映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

トゥルーロマンス 

2011-02-01 21:13:26 | 映画(洋画 99年以前)
『トゥルー・ロマンス』は暴力的ラブストーリーである。トニースコット監督だが、脚本はクエンティン・タランティーノである。ストーリーおよび映画の構成はいかにもタランティーノの匂いがぷんぷんする。暴力描写のすさまじさには目を背けたくなるシーンも数多くある激しい恋愛映画だ。

デトロイトのコミック・ブック店で働く主人公ことクリスチャン・スレイターは、映画オタクでプレスリー好きの若者だ。誕生日の夜、映画館で千葉真一のカンフー映画3本立てを観ていた彼は、いきなり派手な身なりの女性ことパトリシア・アークェットに声をかけられた。彼女は隣の座席に座って話かけてきた。映画館を出るときには意気投合した。その後、彼女は、主人公の店のボスから頼まれたコールガールであることを明かす。それでも、恋に落ちた二人は、翌日結婚した。主人公は、元ヒモであることゲイリー・オールドマンに話をつけに行くが殺されかかり、逆に相手を殺してしまった。あわてて持ち帰ったスーツケースには、大量のコカインが入っていた。コカインはイタリアン・マフィアのもので、二人は追われて逃亡するだが。。。。。

90年代映画の最高傑作とも評されるタランティーノ監督『パルプ・フィクション』の前に発表されている。一部の暴力描写は「パルプ」を上回る。ドキドキしてしまう。恋人役の女性が男の居場所を教えろとマフィアにリンチを受けるシーンのすさまじさは大げさかもしれないが、映画史上屈指の激しさだ。脇役で大物俳優デニスホッパー、ゲイリーオールドマン、クリストファーウォーケン、無名のころのブラットピットなどが出演している。世界で一番映画を見ているともいわれるタランティーノが意識的に俳優を選んでいるのでは?と感じさせるところがある。

主人公の若者がコミック・ショップに勤め、千葉真一主演の映画を観ているシーンなどは、脚本家であるクエンティン・タランティーノ自身の履歴とダブらせている。千葉真一のカンフー映画はブルースリーの「燃えよドラゴン」がとてつもない大ヒットとなった後で、東映でいくつか上映されていた記憶がある。自分は見ていないが、タランティーノが大ファンというのはあまりにも有名だ。アメリカでかなりの人気だったらしい。「キルビル」にはまさに千葉真一が出ている。「ワイルドスピード3」が日本で撮影されたときに、やくざの黒幕を千葉真一が上演していた。「サニーチバ」という響きは悪くない。

最近、デンゼルワシントンとのコンビが多いトニースコット監督も、このころは目のちかちかさせるあのうっとうしい画面ではない。何よりもタランティーノの影が強い。
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素晴らしき日  ジョージクルーニー&ミシェルファイファー

2011-01-06 19:06:08 | 映画(洋画 99年以前)
素晴らしき日はジョージクルーニーとミシェルファイファー共演の97年のラブコメディである。
原題one fine day その名の主題歌は元々キャロルキングの初期の曲だが、カーペンターズがアルバム「ナウアンドゼン」のメドレーの中で歌っているのでそちらの印象が強い気がする。懐かしい。
ニューヨークが舞台で別居する娘を預けられたジョージと息子同居で仕事に手がつかないミシェルがそれぞれの子供に振り回されながら気がつくと好意を寄せる話だ。



主人公ミシェル・ファイファーは、夫と離婚して、建築設計の仕事に追われながら5歳の男の子を育てている。新聞のコラムニストのジョージ・クルーニーは、再婚した元妻から新婚旅行の間預かってほしいと、5歳の娘を押しつけられた。突然の話で戸惑う。ジョージは勝手わからないままに、野外授業のため、見送りに来たが遅刻。同じように遅刻してきた娘の同級生のミシェル親子と出くわす。タクシーで追いかけるが桟橋に着くと船は出た後、ドタバタしているうちに子供たちが携帯電話を取り替えてしまう。その日、設計士であるミシェルは大切な顧客へのプレゼンテーションがある。ところが息子の面倒に目を離したすきにつくってきた模型を壊してしまう。あわてて取り繕うミシェルだ。
ミシェルの電話へは仕事の用件で会社から、そしてジョージの電話にはミシェルの母親リタが電話をかけてきた。2人は携帯電話を通して会話することになるが、ののしりあう連続だ。
市長が賄賂を受け取っていると朝刊ですっぱ抜いたジョージの記事が問題になっていた。新聞社のデスクは彼に「ガセネタだったらクビだ」と宣告。市長が記者会見を開く5時までに裏を取らなければならないが子供の面倒ですったもんだ。。。

