うさぎくん

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安倍晋三 回顧録

2023年04月22日 | 本と雑誌
安倍晋三 (著), 橋本五郎 (著), 尾山宏 (著), 北村滋 (読み手) 2023年中央公論新社

'22年7月8日に凶弾に倒れた安倍晋三元首相を、2020年9月の首相辞任直後から翌年10月にかけて、36時間にわたりインタビューした回顧録。

元首相が、現在に至るまで国民の間で非常に論議を呼ぶ存在であったことは論を待たない。つい数日前にも、有名作家が暗殺を肯定する発言をして、釈明に追われるなどしていた。

政治的な思考をする際、人の大脳は感情をつかさどる部分が活性化する、といったのは、学者ではなくドラマの主人公(TWWのサム・シーボーン)だけど、亡くなってからもなお、(元首相への)怒りのツイートをしている人は時折見かける。

だいたい人というのは、亡くなると何らかのオーラが次第に抜けていって、わりと客観的にその人を見られるようになるものだ。名前を挙げたらあれだけど、高名な指揮者の演奏や発言が、どれも素晴らしいとか流石に威厳のあるお話だ、と思っていたのが、亡くなってしばらくたつと、まあこの人も人の子という感じになることはある。

というわけで、自分としてはもう少したつと、だんだん色んな事が見えてきて、評価も変わる(定まる)んだろうな、と思ってはいる。おそらくその後も繰り返し検証は続くだろう。

なぜそんなことを書いているかというと、そういう今の世間の(元首相を巡る)毀誉褒貶には、少々違和感を感じているからだ。あまりにも元首相にとらわれすぎていることにならないか。。


在任期間が長かったことで、G7会合などでは顔役のような存在になり、主要国の首脳に頼られる面もあったようだ。

オバマ大統領とはひじょうに親しくまではなれなかったようだ。鳩山首相の普天間基地をめぐる問題の対応で、日本に不信感を持っていたのではないか、ともいう。別の場面ではフランス(オランド首相)と衝突しかけて、安倍氏がとりなす場面が紹介されている。もともと弁護士で、ビジネスライクに物事をこなすスタイルの人でもあるらしい。電話も要件を要領よく伝え、とても短い。

他方、伊勢志摩サミットの時にはかなり機嫌をそこねて、会合に遅刻したという。直前の共同会見でその頃に起きた米軍属の女性殺人事件について、安倍首相が大統領に抗議した(と記者会見で語った)ことが気に入らなかったのではないか、という。

そんなオバマ大統領も広島を訪問し、安倍首相も時間を置いて真珠湾を訪問する。外交面では在任期間中のピークだったのではないか、と振り返っている。

トランプ大統領はもとはビジネスマンであり、政治家というよりビジネスの視点で物事をとらえようとしていた。当然、外交や軍事については素人だ。
従来の米大統領は、自分は自由世界のリーダーだ、という意識と責任感を持っていた。トランプはビジネスの流儀を外交に持ち込もうとしていた。

とはいえ、トランプも自分のやり方に不安を感じることがあったのではないか、という。安倍氏はトランプからよく長電話が来たと回想する。
「トランプは平気で1時間話す。長ければ1時間半。途中で、こちらが疲れちゃうぐらいです。そして、何を話しているのかといえば、本題は前半の15分で終わり。後半の7,8割がゴルフの話だったり、他国の首脳の批判だったりするわけです。・・電話会議を見守っている官僚が「トランプはいつまでゴルフの話をしているんだろう」と困惑した表情をしていることがありました。」

大統領就任前に訪米したことを指摘する向きもあったが、現実問題として日本が彼の標的になったら、国全体が厳しいものになってしまう。トランプは常識を超えている、という認識であったという。よほど危機感が強かったのだろう。

安倍氏に会見でこんなことはいうな、と言われたことはきちんと守ってくれたり、拉致被害者との面談での対応など、誠実さや人情に厚い面もみせてくれたと回想している。今上天皇に謁見するときも、スーツのボタンは留めた方が良いだろうか、などと相談されたそうだ。

