映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「ビッグアイズ」 ティム・バートン&エイミーアダムス

2015-01-31 05:37:12 | 映画(洋画:2013年以降主演女性)
映画「ビッグアイズ」を映画館で見てきました。


ティムバートンが、らしからぬ映画をつくったらしい。主演はエイミーアダムスだし、気になるので見に行く。
大きな目をした少女の絵を描くバツイチ再婚の女性画家が、商才豊かな夫のもとで絵が売れまくるのに、夫は自分が描いたと偽り、妻がゴーストぺインターにされてしまう話だ。ウソで固めた人生を過ごしている人たちが、これを見るとヤバイと思わせる何かがあるかもしれない。昨年は、日本もニセ作曲家が大げさに話題になった。その話に通じるような話でもある。


ダニエルエルフマンの音楽が高らかに鳴り響き、暗黒の世界を描くといったティムバートンの世界とは真逆である。ファンタジータッチで色鮮やかな「ビッグフィッシュ」には若干通じる部分はあれど、色彩設計が普段と全然ちがう。海が見えて、急な坂が多く、チャイナタウンもあり「めまい」や「上海から来た女」「ブリット」など数々の映画の舞台になってきたサンフランシスコやハワイのピンクのホテルや住宅街など自分の目を楽しませてくれる映像である。プール付きの住宅も凝った作りで映像を見ていて非常に心地がいい感じがする。

今回何でこういうノンフィクションをティムバートンが撮る気になった真意は調べてはいない。通常はいわゆる「物語の構造」にしたがって、フィクションの世界を組み立てていく。でもこの映画は実話に基づく。それなりに脚色されているとは思うが、淡々と事実を追っていくのには驚いた。なかなか面白い映画だとは思う。

1958年のアメリカ西海岸エリア、DVの夫に嫌気がさして、幼い娘を連れてマーガレット(エイミー・アダムス)は、家を飛び出す。美大出身のマーガレットは働いたことがない。家具会社に、自分が描いた絵を持参してもぐり込む。同時に、生計をたてようと街で似顔絵を描いている。すぐ横で、パリで絵を勉強していたというウォルター・キーン(クリストフ・ヴァルツ)が口八丁手八丁で絵を売り込んでいた。一瞬警戒したが、マーガレットはウォルターに惹かれていく。元夫から娘を戻せという手紙が来て落胆したが、すぐさまウォルターがプロポーズして、マーガレットは受け、ハワイ・オアフ島のピンクのロイヤル・ハワイアン・ホテルで結婚式をあげる。

ウォルターは、画廊を経営するルーベン(ジェイソン・シュワルツマン)に、それぞれの絵を売り込む。ルーベンは手厳しい。知り合いのナイトクラブに、絵を持ち込む。トイレへの廊下での展示だが、マーガレットの絵には、一瞥する人もいる。ささいなことから、ウォルターは、ナイトクラブのオーナーと喧嘩になる。このケンカがゴシップ記事として新聞に出る。その記事をきっかけに、マーガレットの描いた絵が評判になる。その時、夫が作者は自分だと偽っていることに気付いたマーガレットは激怒するが、いいように釈明され、財布は一つだからいいじゃないと夫の言いなりになってしまうが。。。


この映画を全く予備知識なしで見せて、ティムバートン監督、ダニエルエルフマンの音楽とわかる人はいないんじゃないかな?ビーチボーイズなどの懐かしいヒット曲やジャズクラブで流れるヴァイヴ主体のジャズはラテンのリズムが混じったもので心地良い。あとはどんな音楽流れていたっけ?といった印象をもつ。グスタフマーラーの交響曲のように鳴り響くダニエルエルフマンがつくる「バットマン」の音楽は刺激的で、他の監督の作品でもダニエルの特徴がよく出るが、ここではそう感じさせない。

1.1950年代から60年代にかけてアメリカ
サンフランシスコの50年代を意識したロケーション映像はいい感じだ。ヒッチコックの「めまい」で映る映像がかぶってくる。キャンベルスープの缶詰っていかにもアメリカの象徴だけど、それを含めたスーパーの陳列がいかにもゴールデンエイジのアメリカを感じさせる。自分は好きだけど、ティムバートンの匂いがすくない。普通のラブコメ系の美術で、暗黒の雰囲気が一部の絵を除いてまったくない。

2.ウソを覆すということ
マーガレットは自分が描いたといえるチャンスを何回も逃す。もともと気が弱い性格だったのであろうか?一度離婚していているのも後がない状況を醸し出す。その弱みに付け込むクリストフ・ヴァルツ演じるウォルター・キーンのパフォーマンスを見て、だんだん憎たらしくなってくる。見ている我々に憎たらしいと思わせるくらいだからうまいんだろう。さすが、アカデミー賞受賞者だけある名演だ。


ウォルターは、ポスターやチラシまで売りさばき、安価な複製画を作る。スーパーの中でも「ビッグ・アイズ」を売る。でも商才があるんだったら、妻が画家で自分はプロデューサーと言いきればいいのに、そういうチャンスあっても戻れない。そうすればハッピーなままだったのにね。無一文で死んだというのは自業自得だね。ウォルターの狂言のような裁判のシーンは呆れてものが言えないといった印象だった。

トラックバック (1)

映画「怪しい彼女」

2015-01-25 08:54:31 | 映画(韓国映画)
映画「怪しい彼女」は2014年の韓国版ラブコメディ映画だ。


70才のおばあさんが突然若返り20才の娘時代に変身してしまう話である。
昨年公開されておもしろそうなので行こうとしたが、やっている映画館が少ない。しかも早めに上映終了でアウト。DVD化され早速みた。過去にタイムスリップする映画は多いが、他の映画にありそうでない既視感のない展開である。20才に戻っても、普通のドラマがそのまま続いていく。韓国らしさをプンプンさせるところもいい。なかなか楽しめた作品だ。

主人公マルスン(ナ・ムニ)は大学教授の息子ヒョンチョル(ソン・ドンイル)夫婦と姉と弟の孫と暮らす70歳のおばあさんだ。


口うるさいので嫁からは嫌がられている。ある日、のけ者にされたと1人町を歩いたマルスンが青春写真館という奇妙な写真館を見つける。若い頃を振り返りながら写真を撮ってもらったマルスンが、外に出て自分の姿にみると、20歳の頃にもどっていた。
マルスンは驚き、家に戻れなくなった。頭はチリチリのばあさんパーマだったので金を下ろして大好きだったオードリーヘップバーンを意識した髪型に変えてもらい、ブティックで若い娘が着るような服を買いまくる。


昔からの腐れ縁であるパクさん(パク・イナン)のところへ行って、下宿させてくれと頼む。当然名前は名乗れないのでオ・ドゥリ(シム・ウンギョン)と名乗ることにした。
若返ったにもかかわらず、よくいっていた老人用の集会所へ行き、今までのようにカラオケで歌を歌ったら大喝采。その時偶然2人の若い男がそれを聞いていた。1人は孫のジハ(ジニョン)でもう一人は番組プロデューサーのスンウ(イ・ジヌク)だった。当然祖母であることを隠して孫と話したら、ジハにボーカルをやってくれないかと頼まれる。そのままバンドでボーカルを務めることになったオ・ドゥリは、いつのまにか人気者になってしまうのであるが。。。


松竹の人情物を唐辛子漬けにしたような肌合いをもつが、基本はアメリカ流ラブコメかなという印象だ。韓国映画界の映画人はアメリカ映画の影響を受けていることが多い気がする。

主人公マルスンはいろんな恋をする。腐れ縁のおじさんに惚れられているばかりでなく、番組プロデューサーと今までしたことのない恋に浸っている。祖母と知らない孫からも狙いを定められている。こんな思いをするのも楽しいよな。それだけでなく、葛藤もある。嫁との対立だけでなく、腐れ縁のパクを慕うおばさんがライバル心を抱いている。まあ忙しいこと。1人二役はよくある話だけど、同時に老若の同一人物の話は少ないかもしれない。

1.変身願望
韓国が整形大国であることはあまりにも有名だが、変身願望もあるのかもしれない。孫のジハが自分の家にオ・ドゥリを連れてきたときに、ジハの姉が「どこで整形してきたの?」とすぐさま言うセリフがあること自体韓国らしい。でもこの映画っておばあさんたちにも受けるだろうなあ。韓国の70歳くらいの人たちって旧日本占領下に生まれ、朝鮮戦争を経験し、少なくとも1960年代後半くらいまでは貧しい人が多かったろうから、楽しい青春を過ごした人ってかなり限られているんじゃないだろうか?それだけにこんな青春時代を送りたかったという思いは日本の同じ世代よりは多い気がする。


2.オ・ドゥリのキャラ
この映画のおもしろいのは、変身してもマルスンのキャラが変わらないことだ。老人だったマルスンのままに変身したオ・ドゥリがしゃべりまくる。電車の中で大声を出して、隣に座っている妊婦にちょっかいを出す場面には笑える。自分より若い女の子にいちいち乳児の扱いやおっぱいの飲ませ方を言われても妊婦もやってられないよね。韓国語はいかにも喧嘩っぽい喋り方に聞こえるが、オ・ドゥリのノリがいかにもオバサン韓国女性だ。


3.遊園地
映画を見ていて、夏の設定なので「サマーランド」のような遊園地に行く場面がある。このシーンにはかなりビックリした。大波を起こしたプールもそうだけど、ウォーターライダー系の刺激的な乗りものが満載だ。妙に慎重な日本では絶対!!あり得ないようなちょっと危険そうに見えるものが多い。調べたらビバルディーパークというらしいがこれは凄い。

外国映画のコメディ系は日本ではあまりヒットしない。韓国映画も「猟奇的彼女」を除いてはたぶんそうだろう。もう少し宣伝うまくやれば、とてつもなくヒットした気がするけど、むずかしいのかなあ。


映画「ジャッジ 裁かれる判事」ロバート・ダウニーJR&ロバート・デュヴァル

2015-01-21 19:59:12 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「ジャッジ 裁かれる判事」を映画館で見てきました。
160分の長丁場でしたが、飽きることなく楽しめました。よかったです。


