時間があったので他の投票立会人も加わって一緒に世間話をしていたが、非常に和んだ雰囲気だったので、ある立会人が「母国語は何ですか?」と尋ねてみると、「ハンガリー語」だという答えが帰ってきた。そして、自分はハンガリーからの難民で、1956年にハンガリーで民主化運動が起き、ソ連軍が介入して制圧した時に国境を超えて国を逃れ、スウェーデンに受け入れられたのだと話してくれた。ハンガリーからの難民は私も何度か出会ったことがある。ヨーテボリ大学で事務をしている同僚も、親の世代が難民としてやって来た移民二世だ。「民主選挙で投票できるのは良いことですね」としみじみ語って、この老女が去っていったのが非常に印象的だった。

午後のシフトが終わり、ずいぶんとお腹が減っていたので、近くのショッピングモールに行くと、火災警報が鳴ったために消防車が数台駆けつけ、屋内にいた客や従業員が建物の外に避難したところだった。誤報のようだが中にはしばらく入れないようなので、全く逆の方向にあるスーパーまで歩いて行く羽目になった。

夜のシフトは午後8時から。投票所が閉まる9時までの間、特に変わったことはない。5月下旬なので日はずいぶん長く、日の入りは9時すぎで外は明るい。

投票所となっている教室の入口には、各党の投票用紙が置かれていて、有権者はそこから自分で選んで封筒に入れて投票するわけだが、有権者がどの党の投票用紙を選んだかは、周りから丸見えである。民主選挙の重要なポイントの一つである秘密投票の原則が守られていないのでは、と思う人もいるかもしれない。私がスウェーデンで初めて投票した2003年の国民投票(↑先述)の時に私も戸惑った。近くにいた投票立会人に私が「Ja」を選んだのか、「Nej」を選んだのか、あるいは「白票」を選んだかが丸見えだったからである。


しかし、間もなく知ったのは、ここではすべての党、あるいは選択肢の投票用紙を選んで投票所に入り、衝立の向こうで誰にも見られない状態で票を封筒に入れれば良いということであった。投票における秘密投票の原則は投票用紙を選ぶ時点ではなく、衝立の向こうで投票用紙を封筒に入れる時点で保証されるものである、ということは今回の投票立会人のための事前講習でも強調されていた。

さて、夜9時になったので投票は終了し、開票作業に取り掛かる。投票は終了しても、投票所そのもののドアを閉めるわけではない。開票作業を外部の者がだれでも監視できるように、投票所は開かれたままなのである。

まず、期日前投票を投票箱に入れる作業から始める。前回書いたように、期日前に投じられた票は、投票日当日にその有権者の所属する投票区の投票所に送られてくるわけだが、すぐに投票箱に入れるわけではない。期日前投票をしても、投票日当日に後悔票を投じることができるため、その場合はその有権者の期日前投票を無効にしなければならないからである。

今回は、そのような後悔票を投じた人が3人いたので、その人たちの期日前投票を分けて特別なビニール袋に入れる。そして、残りの期日前投票を投票箱に入れる。

そして、投票箱にすべての票が入ったことを確認してから、蓋をあける。まず、数の確認。今日投票した人と期日前に投票した人の数の和が、票の数と一致しなければならない。投票立会人はみんなドキドキだったが、幸いにもピッタリと一致した。

次に、開票作業開始。各票は小さな封筒に入れられているので、まずその封筒を破いて票を取り出すことから始める。ただ、破きやすいような工夫がしてあるため、そんなに時間が掛からない。破いてみると、中に票が2つ入ったものが5件あった。この投票所では有権者が票を投じる際に、封筒には1票しか入っていないことを念入りにチェックしていたので、おそらく、期日前に投じられた票であり、期日前投票所でのチェックが甘かったことが原因ではないかと思う。そういった二重票は即日開票ではカウントせず、選挙管理委員会の判断を仰ぎ、数え直し作業後の最終結果でカウントすることになる。(判断については、2票とも同じ党の場合はその党への1票としてカウント、2票が異なる党の場合は無効にするのだと思うが、いずれにしろそういう判断は私たち立会人ではなくて選挙管理委員会がする)

