スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ロシア-ドイツ間の海底パイプライン(2)

2007-11-28 07:46:39 | スウェーデン・その他の政治
プロジェクトに反発する声は、スウェーデンからだけでなく、バルト3国ポーランドからも上がっている。冷戦崩壊以降、ロシアの影響下から必死に脱しようと努力してきたこれらの国々は、ヨーロッパ諸国に対するロシアの影響力が再び強まることを懸念しているのだ。これらの国々は、海底にパイプラインを引くくらいなら、むしろ地上ルートで、つまりバルト3国とポーランドの上を通せばいい、と主張している。ロシアのパイプラインに対する影響力を少しでも持ちたいということだろうか。一方、ロシアがパイプラインを海底に通したい理由のひとつは、まさにこの「他国の影響をなるべく受けない形でガス供給をおこなう」なのだ。(この地上ルート案は、スウェーデン国内の反対派からも主張されている。)

EU内の議論に目を向けると、天然ガスの供給を欲するドイツ・フランスなどの国々と、プロジェクトに反対するバルト3国・ポーランドの間で対立が生じている。EUでまとまった意見形成が困難ということは、国際政治におけるEUの発言力の減少を意味する。この現状を見て、ほくそ笑んでいるのは・・・、そうロシアのプーチン大統領であろう。だから、このプロジェクト自体がプーチンにとっては外交の一つの武器でもありうる。

スウェーデンの現政権の反応はどうか?Carlgren(カールグレン)環境大臣は「この問題に関して、スウェーデン政府は環境影響評価の提出をもとに許可を与えるか否か、の決定権しかもっていない」「環境影響評価が今だ提出されていない段階で、政府として見解を述べるのは望ましくない」としている。

これに対して、野党を始めとする反対派は「環境の観点からベストな選択肢を事業主体が選ぶよう、他の選択肢を含めた慎重な事業計画策定を要求すべき」「この案件は単なる経済事業ではなく、政治的要素も十分に含んできるから、スウェーデン政府はこの案件を国会審議にかけた上で、スウェーデンとしての態度を決めるべき」と反論している。

反対派の指摘によると、スウェーデン政府は環境影響評価を判断し認可決定を下すにあたり、事業者側が環境影響評価を行ったそのルートだけに対して「Yes/No」という判断を下すだけでなく、他の考えられうる選択肢においても同様の評価が行われるよう事業者側に要求することもできる、そして、これはEUの環境影響評価に関する法令に根拠を持つ、と反対声明の中で述べている。

ロシア-ドイツ間の海底パイプライン(1)

2007-11-27 07:33:08 | スウェーデン・その他の政治
ロシアからドイツ天然ガスを輸送するために、バルト海の海底にパイプラインを敷く計画がある。ドイツやフランスを始めとする大陸ヨーロッパ諸国はエネルギー需要を賄うために、ロシアからの潤沢な天然ガスの供給を望んでいる。そのためにロシアとドイツの共同企業体である「Nord Stream(ノード・ストリーム)」がパイプラインを敷き、2010年に完成させる予定なのだ。


写真の出典:Sveriges Radio

バルト海といえば、スウェーデン、フィンランド、ドイツ、バルト3国、ロシアに囲まれた内海だ。計画されているパイプラインはロシアのViborgからドイツのGreifswaldを繋ぐ予定だが、途中、ゴットランド島沖のスウェーデンの経済水域を通過するため、スウェーデンの利害とも絡んでくる。また、いくつもの問題点がスウェーデン国内外で指摘されており、EUを二分した政争にも発展している。

ゴットランド島からのバルト海の眺め

写真の出典:SVT

問題点を挙げてみると、

○ 航路の妨害
敷設予定ルートは、バルト海上の交通量の多い幹線航路を3度も横切る。いくらパイプラインとはいえ、航行中の船舶が緊急時に碇を下ろすことが困難になる、とスウェーデンの海上交通庁(Sjöfartsverket)が指摘している。

○ 漁業区域の妨害
トロール漁をする漁業関係者は、網が引っかかる可能性を懸念。敷設ルートももっと南(デンマークのBarnholm島の南)に変更するよう要請中。

○ 環境汚染の懸念
敷設が予定されている海底には、第二次世界大戦中の機雷や沈没した軍艦の残骸、それに投棄された兵器が数多く存在する。敷設作業に伴い、海底のこれらの物体が巻き上げられることになれば、機雷の触発の危険だけではなく、燃料や化学物質が付近に散乱する恐れがある。(上の地図の“黒斜線”の部分は「機雷の危険がある区域」“赤斜線”「第二時大戦後に兵器(化学兵器を含む)が海上投棄された区域」“緑斜線”「EUのNatura2000に基づく環境保護区」“黄点”「不発弾・不発機雷がある区域」

一番最後の「環境汚染の懸念」に対しては、「Nord Stream(ノード・ストリーム)」は環境影響調査を行っている最中で、この結果を近いうちにスウェーデン政府に提出し、許可を待つことになる。

このプロジェクトには以前から反対の声が上がっていたのだが、今週月曜日に野党3党(社民党・環境党・左党)が「スウェーデン政府はNejというべき」という共同声明を発表している。また、与党議員の一部も野党に同調する動きを見せている。ちなみに、野党3党の共同声明の中で指摘されている主な問題点は「環境汚染の懸念」だが、実際にはそれ以上に大きな問題が背景にありそうだ。

それは
○ 安全保障上の問題
パイプラインが敷設されれば、この経済的資産を保護するために、ロシアの軍艦がスウェーデン近海を頻繁に航行するようになる。これに伴い、スウェーデンの安全保障に大きな影響を与えかねない。

○ ロシアに対するエネルギー依存がさらに拡大することの懸念
EU(そしてNATO)ロシアは常に政治的対立関係にある。次第に独裁化が強まるロシアに対して民主主義と基本的人権を掲げるEUは危機感を抱いているし、ロシアは周辺国に対するかつての覇権を次第にEUやNATOに奪われていくことを懸念している。EUがエネルギーの大部分をロシアに依存してしまうようになると、この先、ロシアがさらにおかしな方向に進んだり、妙な要求をEUや諸外国に突きつけてきたとしても、EUとして断固とした態度が取れなくなってしまう。実際のところ、ロシアが天然資源供給を外交の武器に使った例は、ここ数年いくつかある(対ウクライナの供給差し止めなど)。ロシアの天然ガスを牛耳っているのは国営企業のGazprom(ガスプロム)であり、プーチン大統領の影響力も強い。ちなみに、パイプライン敷設を計画しているNord Streamの株主もGazpromだ。だから、このプロジェクトはEUの安全保障とも関連してくるのだ。

(続く)

SVTのレトロな広告 「Fri television」

2007-11-26 07:40:17 | スウェーデン・その他の社会
ちょっとした小ネタです。

スウェーデンの公共放送(テレビ・ラジオ・教育放送)も日本のように予算の大部分が受信料によって賄われている。テレビを持つ世帯は、見る見ないに関わらず受信料を納めることになっているが、その徴収にはスウェーデンも苦労している。

