スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

小串さんのブログ:日本-EUの自由貿易協定交渉の焦点は鉄道セクター

2013-10-26 22:06:46 | スウェーデン・その他の経済
ウプサラ大学で政治学の修士課程を履修しながら、EUの欧州議会でインターンシップをした経験のある小串さんのブログ。

9月初めにオバマ大統領がスウェーデンを訪れた時には、その一つの目的がEUとアメリカ間で交渉が始まっている自由貿易協定であることを私のブログで触れたが、EUは日本とも自由貿易協定を結ぼうとしている。その交渉の舞台裏における鉄道部門をめぐる駆け引きについて、とてもよくまとまっているし、面白い。

1.日本ーEUの自由貿易協定交渉の焦点は鉄道セクター

2.日本-EUのEPA交渉の焦点は鉄道セクター:EUの市場開放度は本当に高いのか?

3.日欧EPA交渉の焦点は鉄道セクター:日欧の鉄道システムの違い

4.日本とEUのEPA交渉の焦点は鉄道セクター:ありうるシナリオ

ちなみに、スウェーデンについて言えば、ストックホルム地下鉄の車両やヨーテボリの近郊列車のほか、新型特急X3000(正式な形番はX55)を製造しているのはボンバルディアの鉄道部門(Bombardier Transportation)だ
(本社は上の記事にある通りベルリン)。ただし、ボンバルディアは、スウェーデンのVästerås(ヴェステロース)にあったASEA(現ABB)の鉄道部門を2001年に買収して傘下に入れており、現在でもそのヴェステロースにBombardier Transportationのスウェーデン法人の本社があり、工場も存在する。スウェーデンには、かつては他にも鉄道車両の製造会社があり、たとえば今でも現役の特急X2000(正式形番はX2)を製造したのはASEAとKalmar Verkstadだが、カルマル市にあったKalmar Verkstadは最終的にボンバルディアに買収された後、2005年に閉鎖されることとなった。

ついでに言えば、ヨーテボリの路面電車の新型車両を製造したのはイタリアのAnsaldobredaというメーカーだが、この車両は納期が大幅にずれ込んだり、性能に不具合が多くて頻繁に立ち往生したり、運転席の乗り心地が悪く労働環境問題になったり、車体のサビの進行が大幅に進んでいたりなどのトラブルが続いており、「トンデモナイまがい物を掴まされてしまった」というのが、ヨーテボリの公共交通やヨーテボリ市民の一般的な感想だろう。何度も試乗会を繰り返して決めた発注なのに、大きな失敗だった。そのおかげで、この新型車両が導入されれば退役することができた2世代前の車両がいまだに使われている。

一方、スウェーデンの鉄道の運行事業における主要アクターは国鉄SJであるが、そのほかにもフランス系のVeolia(前身はConnex)なども参入している。また、ストックホルム地下鉄の運行事業を行っているのは香港のMTRだ。

ちなみに、国鉄SJであるが、もともと国の鉄道庁が管轄していた鉄道インフラと鉄道運行事業が、鉄道自由化にともなって分割された際に、国の行政から切り離された鉄道運行事業を行う目的で設立されたのが「株式会社SJ」だ(鉄道インフラの整備・管理を行っているのは今でも国の交通庁)。ただし、SJの全株は今でもスウェーデン政府が所有しているため民営ではなく、あくまで国鉄だ。会社運営は基本的に民間の株式会社と同じように利潤追求にもとづいているため、記事にある「民間的な経営する」という点は全くその通りだ。よく誤解されることだが、SJの「S」はスウェーデンを意味しているわけではない。SJは「Statens Järnväg」つまり「国鉄」を意味している。SJ(Statens Järnväg)という名称は株式会社化の以前から、鉄道を管轄する行政庁を指す名称として使われていた。

倒産した自動車メーカーSAAB(サーブ)のその後

2013-10-18 16:45:14 | スウェーデン・その他の経済
自動車メーカーSAAB(サーブ)は2011年12月に倒産した。リーマン・ショックの後に、オランダのスパイカーズ・カーの社長Victor MullerがSAABを買い取ったものの経営は難航。彼が繰り出す楽観的な経営計画は、次々と不可能であることが明らかになり、彼のイメージはまるでペテン師のように愚かなものとなっていった。あの姿は、まるで威勢だけ良い運転手が酒に酔いながら、高速道路を猛スピードで蛇行しながら駆け抜け、そして最後に道からそれて畑に思いっきり突っ込んだような感じだった。