見ていると不愉快になるような発言ふるまいがたくさんある。
そもそも別れた妻が自分の再婚旅行に行くのに、息子を元夫ジョージに預けるといった設定がちょっと常識はずれな気がする。でもアメリカだとこういうことってあるのかなあ?その元妻の態度を見ているといらいらした。しかも、預けられた子供たちのわがままなこと!極まりない。総てが自分中心にまわっているようなセリフを見ているだけで腹が立った。
ジョージとミシェルもケンカし放題。ミシェルのヒステリーは異常気味
とはいうものの、わざと観客をいらいらさせるためにそうしているのかもしれない。



そうやって考えながら最後まで見た。
映画としてはいい部類に入ると思う。この映画もマンハッタンが舞台だが、キャリアばりばりの男女が子供を預けれておどおどする設定の映画は実に多い。ずっと作り続けられているのを見ると、ビジネスセレブではかなり深刻に考えられていることなのであろう。

最近のラブコメの映像トーンがかなり原色が強い色を使っていて派手な感じがするのに対して、13年前のこの映画のトーンは比較的落ち着いている。しっくりするのはこちらの方かもしれない。携帯電話の普及時期だと思うけど、受話器がでかい。そこは時の流れを感じた。

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ザ・ファーム  トムクルーズ

2010-12-31 11:33:16 | 映画(洋画 99年以前)
93年のシドニーポラック監督の作品でトムクルーズが若き弁護士を演じる。
観た気がするのだが、すっかり内容を忘れていた。なぜだろう?
ファーム 法律事務所という題名だが、法廷ものではない。法律事務所と依頼人との関係にスポットをあてて、若き弁護士が大きな陰謀の渦に巻き込まれる話である。
ここでもデイブ・グルーシンの音楽が抜群。彼自身による素敵なピアノソロをバックに南部の都市メンフィスを美しく舞台にする。途中タックスヘイブンで有名なケイマン諸島の美しい避暑地の映像も映し出し、目を楽しまさせてくれる。もう少し短くてもいけるかな?という気がするが、シドニーポラックの前作「愛と哀しみの果て」の凡長さに比べると、ミステリーの色彩がある分楽しめる。


ハーバード大学を5番以内の成績で卒業した主人公ことトム・クルーズは、NYやシカゴの法律事務所の強い勧誘を受けるが、それを上回る条件の南部メンフィスにある法律事務所に就職した。小学校の教員である妻ことジーン・トリプルホーンはためらったが、説得してメンフィスへと向かった。教育係ことジーン・ハックマンの下で猛烈に働き始め、事務所の仕事と司法試験の準備に精を出した。
そんな時事務所の2人の弁護士がケイマン諸島で事故死したと知らされる。そんな彼の前に、謎の男エド・ハリスが現れ、二人は事故死でないことを告げた。他にも死んだ弁護士が2人いるという。疑問を抱きながらもトムは、依頼人にあうためハックマンと共にケイマン島に赴く。トムは島の別荘で、多数の謎の書類を発見する。島から戻ったトムは、収監されている兄に面会に行く。トムは兄に紹介された私立探偵のエディに、死んだ弁護士についての調査を依頼した。ところが私立探偵がマフィアまがいの男に射殺される。そしてその殺害について話したいことがあると謎の男エドハリスがFBI捜査官と名乗り近づいてくるが。。。


トムクルーズが出た映画は基本的に観て損したというのはそんなにない。それなりにお金もかかっているし、監督もみな一流だ。映像も非常に楽しめるものが多い。93年と言えば彼が最も活躍した時期である。ここでも彼らしいアクションで頑張りを見せる。

でもそれをひきたてているのが名脇役たちであろう。
エドハリス、ジーンハックマン、ホリーハンターと3人の芸達者に助けられている。
エドハリスの顔を見ると、また悪の黒幕かとつい思ってしまうくらい悪役がよく似合う俳優である。ここではFBI捜査官であり、いつものあくの強さが抑えられている。
ジーンハックマンはイーストウッドのオスカー西部劇「許されざる者」を撮ったすぐ後の作品だ。70年代のように主役を張るわけでなく、自分の立場をわきまえ、悪徳法律事務所の中でトムのインストラクターを演じる。ここでは「許されざる者」のような悪役ではなく、情のあるワルを演じている。

ホリーハンターがいいキャラしている。私立探偵の秘書をしているフーテン風女を演じる。個人的にはコーエン兄弟の「赤ちゃん泥棒」での彼女が好きだ。ここは堅気な役ではない。でも途中から格段の活躍を見せる。彼女もオスカー女優賞をもらった「ピアノレッスン」のすぐ後である。
こういう芸達者に囲まれると影が薄くなるクルーズはいつになったらオスカーがもらえるのか?