ともかく、徴収率を上げるためには、「公共放送の意義」と「公共放送運営における受信料の重要さ」を訴えることが重要だというわけで、公共放送の一つSVT(スウェーデン・テレビ)では自分たちの広告を流している。

レトロな感じがとても気に入っているので、紹介します。2バージョンあります。両方ともキャッチフレーズは「SVT. Fri television.」(SVT。独立したテレビ)です。


「Barnreklam är förbjudet i svensk tv. Men TV3 och Kanal 5 är inte svenskt tv. De är engelska kanaler som sänder på svenska. Och då kan man strunta i det förbudet.」
(子供向けの広告は、スウェーデンのテレビでは禁止されている。でも、TV3とチャンネル5はスウェーデンのテレビではない。スウェーデン語で放送しているイギリスのチャンネルなのだ。だから、この禁止事項を無視することができるのだ。 (それに比べて、SVTはスウェーデンの放送であり、民放でもないので、広告に依存せずに放送することができる。でもそのためにはあなたからの受信料が必要、という意味が込められている)

この短いクリップを見ていて何か気がつきませんか? そう、後ろで流れているコーラスが実は日本語なのです。どこかの少年少女合唱団が歌っているのでしょうね。それにしてもよく見つけてきたものだ。「海を越えて~」の部分で、船のアニメが使われているし、「まわるまわるよ~」もアニメに合っているということは、SVTも歌詞をある程度、把握しているのでしょう。もしかして、もとのアニメも日本製かな?

次のはスウェーデンのメディア所有について。

「Expressen, DN, Dagens Industri, SF, Sydsvenska Dagbladet, TV 4 ägs av Bonnier. TV3, TV6, TV8, TV1000, VIASAT, METRO ägs av Stenbeck. E24, Svenska Dagbladet, Aftonbladet ägs av Schibsted. SVT ägs av dig.」
(Expressen, DN, Dagens Industri, SF, Sydsvenska Dagbladet, TV 4はBonnierが所有している。TV3, TV6, TV8, TV1000, VIASAT, METROはStenbeckが所有している。E24, Svenska Dagbladet, AftonbladetはSchibstedが所有している。(でも)SVTの所有者はあなたなのですよ。)

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1番目のクリップについて、ちょっとだけ補足。スウェーデンのテレビ放送は、スウェーデンの国内法が適用されることになっているのだけれど、その規定が厳しすぎることを嫌ったTV3やKanal 5などの民放テレビは、放映の拠点をイギリスに置き、あくまで「イギリスのテレビ」として登録した上で、衛星放送によってスウェーデンに放送を流しているのだ。そうすることで、スウェーデンの国内法の規制を逃れているのだ。(スウェーデン人向けの放送だけで、イギリス人向けの放送はやっていない。)

ここでの規制とは、上のクリップに登場する「子供向け広告の禁止」のほかにはよく知らないけれど、2001年頃までは「一つの番組の途中で広告を流すことの禁止」っていうのもあった。これは視聴者にとっては嬉しいもの。

でも、上記の通り、TV3やKanal 5などは規制を逃れていたし、ちゃんとスウェーデンから放映している民放TV 4も、1時間番組の途中に、数分の別の番組を挟んで、あくまで3つの別々の番組、という形にして広告を入れるという、離れ業を編み出したので、ザル法になってしまい、結局廃止された。

増え続ける温暖化ガス排出

2007-11-23 08:09:34 | スウェーデン・その他の経済
国連の気候変動枠組条約(UNFCCC)の事務局は、今週火曜日、先進国40ヶ国の温暖化ガス排出状況をまとめた報告書を発表した(国の内訳は下のグラフを参照)。現段階で手に入る最新統計は2005年のデータである。

それによると、これら40ヶ国の温暖化ガス排出量は2000年以降、2.6%上昇しているとのこと。下のグラフは1990-2005年の間の排出増加率だが、これを見れば分かるように、特に増加が激しいのはトルコ(74.4%)であり、その後にスペイン(53.3%)、ポルトガル(42.8%)、ギリシャ(26.6%)などの南欧・地中海諸国が続く。(イタリアも12.2%)

国名はスウェーデン語表記だが、だいたい想像がつくと思う。ちょっと変わったものだけ補足。Östrike(オーストリア)、Storbritannien(イギリス・大ブリタニア)、Tyskland(ドイツ)、Ungern(ハンガリー)、Vitryssland(白ロシア・ベラルーシ)

写真の出典:Dagens Nyheter

アメリカ16.3%増であり、排出量でみると世界一の温暖化ガス排出国だ。ただ、この不名誉な世界一の座は、早くも今年2007年には中国に取って代わられるとのこと。アメリカは京都議定書を批准していないが、同様に未批准であるオーストラリアも25.6%と上昇幅が大きい。

日本は6.9%増だ。ちなみに、京都議定書が日本に課している削減率は2008-2012年までに1990年比で6%減らすことである。2004年段階で6.5%増であったから、減少するどころかますます増加していることになる。

EU(EU-15)はどうかというと、国によって大きなバラつきがあるのが分かる。京都議定書ではEU-15カ国全体として1990年比8%減が課せられている。この目標を達成するために、EUは各加盟国の経済・社会条件を考慮して、国ごとに異なる削減目標を課している。(国ごとの目標の詳細を見たい方は、以前の書き込み:EUの温暖化ガス削減(2007-03-09)の黄色のグラフを参照のこと)

この目標を2012年までに達成できる見込みがあるとされているのは、イギリス:-14.8%(-12.5%)、フランス:-1.6%(0%)、ドイツ:-18.4%(-21%)、そしてスウェーデン:-7.3%(+4%)の4カ国だけだという予測がUNFCCCによってされている。(最初の数字は2005年段階の排出量、カッコ内は目標排出(削減)量)

一方、“甘えん坊”の地中海諸国は随分ゆるい削減目標を課してもらったのにも関わらず、それさえ達成できずにいるという情けない状況だ。繰り返しになるが、スペイン:+53.3%(+15%)、ポルトガル:+42.8%(+27%)、ギリシャ:+26.6%(+25%)。経済的に立ち遅れていたアイルランドもゆるい削減目標を課してもらったが、近年の経済成長のためかそれを大きく上回っている。(+26.3%(+13%))

(ちなみにEUの欧州委員会2020年までに20%の削減を掲げたEUエネルギー政策を2007年1月に発表している。)

この様な悲惨な状況にも関わらず、UNFCCCの事務局長Yvo de Boerは「二酸化炭素税や補助金などのような排出価格メカニズムや化石燃料使用からの脱却を可能にする新技術の開発を促進する政策や手段が導入され、それが効果を発揮すれば、京都議定書の批准国は2012年までに11%の排出削減を行うことは可能だ。追加的な政策がさらに導入されれば15%の削減も可能だ」という、ちょっと楽観的(すぎる)コメントも加えている。(各国に対して、ちゃんとした政策を導入せよ、という圧力をかける裏の意味もあるだろうが。)

関連記事
Reuters
AFP

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さて、温暖化ガス削減に関して、スウェーデンはEUの中でも優等生だ。しかし、小さなスウェーデンがいくら頑張ったところで、EU全体、そして世界全体の温暖化ガス排出に与える影響は小さい、との冷めた見方も一方である。

