以前のブログ記事において、現在のスウェーデンでは、これまで続いてきた減税(主に所得税減税)に対する「お腹いっぱい」感が広がっていることを書いた。今年2014年の予算には勤労所得税額控除の控除額の拡大が盛り込まれ、所得税がさらに引き下げられることになったが、昨年12月初めに実施された世論調査では58%がこの減税に否定的であり、肯定的に答えた32%を大きく上回った。社会保障や教育・インフラの充実には税金が必要だと考える有権者が増えており、世論調査では半年も前から社会民主党を中心とする左派3党の支持率が50%前後に達している。一方、連立与党である中道右派4政党の支持率は40%を下回り、低迷が続いている。
<過去の関連記事>
2013-12-17: さらなる所得税減税に有権者の過半数が反対、という世論調査結果
2014-02-01: 国政選挙に向けた世論動向と戦略的投票行動
こんな状況だからこそ、今年9月の国政・地方同時選挙に向けた選挙戦では、増税の必要性も含めた政策議論を是非とも展開して欲しいし、その可能性は十分にあると書いた。2010年の国政選挙では社会民主党を中心とする左派ブロックは有権者の支持を失うのが怖く、積極的な増税を打ち出せず、政策論争もつまらないものとなった。それが大きく変わる可能性があると感じた。
【 穏健党の路線変更 】
実際、その期待通りになってきた。これまでは野党である左派政党が減税に反対し、増税を主張してきたが、その流れに与党の第一党である穏健党(保守党)が同調し始めたのである。1月19日(日)の夜の時事ニュース番組において、スタジオでインタビューを受けたアンデシュ・ボリ蔵相は「減税の余地はもうないと思っている。減税はストップだ」と発言。選挙で勝った場合、4年間の新しい任期中にさらなる減税をするつもりはないことを明らかにした。
穏健党は苦渋の選択を強いられたのだろう。本当はもっと減税したい。勤労所得税額控除のさらなる拡大は、昨年の党大会で採択されているので、それを実行したい。しかしこのまま行けば選挙では負ける。世論調査における左派ブロックと右派ブロックの差は10%以上もあり、安定的に推移しているので「もう勝負はついた」と見る専門家も多い。
穏健党が恐れているのは「社会保障を推進する左派ブロック」vs「相変わらず減税を主張する右派ブロック」という構図で選挙戦が進んでいき、守勢に回ってしまうことだ。だから、それを避けるために、「減税はしばらくしない」と宣言する必要があったのだろう。(もう一つの理由は財政の均衡化だが、それについては次回かその次で)
(ちなみに、2006年の選挙では、穏健党を中心とする右派ブロックが仕掛けた「雇用の創出を狙う右派ブロック」vs「福祉漬けを続ける左派ブロック」という構図で選挙戦が進んでいき、政権交代に繋がった)
その後、2月16日の日刊紙のオピニオン欄で同じくボリ財相は現政権のビジョンを提示。「私たちは、労働力の能力向上をこれからも続けていく。そのためにはより多くの知識を提供し、学童には早期のよりよい支援を行い、教育関係者がさらによい仕事ができるように改革を行っていく必要がある。」「そのために必要な財源は、歳出項目の優先順位の再検討や歳出削減、そして、増税を通じて賄っていく」と、ここで増税の可能性も示唆した。
【 そして、増税案へ 】
そして、続く2月20日、穏健党が具体的な増税案を発表した。
・自動車税の増税(ガソリン車:年間200クローナ増、ディーゼル車:500クローナ増)
・酒税、タバコ税の増税
勤労所得税を中心にこれまで減税を続けてきた穏健党とあって、さすがにここで所得税の増税を含めるわけはない。引き上げても反発が限定的で無難なものばかりだ。
穏健党にとって「減税ストップ」を宣言し、増税まで打ち出すことはかなり勇気のいることだ。穏健党のコアの支持者はさらなる減税を望んでいる。一方で、選挙に勝つためには左右のスペクトラムの中間層に位置する有権者の支持を確保する必要がある。だから、両者の間の微妙なバランスをうまく取らなければならない。
そんなジレンマをうまく表現した風刺画を新聞の社説で見つけた。社説のタイトルは「いつもと変わらぬ昔ながらの新しい穏健党」と、これまた秀逸だが、選挙キャンペーンに使う横断幕には本音である「減税」を小さく目立たないように書こうとしている。(ここは「増税」と書いてあっても同じこと)
出典:Dagens Nyheter(今月半ばの社説からだが、風刺画は10年前にこの新聞が使ったものと同じなのである。今も当時と同じことを穏健党がしようとしていることを皮肉っている。)
【 連立政権内からの反発 】
