2020年6月5日
コロナ禍はおとなしく過去旅振り返りで現実逃避。
〈2015年12月31日〉
厚岸の「ホテル金万」で迎える大晦日の朝。朝食を頂き8時30分チェックアウト。昨夜は「カキえもん」をたくさん食べさせてもらって夢のようだった。
今日は花咲線に乗り根室に向かい、そのまま折り返して釧路へ戻る花咲線を満喫する日。厚岸から9時6分発の普通根室行きに乗車。シカが現れるようで頻繁に警笛が鳴らされる雄大な雪原をキハ54が日本最東端へ向けてひた走る。
日本最東端駅の東根室を経て10時40分、終点根室へ到着。久々に来た根室。グルッと周って東から西へ根室に至る路線構成の為、最東端は一つ前の東根室。自分にはどうもこれがしっくりこず。根室が最東端なら「最東端来たーっ!」という感慨に浸れそうだけど。まあ地形の関係でしょうがない。
そんなことよりも、今はこの花咲線が存続してくれることの方がはるかに重要。
かつては特急「まりも」が釧路-根室間快速として根室まで延長運転されたり、「北斗星まりも」が運転されたりと、今考えると胸熱な臨時列車が走っていた花咲線。廃止か存続かの岐路に立たされている花咲線の今後は「北方四島での共同経済活動において重要な役割」といった指針が出され存続へ向けて強い後押しとなるも、ここ数年慢性化してきた大規模自然災害に見舞われたりすると復旧されるかどうか非常に不透明。
なかなか乗りに行けない中で虫がいいけど、なんとか存続してほしい。
この列車は折り返し快速「はなさき」釧路行きとなり、自分も根室滞在約20分で折り返す。結構乗客は多かったけど、窓割がいい窓側クロスシートを確保。
本当は納沙布岬まで行きたいけど、今日は大晦日。早めに宿に入ってテレビ見たいので断念。ここまで来ながらそんな理由で?っていう気もする…。
11時過ぎに根室を発車。再び雄大な雪原の中をジョイント音を響かせて走る。写真を撮らなかったのが悔やまれる。暖房の暖かさと心地いいジョイント音の為か、浜中を出た辺りで睡魔に襲われしばし撃沈。そうそう何度も来れないせっかくの花咲線なのに。zzz…。
今朝までいた厚岸の辺りで目が覚めた覚えが。そして13時過ぎに釧路到着。今日はここで宿泊。
とりあえず昼食と思って和商市場に入ったら、確か休みだったような。仕方なくそのまま釧路の街を散策がてら銭湯へ。釧路川の橋を渡って坂を登ったところにある、草津湯という名前だったろうか。2005年の汚れを洗い流しさっぱりして、ビールと夕食を買い込みホテルへ。
今日のお宿は釧路駅の目の前「釧路ロイヤルイン」。1泊5000円ながら静かできれいな部屋、しかも朝食付き。それ以来釧路での定宿になる。「ラビスタ釧路川」ができてからはたまにそちらに行くけど。
深夜までテレビ見てカウントダウンして就寝。
〈2006年1月1日〉
冬の北海道遠征も今日が最終日。最上階の朝食会場でお雑煮を頂く。あ~正月だ。
10時20分頃、釧路ロイヤルインをチェックアウトして釧路駅へ。
特急「スーパーおおぞら8号」札幌行きの自由席に乗車。この頃は周遊きっぷ使用だったから、道内の特急は全て自由席利用。
かっこいいキハ283系。札幌を発車すると爆走開始。この頃は胸のすくような走りっぷりだったけど、あの一連の事故以来、北海道の特急は軒並み減速。
そしてスーパーの名を冠した列車も消滅。もうスーパー特急が爆走していた北海道に戻ることはないのだろうか。戻ってほしいけど。
15時15分頃、札幌に到着。ここから旅の最後を飾るのはもちろん「北斗星」。定期2往復+臨時1往復体制だったこの時代は本当に夢のよう。
10時打ちで確保したのは臨時の「北斗星82号」ソロ。この頃はロイヤル欲が無くソロで十分と思ってたけど、今考えれば比較的とりやすかったこの時代にロイヤルに挑戦しておけばよかった。とれたかどうかはわからないけど。
結局ロイヤルには乗れずじまいでかなりの心残り。
発車まで時間があるので、夜行列車乗車前儀式である温泉でのお清めに。この頃から定番の「北のたまゆら桑園」。
発車時刻が迫り再び札幌駅へ。前回の北海道遠征の反省で、帰り道は寄り道せず夜行列車で一気に帰るのが良いと悟り、この2006年以降は全て北海道帰りは夜行列車。旅の終わの「北斗星」は現実復帰が近付くこのブルーな時間をウキウキ気分に変えてくれる。
ビールを多めに買い込み、9号車ソロ上段に乗車すると札幌を発車。札幌の夜景を眺めながらさっそくビール。最高。
今に比べると、買い込んできたビールが少なく感じる。乗車時間も長いし今ならもっと必要。まあ「北斗星」の場合はグランシャリオや朝は車内販売で追加購入できるんだけど。
それにしても、サッポロクラシックもさることながら、この小樽ビールが本当に美味い。個人的美味いビールNo1。
東日本車の個室カードキー。やっぱり個室寝台で過ごす時間は何物にも代えがたい。部屋を真っ暗にして夜の雪景色を堪能するのが醍醐味。さらにパブタイムのグランシャリオに行ってビールとおつまみをオーダーしたような覚えが。夢のようなひととき。
やがて青函トンネルを超えて就寝。でもビールが少なかったせいか、この頃はあまり眠れなかった。夜中にふと窓の外を見ると、瀬峰という東北本線の駅を結構なスピードで通過していたのだけは覚えている。
日付が変わり1月2日午前9時55分頃、列車は大宮に到着。終点まで乗り通すこだわりが無かったこの頃は大宮で下車。大宮で降りた方がその後の乗り換えが楽だったので。
しかし「北斗星」を見送る時、何か物足りなさを感じる。やはり「うえの~うえの~」を聞かないと北海道旅の締めくくりができないらしく、これ以降は上野まで乗り通すこととなる。今の自分の当たり前はこういう経験が積み重なって形成されているらしい。
こうして2005年-2006年冬の北海道遠征終了。目を閉じると北海道の雪景色が。そして健在だった「はまなす」「北斗星」。
今思うと、本当に夢のような時代だった…。