経済学者の野口旭さんが書いた『経済学を知らないエコノミストたち』(2002)を読みました。もう4年も前の本です。取り上げられている話題は
1 資本の国家間移動は「悪」ではないこと
2 「構造改革」は不況を克服しないこと
3 デフレはつねに有害であり量的緩和が必要であること
の3つです。
1については、アジア通貨危機の余韻が残るなかで書かれていて古い議論にも見えますが、「ハゲタカ」という言葉がとりあえず今の日本でキャッチフレーズとして流通していることを考えると、今でも重要な問題だと思います。
2は、現在の日本の不況克服が「構造改革」に拠るのか否かを考える上では示唆に富む議論かもしれません。
3は、現在は量的緩和が逆に解除されようとしていることを考えると、古い議論かもしれません。ただ、物価下落が現在のグローバルなネットビジネスの隆盛によって不可避となるのか、あるいは金融政策自体でコントロールできるものなのかは、つねに議論の的になるようにも思えます。
今回のエントリでは1への感想を述べます。1に関しては、野口さんは資本の自由な国際移動は一部の論者が言うようなアメリカ経済界の利害によるものではなく、規制する根拠はないと主張します。
野口さんの説明では、金融市場で行われる資金貸借とは将来に実現すると「期待」される収益の見込みに基づいており、不可避的にリスクが発生します。またそこには貸し手と借り手の間の「情報の非対称性」、「モラルハザード」「資本取引における期間のミスマッチ」「群衆行動に基づく資産価格の不安定性と伝播効果」があるために、「金融市場特有のパニック現象」が起こります。
しかし、貯蓄主体から投資主体への資金移転という資金貸借自体は経済厚生にとって不可避なため、資本移動それ自体を規制することはできません。したがって「われわれの経済は、金融システムが崩壊しないようになだめすかしながら存続していく以外はない」という結論になります(107頁)。
これだけの説明では、現実に南米あるいはアジア通貨危機により多くの民が貧困に追いやられた現状を鑑みると、では「通貨危機」というものは不可避なものかと考えるとやるせなくなります。
ただ野口さんは、アジア通貨危機の一番の原因は、当時のアジア諸国がドルと連動させた固定為替相場を取っていたことに求めます。
ある国が固定為替相場を採用している場合、「何らかの要因」で外貨準備を減少させると、将来的には固定為替相場を維持することが不可能になることが予見されます。そのとき投機家は、通貨下落後に買い戻すことを念頭にその国の通貨を売却し始めます。過大評価された通貨に空売りを仕掛け、安くなったところで買い戻せば利益が出るからです。
野口さんはこういった通貨の売り浴びせ=投機アタックは固定為替相場制に固有なものであり、変動為替相場には無縁だと述べます。そこから、「通貨危機」という現象自体は国際資本移動の必然的な産物ではなく、固定為替相場が原因であることを強調します。
wikipediaでも、アジア通貨危機の原因は、輸出主導型の経済成長路線を採っていたアジア諸国において、ドルと連動した通貨がドル高と共に値上がりしたために貿易が不調になり、その経済パフォーマンスと通貨価値の評価にギャップが生じたと投機家が判断したために空売り攻撃が生じたと説明されています。
(wikipediaの原稿は、なぜ執筆者の名前の開示を義務付けないのだろう?)
野口さんのこういう見解は、現実に対して距離を取った中立な態度だと言えますが、一方ではこういった空売り攻撃を行う投機家の行動を疑問視しないことに、科学の倫理という問題は発生しないのだろうか?という疑問も生じます。
変動相場制自体が、元々は金準備を維持できなくなったアメリカが一方的に世界に押し付けた為替制度です。アメリカの金準備と引き換えに日本とドイツを始め世界各国はドルを保有していたのですが、変動相場制への移行により、各国はそれまで保持していたドルの価値を下げさせないために、ドルを買い支える義務を半永久的に強いられているのが変動為替相場制です。そのためアメリカは、どれほど貿易収支が赤字になろうとも、通貨が下落することはありません。
投機家の群集的な行動とは、経済パフォーマンスに基づいているというより、野口さんが述べるように、経済パフォーマンスの行く末への「期待」「見込み」に基づいています。
以前に紹介した経済学者の本山美彦さんの『売られるアジア』は、この欧米の投機家の行動に潜むあるべき経済の姿に関する固定観念を問題にしていると言えます。
つまり、国民の高い貯蓄率・高い企業の負債比率・銀行と企業と政府の協調・国家的産業戦略といったアジア諸国の開発戦略を、悪しき縁故主義的経済体制と見る欧米の投機家・経済学者の「偏見」が、アジア各国の通貨に空売りを浴びせかけた原因の一つであるのではないかという問題提起を行っています。
こうした「偏見」と、95年以降のドル高(これは米財務省と日本大蔵省との合意により、円安によって日本の輸出を活性化させるために図られた。その見返りに日本はアメリカの財務省証券を購入する。)によってドルとペッグさせていたアジア諸国の通貨の大幅な切り上げ・貿易不振が結びつき、投機家はアジアからの資金の引き上げを行いました。
国際経済学の教科書では、この事態を「固定為替相場制に付随する現象」と冷静に記述するのかもしれません。しかし見方を変えれば、それは世界の中の一部の投機家の群集心理が多くの民衆の経済生活を傷つける非合理な状態だとも言えます。
経済学者が考えるべきことは、こういうシステムを前にして、まさに野口さんが言うように「金融システムが崩壊しないようになだめすかしながら存続」させる有効な方策を考えることだと思います。
参考:『売られるアジア―国際金融複合体の戦略』本山美彦(著)
『国際通貨体制と構造的権力―スーザン・ストレンジに学ぶ非決定の力学』
いちばん基本的なこと 『2004年超円高大好況!』増田俊男(著)