金で動くやり手弁護士である主人公が、殺人の疑いをかけられている判事である父親を弁護するという話。もともと法廷ものは大好きだ。でも今回は老優ロバートデュバルの登場が気になったし、主演ロバート・ダウニーJRだけでなくヴェラ・ファーミガやビリー・ボブ・ソーントンなどの脇役たちも自分と相性がいい。
映画の脚本はかなり練ってつくられている印象をもつ。脚本ニック・シェンクイーストウッドの「グラントリノ」の脚本を担当した。単純に物事を解決に向けていくのではなく、うまくいったあとですぐに逆転させるなどの二転三転を繰り返す。それなのでダレない。予想を上回るいい作品だった。

主人公ハンク(ロバート・ダウニーJR)はシカゴで活躍する弁護士で、弁護料は高いけれども、怪しい依頼人の訴訟も勝ち取る有能な男だ。妻と娘と暮らす家庭はうまくいっていない。彼に故郷インディアナから母親が亡くなったという知らせが入る。ハンクは故郷の葬儀に駆けつけるが、兄夫婦と弟と暮らす父親(ロバート・デュヴァル)とはしばらく絶縁状態だった。


父親は地元で40年以上裁判や和解を取り仕切る現役の判事だ。地元では堅物で有名で信頼されていたが、若き日にやんちゃだったハンクとは合っていなかった。葬儀が終わり兄弟で旧交を温め、昔の彼女(ヴェラ・ファーミガ)にあった後で、シカゴに戻ろうと飛行機に乗ると、兄から電話があった。父親が保安官にひき逃げの疑いで取り調べを受けているという。


そういえば、買い物へ行くと言って夜外出した父親の車にぶつかった跡があった。父親はまったく覚えていないという。警察によれば、被害者の血痕と車のものは一致するようだ。しかも、その被害者は父親が以前裁いたことのある男だった。ハンクの手続きで保釈されたが、地元の弁護士を雇うことになる。ただ、やり手のハンクから見ると頼りない男だ。裁判所の前で嘔吐してしまうほど意気地がない。優秀なドワイト・ディッカム検察官(ビリー・ボブ・ソーントン)がつき、態勢は不利だ。結局ハンクが引き受けざるを得ない状況になった。

裁判の方針では父親と息子は常に対立している。依頼人と弁護人なのに葛藤だらけだ。父親はまったく覚えていないというが、コンビ二の防犯カメラには被害者と父親が遭遇する場面が捉えられていた。被害者は軽い刑で判決を父親からうけたあとに、重大犯罪を犯して長期刑をうけて出所したばかりである。父親は自分の判断を後悔し、被害者を恨んでいた可能性がある。結果的に、単なる事故での処理ではなくなり、第1級殺人として裁かれなければならないことにもなる。そうなると、陪審員を含めた裁判が実施されることになるが。。


ロバート・ダウニーJRは今回主役だけでなく製作にあたっている。「アイアンマン」などで相当儲けたらしい。奥様のスーザン・ダウニーと共同で製作総指揮だ。さすがにアメコミのキャラ映画には興行収入ではかなわないけど、これを機に映画製作にも積極的に取り組んでいくということだろう。
金目当ての裁判にしか取り組まないと言っている弁護士は、「シビルアクション」のトラボルタのようだ。ちがうのは親子なのでダウニーは無報酬ということだ。ダウニーのセリフ運びはテンポよくうまいけど、今回はロバートデュヴァルが良すぎたので、目立たない。

1.ロバートデュヴァル
「アウトロー」トムクルーズと共演した時、ずいぶんおじいさんになったなあと思った。彼の出ている作品は15くらいは見ているのではないか。「ゴッドファーザー」ではマーロンブランドの腹心を演じ、スター街道へ。トムクルーズ主演「デイズオブサンダー」のレーシングチームの監督、ロバートレッドフォード主演の野球映画「ナチュラル」では野球チームの監督、ジョントラボルタ主演「シビルアクション」ではトラボルタ弁護士と裁判で対決するなどこれまで40年以上活躍して、アカデミー賞主演男優賞も1983年に受賞している。

でも今回アカデミー賞助演男優賞あげたいなあ。イーストウッドと同じ年でもう84歳になる。近年の「アウトロー」と比較すると、セリフは多いし、見ようによっては実質主役と言ってもいい役柄だ。ここまでロバートがやるとは思っていなかった。さすがとしか言いようにない名演だ。映画の中で42年判事をやっていたという設定だった。そういえば「ゴッドファーザー」からちょうど42年たつなあと思い感慨にふけっていた。もしかしたら最後かもしれないが、今までお世話になっただけに贔屓してしまう。

2.脇役の活躍
ダウニー演じる主人公の元恋人役ヴェラ・ファーミガはいつもながらいい味を出している
ハイスクールの元同級生で、ダウニーの進学とともに別れ別れになってしまうが、今はレストランバーを経営している。娘がいるが、主人公がバーで意気投合してしまってべったりしてしまう。ダウニーはその子が娘とわかってビックリだ。


「マイレージマイライフ」「エスター」の好演が印象に残るが、ウクライナ系の美女で中年でまだ恋ができる役柄はピッタリだ。

ビリー・ボブ・ソーントンコーエン兄弟の「バーバー」ハルベリーがアカデミー主演女優賞をとった「チョコレート」の好演が目立った。なんせ、アンジェリーナジョリーの元夫だ。「狂っちゃいないぜ」では航空管制官の役だったが、アンジェリーナと共演しているこの映画は自分が大好きな映画だ。この映画で検察官として派手に活躍するわけではない。でも彼でよかったと思える渋い配役だ。


謎解きについては、最後まで結末がわかりづらくなっている。うまい。
ただ、それとは別として親子のもつ交情のようなものが美しく描かれている。

映画「薄氷の殺人」グイ・ルンメイ(桂綸鎂)

2015-01-20 20:45:14 | 映画(アジア)
映画「薄氷の殺人」を映画館で見てきました。


予告編を見て、冬景色の中国が妙に印象に残り公開されたら行こうと思っていました。しかも、昨年のベルリン映画祭で金熊賞(作品賞)と主演男優賞を受賞している。この映画祭では「小さいおうち」で黒木華が主演女優賞となり日本でも話題になった。しかも、今回のアカデミー賞でノミネートされまくっている「6才のぼくが大人になるまで」が監督賞で「グランドブタペストホテル」が審査員特別賞ということで、両作品を抑えての作品賞受賞というのもすごい。期待して見に行きました。

しかし、始まってからストーリーの展開がよくわからない。余分な説明を省いているせいか、話の主旨を理解するのに時間がかかる。会話でストーリーをなかなか把握できない。それでも、途中から冬景色の中国のある都市を映しだしたあたりから映像美も感じられてくる。徐々にサスペンスの色彩が強くなり、おもしろくなる。
夫が殺人事件で殺された被害者の未亡人の周辺の動きがおかしいのを元刑事が執拗に追う話である。ヒロインとなる若き未亡人役のグイ・ルンメイがかわいい。『藍色夏恋』から12年、もう30代に突入したが、きつい女が多い中国人らしからぬ優しい雰囲気にこちらはノックダウンだ。彼女のスケーティング姿が素敵だった。


(1999年夏)
中国の華北地方の6都市にまたがる15ヵ所の石炭工場で、バラバラに切断された男の死体のパーツが相次いで発見された。なぜか頭部の所在は不明の怪事件だった。
捜査に駆り出された刑事ジャン(リャオ・ファン)は、妻から離婚話を突きつけられて上の空の状態だったが、彼が訪れた工場で血まみれの洋服と身分証明書が見つかり、被害者はリアン・ジージュンと判明。さらに聞き込みの結果、トラック運転手のリウ兄弟が有力な容疑者として浮上する。
すかさずジャンを含む刑事4人は美容室に踏み込み、激しく抵抗するリウ兄弟を拘束。ところが思わぬ銃撃戦が勃発し、兄弟とふたりの刑事が死亡。ジャンも銃弾を浴びて病院送りになった。


(2004年冬)
妻に捨てられ、ケガのせいで警察を辞したジャンは、しがない警備員として生計を立てていた。


酒浸りの日々を送る彼は、元同僚のワン(ユー・アイレイ)と偶然再会し、聞き捨てならない情報を耳にする。5年前の異様なバラバラ殺人に似たふたつの事件が発生したというのだ。しかも奇妙なことに、殺されたふたりの男はスケート靴を履いた足を切断されており、どちらも5年前の被害者リアンの若き未亡人ウー・ジージェン(グイ・ルンメイ)と親密な関係にあった。これは単なる偶然なのか、それともウーは男を破滅に導く悪女なのか。そしてジャンもまた、はからずも“疑惑の女”に心を奪われていく……。 (作品情報より)


元刑事のジャンが未亡人ウ―に近づいていく。
2人が一緒にスケートへ行く。スケートが不得手なジャンもたどたどしく滑る。ウィンナーワルツが流れる中、ウ―がコースを外れて滑っていく。それを手持ちカメラが追う。同時にジャンも追っていく。一体どこに行くのか?ジャンのあとは元同僚の刑事ワンも追っているのだ。
緊迫する場面だ。中国の映画でここまで凍りつく様な寒さを感じさせるものは少ない。そういう緊張させる場面がいくつか続いていく。


1.中国の寒々しい光景
まわりのネオンがさみしげだ。中国へ行ったことある人で、観光コースからちょっと離れて裏さみしい場所を夜1人歩いたことがある人ならば、独特の薄気味悪い情感がわかるかもしれない。ここではそのネオンを効果的に使っている。赤のネオン、鉄橋の黄色いネオンいずれも映画のムードにあっている。建っている建物が古い。たぶん戦前の満州国の一角なのかとも思ったが、ロケ地はハルビンという説もある。伊藤博文安重根に暗殺された場所だ。ハルビンというと波風が日本では立ちそうなので、あえて架空の都市としているのかもしれない。

2.観覧車に一緒に乗る二人
最終場面、ジャンとウ―が観覧車に乗る。このシーンを見て、オーソンウェルズ「第三の男」を連想した。この映画における「謎の男」の使い方はまさにあの映画を意識しているといえる。しかも、謎の男が強い!ちょっとビックリさせるようなパフォーマンスが用意されている。あとは夜総会のネオンだ。いかにも日本のパチンコ屋のネオンを倍くらい派手にしたような中国の夜総会らしいネオンをこの映画のキーポイントにしている。ネオンの使い方がムチャクチャうまい。



3.題名
原題は「白日焰火」である。「白昼の花火」の意味だ。それって何なの?という感じだ。英題が「black coal thin ice」である。これから薄氷という言葉がでたのかと最初思ったが、実は「白昼の花火」というのはとんでもないキーワードだった。でも、この映画の最後への展開には「いったい何?」とビックリさせられた。まさに花火が町の中で破裂しまくる奇妙な終わり方はちょっとどうかな?