メンフィスは黒人が多い都市だ。またプレスリーが育った町としても有名。アレサフランクリンもメンフィス生まれだ。ブルースの町であるのがこの映画でもよくわかる。黒人中心の風俗をうまく映し出す。こういう行ったことのない街の様子がわかるのも映画の醍醐味だ。途中プレスリー狂の男が出てくる。これが茶目っ気があってうれしい。巨匠シドニーポラックも少し遊んでいるかも?
そういえば矢沢永吉の「トラベリンバス」にもメンフィスの地名が出てくる。キャロルのころ「メンフィステネシー」歌っていたなあ。あ!あれはジョニー大倉のボーカルだったか。
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バトルオブシリコンバレー 

2010-12-28 14:17:18 | 映画(洋画 99年以前)
アップル社とマイクロソフト社の起業初期の興亡を描いた作品である。
ツタヤの復刻シリーズの1つとしてレンタルした。掘り出し物の傑作ぞろいの中では陳腐であった。

どちらかというとアップル社の方にウェイトがおかれる。アップル社の設立と、どのようにMacintoshを作るに至ったか、そして如何にジョブズはレイオフされるようになったかの顛末を語る。一方、マイクロソフト社のビルゲイツの若き日の成長過程も描いているが、ウィンドウがマッキントッシュの真似をしたことが強調されている。すでに聞いたことがあるエピソードが多い。スティーブ・ジョブズの退社前のご乱交は実際にとれほどまでに激しかったのか?非常に口が悪いといううわさは聞いているが実際のところどうなんだろう。

まだ現役バリバリの人間を描くのはなかなか難しい。スティーブについては一度失脚した後、再度アップルに戻った。

戻って間もないころなので、スティーブについては特に辛口だ。
この映画から10年たって最近の活躍は輝かしいものである。今作ったらどうなるのかな?
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めぐり逢えたら  トムハンクス&メグライアン

2010-12-23 14:12:54 | 映画(洋画 99年以前)
クリスマスまであと一日、少しでも気分を盛り上げていきたい。
「めぐり逢えたら」はトムハンクスとメグライアンのゴールデンコンビによる93年のラブコメディ。妻を亡くして失意の男と婚約者がいるボルチモアの女性との恋の物語。ケイリーグラントとデボラカーの名作「めぐりあい」を意識すると同時に、恋のスタンダードナンバーをバックに流しながら恋人たちの気持ちを盛り上げていくカップル向きの映画だ。最初に見たときに比較すると、アラも目立つがラブコメディだけに単純にみたい。


最初にシアーズタワーが画面に出てくるのでシカゴとわかる。主人公の建築士ことトムハンクスの妻の葬儀のシーンだ。妻に先立たれ失意のトムはシアトルに移住する。悶々とした父親を心配した8歳の息子がラジオ番組にリスナー参加する。それはトーク生番組で、「落ち込んでるパパに新しい奥さんを」と切々と訴えていた。続いて電話口に出た父親トムがやるせない心境を訴えた。それを聴いていたボルチモアの新聞記者ことメグライアンの胸に響く。彼女には婚約者がいた。でも妙にその話に関心を持ち、彼と接触を持とうとすることになるが。。。。


90年代のメグライアンの活躍はすごかった。ラブコメというと彼女なしでは成立しないくらいの勢いだった。その当時は彼女の出演する映画はほとんど観ている。こののち「ユーガッタメール」でもトムハンクスと共演する。そのころまでが彼女にとって一番いい時期だったのではないか?
トムハンクスもコメディアンから演技派への転換を図っているころ、この作品の後「フィラデルフィア」「フォレストガンプ」で2年連続オスカーの快挙を成し遂げる。

クリスマスのパーティシーンがでてくるが、アメリカ映画らしい素敵な美術設計だ。イルミネーションが美しい。そこにナットキングコールの「スターダスト」やフランクシナトラの歌をからめる。それだけでご機嫌になる。シアトルでのトムハンクスが居住する海辺の家も味がある。舞台設定がよく気分を盛り上げる。



この映画の最終舞台はエンパイアステートビルだ。
このビルには強い思い入れがある。小学校の低学年の時、「世界で一番高い建物って何?」という話題になった。僕は自信を持って「東京タワー」と答えた。しかしそのあとある男の子が「エンパイアステートビル」と答えた。「エー!何それ」と思った。家に帰って少年向けの社会科図鑑を見て確認したら、はるかにエンパイアステートビルの方が高いではないか?それ以来妙にこのビルが気になった。
初めてニューヨークに行った時、何はともあれ「エンパイアステートビル」に登りたいと思った。このビルの展望台はオープンエアである。今は亡き国際貿易センタービルを遠くに見ながら、少年のころからの念願がかなったことで感慨にふけったものだ。

そんなビルにからめた素敵な映画は多い。この映画を見ながら今年も気分のいいクリスマスを迎えたい。明日は早く帰ろう。
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悪魔のような女  シャロン・ストーン