ところで「減税ストップ」の宣言に対しては、党内だけではなく、穏健党とともに連立政権を構成する他の党からも反発が上がっている。例えば、中央党は中小企業に対する減税措置を公約に掲げており、それを早く実現したいと考えているし、キリスト教民主党も支持層である高齢者の減税を主張している。だから、彼らにとって「減税」という重要な政策手段を連立与党の第一党である穏健党に封じられてしまうと困るわけだ。
一方で、これは穏健党にとってもある意味、都合の良い状況かもしれない。先日もブログで書いたように、中央党とキリスト教民主党は支持率が低迷し、議会での議席獲得に最低でも必要な4%という得票率をクリアするのが難しい。彼らの支持率が伸び悩む理由の一つは、各種政策が連立政権内で共同で決定されるため、第一党である穏健党の意に沿わない政策を打ち立てても、実現の見込みは低く、むしろ連立内の不協和音としてメディアに追求されがちである結果、この2党は独自色を強く打ち出せていないことであろう(これは小政党が連立政権に加わることのジレンマとして一般的に言えることであろう)。結局、有権者にとって、この2党に票を投じる意義が感じられず、それなら穏健党に入れようということになる。
しかし、今こうして穏健党と他の弱小政党との間に政策の違いが見られれば、独自色を際だたせることができ、支持を伸ばして4%というハードルをクリアできるかもしれない。穏健党としても、彼らが生き残って議席を獲得し、連立政権を支えてくれなければ、政権維持の可能性はさらに小さくなってしまうから、むしろ望むところだ。だから、穏健党の戦略としては、選挙戦の期間中、弱小の仲間政党には好き勝手言わせて、自由に泳がせておくことで、彼らに幾らかの票を意図的に持って行かせ、その後、政権を維持できた暁には、自分たちの政策を押し通す、という魂胆なのではなかろうか。
【 減税、減税! の時代は過去のものか 】
いずれにしろ「減税」で支持を集められる時代は終わった。今回の選挙戦では主要政党が社会保障の充実や財政均衡のための増税を打ち出すことで、支持を獲得する戦いになっていくと思われる。(もちろん、歳出削減による財源捻出の話も一方であるだろうが)
穏健党が考えているのは、既に触れた増税案、および歳出削減案で年間70億クローナを捻出すること。これに対し、左派ブロックの社会民主党は所得税などを中心に200億クローナの増税を行っていくと発表している。今のところ、所得課税に関しては高額所得者を対象にした増税が中心のようだが、それだけでは税収の増加は限定的だろう。できれば、現政権が近年行ってきた勤労所得税額控除の一部を撤回してほしいと思うが、中間層の支持を失う可能性もあり、そこまではまだ言及がない。しかし、今後の展開に注目したいと思う。
<過去の関連記事>
2013-12-17: さらなる所得税減税に有権者の過半数が反対、という世論調査結果
2014-02-01: 国政選挙に向けた世論動向と戦略的投票行動
こんな状況だからこそ、今年9月の国政・地方同時選挙に向けた選挙戦では、増税の必要性も含めた政策議論を是非とも展開して欲しいし、その可能性は十分にあると書いた。2010年の国政選挙では社会民主党を中心とする左派ブロックは有権者の支持を失うのが怖く、積極的な増税を打ち出せず、政策論争もつまらないものとなった。それが大きく変わる可能性があると感じた。
【 穏健党の路線変更 】
実際、その期待通りになってきた。これまでは野党である左派政党が減税に反対し、増税を主張してきたが、その流れに与党の第一党である穏健党(保守党)が同調し始めたのである。1月19日(日)の夜の時事ニュース番組において、スタジオでインタビューを受けたアンデシュ・ボリ蔵相は「減税の余地はもうないと思っている。減税はストップだ」と発言。選挙で勝った場合、4年間の新しい任期中にさらなる減税をするつもりはないことを明らかにした。
穏健党は苦渋の選択を強いられたのだろう。本当はもっと減税したい。勤労所得税額控除のさらなる拡大は、昨年の党大会で採択されているので、それを実行したい。しかしこのまま行けば選挙では負ける。世論調査における左派ブロックと右派ブロックの差は10%以上もあり、安定的に推移しているので「もう勝負はついた」と見る専門家も多い。
穏健党が恐れているのは「社会保障を推進する左派ブロック」vs「相変わらず減税を主張する右派ブロック」という構図で選挙戦が進んでいき、守勢に回ってしまうことだ。だから、それを避けるために、「減税はしばらくしない」と宣言する必要があったのだろう。(もう一つの理由は財政の均衡化だが、それについては次回かその次で)
(ちなみに、2006年の選挙では、穏健党を中心とする右派ブロックが仕掛けた「雇用の創出を狙う右派ブロック」vs「福祉漬けを続ける左派ブロック」という構図で選挙戦が進んでいき、政権交代に繋がった)