この他、開票作業においては、どう対応すべきか、頭を悩ますケースがいくつかあったが、幸い私はこの前日に日本から戻ってくる飛行機の中で必要な資料や選挙法の重要な部分は目を通していたので、あまり自信のなさそうな私たちの代表をうまくサポートできた。

各党の得票数を集計。この合計も、全ての票数(選挙管理委員会の判断を仰ぐ票は除く)と一致しなければならないわけだが、ここでもピッタリ一致。夜10時半すぎに選挙管理委員会に電話を入れ、開票結果を通知。投票所として使われた教室の片付けをして、撤収。票そのものも指定された袋にきちんと小分けして、代表が直接、市の選挙管理委員会に届ける。私が帰宅のためのバスに乗ったのは11時過ぎだった。

公共テレビSVTではこの晩、夜8時からずっと開票特番を放送している(開票作業中に見ることはダメ)。出口調査の集計結果が夜9時に発表されたあと、実際の開票結果が発表されるのが夜11時。何故11時まで待つかというと、EU加盟国の中にはスウェーデン時間の夜11時に投票所が閉まるところがあるためだ。そのため、スウェーデンのある投票所での開票作業が早く終わったとしても、それがすぐに報道されるわけではない。

私が11時過ぎにバスに乗って、携帯電話でテレビ放送を見たところ、ちょうど開票結果が発表されたところだった。この時点で9割ほどの投票所で集計が終了していた。バスを乗り継いで家に着いたのが夜中の0時。この時は、99.5%の投票所で集計が終了していた。


前日に日本から戻ってきて、今日は朝早くから働いた。長い一日だった。

欧州議会選挙 - 投票立会人として働く (その1)

2014-06-10 23:25:50 | スウェーデン・その他の政治
欧州議会選挙の投票日である5月25日。前日の午前中まで日本に滞在し、飛行機でスウェーデンへ戻ってきたばかりなので眠くてしょうがないが、この日は朝からアドレナリン全開。

この日は朝7時半から会場設営。会場は小学校の教室だ。

スウェーデンにおける今回の欧州議会選挙では、スウェーデンから20人の議員を選んで、EUの立法府の一つである欧州議会に送り出すわけであるが、この選挙では大選挙区・比例代表制が適用されている。つまり、スウェーデン全体を一つの選挙区とし、スウェーデン全体の得票率に応じて20議席を比例的に各政党に配分し、各政党はあらかじめ決めておいた候補者リストの上位から当選者を選んでいくのである(有権者が特定の個人を選んで繰り上げ当選させる制度も補完的にはある)。

投票のマネージメントは各コミューン(市)の選挙管理委員会が管轄しており、それぞれのコミューンをいくつの投票区に分けるかは一任されている。例えば、ストックホルム市は大きいので537の投票区があるが、私が今回、投票立会人として仕事をした市は38の投票区に分かれていた。スウェーデン全体で見ると、合わせて5837の投票区が存在する。

私が仕事をするのは、そのうちの1つだ。ただ、投票所として使われるこの小学校は、その周りにある他の2つの投票区の投票所にもなっており、別々の教室が使われているので、投票しに訪れた有権者が、自分がどの教室に行けば良いかがすぐ分かるように張り紙をすることが、会場設営の重要な仕事だ。

投票所となっている教室には、投票立会人が座る机と椅子を用意し、それから投票者のために台と衝立を設置する。そして、教室の入口には、各党の投票用紙を置く。スウェーデンの投票では、自分が票を投じたい党の投票用紙を一枚選び、指定された封筒に入れて封をした上で投票箱に入れる。