2010-12-18 20:45:02 | 映画(洋画 99年以前)
「悪魔のような女」はシャロンストーン主演による96年のリメイク映画である。。
もともとはフランス映画でラストの結末が有名だ。妻と愛人が組んで男の殺害を計画するなんて話はおそろしい。「この結末は誰にも話さないでください」なんてキャッチフレーズを持つ。スリラーの色彩が強い。それを現代版にアレンジしている。



郊外の寄宿舎のある学校で、もともと妻が親から引き継いだ学校で夫の理事長は公然の愛人として数学の女教師シャロンストーンと付き合っていた。しかし、横暴な理事長に腹をたてた妻と愛人が共謀して、夫の殺害計画を練り、実行しようとする。
彼女たちはピッツバーグにあるシャロンのアパートへ向かった。妻は離婚話がしたいと理事長を呼び出した。愛人教師シャロンは理事長に姿を見られないようにし、隣家の夫婦の家で過ごしてアリバイを作った。そして睡眠薬入りの酒を飲んで昏睡状態の理事長を、2人でバスタブに沈める。激しい格闘の末についに理事長の息の根も止まり、夜中に二人で死体を運んで学校のプールに沈めるが。。。。

原作はフィルム質が悪く、古ぼけた画像が鮮明でないのがたまにキズである。しかし、名匠アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の作品とあって、恐怖感を強くかりたてる。

そのリメイクはどうかと期待をしてみた。40年後の作品とあって画像技術がかなり発達しているわけである。でも原作と比較して少し物足りなかった。クルーゾ監督の作品で見せた恐怖感は天下一品だ。この映画で影響を受けた人はなんと多いのであろうかと思う。でもその恐怖感が弱い。



リメイク版ではかなり猟奇的なシーンが見られたが、意外に怖くはなかった。なぜだろう?
結末はあえて複雑にしている。でもこれでいいのであろうか?
原版での愛人役フランスの名優シモーヌ・シニョレは日本のプロレスラー神取忍を思わせる風貌を持つ。その彼女よりも美しい美貌をもち、普段よりも悪人の相を見せるシャロンストーンは適役の気がする。でも恐怖感をさそわない。
クルーゾ監督の妻が前作で、理事長の妻を演じていた。彼女は「恐怖の報酬」でも出演している。そのか細さとイザベル・アジャーニと通じるところはある。しかし、何かちがう。

もう一度元の作品を見てみよう。
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蜘蛛女 レナ・オリン

2010-12-06 05:42:44 | 映画(洋画 99年以前)
「深夜の告白」、「死刑台のエレベーター」で悪女映画をいくつか取り扱った。
これらはずっと前に取り上げた「何がジェーンに起こったか」のベティ・デイヴィスのような狂気の顔を示したような悪女とはまた違う。美女が自分の手を傷めずに、男を操作する。今度は同じように美女が男を操作しようとするが、彼女自体弱い女のふりをするというより、圧倒的に強い女なのである。
「蜘蛛女」は若き日のゲイリーオールドマンの主演。映画自体彼を基軸にして悪女レナ・オリンの登場場面は決して多くはない。でも登場した時の強烈な存在感にはどきどきさせられる。


人里離れた場所にあるダイナーを経営する主人公が昔の自分を回想するシーンからスタートする。
ニューヨーク市警の警察官ことゲイリー・オールドマンはマフィアと内通し、情報を提供して大金をもらっていた。美しい妻と若く魅力的な愛人に囲まれ楽しい生活を送っていた。ある日、ゲイリーはマフィアの女殺し屋モナことレナ・オリンをFBIに護送する任務についた。レナは目的のためなら手段を選ばぬ残忍な女で、マフィアのドンことロイ・シャイダーさえ彼女を恐れていた。移送したホテルでレナは、ゲイリーを誘惑する。(このシーンが強烈)移送後、レナはFBIの捜査官を殺して逃げていた。ドンは彼にレナを殺すよう命じる。だが、その彼女が彼の目の前に現われ、自分の死亡証明書を作ってくれればマフィアの報酬の5倍は払うと言うが。。。。


「死刑台のエレベーター」がマイルスデイヴィスのモダンジャズを基調とした映画だったのと同様に、この映画もニューヨークを舞台にしてバックはトランペットだ。都会的な響きを感じる。しかし、映画自体はいかにもB級映画である。蜘蛛女が出てくるところ以外はそんなに新鮮な驚きはない。まさにレナ・オリンに尽きる。「ハバナ」とか観たことがあったけど、彼女にこんな狂気に迫るような印象はない。今回が異常だ。一世一代の怪演だ。SMクラブのいじめ役の怖いお姉さんが大好きな人はぜひ見てみたい映画だ。

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依頼人  スーザン・サランドン

2010-11-14 09:00:16 | 映画(洋画 99年以前)
映画「依頼人」原題THE CLIENTは94年の法廷サスペンスである。主人公である少年が偶然自殺に遭遇する。その際少年が自殺した男から重大な事実を聞いていて、そのことで警察、検察、マフィアから追われることを一つの焦点とする。難しいことは考えず、単純に楽しむ映画だと思う。メンフィス、ニューオリンズを舞台にしたアメリカらしい映画だ。

