祥泉暦

日常の出来事の記録

高川山に登りました

2021-11-21 13:11:00 | 観光
雲一つない秋晴れの日(10月29日)、高川山に登りました。
高川山は大月市と都留市のにまたがる山です。

2週間前にも日の出山に登ったのですが、
久しぶりの自然満喫が良くて、
年内にもう一度行きたいと思っていました。
お天気の良い平日が条件なので、
その後のスケジュールなどを考慮して、
行くなら今だ!とばかり出かけました。
前日の夜に天気予報を確認して挙行を決定します。

今回は富士山を眺望できるところというので期待大です。

駐車場に車を置いて30分くらいで登山口に、
登山口がわからない事が度々あったので、
ここはわかりやすい!



 




しばらく行くと女坂と男坂の分岐点に、
当然女坂に。





道はとても歩きやすく気持ちが良い。

ほどほど疲れた頃に




ここの景色に満足しそうですが、
山頂での景色はもっと良いはず!

いつも思いますが、山頂への道のりはそう容易くない。
達成感と感動を手に入れるには、
相当な思いが必要です。

期待は裏切らなかった!
お天気が良かったので、絶景でした!!
今まで見た富士山の中で一番です。


普段は景色しか撮らないのですが、
余りにも綺麗だったので、富士山を背景に
写真を撮りました。






下るのが惜しいくらいでした。
そして下山は結構大変で、
へっぴり腰など御構い無しに降りました。

ここ2年弱外出を控えていたので
体力が心配でしたが、
大丈夫だと知って安心しました。


公園管理

2021-11-20 17:18:00 | 日記
この家に引っ越ししてからもう17年になります。
終のすみかと決めて家や土地選びをしたので、
ほぼ満足しています。
特に公園と隣接している事が気に入っているところです。
人によっては、難点ポイントかもしれませんが
私達は決めてポイントでした。

最近は公園の管理者ごとく、
草取り、お掃除はよくしています。

台湾赴任の最初の年は、背丈ほど伸びきった雑草が
うちの庭にも侵入する様になり、
一時帰国の際は、特に草取りが大変でした。

そして5年後に帰国した時は、
植え込みのサツキがあまり咲かなくなっていました。
どうしたものかとずうっと気にしていました。
花が終わった後の剪定を全くしていなく、
更にほかの雑草や以前の木々が邪魔をして
本来元気なはずのサツキの木が元気がなくなっていました。

意を決して、まばらにしか咲かなくなっていた枝を
思い切って切りました!
頼まれたわけでもないのに、、、という思いもありましたが、
隣接する公園のサツキが全く咲かない事がとても嫌だったのです。
そしたら次の年は沢山の花が咲きました、たった一年で、やって良かった!








咲かなかった頃の写真を撮っておけば良かったと思いました。

公園の植え込みなので、手入れが簡単なはず。
ちょっとの手間でこんなに見違えるほどになりました。

時々ゴミやタバコの吸い殻が落ちていることもありますが、
夫が早朝ジョギングを終えて公園を一回りして拾う日課としてるので
いつも綺麗です。

綺麗にしているとゴミを散らかしたりしないものです。
特に近隣の住民は。笑

小さなお子さんを遊ばせている光景や
近くの保育園の園児が散歩にくると
嬉しくなります。

かつて遠い遠い昔、私が子育て中に
近くの公園で子供を遊ばせていたら、
年配の方に「大変でしょうが、これをやらないとねえー!!」と
声をかけてもらった事がありました。
そういえばあの小さな三角公園も、きっと近隣の方が綺麗にして
くださっていたのではないかと思います。

そして月日が経ち子供たちが成人して家庭を持ち
孫が誕生しました。

時々孫達が遊びに来て、うちの庭如く遊び回っています。笑笑
この家に、この環境に更に満足し、
公園管理に力が入ります。



決壊 上下 平野啓一郎著

2021-11-11 12:03:00 | 書籍
「マチネの終わりに」を娘に薦められて出会った平野啓一郎、
とても良い小説だったので、
「ある男」を読んで更にこの「決壊」を読むことになった。

率直に言ってかなりハードな内容で、途中で止まってしまおうかと思った。
平穏な家族に突然やってきた悲劇!
事件に巻き込まれた理由が、インターネット上でのブログで
匿名で人生の悩みなどの相談や励ましを綴った仮想日記。

読み進めていくうちに、被害者と加害者のことが出てきた時
私はすっかり忘れていた過去の辛い想いを思い出した。
実母がある日の夕方、交通事故に遭い即死状態で、
私が駆けつけるまでもなく息を引き取った。
本当に突然な出来事。
しかも事故状態を聞いたところ、本当に残忍な状態で
普通に引かれたとは思えない状態だった。
表現を変えるなら、道の端を歩いていた母を
暴走車に殺害されたと言っても過言ではない状況。
その後の警察の対応や
弁護士や保険会社とのやりとり、
被害者の家族としてやるせない経験でした。
そしてもっと辛かったのは、周りの人が慰めと思ってかけてくる言葉です。
「夕方外に出なければ良かったね」
「お母さん黒っぽい服を着ていたんだってね」
「事故ゼロを目指していた矢先のこと」

田舎の夕方県道での事故、目撃者はいなかったということで
何も解決しないまま、事故処理は終わりました。
残された被害者家族の心情に寄り添ってもらえなかったあの辛い経験。

私は決して加害者を「赦し」てはいないけど、
「赦し」ている事となった事実。


どんな時代になっても、残忍な事件は後を絶たず
ニュースを見るたびに胸が痛い。

この小説の中の被害者家族は精神的に病んでしまって更に辛い。
特に兄の崇にはどうにか生きていてほしかった。


読後こんなに辛い気持ちになったのは初めてかもしれない。
そういう意味では良い作品だったのか?!