この監督なかなかやりそうだ。
久々に「第三の男」を見てみたくなった。


映画「0.5ミリ」 安藤サクラ

2015-01-16 05:26:21 | 映画(日本 2015年以降)
映画「0.5」を映画館で見てきました。
非常におもしろかったです。ネタばれありになるけど、じっくり語りたい。


評判がいいことは知っていたが、上映時間3時間16分ときいただけで、ちょっと避けていた。それでも百円の恋」の安藤サクラの演技にショックを受け、何が何でも早めに行かなくてはと思い、時間を見つけて見に行ってきました。
介護の仕事をしていた主人公がクビになり、町にいる老人たちに目を付けて押し掛け女房のようにヘルパー役を引き受けるという話だ。安藤サクラ自体の演技もさることながら、脚本の発想がよく介護される老人たちそれぞれに個性をもたせた。実におもしろい。しかも、坂田利夫、津川雅彦そして本当の義父でもある柄本明いずれもすばらしい演技でこの映画を支えている。安藤桃子女史も原作、脚本、監督とすばらしい活躍を見せたが、今回はまわりのスタッフに恵まれたのかなという印象をもつ。すばらしい映画だ。

津川雅彦の戦争話の一人舞台はちょっと長すぎという印象をもつが、それ以外は凡長に感じる部分は少なく、3時間が長いなあとは感じなかった。私自身は坂田利夫の演技を特に称賛したい。


介護ヘルパーの山岸サワ(安藤サクラ)は、派遣先の奥さん(木内みどり)からおじいちゃん(織本順吉)と一晩過ごしてほしいと依頼される。当日の夜、思いもよらぬ事故が起こり、サワは家も仕事も失ってしまう。
貯金もなく窮地に立った彼女は、駐輪場の自転車をパンクさせる茂(坂田利夫)や、書店で女子高生の写真集を万引きする義男(津川雅彦)ら癖の強い老人を見つけては家に上がり込み、強引に彼らのヘルパーとなる。彼らもはじめは面食らうものの、手際良く家事や介護をこなし歯に衣着せぬ彼女に次第に動かされる。
不器用なため社会や家族から孤立した彼らは懸命にぶつかってくるサワと触れあううちに、生の輝きを取り戻していく……。
(作品情報より)

安藤サクラ演じる主人公サワはまじめだ。しかも、仕事はできる。
介護の仕事ができるだけでなく、料理にしろ、掃除にしても家事一般全部こなす女性である。お嫁さんにするなら一番という女性だが、ある家での事件は運が悪いとしか言いようにない。でもこの事件がなければこのストーリーはないのであるが。

本来介護の派遣先からは禁止されているが、何度も通ううちに情が移り、しかもいいお金をくれると聞き、介護しているおじいさんに添い寝するという話をサワが受けてしまう。でも若い女性が隣にくると、いつもはぐったりしているおじいさんも一変して発情する。主人公サワにキスをしまくり、触りまくる。サワに触った手を離さない。そうしているうちに布団のそばにあるストーブに、布団が火が燃えうつり火事になってしまう。

気がつくと、寮を追い出され職を失う。帰る家もない。
路頭に迷っている時に、あるカラオケ店でそこに泊りたいと店員に言い寄る若干ボケ気味の老人を見つける。


とっさに知り合いのふりをして、一緒にカラオケ店の中に入り一晩老人と過ごす。別にエッチするわけではない。
朝になり別れるが、老人は付き合ってくれたことに感謝して一万円と自分がはおっているオーバーコートをくれる。


失業した主人公が何かに目覚める場面である。

1.坂田利夫の話
1人暮らしだ。自転車を見つけては、自分の小道具でチェーンを外し勝手にに乗り回す。おじいさん(以下坂田とする)がスーパーにおいてある自転車のタイヤをパンクさせているのをサワが見つける。「おじいちゃん何やっているの?」と話しかける。何も知らないと言い張る坂田を脅迫するようにサワが買い物させる。そのあと、サワが付けていく。そうすると、知り合いと称する男(ベンガル)にインチキ投資話を勧められているのだ。でもその際に坂田が大金をもっていることが分かり、サワが近づいていく。うっとうしいと思いながら、弱みを握られた坂田は家に入れる。そして気がつくと、押しかけ女房のようにサワが住み着くのだ。


ヘルパーというわけでもない。「押し掛け女房」という名がピッタリの家事をやる居候のようなものだ。
元自動車整備工だけど、小金をためてきたので1000万円はあるという。でもそのままにしておくと、詐欺に引っかかってしまう。サワは正義感を発揮させる。

ここでの坂田利夫の演技は天下一品だ。ここでお笑い系のオヤジをもってきたこと自体、キャスティング大成功である。本当にうまい。日本映画のさまざまな助演男優賞に若手が選出されているけど、本当は坂田を推すべきだな。ここの坂田利夫は冴えまくる。

この坂田演じる茂には宝物がある。「いすゞ117クーペ」だ。うーん懐かしい!!
一度はこの車をオヤジに買ってもらおうと思っていたこともあったので、思わずのけぞった。
やがてサワと別れる日が来る。そのときにはこの車はサワのものになる。


自分は平成のはじめに5年大阪にいたことがある。大阪というのは貧富の差が激しい。前近代的資本主義のような家内工業を営む人が多く、こういう工員さんのような人は割といた。でも彼らは意外に金をもっていた。見栄えはしないけど、無駄な金を使わないでじっくり貯めるのだ。坂田に金がある話は信憑性あるなと思ったものだ。

でも危なかった。サワが詐欺と見抜いたインチキ投資話に引っかかるところだった。それなのに坂田は詐欺師をかばう。引っかかったんだったらそれでも構わないんだという。こういう人っているよな。結婚詐欺に引っかかって被害届を出さない人たちみたいだ。
いろんな教訓が話に含まれているような気がした。

2.津川雅彦の話
本屋でセーラー服の写真集に見入っている老紳士を見つける。しかも、それを洋服の中に入れて持ち去ろうとしている。
そこに現れるのがサワだ。「オジサン何しているの?」ときたものだ。この近づき方↓おもしろい。


この映画の説明文には書いていないけど、サワは明らかに弱みに付け込んで老人の懐に入る悪いやつだ。
それが家事と介護の腕が天下一品なんで老人たちに好かれていくという構図だ。
教職だという津川の家は家政婦もいて金は大きな家だ。この家には要介護の認知症になっている妻がいる。それを草笛光子が演じる。サワが彼女の介護をするのは手慣れたものだ。すぐに受け入れられる。もともと音楽関係にいたであろうこの妻はぼけても歌だけは忘れない。「光子の窓」はともかく年老いてもミュージカルをずっとやっていた草笛には適役である。


津川雅彦はエロオヤジが得意だ。今から20年くらい前までは、渡辺淳一原作の「不倫の帝王」のような役が得意だった。伊丹十三映画でも常連だった。今回大物の起用だけど、奥田瑛二とその昔女遊びをした仲間って感じだよね。奥さんへの罪滅ぼしに出たのかな?
ずいぶん老けちゃったけど、女子高生のセーラー服に興味をもったり、サワの入浴を覗き見するような役はお手の物だ。ここではかなりの長まわしで、戦争批判の話をするけど、ちょっとよけいだなあ。津川雅彦はさすがの演技をしたと思うけど、この映画で唯一の苦痛だった。でも「0.5ミリ」という題名はその津川雅彦のセリフの中にある。

それでも津川とも別れが来る。姪が面倒をみると言ってくるのだ。
こういう話もよく聞くなあ。自分がお世話になった93歳のおばあさんが昨年亡くなった。まめなおばあさんで随分と30年近くお世話になったが、ご主人とは20年以上前に死別して子供がいなかった。何でも自分でやる人で、2年前に施設に入る前は人の世話を一切借りなかった。どうなるのかな?と思っていたら、突然姪が現れる。あまり縁が強くないのかな?と思っていたら、しっかり財産目当ての人が現れた。このおばあさんには面倒見ている近い人がいたけど、あっさり姪が多額の遺産をさらっていった。そんなものだ。

ここでは浅田美代子がその姪を演じる。身近に似たような話があったので坂田の話同様ありえそうな話だなあと思った。
浅田が演じるのであんまりずうずうしくないタイプの姪だけど、もう少しいやらしい女だったらもっとおもしろかったのかもしれない。

あと柄本明の話があるけど、最初の火事の話とつながる。でもこの話は真のネタばれなんでやめておこう。
ただ、安藤サクラが思いっきり柄本明を蹴っ飛ばすシーンがある。おいおい義理のお父さんじゃない。
そう思いながらも蹴りには力がこもっていた。


それにしても、ファミリーの協力がうらやましい。普通、夫婦両家のお互いの家族がこんなに協力しあうのってあまりないでしょう。
安藤サクラって幸せな人生を歩んでいるんだなあと感じる。

だからこんな傑作ができたんだろうと

映画「処女の泉」 イングマール・ベルイマン

2015-01-15 19:49:14 | 映画(洋画 69年以前)
映画「処女の泉」は1960年のイングマールベルイマン監督のスウェーデン映画


先日イングマールベイルマン監督作品の「野いちご」をコメントしたが、この作品は「野いちご」より後に製作されているが、日本では先に公開された1961年のキネマ旬報洋画部門1位の作品であり、1960年のアカデミー賞外国映画賞を受賞した。
中世のスウェーデンが舞台で、1人の少女が流れ者に強姦され殺された後で、父親が復讐をするという話に宗教的意味をもたせてつくられた作品だ。自分の感覚では、単なるレイプ映画の粋を超えない。「野いちご」と比較するとそんなにいいとは思えない。

