部下を見送った火曜日の夜、何となく歩いてみたくなり、隣町まで行った。目についた本屋に入り、棚を眺めていた。薄くて読みやすそうだと思い、ふと手にしたのがこの本だ。
藤沢周平が一部で強い支持を受けていることは知っていたが、読む機会はなかった。数年前にいちど手にしたが、そのときはそれほど感銘を受けなかった。
ところが今回、この本を読み始めたら、すっと引き込まれてしまった。
「静かな樹」
隠居の布施孫左右衛門は町はずれの寺の境内にそびえる欅の老木に、自らの人生を重ね合わせていた。葉を落としそびえ立つ欅を見て、
-あのような最期を迎えられればいい。
と思ったりする。子供達はそれぞれ後を継ぎ、あるいは良縁に恵まれ、それぞれの道を歩んでいる。在職中に巻き込まれた不祥事と、隠居してすぐに喪った連れあいの事が痛恨時として残るが、人生このくらいの波乱があっても良しとすべきと達観している。
この後、孫左右衛門は思わず息子が起こした騒動に巻き込まれ、自ら奔走する。元同僚と、
「この年になって倅のことで苦労するとは思わなんだ」
「いや、世の中はそうしたものだろうて。いくつになっても身内は苦労の種よ」
という会話を交わしたりする。
やがて波乱のすえ、思わぬ形で大団円を迎える。孫左右衛門は青葉に覆われ春の陽を浴びる欅の木を見て、
-これも、悪くない・・生きていれば、よいこともある。
と思い、以前とは打って変わった感想に、自らすこし可笑しく思ったりもする。
解説の立川談四楼氏も書いておられるが、非常に凝縮された中身の濃い、スピーディな作品だ。ウェブで検索すると、枯れている、という感想もあるが、穏やかに消えてしまう話ではない。
孫左右衛門には何となく、クリント・イーストウッドに通じるような、かっこよさがある。
色々あった今週だが、これを読んですこし心が慰められた。