しかし、世界各国がスウェーデンから受け取るべきメッセージはそれでもあると思う。それは、環境対策に力を入れつつも、経済の活力を維持していくことは可能だということ。アメリカ(そして日本、オーストラリア)が温暖化対策に及び腰なのは、それが経済の足を引っ張るのではないか、という恐れがあるためだろう(それから石油業界との利権も)。しかし、温暖化対策と経済の負の関係が必ずしも成り立つわけではないことを、スウェーデンの例から学ぶできであろう。

フランス : 公務員も一斉スト

2007-11-21 08:26:48 | コラム
フランスは大混乱。いまだにストライキを行っている公共交通職員に加えて、教師、医療関係者、郵便、税務署、社会保険庁、空港職員などの70万人に及ぶ公務員が24時間ストを決行した。
これは明らかに「政治的スト」だ。(二つ前の記事参照)

この24時間ストの抗議の対象は、サルコジ大統領の提案している歳出削減策だ。具体的には、

・公務員の削減(来年23000人減、その半分が教育部門)
・公務員の退職年齢の引き上げ
・労働時間の延長(現在、週35時間)
・裁判所の統合
・大学改革


写真の出典:Dagens Nyheter

前の記事で、スウェーデンでストライキが比較的ストライキが少ないのは、(i)「不争議の義務」があること、そして、(ii) 政治的ストが認められているとはいえ、労働裁判所の判断によると、使用者(企業)の「使用者側の経営に大きな支障を与えない範囲内で」(例えば、数時間)という制限つきであること、の2つの点を挙げた。

ただ今思うのは、もう一つ、(iii) ストライキを政治目的達成のための手段と見る文化がスウェーデンではあまりない、という点も重要なのではないか?ということ。91~94年は右派連立が政権を握り、いくつかの民営化や福祉の(若干)削減を行った。そして、その後に政権を奪還した社民党も基本的にはそれまでの政権と似た路線を踏襲した。しかし、そのような政策に抗議する「政治的スト」はほとんど起きなかったし、以前のグラフから分かるように、ストライキ自体の数も90年代以降、激減している。

これは私の推測に過ぎないのだけれど、スウェーデンでは政策決定の準備段階でレミス(remiss)と呼ばれる公聴過程を政府が経る習慣があるために、この過程で各労働組合や業界団体、その他、利益団体、NPO、公共機関が提案された改革に対して意見を述べる機会がある。その上、このレミスの段階では、改革案が一般にも公開されるため、メディア上で大きな議論となることが多い。だから、こういう過程を経る中で、改革案の修正が行われたり、意見を対立させる者の間で何らかのコンセンサスが生まれたり、世論にもそれを受け入れざるを得ないという雰囲気が形成されていくのかもしれない。国民の間にある程度の「納得」が生じる、といえるのかもしれない(Maさんからの指摘、ありがとう)。もしくは「コミットメント」という言葉で表現できるかもしれない (もちろん、完全な合意は無理だが) このような事前の段階における幅広いコミットメントが国民の潜在的な不満を軽減し、ストライキの必要性を抑制しているのかもしれない。

ともかく、ストライキは経済や社会全体にとってマイナスだ。組合がストライキに踏み切る以前に、対立する両者がもっと歩み寄れる意思決定システムを生み出すことができたら、それがベストなのだろうが・・・。

リアルタイムのウェブカメラ

2007-11-20 04:49:54 | コラム
ストックホルムの町のライブ映像を見たい方は下をどうぞ。カメラからの映像がリアルタイムで毎秒更新されます。(この記事を書いている今は夜なので、どれも暗いんですが、明日の明るいときに写真を入れ替えますね)


Stureplan(左)、Sergels Torg(右)

Slussenからの風景(した2つも)


カメラを設置しているのは、ホテルや展望タワーの所有者など。そのカメラからの映像を一括して流しているのが、このwebbkameror.seなのだ。

スウェーデンで監視カメラを設置するためには、通常、プライバシー保護のために、設置前に事前に県行政から許可を受ける必要がある。しかも、カメラが設置する場所には、カメラで監視されていることを通行人に知らせるために「監視カメラ設置区域」の表示板を掲示しなければならないことになっている。

ただ、上のカメラのように、遠距離からの撮影であり、そこに映る人が特定されないような場合であれば許可は要らないようだ。

しかし、県行政のほうは、最初の二つのカメラは個人を特定する恐れがあるとのことで、撤去を要請しているとか。ホームページの管理人は「目的は個人の監視ではなく、街の雰囲気や天気を伝えること。ネット上でスウェーデン各地を覗いて、旅した気分を提供できたら、と思って作った」と話している。

県行政が問題を指摘してから1ヶ月が経つけど、いまだリアルタイムで流しているということは、もしかしたら見逃してもらえたのかも。

上のホームページでは、ストックホルムのほかにも他の町や道路の様子も見ることができます。

政治的ストライキについて

2007-11-19 07:51:54 | スウェーデン・その他の政治
前回の①について
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フランスで起きている公共交通のストライキは、政府の公務員年金改革に対する抗議が目的だという。通常、ストライキというと、賃金水準や勤務条件に関して労使間で行われる団体交渉が決裂した場合に、組合側が使用者(企業)に自分たちの要求を飲ませるべく行う行為だ。一方、今回のフランスのストは、政府に要求を突きつけている、という点で、通常のストとはちょっと異なるのではないかと思う。(問題となっている年金改革が、公共交通の職員の労働に直接関わることであり、また、公共交通の場合の使用者(企業)とは最終的には政府になることを認めたとしても。)

スウェーデンでは、政治的目的による抗議行動・デモ行動としてのスト行為は「政治的スト(politisk strejk)」とよび、労使間の通常のストとは分けて考えられる。後述するように、スウェーデンでは「政治的スト」はほとんど無い。

「政治的スト」のイメージを分かりやすくするために、例を挙げるとすれば、例えば、政府が福祉政策の大規模削減を提案したり、その他、自分たちの労働生活に関わる大きな政策変更を提案したりしている時に、抗議の意を込めて各組合が一斉スト(ゼネスト)を行う場合などだ。抗議の対象が「ある国との特定の条約締結」とかでもいいのだが、自分たちの労働生活と直接的な関係がない事柄に対して組合を総動員するのは難しいかもしれない。

スウェーデンで過去に起きた代表的な「政治的スト」には次のようなものがある。数はあまり多くない。
・1902年、普通選挙権を求めた大規模なゼネスト
・1928年、労使間団体交渉に関する規定を国が法制化しようとしたのに抗議したゼネスト
・1981年、繊維・衣料品産業に関する国の政策に抗議(繊維・衣料品産業系の組合)

スウェーデンでは「不争議の義務」があり、一度結ばれた協定の発効期間中はその協定の内容の変更を求めたストは行えない、と書いた。では、この「政治スト」も不争議の対象になるのか?