11歳の少年マークは、8歳の弟と近くの森に行く。そこで2人は偶然車の排気筒にホースをつなぎ自殺しようとしている男を目撃する。自殺を防ぐためホースを排気筒から引き抜こうとしたマークは男に気づかれてしまい自殺の道連れを強いられる。男は自分は弁護士だといい、どうせマフィアに殺されるなら自殺した方がましだという。そしてマークにマフィアに殺された上院議員の死体の隠し場所を告げる。

マークは男の隙をついて車外に逃げる。そして男がピストル自殺を遂げるのを見てしまう。弟は精神的ショックから植物人間状態になってしまう。マークは警察の事情聴取に死体を見つけただけで彼とは話していないと答えた。しゃべったら殺されると思ったからだ。マフィアはすでに彼をマークし出す。一方知事を目指す野心家の連邦検察官ことトミー・リー・ジョーンズが捜査に乗り出す。マークは自分を守るために弁護士を雇うことを思いつく。全財産の1ドルで依頼したのは女弁護士ことスーザン・サランドンだったが。。。。


原作はトムクルーズの「ザ・ファーム 法律事務所」ジュリアロバーツの「ペリカン文書」が映画化されているジョン・グリシャムである。
他にも「評決のとき A Time to Kill」「レインメーカー」「ニューオーリンズ・トライアル」と映画化されている作品が多い。これほどまでに映画化されている作家もスティーヴン・キングくらいしかいないであろう。いずれもおもしろかった。

映画が始まってすぐに自殺遭遇の場面となり、前半から思いっきり飛ばしていく。少年の動きが非常にわざとらしい感じがするがおもしろい映画だ。マフィアに追いかけられるシーンでは一瞬ハラハラさせられる。インディジョーンズ的活劇の要素を持たせているので、おとなだけでなく子供も楽しめるであろう。彼をバックアップするスーザン・サランドンも彼女らしい表情の豊かさがよく画面に出ている。弁護士として検察官のトミー・リー・ジョーンズと法廷でやり取りする場面がいい。あとは法廷で裁く黒人の判事が絶妙にうまかった。
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真実の行方  リチャード・ギア

2010-11-07 10:52:24 | 映画(洋画 99年以前)
「真実の行方」は弁護士リチャードギアが殺人事件の犯人の冤罪を主張する96年の法廷劇である。個人的に大ファンであるローラ・リニーの検事役が素敵でそれを見ているだけでも充分であった。若き日のエドワード・ノートンが好演。単純に楽しめる法廷劇であった。



シアーズタワーが映りシカゴが舞台だとわかる。
大司教ラシュマンが全身をナイフで刺されて殺された。現場から血まみれで逃亡した19歳の青年ことエドワード・ノートンが逮捕された。主人公の弁護士ことリチャード・ギアは事件を知り、彼の弁護を無償で引き受けた。ノートンは数年前、路頭に迷っていたところを大司教に拾われて以来、司教に仕えてきた。お世話になった大司教を殺すはずはないと主張する。ノートンは事件当日、何者かが現場にいたようだと言うが、彼の記憶はそこで途絶えていた。
初公判が開かれた。州検事は、リチャードのかつての恋人であった検事ことローラ・リニーを担当に指名した。彼女はノートンを第一級殺人罪で告訴する。弁護側は完全黙秘で時間を稼ぎ、その間に精神科医ことフランセス・マクドーマンドに彼の精神分析を依頼した。さらにリチャードは、死体の胸に刻まれていた“B32-156 "という文字からヒントを得て、大司教が川岸の宅地開発を中止に追い込んだことで投資家たちから恨まれていたことを知る。この開発には州検事も一枚加わっていたらしい。背景に何かがありそうだったが。。。



キナ臭い筋の弁護を引き受けることが多い弁護士リチャードギアはある意味法廷に勝てばいいという悪徳弁護士に近い人物像だ。元は検事上がりだ。無償で引き受けたのもこれを成功して名をあげれば、金目の依頼がまわってくると考えたからであろう。やくざ者の弁護にかかわる話もからめてくる。
しかし、強引な法廷術で華麗に立ち回るわけではない。いろんなアップダウンをとり混ぜながら話は展開していく。エドワードノートンの精神鑑定が見どころになっている。



知的な表情が素敵なローラリニーだ。クリントイーストウッド「目撃」のひとつ前の作品になる。当時32歳で女性としての美しさに磨きがかかっていた。法廷劇で検事役となると冷徹なイメージを持つことが必要となる。今回は緩急両方兼ね備えている。大ファンだとなんでも許せてしまう。



