スウェーデンの経済は成長率も高い。去年にしろ今年の上半期にしろ、多くの企業が業績を伸ばしている。それなのに、雇用のほうが付いて来ない。
現在、野党である
「右派ブロック」は、
この雇用問題に対する解決策を示すことが政権獲得のためのカギとしている。経済の現状を
「100万人以上が労働市場の外に追いやられて社会保障漬けにされてしまった経済」と描写した上で、それを改善するためには、どうしたら新たな雇用が生まれるか、どうしたら働くインセンティヴが生まれるか、右派ブロックなりのプログラムを示している。
一方で、政権を担当してきた
「左派ブロック」は、現状を
「絶好調のスウェーデン経済」と描写した上で、
様々な手で既に方策を施している、失業問題どころか近い将来には労働力不足になるからそのための備えとして、労働者の再教育や大学への進学率を高めておく必要がある、さらには、現在、労働市場から溢れてしまった人には、生活を支えるための保障が必要、としている。
(同じ現状を分析するにも、これだけ違った見方が為されているのは、注目に値する。いくら客観的に思える事実の描写でも、事実のどの部分を強調するか、という選別には、どうしても主観が入り込んでしまう。だから“正確な情報”なんていうのは有り得ず、どんな情報にもそれを伝える人の意図がある程度、織り交ぜられていることを忘れてはならないと、つくづく実感。)
さて、まずは中央党(Centerpartiet)の提案。
『雇用保護法』の適用対象から若者を除外する
スウェーデンは戦後の歴史の中で、主要なブルーカラー労働組合であるLOと、長く政権についてきた社会民主党によって、労働者の権利の向上が段階的に進められてきた。その「スウェーデン型労働市場政策」をなす大きな柱の一つが
『雇用保護法』。この法律は、
解雇における労働者の権利、それから、
雇う側が労働者に対して守らなければならない規則を規定している。
『雇用保護法』(Lagen om anställningsskydd)(通称、
LAS):1982年制定
- 解雇には
“正当な理由”が必要。“正当な理由”としては、
①与える仕事がなくなった、もしくは、企業に経済的な余裕がなくなった場合、②労働者自身の問題、つまり、業務における怠慢・不注意や能力不足など、に限られる。
- ①の理由で解雇を行う場合には、まず誰から切っていくか、つまり
「解雇順序の規則」が決められている。俗に
「Sist in, först ut (Last in, first out)」と呼ばれるように、
勤続年月が一番少ない人から解雇されることになっている。勤続年数を数える場合には、
45歳以降に勤めた年数は2倍されて算入される。つまり、中高年の労働者には有利な規則だが、これは再就職が比較的に難しい中高年の労働者を保護することを目的としている。
- ②の、業務における怠慢・不注意の場合でも、その労働者を配置換えや職務内容の変更など、雇う側がある程度の努力を尽くした上で、それでもその人が不適切である、とされなければ、解雇できない場合もある。年齢(若すぎる、または、歳取りすぎ)は“正当な理由”に含まれない。(注:スウェーデンの退職年齢は一般に65歳なので、それを過ぎれば、上の規定は関係なく、職から退くことになる)病気による能力低下の場合でも、まずは雇う側がその人のリハビリを支援し、それでも能力が回復しない場合には、その人ができそうな他の職務を与える努力をしなければならない。それでも職場に留まって何か職務をすることが不可能、と判断された場合に初めて解雇が可能になる。
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解雇の通達が、実際の解雇のどのくらい前に言い渡されなければならないかの規定。勤続年数に応じて長くなる。勤続40年で23ヶ月前、勤続30年で18ヶ月前。勤続20年で13ヶ月前、10年で8ヶ月前、etc。しかし、最低でも1ヶ月前。
- 解雇されることになっても、通達から実際の解雇、そして、その後9ヶ月間は、
再採用優先権が生じる。つまり、その企業に空きができた場合には、優先的に雇ってもらえる。
というのが『雇用保護法』の概要だが、これは