実は「不争議の義務」を規定している『共同決定法(Medbestämmandelagen)』(前回の記事を参照)は、使用者(企業)と労働者の関係を規定しているだけなので、第三者に抗議する意味での「政治的スト」をしてはいけない、とは書かかれていない。だから、それを逆手にとって、規定が無いのならやってもいい、という解釈もできる。

また、ここ十数年間にいくつか労働裁判所の判断が下されており、それによると「使用者側の経営に大きな支障を与えない範囲内であればいい」とされている。

2000年代に入ってから、欧州委員会による「港湾サービス自由化」のEU指令案に抗議するために、港湾労働者の組合がヨーロッパ一斉ストを数回にわたって行ったが、スウェーデンでは1回につきたったの約4時間程度だった。それ以上になると、上記の労働裁判所の判断に抵触すると考えられたためだ(他方、ヨーロッパの他の国では48時間も続き、機動隊と衝突する事態になった所もあるとか)。2003年には、ストックホルム地下鉄の労働者の一部を組織するシンディカリスト組合(SAC)が、ヨーロッパにおける鉄道と公共交通の規制緩和と民営化に抗議するために、政治的ストライキを行ったたが、この時は24時間に留まった。(それでも使用者側は長すぎると抗議したが、労働裁判所は判断を避けた)

以上から分かるように、スウェーデンでは労働組合が「政治的スト」を行う権利を持つと解釈されるものの、合法的だとされるのは数時間か、せいぜい24時間に過ぎない。しかも、政治的ストがもたらす直接的な効果もよく分からない。使用者(企業)とは直接関係ないことに彼らを巻き込むだけだと言えるかもしれない。だから、このような目的で多くの人に賛同してもらうのは今後も無理のような気がする。

実際、社会保障政策の削減が政治問題となった1990年代以降、先ほどのシンディカリスト組合などは、抗議のための一斉ストをLOなどに呼びかけたものの、誰も賛同しなかった。(一方、LOなど大手の組合は、普通のデモンストレーションという形での抗議は行う。)


(注) 「不争議の義務」には2つの例外があり、その1つによると、他の業種・組合に対する支援ストは認められている。この例外を利用して、国外の組合に同調するという形での政治的ストの例もあるが、話が複雑になるので省略した。

ストライキの頻度 と 「不争議の義務」

2007-11-17 09:44:20 | スウェーデン・その他の経済
フランスの公共交通で大規模なストライキが起きている。金曜日で2日目に突入した。サルコジ大統領の掲げる公務員年金改革に対する抗議が目的だ。電車や機関車の運転手など一部の職種は重労働であるという理由で、これまでは退職年齢が早い人で50歳だったのだが、年金財政を圧迫する(年間50億ユーロ)ために、年金改革案では退職年齢の引き上げが提案されているのだ。

労働争議やストライキは、労働組合の力が比較的強いヨーロッパではよく見られる。スウェーデンでも最近ではSAS(スカンディナヴィア航空)による大規模なストが2007年5月に起きたのが記憶に新しい。しかし、現在続いているフランスの大規模ストの映像を見ながら思ったのは、次の2点。

① 今回のフランスのストライキは政治的目的による抗議行動やデモ行動としてのスト行為であり、スウェーデンで通常起こるような賃金や勤務条件改善のためのストとは種類が異なる。

② スウェーデンのストライキの頻度は歴史的に見ると若干の波があるが、それでも国際的に見ると少ないほう。その一つの理由は「不争議の義務」規定の存在ではないかと思う。(他の国にも似たような規定があるのだろうか?)

まず、②から。

スウェーデンでは、労使間の団体交渉によって業界ごとに賃金水準や勤務条件(勤務時間、年休、シフト編成、解雇手順など)、そして交渉そのものの手続きの規定などが取り決めら、それが一定期間(現在は多くの場合3~4年間)効力を持つ。そして、この中では「不争議の義務(fredsplikt)」が規定されているのだ。「不争議の義務」とは、つまり、既に結ばれた団体交渉協定が発効している期間中は、その内容の変更を要求するためのスト行為(企業側の場合はロックアウト)は労使双方が行わない、ということだ。だから、団体交渉協定の期限が来て、新たな協定を結ぶときには、賃金水準や勤務条件を巡って大きな争いが生じるものの、双方が合意に至り、協定が結ばれた後は、基本的にストは起きないのだ。スウェーデンでは協定はどこの業界もたいてい3~4年間の期間発効するから、団体交渉も3~4年ごと。従って、3~4年ごとにストが散発する。1995年と2003年には地方公務員の組合が大規模なストをそれぞれ1ヶ月前後展開した。2007年はSASのストが記憶に新しいし、新聞・出版関係でも小規模のストがあった。(小売・流通部門でのストは回避された)

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そもそも、産業化が進行した19世紀終わりから20世紀始め、そして戦間期にかけて、スウェーデンではストライキが頻発した。大きなものでは1909年のゼネストや、1931年のストに対して軍隊が発砲して死者が出た事件が有名だ。

しかし、この混乱した労働市場に何らかのルールを作るべきだという考えから、1938年に使用者団体(SAF)ブルーカラー労組(LO)の間で協定が結ばれる。「サルトショーバーデンの協定(Saltsjöbadsavtalet)」と呼ばれ、その後のスウェーデンの労働市場を形作った大きな出来事だ。ここでは、賃金や勤務条件など労働市場に関する規定や問題解決は、労使が相互理解と協力(コーポラティズム)に基づいて自主管理により処理し、政府の介入は極力防ぐということが基本となった。そして、この中で、ストを起こせる条件やその手続き、そしてこの「不争議の義務(fredsplikt)」も盛り込まれ、それがスウェーデン国内の労使双方を規定することになった。

その直後は、第二時世界大戦が始まったことと関連してストは増えたものの、戦後期は70年代初めまで穏やかな時代が続いた。しかし、70年代から80年代にかけてストが急増する。とりわけ、労使間協定を無視した「規約違反のスト」が目立った。

そのため、労使双方による自主管理に基づく労働市場運営もこの頃から若干、国の立法が介入を始め、労働に関する立法が70年代にいくつか行われた(ただし、その多くは労使が守るべき規定の大枠を決めただけ)。「不争議の義務」は、職場の意思決定における労使相互のコンセンサスを定めた「共同決定法(Medbestämmandelagen)」に取り込まれている。

1980年代は新自由主義vs労働組合のイデオロギーの対立もあって、ストの数も高止まりする。しかし、面白いことに1990年以降は激減して、現在に至っているのが分かる。

黄は協定に反したスト、紫は協定に沿ったスト


(続く・・・)

友好姉妹提携!?

2007-11-13 07:53:19 | コラム
旧ユーゴスラヴィアの人の苗字は、「ヴィッチ」(vić)で終わることが多い。例えば、イブラヒモヴィッチ(Ibrahimović)(スウェーデンのサッカー選手)やミロシェヴィッチ(Milošević)(セルビア共和国の元大統領)など。

ところで先日、ものすごい「ヴィッチ」さんを発見した。(“ビ”ではないので。念のため)

クロアチア共和国の外務大臣(および欧州統合大臣)。
その名も「鬼太郎ヴィッチ」

Kolinda Grabar-Kitarović



鬼太郎を生み出した水木しげるの故郷は、鳥取県境港市鬼太郎ロードを中心にした町おこしが盛んだ。

境港市も今のうちにクロアチアとも友好姉妹都市(国?)提携を結んでおかなくては!