16世紀のスウェーデン。豪農テーレ(マックス・フォン・シドー)の屋敷。召使のインゲリ(グンネル・リンドブロム)は、朝の支度の手を止め、異教の神オーディンに祈りを捧げていた。家の中ではテーレと、敬虔なキリスト教徒の妻(ビルギッタ・ヴァルベルイ)が朝の祈りを捧げている。寝坊して朝食に遅れた一人娘のカーリン(ビルギッタ・ペテルソン)は、父親のいいつけで教会に寄進するロウソクを届けに行くことになる。母親の心配をよそに、晴れ着をまとって上機嫌のカーリン。美しく世間知らずの彼女を妬むインゲリは、お弁当のサンドイッチにヒキガエルを挟み、ささやかな復讐を試みる。


両親と召使たちに見送られ、馬に乗って出発したカーリンとインゲリは、美しい湖畔や野原を越えていく。小川の流れる小屋にさしかかった時、インゲリは急に言い知れぬ不安を覚え、教会へ行かないようにと頼みこむ。笑って聞き流したカーリンは、インゲリを小屋に残し、ひとりで先を進んでいく。インゲリは、オーディンの神を信奉するという小屋の主人に心を見透かされ、恐れて逃げ出す。
森の奥深く進んでいくカーリンの姿を、三人の浮浪者が見つめていた。

この構図はきれい↓


疑いを知らない彼女を言葉巧みに誘い、一緒に昼食をとるが、連れていたヤギが盗んだものであることを見抜かれ、カーリンを強姦して殺してしまう。少年の浮浪者は、目の前の光景を恐ろしげに見つめていた。後から追ってきたインゲリは、その一部始終を目撃するが、憎いカーリンが犯される愉快さと恐怖を同時に味わい、止めに入ることができない。


夜になり、娘の帰りを待つテーレの屋敷に、そうとは知らない浮浪者たちが現れ、一夜の宿を乞う。中に招き入れ温かい夕食を供するが、少年は目撃した罪の恐怖で震えが止まらず、食べ物がのどを通らない。夜中、様子を見に行ったテーレの妻は、浮浪者たちにカーリンの晴れ着を売りつけられる。事情を察した彼女は、寝ていたテーレに娘の服を見せる。テーレが刀を持って外に出ると、階段の下にインゲリが震えていた。事情を聞いたテーレは、シラカバの木を倒し、その枝を切って沐浴する。身を清めたテーレは、刀を手に浮浪者が寝ている部屋に向かう。テーレの妻は、夫が入った部屋に鍵をかけた。
(作品情報より)

「強姦された娘の復讐をする父親」という一言で語ると、どうってことない話に思えるが、実際そうである。
最初に日本で公開された時は、強姦された場面が映倫でカットされたようだ。別に少女を裸にしているわけではないが、見ようによってはむごいと感じさせる部分もある。ただ、現代ではレイプシーンというのは見慣れたものになっているし、この程度のきわどさはさほど驚くものではない。それを除いて公開されたにもかかわらず、一番すぐれた映画としてしまう意味が現代感覚の自分からするとよくわからないといわざるを得ない。

召使いのインゲリが異教の神を信じているというのがポイントのようだけど、宗教の話はよくわからないなあ。彼女はお嬢様であるカーリンを嫉妬している。しかも、強姦される前にインゲリはカーリンにピンタをくらっている。ムカついているわけだ。強姦されても仕方ないくらいの気持ちもあったように見受けられるが、さすがに殺されてしまうまでは思わなかったようだ。

それにしてもこの女不気味な顔をするのがうまい。



監督は多分に女性を下等と見ないしている部分がある。ここでもそういったネタミを前面に出して、強姦する流れ者も悪いけど、それだけのせいにはしていない。でも最後にカーリンの死体の下から突如として泉が流れる。これは神の仕業としている。こういうのはちょっと苦手

(参考作品)

野いちご
老医師の妄想


処女の泉
知識人好みの60年代のレイプ映画

映画「ニシノユキヒコの恋と冒険」竹野内豊

2015-01-15 05:31:04 | 映画(日本 2015年以降)
映画「ニシノユキヒコの恋と冒険」は川上弘美の小説を映画化した2014年公開のラブコメディ


キネマ旬報2014年ベスト10の10位に意外な映画がある。まったく見る気にもならなかった映画だが、一応見ておこうという感じ
「ゴースト」「居酒屋ゆうれい」など亡くなった人が、目の前に現れるというスタイルはたまにあるが、この映画はその亡くなった男が生前いかに女遊びをしたかというのを葬儀のときに娘?が1人の女性から聞くという話

主人公、ニシノユキヒコ(竹野内豊)が人妻のナツミ(麻生久美子)とその娘5歳のみなみに海辺のカフェでと3人であっているシーンからスタートする。ナツミは「もう会えないのね」とさみしがっている。本当は結婚して幸せになりたいのに、というニシノに、でもあなたには無理よねとナツミは言っている。


10年後、ニシノユキヒコは車にはねられて死んでしまう。
成長したみなみ(中村ゆりか)の家に幽霊が、突如やってくる。みなみには普通に「ニシノ」が見えるが、その後家に帰ってきたみなみの父にはまったく見えない。母ナツミはもうみなみと父のもとから姿を消していた。ニシノは自分が死んだら、ナツミのもとを尋ねる約束をしていたから戻ってきたという。


そのあと、幽霊のニシノに連れられ、みなみはニシノの葬儀にむかう。他の参列者からはニシノの姿は見えないようだ。
貧血で倒れそうになったところを介抱してくれた中年のご婦人サユリ(阿川佐和子)から、ニシノの過去の恋愛遍歴を聞きはじめる。サユリは料理教室でニシノに出会い、とりこになったようだ。でも他にも大勢とりまく女性がいた。
ニシノのかつての恋人カノコ(本田翼)がちょっかいを出すのと同時に、3歳年上の会社の上司マナミ(尾野真千子)が近づいてくる。二股のようにつき合っている時に、ニシノの隣室にいる昴(成海璃子)とタマ(木村文乃)も、猫がニシノの部屋に潜り込んできたことをきっかけに仲良くなる。
ニシノは彼女たちの欲望を満たし、淡い時を過ごす。しかし、女性たちは最後には必ず自らニシノのもとを去ってしまうのであったが。。。。


葬儀のロケが鳩山一族の大豪邸である文京区の「鳩山御殿」であるのが見てすぐわかる。ニシノの実家という設定だ。スゲエところでロケするなあと思っていたが、ロケハンティングが非常にうまい映画で、江ノ電が走る「鎌倉」の海岸近く、「新宿」の本屋、「御茶ノ水」の聖橋の横、「田町」のオフィス街や中央区の高層マンション横など映像センスにあふれる場所で映画を映しだす。

何より人気エッセイストでベストセラーを連発している阿川佐和子さんが出演しているのでビックリ。恋の物語だけど、彼女すでに60歳超えているのに、もう少し若く見えるので違和感はない。
この映画での竹野内豊との会話がどうもアドリブにしか聞こえない。たぶんそうだろう。


阿川から映画「カサブランカ」の話を持ち出すが、ハンフリーボガードの名前がでても、イングリッドバーグマンの名前が思いだせない。しかも「カサブランカ」を真顔で50,60年代の映画と言ってしまう。いくらなんでもシナリオあったらこうはしないよなと思い苦笑い。
ここで阿川さんがハンフリーボガードの役を本来演じることになっていた人は誰か?と竹野内豊に聞くシーンがある。映画俳優としてでなく、別の意味で有名になった人という形で疑問を投げかける。一瞬自分も考える。わからん??
正解は「レーガン」だそうです。

あとは本田翼と尾野真千子の恋の競い合いがおもしろい。
女たらしとわかっていても、ライバルの存在を知り、牽制しあいながらニシノに近づく。家ではちあわせもしてしまう。
そうしているうちに隣室の2人も絡む。
これだけもてりゃいいねえ。源氏物語でも意識したのかなあ??
ただ、いいよと他人に薦める作品ではないのは確かだ。

映画「今日子と修一の場合」 安藤サクラ

2015-01-14 07:21:27 | 映画(日本 2015年以降)
映画「今日子と修一の場合」は2013年公開の奥田瑛二がメガホンをとった作品

安藤サクラの「百円の恋」の熱演を見て、急に見てみたくなった作品だ。正直奥田瑛二が監督ということでどうかなと思い、DVDレンタルを手にすることはなかった。でも安藤サクラの演技が気になる。夫の柄本佑「フィギュアなあなた」佐々木心音の美乳にむさぼりつく姿が印象的だった。
しかし、ジャケットでの印象と異なり、本当に夫婦となった2人はこの映画で一緒に演技することはない。少しすれ違うだけだ。同じ東北三陸の海岸出身という設定でそれぞれの2人の人生ドラマを描く。


今日子(安藤サクラ)は、三陸の港町で夫と息子と暮らしていた。夫の体調が思わしくなく、生活のため働きに出るので生命保険の外交員をすることになった。しかし、成績は上がらない。それを見かねて、営業所長が自らとった契約を1本今日子につけてくれたが、肉体での代償を求められた。その後、自営の社長に女の武器で迫り、保険の契約をとったが、それがばれて離婚せざるを得なくなった。そしてやむなく上京すると、いいバイトがあるとヨタ者に誘われ、腐れ縁になりつつある。


修一(柄本佑)は受験生だったが、勉強に身が入っていなかった。会社をリストラになった父親(平田満)は酒クセが悪い。父親がうっ憤を晴らそうと、母親(宮崎淑子)に暴力をふるっているのを助けようとして父親を殴り殺してしまう。少年院に入り、刑期を終えて出所し、今は町工場で働き始めるところだった。