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ショートカッツ ロバートアルトマン

2010-10-28 19:45:56 | 映画(洋画 99年以前)
「ショートカッツ」は94年制作のロバートアルトマン監督得意の群像劇である。3時間を超える長さに、小さなドラマがいくつも組み合わさる。8組の夫婦関係を軸として、20人を越える登場人物たちが巧みに組み合わされ、ひとつの世界になっている。ミステリーの要素があるこの前作「ザ・プレイヤー」と比較すると、より複雑な印象だ。完全なアルトマンの世界である。

個人的にはサスペンスの要素もあり「ザ・プレイヤー」の方が好きだが、村上春樹は「ショートカッツ」の方を推す。彼のエッセイ集「やがて哀しき外国語」の中で、底が深い映画と評価している。見終わって時間がたてばたつほど「面白かったな」と実感がじわじわ湧いてくると述べている。一部の欠点も指摘するが、エッセイの一コマをとって推奨する。

最初の30分は登場人物を次から次へと紹介する。アルトマンは巧みに出演者に職業を与える。
テレビのニュースキャスターとその夫人と子供、ホラー映画のメイクのプロ、チンドン屋のようにピエロに扮装する出張サービス、妻がテレホン・セックスのアルバイトをするプール掃除を仕事にしている男。浮気症な警官ティム・ロビンスの妻は画家の姉ジュリアン・ムーアのために裸になる。そしてジャズクラブの歌手は、チェロリストの娘を持つ。そんな彼らの普段の姿を自然な流れで特に解説もなく紹介する。
そのあとに事件が起きる。ファミレスとも言うべきダイナーで働く女性リリ・トムリンにはタクシー運転手の夫がいた。その彼女が運転する車が子供をはねてしまう。その子供はニュースキャスターの子供であった。はねた後運転する彼女は子供を自宅まで連れて行こうとするが、子供は普段から知らない人についていってはいけないと教育されていて、一人で帰る。しかし、ぐったりした子供を見て母親アンディ・マクドウェルが病院へと運ぶ。このあたりから、ストーリーらしいものが見えてくる。。。。。


これだけ出演者が多いと、メモが必要となりそうだが、ずっと見ていると何度も出てくるので、だんだん顔を覚えてきて慣れてくる。流れに身を任せた方がよさそうだ。出演者は関係ないようだが、お互いに少しづつ近づいてくる。
クラブでのアニー・ロスのジャジーな歌がこの映画のベースである。これが実にいい。その娘が弦楽のアンサンブルをやっていて、それが交互に演奏されるのもいい。普通にバックに流れる音楽も極めてセンスがあり、気分よく映像に見入ることができた。9つの短編の組み合わせとの話であるが、つなぎあわせの中断がまったく感じられない。


あまりに駄作でブログに出来ないと思った作品に「カミュなんて知らない」という日本映画があった。アルトマンの手法をまねているような匂いがしたが、まったく不自然だった。脚本、演技すべてにおいてつまらない映画であった。ビートルズの「アビーロード」のB面を想像するといい。まったく別々な歌が美しく編集されて流れるような一つの歌のようになっている。これと同じだ。

この映画の後につくられた名作「マグノリア」と根底に流れるムードが一緒である。あの映画でも、カエルが降ってくる「あっと驚く為五郎!!」のシーンがあった。ここでも最後少しいじくられる。
まあ楽しめたなあ。
アルトマン監督の長い歴史の中で自分のベスト1が「ザ・プレイヤー」2位が「ショートカッツ」3位「MASH」ということになるかな?
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エグゼクティブ・デシジョン  カートラッセル

2010-08-12 13:29:39 | 映画(洋画 99年以前)
テロリストにハイジャックされたジャンボ機内に潜入し、乗客の生命とワシントンDC壊滅の危機を回避すべく乗り込んだ男たちの活躍を描いた航空パニック・アクション映画である。単純には救出できず、何度もヤマを作るハラハラどきどきの映画だ。ラスト20分にかけての盛り上がりはすごい。

ワシントンDC行きのジャンボ・ジェットがテロリストにハイジャックされた。先方はイギリスで逮捕された組織のリーダーの釈放を要求する。米陸軍情報部のカート・ラッセルは「毒ガスDZ-5を盗んだ彼らは、ワシントン攻撃を狙っている」と語る。大統領を中心とした危機対処委員会はジャンボ機をワシントンに着陸させ危険にさらすか、米空域に入る前に同機を爆破し、乗客を犠牲にすべきか、苦しい選択を迫られる。
スティーブン・セガール中佐は、まだ実験段階にある空中輸送機を大西洋上8000mの地点でジャンボ機とドッキングさせ、特殊部隊のメンバーを機内に送り込むことを提案する。作戦は認められ、中佐は腹心の部下たちに加え、カート・ラッセルをメンバーに選ぶ。彼は輸送機の設計者と共に乗り込んだ。輸送機は無事、ジャンボ機との接続に成功し、メンバーは次々と乗り込んだ。ところが、激しい乱気流が発生し、このままでは両機とも大破しかねない。中佐を乗せた輸送機は爆発炎上し、地上との連絡は一切絶たれてしまった。
飛行機に乗り込んだ男たちはハイジャックの犯人を撃退するだけでなく、爆破装置を持った乗客を発見する必要がある。
作戦は果たしてうまくいくのであろうか。。。。。

