ある市民病院妻が入院している。
難病だ。
脱水症の恐れがある。
具体的には食事をしなくなっている。
病室が暑すぎる。掛け布団も冬用だ。
私は毛布を落ち込んでいる。
オムツにある小水の量と色に敏感ではない。
この点、訪問医師と看護師は敏感だ。
死なれるとお客が減る。
しかし市民病院は万床だ。どんどん次が来る。
しかも重症者が多い。
近いうちに死ぬのが目に見えている。
手厚い看護も手抜き看護も大した変わりはない。
妻の場合いは多少事情が異なる。
主な入院理由は看護人の私を一時期楽にしてやろうと云う東京都の配慮で、自宅から病院には移動している。
私が時々苦しくなり、殺したい衝動に駆られるからだ。
大変ありがたいのだが毎日のように病院には行っている。
大きな理由は患者を生きた生命体ではなく、物と見て世話をしているからだ。
医療関係者は生命を守る、回復させる本髄から生活の糧を得るために変貌している。
だから病院に赤旗が立つのだ。
医療ミスが絶えない。
だから入院すると必ず弱って帰ってくる。
今、妻がその状態にある。
入院当初、完食していたのに8日目ぐらいから名人の私が食べさせても食べない。
過去の看病のTiewo生かして努力している。
拒食か、体調か。
確かに体調が悪そうだ。
最後に厚生労働省様。
病院の在り方で医療費確実に節約できますよ。
しかしである病院が自ら収入を減らす方向に向かうとは思えませんが。