2人がそれぞれの事情で故郷に帰れず東京にいる時、突然大地震が発生する。テレビは、故郷が巨大な津波に飲み込まれる様子を映し出していた。
今日子は、金をせびり絡んできた相手を地震で大揺れしている時に、誤って包丁で刺してしまう。修一は、自分の過去が工場の若い同僚にばれてイジメに会うのであるが。。。


それぞれの話はありげな話である。
生命保険の営業で、自分の肉体を武器に契約をかせぎ、家にばれて離婚した女性が風俗系のキャッチマンと知り合うなんて構図は話としてはつくれるが、そこまで極端かなという印象をもつ。仕事で生命保険の営業所に行ったことがあるけど、朝礼で大勢の女性セールスレディを前にした営業所長がさかんに気合を入れているのを見た。所長の話を聞いているのか聞いていないのかよくわからないけど、契約が決まった生保レディに対して、すごい勢いで周囲が拍手をしていたのが印象に残った。ここでカン二ング竹山が生命保険の営業所長を演じたけど、これはなかなかうまかった。



柄本佑の父親を殺す場面もちょっと極端な気がする。東北大をでたけど長年勤めた会社をリストラになったという父親を平田満が演じていた。うだつの上がらない飲んだくれオヤジの見せ方はさすがにうまい。確かに50前後になると、学校の同級生だった奴にリストラ組っているよなあ。子供がまだ私立の学校とか行っていると最悪だよね。ここでは息子が勉強に身が入らないという設定だ。そういえば昔バットで親を殴り殺した予備校生がいたけど、今どうなっているんだろう。こういうのをみると、運良く今も会社に残れてよかったなあと思う。

映画の中に志津川の町が映し出される。その昔、東北へ社内旅行に行ったときに志津川の海ぎわの温泉ホテルに泊ったことがある。映画の中にも遠目にそのホテルが映っていたけど、津波の被害は信じられないくらいひどい。
2人の俳優の演技の水準はそれなりだし、周りも好演だけど、映画としては普通

今から15年以上前くらいに、奥田瑛二が銀座「やす幸」で有名女優と一緒におでんを食べているのを見たことがある。さんざん遊びまわってきたんだろうけど、もう年貢の納め時なのかな?娘2人が有名人になってくると、意外におとなしくなるかな?

映画「野いちご」 イングマール・ベルイマン

2015-01-12 09:18:41 | 映画(欧州映画仏以外 )
映画「野いちご」は巨匠イングマール・ベルイマン監督による1957年のスウェーデン映画だ。(日本では1962年公開)
キネマ旬報ベスト10の最新情報が発表されたが、本作品は1962年の洋画部門1位である。


この作品を自分のベスト作品という人は多い。なにげに「ロードムービー」である。名誉博士号を授賞することになった老医師が、授賞式に出席するために車で自分に縁の深い場所をめぐりながら、現地に向かう。妄想をめぐらせながらいろんな人との関わりをもっていく一日を描いた作品である。
宗教的観念性をもつ他のイングマール・ベルイマン監督作品とはちがって難解ではない。それでも、悪夢が描かれ、現実を交差する中で医師がわずかながら変わっていく姿を描いている。この映画を本当に理解できるのはもう少し年をとってからなんだろうなあと思うけど、何度も見てみたいと思わせる映画だ。

78歳の孤独な医師イーサク・ボルイ(ヴィクトル・シェストレム)。妻は亡くなり、子供は独立して、今は家政婦と二人きりの日々を送っている。長年の功績を認められ、明日ルンド大学で名誉博士号を受けることになっていた。その夜イーサクは奇妙な夢を見る。

人影のない街、針のない時計。彼の前で止まった霊柩車。中の棺には彼そっくりの老人がいて、手をつかんで引きずり込もうとする。
夢から覚めたイーサクは、飛行機でルンドに行く計画を取りやめ、家政婦アグダの反対を押し切って車で向かうことにする。
車の旅には、息子エーヴァルドの妻、マリアン(イングリッド・チューリン)が同行することとなった。マリアンは家族に対して冷たいイーサクの態度をなじる。道の途中、ふと思いつき、青年時代に夏を過ごした邸宅に立ち寄る。古い家のそばに広がる野いちごの茂みに腰を下ろし、感慨に耽るイーサク。いつしか現在の感覚が薄れ、過去の記憶が鮮明によみがえってくる。

野いちごを摘む可憐な乙女、サーラ(ビビ・アンデショーン)。彼女はイーサクの婚約者だが、彼の弟に口説かれ、強引に唇を奪われる。家の中ではイーサクの母親、兄弟姉妹、親戚一族が揃い、にぎやかな食卓を囲んでいる。弟との密会をからかわれ、動揺するサーラ。彼女は真面目なイーサクより、奔放な弟に惹かれていることを密かに告白する。


夢から覚めたイーサクの前に、サーラそっくりの娘(ビビ・アンデショーン1人2役)が立っていた。サーラという名前の快活な女学生と、ボーイフレンドである2人の若者が旅の道連れとなった。途中、事故にあった夫婦を助けるが、アルマンと名乗る夫とその妻は車内で喧嘩を始め、うんざりしたマリアンは二人を追い出す。車はかつてイーサクが住んでいた美しい湖水地方にさしかかる。立ち寄ったガソリンスタンドでは、子供の頃に面倒をみた店主が彼を覚えていて、心のこもったもてなしをする。途中、年老いた母親の屋敷を訪ねたイーサクは、忘れていた過去の記憶に触れ、車の中で疲れて眠りに落ちる。

イーサクに手鏡をつきつけ、老いた自分の顔を見るよう促すサーラ。彼女は弟と結婚し、仲睦まじく暮らしていた。アルマンに導かれ、医師の適性試験を受けたイーサクは、ことごとく失敗して不適格とみなされ「冷淡で自己中心的、無慈悲」の罪を宣告される。更に一組の男女が密会する光景を見せられる。それはかつて目撃した、妻カーリンの不倫現場であった。アルマンはイーサクに「孤独」の罰を告げる。
(作品情報引用  太文字は夢想場面 )

私は今までに、自分の死体と出会う夢を見たことはない。高い場所から飛び降りたりする夢を見ても、その途中で目が覚めてしまう。あれ!これは夢なんだという夢を見るときでも、自分は死んではいない。自分もいい年になったが、こういう夢を見るのはもう少したってからなんだろう。逆に言うと、見るようになった時は死期が近いと悟って心の準備をしなくてはならないのかもしれない。

それにしても、人間のいやな部分を徹底的に見せつける映画だ。主人公も老人のわがままを通し続ける。
「人の悪口を聞くのが嫌で友人をもたない」という主義だ。孤独だけど、それでいいとしている。
人話は聞かない。エゴイストで、頼って自分のもとに来ている息子の嫁にもそっけない。タバコを吸おうとする娘に対して、男が葉巻をすうのはいいけど、女は禁煙にすべきだという。

それじゃ、女の楽しみは何?という質問には
「泣くこと、出産と人の悪口を言うこと」そうのたまう。

本来授賞式には40年来仕えているメイドと飛行機で駆け付ける予定だった。
でも自分の死体と対面する悪夢を見て、朝3時に車で行くことにしたわけだ。その途中で出会いがある。


1.気難しい出演者たち
主演のヴィクトル・シェストレムはサイレント映画時代の名監督だったという。当時78歳、現代と比較すると明らかに寿命が短い当時ではこの年での出演は多少無理があったろう。でも彼にしか出せない独特の雰囲気がまさに気難しい老医師というのをしっかりと演じている。枯れ切った表情にも味がある。事実この映画に出演した3年後に亡くなっている。渾身の演技だったわけだ。

その主人公には96歳になる母親がいる。これがまたイヤな女だ。息子の顔を見るなり、死んだ嫁の悪口がはじまり、悪口が止まらない。それをみて主人公の息子の嫁が「死さえも彼女をさけているようだ。」とあきれてしまう。他にも事故に遭遇してであった夫婦の変人ぶりなど、この世のイヤな部分を全部出し切るみたいな感じである。

2.イングリッド・チューリン
映画で最初に彼女が出てくる場面がある。その美貌にハッとさせられる。
日本映画の場合、一部女優を除いて昭和32年当時の女性は現在と比較すると、何かアカぬけない。イングリッド・チューリンの場合は、むしろ現代よりも進化している未来人のようだ。自分と同様の感想を当時映画を見た日本人は感じたであろう。


どちらかというと、現代人に近い考え方をもつ。

3.1962年度(昭和37年度)のキネマ旬報評価
この年はミケランジェロアントニオーニ監督の「情事」、「夜」、ジョンフォード監督「怒りの葡萄」、ポールニューマンの「ハスラー」と名作ぞろいで、2位は「ニュールンベルグ裁判」だ。そんな中、自分がよく知っている3人の選考委員が10点をつける。津村秀夫と双葉十三郎、そして淀川長治だ。

津村秀夫は自分の大学で「映画論」を講義していた。
「人生の厳粛と苦汁と甘美さとが、融合しており独特な風味を形成しているのであり、それは人生の終末点に立って枯れ木のごとくゆれる哀れに心細い老人の内面であっても、そこに展開される世界は色彩感が豊富であって幻滅も愛も戦慄も恐怖も織り成されているのだ。舌の上にのせても、とろりとするような甘美さが残るのである。」

大先輩双葉十三郎は長い評論家人生に9000本ほど評価した中で、最高点を与えている数少ない15本の1つとしている。
「潜在意識のの映像化という手法を用いた人生観照ドラマとして最高峰を極めたものである。。。老いて死を予感している主人公の内面のとらえ方は見事としかいうほかない。人々との接触で微妙に変化していく経過が、夢と幻想を交えて描かれているうちに、彼の人生が浮かび上がっている。」

映画雑誌編集者だった淀川長治双葉十三郎は仲がいい。一方で朝日新聞の映画担当記者で「週刊朝日」編集長だった津村秀夫双葉十三郎映画「商船シナシチ―」のことで論争をしたことがある。
そんな3人だけど「野いちご」は10点だ。この年断トツのトップである。