その後、2月16日の日刊紙のオピニオン欄で同じくボリ財相は現政権のビジョンを提示。「私たちは、労働力の能力向上をこれからも続けていく。そのためにはより多くの知識を提供し、学童には早期のよりよい支援を行い、教育関係者がさらによい仕事ができるように改革を行っていく必要がある。」「そのために必要な財源は、歳出項目の優先順位の再検討や歳出削減、そして、増税を通じて賄っていく」と、ここで増税の可能性も示唆した。
【 そして、増税案へ 】
そして、続く2月20日、穏健党が具体的な増税案を発表した。
・自動車税の増税(ガソリン車:年間200クローナ増、ディーゼル車:500クローナ増)
・酒税、タバコ税の増税
勤労所得税を中心にこれまで減税を続けてきた穏健党とあって、さすがにここで所得税の増税を含めるわけはない。引き上げても反発が限定的で無難なものばかりだ。
穏健党にとって「減税ストップ」を宣言し、増税まで打ち出すことはかなり勇気のいることだ。穏健党のコアの支持者はさらなる減税を望んでいる。一方で、選挙に勝つためには左右のスペクトラムの中間層に位置する有権者の支持を確保する必要がある。だから、両者の間の微妙なバランスをうまく取らなければならない。
そんなジレンマをうまく表現した風刺画を新聞の社説で見つけた。社説のタイトルは「いつもと変わらぬ昔ながらの新しい穏健党」と、これまた秀逸だが、選挙キャンペーンに使う横断幕には本音である「減税」を小さく目立たないように書こうとしている。(ここは「増税」と書いてあっても同じこと)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/93/c37eae7844b0b552499cbaa1d74b85b9.jpg)
【 連立政権内からの反発 】
ところで「減税ストップ」の宣言に対しては、党内だけではなく、穏健党とともに連立政権を構成する他の党からも反発が上がっている。例えば、中央党は中小企業に対する減税措置を公約に掲げており、それを早く実現したいと考えているし、キリスト教民主党も支持層である高齢者の減税を主張している。だから、彼らにとって「減税」という重要な政策手段を連立与党の第一党である穏健党に封じられてしまうと困るわけだ。
一方で、これは穏健党にとってもある意味、都合の良い状況かもしれない。先日もブログで書いたように、中央党とキリスト教民主党は支持率が低迷し、議会での議席獲得に最低でも必要な4%という得票率をクリアするのが難しい。彼らの支持率が伸び悩む理由の一つは、各種政策が連立政権内で共同で決定されるため、第一党である穏健党の意に沿わない政策を打ち立てても、実現の見込みは低く、むしろ連立内の不協和音としてメディアに追求されがちである結果、この2党は独自色を強く打ち出せていないことであろう(これは小政党が連立政権に加わることのジレンマとして一般的に言えることであろう)。結局、有権者にとって、この2党に票を投じる意義が感じられず、それなら穏健党に入れようということになる。
しかし、今こうして穏健党と他の弱小政党との間に政策の違いが見られれば、独自色を際だたせることができ、支持を伸ばして4%というハードルをクリアできるかもしれない。穏健党としても、彼らが生き残って議席を獲得し、連立政権を支えてくれなければ、政権維持の可能性はさらに小さくなってしまうから、むしろ望むところだ。だから、穏健党の戦略としては、選挙戦の期間中、弱小の仲間政党には好き勝手言わせて、自由に泳がせておくことで、彼らに幾らかの票を意図的に持って行かせ、その後、政権を維持できた暁には、自分たちの政策を押し通す、という魂胆なのではなかろうか。
【 減税、減税! の時代は過去のものか 】
いずれにしろ「減税」で支持を集められる時代は終わった。今回の選挙戦では主要政党が社会保障の充実や財政均衡のための増税を打ち出すことで、支持を獲得する戦いになっていくと思われる。(もちろん、歳出削減による財源捻出の話も一方であるだろうが)
穏健党が考えているのは、既に触れた増税案、および歳出削減案で年間70億クローナを捻出すること。これに対し、左派ブロックの社会民主党は所得税などを中心に200億クローナの増税を行っていくと発表している。今のところ、所得課税に関しては高額所得者を対象にした増税が中心のようだが、それだけでは税収の増加は限定的だろう。できれば、現政権が近年行ってきた勤労所得税額控除の一部を撤回してほしいと思うが、中間層の支持を失う可能性もあり、そこまではまだ言及がない。しかし、今後の展開に注目したいと思う。