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開場時間の朝8時になった。眩しい太陽が学校の校庭を照らし、今にでも外に飛び出したい気分だ。しかし、投票所には誰も来ない。数分ほどして心配になり、外に出てみたら、学校の入口にはそれでも数人いたが、それは投票しに来た人ではなく、各党の党員やサポーターだ。投票しに来た人に投票所の入り口で自分の党の投票用紙を配ることで、有権者に最後のアピールをするためだ。そのような形でのキャンペーンは投票日当日でも認められている。果たして、投票の直前に党員から笑顔で投票用紙をもらったからといって、その党に票を入れようと決心する人がどれくらいいるのか分からないが、スウェーデンでは投票日当日の一つの光景として定着している。


左派・右派それぞれのサポーター

各党の党員・サポーターのほうが投票しに来る有権者よりも多いなんて!と他の投票立会人と笑い合ってしまったが、それでも8時10分頃になるとポツリポツリと有権者が現れ始めた。

一つの投票所で働く投票立会人は全部で7人、うち1人は代表で1人が副代表。この7人が朝7時半から夜9時まで交代で作業する。投票所には常に少なくとも4人(うち1人は代表か副代表)がいるようにシフトが組まれている。

4人のうち、2人は机に座る。1人は有権者に身分証明書を提示させ、選挙人名簿に名前があるかをチェック。選挙人名簿は住民背番号順になっているので、探すのは難しくない。名簿に名前があれば、もう1人が有権者から投票用紙の入った封筒を受け取り、投票箱に入れる。有権者が自分で票を投じるわけではない。この時、封筒に投票用紙が2枚入っていないかをチェック。私たちの投票所では今回の選挙で2人ほどそういう人がいたので、初めからやり直すよう指示した。


3人目は、教室の入り口に立って、やって来る有権者に投票の仕方を説明したり、投票用紙を入れる封筒を配ったりする。よくあるのは、自分がどの投票区に属するのかがわからない人。有権者には選挙管理委員会から事前に投票カードが送られており、そこには投票区の番号が書いてあるので、それを見ればすぐ分かる。しかし、投票カードを持参せずに投票所へやってくる人もたくさんいる。投票日当日の投票であれば、投票カードがなくても身分証明書だけで投票ができるからだ。本人が自分の投票区を覚えていればよいが、そうでなければ大変だ。既に書いたように、投票所として使われているこの学校は、3つの投票区の投票所となっているため、それぞれの教室を順に訪ねて、選挙人名簿に名前があるかどうかを確認する。どこにもなければ、市の選挙管理委員会に電話で問い合わせることになる。

4人目は、期日前投票で投じられた票の確認を担当する。期日前投票は投票日の18日前から全国で始まるが、自分の属する投票区に関係なく、全国の期日前投票所で投票ができる。期日前投票所は市役所や図書館など公的機関の建物のほか、人がよく集るショッピングセンターや駅、さらに大学などにも設けられている。そこで投じられた票が仕分けされ、その有権者が属している投票区の投票所に、投票日当日に配達されるのだ。もちろん、直前に投票された期日前投票は仕分けが間に合わないだろうし、実は、投票日当日にも開いている期日前投票所が全国に幾つかあり、投票区に関係なく投票できるので、そういう票は投票所には届けられず、即日開票でもカウントされない。その代わり、後ほど行われる数え直しの時にカウントされる。

さて、期日前投票の票が配達されるのは朝10時。それぞれの票は指定された封筒に入れられているわけだが、その封筒はさらに別の封筒に入れられており、ここでは有権者の個人が特定できるようになっている。そのため、期日前投票の票が本当にこの投票所に属しているのかどうかが確認できる。もし間違った投票所に届けられていれば、ミスとして選挙管理委員会に報告しなければならない。

期日前投票の票は、有権者個人の特定ができる封筒から取り出して無名化し、最終的に投票箱へ入れ、即日開票で一緒にカウントするわけだが、無名化し投票箱へ入れるのは、投票がすべて終わってからなのである。何故かと言うと、投票日当日に後悔票を投じることができるからなのだ。つまり、期日前投票を済ませたけれど、その後、気が変わったために別の党に入れるという人だ。そのような行為は、投票日当日に自分の属する投票所で可能だ。もし、そういう人がいれば、その人の期日前投票は無効にして、カウントしないようにするわけだ。

(長くなりそうなので、続きは次回)