最後にむけて徐々に心を開く主人公の境地に自分が至るのかどうか?これからもこの映画を見ていきたい。

キネマ旬報2014年ベスト10をみて

2015-01-10 18:31:48 | 映画 ベスト
 【日本映画】ベスト10

そこのみにて光輝く
②0・5ミリ
③紙の月
④野のなななのか
⑤ぼくたちの家族
⑥小さいおうち
⑦私の男
⑧百円の恋
⑨水の声を聞く
⑩ニシノユキヒコの恋と冒険⑩蜩ノ記


2位、4位、9位、10位は見ていない。特に4位と9位はまったく知らなかった。
(後日記:2位、10位見る。2位は確かにその価値がある映画だ。10位は誰が推したんだろうと感じる。普通)
1位は予想通り、これはずば抜けてよかった。助演男優賞に菅田君が入ってもよかったのではないか。池脇千鶴も良かったけど、安藤サクラにはちょっとかなわないよなあ。「百円の恋」は年末公開で見ていない人がいるんじゃないかな?もう少し順位が上でもおかしくない気がする。「安藤サクラ」の主演女優賞は当然だろう。

見ている6作で自分なりに順位をつけると
1位そこのみにて光輝く、2位百円の恋、3位私の男、4位小さいおうち、5位紙の月、6位ぼくたちの家族
0・5ミリは早めに見る。自分の順位でどこに入ってくるのかな

 【外国映画】ベスト10

①ジャージー・ボーイズ
②6才のボクが、大人になるまで。
③罪の手ざわり
④エレニの帰郷
⑤ブルージャスミン
⑥インターステラー
⑦リアリティのダンス
⑧インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌
⑨ウルフ・オブ・ウォールストリート
⑩ラッシュ/プライドと友情


3位、4位、7位は見ていない。
イーストウッド作品はキネマ旬報ベスト10では6回も1位をとっている。「許されざる者」「スペースカウボーイ」「ミスティックリバー」「ミリオンダラーベイビー」「父親たちの星条旗」「グラントリノ」についでこれで7回目だ。審査員好みなのであろうか?週刊文春のシネマチャートでももう一息で満点の24点だった。ブルージャスミンの5位は意外。コーエン兄弟好きの自分でも「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」はそこまでいいとは思えなかった。自分好みの「ラッシュ/プライドと友情」は滑り込みセーフだ。


見ている7作で自分なりに順位をつけると
1位インターステラー、2位ジャージーボーイズ、3位ラッシュ/プライドと友情、4位6才のボクが、大人になるまで、5位ウルフ・オブ・ウォールストリート、6位ブルージャスミン、7位インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌
「罪の手ざわり」はえげつなさそうで見ていなかった。残り3作は早めに見る。

全般的には意外感はなかった。

映画「百円の恋」 安藤サクラ

2015-01-08 20:53:19 | 映画(自分好みベスト50)
映画「百円の恋」を映画館で見てきました。
本当によかった。熱い高揚感を感じさせてくれた。この映画の安藤サクラは本当に凄い。たぶん今年の日本映画の主演女優賞は全部彼女がさらっていくんじゃないかな?そう思わせるようなすばらしさでした。


若干ひきこもり気味の32歳の独身女性がひょんなきっかけでボクシングをはじめ、プロテストを受けようとするお話。女性のボクシング映画と言えば、アカデミー賞作品「ミリオンダラーベイビー」のヒラリースワンクが目に浮かぶ。彼女の劇中年齢設定も31歳だった。クリントイーストウッド、モーガンフリーマンという超大物が支えながら、名作をつくったのに対し、ここでは有名俳優の援護射撃はない。安藤サクラの独壇場だ。
若干ネタばれもあるが語っていきたい。

32歳の一子(安藤サクラ)が主人公である。弁当屋を営む父母と一緒に暮らしていたが、自堕落な日々を過ごしていた。そこに妹の二三子が出戻り子連れで実家に帰ってきた。弁当屋を手伝わない一子に二三子がムカつき大ゲンカ。一子は母親から金をもらい、アパートを借りて一人暮らしを始める。


町の百円ショップに面接に行き、深夜のバイトを始める。店長も変わっているが、それ以上にひたすらしゃべりまくる男性店員がおかしい。それに加えて夜中に残りもの弁当を持って帰る変な浮浪者オバサンがいる。そんな一子は、帰り道にあるボクシングジムの練習に目をとめるようになった。そこには、一人でストイックに練習するボクサー・狩野(新井浩文)がいた。練習を覗き見することを唯一の楽しみとしていた。

ある夜、そのボクサー・狩野が百円ショップに客としてやってくる。いつもバナナばかり買っていくようだ。バナナを忘れていったことをきっかけに話すようになる。そんな狩野がボクシングの試合のチケットをレジで渡し、一子は男性店員と一緒にボクシングの試合を見に行くのであるが。。。


ボクシングの試合に一子は感動する。終わった後に肩をたたきあって激励しあう姿をすばらしいと感じる。やがて、2人はつきあうようになる。不器用な一子にできた初めての恋人であったが、狩野が浮気してあっさりおわってしまうのだ。落胆する一子はその不満をはらそうとボクシングジムに入門する。

ボクシングジムでのしぐさはたどたどしい。パンチもお嬢様のお遊びのようだ。ところが、一子は練習に集中する。

ここからが凄い!
一子の動きがシャープに一変するのである。シャドウボクシングのパンチも鋭いスピード感あるものとなる。
見ていてアドレナリンが噴出してくる。手に汗を握るくらいスリリングな動きだ。



なんだこの変わり方は!!
しかも代役をたてているわけでない。パンチ部分だけ、画面スピードをあげているわけでもない。
リアルな安藤サクラである。

そしてプロテストに向かう。
徐々に我々のテンションも上げていく。無理だといわれながら、試合にも挑む。
おそらく、映画館全体で安藤サクラを応援していたのだと思う。

試合ではグータラ娘を見守っている父母や妹とおいも応援していた。心配そうに見ていた。
きっとこの瞬間をみて、安藤サクラの本当の両親も興奮していたであろう。いやーすごかった。


印象的なシーンは数多くあるが、自分にとって一番気になったシーンがある。
弁当屋を営む母親の具合が悪くなり、父親が手伝ってくれないかと、外に飛び出した娘のところへいき、一緒に酒を飲む。
その時、安藤サクラ演じる一子が初めてすがすがしい笑顔を見せる。それまで、相手に返事をするのもたどたどしい娘がボクシングを練習をするようになって変わっているのだ。この笑顔が脳裏にこびりつく。

涙腺を熱くする映画であった。

映画「あと1センチの恋 」 リリー・コリンズ

2015-01-07 20:08:18 | 映画(洋画:2013年以降主演女性)
映画「あと1センチの恋」を映画館で見てきました。
素敵な恋物語に感情流入でき、楽しめました。よかったです。
何を見ようかというと選択に迷い、80年代の全米ヒットチャートを語るには欠かせないフィルコリンズの娘が主演で出ているということ、映画で流れている音楽のセンスがいいという情報を得て選びました。これは大正解でした。


幼なじみの2人が18歳からすれ違いの恋を繰り返すという話と聞いて、図形の双曲線が交わりそうで交わらないような関係を描く昭和20年代の日本を代表する映画「君の名は」を連想した。見てみると2人が消息不明になるわけでなく、連絡をしようと思えばできないことがない状態という恋である。どちらかというと、香港映画の名作ピーターチャン監督、レオンライとマギーチャン主演ラブソングの2人の恋に近いかもしれない。

男性にはわかりづらいなあという女性心理を見せる場面もあるけど、比較的共感できうる恋だった。しかも、フィルコリンズの娘が主演という響きは40代後半から50代にかけてのオジサンには通じやすい。この映画の父親が娘に対するやさしさを見せる場面が何度も出てくる。この父親像が実にいい。オジサンたち、いや娘をもつ若いお父さんもこの映画見ていいと思うんじゃないかな。

恋愛モノで何かおすすめ?と聞かれたら、しばらくはこの映画を推すつもりです。

ロージー(リリー・コリンズ)とアレックス(サム・クラフリン)は6歳からの幼なじみで、ずっと一緒に青春を過ごしてきた友達以上、恋人未満の間柄。家も近所でくだらない話も夢の話も恋の話も、なんでも2人は共有してきた。


たえず一緒に過ごしてきた2人も思春期に入り、別のお相手との恋を意識する年頃になってきた。図書館で一緒になったベサニーという女の子がアレックスにちょっかいを出してきて、ロージーもクラスメイトのグレッグと仲良くなる。そしてそれぞれ初体験を経験するようになる。

アレックスは小さなイギリスの田舎町を離れ、ハーバードの医学部を目指していた。それを聞き、ホテル事業に関心をもっていたロージーは同じボストンにあるボストン大学を志望しており、受験して合格通知が来た。ロージーは喜んだが、パーティでグレッグとメイクラブした際、避妊に失敗して妊娠したことがわかった。悩んだ末、家系がカトリックで胎児を中絶できないロージーは大学をあきらめ地元に残り、子供を産むことにした。アレックスは、それを知らずにハーバード大学へ行くことになった。


その後、アレックスはボストンに行ったあと、ベサニーと別れるが、同級生の美女とくっつく。
ロージーは里子に出してという最初のもくろみは忘れて、自分の子供にして育てる。ホテルに勤めながら働いていく。父親であるグレッグは避けていた。その後2人は12年間、近づいては離れていくということを繰り返していく。


他の誰よりも近い関係にあるのに、つい他の人を勧めてしまう。自分には関心がないと思わせてしまう発言でロージーは自滅している。このあたりの女性心理については、自分はよくはわからない。

1.センスのいい音楽
うわさ通りであった。1970年のバートバカラックの曲でディオーヌワーウィックがヒットさせた「I'll Never Fall In Love Again」が最初に流れる。聞いたことのないバージョンだ。その後も続く。

一人ぼっちになっちゃったロージーがさみしいときに流れるのは、ギルバートオサリバンの「アローンアゲイン」
1972年7月に6週連続の全米ヒットチャート1位である。たいへんな大ヒットで、当時日本でも大ヒットした。