あれから間もなく2年。その後、SAABの工場はどうなったのかというと、破産管財人のもとで売却にかけられ、購入したのは中国のNational Modern Energy Holdingsだった。新しい資本のもと、新会社「ネヴス」Nevs (National Electric Vehicle Sweden)が設立され、電気自動車に特化した自動車生産を行うことが発表された。昨年の夏の話だ。

実は、SAABの資産の買い取りとNevsの設立には、上に書いた中国系の資本(51%)だけでなく、日本資本だと言われるSun Investment LLCも49%出資しているのだが、Nevsにおける日本の存在感はどうやら薄いようで、経営の実権はスウェーデンでのビジネス経験の豊富な中国系ビジネスマンKai Johan Jiangが握っている。買い取りが発表された時のインタビューでは、中国・日本系の資本がSAAB資産を買収、と報じられたものの、その後、日本からの資本についてニュースで触れられることはない。

一方、Nevsの中国との関わりはその後、ますます強くなっている。バッテリー工場を中国で買収し、電気自動車に必要なバッテリーの生産を始める(た?)らしいし、新たなバッテリー工場も現在建設中だという(Nevs側の説明では、バッテリーには日本の技術を駆使しているとのことだが・・・)。また、青島市が今年春にNevsに大規模な出資し、全株の22%を所有するに至っている。そして数年後にNevsの自動車生産工場を青島に建設する計画のようだ。


新生SAABのホームページの言語は、スウェーデン語・英語・中国語。

では、新しい資本のもとで自動車メーカーSAABが復活するのか? 実は、今後生産される(見込みの)車は、SAABブランドで販売されることになっている。しかし、半鷹半獣のグリフォンのロゴマークは、戦闘機メーカーのSAABとバス・トラック・メーカーのScaniaとの共同所有のため、許可がおりず使えないことになった。そのため、SAABの文字だけが使われることになる。

かつての従業員のうち、これまでのところ330人がSAABに復職した。この他、200人がコンサル契約で働いている。では、自動車生産はいつから始まるのかというと、実は今年9月下旬に試作車の第一号が完成した。しかし、電気自動車ではない。既存のガソリン仕様の9-3モデルを少しだけアレンジしたものだ。Nevsの計画によると、まずはガソリン仕様車の生産を始めていき、そのうち電気仕様の自動車の生産を始めるのだという。今のところ、電気自動車の生産開始は2014年以降とされている。

こんな計画に対して、業界からは疑問の声が上がっている。まず、ガソリン仕様の車を生産してどうするのか?というものだ。しかも、モデルは10年以上も前に発表された古い9-3だ。かつて部品をおろしていた500近くの下請け業者の大部分とは再び契約を交わすことができ、部品の供給には目処が付いたとのことだが、エンジンはGMから買うことはできないらしく、どうするのか。果たして、EUの新しい環境基準を満たすことができるのか? それ以前の問題として、そもそも誰が買うのかが分からないし、Nevsからも明確な計画が出されていない。憶測されるのは、中国で安い大衆車として売ることだが、スウェーデンで生産しても、コストの面で競争できるのかどうか、大いに疑問である。

次に、果たして電気自動車の生産・販売が現時点で採算の取れるものなのか、という疑問がある。Nevsはハイブリッド車は手がけず、電気自動車だけに特化するとのことだが、バッテリーの値段がまだ高いため、公的な補助金なしには需要が足りず、採算が取れないだろう、と見られている。一方、中国の中央・地方政府が大規模な補助金を投じて、電気自動車の市場を一気に拡大させる可能性もあるかもしれず、その時に、市場にうまく乗り込むことができれば、大きなシェアを確保できるかもしれない。株の2割以上を所有する青島市が大量の注文を入れるかもしれない。たとえ、それまでに大きな損失が生じても、中国側がバックアップしてくれるかもしれない?

とにかく、Nevsの公式見解は曖昧なもので、どのような目論見があるのか良く分からないが、その理由は一つには、SAABを一度は買収したオランダのスパイカー・カーズの社長Victor Mullerが大風呂敷ばかりを広げる人間で、結果的に市場の信頼を失うことになったため、現在の経営陣は、確実にできることしか発表しない、という方針をとっているとも言われる。新生SAABがどこに向かっていくのか、果たして成功するのだろうか?