鳥取県境港市


P.S. ホントはもっと真面目なことを書きたかったのだけど、時間が無くてゴメンナサイ・・・。その代わり、とっておきの秘蔵ネタでした。

フィンランドの悲劇 : 後記

2007-11-11 23:36:04 | コラム
フィンランドの高校の無差別殺人について取り上げたところ、アクセス数が3割ほど増えました。他のブログやHPのリンク集からリンクが張られたためです。いろんな人が関心を持っていた内容を紹介できたのは嬉しいことです。

リンクがある元サイトの中には、紹介文やコメントも書かれていました。

・18歳…老けてるね…
・こういう話だったのか…。うーん…どう考えるといいんだろう。銃が手に入る国では他人を殺し、手に入らない国では自分を殺す…。

これらはまぁ、いいとしても、下のコメントにはちょっとゾッとします。

・ラジオさん的にはすばらしい事件だろうなあ
・まあ、銃が手に入っていたら、やってましたね、高校生の時に。
・学校は銃を乱射したくなる場所だよ、そういうものだ。
・事件はもちろん許されないことだが(ええ、建前ですよ)、こうしたメッセージをきちんと残しておいた犯人にはある種の感動を覚えずにはいられない。

現実味に欠け、ここまで冷めたコメントがよく書けるものだ、と驚きます。特に最後のコメントなんか、「事件はもちろん許されないこと」だと書くのは建前に過ぎないのらしい。ということは本音は・・・?

まぁ、半分冗談で「なーんちゃって」で済ますつもりなのだろうけど、この手の(日本的?)“軽い”雰囲気、というか、何でも冗談で済まそうとする風潮には私はどうもついていけません。それは私が「×ちゃんねる」文化に染まれなかったせい? ブラックジョークというのは日本以外にももちろんあるけれど、人の生死までジョークにしてしまっては、「命の価値やかけがえの無さ」「生きているということの尊さ」が自然とないがしろにされてしまうような気がします。

犯人の心理状態の分析として、「彼はフィクションと現実の違いがつかなくなっていた」という指摘が一般的になされています。その通りだと思います。一方で、このような冷めたコメントが平気で書けてしまい、しかもそれが異常なことだと思われず、普通に流されてしまう社会も、まさにフィクションと現実の違いがつかくなってしまった、と言えるのではないでしょうか。(上のコメントを書いた人自身を批判するつもりはありません)

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ところで・・・、

「教育システムがとても素晴らしい」と(特に)日本で評価されているフィンランドであっただけに、教育関係者にとっての衝撃もなおさら大きかったようです。これまでの絶大な評価の反動として、フィンランドに対する評価を問い直す動きも今後出てくるかもしれません。しかし、もっと冷静になるべきではないかと思います。

前回「フィンランドの教育制度が国際学力比較でトップなのに、今回の凶悪犯罪が起こってしまったのは何故か?という問題提起の仕方は的を射ていない」と書きましたが、そのことについてもう少し説明を加えます。

日本ではとかく白黒論が多く、固定観念に基づいた紹介のされ方が目立ちます。ある一つのこと(ここではフィンランドの教育制度)が日本でもてはやされると、「フィンランドの教育は素晴らしい」「フィンランドは素晴らしく、日本にあるような問題はないに違いない」という期待が蔓延し、少しでもその期待から外れる出来事があると「やっぱりフィンランドも大したことないんだ。問題だらけなんだ。」というような落胆に変わり、けなされがちです。 環境政策や福祉政策に関して、スウェーデンが取り上げられる時も同様にイメージ先行が目立ちます。

これは以前にもブログに書いたことですが、そんなパラダイスのような国はなく、どこの国も様々な(そして基本的に同じような)問題を抱えている、という前提に立ってモノを考えるべきだと思います。その上で、その問題に対してそれぞれの国なりシステムがどのように対処しようとしているのか? を分析すべきではないでしょうか。そして、それでもフィンランドのシステムの中に優れている点があれば、その点を評価すべきだと思うのです。これは単にメディアだけの責任ではなく、大学研究者にもかなり大きな責任があると思います。

今回の事件に関しては「あれだけ評判の高いフィンランドであったのに」という視点からモノを考えるのではなく、どこの国でも起き得た普遍的な問題と考え、それに対処できなかった理由はなにか?という点を分析するべきでしょう。そしてもし、フィンランドの教育自体に構造的な問題があったり、日本で高く評価されてきた部分(学力促進政策?)の裏側で心のケアが犠牲になっていたとするならば、そのときに初めて、これまでの評価を見直さなければならない、ということになるでしょう。

そういう意味で、今回の事件は、まずはこれまでの評価とは切り離して考えるべきだと思います。

フィンランドの悲劇

2007-11-09 04:13:33 | コラム
首都ヘルシンキ郊外のヨケラ中高校で、拳銃を持った18歳の男子生徒が校長を含む8人を射殺するという悲劇が起きた。生徒本人も現場で自殺を図り、その後、病院で息を引き取った。

写真の出典:Aftonbladet

日本のメディアでも若干伝えられているようなので、下にリンクを貼っておきます。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071107i117.htm
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071108i205.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071108/erp0711082336011-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071108/erp0711080909006-n1.htm