労働者が不当に解雇されたり、突然、解雇されて路頭に迷うことがないようにすることを目的としている。働く側にとってみれば、解雇ルールがこれだけ明確にされているので、自分の解雇されるリスクがある程度わかるし、解雇されるときも勤続年数に応じて予め通達が来るので、次の職を余裕をもって探すことができるわけだ。さらにいえば、このような“安心感”が、職場における能率に普段からいい影響を与えている、といういい見方もできるかもしれない。
しかし、雇う側にとっては大変だ。
業績が悪化しても、安易にクビを切ることができないし、時間がかかる。しかも「解雇順序の規則」のために、企業に残るのは中高年の人が多くなりがち。
適任じゃない人を誤って雇ってしまった場合にも、なかなか解雇できない。要するに、経営者側が、自分の会社の人事を思うようにコントロールするのが難しくなる、言い換えれば、
フレキシビリティ(柔軟性)の欠如、ということ。高度経済成長期のように、経済全体が長い期間にわたって上向きの時には、それほど問題にならないかもしれないが、
今のように、競争が激化して、先の見通しも立てにくい時代には、企業には大きな(非金銭的)費用となる。業績がいいからと言って、ヘタに新規雇用を行ったりすると、いざ業績が悪化したときに、大きな重荷を背負うことになりかねない。
現在の雇用問題を考えるにあたっても、
経済が上向きなのに雇用が増えない、大きな要因は、「雇用保護法」のために、企業が尻込みして新規雇用を手控えているからだ、とも言われる。また、労働経済学においても、解雇に関する規則が厳しい国ほど、失業率が高くなる傾向を示す回帰分析結果もあるようだ。また、若年者の雇用問題に関しては、
「解雇順序の規則」こそが、若者に不利を与え、彼らの雇用を不安定にしているのだ、という批判もある。また、「解雇順序の規則」は中高年にも不利に働くこともある。どういうことかというと、時代の流れとともに、これまで就いてきた仕事が自分に合わなくなってきて、別の仕事に転身したいのに、今の職場を離れれば、勤続年数が0にリセットされることになり、「解雇順序の規則」やその他の特権を失ってしまう。それが怖いので、今の職場に残り続け、やはり仕事が合わなくて、結果“鬱病”という診断をもらって、病欠、もしくは早期退職してしまうケースなどだ。
財界や経営者団体、それから深い繋がりを持つ保守党などは、この面倒くさい『雇用保護法』自体を廃止してしまいたい。しかし、今の世論を考えた場合に、近い将来は不可能だ。(ただ、ここ数年、保守党もかなり大きな路線転換をして、より“労働者寄り”をアピールしている。これについては後ほど。)
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その他方で、
失業問題の中でも、特に若年者の失業解決が優先されるべき、と見た中央党は、若年者だけを『雇用保護法』の適用から除外することを提案している。つまり、
採用後、2年以内であれば、明確な理由なしにいきなり解雇できるようにしたいのだ。それによって、人手不足の企業がより気軽に若年者を雇うことが可能になることを狙っている。
国際ニュースに普段から目を配っている人は、これに似た話を思い浮かべるかもしれない。そう、若年者の高失業に同様に悩むフランスでも似たような提案が今年の春なされ、若者を中心に大きな反対運動が巻き起こったのだ。収拾がつかなくなった政府は、結局、新法の撤回を余儀なくされたとか。
スウェーデンでも、中央党はこの提案の発表後、数々の嫌がらせに遭っている。特にアナーキスト・シンディカリストといった極左の若者グループが、中央党の各地のオフィスを破壊するなどの行動に出ている。(こういう卑劣な暴力行為は腹が立つ・・・!)
労働組合や社民党側は中央党の提案には批判的。現在の法体系に“若者だけ”というカッコ付きで“穴”を開けてしまうと、その例外事項が済し崩し的に、行く行くは他の労働者にも適用されるようになる恐れがあるからだ。ただ、ある労組の法律部長をやっている友人に電話で話をした際に尋ねてみると、「中央党の提案は当分は無理だね」と冷ややかだったから、そもそも現実的でないと思われているようだ。
政府・社会民主党としては、雇用創出策として、「期間限定雇用」「プロジェクト雇用」「試験的雇用」といった、非正規雇用制度を、主に若者に対して既に活用してきており、それなりの効果を挙げてきたし、その程度で十分だ、ということだ。
次回は、保守党の提案。