ロージーが生んで成長するときにエルトンジョンの「Tiny Dancer 」が流れた。
彼らしいバラードだ。ロック少年を描いた青春映画「あの頃ペニーレインと」でも流れている



「Blue jean baby, L.A. lady」の歌詞が印象的で、シングルカットされているが大してヒットしていない。この当時エルトンジョンが好きだった自分は、今一つヒットチャートに上らないのでやきもきしていた。
次の「ロケットマン」もすごくいい曲なのにヒットしていない。念願かなってヒットチャート1位になるのは1973年2月の「クロコダイルロック」だった。中学校で同じエルトンジョン好きの男と抱き合った記憶が忘れられない。

他にもビョンセとかペギーリーなどいい曲たくさん流れている。どうしても歌名が思い出せない曲もありこれから調べたい。
気がつくとyoutubeにアップされている↓



2.リリーコリンズ
ブルックシールズを思わせる濃い眉毛である。ジェニファー・コネリーにも似ているかもしれない。80年代後半にこういう濃い目の眉毛が流行った時期もあったので、一瞬時代設定80年代だっけと思ってしまったが、その後も眉毛が変わっていないので天然なんだろう。オヤジに全然似ていないわけではないがかわいい。
80年代後半のフィルコリンズの活躍は凄かった。


全米ヒットチャート1位を連発で出している。最初は1984年の「Take A Look At Me Now」で映画「カリブの熱い夜」の最後に流れる主題歌だった。日本でもヒットした「 Easy Lover」こそ全米2位だが、 One More Night 、Sussudio と全米ヒットチャート1位である。そういう人物だから40代後半から50代のオヤジたちはかなりお世話になったはずだ。
彼女自体は89年の生まれである。つい友人の娘のような感覚で見てしまうかわいい女の子だ。


他にも印象深いシーンがたくさんある。本当であれば、もう一度みてからコメントを書いてもいいくらいだ。
ボストンにいるアレックスに呼ばれロージーが行く。きっと何かいい話があると思ってわざわざ行ったのに、そこでは婚約者がいて、しかも懐妊しているという。ロージーが怒る。この時は見ている自分もなんでわざわざ呼びつけなくちゃだめなんだとムカムカしたが、友達だから呼んだんだよという。なおのことロージーが憤慨して別れていく場面には不思議な感情をもった。




コメディ的な要素も散らばめていて、2人が初体験を済ませた時、コンピューターの試験中で、チャットでお互いが報告しあうのを先生やクラスメイトにばれてしまって拍手される場面、ロージーが避妊に失敗する時、しっかりと避妊具を付けているにもかかわらず、終わってみるとない。アソコの中にそのまま入ってしまって、婦人科でとってもらうシーン、ロージーの娘が親と同じように友達パターンにはまる時のパフォーマンス、パーティでロージーがプールに投げ込まれるシーンなどなど笑えるシーンは多々ある。シリアスな部分だけでなく、観客を意識して笑わそうとする場面が多いのでいい感じだ。

この映画を見ながら昔の自分を思い出した。幼稚園から腐れ縁だった女の子に自分が大学に入った時、外でばったり会って食事に誘われたことがある。その場面は30年以上たった今でも鮮明に覚えている。赤坂のキャピタル東急の庭先で暗い夜道を歩いて、心臓がどきどきした気がする。でも何もその後なかった。しかも、彼女は今この世でない世界に移ってしまった。うーん、あの場面が脳裏に焼きついて仕方なかった。

(参考作品)
あと1センチの恋
交わりそうで交わらない2人の恋


ラヴソング
双曲線を描く2人の恋

映画「日本春歌考」 大島渚

2015-01-06 16:20:50 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「日本春歌考」は大島渚監督の1967年の作品
東京の大学を受験しようとする若者が主人公だが、「建国記念の日」設定反対と叫ぶデモなども組み込み社会的批判的な要素をもっている映画である。当時人気の荒木一郎が主演で、伊丹十三(一三)、小山明子、そしてまだデビュー間もない宮本信子、吉田日出子が出演している。



雪の降る東京の大学に、主人公豊秋(荒木一郎)は同窓の広井や丸山たちと共に大学受験のため上京してきた。その試験場には、ベトナム戦争反対の署名をする美しい女子学生がいた。彼女のそばに近づいていくが、女は豊秋の視線を感じ「藤原×××」と署名し立ち去る。


豊秋たちが街へ出ると、建国記念日反対のデモの行列があった。意味もなく行列について行ったところ、かつて彼らの教師で、いま大学のドクターコースに学んでいる大竹(伊丹一三)と彼の恋人高子(小山明子)が連れ添って歩いていた。豊秋たちは高子の跡をつけるが、それに気づいた高子に用件を聞かれるとただ逃げ去るしか無かった。

翌日、クラスメートの女生徒早苗(宮本信子)や幸子と会った彼らは、大竹を訪ねた。大竹は居酒屋で春歌を歌い始めた。大竹を慕う女生徒たちも一緒に歌っていた。その夜、忘れ物を取りに大竹を訪ねた豊秋は、酔いつぶれて寝ている大竹を見たがそのまま帰った。


ところが、翌朝大竹の死体が発見された。その話を聞いて女生徒は泣いて悲しんだ。刑事から検死の結果はガス管の取り扱いをあやまる一酸化炭素中毒と聞かされた豊秋は忘れ物を取りに部屋に行ったことを告げる。刑事が不審がり取り調べを受けたが、やがて解放された。豊秋は、遅れて到着した高子の前で大竹が歌った春歌を歌う。最後に大竹が歌っていたと聞かされた高子は泣き崩れる。

先に帰る早苗たちを上野駅で見送った豊秋たちは、春歌を唄いながら彼女たちや藤原を犯すことを想像する。大竹の葬式の後、豊秋は居残った高子を訪ね、大竹を見殺しにしたことを告白し、一番から十番まで春歌を歌うと十一番目に高子にのしかかるのであるが。。。

なんかわけのわからないストーリーである。
ただ、ロケ中心なので昭和42年の貴重な映像がみれるのがいい。雪がずいぶんと積もっている。当時小学生低学年だった自分にもこの時期にものすごく雪が降って、自宅でかまくらをつくって、休校後小学校で雪だるまをつくった記憶がある。


東京で雪が降るかどうかはその年によって違う。ある意味、運よく雪のロケーションとなってしまったのであろう。

いきなりピラミッド校舎らしき姿が見れるので、学習院大学?と思ってしまうが、よく見ると違うようだ。
そのあと題名である「春歌」が何度も歌われる「一つ出たほいのよさほいのほい。。」高校以降にずいぶんとうたった懐かしい歌だ。自宅から近いところに、2階に宴会場のある飲み屋があった。ある大学が自宅の近くにあり、カラオケがある前は、宴会場で手拍子しながら学生たちが歌っていた。

1.春歌
高校時代、文化祭、運動会などのイベントがあるとそのあとの打ち上げでは、みんなでこの手の歌を歌ったものだ。自分は品川区だったが、大田区から通っている生徒が多く、目蒲線に乗って蒲田によく行った。
「ちんたらかんたら学校サボって蒲田へ行くと、〇女のおねえちゃんが横目で眼とばす。もみたいな、もみたいな。。。〇女のおねえちゃんの肩をもみたいな」
なんて歌うのだ。渋谷へ行くと「館(やかた)」の女の子だったり、目白だったら「ポンジョ」の子だったりするのだ。よく歌ったなあ。

柔道部(うちは班といった)では先輩たちが集まって忘年会をやったりすると、現役の我々は高校1年から酒を飲まされてこの手の歌を歌わされた。一年上の主将が芸達者で先輩たちを笑わせていた。もちろん「一つ出たほいのよさほいのほい。。」もバリバリ歌っていた。今の子たちはかわいそうだ。妙に法令順守になってしまったので、酒も飲めない。こんなことってありえないだろう。
当時、自分たちを飲ませた先輩の中には、日本の財界を代表する方もいるが、どんなふうに思っているのであろう。

2.伊丹十三と宮本信子の出会い
この映画は伊丹十三、宮本信子夫妻の出会いの場であったようだ。伊丹はアメリカ映画「北京の55日」にも出演して、名著「ヨーロッパ退屈日記」も世に出て、このころはある程度の名声を得ていた。宮本信子はまだ無名だ。映画の中で宮本の伊丹を見る視線が熱い。演技だとは思うが、そうは思えないような実感のこもったものだ。


2人の名コンビでヒット作を量産したが、20年後の2人を予測した人はいなかっただろう。ちなみに伊丹、宮本夫妻の媒酌人は作家の山口瞳である。伊丹は山口瞳原作高倉健主演「居酒屋兆治」にも出演している。

3.美しい女優たち
雪の中で出会う女子学生田島和子が素敵だ。映画の中で彼女の自宅だという大豪邸は駒込駅から近い「旧古河庭園」で撮影されている。あとは大島渚夫人小山明子が美しい。「日本の夜と霧」の時も思ったが、その年齢から少し年を重ねたこの映画でも光る美貌だ。ヘンにインテリぶるその口ぶりが嫌味だけど


最後にフォークギターをもった大学生たちが集まる集会が映る。そこに田島演じる学生が参加している。いかにもその当時の主流といった感じだ。正直この時代の左翼学生というのは一番タチが悪い。自分の一番嫌いな人種だ。
でも左翼学生って美女にもてるよね。戦前の美人女優岡田嘉子がアカの演出家杉本と樺太で逃避行するのをはじめとして、大島渚に対する小山明子も1つの例だろう。そういう時代だったのかもしれない。女にもてるというだけでアカに染まった奴も大勢いるだろう。自分と同世代で佐藤優がいて、彼の話だと学生時代京都はまだまだ左翼思想にかぶれた人が多かったようだけど、自分の学校ではありえない世界だった。

美人ではないけど、個性派女優吉田日出子も出演している。この映画に集まっているメンバーのレベルは高い。

コメント (6)