ただ、事件の瞬間の模様までは、あまり伝えられていないかもしれないので、ここにちょっと紹介してみます。

13歳の女子生徒(スウェーデン・ラジオのインタビュー:音声(スウェーデン語・インタビューは英語)
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スウェーデン語の授業の最中だった。校内放送が流れ、校長から「みな外に出ず、教室内に入るように」との指示があった。教師も含め皆、火災か何かの訓練かと思った。数分後、同じ学校の高校生が泣きながら教室に駆け込んできて「何人かが射撃された。銃を持った男の子がトイレから出てくるのを見た」と伝えた。このときになって、何か只ならぬ事態が起きていることを知った。10分後に警察から教師に電話が入り「電気を消し、教室の鍵を閉め、生徒は机の下にもぐるように」との指示があった。暗い教室の中で、我々は音を立てずに息を殺してじっと待った。40分ほど経った頃に、教室のドアをノックする音が聞こえた。警官だった。彼は「今だ! 窓から外に逃げろ! 可能な限りのスピードで走れ!」と叫んだ。そして、窓から死に物狂いで脱出し、我々は隣接する小学校に逃げ込んだ。とにかく怖かった。というのも、銃を持った男の子がどこにいるのか、誰にも見当がつかなかったのだから。もしかしたら彼がすぐそこまで来ているかもしれない。今にも、教室に飛び込んできて、我々に向かって銃を発射するかもしれない。こんなところで死ぬことになったらどうしよう。そんな考えが頭をよぎった。
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中学部の教師の話(スウェーデン・ラジオのインタビュー:音声(スウェーデン語)
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13歳、14歳の生徒に授業をしている最中だった。校内放送で校長が「教室に鍵をかけろ」と言った。しかし、理由は何も言わなかった。教室に鍵をかけ、自分は廊下に出て教室のすぐ外に立っていた。何が起きているのか様子を見たかったからだ。どうも様子がおかしいので、中学棟と高校棟の間のドアを閉めようとした。しかし、それは非常口だったので、鍵をかけることはできなかった。そうこうするうち、高校棟のほうから生徒が数人走って逃げてきて、開いている教室に隠れようとしていた。その後、例の男子学生がやってきた。銃口が私のほうに向けられたので、驚いて階下に走って逃げた。校舎から校庭に出たところに、死体が横たわっていた。校長だった。校庭に走り出て、自分の教室の下に行くと、生徒たちが窓際に見えた。彼らに向かって「窓から脱出しろ!」と叫んだ。しかし、生徒らは勘違いし、ドアから逃げようと、ドアを開けてしまったのだ。すると、男子学生が入ってきた。「革命が始まった! 教室の中のものをぶち壊せ!」と叫んだ。生徒らはそれに従った。男子学生はピストルでテレビを撃つと、廊下に出て行ってしまった。教室の生徒たちは大急ぎで窓から脱出した。男子生徒が教室に入ってきてから、たった15秒ほどの出来事だった。
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おそらくその教室にいたと思われる女子生徒の話(SVTのインタビュー:動画(スウェーデン語・フィンランド語)
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誰かが教室のドアを開けてみた。そこには男子学生が立っており、こちらの教室に向かって走り出したところだった。私たちはすぐにドアを閉めたものの鍵をかけることはできなかった。私たちはみな、教室の隅に寄り添うように集まった。彼がドアを開け、教室に入ってきた。彼は立ち止まり、TVに向かって銃を撃ち、机の上にあったボトルも撃った。彼は自分の射的の腕前に満足の様子だった。彼は私たちを怯えさせたかったのだ。その後、教室にいた生徒に向かって「教室をぶち壊せ! これは革命だ!」と叫んだのだった。私は恐怖を感じた。しかし、よく見ることができなかった。みんな教室の隅に寄り集まっていたのだから。彼が行った後、一斉に小さな窓から脱出した。
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別の生徒のインタビュー(Aftonbladetの記事)
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教室の扉に鍵をかけ、クラスメイトは机の下にもぐりこんでいた。すると、廊下から誰かがノックして来た。我々は答えなかった。再びノックが聞こえた。みんな沈黙を保った。ノックをした人間は無理にでも扉をこじ開けようと、必死に叩いていたが、そのうち諦め、廊下を歩いて行った。数十分後、再びノックが聞こえた。今度は警察だった。
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報道によると、最初の銃撃は11時40分頃。校内放送は11時45分頃。11時55分頃から警察がが現場に到着を始め、重武装の警察官と特殊部隊(SWAT相当)も駆けつけた。そして、学校を包囲。男子生徒に投降を呼びかけるが、男子生徒は警官に向けて発砲する。警察にけが人はなし。

彼は、学校の廊下を歩きながら次々と教室のドアをノックし、その後、生徒に向けて無差別に銃を発射したという。射殺されたのは、5人の男子生徒と1人の女子生徒、女性校長、そして、学校の看護婦だった。その他、銃弾により1人が負傷。10人以上が脱出の際に割れたガラスで怪我をした。最後に銃声が聞こえたのは12時04分頃。犯人はトイレで一人孤独に自殺を図ったとされる。警察が彼を発見したのは14時頃だとも16時頃だとも言われる。他にも共犯者がいる可能性もあったため、警察が安全宣言を発したのは午後4時頃だった。数時間も教室内に閉じこもっていた生徒もいたらしい。

後の現場検証で、犯人が400近くの弾丸を用意しており、そのうち69発を発射したことが分かった。

(この一部始終を聞いて、マンガの『寄生獣』を思い出してしまった。)

Youtube動画を使って犯行声明を発しているところなども、アメリカ・バージニア工科大学の乱射事件とよく似ているようだ。

Yuotubeの動画は既に消去されているものの、以下のタブロイド紙のTVクリップで若干見ることができる。
http://wwwc.aftonbladet.se/atv2/popup_wmp.html?id=categories/Nyheter/0711/8044&category=nyheter&commercial=yes

学校の構造と犯人の足取り
http://gfx.aftonbladet.se/multimedia/archive/00451/skolmassakern_451396w.jpg

廊下で犯人に遭遇するも、命からがら逃げ出してきた教師のインタビュー(英語)
http://www.aftonbladet.se/atv2/init.html?id=categories/Nyheter/0711/8047&category=nyheter&commercial=yes

現場の写真
http://www.aftonbladet.se/nyheter/article1192835.ab?service=galleryFlash

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フィンランドといえば、学力の国際比較(PISA)でトップであり、教育の質の高さが評価されていただけに、衝撃を与える事件となった。しかし、いくら国平均としてはトップレベルであろうと、思春期の成長過程でアイデンティティーの確立に失敗し、自分が「社会から疎外されている」と感じてしまう人がいても不思議なことではない。同様の事件はどこの国でも起こりうることだと思う。だから「フィンランドの教育制度が国際学力比較でトップなのに、今回の凶悪犯罪が起こってしまったのは何故か?」という問題提起の仕方は的を射ていないように私は思う。

彼は友達がほとんどいなかったという。一方、歴史や思想に小さいときから目覚め、極右や極左の思想に惹かれ、ヒトラーとスターリンを好んでいたらしい。自分を理解してくれない周囲の人間、さらには社会全体に対する憎しみを増幅させていき、一方で、「自分は選ばれた超人である」と思い込んでいく。アメリカのバージニアの事件やコロンバインの高校の悲劇もそうだし、昨年ロンドンで起きた地下鉄爆破テロの犯人も同じような心理状況に置かれていたようだ。以前の記事:テロの背景・疎外感と自己喪失感(2005-08-10)

だから日本でもスウェーデンでも潜在的な危険性は十分にありうる。たまたまフィンランドでは銃の所有が容易だったことが、彼を犯行へと走らせる一つの誘因になったのだろう。日本やスウェーデンでも武器さえ手に入れば、同様の事件が起きてもおかしくない。

フィンランドでは武器所有の規制が議論されているが、それと同じくらい重要なのは、いかにして精神的に病んだ生徒を早い段階で見つけて、手を差し伸べてやるか、ということだろう。ラジオで心理カウンセラーに対するインタビューを聞いたが、「女の子は自分の抱えている問題を周りの人間に訴えたり、助けを求めたりするのが比較的たやすいのに対し、男の子は抱え込んでしまって外に出さず、周りの人間も異常になかなか気がつかないケースが多い」とのことだ。

ちなみに、日本であれば、この様な事件のあとには「だから刑の厳格化と死刑制度が必要なのだ!」という声が聞こえるだろうが、スウェーデンでもフィンランドでもそのような声はほとんど聞かれない。そこまで思いつめ、自らも死ぬ覚悟ができている人間に対して、何の抑止力にもならないことが明らかであるからだと思う。