相手とぶつかり合う瞬間までじっくり時間をかける。スッチーのハルベリーと連絡が取れて、内部の様子を探らせる。そして緊張感が絶頂に達した時、仕掛けが入る。そのあとは見せ場の嵐の連続だ。一瞬先が見えない。これこそアクション映画のだいご味であろう。クレジットトップの面構えのいいスティーブンセガールが早めに画面から姿を消すので、何があるか分からないと観客に思わせるところが脚本の妙味であろう。



タキシードを着て任務に就くカートラッセルはここでは軟派系インテリだ。当時はジョンカーペンター監督のSF的作品やパニック映画の常連だった。タランチーノの前作「デスプルーフ」で見せたワイルドだけど醜態を見せる3枚目の匂いはない。そこに黒人美人女優のハルベリーを組み合わせる。こちらも今とはタッチが違う。でも彼女の場合今のほうがよく見えてしまう。

ハルベリーをカートラッセルが「コーヒーをご一緒に」誘うシーンがある。「機上でなければ」と笑顔で答えるシーンは味がある。
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私の秘密の花  ペドロ・アルモドバル

2010-06-30 21:25:32 | 映画(洋画 99年以前)
ワールドカップのスペインのユニフォームを見ていたら、急にペドロ・アルモドバル監督の作品を観てみたくなった。「私の秘密の花」は95年の作品。いつものように原色が基調の美術と衣装の美しさにはうならせられる。

マドリッドに住む女主人公は、グリスというペンネームで小説を書いている。これは夫さえ知らない秘密だった。軍人の夫はベルギーへ出たままである。彼女は夫が買ってくれたブーツを履いてタイプライターに向かっていた時、どうしてもブーツが脱げなくなり、パニックに陥る。そこで親友の心理カウンセラーに助けを求める。カウンセラーは、気分を変えさせようと新聞社の知人を紹介する。彼女は編集者を訪ねるが、編集者がひと目惚れ。さっそく文芸批評を依頼する。それは彼を唸らせる出来ばえだった。しかし、彼女は新作に気が乗らない。そこへ夫が帰国することになった。期待して待っていたのに2時間しか家にいられないと言われた上、別れの言葉を口にされた。絶望して睡眠薬をあおった彼女だったが。。。

ペドロ・アルモドバルの映画には独特のにおいがある。これもそうだ。
スペイン人と感覚が違うのか?よく理解できない部分も多々ある。それでもいつもながらの画像の美しさと奇妙な登場人物の会話を楽しんだ。下手なインテリア雑誌読むよりも、彼の映画を観ているほうがよっぽどいいインテリアの手法が学べると思う。美術担当の色づかいのうまさと小物を選ぶセンスは卓越している。

でも「オールアバウトマイマザー」以降の作品のほうがなじみやすいかも?
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いとこのビニー  マリサ・トメイ

2010-03-07 17:19:40 | 映画(洋画 99年以前)
実におもしろい!よく出来ている!鑑賞後に気分爽快になるそんな映画だ。

マリサ・トメイが「レスラー」他の近作で非常に存在感を高めている。非常に気になる存在になって昔の映画を観てみようと思った。「いとこのビニー」はオスカー助演女優賞を92年若くして受賞した作品。それだけで気になって観た。ハリウッドの小柄な脇役専門のジョーペシが主演で新米弁護士を演じるコメディだが、単なるお笑いに終わらない奥深さがあった。

ドライブに出ていた大学生の仲間二人が南部のある町のコンビニに入って買い物をした。普通に勘定をすませた後、片方の若者が缶詰一つのレジを済ませずに、ポケットに入れていたことに気づいた。コンビニをでて車を走らせていると、後ろからパトカーが来る。そういえば南部ではこそ泥も罪が重いと聞いた気がしてあせる。そうすると警官がホールドアップを要求し拘置される。二人は素直に警官に罪を問われて自白する。ところがどこか話がおかしい。するとそのコンビニの店主が殺された犯人にされた事に気づく。
二人は呆然とする。そしていとこに弁護士がいたことに気づき、家族に呼ぶように依頼した。するとやってきたのがジョー・ペシで、恋人のケバイ女性マリサ・トメイをつれて接見にきた。しかし、話を聞くと弁護士試験に5浪の末ようやく受かってまだ法廷経験のないことがわかり若者二人はあせるが。。。。