映画「オー!ファーザー」 岡田将生

2015-01-04 07:22:14 | 映画(日本 2015年以降)
映画「オー!ファーザー」は伊坂幸太郎の原作を岡田将生主演で映画化した2014年公開のコメディサスペンス映画だ。


年齢も性格もバラバラな4人の父親を持つ高校生が事件に巻き込まれ、父親たちが力をあわせて救出に挑む姿が描かれる。
伊坂幸太郎原作は数多く映画化されているが、今回は久しぶりである。奥山和由プロデューサーたっての頼みで映画化にこぎつけたらしい。岡田将生は以前「重力ピエロ」で出演している。正月見る映画が、シリアス、クライム系ばかりだったので、少しほのぼのとした作品を入れてみようと思った。サスペンスとはいえ、伊坂作品には根底に流れるやわらかいものがある。それは予想通りであった。

由紀夫(岡田将生)は、どこにでもいる普通の高校生。父親が4人いること以外は。彼が生まれる前、母親は二股どころか四股交際していた。妊娠した際、相手の男たち4人が“別れるくらいなら!”と一斉に父親として名乗りを上げたため、複雑な家庭環境が出来上がったのだ。


その秘密を知るクラスメイトは、多恵子(怱那汐里)ただ1人。父親が4人もいるので、やかましさは他の家の4倍だが、ありがたいと思うことも少なくない。博学の大学教授悟(佐野史郎)、武道が得意な体育教師勲(宮川大輔)、元ホストの葵(村上淳)、ギャンブラーの鷹(河原雅彦)と、父親たちの性格はバラバラだったが、どの父親も由紀夫に対する愛情は深く、毎日をそれなりに楽しく過ごしていた。

だが、ある事件が彼らの運命を大きく変える。発端は、サラリーマン風の男のカバンがすり替えられるのを由紀夫が目撃したことだった。それをきっかけに、何者かに監視され、自宅が荒らされる。さらに、謎めいた出来事が続く。仲の良かった同級生の不登校。街のフィクサー(柄本明)がハマったらしい詐欺。不可解な心中事件。熾烈化する知事選挙……。すべての出来事が繋がっていることに気付いた由紀夫が思い切った行動に出たところ、大変な事態に発展する……。


1.岡田将生
岡田将生の登場作品では「謝罪の王様」「四十九日のレシピ」のようなどちらかというとコメディ系の作品を見ている。背も高く二枚目俳優の彼だが、男は黙って。。というニヒルなキャラではないので起用しやすいのであろう。ここでは高校生役だが、不自然さは感じない。


その岡田将生に積極的にいい寄る女の子が怱那汐里である。いい男にいい寄る世話好きの女の子って会社にもいるよね。まさしく今回の岡田君のような男前がいると、ほっておけないとばかりに席のそばに寄っていってしばらく離れない。会社の管理者席に座ってよく見渡すと昔からこういう女の子がいるものだ。自分の会社では共学の高校から理工系の大学に行った理系女にこういうタイプ多いなあ。どちらかというと怱那汐里は違うタイプなのかもしれないが、ここでの怱那汐里はそういうキャラになりきっている。

2.4人のオヤジ
昔と違って今はDNA鑑定も精度が高まっている。本当は誰の子かということはわかるのではないか?そう思って映画を見ていたが、よく考えると4人に対して四股をかける女性がもう一人別の男とつき合っている可能性がないとは否定できない。調べるのは怖いよね。ここではその母親役の顔を見せない。ある意味正解だろう。この4人は誰もかれも気がいい。


女好きの葵から気のきいたセリフがあった。
女の子にモテるコツは「自慢話をしないこと、何でも女の子を先にすること。そして頼まれ事はよほどでない限り断らないこと」と、恋愛必勝法を伝授する。なるほど!おせっかいな怱那汐里から不登校の同級生のところへ行こうよと誘われた主人公が、一瞬ためらうが伝授された言葉が脳裏にこびりついているので結局いってしまう。

体育教師勲からは喧嘩のコツを教わる。
「大抵のやつは右利きだから、こっちから打ってくるだろ? そしたら頭を下げてパンチをよけて、左のボディブローをうつ。その後で右のアッパーだ。」なんてことを教わっているから、同級生が絡まれても、そのコツで相手をさばき主人公が助けてしまう。

人生の先輩が4人もいると、一緒に暮らすのが楽しいよね。

3.クイズ・ミリオネア
映画「スラムドッグ・ミリオネア」ではインド版「クイズミリオネア」が舞台であった。映画では、みのもんたのようなクセの強いアナウンサーが出ていたが、ここでは普通。みのは息子の不祥事以来パッシングを浴びて、日本版はしばらくみない。その代わりにこの映画で同じような設定のクイズ番組が重要な場面で出てくる。


佐野四郎が同居の家族とクイズ番組を見ている「晩年、中島敦が仕事のために住んだ国は?」とテレビの中で問われているのに、「パラオ」とあっさり答える。すげえとなるわけである。しかも予選を勝ち抜いて本番に出てしまう。テレビでのパフォーマンスが主人公を窮地から救うのだ。でもここで中島敦が出てくるとはビックリ。

若くして亡くなった中島敦は発狂して虎になった男を描いた「山月記」で有名である。自分は高校の教科書に今でも取り上げられている中島敦の作品が大好きだ。。彼が芥川賞の候補になった作品はパラオで書かれている。妙に親近感がわいたシーンであった。中島敦の問題は当然わかったが、映画の中のあとの問題はそうは簡単にはいかなかった。

娯楽として楽しむには良いんじゃないという映画だけど、くつろいで見れた。
トラックバック (1)

映画「紀子の食卓」 園子温&吹石一恵&吉高由里子

2015-01-03 19:03:28 | 映画(日本 2000年以降主演女性)
映画「紀子の食卓」は園子温監督の2006年公開の映画である。


園子温監督の作品では、「冷たい熱帯魚」「恋の罪」「ヒミズ」が傑作だと思っている。「紀子の食卓」は上映時間が長い映画なので、見るのをずっと後回しにしていた。自殺サークルの話かと思っていたが、これまたオタッキーなレンタル家族の話だった。
後半戦一気に盛り上がるところはあれど、ちょっと凡長である。園子温が今ほど注目を浴びていない時期で、数多くの劇場で公開になることを想定していないせいか、編集が大雑把だ。159分を25分以上は少なくても短くできるのではないか。それでも、離れ離れになった父娘が再度対面する場面など見せ場は用意されていて彼の力量は十分発揮している。

吹石一恵の高校生役は若干無理がある部分もあるが、ややこしい役柄を上手にこなす。紅白歌合戦の司会をやるまで一気に人気上昇した吉高由里子がまだかわいい。潜在的な演技能力を秘めているのがよくわかる。

島原紀子(吹石一恵)は平凡な女子高生。妹・ユカ(吉高由里子)、田舎のローカル新聞記者の父・徹三(光石研)、母・妙子の4人家族。紀子は豊川の田舎でくすぶっている自分に嫌気がさしていた。学校の視聴覚室で自由にパソコンが使えることになり、ネット上で“廃墟ドットコム”という全国の女の子が集まるサイトを見つけた。紀子は「ミツコ」と名乗り、ハンドルネーム「上野駅54」や他の仲間たちと知り合う。彼女たちとなら何でも分かり合えると感じた紀子は、東京に出たいと親に告げるが反対される。結局、家出して東京へ向かう。


東京のコインロッカーで紀子は「上野54」ことクミコ(つぐみ)と出会った。そこには彼女の両親や弟の姿もあった。しかし、それは彼女が経営する「家族サークル」とも言えるレンタル家族だったのだ。そこで紀子は「ミツコ」として「娘」の役割を演じながら、本物の「家族」との関係を実感していく。

2002年5月26日、新宿駅8番線プラットホームから女子高生54人が、ホームへと一斉に飛び込んだ。その謎を解く手がかりを、妹・ユカは「廃墟ドットコム」の中に発見する。女子高生54人が集団で自殺した次の日、54の赤い丸が増えていたことから、姉・紀子が54人の中にいるのではと想ったユカは、「廃墟ドットコム」の秘密をもって東京へ消える。


父親は2人がいなくなったため、仕事への気力を失い新聞社をやめた。そして、2人に関する情報を徹底的に集めた。父は娘たちを何一つ理解していなかったことがわかった。ユカの失踪から2ヵ月後、母・妙子は自殺してしまう。徹三は落胆した。紀子とユカの消息を追ううちに、“廃墟ドットコム”のことを突き止めていた。紀子もユカも彼らの組織「家族サークル」の一員だと知った徹三は、上京する。友人に頼んでクミコを母親役、紀子とユカを娘役だとして指名し、父親はふすま越しに隠れて彼らを見守るのであるが。。。

ここからがヤマ場だ。
紀子もユカも「家族サークル」としの演技(仕事)と、現実の親子関係が交差してくる。そこにクミコが加わる。
「廃墟ドットコム」の男たちが徹三を痛めつけるが、徹三はナイフをもって暴れる。部屋が血だらけになってもクミコは平然として「家族サークル」のまま演技している。このあたりは自分はよく理解できないまま最後に進む。
でも最後に「ミツコ」は卒業で私は紀子だという。これもよくわからん。


園子温監督というとエロティックと残虐というイメージが強い。ここではそうでもない。
予算もその後の作品ほどにはなかったのであろう。

2005年制作というと、今からするとちょっと前の話なんだけど、このころってこういう「家族サークル」ってはやったかなあ?
園子温の話によると、以前「レンタル家族」で副業をする女性と知り合ったことがあるという。それ自体はまさに「秘密クラブ」のようなものだったらしい。そんなネタを元にオリジナルのシナリオをつくる。この後の作品もそうだが、小さなニュースを題材に彼らしい視点で脚本をつくっている。既視感のないストーリーをつくるというのが、園子温のモットーだそうだが、ネタ自体は身の回りの出来事だ。

ある意味、園子温は普通の食材で誰も見たことのない料理をつくるような天才料理人と一緒なのかもしれない。

でも、この映画は2時間40分、結末に向けてのラストスパートが40分程度ある。
長いのはいいけど、もっと短くできるのに長いというので中盤でちょっと飽きてしまうかな。