Allhelgona と Minneslund

2007-11-07 06:42:14 | スウェーデン・その他の社会
10月の最初の土曜日はAlla helgons dag(諸聖人の日)AllhelgonadagenともAllhelgona(11月1日)とも呼ばれる。(細かな違いについてはコメント欄に頂いたコメント参照) キリスト教では、中小様々な聖人を祀る日らしい。しかし、キリスト教が伝播する以前、ケルト人たちにとっては亡き先祖を祀る日でもあった。このケルト人たちの伝統が、キリスト教化したゲルマン人に取り入れられる形で融合し、今日のスウェーデンでは先祖を祀る日として知られている。(アメリカでは同時期にハロウィーンがあるが、これもこのケルト人の伝統が起源だとのこと)

死者の魂は、夏の終わりと冬の始まりの間に、再び家へ戻ってくると考えられた。家へ無事たどり着くためには道しるべが必要であり、そのために松明やろうそくを燃やす伝統があったという。今でも、お墓にろうそくをともしたり、花やモミの枝飾りでお墓を飾り立てて先祖を祀る。だから、この土曜日に墓地を訪れると、辺りは一面、ろうそくの火で一杯になっているのだ。日本のお盆と通じるところがあるかもしれない。
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私が訪れたヨーテボリ市内の大きな墓地も、一面にろうそくの火が見渡せた。訪れる人の数も多かった。その巨大な墓地の一角に、ひときわ明るい場所があった。誰か個人の墓ではなく、墓石もない。しかし、たくさんの花飾りやろうそくで埋め尽くされていたのだ。

クリックすれば写真が大きくなります

実はこれは「Minneslund(ミンネスルンド)」だった。「Minneslund」とは「無名墓地」とか「集団墓地」と訳されるのだろうか? 普通の墓のように骨壷を埋め(もしくは土葬をし)自分や一家の墓石を建てるのではなく、火葬の後、墓地の一角の決められた場所に他の人と骨と一緒に納骨、または散骨する。個人としての墓石は建てないし、納骨・散骨の際には身寄りの立会いは禁止されているので、特定の個人の骨がどこに埋まっているのかは分からない。その人の死後、家族は「Minneslund」に設けられた共同の祭壇や墓標に対してお墓参りをすることになる。そのため無名(anonymous)であり、集団(collective)の墓地なのだ。
「minne」とは“記憶”であり、「lund」とは“茂み・林”の意(おそらく“大勢の霊の集まり”という意味で)。よって、「記憶の茂み」とか「追憶の茂み」と訳したら雰囲気が出るだろうか?)

亡き人と、その人を敬う人との間の個人的な関係は薄れる。一方で、見知らぬ大勢の人の霊とともに祀られるので、いつまで経っても見捨てられることはない、と考えることもできる。「Minneslund」はその墓地を管理する教会や市が、責任を持って手入れしてくれる。そのため、人によっては、自分の死後にわざわざ墓石を建てて、自分の身寄りに定期的に手入れをしてもらう煩わしさを嫌ったり、長い歳月の後、放置されてしまうことを心配したりする理由で、「Minneslund」への納骨・散骨を選ぶ人もいる。または、他人と連帯・共同、すべての人の平等性という点に着目して、ここを選ぶ人もいる。生前の段階で、自分の身にもしものことがあったらどのように葬儀をして欲しいか、臓器移植の可能性なども含めて意思表示をしておくのだ。

タイプはその墓地によって様々のようだ。骨壷に入れたまま納骨するところもあるし、地表下に散骨するところもある。また、そのMinneslundに祀られている人々の名前を石碑に刻銘しているところもある。

山や海などの自然に散骨する自然葬と、個人としての墓石を建てる一般的なお墓の中間と言えるだろうか?

いつもお世話になっている東京のKyotonC先生によると、スウェーデン(北欧?)ならではの珍しい墓地だとのこと。

自らの失敗にめげない強さ!

2007-11-05 06:22:32 | コラム
テレビの生放送中にはハプニングが付き物だが、カメラの前で吐いてしまったのはスウェーデンではこの人が初めてかもしれない。別に、早食い競争の番組でも何でもない。電話による視聴者相手のクイズ番組の最中の話。司会者は無名の女性。ある男性が電話で答えを言おうとしている時のこと。

(下の動画は音が出ます。ちょっと音量を下げたほうがいいかも)



10数秒間、沈黙が流れる。電話をかけてきた男性も多分あっけに取られていたに違いない!

彼女を立派だと思うのは、画面から消えてわずか10数秒で再びカメラの前に現れ、番組を続けているところ。もちろん本人は顔から火が出るほど恥ずかしい! でも、ハプニングを克服するためには、自分からカメラの前に出て行かなければならない、とっさにそう判断したのか・・・? 彼女のアドリブには感服。(それにしても、テレビ局のスタッフよ、もっと助けてあげようよ!)

再び戻ってきた直後、彼女は開き直ってこう言っている。「これだけは言わせて!今日は生理痛なんだ。これは生放送なので、どんなハプニングも起こりうるんだ。でも、これだけは弁解させて! 生理痛なので気分が悪くなることだってあるんだ。・・・」

9月下旬の出来事だった。深夜の視聴率の一番低い時間帯の番組なので、実際に見た人は少なかった。でも誰かがYoutubeにアップした途端、たちまち広まって、彼女は今や世界的に有名人。10月のある週ではYoutubeで人が最も見た動画だった、とか言う噂も。

その後、あるトークショーにも登場し、事後談を語っている。「有名人になったことで、他の番組や局からいろんなオファーはなかったか?」と訊かれ、「まだ、ない。でもこれから来てくれたらいいな。」と答えている。そしたら、「あれは実は一躍有名になるため綿密な計算(PRトリック)だった、って噂もあるよ」と横の人が言っているが、「そんなことはない」と否定した上で、「あの番組の後、テレビに再び出ることもためらったほど。Youtubeにアップされないことを願った。」と答えている。


(1回目の嘔吐の数分後、実は、スタジオ内のその悪臭もあって、再び気分を催して嘔吐。しかし、その時はうまく画面の外に出ることができたらしい。)

あのハプニングがなければ、トークショーに出るチャンスもなく、雑誌や新聞に取り上げられることもなく、無名の人で終わっていたかもしれない。恥ずかしい失敗を、自分にとってのプラスに見事変えたEva Nazemsonに万歳!

