映画「陪審員2番」を観ました。
映画「陪審員2番」は94歳のクリント・イーストウッド監督の新作である。残念ながら日本で劇場公開されなかった。U-NEXTに新作が配信されるというのを知ったのは昨年末。いずれ映画館公開はあるかと思い、気がつくと5ヶ月近く経っていた。今回アマゾンPrime Videoで見れるということでようやく新作に巡り会えた。
父親と公開間もない「ダーティーハリー」を一緒に見に行ったのは中学生の時,こんなにかっこいい俳優がいるのかとその時思った。あれからなんと53年今だ現役でがんばる。クリント・イーストウッド自らが出演せず、いくらメジャー俳優が出演していないからとは言え、クリント・イーストウッドの新作を劇場公開しない日本映画興行界には呆れるしかない。結果、長年の映画歴の年輪を感じさせる傑作だった。
出産を控えた妻をもつ雑誌記者ジャスティン・ケンプ(ニコラス・ホルト)のもとに、ある裁判の陪審員召喚状が届く。被告はバーでケンカ別れをした恋人を大雨が降る帰り道で殺した殺人罪で逮捕された。犯行を否認しているが、バーでの言い争いの目撃証言で容疑に疑いの余地はなかった。陪審員全員一致で有罪評決が出ると思われた。担当検事のフェイス・キルブルー(トニ・コレット)にはこの評決には地方検事長への昇進がかかっていた。裁判では強く陪審員に被告の有罪を訴えていた。
犯行の具体的経緯を聞き、ジャスティンは当日そのバーにいたことに気づく。雨の中帰り道で車に何かが当たっていた気がしたが鹿だと思っていた。やがて自分がひき逃げをしたのではないかと思うようになる。陪審員どうしのミーティングでジャスティン以外の全員が有罪を訴える中で、ジャスティンはもう少し討議した方がいいのではといい出す。同時に他の陪審員のなかで、元刑事の陪審員(JKシモンズ)が被告の犯行に疑いを持ちはじめ調査に動く。
いかにもクリントイーストウッドらしいすばらしい作品だった。余韻のある結末には、思わずさすが!と感じた。
過去10年程度のクリント・イーストウッド作品の中でも、上位に位置するべき作品である。最後までハラハラさせられる展開、簡潔な演出と編集。数多い登場人物の存在感と俳優の適切な選択。そして,クリント・イーストウッド作品に共通する音楽や美術の独特のムードに惹かれる。しかも、法廷劇であってもセリフは簡潔で難解ではなくわかりやすい。今更ながら、この映画を映画館で堪能したかった。
陪審員を選出するにあたり、担当検事と弁護士が陪審員候補者たちと面談する場面がある。本事件に関わっているかどうか聞く場面だ。正直なところ、陪審員制度でこういう面談があることを自分は知らなかった。面談時にジャスティンは自分がこの事件とは関係ないと思っていた。ところが、概要の説明を受けると当日車が何かに当たった感触でアタマがいっぱいになる。なぜか、被告をかばうかのように、陪審員12人のミーティングで、あえてすぐさま有罪の方向に持っていくのを阻止する。
ここで登場するのが「セッション」の鬼のドラム教師役でアカデミー賞助演男優賞を受賞したJKシモンズだ。警察のバッジをテーブルに投げ入れて自分は元刑事だと告白する。捜査不足だと感じるのだ。殺害現場に向かった後、きっと轢いた犯人が修理に出したに違いないと考える。その時現地に向かった元刑事をジャスティンが追っていた。むかしの職業柄、修理車両のデータを手に入れて調査を始める。その中にはジャスティンの車のデータもある。ジャスティンにとって最初のピンチだ。
実は陪審員は犯罪調査を実際に行ってはいけないというルールがある。修理車両のデータを洗い出した調査もやってはいけないのだ。これが当局の事務官にわかるようにジャスティンが調査資料を落とす。それで元刑事はやりすぎだと陪審員から外される。ジャスティンは危うく最初のピンチを逃れる。
こんな感じでいくつものピンチがジャスティンに襲いかかる。
トニコレット演じるフェイス検事が映画では強い印象を残した。もともと早く有罪での決着をつけて、予定通り出世すればいい。裁判でも強く被告を糾弾する。いっさいの抗弁も認めない。旧知の仲だった公選弁護士から被告はやっていないと言われて、クビになった元刑事の陪審員からも被告は犯人でないとの捨て台詞に少しづつ気持ちが変わっていく。自ら調査に乗り出すのだ。しかも、拘置所で被告と面会する。その内面の変化がこの映画のキーポイントだ。トニコレットは自分が好きな女優の1人だが、さすがベテラン。ここでの存在感は主役以上と思わせる。
これ以上はネタバレになるので控えるが、ジャスティンのピンチは波状攻撃のように訪れる。どっちに転がるにせよヒヤヒヤものだった。
緊張感が続き内容は濃い。法廷での弁護士と検察の対決だけでなく、ヘンリーフォンダ主演の名作「十二人の怒れる男」を思わせる陪審員12人の討議など見どころがたくさんで、ジャスティンの家族や被告のバーでのケンカや拘置所でのシーンなど場面が多い。それを簡潔に2時間にまとめる。最近だとついつい2時間半を超えるパターンだ。
検事と弁護士のやりとりを連続的に繋いだり、時間にムダのないようにまとめる。実に老練な技だ。まったく観客をダレさせない編集はさすがクリントイーストウッド作品だと感心する。これまでもクリントイーストウッドの映画を観るたびにもう少しやって欲しいとコメントしてきた。次作はあるのであろうか?