1 資本の国家間移動は「悪」ではないこと
2 「構造改革」は不況を克服しないこと
3 デフレはつねに有害であり量的緩和が必要であること
の3つです。
1については、アジア通貨危機の余韻が残るなかで書かれていて古い議論にも見えますが、「ハゲタカ」という言葉がとりあえず今の日本でキャッチフレーズとして流通していることを考えると、今でも重要な問題だと思います。
2は、現在の日本の不況克服が「構造改革」に拠るのか否かを考える上では示唆に富む議論かもしれません。
3は、現在は量的緩和が逆に解除されようとしていることを考えると、古い議論かもしれません。ただ、物価下落が現在のグローバルなネットビジネスの隆盛によって不可避となるのか、あるいは金融政策自体でコントロールできるものなのかは、つねに議論の的になるようにも思えます。
今回のエントリでは1への感想を述べます。1に関しては、野口さんは資本の自由な国際移動は一部の論者が言うようなアメリカ経済界の利害によるものではなく、規制する根拠はないと主張します。
野口さんの説明では、金融市場で行われる資金貸借とは将来に実現すると「期待」される収益の見込みに基づいており、不可避的にリスクが発生します。またそこには貸し手と借り手の間の「情報の非対称性」、「モラルハザード」「資本取引における期間のミスマッチ」「群衆行動に基づく資産価格の不安定性と伝播効果」があるために、「金融市場特有のパニック現象」が起こります。
しかし、貯蓄主体から投資主体への資金移転という資金貸借自体は経済厚生にとって不可避なため、資本移動それ自体を規制することはできません。したがって「われわれの経済は、金融システムが崩壊しないようになだめすかしながら存続していく以外はない」という結論になります(107頁)。
これだけの説明では、現実に南米あるいはアジア通貨危機により多くの民が貧困に追いやられた現状を鑑みると、では「通貨危機」というものは不可避なものかと考えるとやるせなくなります。
ただ野口さんは、アジア通貨危機の一番の原因は、当時のアジア諸国がドルと連動させた固定為替相場を取っていたことに求めます。
ある国が固定為替相場を採用している場合、「何らかの要因」で外貨準備を減少させると、将来的には固定為替相場を維持することが不可能になることが予見されます。そのとき投機家は、通貨下落後に買い戻すことを念頭にその国の通貨を売却し始めます。過大評価された通貨に空売りを仕掛け、安くなったところで買い戻せば利益が出るからです。
野口さんはこういった通貨の売り浴びせ=投機アタックは固定為替相場制に固有なものであり、変動為替相場には無縁だと述べます。そこから、「通貨危機」という現象自体は国際資本移動の必然的な産物ではなく、固定為替相場が原因であることを強調します。
wikipediaでも、アジア通貨危機の原因は、輸出主導型の経済成長路線を採っていたアジア諸国において、ドルと連動した通貨がドル高と共に値上がりしたために貿易が不調になり、その経済パフォーマンスと通貨価値の評価にギャップが生じたと投機家が判断したために空売り攻撃が生じたと説明されています。
(wikipediaの原稿は、なぜ執筆者の名前の開示を義務付けないのだろう?)
野口さんのこういう見解は、現実に対して距離を取った中立な態度だと言えますが、一方ではこういった空売り攻撃を行う投機家の行動を疑問視しないことに、科学の倫理という問題は発生しないのだろうか?という疑問も生じます。
変動相場制自体が、元々は金準備を維持できなくなったアメリカが一方的に世界に押し付けた為替制度です。アメリカの金準備と引き換えに日本とドイツを始め世界各国はドルを保有していたのですが、変動相場制への移行により、各国はそれまで保持していたドルの価値を下げさせないために、ドルを買い支える義務を半永久的に強いられているのが変動為替相場制です。そのためアメリカは、どれほど貿易収支が赤字になろうとも、通貨が下落することはありません。
投機家の群集的な行動とは、経済パフォーマンスに基づいているというより、野口さんが述べるように、経済パフォーマンスの行く末への「期待」「見込み」に基づいています。
以前に紹介した経済学者の本山美彦さんの『売られるアジア』は、この欧米の投機家の行動に潜むあるべき経済の姿に関する固定観念を問題にしていると言えます。
つまり、国民の高い貯蓄率・高い企業の負債比率・銀行と企業と政府の協調・国家的産業戦略といったアジア諸国の開発戦略を、悪しき縁故主義的経済体制と見る欧米の投機家・経済学者の「偏見」が、アジア各国の通貨に空売りを浴びせかけた原因の一つであるのではないかという問題提起を行っています。
こうした「偏見」と、95年以降のドル高(これは米財務省と日本大蔵省との合意により、円安によって日本の輸出を活性化させるために図られた。その見返りに日本はアメリカの財務省証券を購入する。)によってドルとペッグさせていたアジア諸国の通貨の大幅な切り上げ・貿易不振が結びつき、投機家はアジアからの資金の引き上げを行いました。
国際経済学の教科書では、この事態を「固定為替相場制に付随する現象」と冷静に記述するのかもしれません。しかし見方を変えれば、それは世界の中の一部の投機家の群集心理が多くの民衆の経済生活を傷つける非合理な状態だとも言えます。
経済学者が考えるべきことは、こういうシステムを前にして、まさに野口さんが言うように「金融システムが崩壊しないようになだめすかしながら存続」させる有効な方策を考えることだと思います。
参考:『売られるアジア―国際金融複合体の戦略』本山美彦(著)
『国際通貨体制と構造的権力―スーザン・ストレンジに学ぶ非決定の力学』
いちばん基本的なこと 『2004年超円高大好況!』増田俊男(著)
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