オーストラリアのモリソン首相やイギリスのメイ首相にも、よく頼られたようだ。国を超えて、政治家としての経験がものをいったらしい。

他方、ドイツのメルケル首相への評価は、海千山千の政治家だという評価だ。ドイツは当時東アジアでは中国に非常に傾いていて、日本にはなかなか来日しなかった。そのことを指摘したら、あらそう?お宅は首相が良く変わるから、なかなか機会がつかめなくて・。と言われたとか。

安倍氏といえば、プーチン大統領とも親しかった。
「プーチンはクールな感じに見えるけど、意外に気さくで、実際はそれほどではありません。ブラックジョークもよく言います」
クリミア併合や、ソチオリンピックでの同性愛者対応に関する批判などで、欧米各国が対応を厳しくする中、安倍氏はプーチンに果敢に接近を試みた。
日本訪問を促し、地元山口で会談を開くなどまで行った。

このインタビューはロシアのウクライナ侵攻前に終わっている。なので安倍氏のそのことに関する論評はうかがえない。ただ、以下のようなコメントを残している。

「ウクライナ共和国の独立も、彼にとっては許せない事柄でした。・・ロシアになってからも、資源開発を支援していたからです。世界史では、クリミア半島は、ロシア帝国がオスマン帝国を破って手に入れた土地です。プーチンにとっては、独りよがりの考えですが、クリミア併合は、強いロシアの復権の象徴というわけです。」
「バルト三国のある大統領は私に『ロシアにウクライナを諦めろと言っても、到底無理だ。ウクライナは、ロシアの子宮みたいなものだ。クリミア半島を手始めに、これからウクライナの領土を侵食しようとするだろう』と述べていたのが印象的でした。」

侵攻後、彼の認識はどう変化したのだろうか。。

習金平国家主席への評価も興味深い。
「中国の指導者と打ち解けて話すのは、私には無理です。」

首脳会談を重ねるうち、習近平は次第に本心を隠さなくなってきたのだという。もし米国に生まれてきたら、(米国の)共産党ではなく共和党や民主党に入党する、といった。つまり、思想信条ではなく権力を握れる手段を優先するという、リアリズムの方が強いのだろう。

民主主義国家は選挙で交代するが、独裁政権はある日突然倒される。権威主義国家の指導者のプレッシャーの大きさは、我々の想像を超えているのではないか。だから(中、露、北朝鮮の指導者たちは)政敵を次々に倒してきたのだろう、と安倍氏はまとめている。

多かれ少なかれ、トランプ氏にも安倍氏にも孤独感やプレッシャーはあったのでしょうね。


外交関係について書いて、ここまで長くなってしまった。。
例えば「小池さん(都知事)はトランプのジョーカーだ。13枚のカードだけでもゲームは成り立つが、ジョーカーが入ると特殊な効果を発揮してくる。」という発言は、もうあちこちで取り上げられて評判になっている。

評伝ではなく本人への直接のインタビューだから、本人に耳の痛い話題は、きちんと答えているものの、言葉の数は少ない。党内党首選や人事のことなどもそうだろう。それでも、首相という視線で物事がどう見えるか、がわかるのはとても面白い。

それは、政治の世界だけではなく、我々が仕事の上で、あるいは人と人との間でなされるあらゆる活動にも、敷衍することができる。上に立つとものが見えなくなるものだし、関係が危うい人とどう付き合うか、悩むこともある。つい逃げたくなるし、時に自分をほめたくもなる。人のことは結構よく見えたりもする。

おそらく、いくつかのスキャンダルについては、今後検証が進んでいくものだと思うし、経済政策についても、評価はこれからだろう。外交も例えば対露政策、北方領土問題や対北朝鮮、韓国の外交など、素人の自分が振り返っても、あのときはあんなことやってたんだ、と思う面が多い。

先の大戦を巡っても、未だに立場を異にする人たちの論争が繰り返されている。平成から令和にかけての安倍政権も、これからも様々な論議がなされるのだろう。




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