(それにしても、こんな小さなクリップにも英訳をつける人がいるのもスゴイ。)

開かれた外交の一例 「public diplomacy」

2007-11-03 20:10:22 | コラム
外国に置かれる大使館は、国同士の外交の窓口であり、そこへ派遣される大使はその国において本国を代表する、とされる。しかし、その国の首脳や省庁の関係者とのやり取りはあっても、なかなか一般市民とのつながりは薄い。日本でも六本木にあるスウェーデン大使館の大使が誰か、なんて知っている人はなかなかいない。

ところが、在エストニア(バルト3国の一番北の国)のスウェーデン大使館の大使が、一風変わったところに登場し、エストニアで注目を浴びているという。
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スウェーデンで1年近く前に「Let's dance」というテレビ番組をやっていた。これは、社交ダンスの経験のない有名人・芸能人がプロのダンサーとペアを組み、番組上で競い合うというもの。10組のペアが参加し、毎週1組ずつ脱落していき、最後に残ったペアが優勝。審査には、プロの審査員の評価のほか、一般視聴者が電話でも投票できる。(番組のコンセプトはイギリスBBCのStrictly Come Dancingがもとだとか)

エストニアでも、同じコンセプトでエストニア版「Let's dance (Tantsud tähtedega)」が企画され、出演者の候補の一人にスウェーデンの在エストニア大使Dag Harteliusの名が上がった。各国の大使の中でも珍しくエストニア語ができることが知られていたためだ。

最初は躊躇したスウェーデンの大使であったが、番組の収益の一部が、障害を持つ子供のための活動に使われることを知り、「エストニア社会に貢献できれば」という思いから、OKを出した(ラジオのインタビューより)。

大使の仕事の合間を縫って、練習すること週に7~8時間。そして、生のテレビに登場することになった。タンゴを踊り、他の出演者以上に注目を浴びたという。審査員の評価はいまいちだったが、電話投票による視聴者の評価は高かった。テレビ中継で司会者に「あなたの人気がこんなに高いのはなぜでしょう・・・?」と聞かれた大使は「私にとってダンス習得がいかに苦難の道であったかを、彼らが理解してくれたためでしょう」と笑いながら答えた。

写真の出典(左):Dagens Nyheter
写真の出典(右):番組関連のサイト

エストニア人の3分の1が見ているほど、視聴率の高い番組。彼はすでに何回かの出演をこなしたが、既に番組以外での注目も高くなっている。テレビのインタビューや新聞・雑誌の取材に追われる日々だという。

大使という大衆メディアとはあまり関係のない職でありながら、なぜこの様な注目を浴びることになったのか? 「まず、エストニア語ができることが評価されたのでしょう。エストニア語ができる外国人は少ないので、エストニア語ができるだけで社会的に高く評価してもらえる。それから、他の出演者のように歌手・アーティスト・俳優ではなく、一国の大使がこのような番組に登場し、猛練習の末にダンスを成し遂げたことがウケたのでしょう」 彼本人はこう分析している。

テレビや新聞、雑誌の取材では、大使自身についてだけでなく、スウェーデンの政策、例えば、男女平等政策や福祉国家モデル、それからスウェーデンのデザインなどについても訊かれる。なので「スウェーデン」という国なり社会なりのイメージ向上や“ブランド”を売り込むための絶好の“マーケティング”の機会にもなっている、という。

どこの国の大使でも、このような“マーケティング”活動を外交の場や企業関係者を相手に行うことはあっても、その国の一般の人々に対して、幅広く行うような例は珍しいだろう。だから、それに成功した大使Dag Harteliusにちょっと関心がわく。

と同時に、どうやらこれは彼に限ったことではないかもしれない。スウェーデンの近年の外交活動では、特に「public diplomacy」に重きが置かれるようになっているらしい。つまり、外交活動の対象をその国の一般の国民にも広げ、自国のブランド力の強化を図る、という考え方だ。もちろん、ブランド力強化に成功するためには、いくら宣伝だけしていてもだめで、そのブランドの背後にちゃんとした(政策的)裏づけがなければダメだろうが。

(そういえば、在日本のスウェーデンの大使は「スヌース(無煙タバコ)」の宣伝活動にかんばっているとのことだが、これも「public diplomacy」に含まれるのかな?)以前の記事:口内喫煙タバコ 「スヌース」(2007-10-02)のコメント参照)いや「スウェーデン製品のプロモーションの側面が強い」とのことです(コメント欄参照)

ともかく、在エストニアのスウェーデン大使Dag Harteliusは次回はサンバで出演予定。だから、今週はサンバの特訓に励んでいるのだとか。

スウェーデン版 「モノポリー」

2007-11-01 06:47:41 | コラム
小学生のときにモノポリー(ボードゲーム)を買ってもらって、遊んだことがある。東京版のモノポリーで、通りの名前がすべて東京の地名になっていた。「八王子」「北千住」が一番安く、「吉祥寺」「田園調布」「六本木」と地価が上がっていき、一番高いのは「赤坂」「銀座」だったのを覚えている。

鳥取の米子で育った私にとっては、その頃、東京なんてどこか遠く未知の世界だった。全然見当がつかないけど、へぇ、そんな地名があるんだ、程度に考えていた。その後、小学校5年の時に父が東京に2年間、単身赴任になった。東京に遊びに行くたびに、モノポリーで知った地名にあちこちで出会えるのが楽しかった。自分の頭の中に、地図が少しずつ広がっていく気がした。

さて、東京版(日本版)のモノポリーがあるように、スウェーデン版(ストックホルム版)のモノポリーもあるのだ。ボード上のそれぞれの通りが、ストックホルムにある通りに置き換わっている。どのような通りがあるのか、下で見てみよう。地価が高い順です。

こうしてみると、ほとんどがNorrmalm地区Östermalm地区のような中心街で占められている。「Västerlånggatan」は一番安い通りとされているが、なんとガムラスタン(旧市街)の中を突っ切る、一番観光客の多い通り。一番高いとされる「Norrmalmstorg」はHötorget近くのKungsgatanとDrottningsgatanが交わるところ。だから、ストックホルム版というより、「ストックホルム中心街版」と呼んだほうがいいかもしれない。

もし「ストックホルム広域版」なんてのがあれば、高いほうの土地に名付けられるのは「Östermalm」や「Lidingö」「Danderyd」、安いほうは「Kista」とか「Rinkeby」「Tensta」「Skärholmen」「Botkyrka」になるのだろうか?
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ところで、この“スウェーデン版”モノポリーを販売している企業は、新しいバージョンを作成中だ。スウェーデン全土に対象を広げ、通りの名前ではなく、町の名前をボード上に使うのだ。しかも、町の選び方が面白い。ネット上の公募なのだ。

誰でも投票できる。ただし、1メールアドレスにつき1日1回だけ(つまり、毎日投票することも可能)。選択肢として企業側があらかじめ用意した都市名に投票してもいいし、自分の好きな町を新たに挙げて、投票してもいい。

下に掲載するのは2週間ほど前の時点で、当選順位以内に入っている町の数々。ちょっとアナーキーな状態になっている。

全体的になぜか、北方Norrland地方の町が多い。☆マークが付いているのは、もともと候補として用意されておらず、誰かが挙げた町。ArvidsjaurにしろVilhelminaにしろ小さな町なのに、住人総出で票を投じたのだろうか? VaggerydとSkillingarydはヨンショーピンの南の町。Hovslättなんて、ヨンショーピン市郊外の一部の小さな集落なのに3000票を超えている!小さな町がストックホルム、ヨーテボリ、マルメを始めとする主要都市を追いやっている感じだ。

投票の締め切りは11月1日。そのランキングがそのまま「スウェーデン版新モノポリー」として商品化される。が、私が思うに新商品企画としては失敗に終わる気がする。主要都市があまり登場せず、小さくて誰も知らないような町の名前が並ぶモノポリーを、面白がって遊びたいと思う人がどこまでいるだろうか・・・?