何も裁判のことがわからないジョーペシがこの後右往左往する。コメディらしく、途中で大笑いする場面が何度も出てくる。2時間の映画の中で最初の1時間半以上うだつの上がらないことばかり、どうやってこの先逆転するのかとおもってしまう。観客にそう思わせるのが脚本のうまいところだろう。法廷物としてもおもしろい一面を持たせたので映画の奥行きが広がった。



ロバート・デニーロとの共演「レイジング・ブル」でのジョーペシは最高だ。この映画はデニーロもすごくいい!傑作だと思う。俳優ってハンサムボーイだからいいというわけではない。ジョーペシのようなチビの個性派がいたりするからいい映画ってできるのだと思う。ここでも名コメディアンぶりを発揮するが、「レイジングブル」やマフィア物と違って、ちょっと弱々しい印象を与える演技でスタートする。後半見せ場がようやく来るが、これはこれでいい。

マリサトメイは今と比較するとさすがに若い。でも自分も年をとったからであろうか?今の彼女の方がなぜかよく見える。この映画では途中からすごいエンジンがかかる。オスカー最優秀助演女優賞をもらうのもなるほどと思う場面が出てくる。脚本の勝利という気もする。これは観てのお楽しみである。
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デイズ・オブ・サンダー トムクルーズ

2009-09-07 19:02:58 | 映画(洋画 99年以前)

トムクルーズのレース物。90年のロードショーの時、劇場で見た。二コールキッドマンと結婚するきっかけとも言われる作品。単純なストーリーだが、大画面で見ると迫力のあるシーンもあり面白い

車の草レースで連戦連勝のトムクルーズが、ロバートデュバル率いるレースチームの前で腕前を披露して参加する。ストックカーレースといって同じ性能の車で皆走り、レーサーの腕前で順位が大きく違ってくる。最初は強引な走りで結果が出せなかったトムが、ロバートデュバルのアドバイスでコツをつかみ優勝を勝ち取れるようになる。しかし、ライバルとの競い合いでクラッシュして入院する羽目に。担ぎ込まれたときは目が見えない状態だったが、女医二コールキッドマンの手当てよろしく回復する。そうしていくうちにトムは二コールに魅かれていくが。。。。


記憶が薄れていて、最後はハッピーエンドの気がしたが、レースの詳細はすっかり忘れていた。最初に見たときにそんなに二コールキッドマンがいい女には見えなかった。今回見ても同じように思う。むしろ年をとってからのほうがきれいになったのではなかろうか?
いわゆるノミの夫婦といわれるように、映画の中でも二コールの方がトムよりも背が高いのがよくわかる。二コールはトムと別れた時、これからはヒールが履けると喜んだそうな。

この時代はトムの全盛時であった。トップガン、ハスラー2、レインマン、カクテルと超ヒット作が続いた。ほとんど映画館で見た気がする。いつも映画館は満員だった。これだけヒット作が続いたので、好きな企画ができたのであろう。わがままにレースをライバルと戦う姿がやんちゃだ。そこがトムの魅力だけど。それをうまく引き締めるのはロバートデュバルである。レッドフォードの「ナチュラル」でも書いたけど、こういう俳優は本当に貴重である。 彼がいるだけで映画のレベルが大幅にアップする。

B級映画だけど、たまにはいいのでは

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サイダーハウスルール  トビーマグワイア

2009-07-25 19:49:38 | 映画(洋画 99年以前)

スパイダーマンのトビーマグワイアが孤児院で育った少年を演じる。孤児院で育った少年が、外の世界に触れ、恋を知り人間的に成長していく姿を描く。

舞台となる孤児院は産婦人科に併設している。むしろ中絶をしたり、訳ありで子供たちを育てられない父母から子供を引き取ったりしている。子供たちはたくさんいて、時おり子供のいない親たちが孤児を選んで引き取っていく。その中でトビーマグワイアは泣かないせいか、親たちに気に入られなくて孤児院で育っていった。経営者である医師マイケルケインは、そんなトビーを自分の助手のように使っていた。しかし、自立しようと考えていたトビーは、中絶に訪れていたシャーリーズセロン夫妻についていくことを決意し、孤児院を離れる。シャーリーズセロン夫妻の実家はりんご農家を経営していた。りんご狩りの黒人グループの中でトビーは働き始めるが。。。。

子供がいない親たちが訪れたとき、孤児たちは精一杯親たちに愛想を使う。悲しい性である。ずっと選ばれない子供たちはなんか寂しそうだ。子役たちが見せる表情がいじらしい。この作品でオスカー助演男優賞をもらったマイケルケインも裏筋の医師を実にうまく演じる。いろんな訳ありの人たちが診療所を訪れる。さまざまな人間模様がある。おそらくは日本にもこういうところがあったのであろう。最近は昔ほど養子をもらうこと自体がすくなくなっている気がする。少子化の影響であろう。アメリカの映画スターなどはたくさん養子養女をとっている。違いを感じる。

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