joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

すぅーっとする

2005年02月17日 | reflexion
きのう、知人のとても幸せなニュースがメールで届きました。その知らせを読んだとき、わたしは自分の気持ちがどう反応するか不安でした。本当に素直に喜べるか、心配だったのです。

しばらく自分の反応をみていましたが、そんなに大きく動揺することはありませんでした。つまり、それはひとつの喜ばしいニュースでした。2時間もすれば、もう何もかも元通りのようになっていたように思います。


「この世の苦痛を解き放つ方法が、同時にあなたをより高い霊的な悟りへと導いてくれるとは、じつに素晴らしい真理だとは思いませんか。しかも、その方法はじつに簡単です。ただ、「さからわないこと」それだけなのです(『なまけ者のさとり方』より)。


そのあと、雨上がりの曇り空の夕方を散歩しました。雨上がりの曇り空の夕方はとても静かでした。気温も寒くない程度にひんやりして、水がじとっと地面や建物に染みこんだようで、落ち着いた世界を作っていました。

たしかに、雨上がりの曇り空の夕方に騒ぐ人はあまりいないように思います。

曇り空でも、雨上がりだからか、空気は比較的澄んでいました。きっと、多くの人が落ち着けたのではないかと思います。


涼風



慣れるのが大事

2005年02月17日 | reflexion
比較を手放すのは難しい。なぜなら、他人と比較することで、自分が幸せか不幸せかを判断することに慣れているから。

自分だけで満足することは難しい。自分以外のものに意識を向けずにいることは、何にも摑まらないことを意味するから。それは宙に浮きそうで怖い。

それならば、自分以外のものを摑んで自分のそばにもってきて、自分と比較して、できるならばそれを貶めることで、自分が幸せであることを確認したほうが簡単だ。

ひとりで宙に浮くのは怖い。しかし、自分以外のもの(ex. 他人)を水中に沈めれば、自分の位置が変わらなくても、自分が幸せであると思い込むことができる。

そのために、わたしたちは他人をコントロールする。実際にコントロールできなければ、頭の中で相手を貶める。

でも、そうしても永遠に幸せにはなれない。他人の首根っこを捕まえて水中に沈めても、エネルギーを浪費して疲れているだけ。

おそらく、本当にしあわせになるには、何にもつかまらずにひとりで浮いていくことを覚えたほうがよいのだと思う。


涼風